真実はどこに
1 通報
寒い日のことだった。日本列島を寒波が覆い、日本海側は大雪。太平洋側にあるこの都市でも、雪がぱらつき、中学生は、授業中でもおおはしゃぎだった。
放課後だった。職員室のインターホンが鳴る。インターホンは校門に設置されているものだ。
「生徒がタバコを吸っている」
中学校の近くを通りかかった、保護者からだった。
通報を受けた教師は、各学年の生活指導担当に呼びかける。そして、校門近くを巡回した。
小野寺は、柳本を見つけた。柳本は1年生。身長こそまだ小さいが、校内喫煙を度々くり返すなど、問題行動が後を絶たないやつだ。3年担当の小野寺は、「あぁ、また1年ですね」と、隣にいた2年担当の島田に声をかける。
「ほんまやなぁ」
島田も苦笑いをする。
「平嶋くん、出番やで」
平嶋は1年の生活指導担当だ。
「はい」
そう言って、柳本に近寄る。柳本はふてぶてしい態度をするわけでもなく、逆に寄ってきた。
「どしたん?」
話しかけてきたのは、柳本の方からだった。
平嶋は脅すような口調で問い詰める。
「たばこの通報があったんや。お前、またか」
柳本はおだやかな表情を崩さない。「おれちゃうで。あっちあっち」
柳本が指さしたほうには、背の高い女子生徒の後ろ姿があった。
「あいつ、吸ってたで」
平嶋は、柳本のかばんの中、ポケットの中をチェックするが、何も出てこない。だから、この余裕っぷりなのだろう。
小野寺は、その女子生徒を走って追いかける。女子生徒は、右手に携帯電話を持っていた。携帯電話も、学校への所持は禁止している。
「おい、待て」
女子生徒は、とっさに右手をポケットに突っ込んだ。そして立ち止まり、振り向いた。
アリサだった。スラッとした体格だが、いつも無表情。校内で大きな問題は起こさないが、上級生とつるみ、「クスリ」に手を出してる、という噂もある。そんな生徒だ。
「どないしたん?」
白々しい表情を見せる。
「学校に持って来たらあかんもん、あったら出しなさい」
「は?なんで?」
「なんでじゃない。出しなさい、ってゆうてんねん」
「何もないって」
「お前なぁ。おれは見たんや。はよせえよ。こっちも忙しいんや」
小野寺は、声を荒げた。そばの民家から、心配そうな表情の女性が出てきた。ちらっとのぞいて、すぐに家の中へ、戻った。
アリサは黙り込んだ。両手をポケットに入れたままだ。
「右手に持ってる携帯、はよ出せ」
少し間があったあと、アリサは渋々、右手をポケットから出し、白い携帯電話を小野寺に差し出した。
小野寺は続けた。
「あとは」
「もうないって」
「ないなら、ポケットから手を出せ」
再び、右手をポケットに入れ、左手は、ポケットに入ったままだった。
「タバコの通報があって、来てんねん。ないなら、真っ白だと証明しろ」
「タバコ?タバコなら、ヒロちゃう?吸ってたで」
「ヒロと一緒におったんか。それは、明日また事情を聞く。まずはお前や」
あとから追いかけてきた、島田が言う。
「女の先生のほうがいいなぁ。呼ぶか?」
男の教師が無理矢理さわって、セクハラで裁判でも起こされたら、たまったものではない。
小野寺が、返答に躊躇していると、現場にいた唯一の女性教師、本山が言った。
「私がやりますよ」
本山がアリサの前に立つ。
「全部、ポケットに入ってる物、出しなさい」
「なんで」
「なんで、ちゃうやろ。出しなさい」
「なんで。ママ呼んでよ」
小野寺が口を挟む。
「携帯は親に返すから、連絡はする」
「今呼んでよ」
「お前、指導に素直に従われへんのか。それやったら、学校に戻れ」
「なんで」
この日、何回目の「なんで」か。小野寺の苛立ちは、ピークに達した。
「素直に従うか、従われへんねやったら、学校に戻るか、どっちか決めろや!」
「ほんなら戻るわ」
アリサは、吐き捨てた。
アリサを連れて、学校に戻った。
2 調理室で
アリサは、靴箱近くの調理室に、入れられた。3年の教師陣が8人ほど、アリサを取り囲む。その中で「女番長」的存在の石本が、詰め寄る。
「何も持ってないんだったら、持ってないと証明すればいい。ポケットの中の物を全部出して、はっきりさせなさい」
アリサは、微動だにしない。目の前にいる石本をギッとにらみつけている。両手は、ポケットに入れたままだ。
