真逆のお茶会

一杯目

 この世界をひっくり返して、反対から覗き込んだ所に、ある大きな国がありました。その名をイキオオ国と言います。
 その国は、火にくべるととてつもなく暖かくなる黒い石、タンセキと、川の底の砂を攫うと出てくる黄金色のンキが豊富に採れることで有名で、このひっくり返されて反対側から覗きこまれた世界の中では、一番大きな国です。
 このイキオオ国は、遥か昔からタンセキとンキで大変潤っておりましたから、この国を統べる王族は、代を重ねる毎に美女、美男子ばかりを侍らせて、その子孫はどんどん美形の血が受け継がれて行くこととなりました。
 現在の国王は、二年程前に即位したばかり、二十四歳の若さが眩しい、シンダビ国王です。
 シンダビ国王は、高貴な白金の髪を輝かせ、宝石にも負けない輝きを放つ菫色の瞳と、悲劇的なまでに整いきりりと引き締まった、素晴らしい容貌と、鍛え上げられた彫像のような、美しくも逞しい体躯の持ち主です。しかし、中身は凝り性で執着心が強く、頭の回転は早いものの思考は明後日に行きがちな、頼りになるのかならないのか、よく分からない男です。
 この国王には妃が十五人、おりました。
 その中で、シンダビ国王が一番今、執着しているのはイイワカ妃です。
 可憐な花のようなイイワカ妃を、シンダビ国王は寝室から一歩も出さずに溺愛しています。
 年齢的にも、性格的にも、話し的にも絶倫なシンダビ国王は、イイワカ妃がイヤイヤ、ヤメテ、と泣き叫ぼうが、抵抗しようが毎日毎日激しく抱くのです。
 その他にいる妃は、まあ週に一度か多くて二度、程度のお渡り。無い妃はもう半年程放って置かれている者もいます。
 当然面白くない、と嫉妬や計略に燃える妃もいれば、逆にやったね、ラッキー☆と喜んでいる妃もいます。
 イイワカ妃は三ヶ月前に懐妊が発表され、シンダビ国王はイイワカ妃の絶対安静のため、接触禁止を医師から告げられました。
 そうなると他にいる妃の所にも、シンダビ国王のお渡りは増えてきたのです。
 そんな、ある夏の日の辺りから、話は始まりますーーー


「困ったわ、イイワカ様がご懐妊されてから、週に一度は陛下がいらっしゃるようになって」
 晴れ渡った空の下、爽やかな風が吹き抜けていく、珍しい薔薇が咲き誇った西の庭園では、仲良しの四人の妃がスコーンやサンドウィッチ、バラの香りのする紅茶を、糊の効いた真っ白なテーブルクロスの上に美しく乗せ、優雅なお茶会の真っ最中でした。最初に憂鬱そうなため息と共に口を開いたのは、一番妃歴が長いリビンノ妃です。

「まあ、週に一度でしたらよろしいかと。わたくしの所には二日連続でいらっしゃって」
 ぞわり、とその場の全員が悪寒に襲われるような告白をしたのは、二番目に妃歴が長いシキ妃です。

「わたしの所にはぜーんぜんお見えになりませんよ」
 そう嬉しそうに言った三番目に妃歴が長いアオバ妃を、リビンノ妃とシキ妃は羨ましい、妬ましい目で見やります。

「わたくしの所には来て頂かないと、困ります」
 ほう、と切ないため息をついて、一見正しい発言をしたのは、四番目に妃歴があるムエド妃です。

「そりゃームエド様はねぇ」リビンノ妃はちらり、とムエド妃を見やります。
「まだジツシに見られながら、スルのがいいのね」シキ妃は虚ろな目で呟きます。
「究極のドM、ですよね」冷静にアオバ妃は、ツッコミを入れました。

「まあ、ジツシはわたくしが陛下にアンアン言わされているのを、それはそれは熱い眼差しで見つめてきて、たまに堪えられないようにアソコに手を伸ばすんですよ。でも、わたくしが見ると途端にすっ、と何事もなかったかの様に視線を逸らされる、その切なさが胸キュンなんですから!」
 目をキラッキラさせて、そんな告白をしたムエド妃を、他の三人の妃は生暖かい目で見やりました。

「ジツシは、もう良い年でしょう。そんなプレイに巻き込まれて可哀想に」
 リビンノ妃は、美しいスミレの花が散らされたお皿に乗ったサンドウィッチをつまみながら、呆れたように言いました。
「確か、五十を過ぎているのでしたっけ」
 シキ妃はバラの香りのする紅茶に、上等な白い砂糖をほんの少し入れました。
「人生、もう枯れ果てて居りますと、諦めの境地にいたジツシを煽るなんて、ムエド様は遣り手だわ」
 アオバ妃は紙束を取り出すと、携帯しやすいように改良されたペンで、何かを書きつけていきます。
「アオバ様、小説のネタになりまして?」
 ムエド妃は期待に満ちた目でアオバ妃を見ると、アオバ妃はにっこり笑ってこう言いました。
「勿論です。今度書く新作へ使わせて下さい」


 リビンノ妃はイキオオ国の首都、トゥシから北側の地域を収めている、領主ワガタキの娘です。
 小さい頃から仲が良く許嫁であった首都、トゥシの西側を収めている領主ワガシニの息子、イシサヤと結婚間近になって、いきなりシンダビ国王からの、後宮へのお召しがありました。
 最高権力者からのお召しには逆らえず、婚約者のイシサヤと涙、涙の別れをし、リビンノ妃は渋々王城の後宮へやって来ました。
 妃は二年経っても子が成せないとなると、後宮を出る権利を貰えます。大抵は結婚を望まれた臣下の所へお嫁に行くこととなるので、イシサヤとリビンノ妃は二年、子を成さないようにリビンノ妃が頑張って、その後に結婚しよう、と密かに約束を交わしています。
 いつも、月一回シンダビ国王と十五人の妃が王城のバルコニーへ出て、国民にごあいさつをする、という行事があるのですが、唯一その時にはバルコニー近くに設けられた貴族席からイシサヤとリビンノ妃は熱い、熱い視線を絡め合わせて想いを伝え合ってきました。
 妃生活もあと残り七ヶ月程。リビンノ妃はここに来て、シンダビ国王のお渡りが多くなったことに内心腹を立てています。
 でもリビンノ妃は他の妃、例えここにいる三人にであったとしても、婚約者のことは告げていません。いつ足元を掬われるか分からないからです。
 金色の髪、藍色の瞳のおっとりと優しげな顔立ちの女性ですが、この中で一番の知略家でもあります。
 そのおっとりと優しげな顔立ちに惹かれたシンダビ国王は、ズバズバ物を言って興ざめな気持ちにさせられるリビンノ妃にはすぐに近づかなくなりました。それも知略のせいなのですが。


 シキ妃は、イキオオ国が誇る宮廷騎士団の団長の娘です。
 小さな頃から木登り大好き、やんちゃな娘でいつも庭を駆け回っていました。そのうちに剣を習い始め、めきめきとその頭角を現し、女性騎士として宮廷騎士団にも入ることとなり、シンダビ国王の愛妃、イイワカ妃の専属護衛として活躍する日々でした。
 イイワカ妃に忠誠を誓い、真面目に健気に職務についていた所、それが仇となってある日、そういう性格の女子スキーなシンダビ国王に押し倒されたのです。
 シキ妃は主を裏切ったも同然、死んでお詫びを、と真面目に考えていましたら、主であるイイワカ妃は涙を流してシキ妃へ感謝の言葉を述べ、熱心に妃へなることを勧められました。
 なにせ、イイワカ妃は溺愛されて自由もなく、毎日抱き潰されてクタクタだったので、少しでもその矛先が違う方向へ向いたら、と密かに思っていたのです。
 そこで渋々妃になったものの、一月程でシンダビ国王は、やっぱイイワカ妃が一番、と戻って行きました。シキ妃は、妃に成り損です。
 亜麻色の髪に、赤焦げ茶の瞳のすっきりとした顔立ちの女性ですが、性格はこの中で一番乙女チックです。
 シキ妃は二年経ったら、宮廷騎士団の騎士学校の先生になって、こんな目に合う女性騎士を無くしたい、と真面目に思っています。それが世のため人のためだと。


