一生のお願い

一生のお願い

小学生の頃なんてみんなが使ってましたよね。
一生のお願い。
今回は一生のお願いがテーマの話でございます。
ごゆっくり。

小学校のときにみんながよく使う魔法の言葉。

『一生のお願い』

もちろん言うだけで、叶わないし、叶うものではない。しかしながら僕たち人類は、生まれながらにして、この言葉が一度だけ使える権利を持っている。だけど大概は、小さい頃に親に使わされてしまうんだ。「一生のお願いです。長生きできますように」「一生のお願いです。大きな病気や怪我もなく、生涯を過ごせますように」とか。
我が子の将来を健やかに過ごさせてくださいと言うのが定番だが、ごく稀にこんな親もいる。
「いつかお前が大きくなって、人生の岐路に立たされたときに、使いなさい」
僕の親はまさにそれだった。だから僕は、大きくなっても『一生のお願い』を使える権利をまだ持っていた。

そもそもこの話に確証があるわけではない。『一生のお願い』と言っても、どこまで叶えられるのか、効果はどれくらい持続するのか、本当に願いが叶うのか。
いろいろ考えるがイマイチ、ピンとこない。
もしかすると、このまま使わないで死んでしまうこともあるかもしれない。
だって、たった20年という短い時間の中でさえ、使おうと思う場面はいくつもあったが、使わなかった。これはきっと性格上の問題なんだろう。僕は大きな壁に道を阻まれたとき、乗り越えようとすることがほとんどない。大概はどんなに遠かろうが回り道で目的地にたどり着こうとするものすごく怠けた人間なんだ。
こんなのだから友達も少なかったし、学校にもうまく馴染めなかった。今となってはどうでもいい話だけど。
でもこの時はまだ考えもしなかった。
こんな僕が誰かのために『一生のお願い』を使うなんて。

高校三年生の夏、僕は遅すぎる恋に落ちた。補足するまでもないけど、もちろん僕の片思いだ。相手は同じクラスの紅葉という冴えない女の子。窓際で静かに本を読むのが日課で、嫌われても好かれてもない、いわゆる『グレーゾーン』にいる子だった。
いや、グレーゾーンにすら属していない子だったのかもしれない。紅葉は空気のような人で、高校生生活の中で誰かと話しているところを見た人はいないという都市伝説も浮上するぐらいだ。そうやってチラチラ噂になるけど、その噂すらなかったことになるぐらい紅葉はグレーなやつだった。
そんな紅葉の唯一の話し相手はたぶん僕だけだったんじゃないかな。
話すのは朝一の教室。みんなが登校してくる20分前。その時間が僕と紅葉が言葉を交わす時間なのだ。と言っても、人前では話さない。それが僕たちの、あるいは僕だけの暗黙の了解だった。

話をするようになったのは、高一の秋。僕が休み時間にガラスを割ってしまって、朝の清掃活動をしなきゃいけなくなったときに、罰を受けた俺より早く登校していたのが紅葉だった。僕は本を読んでいる紅葉をみて笑っちゃってさ。
「こんな朝早くから放課後の最終まで本読んでるんだな」って話しかけたら、すごく驚いたらしく、体をビクつかせながらも僕をみて、コクっと頷いた。
これが最初の最初だ。
それから掃除が終わるまでの間、どうも落ち着かない様子の紅葉は、いつの間にか教室から消えていた。ちょっとびっくりしたけど、廊下をかけて行く姿をみて僕はクスッと笑った。
それから清掃活動期間中の5日間、俺は紅葉を見かけたらおはようって挨拶した。
紅葉はうなづいてはどこかに消えての繰り返しだったが、5日目の最終日、教室を出ようとした紅葉にまた声をかけた。
「まって」
紅葉はビクッと体を震わせて、ちらりとこちらを見た。そこにまた声をかける。
「僕も挨拶欲しいな」
すると紅葉は、しばらくもじもじして、何かを決心したのか、息を大きく吸い込み、ボソボゾっと何かを呟いて、いつもより早いスピードでどこかにかけて行った。
根っからの人嫌いなのか、極度のコミュニケーション障害なのか、僕が紅葉に興味を持ったのはこの時ぐらいからだ。正確にはもう好きだったのかもしれない。この時からずっと。

