クリスマス変革計画
「わたしたちはクリスマスという季節行事を消し去るべきだと思うの」
と、総統のわけわからん言葉から議論は始まった。
ここはいつも通りの社会研究会の部室、もとい世界の転覆を企てる悪の組織の本拠地である。とはいっても、今現在のメンバーなんて総統である彼女と、戦闘員(彼女はコンバットと呼んでいる)の二人しかいないのだが。
「一応確認しておきたいんだけれど、それは世に言うカップルだとかアベック、恋人といった連中が妬ましいから?」
「いいえ」
「総統に恋人がいないから?」
「いいえ」
淡々といいえと答える彼女の顔には特に曇りもなく、いつも通りの表情で迷うことなく答えてくれる。総統に恋人がいるとかは聞いたことがないけれど、こうも普段通りとなるとそんなことはこちらの下世話な想像だったのだろう。
しかし、その判断はいささか早計ではないだろうか。総統が怒るときは案外いつも突然だ。となると、怒り心頭を通り越していっそ冷静に怒っているという線も捨てきれない。こういう状況の不用意な一言が詰まらない事態に発展することを考えると安易に踏み込むことも考え物だ。
「質問はそれだけ?」
ほら、やはり冷え切った声だ。外の寒気を束ねたような背筋をぞわっとさせるような声、こんなものを首筋に突きつけられるなんてとてもではないがごめんだ。ここは穏便な形でこの場を辞退することが大事ではなかろうか。
「ねえ、さっきから難しい顔をしてどうしたの」
「総統、今思い出したんですけど今日宅配便が届くんですよ。ということで帰りますね」
「でもあなたのお家ではお母さんが専業主婦だったよね。代わりに受け取ってもらえるんじゃ?」
「いえ、最近パートをはじめまして。毎日家にいるわけじゃあないんですよ」
これは本当。とはいっても今日は家にいるんだけれど。よし、逃げ切れるか。
「あ、どうも。ええ。あ、あの掃除用具いい感じでした。ありがとうございます。ところで、今日宅配便が届くと言っているので受け取ってあげてもらえますか?」
ありがとうございます、彼女は壁に向かって頭を下げながらケータイの電源を切った。届かないかもしれませんが、と小さく付け加えられたのを耳でとらえたのはこれまた不幸なことだ。
「宅配便取っておいてくれるってさ。はい、問題はないね」
「……はい」
諦めて彼女の正面のパイプ椅子に座る。人一人の体重を薄っぺらな座面で受け止めぎしぎしきしむ。
「さて、本日の議題です。クリスマスを消し去るべきだと提案します」
「はい、質問です。それはこの国に元来ある季節行事ではないからでしょうか」
「お答えします。外国の行事だから排斥するべきであるなどという考えは持っていません。それを言ってしまったら仏閣だって元来この国にあるものとは言えません」
「それでは恋人など人間関係を意識させられるイベントだからでしょうか」
ああ、しまった。結局さっきと同じ内容でループしてしまっているじゃないか。いや、そもそもクリスマスをなくしたいなんて理由がそうそう思いつかないんだよね。
「いいえ。まあ、恋人同士でいちゃつくのにわざわざ季節、タイミングを選んでやるとかバカバカしいと思っているのは事実ですが。思っていることを言わせてもらうと、わざわざ大層な理由もなく高値の時期を選んで料理を食べるとか人ごみの中を連れまわされるとか徒労も甚だしいのですがね。これ以上回り道をしても仕方ないですね。率直に言いましょうか。サンタクロースの存在が問題なのです」
「すいません、総統いいでしょうか」
許可します、と手短に許しが出る。
「なんでこういう流れかわからないですが、この妙な口調が窮屈です。普段通りに話しても構いませんか?」
「許可しま……いや、うん。普通に行こう」
総統はそう言いながらんー、と軽く伸びをして固くなった体を動かす。そのまま少し気を抜いたように座るかと思ったが背筋をぴんと伸ばしたまま座りなおす。こちらは気の抜けたように座るけれど。
「で、サンタクロースの何が問題なの?いい子におもちゃを配る。夢もあるし子どもに対していい子にするだけの理由ができるからとてもいい存在だと思うけれど。総統は夢が嫌い?」
「夢は大好きよ。世界征服だって夢の一つだもの。そうじゃないの。結局のところそうね、サンタクロースっていう存在が問題なの」
いや、サンタクロースが問題って言われてもやっぱりぴんと来ない。サンタが悪い子を驚かして無理矢理いい子にするとかだったらこちらとしてもごめん願いたいけれど、サンタがそういうタイプの存在じゃないと思うし。
「サンタはいい子のところにプレゼントを贈る。もしも本当にね、どこからかサンタがやってきてすべての良い子たちのもとへご褒美をくれるならわたしも止めはしない。でも現実は違うでしょう?」