 アオバ妃はこの中で唯一、異世界からやってきた娘です。たまに世界をひっくり返して反対から覗いて見ようとする異世界の者がおり、アオバ妃はそんなことを日々やっているうちに、ある日こちら側の世界へ落ちて来てしまい、あっという間に初物スキーなシンダビ国王へ貢ぎ物として献上され、後宮へ入れられました。
 しかし一々が物事を斜めに見る性格のアオバ妃は、素直な女子スキーのシンダビ国王とは犬猿の仲の性格。あっという間に嫌厭され、お渡りは半年程前からありません。
 ねちねちと責め立てる性癖をお持ちのシンダビ国王にすると、閨の時に、冷静に一つ一つの動作に突っ込みを入れるアオバ妃は大変苛立つ存在です。
 異世界から来てしがらみもないアオバ妃は、逆にあんな顔だけ糞男に抱かれなくなってせいせいしたわぁ、と日々楽しく暮らしています。
 そのうちに、アオバ妃は趣味の小説を書くようになりました。内容はカイシャという組織の頂点にいる、シャチョウというまるで王様のような超お金持ちで、超絶美男子で、性格も優し過ぎるチョウハイスペックイケメンが、カイシャの一番下で小間使いとして働いているヒラシャインの女の子を見初めて、お姫様に変身させる、という異世界ラブラブストーリーです。
 これを侍女達へ試しに読ませた所、そのファンタジーな世界に魅了される者が続出。アオバ妃は王の執事のジツシを通じてシンダビ国王にこの話を、報酬を幾ばくか支払うことを条件に打診し出版した所、全世界的な大ベストセラーになりました。いまでは報酬分けを七対三ではなく、八対二にしておけばよかったと後悔しています。
 黒髪で黒い瞳の、大人しそうで清楚な印象の顔立ちの女性ですが、性格は前出です。
 アオバ妃は二年経ったら、この国の大手の出版社が、手ぐすね引いて後宮を出るのを待っています。


 ムエド妃は、イキオオ国の首都、トゥシ一番の大商人、ニキオオの娘です。ニキオオは娘が可愛くて仕方が無く、超箱入り娘として育てました。外の世界を知らないムエド妃は、本を読むことと、空想をすることが得意となり、十五歳の時に母君が隠し持っていた大人向け官能恋愛ストーリーにはまって、それ以来物語のような素敵な恋がしてみたい、と夢想するようになりました。
 ファザコンのムエド妃は、枯れかけたナニもすっかり立たなくなった渋い男に切ない障害を乗り越えて、ある満月の夜に禁断の逢瀬をして、攫われて、幸せに暮らす、というストーリーをいつしか頭の中で理想の恋愛として作り上げてしまい、そのことに夢中になりました。
 ある日、イイワカ妃のプレゼントを自ら選びに来ていたシンダビ国王は、偶然出会ったムエド妃の箱入り具合にスキーが出て、ニキオオへムエド妃を後宮へ寄越すように、とお召しがありました。
 父は娘にこの縁談を断ろうか、と聞きました所、娘はとっても行く気になっていたものですから、ああこの子も普通の女の子だったのだな、とニキオオは思いました。
 しかし、ムエド妃はシンダビ国王の後ろへそっと控えていた、執事のジツシに一目惚れをしたのです。
 これは運命の出会い、と思ったムエド妃は、自分の想い描いたストーリーを叶えようと後宮へやって来ました。なのでシンダビ国王のことは当て馬扱いです。思ったよりも賢いムエド妃は、このお茶会のメンバーとなって情報を集め、シンダビ国王を自身には嵌らせ無い程度にお渡りの機会を持たせ、一緒にやってきて閨を見守るジツシに熱い視線を送り続けています。
 赤茶の髪で、金色の瞳の、表情がくるくるとよく変わる可愛らしい顔立ちの女性ですが、性格はドMです。
 ムエド妃はジツシを二年しない内に落とすことで、頭の中は一杯です。


「そういえば、最近の陛下のブームは乳首責め、ですわね」
 三杯目の薔薇のお茶を飲みながら、リビンノ妃はうんざり、といった様子で呟きました。
「ああ、後ろから攻め立てて、摘まんでくる、アレですわよね」
 シキ妃も虚ろな目で、リビンノ妃の言葉に頷きました。
「へーち、く、び、ぜ、め、っと。成る程、参考になります」
 アオバ妃はまた紙束を取り出し、携帯するように改良されたペンで乳首責めを書き付けました。
「アレ、全然感じないですが、ジツシに見つめられながらされていると、ジツシにはさぞかし助けを求める女が辱めを受けて、羞恥でわたくしが感じているように見えているんじゃ、って思ってしまうんです。そうすると気持ち良くないのに、うっかり感じてしまってもう、もう」
 うっとりと変態チックなことを口走ったムエド妃を、他の三人の妃は生暖かい目で見ています。
「変態」「ドM」「そのまま突っ走ってください」
「お褒め頂き、ありがとうございます」
 他の三人に褒められたムエド妃は、大喜びでニコニコしています。そして四人はクスクスと笑いあいました。
「前は言葉責め、でしたわよね。面倒になられたのかしら」
 リビンノ妃は目頭を抑え、笑いながら言いました。
「全員に同じことを言っていたのが、露見したのでバツが悪くなったのですよ」
 プププ、と口元を抑えながら、シキ妃は面白そうに答えます。
「えーと、『すごく、きつく、締めつけているな。ああ、ここが柔らかく溶けてきて、卑猥だ』でしたっけ」
 紙束を捲(めく)りつつ、アオバ妃が言葉責めの書き付けを読み上げます。
「わたくし、ジツシに見つめられて感じているのに、あの方は分かっていらっしゃらないのよ。わたくしを溶けさせているのはジツシだけなのに」
 ほう、と、ムエド妃はため息をつきました。他の三人の妃は、変態ドMに構わず会話を続けます。
「あれって、ドMにしか効かないわよねぇ。わたくし、言われてもあーうるさい、としか思えませんもの」
「他にどんなことを仰っていたのか、分かりますか。アオバ様」
「えーと、『今から、気が触れるほど気持ちよくしてやるよ。ほら、ここをいじられるのは、好きなんだろう』もあります」
「そんなこと言われて大ウケなのに、感じているフリしなければならないなんて、なんて拷問なのかしら」
「リビンノ様の仰る通りですわ。一字一句忘れないようにして、ここで愚痴を言うくらいしか、楽しみが無いなんて」
「じゃあ、どんな言葉を囁かれたら、キュンと来ますか」
「わたくしは、『陛下に突かれるのと、私に突かれるのは、どちらが気持ちいいですか。さあ……答えて、わたしの女神ッ……』がいいですわ!」

「ただのドMだけなら、陛下との相性はバッチリなのに、変態ドMだとねぇ」
 遣る瀬なさそうな顔で、リビンノ妃はムエド妃を見やります。リビンノ妃は、イイワカ妃が懐妊してお渡りが多くなった今、もう一人シンダビ国王が溺愛できるような妃を望んでいます。
 基本的に避妊がないこの後宮で、なんとか色々な方法にてシンダビ国王の中出しを避けてきたリビンノ妃ですが、ここに来てお渡りが多くなり危機を感じているのです。

「本当に、おっとりと優しげな顔立ちで、性格は素直で真面目で、陛下に従順なドMで、たまに耐えきれなくなって逃げ出したりする、愛くるしいお嬢様、何処かにいらっしゃらないかしら」
 シキ妃はこの中でイイワカ妃が懐妊してから、一番、シンダビ国王からの被害を受けているものですから、虚ろな目でそう呟きました。
 このお茶会のメンバーになってからは大分元気になりましたが、乙女チックな性格のシキ妃はシンダビ国王のよくわからないドSについて行けず、胃痛をキリキリさせています。

「侍女のヤリバンガは条件を満たしているような気がしますね。でも、あの子賢いので陛下の前に絶対に出ないですし、来月城下の仕立て屋の息子と結婚するそうで」
 アオバ妃は最近小説のネタに困っていて、何処かに劇的な展開は落ちていないかと、あちこちのカップルを取材しまくっています。なにせ恋愛小説お約束の当て馬に攫われる、それをヒーローが助け出す、は各パターンやり尽くし、身分差にヒロインが悩み、身を隠そうとするのにヒーローがそれを許さない、もほぼやり尽くしました。ぬぬう、とアオバ妃は頭を捻っています。

「最近、陛下のお渡りが多くなると、ジツシではない別の方が閨の当番で来られるので、興ざめですわ。最近、陛下に愛されず仕方が無く抱かれている妃を想うジツシ、という理想が果たせません。新しい方を探すのは大事、かと」
 ムエド妃のドMな願いは、もうお分かりですね。

「まあ、焦っても仕方ありませんわ。無理にここへ入れて、悲しみに暮れるものを多く増やすだけになってしまっては、いけませんしね」リビンノ妃はひとつ、頷きました。
「その通り、ですわ。でもゆるゆると情報の網を張って、適任な方を探すのは続けた方がよろしいかと」
 シキ妃もひとつ、頷きました。
「少し薄幸な女性ですと、愛情に飢えていらっしゃいますので、陛下の溺愛を受け止められるかと」
 アオバ妃もひとつ、頷きました。
「流石、アオバ様。では、そのような女性を中心に、お探ししましょう。陛下の御為に」
 ムエド妃もひとつ、頷きました。

 本当は皆、自分の為に、なのですが、そんなことはお首にも出しません。
 そんな、四人の妃が織りなすお茶会は、これからも今しばらく、続くのです。

二杯目

「皆様、新しく侍女長になった、メジマジマにもう会いましたか」

 ある夏の日、日差しが強い、それでいて湿気の少ない爽やかな風が吹き抜ける午後、木立が美しい南の庭園にて、何時もの四人の妃がお茶会をしています。
 今日は蔦の絡まる小さな東屋の下にテーブルを置き、糊の効いた真っ白なテーブルクロスの上には、アオバ妃の故郷の食べ物、プチパンケーキというものと、カナッペというもの、すっきりとするミントのお茶などが並べられています。
 今日もリビンノ妃はうんざり、といった感じで話を切り出しました。

