坊

　金曜日は週に一度の検診の日。
僕は坊と一緒に髪の毛から足の裏まで調べられた。
もちろん採血もしたし、細胞も口の粘膜から採取された。
社長命令であるし、休日にはならないので、そこは助かっている。
健康診断を一週間ごとに受けていると思えばありがたい話である。

　五年前の瞬間移動機の実験に失敗によって僕と坊は分かれた。
　僕が瞬間移動機のカプセルに入り、違うの場所に瞬間移動したら、そのカプセルには僕の他に赤ん坊も入っていたという事態。
　体重というか、質量というかは前と変わらず。つまり僕がスリムになって、スリムになった分だけの体重の赤ん坊が生まれたって事になる。
　実験前と自分が変わってしまったのか？　僕は変わらず元々の自分だと思っているし、毎週受けている記憶の確認も問題ない。注射の後もホクロも所々の傷さえ以前と変わらない。が、坊は現実に存在しているし何も話さない。子供なので話せないのも仕方ないが、脳の断層写真をみると相当な知能をもっているらしい。
　託児所や幼稚園に預けるわけでもなく、僕は坊と暮らしている。
恋人のカレンは事故の後に逃げたので、今は恋人なし。
瞬間移動機の実験は停止中。
人が二つに分かれるなど、あってはならない想定外中の想定外だったし、他の人も怖がって実験台にはなりたがらないから仕方ない。
研究所近くのマンションに僕と坊は暮らしている。
　坊はれっきとした男の子で、ごはんも食べるしウンチもするしで、特におかしい所はないが、言葉を発することはなかった。
　僕は少し太っていたけど、坊と分かれてからスッキリした体型になったので、その脂肪が坊に行ったのかもしれないとも思うし、恋人が逃げた原因も僕のスリム化にあるのではと、思えなくもない。なにしろ熊が好きだったからなあ、どうしているかな、カレンちゃん。
　事故ならびに恋人の逃亡。ついでに扶養家族の予期せぬ増加により、悪い事が一気に起こったためか、運がいいのが僕の取り柄と言い切れるくらいに運が良くなった。宝くじがよくあたる。財布をひろう。乗らなかった飛行機が事故で墜落など。最近では幸運を一手にひきうけている感じだ。
　だから、以前の僕が、今の僕と坊の二つに分かれた事をあまり辛いと思っていない。
ただ、坊が何を思っているのかはわからない。だってしゃべらないから仕方ない。
月曜から木曜までは研究所で働き、坊は研究所内の託児所に預けられる。
ある意味、特別待遇の監視。失敗から学ぶ事は多いから僕と坊は第一級のサンプルという訳だ。
しゃべらない坊だけど、たぶん五歳になったとき。七五三をしようという事になった。
本当に五歳かどうかは実際わからないんだけど、なんとなく、それっぽい外見になったので、ってことだ。職場の何人かと僕と坊。
研究所周辺には神社が無かったので、電車で行けば二駅先の大きな神社に車ででかけた。坊は今回が神社は初めてで、公園と違うせいか、同じ位の子供が多いからか、珍しそう境内を見回していたけど、お賽銭箱の前に来たとき、急に坊がしゃべりだしたから、みんな驚いた。怒濤のごとくよくわからない言葉をいいまくり、これまでのしゃべらなかった分を一遍に返したくらいの勢いで、まわりにいた子供が泣き出した。興奮させるのもよくないと、判断されて、坊の七五三は中止になった。
音声や映像は研究所で解析される事だろう。

三日後、僕と坊は研究所のえらい先生に呼ばれた。なんでも、坊がしゃべったのは昔の日本語ということらしく、音声記録を翻訳して聞かせてくれた。
「何でこうなったのかは不明だが、自分がおまえの所であたまをさげる必要があるのかまるでわからん、なにかの行事のようだ、でも、自分がおまえに頭をさげるのは間違っているし、下げたくないので、ここは喚いてこの行事を中止にしてしまいたいと思う。お前も言いたい事はあるだろうが、自分も不測の事態でこんな事になってしまっている故。そこは容赦してもらいたい。もっとも容赦するといっても貸しを作った事にはならない。なぜなら、こういう事は今後も度々あるだろうし、自分はその最初の一柱にすぎぬのだから。この経験を今後に生かしていけたらと思う。ここ四年出雲にいけなくて、さみしいが、そろそろなんとか出来るようなので、仲が良いわけではないが、出雲にいった折には、伝えてくれると助かる。もっとも、伝えてくれなくても、自分がおまえを恨むところはない。では、失礼してわめく。うあぎゃあああああううう」と、いうことを、この子はあの時に言ったようだよ、本当だとすれば神様だ、拝んでおいたほうが良いのかなと言いながら先生は坊を見た。
坊はなんだか満足気に小鼻を膨らまして、少し頬を赤くさせていた。
研究所からの帰りに、お前って神様なの？って聞くと
また、昔の日本語でしゃべりだしたので参った。何しろ音声レコーダーなど持っていない時だったので、何を言っているのか分からなかったのだ。

ある朝、坊は帰ると言い出した。
日本語しゃべれたのかよと聞くと「少し前から覚えての」と言って笑った。
坊によると瞬間移動機に乗って移動すれば、もとに戻るというので、それを研究所の連中に言うと、みな色めき立って喜んだ。なにしろ、瞬間移動機が成功すればノーベル賞が１ダースはもらえるだろうから、そりゃうれしい。僕にもそんなに異存はないので、スイスイと事は運んだ。
準備が必要だから時間がかかる、その前にと僕と坊は学者の先生の聞き取りに参加した。
昔の事を調べている先生で、坊は僕には何の事か分からない話をその先生にして、その先生は感嘆の声をあげ、泣きそうになり、帰るときに拝んで帰っていった。
僕も、なんか感動した。人が感動しているのをみると感動してしまうのだ。

数週間して瞬間移動機の準備が出来て、僕と坊が一つのカプセルに入り、別の場所へ移動する実験が始まった。移動先は坊の希望で鳥取県、つまりは出雲。緊張の中、満を持しての実験はすんなり無事に終わった。
坊はいなくなり。一個のお守りと太った僕が鳥取の瞬間移動機のカプセルから出てきた。
最初の実験の時に、ばあちゃんが持って行けと持たせてくれたお守りが、坊の正体だったらしい
あとは、恋人のカレンがもどってくれば完璧だけど、そこはどうなんだろうね。
とりあえず出雲にいるんだから、神様に縁結びをよろしく頼もうと思う。