愛玩動物日記。

ご主人様について

私のご主人様は、とてもうるさい。
何度も何度も、猫撫で声で私の名前を呼んでいる。
なにかと思って近付けば、とくに用もなく私のからだをなでまわす。
そんなときは、きまってご主人様の気がすむまで、黙ってやり過ごすのだ。

こんなに触って何が楽しいんだろう、くすぐったいな。

しまいには、私のお腹へ顔を埋めだした。
その最中にも、私の名前を何度も何度も繰り返している。

そんなに名前を呼ばなくても、私はいつも側にいるのに。

ご主人様がそうしている間、私は窓からみえる空を見上げていた。
どうやら、今日は雪らしい。

あー、はやく散歩に連れて行って欲しいな。
今日は雪だから、ご主人様が転んだりしないようにゆっくり歩こう。

ある冬の日

今日のお昼にお客様が訪問した。
お客様は、赤い色の紙で包まれ緑色のリボンで結ばれた箱を手にしている。
それを受け取ったご主人様は、嬉しそうな高い声をあげてお礼を言っていた。

いったい中身はなんだろ?

ご主人様の後を付いて行くと、なにやら甘くていい匂いがする。
その箱はテーブルの上に置かれた。

すごく、気になる。

私は、欲求を抑えきれなかった。
ご主人様が目を離した隙に箱に結ばれていたリボンを引っ張り、床に落とした。
ご主人様は気付いていない。

いまのうちだ!!

私は赤い紙ごと箱を引きちぎり、どうにか中身を確認することに成功した。

白くて、フワフワしてる。
上にのってる、赤くてコロっとしているものはなんだろう?

柔らかそうで、見ているだけで幸せになれそうなソレは、先程感じた甘くていい匂いで私の鼻をくすぐった。

なんだか、美味しそう!!

一口、舌で舐めてみる。
今までに感じたことのない美味しさ。

すごく、幸せ!!

私は、夢中になって真っ白なソレを食べ始めた。
赤くてコロっとしているものも口に入れてみる。

こんな不思議なもの、はじめて食べた!

一度、口にするととまらない。
まるで、魔法にかかってしまったみたい。

こんなに美味しいコレを食べたら、きっとご主人様も幸せになれるだろうな。

私は、そう思うと半分近く食べたソレをそのままにして、ご主人様のちかくへ。
ご主人様は、私の口の周りや鼻の周りに付いている白いソレを見て驚きの表情。
慌ててテーブルの方へ行き、大きな声をあげていた。

きっと、ご主人様も甘くて美味しいフワフワの白いアレを見て幸せな気持ちになったに違いない。

よかったなあ。

秘密

まだ、ご主人様が寝静まっている時間。
毎日ほぼ同じ時間に訪問者がやって来る。
何か沢山の紙の束をバイクに乗せてやって来る。
今日もバイクのエンジン音が近づいてきた。

あ、来た!

私は彼が来るといつもカーテンの隙間から顔をだして様子を伺う。

いつも、何を持ってくるんだろう?

彼は玄関の壁の脇にある郵便受けに、あの紙を差し込んでいた。
そして、またバイクに跨り出発する。
私はいつもその時、ご主人様が起きないくらいの小さな音で「よく来たね!」と、彼に声をかける。
すると、いつも彼は手を振ってくれるのだ。

今日も元気そうだ!

ご主人様が静かに眠っているこの時間は、外もひっそりとしていて、なんだか寂しい。
まるで自分一人だけどこか別の場所へ迷いこんでしまったような、そんな不思議な感覚を呼び起こす。
そんなときに、毎日欠かさず訪れる彼を見るとなんだかとても安心する。
いつもと変わらない時間がそこには流れていて、元の場所へ連れ戻してくれる。

ご主人様が目覚めるまで、まだ時間があるからもう一眠りしよう。

明るい朝が来てご主人様が起きてきたら、彼があの紙を届けてくれたことを伝えよう。
でも、彼との間に流れる不思議な時間は私だけの秘密なのだ。

私の夢

家の前を通り過ぎていく車の横を追いかけるのは、とても楽しい。
いろんな車と競争しながら皆に声をかけるのは私の日課になっている。
その中でも私が一番楽しみに待っている車。
ご主人様が言うには、「バス」という名前の車らしい。

今日は来るのが遅いな。大丈夫かな?

少し心配していると、遠くの方からいつもの黄色いバスが来た。

やっと来た!

