ショート・ショート
1.果実の味
生半可な気持ちではこの世界は生きて行くことは出来ないのだ、
加美は自嘲するように今日この日のために作ったポートフォリオをいそいそと黒い鞄の中へと仕舞う。今日は何のために田舎から何時間もかけてこの都会に来たのだろうか。君は何をしてきたのと言いたげな質問に一蹴され、怯えた彼女は予定時間よりも早く寒空の下で白い息を吐いていた。十二月、師走とも言われるこの季節は輝くばかりのイルミネーションで溢れ、たった1人で歩いている加美をまるで責め立てるように騒々しい。
「まだまだあたしって、勉強不足なんだろうなあ」
喩え勉強したとしても今日のこの結果は変わらないと分かっていても呟かずにはいられない、そんな声が漏れた。そんな折にふと、加美の視界に一つの赤い色が入る。ビル群の合間に大きく聳え立つクリスマスツリー、その幹の近くに一つ置かれた果実。林檎であった。
(いったい、だれが、こんな場所に林檎を)
加美が不思議に思って見回しても通り過ぎる人たちは誰しも忙しそうにしていて立ち止まる気配すらない。側に近寄り、果実を手に取る。本当にそれが果物の林檎なのか、ツリーの飾りの一つなのか全く分からない。そのくらいにその林檎の色はツリーの飾りの電飾や作り物のプレゼントの箱に遜色ない強さであった。
「このくらいの存在感を持っていたら良かったのかな」
誰にというわけでもなく呟く。今日ポートフォリオを見せた瞬間に内心溜息にも似た落胆が担当者の顔に過ったのを加美は気づいていた。加美の作るものは全てこれといって目に留まるような華々しさに欠けており彼女自身もそれに気づいていた。気づいているのにそこから脱せない苛立ち。いつしかそれは、実際に持ち込みを行う自分の行動によって逃避されていた。とりあえず、何も行動に移していない同期たちと自分は違うんだと言いたげに東京へ行ってくると公言して今日を迎えたのだ。
(こんな気持ちになるのなら、最初から止めれば良かったのかもしれない……)
手に持った林檎を手のひらで転がしながら、加美は考えていた。そして同時に、もしこの林檎が作り物の林檎で、誰かが作った存在感ある作品だとしたらそれを持たない自分と比べて無償に悔しいと感じた。
(これが、作り物だったら、もう諦めてしまおう。自分には才能はないんだ)
加美は躊躇せず林檎を口へと運ぶ。熟れ過ぎて腐ってしまったのか、はたまた未熟で酸味が強いのか、酸っぱいだけの味が口の中へ広がった。これが、楽園追放の味かと加美は心の中で少しだけ笑った。
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