「ええ、ええ、会いましたとも。っていうか、アレ、頂きましたか、皆様」

 シキ妃は虚ろな目で、他の三人の妃を見やりました。
 メジマジマは前任の侍女長、リカツシが定年で退任したので、新たに侍女長となった大変真面目で、陛下に忠義を尽くす、中年の女性です。
 ずっと陛下の専属の侍女として、小さな頃から見守って世話をしてきたメジマジマは、陛下の御為ならっ、と色々な暴走をしてきたのですが、侍女長のリカツシがその暴走の歯止め役になっていたのです。
 しかし、リカツシが後宮を去った今、メジマジマは明後日の方向に陛下の好感度UPキャンペーンを始めた模様です。

「あー、アレ、来ましたけれど真面目に使う人、いないですよね。ぜったい」

 アオバ妃は口元を抑え、キッシッシと笑いました。
 この間、全員の妃に配られたモノは、ここにいる四人の妃にとっては、い、いらねー☆と思えるブツだったのですが、一応陛下からの賜りモノ。粗末にする訳にもいかず、でもこのネタ、早く他の三人と話したぁい、と前回のお茶会から三週間経たずに、この南の庭園へ四人の妃が集まることとなりました。

「わたくし、ジツシのが欲しかったですわ………ジツシのなら、ずっとアソコから出しませんわ……」

 ムエド妃は拗ねた口調で今日も変態ドM度、MAXなことを口走ります。
 陛下から賜ったモノ、それは勃起した(であろう)陛下のナニ☆を形どった、張り形でした。
 メジマジマは、陛下がいらっしゃらない時でも、これを使って鍛錬に励み、陛下を喜ばせるように、とドヤ顔でそれぞれの妃に配って歩いた模様です。

「それは」「さすがに」「妄想だけにしてくださいね」
「止めて下さり、ありがとうございます」
 ニコニコとしながら嬉しそうに言ったムエド妃の言葉に、四人は顔を見合わせてクスクス笑い合いました。

「しかし、アレ、賜ってどうしろというんでしょう。リアルなあの再現具合に、見せられた時吹き出すのを押さえるの、大変でしたわ」
 目頭を白いレースの可憐なハンカチで押さえたリビンノ妃は、面白そうな目で他の三人を見やります。
「『鍛錬に励む』んですよ。鍛錬に。わたくし、少しでも微笑んでしまったら笑いが止まらなくなる気がしましたので、頭の中で一から順番に計算をして耐えました」
 プププ、と口元を押さえながら笑ったシキ妃は、早くその話題をしたくて仕方がなかったようです。
「メジマジマは、新風を後宮へ入れてくれましたよね。素晴らしいお人です」
 いいネタ貰った、と思っているアオバ妃は、メジマジマから目を離さないことを心に決めています。
「まあ、メジマジマは最近、閨の時にも現れて口うるさいったらありませんわ。『陛下だけを見つめて感じなされませ』なんて言われても、陛下じゃこれっぽっちも気持ちよくなれないんですのに」
 憤慨しているムエド妃は、閨の時視線をジツシへ向けることが出来ず、怒っています。

「ですが、陛下もやりにくいらしく、お渡りは減りましたわ。メジマジマをわたくし、頼もしく思っております」
 嬉しそうにリビンノ妃はプチパンケーキをつまみ、あら、これ、美味しいと呟きました。
「本当に、メジマジマは良いことをされていますわ。陛下を萎えさせるなんて、中々出来ることではありませんわ」
 それにつられて、シキ妃もカナッペをつまみ、まあ、美味しい、と呟きました。
「絶倫も小さい時からお付きの忠義者には敵わないんですね。いっそのこと、そこでくっついたら平和だったのに」
 プチパンケーキとカナッペを褒められて、アオバ妃の毒舌は舌好調です。
「ふまぁ、わたくひわ、まっとく、できまふぇんふぁ。ん、おいひい、れふ」
 拗ね切ったムエド妃は、プチパンケーキとカナッペをもぐもぐしながら話します。
「ムエド様、モノは使いようかもしれませんわよ。ジツシにどう使ったらいいか、と相談されてみてはいかがかしら」
「そうですわ。陛下に直接はお聞き出来なくて、と前置きされたら、ジツシだって断れませんわ」
「リビンノ様はいつもながら頭が切れますね。男性に生まれたら、出世街道まっしぐらですよ」
「んまあ、皆様っ、なんと良い案を考えて下さって、ありがとうございますっ。そこでジツシと禁断の張り形プレイになって、ジツシに弄ばれながら、『陛下ので、イってしまわれるのですか……』なんて責められたらもう、もう!」
 うっとりしながら変態ドMなことを、ムエド妃は口走りだしたので、三人の妃は良かった良かったと胸を撫で下ろしました。
「で、皆様、陛下からの賜りモノ、使っていらっしゃる方………いないですわよね、流石に」
「もちろん。一応仕方がないのでチェストの中へ、もう見えない奥の奥へ仕舞い込んでおきました」
「わたし、枕元のサボテンの鉢に、根元から差して置いてます」
 アオバ妃の思わぬ告白に、他の三人は目を丸くしました。

「サボテン、ってあのトゲトゲの、ですわよね」リビンノ妃は目をパチクリします。
「ええ、もちろん」
「鉢に、とは、陛下のナニ☆が上向きに、なっている、と」シキ妃は口元を抑えます。
「土に先端から差すのと、迷ったんですが、そちらにしました」
「サボテンと、陛下のナニ☆」流石のムエド妃も、びっくりしています。
「陛下のナニ☆、サボテンのトゲに刺されて、いい感じです」
 四人はニヤッとして、急いでそれぞれ扇を広げました。そして声を出さず腹筋をふるふると震わせながら、笑っています。
「アオバ様、素晴らしいわ。その芸術作品をわたくし、拝見したくって仕方がありません」
 リビンノ妃は、声を震わせ、前屈みになりながら、言いました。
「素敵な小説を書かれる方は、そのような作品を作られるときも、一流、ですわ」
 シキ妃は笑い過ぎて、顔の筋肉が強張ったようで、揉みほぐしながら腹筋を震わせています。
「……………」
 ムエド妃は大きい声で笑い出したいのを、必死でこらえています。
「陛下もお渡りになりませんし、まあ、魔除けと部屋の置物にいいかなーと思いまして」
 アオバ妃はしてやったり、という表情で三人を見ています。
『最高ですわ!』
 三人の声がピッタリと重なることはそうそうありません。アオバ妃は胸の中でよっしゃ☆とガッツポーズをしました。

「しかし、あの陛下のナニ☆、どうやって作ったんでしょうね。気になります」
 アオバ妃は、他の三人の妃が笑い止んでから言いました。
「まあ、そういえば。そんなこと思いもしませんでした。珍妙な物、としか思いませんでしたので」
 落ち着いたリビンノ妃は、ミントの爽やかなお茶をこくり、と飲みました。
「まさか、一つ一つ手作りでは、ないですよね」
 シキ妃も同じタイミングで、ミントの爽やかなお茶を飲んでいます。
「十五本も、一つ一つ手作りだとするなら、職人は大変ですわね」
 ムエド妃も、ミントの爽やかなお茶を飲んで、何かを考えています。

「お妃様方、御機嫌よう。お茶会をお楽しみでございますか」
 はっ、と四人が気がつくと、侍女長のメジマジマが礼をとり、東屋の外へ控えていました。

「まあ、メジマジマ。御機嫌よう。先だって陛下より賜りました、有り難きお品について、皆で感謝していたところです」リビンノ妃はシキ妃へ目配せをします。
「左様ですわ、陛下の息吹を感じられるようなお品は、メジマジマが陛下に提案して下さったとか。有り難いことです」シキ妃はアオバ妃へ目配せします。

「まあ、お妃樣方にそう、仰って頂けて、わたくし頑張った甲斐がありました。そのような優しきお言葉を掛けて下さったのは、お妃樣方だけでございます。ありがとうございます」
 メジマジマは、今にも泣き出してしまいそうです。

「きっと陛下の息吹を感じられるお品を作られるには、さぞかしご苦労があったこと、ですわよね。メジマジマの忠義の心に、わたくしたちは感心しておりました」アオバ妃は、ムエド妃へ目配せをします。
「本当に、陛下のお心を震わせ、かようなありがたきお品を、どのようにお造りになられたのか、わたくし達は後学の為、知りとうございます」ムエド妃は、こっくりと頷き、他の三人の妃も頷きました。

「まあ、まあ、あのお品は、陛下へ、お妃樣方のお部屋を訪れる機会を、順番にしてはいかがでしょう、と提案致したのですが、陛下はそれを良しとされませんでした。そこでわたくし、陛下へお渡りの機会に恵まれないお妃様方のお気持ちを、考えられたことはありますか、と詰め寄りました」