一緒に走る準備をしていると、バスが近付いてきた。
乗っているのは小さい女の子に男の子。
たくさんの子達が声をあげながら、こっちにむかって勢いよく手を振っている。

「おかえりなさーい!!」

そう話しかけると、皆の表情がさらにキラキラと笑顔になる。
私は、バスの横を家の前を通り過ぎるまで追いかけた。

「明日もまってるよー!」

バスは少しづつ遠くなり、見えなくなっていく。

今日も皆のキラキラの笑顔が見れてよかった。

見送っているうちに、また違う車が通り過ぎようとしている。

「あ、おかえりなさーい!」

バスとは違う形をした小さな車だ。
運転している彼女は小さく手を振ってくれている。
その横を追いかけるが、とても早くてすぐに引き離されてしまう。

やっぱり、車は早いなー。なかなか追いつけない。

いつか、車と同じくらい早く走れるようになったら、ご主人様を背負ってどこまでもどこまでも遠くへ連れて行ってあげたいな。
そうしたら、ご主人様のキラキラの笑顔は私だけの宝物にするんだ。

いつかその日を夢見て、私は今日も走っている。

感じる未来

今日のご主人様はいつもと違かった。
仕事から帰ってくるなり、自分の部屋の中へ入って出てこない。
いつもなら真っ先に私のところへ来るのに。

どうしたんだろう、何かあったのかな?

私は、心配になって部屋の前まで行く。
声をかけようかと思ったその時。
ご主人様のすすり泣く音が聞こえた。

泣いてるのかな?

さらに私は心配になるが、中々声をかけられずにいる。
どうしよう、と考えながら部屋の前をウロウロしていたが、中々すすり泣く音は止まない。

側に行きたいけど、それも出来ないし。

私は、ご主人様が部屋から出てくるのをドアの前で待つことにした。
静かに座っていると、徐々に眠気が。
そして我慢できず、寝てしまった。

カチャっと音がした。
その音に気づき私はドアの方を見た。
すると、目を真っ赤に腫らしたご主人様がゆっくり部屋から出てきた。

大丈夫?大丈夫?

そう声をかけながらご主人様の側へいく。
すると、ご主人様は私の頭をなでて「ごめんね」と言った。
ご主人様が動き出したので後を付いて行くと、ご飯の準備をしはじめた。
だが、準備をしたのは私の分だけ。
お腹の空いていた私は喜んでそれを食べた。
だけど、ご主人様は私が食べているのを優しく見守っているだけ。

どうしたの?ご飯は食べないの?

側へよると私のことをギュッと抱きしめる。
すると、ご主人様は私に話しかけて来た。
その言葉の中に"シツレン"という聞き慣れない言葉があった。

シツレンってなに?それがご主人様を悲しくさせるの?

いつもは別の部屋で眠る私たちだが、今日はご主人様と一緒に寝ることになった。
泣き疲れたのか、布団に入ったとたん寝息を立てはじめたご主人様。
その様子を見て少し安心した。

もし、明日また"シツレン"がやって来たら、私が倒してあげるから!
ご主人様のことは私が守るから!
だから安心して今日はゆっくり眠ってね。

そうして、私も眠りについた。

その日見た夢で、ご主人様は見知らぬ誰かと手をつないで笑いながら歩いていた。
近い未来か、遠い未来か。
その光景を見れる日が必ず来ることを私は感じていた。

繰り返す風景

年に1度遠方から来客が訪れる。
いつもその頃になるとご主人様達は少しソワソワと落ち着きがなくなる。
そんな様子を見ていると私もなんとなくソワソワとして来る。
不安というよりは楽しみの方が強い感じ。
毎年かわりないこの香りが台所からしてくると、その日がやって来た事がすぐわかる。
そして、今年もその時期がやってきた。

もうそろそろ、来る頃かな。

ご主人様は台所でパタパタとせわしなく動いている。
たぶん、そろそろ来客が到着する頃なのだろう。
そうこうしているうちに、どうやら到着したようだ。

いらっしゃーい!久しぶりだねー!

来客者達にそう声をかけると、皆が順番に頭を撫でてくれた。
ご主人様達と来客達はお互いに笑顔で声をかけながら、紙で出来た小さい袋を渡したりしている。
ある程度挨拶も終わり一段落すると皆でテーブルを囲み食事をし始めた。
その間私は別の部屋でご飯を食べ、笑い声を聞きながら一休み。
いつもとは違う食卓。
私にはご主人様が4人いて、その4人の食卓も決して静かな訳ではないが、この日だけはさらに賑やかな場所になる。
毎年恒例のこの行事。
私は、ご主人様達が何のためにしているかはわからない。
だけど、いつも同じ皆が集まって年齢は重ねていても、かわらない笑顔で楽しそうにしている姿を見ると、なんともいえない気持ちになる。

この寒い時期は、皆の笑顔をみると暖かい気持ちになるなあ。

ご主人様が「オソバ出来たよー!」と言っている。
私には何の事かわからないが、これも恒例の行事の一つだ。
毎年、繰り返す風景。
皆の見た目は変わってきても、飽きずにこの風景を繰り返す。
そこにどんな意味があるかはわからないが、繰り返し行うその行為の中に、いつまでも変わらずに残っている気持ちと、少しずつ変化している自分の感覚を見つけているのかもしれない。

皆が楽しそうにしていて、よかった。

しばらくすると、遠くの方から"ゴーン、ゴーン"と何かが鳴っている音が聞こえてきた。
この音を聞くと妙に安心する。
これから何年先も、何度でも繰り返しこの風景を見守っていけることを祈って、私は眠りについた。

