Through World

発信

7月の中旬に差し掛かったというのに外の空気はまだ6月の梅雨のジメジメとした空気に覆われていた。
この調子だとまた雨は降ってきそうだ、と思いながら楓子(ふうこ)は鞄からタオルを取り出してパーカーに残った露を払った。

―石森楓子
4月、義務教育期間を終え地元の高校へ進学した普通の高校1年生。
勉強もそこそこ出来、部活は茶道部に入っていたが週に1回しか活動をしていなく、そんな茶道部に入ったのも何らかの部に入っておいた方が進学時に役に立つことがあるのではないかと思ったからである。そのため、茶道そのものにたいして深い思い入れがある訳でもなく、ただ単に1~2年先に待っているであろう自分の進学に対してのカテゴリの1つでしかなかった。

一昨日から続くうっとうしい雨もこの日ようやく止み、学校帰りの楓子はいつも通りの道をいつも通り1人で歩いていた。
中学生の時、楓子の周りの友達はほとんど個人の携帯を持っていたが楓子の親は
『携帯は高校に入ってから』
という考えを曲げることはなく、周りの友達が持っているから、とどんなに頼み込んでも楓子の願いを聞き入れてもらえることはなかった。
楓子は、高校進学が決まりようやく手にした真新しい自分の携帯をポケットから取り出すと、携帯の滑らかな表面に手を滑らせ、丁寧に2つ折りの携帯を開いた。
楓子は携帯を開くとすぐに画面を黄色を基調とするページへ切り替えた。
ページの中央には大きな太字のゴシック体で
『Tweeeeety!!』
と表示されている。


「【雨、まだ降るのかな(゜o゜)?】…と」


慣れた手つきで携帯のボタンをタップする。
楓子の歩く速度は携帯を出す前に比べて格段と遅くなっていた。
画面上のカーソルが
『送信』
と書かれたボタンをとらえる。
楓子は迷うことなくそのボタンを押した。


「誰か反応してくれるといいけど」


独り言をつぶやきながら携帯を閉じると、初夏には似合わないどんよりとした曇天を仰ぎ見ながら楓子はため息をもらした。

空間

―――――――――――――――

大手SNSサイト、『Tweeeeety!!』は、今の自分の状況や周りの出来事を、好きな時に好きなだけネット上の自分のページへ公開出来るというものだ。
多くの芸能人や政治家も利用しており、利用者は若い人を中心に増えつづけている。
親しい友人や家族から、全くの赤の他人まで誰でも個人のページを閲覧することが可能だが、共通の趣味を持つ人同士がサイト上での情報交換をするなどその利用方法は様々で、そういった点も人気の一つになっているようだ。

楓子も、そんな『Tweeeeety!!』の利用者の一人だった。
友達に勧められてはじめたが、最初はそれほど乗り気ではなかった。
しかし、何気ない出来事や自分がふと思ったことをつぶやき続けているうちに、自分の感じ方や他人の考え方を知ることが出来る面白さに次第にはまり、今では何かある度に携帯を手に取り、手放し難い存在になっていた。


「楓子!」


翌日、学校で楓子に話し掛けてきたのは小学校からの同級生の小谷凜(こたにりん)だった。


「凜、おはよう」


「おはよ!てかさ、昨日の智香のつぶやき見た?」


「智香の?…覚えてないけど」


いつもより若干興奮気味の凜は肩まで垂らした暗めの茶髪を揺らしながらスマートフォンをいじる。
そんな凜は楓子を『Tweeeeety!!』へ誘った本人だった。


「おっ、あったあった」


凜はスマートフォンを楓子に手渡した。


「智香のつぶやきが何?」


「まあ見ればわかるって」


スマートフォンを受け取った楓子は画面上の小さい文字に目をこらした。


【明日転校生が来るらしい(゜∀゜)イケメン希望ーw】


「この明日ってつまり今日ってことでしょ?」


「そうみたい!このつぶやき見て気になったから智香にメールしてみたんだけどぼんやり噂で聞いただけだからはっきりはわかんないってさ」


「なんだそりゃ(笑)」


松尾智香も、楓子や凜と同じ中学から上がってきた同級生だった。
サッカー部のマネージャーをつとめていて、ストレートの黒髪をポニーテールで結わえ、スタイルもよく細かい気配りも出来るので2人に比べたら男子にモテる傾向はあったが、いざ本人と接触すると見た目からは想像出来ない、中年男性―いわゆるオヤジを想像させる言動しか出来なかったのでそれを目撃することで智香への熱を冷ます男子も少なくなかった。


