セレウデリア王国史 5

 セレウデリア王国史 5
 Ⅰ沿海諸国会議
 ⅴ主従の再会

 その後、アルグレッサ対策について綿密に話し合うと早速ミアエルは自室に引きこもる事と決まった。今晩にでも、モルードの旗本船が到着する予定なのだ。そして、話が終わると休む事もせずローレナ水を一杯だけ飲み干すと、レイファはリンド港へ気掛かりを晴らすために向かうのだった。付いていこうと言うドライグを、人目があると何か策略的行動と見違えられると説得し一人でリンド港へ。もとより、重役であろうともレイファは貴族では勿論ないし、平民上がりの重役が多くそうなるように見栄を優先させる事をしない。カルカラ王国の三大帆船の船長、副船長ともいうと、陸軍総帥とも変わらぬ立場であるが得にテロスポリス号の船長と副船長は考えと行動の間に、相談というものを余り挟まないし自分の懸念は自分で晴らす、自分の身は自分で守るを徹底させていた。
 ガルヴァという都市は、一見建物も多く入り組んで解りにくいように思えるが、港周辺や公爵邸周辺は建物の並びにも規則があって、一度その規則を覚えてしまえば迷う心配は殆どない。また、公爵邸からどこかへ行くならともかくその帰路についてはより一層心配がない。立派な工房なども見えるが、公爵邸に勝る大きさを持つ建物はないし唯一といえるガルヴァ市内の丘の上に公爵邸は建っているから遠目からでもすぐに方向を確認できるのだ。
 レイファは、道順についても物覚えが良いタチであったから簡単にリンド港に辿り着いた。夕方には人々の群れで賑わっていた港であるが、今は数名の酔漢がちらりと目の端に映るくらいで誰もが都市の内部に戻ってしまっている。夕方ここにいた者が、今もいる保障は無かったが、不思議とここに来れば再び相見える事が出来る気がしていた。相手もこちらに気付いていたようだし、何か訴えたたげな瞳をしていたように思えたのだ。
 ただの散歩を思わせる、ゆったりとした足取りでリンド港を歩いていくと、見付けた。
(やはり、普通じゃない。怪しいとも違うが……)
言ってしまえば奸智に長けたようなレイファであっても、海に生きる人の大抵がそうであるように根は楽観的であり、回りくどい事は嫌って単刀直入に物事を進める。考えるのはよして、さっさと声を掛けてしまった。
「やあ、今晩和」
相手もレイファを覚えていて、声を掛けられる事が解っていたらしく、驚きもしないで丁寧に頭を下げた。
「夕方にいた人だろ?」
「はい。カルカラ王国の方なのですね」
「ああ」
隠す必要もないので名乗る。
「カルカラ王国三大帆船の1つ、テロスポリス号の副船長、レイファだ。あんたは」
相手はすると、躊躇ったようだが、素直に答えた。
「セレウデリア王国宮廷魔法使いヨナ・ランバルドと申します」
レイファが驚きで言葉を失ったのは言うまでもない。
そして、このヨナが嘘をついていない限り、自分がここにやってきたのは大正解であった事になる。
(トルーシアよ……)
海の神の名を思わず、唱えた。
「それを証明するものは?」
ミアエル王子の事を教えてやる前に、相手が本当にその人か、確信を得なければならない。