「これじゃあ、埒があかん。親に来てもらいましょう」
業を煮やした石本が、そう言うと、アリサの担任、宮永が、母親に連絡した。母親は、すぐに来校した。
母親は調理室に入るなり、アリサを怒鳴りつけた。
「あんた、こんなたくさんの先生に迷惑かけて、何してんの。早く出しなさい」
アリサは、顔をそむけたままだ。
「もう早くしてよー。私も忙しいんやから、ほんまに-」
母親が来て、30分は過ぎただろうか。アリサはやっと、右手をポケットから出した。手には、くしゃくしゃになったタバコの箱が握られていた。
石本が、中身をチェックする。タバコは出てこなかったが、ライターが1本出てきた。
「何よ、これは!」
母親がヒステリックな声を出す。
「なんでこんなもの持ってんの?」
石本が、問いただす。
「ヒロから渡された。『持っといて』って」
「はぁ、誰よヒロって。ヒロって誰ですか、先生」
「ヒロは、この子が一緒にいた生徒です」
「じゃあ、その子は?」
「今日は捕まえられませんでしたので、明日事情を聞きます」
小野寺が説明する。
「なんで、これをずっと隠してたん?」
担任の宮永が言うと、母親が口を挟んだ。
「そりゃ、先生。この子はそのヒロっていう子をかばったんですよ。そうよね?」
「うん」
石本が聞く。
「タバコを吸ってたのは?」
「ヒロ」
「あなたは?」
「吸ってない」
また、母親が口を挟む。
「ほんまやね。ここで誓ってよ。吸ってないって」
「うん」
「信じるわよ。先生、そうゆうことですわ。この子、友達かばってたんですわ。もう、しょうもないわねえ」
小野寺は、説明する。
「お母さん。明日改めて、ヒロからも話を聞いて、目撃情報などもあるかもしれないから、それらの情報をまとめて、総合的に判断させてもらいますので」
「でも、この子、吸ってないってゆってるから、信じてあげてくださいね」
母親は、小野寺の話に、聞く耳を持たなかった。
話をしている最中、小野寺が預かっていたアリサの携帯に「ヒロ」から、何度も着信があった。
3 ヒロの証言
翌日。朝から、アリサとヒロを別の部屋に入れて、事情を聞いた。
校舎1階の放送室の奥にある小部屋。問題行動を起こした生徒の指導をする部屋として使われている。南側で日差しが入るせいか、部屋の中はポカポカとしている。そこに、ヒロはいた。
ヒロは担任の城山に対し、次のように話した。
校門を左に曲がると、アリサが話しかけてきたので、一緒に帰った。グラウンド沿いの道路で、ボールを拾った。そのボールで遊んだ。その時、アリサは携帯をさわっていた。
オレが「バイバイ」って言うと、アリサは「あっ、なんか落ちてる」と言った。オレはなんやろうと思って、振り向いた。すると、アリサは「うわー、空やー」と言って、タバコの箱を拾っていた。
オレが「そんなん捨てろや」と言うと、アリサは「わかった」と言った。そのあと、どうしたか、わからない。ボールを蹴りながら帰った。
4 アリサの証言
アリサは別の指導室にいた。ここは同じ南側なのに、日差しがなく、ひんやりする。外に背の高い木が植えてあるせいだろうか。
アリサは担任の宮永に対し、次のように説明した。
門を出るとたまたまヒロと会い、一緒に帰った。グラウンド沿いの道路で、ヒロがタバコを吸い出した。そのあと、フェンスの向こう側にあったボールを、フェンスを登って取りに行き、2本目を吸った。それが終わってから、ライターの入っている箱を預かった。
そのあと別れて、小野寺先生たちに止められた。「出せ」って言われたけど、絶対に出さなかった。ヒロは仲の良い友達だし、ずっとかばいたかった。学校に連れて行かれて、親が来るのを待った。親の前で、タバコの箱を出した。ヒロに悪いことをしたと思った。
5 バトンタッチ
1時間目が授業だった小野寺は、授業を終えると、すぐに職員室に戻った。2人の証言を聞き、頭を悩ませた。
「全然ちがうやん・・・」
とりあえず、ヒロの部屋に行き、城山と交代した。
小野寺は考えた。ヒロは、地域の硬式野球チームに所属。県内の有名私立高校へ、スポーツ推薦での進学がほぼ内定している。本番の入試を、あさってに控えている。