 メジマジマは鼻息も荒く、事の顛末を話し始めました。曰く、シンダビ国王は、妃の中には自分との相性の悪い者もいる、身体の相性も然り、と言い、メジマジマは真面目にお渡りが無い妃は、シンダビ国王へ抱かれる機会がなければ、身体の相性とて、高められません。と反発したようなのです。
 その言葉にうんざりしたシンダビ国王は、よく分からないドSが出てしまい、それならば、自分の張り形でも与え、感度を上げるよう訓練でもさせろ、と冗談まじりに呟いた所、真面目なメジマジマは、シンダビ国王の張り形を作るべく、東奔西走しました。
 そして、二日後にメジマジマはシンダビ国王の元へ、造形の専門家と一緒に型を取る壺を携えて、詰め寄ったのでした。

「陛下は渋々でしたが、型取りを許して下さいまして、皆様へ差し上げることが出来たのですっ。どうか、お妃様方、これをきっかけとして、陛下とどうか、仲睦まじくなさってくださいませ」

 メジマジマは深々と頭を下げました。リビンノ妃は、深く頷きながら、口を開きます。
「メジマジマ、あなたはなんと、陛下への忠義の深いこころを持った方でしょう。ですが、わたくし、陛下がこころに決めた方がいらっしゃって、その方と深く情愛を交わしたい、とお考えなのでしたら、それを見守りたい、そう思っていますの」
 シキ妃も、優しい微笑みを浮かべ、話し始めました。
「そうですわ、イイワカ様とお会い出来ない陛下は、愛おしい方を想って、こころは彷徨っていらっしゃるようでしたわ。陛下のお幸せは、こころから決めた方と、仲睦まじく過ごす事ではないのでしょうか」

「左様でございますか。しかしそれではお妃様方は浮かばれません。わたくし、何とかしてお力になりとう存じますっ」
 メジマジマは鼻息を荒くします。するとアオバ妃は、ニッコリ笑ってこう言いました。
「まあ、メジマジマも陛下ではない方へ忠義を誓う事態になると、苦しい心持ちになりませんか?陛下とて、愛する方と長い時を過ごしたいと思われるのは、自然の摂理ですわ」
「陛下のお心に寄り添うには、わたくし達は陛下の望まれた、愛しく想っていらっしゃる方との仲を応援することでは、と考えておりましたの。何より、陛下のお幸せの為、ですわ」
 ふんわりとムエド妃は微笑みます。メジマジマは納得いって居ない様子でしたが、その時、陛下付きの侍女のテリヤがメジマジマを呼びに来てしまい、大急ぎで礼をするとメジマジマは行ってしまいました。

「メジマジマは、あのようなことを考えていたのですね。侮れません。今の所は陛下の歯止めとなっていますが、歯車が噛み合えば脅威になること、間違いなしですわ」
 四人の妃は顔を近づけて、ヒソヒソ声で算段します。リビンノ妃は、一つ頷きました。

「あそこまで素晴らしい忠義の持ち主ですもの。陛下を説得し巻き込むエネルギーは、誰より強いかもしれませんね。今後の動きを見逃さぬよう、気をつけませんと」シキ妃も、一つ頷きます。

「しかし、アレ、忠義だけでは無いような気もします。メジマジマには、ほのかに陛下への思慕もあるのでは。その辺りを見過ごすと、メジマジマは意固地になりそうな気がします」アオバ妃も、一つ頷きます。

「流石アオバ様。では、今後は陛下の溺愛を受け止められるお嬢様を探すのに並行して、メジマジマの動向を見逃さない、そこをしっかりと、ですわね」ムエド妃が、一つ頷くと四人の妃はもう一度皆で、頷きました。

「しかし、陛下はどのような格好で、あの型取りをされたのでしょう。まさか」
「ガウンをお召しになっていて、壺☆ではないでしょうか。わたくしそれに掛けますわ」
「ガウンもいいですが、何もお召しにならず、の可能性もあります。わたしはそれに掛けます」
「まあ、あの彫像の様な陛下が、何もお召しにならず、股間に壺☆なんてファンタジーなのでしょうっ。ジツシがそうしていたらもう、もうっ」

 南の庭園の東屋の下では、四人の妃の明るい笑い声が、響きます。
 そんなお茶会は、今後もまた、暫く続くのです。

三杯目

「皆様、お聞きになりましたか、ルワジイ様のことを」
 真夏の暑さも幾分和らぐ時間、見事なバラが咲き誇る西の庭園の東屋にて、各々方が小さな盥に水を張り、少しだけお行儀悪く足元をめくり、誰もが白い足を盥に入れて、夕涼みの真っ最中でした。
 パタパタと扇を動かしながら、リビンノ妃が今日も口を開きます。
 今日、何時もであれば昼日中あまりの暑さにぐったりとしてしまう、四人の妃達なのですが、途轍もない大ネタを話し合うべく、この幾分涼しくなった時間帯に集まったのです。

「もちろんですわ。しかし、陛下の粘着質は段々手に負えない部類まで来ていらっしゃるような」
 うんざり、といった感じでシキ妃は言いました。温くなってきている盥の水を、少しだけかき混ぜるとシキ妃ははあ、とため息をつきました。
 幾日か前に起こった出来事は、後宮の妃たちへ大変な衝撃をもたらしました。そしてその結果に、ああ、やっぱりねっ☆と皆が妙に納得したのです。

「あーいうのを、わたしの世界ではヤンデレ、って言うんですよ」
 こんな面白いことはない、とアオバ妃は幾日か前から、アオバ妃の世界で言うところのワクテカをしながらニヤニヤ事の経緯を見守って来ました。
 シンダビ国王の一番古参な妃、ルワジイ妃は、イイワカ妃がやってくるまでは一番お渡りも多く、後宮の中で大きな顔をしていた時期もありました。しかし、ここへ来て、イイワカ妃へのみシンダビ国王の溺愛は深まり、見事ご懐妊。もちろんルワジイ妃にとっては面白くないことばかりになります。

「アレは陛下の面目が丸潰れでしたわ。まあ、でもよくわからないドSを拗らせて、イイワカ様のお心を無視し続けたしっぺ返しを受けたのですよ」
 むっつりとムエド妃は盥にその白い足を入れたまま、珍しく毒舌を吐きました。ルワジイ妃は先日取り巻きと共に、イイワカ妃をお茶会へ招きました。そしてお約束のイイワカ妃への集団的精神攻撃と、お腹を下しやすいお茶を飲ませ、イイワカ妃を窮地に陥れようとしたのです。しかし、賢いイイワカ妃はその手に乗らずのらり、くらりと攻撃をかわしていた所に、話を聞きつけたシンダビ国王が登場、かっこ良くイイワカ妃を助けようとしたら、なんとイイワカ妃はルワジイ妃の背中へ隠れてしまったのです。

「イイワカ様は、陛下の溺愛にほとほと疲れ果てていらっしゃるのですね」
 リビンノ妃はムエド妃をそっと見やります。
「確かに、あの粘着溺愛は息が詰まります。よくわからないドSですし」
 シキ妃もムエド妃をそっと見やります。
「まあ、図体がでかい中身はお子ちゃまですから。仕方ありません」
 アオバ妃もムエド妃をそっと見やります。
「………もぅ、誰もわたくしのジツシとの陛下張り型プレイについて、突っ込んでくださらないのですか。突っ込みお待ちしておりますっ」
 ムエド妃が叫ぶと、他の三人の妃は神妙な顔になりました。

「それは」「まあ、それは」「ジツシは、乗ってこなかったんですか」
「………聞いてくださり、ありがとうございます」
 ぷう、と頬を膨らませたムエド妃は、しょぼんと下を向きました。

「で、どうなったのですか。ジツシは陛下へ忠誠を誓っていらっしゃいますからね、駄目だったとか」
 リビンノ妃は心配そうにムエド妃へ聞きました。

「まあ、最初は陛下を裏切ることはできませぬ、と頑なだったのですが、『陛下へは、恥ずかしくお聞き出来ません……』と告げると少しだけ乗り気になったのです」
 ぷう、と頬を膨らませたままのムエド妃は、とんでもないことを言い出しました。

「あの堅物なジツシを少しだけでもその気にさせたのは、流石ムエド様。その後はどうなさったのですか」
 シキ妃はムエド妃へ話の先を促します。

「ジツシへ陛下の張り型を持っていただき、こう、動かし方をご教授願ったのです。ジツシは戸惑っていましたが、艶かしい動きを教わり、手を添えてわたくしにも教えてくださるよう乞い、ジツシに手を握られながら陛下の張り型を動かす練習を致しました。たまにジツシを見つめると、ジツシも熱い目を返して下さり、最高に盛り上がったのです」
 そう言うと、ムエド妃は思い出したらしく、うっとりと顔を綻ばせました。

「そこまで盛り上がったのに、ムエド様は何故ご機嫌斜めなんでしょう」
 アオバ妃はズバリ核心を突きました。

「そこから寝所へ誘うように仕掛けている最中に、陛下が乱入していらっしゃったのです。曰くイイワカ様が大ピンチだ!と叫んで何とかしなければ、とジツシへ喚き散らし、あっという間にわたくしのジツシを攫って行ってしまわれました。しかもジツシは陛下の張り型を持って行ってしまったのです!もう、もう!」
 プンスカと音が鳴るように、ムエド妃は怒っています。他の三人の妃は、はあーとため息をつきました。

