言語野

リズムは位相だ。

帯域の違うSin波やcos波を合成して。フーリエ変換で分解できる。可逆的な。振動の方程式。
それは運動の自然言語。僕を揺らす、波。波。高く低く、自励振動と併せて無限遠で定常する。

身体が揺れる。琴線が振れる。

リズム。リズム。リズムは音楽でもある。言葉でもある。音が。繰り返しを以って位相を為す。
繰り返しが意味を孕む。そのものでは無い、しかし何らかの意味を湛える。
表面張力に波紋が浮く。波紋。振れは弾む。それはバタフライ効果。

伝達する。伝播する。広がりを持って溜まる。足元へ沈殿する。足首に触れて澱む。
しかし、ふわふわと、かすかに震えている。ゆるくやわく。情動。

リズムは空間に寄せる。寄せては帰す。波、波動。位相は海へ繋がる。
海。紺碧の海。言葉の溜まる、意味の発散する、無限遠に近傍した。

そして僕は投擲する。身を。血潮の巡る身体を。身体。
指先から爪先まで感覚の通った。触れると感じる。暖かい身体、体温を海へ。海。解ける場所へ。
大きく両手を広げて、祈るように。揺れる、振れる、振動の海へ。
身につけた純白の服が。貫頭衣が。染まる。碧く染まる。あおく。

仰向けに落ちる。
沈みゆく刹那、空が見える。
無限の彼方。そこから、文字が降る。
碧面へ。僕の漂う紺碧へ。降る。降り注ぐ。無限の言論が。意味が。

重力に従って、やがて僕は沈む。
頭から。
逆さまになって。
紺碧の海へ。
呑まれる。意味が押し寄せる。揺れる。徐々に揺すぶられる。

振動に触れて、僕は意識する。僕を意識する。
意識。意識は滑って行く。認識の狭間を、皮膚の隅々を。輪郭を、僕を。空間を。
意識する、意識される。強く僕が。

海が押し寄せる、振動は僕を逃してはくれない。

鼻と口は繋がっている。
その先は気管へ、気管は肺へ。開け放たれた身体へ、固有振動のそれぞれが這い込んでくる。深呼吸する。振動は巡り、脳へ突き刺さる。
耳は脳に直結している。振動はやはり脳へ。巡る。突き抜けて。

揺れる。とても揺れる。挿入を繰り返して、揺さぶられる。とてもじゃないが目を開けて居られない。
瞼を落とす。暗闇。体が揺れている。脳も。身体の芯も。首の後ろが熱を持っている。耳が、指先が。揺れる。揺すぶられる。
連続した思考を保てない。奪われる。
着の身着のまま、まるごと僕は。言葉に。僕は、あまねく僕は。

そうして僕は、心音を手放すのだ。

柚子は生きた。最後のひとつ、寒空の下に生って。柚子は生きた。縫い目から食い込むような冷気の中を。飄々とゆく風に晒され、つとつとと懐に忍び入る雨にやられ。それでも歯を食いしばって息を繋ぐ。柚子は生きた。冬の終わりまで、自らの存在を掛けて。

春が来て、柚子は少年になる。青い果実だ、そのままは食べられなかった。雪溶けに紛れて地に降りて、代わりに柚子は少年になる。少年に。冷たく凝った泥濘に足をつけて。二本の脚で地を駆って。遠く走ってゆく。はあはあと弾む鼓動はもう聞こえない。それはもう、とうの昔に故郷へ追いやってきた。

少年は駆ける。

今度は自らに使命を科して。ロマンチシズムに名を連ねて。少年は。壇上に上がる。機械仕掛の彼は。装置として。よく陽を浴びて、健やかに滋養を取り。産土に恵まれ。柚子は健やかに育ってきた。柚子は。柚子はその為に生まれた。

少年はそれを知らない。少年はただ駆ける。自らの使命の為に。

君よ。君よ。名もなき君よ。雪溶けに乗じて、山を下る君よ。その先は人の街だ、不浄の土地だ。君よ。息が苦しいんじゃないかい。胸が痛いんじゃないかい。君よ、穢れを知らぬ、冬の日を生きた君よ。

少年の脚は細かな傷でボロボロだ。しかし彼の脚は止まらない。

夜更けに水が満ちる。肺の奥揺蕩って、吸われてはその冷たさに酔う。唇から零れたネオン掠め、星屑を下降する。深い暗がりへザブザブと水を掻いて、少年は旅をする。

あわいに紅が踊る。家々の窓に珊瑚が灯り、メルカトルに導かれて陰がうつろう。物言わぬ街は民を感知せず、枯凋に忙しい。泥濘に墜ちた星屑は、文字の形をしていた。

まず都市が失われ、つぎに文字が潰えた。意味のそれぞれが慣性に従い、着地する道すがら腐ってゆく。崩落する塩基配列が降り積もる街で、それを汽車から伸びる蒸気が煽っていた。冷気に寄せては返す粘性の戯れに、白亜の星々がたなびく。

汽車。鋼鉄製の。水を切って進む。ぬばたまの黒い車体が裂傷に切り込んでくる。明朝体が光る。イタリックとローマンの奔流に寄り添って、清流がコンコースに満ちる。

列車は到来し、物理法則のそれぞれが躍動し始める。湖は言葉で満ちていた。誰にも映されなかった言葉が集積し、流れ着き、群れ、淀んでいた。まにまに意味はない。まにまに物語はない。それが、一斉に揺れ始める。最後に躍動を刻まんと、深く息を吸った。

少年が走る。瑞々しい光を踏み分けて、スペクトルを作る。泥濘は道に。星屑は意味に。白亜は白金<プラチナ>に。生まれたばかりの意味を指先で蹴って、少年は走る。

スターラに嚮導され湖底がふらつく。潮はうつり、渦は伸び、緒は糸に。軌跡が意味になり、物語が編まれ、言葉が繋がる。

ハタハタと織られては、連なって脱落してゆく。コンテクストが群れをなし、散るための様相をまとう。無象はもう一度君に会うために仔犬になる。まっしろい仔犬。むくげの白い仔犬。仔犬は散るために走る。

湖底は刺すように冷たい。そこで身体はつくられ、群れ、震える。躍動に血が巡り、身体が熱を持つ。
汽笛が吠えた。これは始まりの警笛だ。
寝台特急に乗って、言葉は旅に出る。湖面をくぐり、マルドゥクを横切って。君の場になるために。少年の犬は、犬たちは目指す。

言語野

言語野

詩です。時々増減します。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-23

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