それから紅葉は少しずつ僕と話をするようになった。この頃になると、学校での楽しみは『紅葉と話している時間』だけになってしまった。それ以外の時間は、『明日の朝までの暇つぶし』だ。明るくてよく喋る性格の俺は、いつのまにか読書が好きな静かな奴になり、休み時間に友達とやっていた鬼ごっこにも参加しない日が続いた。
でも全く不便ではなかったし、それどころか少し前の自分がバカバカしく思えるようにもなった。「あー、なんて子供だったのだろう」と。
いや、むしろそれが普通のはずだ。高校生と言っても、まだまだ子供。本来ならそれでいいはずなんだ。こんなことを思うのは、少なからずもおかしいのだ。
なのに、思うようになったということは、僕が少し大人になったからなのだろう。
いい方にも、悪い方にも、僕は悟ってしまったんだ。
『いつまでも子供ではいられない』と言うことを。

「秋雨君はどうして毎朝早く来るの?」

卒業まで残り2ヶ月となった頃、いつにも増して真剣な顔で紅葉が聞いてきた。
答えは単純に、紅葉と話すためだ。
でもそんなことを言えるほど、僕のメンタルは強くできてはいなかった。
「うーん。逆になんでだと思う?」
しばらく考えた末に、その答えは紅葉に考えてもらおうと思いついた。我ながら言い返しだと感心した。
しかし紅葉は、その言葉を待ってましたと言わんばかりに、さらにベストな返しを見せる。
「私と話をするため?」
正解です。驚きました。
「うーん、そうでもあり、そうでもない」
「それってどっちなの?」
「たぶん、そうなんじゃないかな」
「何たぶんって」
「あれだ、答えは曖昧な方が味ある。そういうことだ」
「素直じゃないね」
「なんだよそれ」
いや、本当になんだよ。あざといやつだ。
でもこういうギャップがあるとこも僕は大好きなんだ。

いつまでも心の中で思っておくだけにしとくつもりだったこの思いは、なんの前触れもなく、届くことになる。

毎年開花が早くなる桜もまだ咲いていない卒業式の日。天気は快晴、程よく暖かい春の陽気の中で僕たちの卒業式は行われた。
気持ち的には、嬉しいのが半分、悲しいのが半分だ。これはみんな同じなんじゃないかな。
校長先生やPTA会長が長ったらしい祝辞を読んでいる間、僕はずっとこれからについて考えていた。
あー、いよいよ紅葉との時間も今日で最後かって。
それというのも、僕は卒業したらちょっと遠くの県で一人暮らしをすることになっているから、地元の大学に進学する紅葉と毎朝会う時間は、もう二度と来ないというわけだ。
大学に進んで『雰囲気』と言う化け物に紅葉が飲まれて、少しずつ変わっていくのかと考えると、
本当に今日で全てが終わるような気がした。
「卒業生、退場」
その号令と共に僕たち雛鳥は一斉に立ち上がる。周りを見ると、女子の大半が泣いていた。号泣から静かな涙まで、いろんな種類の涙があった。その中でもやっぱり紅葉は泣いていなかった。それどころか、この日を待っていましたと言わんばかりの清々しい表情で歩いていく。
紅葉にとって学校とは、それほど深いものではなかったのかもしれない。
『生きていれば通過するだけの道』程度なんだろう。
今僕はどんな顔をして歩いているのかな。自分では全く分からなかった。