「また、悪い日に当たってしまったのですね。陛下もご自分で解決出来ないのであれば、黙っておられたらよろしかったのに」
 リビンノ妃は遣る瀬無さそうに、ため息をつきました。
「運が悪かったですね。ジツシは陛下にべったり張り付いていますから、タイミングを伺うのも大変なことですわ」
 シキ妃は気の毒そうにムエド妃を見やりました。
「大体陛下はジツシを頼り過ぎていますよ。少しご自分の頭で考えてみたら何故、イイワカ様がそのような目に遭っていらっしゃるか分かりそうなものですけれどね」
 ぱしゃ、ぱしゃと足で水をかきながら、アオバ妃は空を見上げました。

「もう、ジツシはほぼ乗り気だったのです。本当はジツシのが一番良いのに、陛下の張り型で我慢して、それでもジツシには間近でわたくしの乱れる様を目に焼き付けて頂こうと、そうやって少しでもジツシに見て貰いたいと願う心を陛下から踏みにじられましたわ。わたくし、ずうぇったい、負けませんわっ」
 よくわからない宣言をしたムエド妃を、三人は優しい目で見守りました。後宮の生活は、かなり自由も制限されていますし、基本的に妃は日がな一日、侍女はついているものの一人で過ごします。
 その中でささやかながら、願いを持って生きているので、その願いを奪われたムエド妃には、同情の気持ちが湧いて来る三人なのでした。まあ、ムエド妃はささやか所の騒ぎではなく、ジツシのハートをゲットするっ、と公言しちゃっていますが。

「まあ、ムエド様、焦ってはいけませんわ。また、必ずチャンスはある筈ですよ」
 優しくリビンノ妃は微笑みながら、ムエド妃へ言いました。
「リビンノ様の仰る通りですわ。焦りは禁物、焦っては事を仕損じますわ」
 カクカクと頷きながら、シキ妃は言いました。
「この短期間で、あの堅物のジツシの気持ちを動かしているムエド様です。じっくりとジツシが堕ちてくるのを待つ戦法に出ても良いのでは」
 ニヤリ、とアオバ妃は笑いました。

「まあ、アオバ様何か策がありまして?」リビンノ妃は笑います。
「どのような策なのか聞くのが、怖いですわ」シキ妃は胸に手を当てます。
「ムエド様はジツシに対して、押してばかりに見えますので、今回あのけったいな張り型をジツシが持って行ってしまったのはよい機会ですから、目が合っても逸らしてしまう、などと言う恥じらいプレイをしてみてはいかがでしょう。押せ押せで来ていた方が引くと、ジツシは気になってしまうのではないでしょうか。上手く行けば」アオバ妃は真面目な顔で、提案をします。

「まあ、恥じらいのないわたくしが恥じらいプレイ、出来るでしょうか………でも、やってみます。当たって砕けてみせますわっ」鼻息も荒く、ムエド妃は決意を新たにしました。
 リビンノ妃はそんな真っ直ぐなムエド妃が眩しく、また羨ましい気持ちになりました。
 リビンノ妃は、他の三人の妃にも、相変わらず大切な恋人のことは、言えずにいます。

 故郷からのリビンノ妃への荷の中に、毎回小さな花束が入れられており、リビンノ妃はその花束から大切な恋人、イシサヤの心を感じています。
 いつもイシサヤはリビンノ妃が好きな、可憐な花ジンパーの花束をその荷の中へ忍ばせてくれるのです。
 リビンノ妃は毎回胸が熱くなり、早くイシサヤと優しい視線をお互いに絡め合わせ、寄り添って暮らす日を夢見ています。
 好きな方へ、目線を合わせ、好意を示せるのは、なんと幸せなことでしょうか。そう感じているリビンノ妃はムエド妃の想いが叶うように、いつも願い続けているのです。
 そんなことを黄昏て考えているリビンノ妃を見て、シキ妃とアオバ妃は何かを感じ、そしてそっと顔を見合わせました。

「お妃様方、お待たせしました。井戸の水で冷やした、ケサワアでございます」
 タイミング良く、シキ妃の侍女、クキガキが優美なグラスに黄金色の弾けた泡の飲み物、ケサワアをうやうやしく運んで来ました。
「わたくしの父が、西にあるウョシシニへ先ほど、陛下からのご命令で派遣されたのです。その土産にとわたくしの所へ、ケサワアを送って来てくれました。皆様と味わいたいと思いまして」
 シキ妃はにっこりと笑いました。

「まあ、珍しいお品を頂けるなんて。シキ様、ありがとうございます」そっとリビンノ妃は、グラスを受け取りました。
「わたし、ケサワアはここの世界へ来て、初めて飲みます。貴重なお品をありがとうございます」アオバ妃も、そっとグラスを受け取ります。
「この黄金色、滅多に無いイシラズメという品種のケサワアですわ。シキ様、よろしいのですか」ムエド妃は流石商人の娘、その価値をよく知っています。

「美味しいケサワアは、皆様と味わい、語りあうことでより一層美味しさが増すと思いまして。騎士をしていた時分、楽しみは同僚達と差し入れられた美味なる物を分け合い、分かち合うことでした。今は皆様と語りあいたいのです」シキ妃はニコニコと笑いながら、ムエド妃へグラスを渡します。

「シキ様、ありがとうございます」ムエド妃は嬉しそうに言いました。

 そっと優美なグラスを妃達は軽く上げ、ケサワアを楽しみます。甘さと酸味のバランスが絶妙なケサワアに、妃達はほう、と一様にため息をつきました。
「ああ、幸せですわ」リビンノ妃は頬を緩めました。
「暑い最中、元気になります」シキ妃は頷きます。
「贅沢な時間を頂いた気がします」アオバ妃は、ほんわかしています。
「~~~~っ、美味しい、ですわ!」ムエドは全身で喜びを現しました。
 そこからしばし、ケサワアの美味しさについて、妃達は穏やかな会話を交わしました。ケサワアを用意したシキ妃は、喜んでもらえてよかった、と嬉しそうです。

「それにしても、シキ様のお父様がウョシシニへ行かれたなど、珍しいこともありますね」リビンノ妃は真面目な顔で、話しました。
「それが、ここだけの話ですが、どうやらウョシシニの一番上の姫君を陛下はお召しになるようです」シキ妃は真面目な顔で、話しました。
「ウョシシニ、といえば、恐妻家の国王で有名ですね。一番上の姫君が産まれた後に奥方を亡くし、後添えを迎えてその方が濃いお方だったようで。一番上の姫君はおとなしく、優しい性質のようですが」アオバ妃は真面目な顔で、言いました。
「それではルワジイ様が後宮を出るということで決まりなのですね。後宮の妃はピッタリ十五人と決まっておりますから」ムエド妃も珍しく真面目な顔で、言いました。

「アオバ様、その他にウョシシニの姫君について、何か知っていることはございませんか」リビンノ妃は、そっと他の三人の妃へ顔を寄せました。
「そうですね、おとなしく、それでいて優しい、出しゃばることは少なく、働き者の姫君だそうです。なんでも後添えの奥方が産んだ沢山の弟妹の面倒を、一手に引き受けているとか。情報版の記者がこの間教えてくれました」いつも持ち歩いている紙束をアオバ妃はめくり、読み上げました。情報版とは新聞のような物のことで、この世界の出来事を広く網羅し、庶民から国王まで皆が目を通す大切な情報源です。
「どうやらこの後宮入りは、ウョシシニの国王陛下からのご提案だったようです。条件にも合いますし、ほぼ後宮入りは確実かと」シキ妃もそっと他の三人の妃へ、顔を寄せました。
「陛下の求める女性像に近い姫君ですね。わたくしも実家を通し、情報を集めますわ」ムエド妃もそっと他の三人の妃へ、顔を寄せました。

「ありがとうございます、ムエド様。お願い致します。わたくしも伝を辿ってみますわ」リビンノ妃は一つ、頷きます。
「そうですね。わたくしも父へもう少し探りを入れてみます」シキ妃も一つ、頷きます。
「明後日、情報版の記者がもう一度来るので、わたしもさりげなく聞いてみましょう」アオバ妃も一つ、頷きます。
「では皆様、陛下の御為に」ムエド妃が最後に一つ、頷き、妃達はにっこり笑いました。

 本当は皆、自分の為、なのですがそんなことはお首にも出しません。
 そんなこんなで、四人の妃達は新たな妃候補を、徹底的に調べ上げることとなったのです。なんとも好意的な意味で。

四杯目

「皆様、来週にはウョシシニの姫君が、陛下の元へ召されます。その後の首尾は如何ですか」
 暑さも過ぎ、天高く空の青が濃くなって爽やかな風が吹き抜ける西の庭園にて、お馴染みの四人の妃がお茶会を開いています。今回は話す内容が、他言されてはいけないことだらけなので、小さめのテーブルの上には色とりどりの小さなンロカマと、苦味が美味しいソッレプスエのみです。
 ずずい、と顔を皆に寄せてリビンノ妃は真面目な表情で問いました。

「色々と情報は集めて参りました。随分と逸話の多い姫君でしたわ」
 シキ妃もずずい、と皆に顔を寄せていきます。
「確かに、こんなに沢山集まるとは思いませんでした。」
 アオバ妃も驚いた表情を浮かべながら、ずずい、と皆に顔を寄せていきます。
「知れば知るほど、その人となりが見えてこないのですが」
 眉間に皺を寄せたムエド妃が皆に顔を寄せていくと、他の三人の妃はそうなのよっ!と小さく叫びました。