そんな身でありながら、昨年末、登校中に喫煙していたのを、生活指導担当トップの教師に見つかった。それでも、途中まで「見間違いだ」とシラを切っていた。最終的には、認めたが・・。 そんなやつだ。気をつけなければ、またうそを突き通すだろう。慎重に言葉を選ばねば。
冒頭、強めの口調で切り出した。
「あさって、入試やな」
「うん」
「オレは個人的には、お前の立場を守りたいと思っている。自分の立場をしっかり守りたい、潔白を示したいなら、正直に詳しく話をすること。わかったか」
「うん」
「それと、お前の行動を裏付けるような目撃証言はないのか?」
「それはない」
やましいことがあるのか。ヒロは机に肘をついて、両手で顔を隠している。表情を見せようとしない。
小野寺は、続けた。
「昨日、アリサの携帯に電話しとったなぁ」
「うん」
「悪いな。あん時は、おれが携帯を持ってたんや。なんであんなに何回も電話したんや」
「家に帰る途中に、リクと会った。リクが『アリサが学校に連れて行かれとったで』ってゆうから、気になって電話した。出えへんから、連れて行かれたんやろな、と思った」
「その日の夜、電話でしゃべったか?」
不自然な、長い間があった。そして、ヒロは答えた。
「しゃべった」
表情は確認できなかったが、何かを渋っているようだった。
「内容は?」
「ボーっとしてたからあんまり覚えてへん」
「さっきもゆうたけどな。自分の立場を守りたいなら、正直に詳しく、話をしろ」
「だって、思い出されへんねんもん」
頭をクシャクシャにする。
「思い出せる範囲でいい」
「うーん。アリサは『携帯見つかった。親が呼ばれた』と話してたかなぁ」
「タバコに関するやりとりは?」
「・・・なかった」
またもや、長い沈黙があった。小野寺は、ヒロが何かを隠している。そう確信せざるをえなかった。
6 夜の電話
小野寺は、同じフロアにある、アリサがいる指導室に向かった。ドアをノックもせずに開け、アリサに聞いた。
アリサは次のように話した。
その日の夕方は、ヒロから電話がかかってきた。でも出るのがめんどくさかった。ずっと無視してたけど、しつこすぎて、午後10時ごろ、電話に出た。
「何かあったん?」と聞かれたから、「学校に連れて行かれた」と答えた。
「何ゆうた?」と聞かれたから、調理室での話をした。
で、そのやりとりを合わせようという話になった。
ヒロから提案があった。
「オレは吸ってないってゆって。オレから渡されたんじゃなしに、オレと別れてから拾ったことにしといて」と。
そして、ヒロは
「親にタバコとかバレたらあかんから、オレは何言われても、ずっとテッパン張り通す。お前もヘタ打つなよ」
そう言って、電話を切った。
小野寺はおおざっぱな字で、そのやりとりをメモした。
「けどな。すでに『ヒロからもらった』って調理室で、ゆうてもうてるやん。それを伝えたか?」
「ううん。悪いな、と思って」
アリサはいつになく、ハキハキと話していた。「自分は悪くない」という精一杯のアピールをしたつもりだろう。それが、逆に怪しかった。急いで、ヒロのところに戻った。
7 翻る証言
バタン!
ドアをきつく閉めた。
「あーあ、ずれてるわぁ」
小野寺はこれまでより、さらに大きな声で、ヒロをにらみつけた。ヒロとは、少しも目が合わない。
「は?」
ヒロは、精一杯とぼけるふりをした。
「もう1回ゆうとくわな。自分の身を守りたいなら、正直に話をしろ。アリサはタバコの話をお前としたと言ってるぞ」
ヒロは、黙りこくったままだ。
小野寺は、さっきしたメモに赤い線を引きながら、読み上げた。
「『吸ってないってゆって』『テッパン張り通す』『渡されたんじゃなしに、拾ったことにしといて』」
あえて、主語は伏せた。
ヒロは視線をこちらに向けず、聞いてきた。
「だれがゆうてんの?」
小野寺は、間髪入れずに問いただした。
「お前が会話した本人やろ。正直に言え。そうやってゆうたんはだれや?」「・・・アリサ」
「なんでそれを、最初から言わんかった?」
「めんどくさくなるのが、嫌やったから」
「お前が最初からちゃんと話をせんから、めんどくさくなってるんや」
ヒロは顔を上げない。
「あいつがややこしいというより、知り合いの上の人が出てきたりしたらめんどくさいねん。話を合わせて終わるんやったら、そっちのほうがええかなぁって」