「両親がプレゼントを用意しておく、ってことが問題なの?でもそれがだめだからって、誰かが用意するとなるとお金がいっぱいかかるし手間だってばかにならないよ」
おもちゃってすごい高いしね。大勢の子供のために届ける手間だってかかるし、枕元に置く以上家に上がらざるを得ない。つまり事前準備からたくさん根回しがいるわけだし。現実にやるとしたら一体いくらかかるのだろうか。
「ううん。そんなことは求めていない。別に玩具業界がこの機会に儲けているんだとかそんなナンセンスなことも言わない。それにお金が動くことは経済において正しいことだから、別にそれを止めたいとか願う気もないもの。でもね、クリスマスに枕元に置かれたプレゼントの箱をみて子供は誰にお礼を言うの?」
それは当然サンタクロース……つまり両親の功績をサンタがさらっていくということか。言われてみればなんだか理不尽ではないだろうか。そう思ったので、その旨を彼女に伝える。
「うん、そうだね。でもそれで六十点。親っていうのはね子供を褒めてばかりではなく叱らなくてはならない。サンタっていうのはいい子にご褒美を上げる存在。サンタはちょっとずるい立ち位置よね。子どもに好かれるのは当然じゃない」
サンタは褒めるだけ。
自分が子どもだったころは叱られるのは嫌だった。褒められるのは悪い気がしなかった。つまり褒めてくれる人を求めていたということを否定できない。理由は覚えていないけれど、親が自分を叱ったときなんだかすごく嫌な存在に思えたこともある。
「つまり、サンタは甘やかす存在だからダメ?」
「ああ、ごめん。少し誤解を生じたね。わたしの主張としてはね、クリスマスがいい子にプレゼントを贈る日とするのはいいの。だけれど、そこからサンタには出て行ってもらいましょう。両親がいい子に贈り物をする日。そうすればもう少しより良い日になると思うの」
悪くはないと思った。そもそも存在しない、あるいは存在するとはいっても自分らに関係ないところに存在している人物に対して感謝をささげるというのは何とも的外れなのだから。
「反論いいかな」
この頭で賛成しかけたわけだけれど、やっぱりこのまま面白くないから反論する。
「現在時点での案ではあまりにも現実的すぎる、というか無機質すぎると思うよ。サンタの存在がファンジー極まりないというのは同意するけれども、幼年期の子供たちから神秘性を奪うのはよくないことではないかな。それに今の家族目線でのいい子に家族両親がプレゼントをするということは子供が隠し事をする子になるかもしれない」
いわゆる、お天道様が見ている。自分を見ているものが誰もいない状況でも自分を律するためにも、何かをごまかす人間にならないためにもそういった「神秘」は時に一種の抑止力になる。
「ふうん。確かにね。神秘性。確かに世間一般に広まっているイベントであるから、そういった神秘性を持つための説得力はありかもね。一朝一夕で一般家庭にそういうのを作るのは難しいものね。うんうん、確かに人の良心を助けるためにもそういったものは必要ね」
でもね、彼女は続ける。
「そんな曖昧なもののおかげで成立する良心なんて不安にならない?子供はいずれサンタなんていないことを知るもの。だから、良心を育てるのは現実に存在する人間がやるべきなのよ」
「それについてはいくつか言いたいこともあるけれどもね。だけれど、サンタである必要は特にはないのも確かだね。見えない戒めなんてそれこそ両手の指では余るほどあるわけだし」
正直サンタをかばう気なんてなかったから、早々に負けを認めておく。その様子を見て総統はため息を一つ。
「あなたねえ、あっさり負けを認めすぎ。そんなではまともな討論にならないわよ」
「総統。指示をください」
自分の討論を楽しみたかった彼女だったが、それを部下としての発言で制する。
「あー、うん。ごほん。我々はこれよりクリスマス撲滅作戦を始めます。第一段階としてサンタクロースの存在を抹消せよ。……こんなところでいかがかしら?」
「はっ。拝命いたしました。……まあ、そんなものなんじゃないかな。さて、もう少し現実的なプランニングから始めよう」
さて、こんな二人だけの力で根付いてしまった「クリスマス」なんて文化を変えることはできるのだろうか。ただまあ、少なくともやってみなければわからないことだけははっきりしている。
「まず意識改革ね。さあて、頑張ろうか」
とまあ、これがこの悪の組織の小さな活動だ。こんな活動が世界に及ぼす影響なんてたかが知れているのかもしれないが――。
「とりあえず身近なところから始めようか。忙しくなるね」
こうして彼女が楽しそうだからそんなことなんて大した問題でもないのだろう。
クリスマス変革計画