最後の会も終わり、教室は静かになった。みんなのいろんな思い出だけがほんのり漂う教室で、僕はいつまでもたっても座っていた。まぁ、僕だけじゃないけど。
「なんであんなに清々しそうな顔してたの?」
同じように椅子に腰掛けた紅葉が不思議そうに聞いた。
「そんな顔してた?」
「うん」
「でも、紅葉だって同じ顔してた。何の未練もないみたいな顔」
その言葉に紅葉はちょっと笑った。
「未練ね…確かにないかも」
「ないのか」
「あるとは思うけど、今は思いつかないや。秋雨君は?」
よく考えると僕も清々しい顔をしていたんだよな。ならきっと後悔も未練もないのだろう。
「ないな。僕も」
「そっか」
ここで会話は止まる。
ふと紅葉を見ると、僕の方をじっと見ていた。笑っているわけでも、泣いているわけでもない。
「なんか不思議だね。さっき未練無いって言ったのに、この教室から出るのが怖いの」
僕も紅葉の顔をじっと見つめる。
「怖いのか…。何が怖いの?」
「…さぁ。わかんないや」
わからないはずがない。僕はこのときに気付いたんだ。もしかしたら、片想いは片想いではなかったんじゃないかって。だからこの前のお返しをしてやるんだ。
「へー。素直じゃないんだな」
笑いながら言った僕に対して、紅葉の顔は悲しい顔になった。
「そうなの。本当に素直じゃない。それが私の短所だし、この性格を作ったんじゃないかな」
紅葉がゆっくりと歩いてきて、僕の座っている机に手をつく。
「私思うの。素直じゃなさすぎるのって、子供の頃に一番持ってちゃいけない短所なんじゃないかなって。言いたいことは言えないし、楽しいはずなのにうまく楽しめないし、いつの間にか友達は減っていくし、自分が大人で、周りが子供なんだって思い込むことで、自分を閉じ込めてしまうし、何より…好きな人に好きって言えないから」
これが“秋空紅葉”の本音であり、“秋空紅葉”が学校生活の中でずっと抑えてきた“自分”なのだろう。
僕は泣いている紅葉の背中にそっと手を回した。紅葉もそれに応える。

ここからは“秋雨夕焼”の本音だ。

「素直じゃないのはお互い様だ。僕も最後の最後まで…卒業して明日から紅葉に会えなくなる今日のこの日まで言えなかった。君のことが大好きだって。ずるいだろ?振られても辛くない今だからこそ言うんだ…。ごめんな」
言わなきゃよかったと思った。後ろめたさと情けなさで、抱きしめていた手が緩まる。
「もしだよ?」
紅葉はより一層強く抱きしめて僕に言った。

「振られなかったらどうするの?」

紅葉が目を閉じた。
僕も目を閉じる。
「俺の一生の心残りになる。両想いだったなら、もっと早くこの想いを伝えるべきだったなって」

そこまで言ったとき、僕の口は紅葉の口によって塞がれた。

最初から僕たちは素直じゃなかったんだ。お互いに好きな事を知っていたのに、僕たちはそれを口にはしなかった。片想いでいいやって言うのが建前で本当は、朝の幸せな時間が『想いを伝える』という行為によって壊れるのが怖かったんだ。

「紅葉は『一生のお願い』って知ってる?」
「…みんなが小学生のときに使ってた言葉?」
「そう。何にでも使えるとても便利な言葉。でもね、僕はまだ一度も使ったことがないんだ。だから、もしかしたら本当に願いが叶うかもしれない」
すると紅葉は笑った。
「子供見たい」
僕も笑った。
「いいんだ。僕たちはまだ子供なんだから」

誰もいない学校から、僕らは手をつないで下校した。最後の最後でやっと僕たちは高校生らしい事を一つした。

『素直になれたんだ』

なんでもない話をしながら、ゆっくりゆっくり歩いて、公園のベンチでずっとくっついて、夜になっても帰らなくて、怒られちゃうねっと笑いあった。
明日から僕たちは離れ離れになる。
どんな未来が待っているのかは分からない。
でもどんな未来が来ても、願うことは一つだ。

「一生のお願いです。二人がいつまでも幸せでありますように」

一生のお願い

アンケートをとりました。

もしも一生のお願いが使えるとしたら、
皆さんは何に使いますか?

いろんな回答がありました。
世界平和を願う。
健康を願う。
超能力を願う。
死を願う。
その中にこの物語の締めくくりである、
誰かのために使うという解答がありました。

とてもいい人だなっと思いました。

僕はきっと、何も願わずに死んでいくと思います。
特別を好まないんです。普通が一番ということで。

一生のお願い

主人公の秋雨夕焼(あきさめゆうや)は、 一生の願いを使う権限をまだ持っていた。 それを何に使うのか、 そこが今回の小さなお話です。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-25

Public Domain
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