「その判断が、話をややこしくしてんねん。あさってが試験の人間やろ。優先する順位をまちがえてるわ。自分の身を守れと、最初にゆうたやろ」
途中から、担任の城山も同席していた。悔しい表情をにじませていた。無理もない。最初に聞いた話が、すべて「でっち上げ」だったというのだから。
小野寺は、アリサが説明している電話の内容を、ヒロに伝えた。ヒロは「裏切られた」と、初めて小野寺のほうを直視した。
「あいつがそのつもりやったら、オレも合わせる必要ないわ。アホらしっ」
「タバコを吸ったんはだれや?」
「アリサ」
「お前は?」
「吸ってへん」
ヒロは、吐き捨てるように言った。
8 目撃者
小野寺は、休み時間に、1年の柳本を呼び出した。
柳本は「女子の後ろ姿を見た。右手にタバコを持っていた。男子は見ていない」と話した。後ろ姿。右手にタバコ・・・。しかし、小野寺が見た後ろ姿では、右手に携帯電話を持っていた。色は「白」。見間違えた可能性があり、あまり価値のある情報ではなかった。
柳本と一緒にいたもう1人の男子生徒にも聞いた。そちらのほうが、価値のある情報だった。
「女子がタバコを持って、口にくわえて煙が出ていたのを見た。男子は見ていない」
アリサに間違いないだろう。
「貴重な情報をありがとう」
その生徒の肩をポンとたたいて、職員室に戻った。
小野寺はほかの教師に報告した。
「ということで、ヒロはもう教室に戻していいですか?」
「なんでや?」
「女番長」石本の物言いが入った。
「アリサがゆうてるんやろ。ヒロが吸ったって。それを突き止めなあかんのんちゃう?」
ごもっともだった。
9 決着
授業は、3時間目に入っていた。
小野寺は、2、3時間目が「空き時間」だったが、4時間目には再び授業が入っている。限られた時間で、どう決着させたらいいのか。悩んでいた。
目撃情報からすれば、アリサが吸っていたのは確実だろう。しかし、ヒロが吸っていなかったという証明はない。昨晩の電話の内容も、アリサから持ちかけたとすれば、朝一番のヒロの話との整合性がある。しかし、ヒロが持ちかけたとしても、整合性が合わないわけではない。
そんなことが、小野寺の頭の中をグルグルと駆けめぐっている時、城山が口を開いた。
「両成敗やな」
つまり、ヒロも反省すべき点がある。アリサが吸ったのが事実なら、ヒロも正直に話さず、「犯人を隠すこと」に加担したということ。
正直に話さなかったことを反省させる点から、残りの4、5時間目について、集団生活から離して「個別指導」をする。城山は、ドサっと入試問題のプリントを、ヒロの目の前に置いた。
「えー、『コベツ』なん?」
「コベツ」とは「個別指導」のことである。この学校では、問題行動があった生徒に対して、ペナルティとして、この「個別学習」を科している。マンツーマンで教師がつき、ひたすらプリント学習をさせる。反社会的行動をとる生徒にとっては、まさに「苦痛の時間」である。
「あさって本番やろ。しっかり反省せなあかんし、勉強もせなあかん。どうや?」
城山が諭す。ヒロは小さく頷いた。納得したようで、入試問題に黙々と取り組んだ。放課後、城山から保護者へ連絡し、保護者も理解を示した。
小野寺は、ヒロとの話を終え、アリサの部屋に向かった。うそを突き通すのは、目に見えている。では、勝負できるのは、目に見えている事実でしかない。
ドアを開ける。
「おう。話が全然合わへんぞ。もうおれは混乱してるわ」
「わたしはちゃんとゆってるけど。ヒロがうそゆうてるんちゃう?」
「かもな。どっちがほんまか、追及する気にはならんわ。でもなぁ」
「は?」
「目撃証言があんねん。どっちが見られてたと思う」
「そりゃ、ヒロやろ」
「そうきたか。まぁ、そうくるわな。答えは言わんとったるわ」
小野寺はニヤリと笑って、部屋を出た。その直後、アリサは「気分が悪いので、帰りたい」と申し出た。
母親を呼んだ。すぐにやって来た。
「もう、連続してなんですか。うちの子がまた何かに巻き込まれたんですか」
母親は、イライラした様子でやって来た。担任の宮永が、ていねいに説明した。
①仮にヒロに渡されたとしても、法に触れるような物を所持していた
②教師の指導に素直に従わず、反抗的な態度をとった――の2点に加え、「女子がタバコを吸っていた」という目撃証言がある。