「皆様の持っている情報を整理致しましょう。まずは容姿から、でよろしいでしょうか」
 外見の柔らかい雰囲気に弱いシンダビ国王のことを良く知っているリビンノ妃は、そう提案しました。
「ええ、姫君はふわりと波打った金の髪で、瞳は深い森の色を讃えていらっしゃるとか。肌は健康的な色だそうです」シキ妃は細かい文字を書きつけた紙片を見ながら言います。
「えっ、わたしは月の光のような銀の髪と聞きました。優しげな顔立ちをなさっていて、瞳は若葉のような色だとも」驚いた表情を浮かべたままのアオバ妃は、紙束へ目を落とさず言いました。
「何故こんなに違いがあるのでしょう。体格は背丈が小さめで、とても華奢と聞きました。お顔立ちはアオバ様が仰られたそのままですわ」眉間に皺を寄せたままのムエド妃は、諳んじるように話します。
「まあ、わたくしは豊満な美しい身体付きだとお伺いしました。長い金の髪と豊かなお胸で、まるで女神のように自信に満ちて輝いている、と」リビンノ妃は信じられない、といった表情を浮かべています。

 四人の妃はしばし黙ります。何かを考え過ぎているうちに皆、脳内の糖分が足りなくなり、無意識に四人の妃は同じタイミングでンロカマを口にしました。

「つまり、金の髪で豊満なお姿とおっしゃる方と、銀の髪で華奢なお姿とおっしゃる方がいる、と」
「………そういうことに、なりますわね」
「ここまで違いが出ると、それしかないかと」
「別人、ですわ」ムエド妃の一言に他の三人の妃は、はっとしました。

「では、次に性格、でよろしいでしょうか」
 真面目で可愛らしい性格に弱いシンダビ国王のことを良く知っているシキ妃は、そう提案しました。
「とにかく大人しく、何時も自信なさげな様子でいらっしゃるとか。心優しく、弟妹にも接していらっしゃるようです」リビンノ妃は首を傾げます。
「ええっ、性格は快活で誰にでも話が出来る、朗らかな方とお聞きしました。分け隔てなく人と接することが出来るとか」アオバ妃も驚いた表情を浮かべて、首を傾げます。
「わたくしはとても働き者で、元気一杯な、とにかく積極的に何事も挑戦しようとする方、とお伺いしました」ムエド妃も首を傾げます。
「妙ですね。わたくしは読書や編み物を好み、静かな環境で過ごすことを喜びとする様子だとお聞きしました」眉間に皺を寄せたシキ妃も首を傾げます。

 四人の妃はしばし黙ります。何かを考え過ぎているうちに皆、こめかみがズキズキと痛み出し、無意識に四人の妃は同じタイミングでソッレプスエのカップを持ち上げました。

「つまり、積極的で朗らかな性格とおっしゃる方と、物静かで心優しい性格とおっしゃる方がいる、と」
「……真逆、ですわね」
「同一人物にしては、不自然ですね」
「やはり、異なる人物、では」ムエド妃の一言に他の三人の妃は、うーんと唸りました。

「それでは、次に男性関係ですが、恋人などはいらっしゃるのかご存知ですか」
 処女を散らすのが何よりも大好きなシンダビ国王のことをよく知っているアオバ妃は、そう提案しました。
「そのようなお話は一切出ませんでしたわ」きっぱりとリビンノ妃は答えます。
「わたくしもそのようなお話を伺いませんでした」シキ妃もきっぱりと答えます。
「その辺りは深窓のご令嬢、のようです」頷きながらムエド妃も答えます。
「深いところまで調べたのですが、真っ白ですね。流石、王女さまです」にっこりとアオバ妃も答えました。

 四人の妃はしばし微笑みました。やっと持ち合わせた話が一致したので、無意識に嬉しさがこみ上げてきて、四人の妃はほのぼのとした笑顔で、うふふと顔を見合わせたのです。

「陛下が姫君を気に入り、溺愛なさる可能性を探りたいのですが」
 箱入り娘というシュチュエーションに惹かれやすいシンダビ国王のことをよく知っているムエド妃は、そう提案しました。
「ええ、ウョシシニの特産品でもあるルプッアが豊かに実る果樹園へ、近頃姫君はお立ち寄りになったそうなのですが、木の高い所に素晴らしく大きなルプッアがなっていたそうなのです。姫君はそれを弟妹へのお土産へしたいと御所望になったそうなのですが、果樹園の持ち主はあのルプッアは取れませんと断ったらしいのです。そうしたら姫君は護衛に指示して枝と枝とを組み合わせ、その先にナイフを付け、上手いことルプッアを下へ落とすことに成功したそうです。そして果樹園の持ち主にもこの方法で収穫をすることを勧めたとか。知恵のある姫君ですわ」そうリビンノ妃は言いました。

「あの背の高いルプッアの上の実を取るなんて、例え枝と枝とを組み合わせたとしても中々難しいですよ」
 小さい頃木登りが得意だったシキ妃は、驚きを隠せません。
「確か、ルプッアの木はンリキと同じ位の高さになりますよね。ンリキはルプッアの実が大好物ですし、そんな所になっているルプッアの実はいくら枝をつなぎ合わせたとしても、途中で折れてしまいますよ」
 とても現実的なアオバ妃は、むーんと考えています。
「どのような仕組みなのでしょう、是非とも知りたいですわ」
 面白い事柄を聞くとムエド妃は、どうしてもその仕組みが気になってしまいます。流石商人の娘ですね。

「わたくしが聞いた話では姫君は雷がお嫌いで、ピカリと光った時にはもうお姿はなく、どこか狭い場所に隠れたがるそうです。一度は突然青空なのに遠雷が響き、姫君は側にいた侍女のスカートの中に隠れてしまったとか。そんな話を聞きつけた義理の母君に攻め立てられて、姫君はしょんぼりなさっていたようです」そうシキ妃は言いました。

「単細胞な陛下が庇護を掻き立てられるようなエピソード、ですわ」リビンノ妃は身を乗り出します。
「確かにちょっと鈍臭くて慌てているタイプの女性は、あの理解出来ないどSな陛下の大好物です」アオバ妃も身を乗り出します。
「鬼畜を存分に振るえそうな隙のある方じゃないと、無理ですもの」ムエド妃も身を乗り出します。
「皆様、落ち着いてください。あくまでも噂話、ですから。そして心の声がダダ漏れていて、陛下への呼称がおかしいです」
 小声で慌てたようなシキ妃の言葉に他の三人の妃はぱっ、と口を両手で覆いました。
 確かに、四人しかいないとはいえ、ここは後宮。誰が何処で聞いているのか分からないのです。
 気を抜いて首をはねられる羽目になっては、たまりません。
 特にこの間のルワジイ妃の一件以来、シンダビ国王は絶対安静のイイワカ妃の部屋へ入り浸りとなり、メジマジマやその他の侍女達はピリピリした雰囲気なのです。

「気をつけねばいけませんね。ルワジイ様の二の舞になってはいけませんもの」リビンノ妃は首をすくめます。
「そうですよ、あんな辺境の修道院で余生を送らねばならないと思うと、ゾッとします」シキ妃は身体をぶるり、と震わせました。
「イイワカ様が、陛下へ嘆願したのでしたっけ。命だけは助けて欲しいと」アオバ妃は遠い目をしながら言いました。
「まあ、その交換条件に陛下はイイワカ様の所へ居続けていらっしゃるようですね。接触禁止は守られているのか疑問ですが」ほう、とムエド妃はため息をつきました。

「そういえば、ムエド様、今日は大人しいですね」気がついたリビンノ妃は、ムエド妃へ声をかけました。
「確かに、何時もなら『ジツシがっ、プンプン』と怒っていらっしゃるか、策が功を奏してお喜びになっているかどちらかですのに」シキ妃も、ムエド妃を心配そうに見やります。
「ジツシ焦らしプレイに何かあったのですか」アオバ妃は、真剣な目をして聞いています。

「この間、ジツシがやって来まして陛下の張り型を返してくださりながら、言われたのです。『陛下を想い、陛下の為御子を授かって、心安らかに御過ごし下さい』と。完璧に振られましたわ」
 しょんぼり、しょんぼりとムエド妃は話します。それを聞いて他の三人の妃ははあー、とため息をつきました。
「ジツシの頭は石ではなくて、鋼鉄でできているのではないのかしら」リビンノ妃は頬杖をついています。
「まあ、陛下ラブの忠義者ですからね、ジツシは」シキ妃は遠い目をします。
「ムエド様は、諦めておしまいのなるのですか。どうにかならないのでしょうか」アオバ妃は腕組みをしています。

「ええ、ええ。ですから、今は失恋プレイ中です……」
『はあぁ?』
 ムエド妃がしょんぼり、しょんぼり話すと、三人の妃は大きな声で叫びました。
「あの、ですから、失恋プレイ中、なんです」
「失恋プレイって、失恋プレイって、どういうことですか」
「何故、失恋にプレイがつくのですか、何故」
「ははーん、そういうことですか。流石ムエド様。逆境も覆そうとなさるなんて、凄いですね」
 リビンノ妃とシキ妃は同時に、深く頷いたアオバ妃を勢い良く見やりました。