始まりと終わり

その日はいつもにも増して身体が怠く、重く感じた。
私の様子とは異なり、天気は快晴。
冬の寒さのせいか、空気が透き通っていて、空は果てしなく遠くまで青い。
私は、具合が悪いこともあり横になりながら窓の外を眺めた。

あんなに空が綺麗なのに、外に出られる気がしない。

私は、小さめのため息をした。
ご主人様は朝からパタパタと忙しそうだ。
その合間に、私の様子を伺いに来る。
もう一人のご主人様と何か相談事をしている様子。
たぶん「ビョウイン」の事についてだ。
私も何度か連れて行かれたことがある。
特に最近は回数が多かった。
決まって、私の体調の悪い時に行くのである。
「ビョウイン」へ行った後はいくらか具合が良くなることを覚えている。

今日も行くのかな?

だが、私は無駄だということを知っていた。
もう抗えないのだ。
私の身体は徐々に動かなくなる。
そして、ご主人様とともに生活することは出来なくなる。
そう、私は年老いていた。

はじめて、この家に来たことを思い出した。
それまで家族の中で、兄弟と競争をしながら過ごしていた私。
あの頃の私は、家族達と離れ離れになるなんて、まったく思ってもいなかった。
その不安の中ではじめてご主人様と出会った。
ご主人様は、私の顔を見た途端、優しく優しく包み込んでくれた。
今まで感じたことのない温かさだった。
家族と離れるのはとても悲しいこと。
だが、それを決心させるには十分なくらい素敵な笑顔をご主人様は私に与えてくれた。
あの時の笑顔が未だに忘れられない。

ご主人様との生活はとても楽しかった。
一緒に暮らしていく中で、いろんな失敗をした。いろんな迷惑をかけた。
それでもご主人様は辛抱強く、私の面倒を見てくれた。
怒られた記憶はない。
ご主人様は褒めることしかしなかった。

そろそろ時間だな。

私はむくりと起き上がった。
身体は重く、足が思うように動かない。
いま、ご主人様は電話している。
もう一人のご主人様は別の部屋へ行ったようだ。
私は足音を立てないようにゆっくりと歩き、玄関へ行く。
鍵は開いているようだ。
私は最後の力を振り絞り、立ち上がって玄関のドアを開けた。

これをやるとご主人様すごく喜ぶんだよな。
遊びでやっていたことが最後に役に立つなんて。
覚えてよかった。

開いたドアの隙間から冷たい空気が入ってくる。
一瞬躊躇したが、私の心は決まっていた。
外へ出ると窓越しに見ていた青空が目の前に広がった。

なんて、眩しい!

雪に光が反射して、キラキラと美しく輝いている。
春になると新しい命が芽吹く。
それまでの間、様々な命が休息して力を蓄えている。
正に今にでも爆発してしまいそうな、そんな命の光のように感じた。

私は重い足を引きづりながら雪の道をゆっくりと歩き出した。
足跡が残らないように雪の少ない場所を探して歩く。

とにかく遠くへ。あの青空の向こう。
まだ一度も訪れたことのない、ご主人様も知らない場所へ。

私は用心深く足元を見つめながら、歩みを進めた。
とにかく歩いて、歩いて、歩きつづけた。
どれくらい歩いたのだろう。
気づくと周りはとても静かで、あたりも暗くなっていた。

これだけ歩けばもういいだろう。

一気に身体の力が抜け、雪の上へ横になる。
随分と身体を酷使していたようだ。
ふと空を見上げると、星がひとつまたひとつと輝きだした。

あの星の近くまで行けるのかな。

目を閉じるとご主人様の笑顔が見えた。
それが、私を優しく優しく包み込んでくれる。
気のせいか寒く感じない。
今までの疲れが嘘だったかのように身体が軽くなる。
温もりさえ感じる。

ご主人様。ごめんなさい。
そして、ありがとう。

ご主人様の泣き顔は見たくなかった。
最後の記憶はこの笑顔でありたかった。

少し呼吸が苦しくなる。
だが、そのことに気付かないくらい、意識は朦朧としていた。

いつのまにか、雪が降り始めていた。
しんしんと私の身体を覆っていく。
ゆっくり、ゆっくりと。
私の思い出とともに、私のことを隠していく。
でも、それでいい。

いつかまた、かならず、ご主人様のもとへ…

意識が途切れた。
これが私の最期だった。

残された身体の上に、まだゆっくりと雪が降り積もる。
私の身体を優しく優しく包み込む。

私の思い出を…。
ご主人様の悲しみを…。
優しく優しく包み込む。

少しずつ少しずつ、星は輝きを増し、ゆっくりとゆっくりと、私の身体は白く染まっていった。
私の命の光は、春を待つ新しい命達と、優しく優しく溶け合って行く。
そうして、また始まりを待つのだ。

愛玩動物日記。

愛玩動物日記。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-25

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Copyrighted
  1. ご主人様について
  2. ある冬の日
  3. 秘密
  4. 私の夢
  5. 感じる未来
  6. 繰り返す風景
  7. 始まりと終わり