これらのことから、反省すべき点をしっかり反省させたい。明日1日、「個別指導」をする。
との内容だ。アリサ本人には、あらかじめ宮永が説明していた。
案の定、母親は反発した。
「目撃証言って何よ!見間違いかも知れないでしょ。その子を今すぐ連れてきてちょうだいよ」
小野寺は、冷静に対応する。
「いやでもね。情報源の生徒を守る義務がありますから」
「私にも娘を守る義務があるんですよ!」
「お母さん、今回はアリサさんがタバコを吸ったかどうかは、究明できません。おっしゃる通り、見間違いの可能性もあります。それより、タバコは絶対に未成年が持ってはいけないという意識を徹底させたいんです」
「まぁ、そりゃそうですけど」
「教師の指導に対しても、素直に従ってもらわないと困ります」
「ええ、まぁ」
母親は、渋々了承した。
「お母さん、今後ともよろしくお願いします」
小野寺と宮永は、母親に深々と頭を下げた。
10 真相
その日の夕方、もう日は暮れていた。アリサとヒロがいた部屋の間に、職員用の喫煙室がある。そこで、3年生の教師陣のボス、崎山がスポーツ新聞を広げて、タバコをくゆらせていた。煙がゆらゆらと天井に向かう。小野寺が、崎山に報告した。
「そうかぁ、おつかれさんやったなぁ」
「いえ。ザキさんはどう思います?」
「ん?」
「真相はどうだったんですかねぇ」
「せやなぁ」
崎山はタバコを消して、新聞を折りたたんだ。
「オノちゃんの見立てはどうよ?」
「ぼくは、ヒロは吸ってないと思います。アリサは目撃証言があるので間違いないと思いますけど・・・」
「タバコは誰のんかなぁ?」
「アリサのだと思います」
「ほう」
「わしのとは違うなぁ」
「ザキさんの見立て、教えてください」
「ポイントは、当日の電話や」
「電話?」
「ヒロが何回もかけてるみたいやな」
「はい」
「ということは、ヒロにやましいことがなかったら、そんなに何度もかけへんやろ」
「なるほど」
「吸ってるやろな」
「じゃぁ、『拾ったことにしといて』という働きかけも?」
「ヒロがくさいな」
「ほう」
「よう考えてみ。アリサは、当日に『ヒロからもらった』とゆうてもうてるやろ。その夜に、『拾ったことにしといて』ってゆうかな。ヒロが働きかけたとするなら、あのタバコは、ヒロの可能性のほうが高くなる。そうだとすると、ヒロはうまいこと逃げたな」
「すみませんでした」
「何が?」
「ぼくの追及が甘かったせいで、ヒロを逃してしまいました」
「いやいや。それでも1日、しぼれたんやし、もし、深くつついて真相がわかったら、逆にややこしいで。高校に連絡せざるをえんやろ。今後の、学校間の信頼関係にも支障が出る。ちょうどいい落としどころだったかも知れんで」
崎山の温かいフォローが、小野寺の胸に染みた。
11 電話
「わたし、明日も『コベツ』やねんで。めんどくさいわぁ」
「ええやん。吸ってんから」
「あんたも、わたしの最後の1本吸ったやんかぁ」
「あぁ、おれも今日は『コベツ』やったで」
「でも、タバコ吸ったことバレてないんやろ」
「うん。小野寺。アホやわ。オレの話信じてたわ。お前が『拾ったことにしといて』ってゆったって」
「わたしがゆうわけないやん。『ヒロからもらった』ってゆうてもうてるし」
「まぁ、ええやん。お互い吸ったことはバレんかったということで」
「まぁね、じゃ」
「バイバイ」
スウェット姿のアリサは電話を置いて、ハンガーにかけてある制服の左ポケットをあさる。
あったあった。
最後の1粒だ。タバコの箱はバレたけど、これがバレたら、大変だ。だって、最後の1粒だもん。そろそろ、先輩に注文しないと。
そう思っていたところ、携帯電話に着信が入った。
「あっ、先輩や」
満面の笑みを浮かべて、アリサは電話をとった。
「先輩、ごぶさたでーす」
「おう、元気?」
「はい。今ちょうど先輩に電話しようと思ってたところなんですよぅ」
「どないしたん?」
「また切らしちゃってー」
「おう、いいの入ったで。めっちゃいいらしいわ。また一緒にしようや」
「やったぁ、先輩ありがとうございまーす」
アリサの右手には、「MDMA」と呼ばれる「クスリ」の最後の1粒が、宝物のように握られていた。
(この物語はすべてフィクションです)
真実はどこに