「………成る程、それで失恋プレイ、なのですね。それで失恋プレイへ入ってからのジツシの様子は、いかがですか」こめかみを抑えながらリビンノ妃は、ンロカマをつまみました。
「それが……効果はありまして、侍女達へジツシは何かと探りを入れてきているようです……」
「いいですよ、私達の前でもプレイしなくとも。それでジツシは何と探りを入れてくるのですか」シキ妃は眉間に皺を寄せながら、ソッレプスエを一口飲みました。
「わたくしの体調や、食欲、精神的に落ち込んでいるか、などらしいです。………侍女達は醒めた目でジツシを見ているようです」
「流石、TEAMムエド。主の恋の成就のために、目上のジツシへ醒めた目を送るとは。で、ジツシはそれを聞いてどんな様子なんですか」アオバ妃は早速書き付けるための紙束を、ポケットから出しました。
「………がっくりと、項垂れていたようなんですよ!あのジツシが、ですよ!後悔している、との言葉も出たらしいですし、ジツシの心の中はきっと嵐のようになっているのかも、と想像すると!もう、もうっ!」うっとりと叫んだムエド妃を、他の三人はじっとりと睨みました。

「全く」「本当に」「人騒がせな」
「ごっ、ごめんなさいっ」
 素直に謝ったムエド妃を見て、他の三人は苦笑しました。

「まあ、あの鋼鉄頭の心を掴もうとするならば、その位の本気を出さねば無理でしょうね」
「ジツシの女性遍歴は陛下ラブで来たせいか、まっさらですからね」
「ウョシシニの姫君も、片思いしている愛しの陛下の心を、ムエド様位のガッツでゲットしてくれたらいいのですが」
 ため息と共に呟いたアオバ妃の言葉に、リビンノ妃とシキ妃は目を見開きました。
「一目惚れ、らしいですね。まあ、陛下の見てくれは極上ですから、惹かれる気持ちは分かりますが」
 首を竦めたムエド妃の言葉に、リビンノ妃とシキ妃は更に目を見開きました。

「どういうことですか」「一目惚れとは」
 同時に話したリビンノ妃とシキ妃へ、アオバ妃とムエド妃は顔を見合わせました。

 昨年、ウョシシニの隣にある、ウョシクャジ国はその上にある、ウボンラ国から脅され、侵略一歩手前の所まで事態は進んだのですが、大国イキオオ国はその前にウョシクャジへ兵を派遣して、争いは何とか沈静化されました。その事態の収束具合の確認と視察のため、国王シンダビはウョシシニを拠点として、あちこちをお忍びで歩いたようなのですが、娘の身を案じていたウョシシニの国王が姫君を閉じ込めていたにも関わらず、姫君は国王の姿をこっそり覗き見てしまったらしいのです。

「新しいパターンですわ。姫君が陛下を見初めたなどと」ほう、とリビンノ妃はため息をつきました。
「中身は良く分からないドSなの、ご存知ないのでしょうね」虚ろな目をしたシキ妃は呟きます。
「しかし、やりようによっては、陛下と心通わせる存在になれるかもしれません」アオバ妃はきっぱりと言い切りました。
「そうですね。イイワカ様もこのまま陛下の居続けが続くと、最悪御子に大きな影響があるやもしれません。溺愛は分散される位で丁度いいかと」ムエド妃は頷きます。

「ただ、姫君の様子が本日の話ではよく見えませんでした。まるでお二人いらっしゃるようで、その人となりが掴めません」
「そうですね、もう少し探りたいところですが、ここに居ては中々正確な情報を掴み損ねています。人が沢山介しますし、手紙は検閲がありますから」
「ここはやはり、ウョシシニの姫君をお召しになってから、このお茶会へお招きすることが肝心ではないでしょうか。他のお妃様方もそれぞれお茶会を開かれるでしょうし、その波に乗ってしまえば目立たないかと」
「百聞は一見に如かず、ですわね。お妃に成った者は皆一度は通る道ですわ。その波に乗って、姫君の目的と心を探り、陛下を純粋に想い焦がれていらっしゃるのでしたら、応援する流れでよろしいですか、陛下の御為に」
 四人の妃は一斉に頷きました。皆、本当は自分のために、なのですがそんなことはお首にも出しません。
 そうして新参者のウョシシニの姫君は、次回のお茶会へ招かれることが決まったのです。

五杯目

「ほっ、本日は、お招き頂きまして、ありがとう、ございます、っ。お妃様方に、おかれましては、ごっ、ご機嫌麗しゅうござい、ますか」
「固い挨拶は無しでよろしいですよ、ゲナケーョチさま。さあ、ルプッアのお茶を召し上がれ」
 ガッチガチに固まって挨拶を繰り出したゲナケーョチ妃に、リビンノ妃はニコニコしながら優しい言葉を掛けました。
 紅葉が美しく色づいた東の庭園では、何時もの四人のお妃様達と、新顔のゲナケーョチ妃がテーブルを囲んでいます。
 今日は何時もの中途半端なお茶と気合いが入らないお菓子ではなく、正式ないわゆるアフタヌーンティーのような様式美を一見思わせる設えなのですが、やっぱり中身はどこか中途半端なのでした。
 ジューシィーなムハと、シャキシャキのリウュキが挟まれたチッィウドンサや、表面はさっくりとして、中はもっちりとしているンーコスは良いとして、何故か一口サイズのイパルプッアや、果てはアオバ妃の故郷の食べ物ンマクニまで並んでいます。
 しかし、緊張がどピークのゲナケーョチ妃は、それらの食べ物が全然目に入っていない模様です。小さな細身の身体は微かに震えていて、新緑を思わせる若葉色の瞳は常に潤みっぱなしなのです。
 四人のお妃様方は、ゲナケーョチ妃のお披露目の時分、一目見ただけで全員が『大アタリ、キターーーー!』と心の中で狂喜乱舞しました。表情は涼しいものでしたが。
 サラサラと音が鳴りそうな美しい銀の髪を可憐に結い上げ、戸惑って緊張している様子はあるものの強い意志をその若葉色の瞳に讃え、細っそりしていても出るとこ出ている優しい顔立ちのゲナケーョチ妃は、正にシンダビ国王陛下の理想が服着てやって来た状態なのです。
 四人の妃は喜びを顔には出しませんでしたが、少しやつれたイイワカ妃は涙ぐみ、慈愛に満ちた微笑みでゲナケーョチ妃の手を取りよく来てくれました、と大歓迎しました。一番寵愛を頂いているイイワカ妃に歓迎され、面白くはない他の妃達は早速ゲナケーョチ妃をお茶会に招きました。挨拶回りとも言えるお茶会も、今日で予定は終わりです。ゲナケーョチ妃は幾つものお茶会をこなすうちに、まあ、色々なことがあった模様で、今日はすっかりと冒頭のような怯えている様子になってしまっているのでした。


「今日はゲナケーョチ様の故郷の名物、ルプッアを使ったお菓子も用意しました。遠慮せずに召し上がって下さいね」
 リビンノ妃は喜びを抑えきれない様子で、ニコニコとしながらお菓子も勧めます。少しだけ困った顔をしたゲナケーョチ妃は、は、はいと頷きました。
「ここでの生活には慣れましたか?ウョシシニとは違うことばかりで戸惑われておられませんか」
 気遣うように、それでいてウキウキとシキ妃は話し掛けました。それなりに、ありがとうございますとゲナケーョチ妃は静かに答えます。
「で、あの顔だけクソ男に一目惚れしたって本当ですか」
 色々すっ飛ばしてアオバ妃は聞きたいことをズバッと聞きました。ゲナケーョチ妃はびっくりしたようで、目を見開いています。
「本当、ですか」
 ムエド妃は、ずいっ、と身を乗り出しましたが、リビンノ妃にムエド様、と窘められました。ゲナケーョチ妃は戸惑ったように、不安そうな表情を浮かべました。

「あの、尋ねてもよろしいでしょうか」おずおずとゲナケーョチ妃は切り出しました。
「何なりと、構いません」リビンノ妃は穏やかに答えます。
「先程仰られた、あの方とは、どなたのこと、なのですか」慎重にゲナケーョチ妃は質問を繰り出します。
「ああ、国王陛下のことです。内緒ですよ」シキ妃は人差し指をそっと立てました。
「………顔だけ」
「クソ男ですよ。顔だけクソ男。印税割合を八:二にしてって言ってるのに、鬼畜な笑い顏して却下する奴なんて、クソですから」妙な私怨が入っているアオバ妃は、憎々しげに言います。
「……………アオバ様は、お強いのですね」
「で、一目惚れしたというのは、本当ですか」その話題がどうしても気になるムエド妃は、ずずいと身を乗り出します。

「………それは、誤解なのです。わたくしは、ここへ参るまで陛下へお会いしたことはございませんので」
 ゲナケーョチ妃が発した言葉に、四人の妃は内心戦慄を覚えました。リビンノ妃はウチの間者、役にたたない!と憤りましたし、シキ妃は誤報もいいところだと、頭がくらりとしました。アオバ妃は疑問符で一杯になり、ムエド妃はジツシと白馬に乗って愛の言葉を囁かれる夢が遠のいた気がしたのです。
 しかし、四人の妃は表面にそのことは出さず、皆優しい微笑みを浮かべました。