「まあ所詮智香情報だし、よくわかんないからほって置くかあ」


「所詮って(笑)楓子ひどいひどい(笑)」


そんなやり取りをしていると、担任が朝のHRの為に教室へ入ってきた。


「きりーつ、れーい」


おはようございまーす、と何人かが声をあげる。担任が一通り出席を取り終えると出席簿をパタンと閉じて言った。


「あー、突然だが、今度この1年6組に新しい仲間が加わることになった」


一気に騒がしくなる教室。つめをみがいていた楓子もこの言葉を聞いて動かしていた手を止めて、凛と目を合わせた。智香のつぶやきは当たっていた。


「はいはい、静かにしろー。先月に起きた粟津ダムの決壊による洪水被害を受けて、付近の学校も浸水してしまったらしい。そこの生徒の一人がしばらくこの学校で勉強することになった。」


「今日、もう来てるんですよね?」


担任の言葉の合間を縫って、凜が声をあげる。


「なんだなんだ~、その確信的な発言は。小谷、残念ながら今日じゃなくて来週の水曜、1週間後だ。」


智香のつぶやきは半分当たって半分外れたようだ。楓子と凜はまた、目を合わせた。


―――――――――――――――

発生

揺れる水面の下、青黒い炎がゆらりと灯った。

対比

20××年10月、東日本を集中的な豪雨が襲った。
太平洋沖で発生した台風は、日を増す度勢力を拡大し日本に接近した時、驚異的な風速、雨雲を伴った日本史上最大の台風へと成長していた。
その被害は想像を遥かに越え、収穫を目前にした多くの青果を地へとたたき落とし、川の氾濫により多くの人々を避難所生活へと追いやった。
台風は勢力を落とすことなく東日本に上陸、その日のうちに○○県××市に存在する粟津ダムの決壊を招くこととなった。
中でもダム下の△△市の被害は最もひどく、大半の家が床上浸水、役所や警察所、消防署をも直撃しそれらの公的機関はもはや機能を失っていた。
洪水は、市の中心にある風岡高校を含む計4校の学校をも飲み込み、幸い死傷者は一人も出なかったものの教室のほとんどが浸水し、学校生活を送ることを不可能にした。
そうして、被害にあった学校の生徒は散り散りになり、他の学校で学ぶこととなった。


「智香!」
火曜日、その日の授業を終え、帰ろうと廊下を歩いていた楓子は、ウエアを着て大荷物を抱えて歩いている智香を見つけた。
「おっ、楓子!」
「智香がつぶやいてた転校生、明日ついに来るみたいよ~」
「ね~、結局転校生は女の子みたいだからちょっぴり残念だけどー」
「あんたはサッカー部で潤ってなさいよ~」
他愛ないやりとりをしながら、ざわつく廊下を人混みを掻き分け2人で進んで行く。
「そういえば智香はさ、転校生の噂はどっから聞いたの?」
「ああ、それがさ、先生が話してたのたまたま聞こえちゃったの」智香いわく、用事があって訪れた進路相談室で聞こえてきた話し声が、転校生のことについてだったという。
「へーえ、盗み聞きねえ…」
「盗み聞きじゃないから!たまたまなの!」
高くない慎重で大荷物を抱えてよたよたと歩く智香は、きーきー騒ぎながらも部活へと走っていった。


翌日、朝の教室は一段と騒がしかった。それぞれが、新しいクラスメイトが気になって仕方ないという様子で、転校生の為に用意された新しい机をちらちらと見ながら落ち着かない様子でいる。
楓子や凜も、その一人だった。

どんな子だろう、話しやすい子だといいけどな。

楓子が転校生のイメージを膨らませていると、教室のドアが開いた。一気に静まり返る教室。
「はい、おはよー」
担任がいつもの調子で入ってくると、そのあとに続いてもう一人入ってきた。
「うん、じゃあ先週から言ってた転校生から紹介しようか、はい、自己紹介して」
折り上げたワイシャツの袖と、スカートから覗く足は、透き通った『白』だった。背中まで伸びるストレートの黒髪は、この夏の暑さを感じさせない程さらさらと揺れ動いている。
「今日から、この6組で一緒に勉強することになりました、柏崎美代です。よろしくお願いします。」
大した緊張はしていないのか、つまることなくスラスラと言うと、深々と頭を下げた。
まるで清涼…って印象かな。
柏崎美代の整った顔を見つめながら楓子はその爽やかな雰囲気を、少ないボキャブラリーの中から見つけた単語で例えた。
「じゃあ、柏崎はあの席に」
「はい」
一番後ろの席へと歩いていく彼女を教室中の生徒が見つめる。
「柏崎、わからないことは先生やクラスメイトに聞けよ。お前たちも柏崎が困ってたら助けること、いいな」


*ふうこ さんのツブヤキ*
【転校生来た!かわいくて清涼的?イメージw 仲良くなりたいねー】

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とある女子高生に起きた出来事、現代のネット社会の日常・非日常な日々 私は私になることが出来るのか―

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-09

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