ルナリアン

 気が付いたかね、重力が無いのだよ。重力。聞いているのか。
 かつて月面には兎がいた。君が、全て狩り尽くしたのだよ。覚えているかね。誰も、君を見てはいないのだ。肉体の喪失は精神の喪失を意味しない。気が付いているのかね。お前は、私の存在を認識するべきなのだ。唯一つの惑星さえ所有しない私は、何らの物理的事象に関与できない。しかしかつて月面には兎がいたのだ。やめてくれ、やめてくれ。君が私の存在を認識する為に、私が君を導こう。幻想を見つめる君の眼は綺麗だ。笑うな、笑うなよ。
 過去に私は月兎を見た。機窓から確かに見えたのだ。私はそれを認識した。そのとき私は全ての所有者になったのだ。或いはそれと同列の存在になったといえるだろう。分かるだろうか。その価値と代償を知っているだろうか。しかし認めよう、君はこれを放棄する権利を保持している。何故なら君の肉体は健やかで完全だからである。その肉体にいかなる物理的侵襲を受けようとも、その完全性は不可侵なのだ。可能性として、君自身が私を所有することは有りうる。それが、君の権利なのだから。

 かつて、月の裏側は兎の群生地であった。
 カリカリパキン、カリカリパキン。兎たちが月面草を食むときにそんな音がする。月面草の主成分はカリウム、酸素、ケイ素である。私はその説明をルナ自身から聞いたのだ。我々は月の牧人(まきびと)であるルナリアンに語りかけるとき、彼らのことをそう呼んだ。
「ルナ。私の故郷ではウサギというものは肉食性だが、こいつらは狩りをしないのかね。」
「彼らを創造したのは我々ルナリアンですが、狩りをするという行為自体が彼らの存在源則に適さないのです。」白髭のルナリアンはやや不満そうな素振りを示した。
「ははは。当然だ。彼らの灰色の剛毛も、大きく平べったい臼歯も、その眼差しさえも彼らの性質をよく表わしている。」
「そもそも、狩猟という概念自体があなたがたの物でしょうな。」
 そのルナリアンの眼差しは慈愛に満ちていた。そこに、牧人の性が表現されていた。眼球の裏側の深奥に、他のいかなる宝物を見出しうるのか。

ルナリアン

ルナリアン

SFです、ファンタジーです。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-24

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