「それならば、陛下とお会いして如何でしたか?天邪鬼ですが、少年のような心をお持ちの方ですから、戸惑われたのではないですか」リビンノ妃の慈愛に満ちた微笑みに、ゲナケーョチ妃は目を見開きました。
「……わたくしには、畏れ多いお方で、お会いすると緊張、致します」
「もう陛下は通われているのですよね、話題が無い時は乗馬の話を振るといいですよ。延々話して下さいますから」すかさずアドバイスを繰り出したシキ妃に、ゲナケーョチ妃は眉間へほんのかすかに皺を寄せました。
「乗馬、ですか」
「あの顔だけクソ男は延々自分の好きなことだけ語って来ますからね。きっかけさえ掴んで、後はウンウン頷いておけばご機嫌になりますから、話振ったらいいんですよ」更にアドバイスを繰り出したアオバ妃に、ゲナケーョチ妃は小首を傾げます。
「あ、あのう、お尋ねしても、宜しいでしょうか」
「何でしょう、陛下のイカせ方ですか?それとも言葉責めのバリエーションが知りたいとか?最近は後ろから獣のように突くのが陛下のブームですけれど、今迄のブームを復習(さら)いましょうか」ずいっ、と身を乗り出したムエド妃の言葉に、ポカンとした表情を浮かべたゲナケーョチ妃はそのまま固まりました。

「ムエド様、ゲナケーョチ様はお若いのですよ、いきなりそのような事を聞かされては驚いてしまわれるでしょう」めっ、とリビンノ妃は注意します。
「ムエド様、余りにも何時も通り過ぎます。ゲナケーョチ様は下世話なお話に慣れていらっしゃらないのですよ」めっ、とシキ妃も注意します。
「まあ、でも隠していても仕方ないですからね。今じゃなくてもムエド様がどMで変態なのはいつか露呈しますよ」ふう、とアオバ妃は一息つきます。
「んまぁ!皆様なんて思いやりのある方々なのでしょう!わたくし、感激致しましたっ」目をキラキラさせて、ムエド妃は叫びます。
「あ、あのう!皆様は、陛下をお好きでは、ないのでしょうか………」はっ、と我に返ったゲナケーョチ妃は、叫ぶように物事の核心を突いて来ました。

 四人の妃はそれぞれ、内心ゲナケーョチ妃に感心していました。ここで疑問に思っていることを聞ける心の強さと、相反するように身に纏ったはかなさを好ましく思ったのです。そして質問は陛下への想いを尋ねている。もしかしたら、と。

「陛下は御立派なお方ですし、尊敬しております。ですが、わたくしは陛下が幸せを感じられる方々と過ごされて、心穏やかに過ごされることを望んでおります」リビンノ妃は心にも無いことを、微笑みながら話しました。
「十五人の妃全てと、陛下がお互い心通わせられるのが理想ですが、陛下にも好みがお有りでしょう。私は陛下が幸せと感じられる方と過ごされるのが、最上だと信じておりますの」シキ妃はもっともらしいことを、ふんわり笑って話しました。
「まあ、わたしはあの顔だけクソ男とは犬猿の仲ですから、あいつがどうなろうがどうでもよろしい。それより、恋する乙女がいるのならば、めくるめく恋愛を魔法使いのように応援したいと思っていますがね」アオバ妃の小説のネタ切れは、どうやら深刻な模様です。
「わたくしはっ、ジツシに一目惚れして口説く為、ここにいるのですわっ!あと一歩なのですが、なっかなかジツシは堕ちてくださらないの。色々仕掛けているのですが、あの堅物ときたら」ぷうう、とムエド妃の頬は膨れました。

「何故、そこまでお話してくださるのでしょう。あの、不思議に思います」ゲナケーョチ妃は、慎重に質問をします。よっぽど今までのお茶会にて嫌な思いをしてきたようですが、どうもこのひとたちは毛色が違うようだ、とゲナケーョチ妃は感じていました。

「それなりに耐えることの多い環境に置かれている身としましては、苦労や困難は皆様と分かちあい気持ちを軽く過ごしたいと願っているのです」にこにことしながらリビンノ妃は言いました。
「リビンノ様の仰る通りです。この場所は制約だらけですから、たった一人で居ては心が弱ってしまいますので、皆様と語らいあい、励ましあうことで安らかな気持ちで過ごしております」頷きながらシキ妃は言いました。
「まあ、ぶっちゃけて言えば誰も陛下が好みじゃないんですよ。十五人も居たらあの顔だけクソ男に政略として嫁がされている者も中にはいて、私達は他のお妃様方からも問題外と思われていますからねぇ。 でも、陛下へひた向きに心を寄せている方がいらっしゃったら、あの方の好むものは教えて差し上げたり、出来ますがね」アオバ妃は真剣に言いました。
「そしてゲナケーョチ様は、まだ新しく来た方でここでの人脈や信頼関係はまだまだですから、もし、わたくしたちに不利な情報があなた様の口から漏れ出たとしても、何とでもなります」わっるい顔をしたムエド妃は鼻息を荒くして言いました。
 それを聞いたゲナケーョチ妃は、若葉色の瞳を真ん丸に見開きました。言おうか言うまいか悩んでいる模様です。
 そりゃそうだ、と四人の妃は思いました。それぞれ経てきた過程は違えども、このお茶会メンバーへ辿り着くまで皆、えらい目に遭ってきたのです。出会った頃には軽い人間不信になり掛けていましたし、ゲナケーョチ妃のように警戒するのは当たり前なのだとそれぞれ思っておりました。
 ですが四人の妃は、同時にゲナケーョチ妃の本音が知りたくてうずうずしていました。八つの瞳が若葉色の瞳を優しく、でも逸らさずに見つめています。

「……内緒にして、くださいますか」
「勿論」すかさずリビンノ妃は答えます。
「でも、裏切られたら、と思ってしまいます」
「万が一そのような事になれば、イイワカ様を頼られたらよろしいですよ。あの方は十五人の妃の中で一番ゲナケーョチ様を歓迎していらっしゃいましたので」シキ妃は安心させるように話しました。
「イイワカ様は、寵妃であらせられるのに、」
「顔だけクソ男がみっちりくっ付いて来て、ノイローゼ気味ですから大丈夫ですよ」アオバ妃は不敵な笑みを浮かべます。
「ノイローゼ……」
「あっ、引かないでくださいね。英雄色を好むという言葉通りのお方というだけです。腰振りがお上手なんですよ」ムエド妃は肩を竦め、おどけてみせました。

 長いこと、ゲナケーョチ妃は黙ったままでしたが、深呼吸を二度ほど繰り返すと、蚊の鳴くような声を出しました。
「先ほどは、嘘を申しました……」項垂れて、それでも真白な頬がルップアのように可憐な色へ変わっていくのを、四人の妃は内心『キターーーッ』と心の中で叫びながら見つめました。
「一目惚れ、でしたの?」
「はい」
「陛下に告げられましたか」
「いいえ」
「いいっ、いいです、いやちょっと今のはスマホが欲しい場面だった!萌えをありがとうっ」
「モエ?」
「妄想恋愛小説家の戯言ですので、気になさらず」
「は、はい」

「ゲナケーョチ様、ではわたくし共はあなた様の恋路を精一杯応援いたします。ですが弁えて頂きたいことが一つだけ。わたくし共は陛下からの寵愛からは遠いものの、やはり妃なのです。陛下が気まぐれにお召しになった際に起きた理不尽な出来事を、互いに慰め合い不満を解消する場がこのお茶会です。
 陛下を独り占めすることは、わたくし共に許されておりません。そこのところだけ、胸に刻んでおいてくださいね」リビンノ妃の優しいのにきっぱりとした物言いに、ゲナケーョチ妃は見惚れ、そしてはっ、として答えました。
「十五人の妃の一人として、ここで皆様方と仲良くしとう、ございます」
 こうしてゲナケーョチ妃はこのお茶会のメンバーとなりました。そしてそれぞれ四人の妃は、腹の中でゲナケーョチ妃と陛下をくっ付ける大作戦を練り始めたのです。

真逆のお茶会

真逆のお茶会

この世界をひっくり返して、反対側から覗いた世界の一番大きな国、イキオオ国の超絶美男子な国王、シンダビには妃が十五人、おりました。 溺愛される妃、その座を奪い取ろうとする妃、嫉妬し相手を呪う妃。そんな愛憎渦巻く後宮の片隅で、お褥すべりを心から望む四人の妃が、ストレス発散と、どうやったらシンダビ国王が部屋に来ないようになるか(一人を除いて)、を研究するためのお茶会を定期的に開いています。それはそれはクソ真面目に。 そんな四人の妃の、のほほんとした、下品で、馬鹿馬鹿しいお茶会風景の話。 とっても下らなくて、コメディでギャグです。どっかで見たよ、な設定かもしれませんが、ご容赦を。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 成人向け
更新日
登録日
2014-12-26

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  1. 一杯目
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