「私の身を明かし立てるものは、この指輪のみです。ご存じの通り、セレウデリアという国は現在アルファレーゼの支配下におかれ、国を出る事さえ困難……。いかなる書状の用意も出来ず」
差し出された指輪を、レイファはじっと見た。
「魔力を持っているのか」
「ほう」
ヨナは驚きの目でうら若い女を見た。
「沿海諸国の人々は、魔法とは無縁と思い込んでおりました」
「あ……いや、ほら、私は船の副船長であると同時に軍師でもあるから。手を出せる知識には、選り好みせず手を出してるのさ」
動揺には理由がありそうであったが、ヨナは相手を怒らせて折角のチャンスを棒に振るってはと思い、「成る程、そうですか」とだけ返しておいた。
「この指輪は、王妃様がお作りになった魔法具です。もう2つ、国王陛下と王子殿下がお持ちになっていてその3つの指輪の魔力は互いに引き合い、離れていても相手のいる方角を知ることが出来るというものです」
「それで、ここに?」
「はい」
レイファは、楽観的な人間ではあるが、立場上、初対面の相手には疑ってかかる事にしていた。それに今、王子の正体でも大問題となっているのに更に身元不明の魔法使いが現れて、今度こそそれが偽物であったら……。悪い事には、あの王子とこの魔法使いが手を組んで何か企む者達であったら。
(しかし、確かに王子様の手には同じ指輪があった。そしてそれは……たしかに、このリンド港の方角に向かって光っていたようだ)
「ミアエル王子は、ここ、ガルヴァにいる」
「……やはり!」
ヨナの瞳が、全ての疲れも懸念も一時、吹き飛ばしたかのように強く光った。人相見ではないが、レイファは幼い頃からドライグの隣で交渉事やらを見てきた。人の表情が本物か偽りか、その表情が一体何を示しているかすぐに読み取れた。
(取り敢えず、王子の身柄について……良い意味で心配していた者という事に間違いはなさそうだな)
「王子は、あんたを知ってるのか?」
「ええ。王子殿下が成人し、軍を持たれるようになった時には私が恐れながら軍師を務めさせていただく事に決まっていましたから」
「セレウデリアでは魔法使いが軍師になるのか」
「我が国では、魔法使いは知識を好む者の事。魔法技術だけでなく、兵法も含めてあらゆる種類の学問に通じているのです」
いつの間にか、レイファの瞳が光っていたのにヨナは気付く。
(この方も、イールを愛する者なのだろうか)
 「ミアエル王子は現在、ライオハルト公爵邸で匿われているので安全面では全く、心配はいらない。……だが、沿海諸国は今、少々厄介な事になっている」
レイファは、ヨナに現状を説明してやった。
 「そうですか」
聞き終えたヨナは、何か悩んでいた。
「ここで私が姿を見せる事が吉となるか凶となるか……判断がつきませんね」
「そう。まあ、ライオハルト公爵と我がカルカラ王国はあんた達の側に立つという事で意見が一致している。それと、ミアエル王子様にあんたが顔を見せるのは問題でもなにもないんだが。先程、反対側にあるトルーシア港に、モルードの旗本船が到着した。その連中にあんたの事が知れると、厄介のタネになりかねない」
「……そのようですね」
レイファは何やら考え込んでいたが、やがてにやりと笑った。
「少し、待ってろ」
そう言うと、何の説明も無しに停泊中のコルヴィナ号に入っていった。

 「これでいい」
「まさか、コルヴィナ号の乗組員に……」
「そういう事だ。何名か、乗組員を連れて公爵邸に入ったし私が1人で外へ出た事を知るのは話の判る私の船長だけだ」
レイファの思い切りの良さに半ば呆れながらもヨナはさっさと、船乗りの格好に着替えた。
「ああ、だめだめ。サッシュの位置が下過ぎる。もっと上で巻きな」
などと、細かい注意を受けながら。
「よし、これでいいか」
これからパーティに出る年頃の娘が母にされるように、細かく服装を確認されてからヨナは許可を貰った。
「じゃあ付いてきな」

 「おう、遅かったじゃねえか、レイファ……それは誰だ」
迎え出た、ドライグにさっと指を立てて静かにするよう促した。
「陛下とライオハルト殿は」
「2人で飲んでるようだが」
「聞いて貰いたい話があります。こいつの事に関しては、私が責任をとるので」
「……解ったよ」
 ドライグと共に、レイファとヨナは公爵邸の応接室に入った。
「失礼しやす」
「ドライグ、どうした……その人は」
ハザンが早速、鋭い目付きで検分するようにヨナを見た。
「私から説明します」
レイファは、流々と自分がヨナに気付いたところからここに連れてくるに至るまでを話した。
 「……それは解ったが。信用していいのか」
ライオハルトの言葉。ハザンは、レイファが大丈夫と言った時点で余り疑っていないようだ。だから、彼が答える。
「レイファの目利きは中々のものだ。ドライグの隣で、少なくとも年齢の倍分の対人経験を持っているからな」
「ハザン陛下……。まあ、そう仰るのであれば私も信じましょう。
それで、ミアエル王子にお会いしたいのですな?」
「出来る事ならば。もし、問題があるのなら、無理にとは申しません」
「いえ、大丈夫でしょう。ただ……」
「お話しは、聞いています。ミアエル様は、人を寄せ付けていらっしゃらない事になっているのでしたね」
ライオハルトは頷いた。
「人目を避ければ大丈夫でしょう。私が責任持って、見張り役なりなんなりをします」
レイファがそう言ったので、それなら、という事に決まった。
 「ここだ」
心持ち、小声でレイファはドアを示す。一等の客室であり、扉は竜頭神であるトルーシアの頭が象られたドアノブであった。
「失礼します」
ヨナが声を掛けると、駆け寄ってくるような音がした。だが、相手は思い出したようにそっとドアを開く。……しかし、相手の顔を見ると一気に表情を驚かせ、そして涙さえこぼした。
「……ヨナっ!」
「殿下、どうかお静かに……。中へ入っても宜しいでしょうか」
「あ、ああ、勿論さ」
そして、背後のレイファに気付いたらしい。
「レイファさんは」
「私は、見張り役ですので。外でお待ちしていますよ」
年はレイファの方が下なのだが、大人びた雰囲気で、大人達と立派に渡り合う姿を見た時からミアエルは「レイファさん」と呼ぶと決めたようだった。
 「どうやってここに……あ、指輪……」
ミアエルは驚いた瞳のまま、満足そうに光り輝く彼の右中指と自分の鎖でかけた胸元にある指輪を交互に見た。ヨナはしかと頷く。
「魔力というのは、それを何かに封じ込めた場合、御当人が亡くなられても残り続けるのですよ」
「母上の魔力……」
指輪を両手で包んだ王子は、今にも泣き出しそうであったが、きっと顔つきを鋭くして耐える。
「ヨナ、来てくれてありがとう」
深く低頭したヨナに、ミアエルは続ける。
「会って早々だけど」
彼は鋭くした目付きのまま、振り向いて見やった。西を……。
「僕は、アルファレーゼを許すつもりはないし安穏と生き延びるつもりもない。例えそれが、僕を遠い地へ逃がした母上の御意思であっても」
「私は、今やミアエル様のお言葉に従うのみです」
「ありがとう、ヨナ」
もう一度、言ってミアエルは微笑んだ。弱々しいものではなく、寧ろさっきの鋭い顔つきよりも強さを持った微笑みである。
 「沿海州の事は?」
「事情の殆どはレイファ殿から教えられました。良いとも悪いともまだ判断がつかぬ状況のようで」
「そうだ……。アルグレッサをカルカラが説得できるかどうかに懸かっている。会議の主催者であるガルヴァが味方についてくれるのは有り難い事だけれど、最終決定は多数決となるのが殆どであるそうだから」
ヨナは今日初めて会ったばかりの、カルカラの面々を思い出した。多くの政治家を見てきたヨナは、カルカラのハザン王が優秀なそれと言える事に一目見ただけで気付いた。側に控えていたドライグも、そしてあまりに政治家というには若いがレイファも骨のある人物に見えた。
同じ事を、ミアエルも思っていたらしい。
「僕は、少し楽観的に考えているのだけれど」
と付け足した。
 レイファは、ヨナが戻ってくるまでの間、周囲に気を配りながらもとある考え事をしていた。もう二度と、気に留める事が無いと思っていた……そこにいた記憶もない自らの生まれ故郷。
(セレウデリア……)
彼女の生まれはセレウデリアなのだ。とはいっても、黒い髪に青い瞳という身体的特徴、それからまだ赤ん坊であったレイファを……どういう理由かとうとう解らなかったが……抱いて倒れていた者の服装からドライグとエミイが類推したに過ぎない。だが、年を重ねるにつれてその骨格はどうしても沿海諸国の、女性であっても少々無骨なそれとは異なり始め、そして血筋の所為かと思われるが沿海諸国の者が基本的に距離を置きたがる魔法技術にも強い関心を持つようになっていた。今までは彼女も、ドライグの義娘という事で、彼の邪魔になってはならぬと人と異なる考えや好みを押し殺してきたが、今こうしてセレウデリアの王子とその軍師となる魔法使いに出会った事が彼女には偶然とは思えなかった。これもまた沿海諸国の者にしては珍しく、レイファは信心深い性であってトルーシアと同じくらい運命の神ディアを信じている。だから偶然を偶然と片付ける事が嫌いで、起こることには全て意味があり、自分が巻き込まれた運命の中には自分の役割があると考える。それでは、このディアの導きは彼女に何をもたらすのか……。

セレウデリア王国史 5

セレウデリア王国史 5

『セレウデリア王国史 4』の続きです。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-10

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