即興小説②
すべて制限時間15分の代物です。多少は修正してあります。
15、タイトル:「自由と不自由」
お題:「都会の小雨」 ホームシックにかかった大学生の話
14、タイトル:「死後の審判」
お題:「不思議な錬金術」 必須要素:「十二使徒」 不老長寿を求めた男の話
13、タイトル:「リアルとサイバーのはざま」
お題:「フォロワーの境界」 必須要素:「ところてん」 投稿サイトに夢中になった女性の話
12、タイトル:「本当に大切なのは仕事か」
お題:「昼間の恋人」 必須要素:「バイブ」 日中の男の話
11、タイトル:「その温かい心が」
お題:「真実の快楽」 やっと何かを見つけた女の話
10、タイトル:愛猫の叱咤と文学少年
お題「可愛い反逆」 必須要素「吾輩は猫である」 小説が書けなくて悩む少年の話
9、タイトル:役に立たない貴重品
お題「東京弔い」 必須要素「クレジットカード」 急な災害に遭遇した女の話
8、タイトル:敗れた部族の現在
お題「反逆の信仰」 必須要素「甘栗」 閉じた文明を築いた民族の話
7、タイトル:忘れられた町と家出少年
お題「戦艦の山」 必須要素「ピアノ」 家を飛び出したピアノ少年の話
6、タイトル:窮鼠猫を噛む
お題「恐ろしい策略」 組織を追う刑事の話
5、タイトル:一息いれた冬休みに
お題「ちっちゃな冬」 必須要素「《算数のたかし》」 文章題に悪戦苦闘する小学生の話
4、タイトル:ちっちゃい政治家の主張
お題「くだらない第三極」 必須要素「バツ印」 大人に疑問を持った小学生の話
3、タイトル:家主を無くした古屋
お題「知らぬ間の水」 親が死んだ若者の話
2、タイトル:知りたくなかった事実
お題「苦い結婚」 親友の結婚式に行った女の話
1、タイトル:陽児と月子
お題「君と太陽」 学生カップルの話
七色の掌編の主人公二人に出張してもらいました。
自由と不自由
健司が田舎を飛び出し、大学の近くのマンションに下宿し始めてから一年が経過した。
地下鉄に日常的に乗るようになり、エスカレーターでは片側に並ぶことを覚えた。エアコンのある部屋でラジオをかけながらパソコンを見て過ごすことが多い。自分以外は誰もいない生活で、すべてが新鮮で楽しかった。
一人暮らしの息苦しさから、以前よりも友人が増えた。疲れて帰ってもすぐにさびしくなり、毎日の学問もそこそこにほとんどは遊んで過ごした。彼の友人たちも、みな似たような過ごし方をしているだろう。
男同士の付き合いともなると酒を飲んで下世話な話に花が咲く。健司も例にもれず、未だなれないウィスキーをロックで、苦みに耐えながら気取って飲んでは、雀卓をサークル仲間と部室で囲んでいる。今となってはルールを熟知した麻雀も得意分野になりつつあった。
夜も十一時を回って物騒になり、そのまま部室に泊まることを決め込んでいる。
休憩中に玄関を開き、外に出たところで周囲の他のサークルの部室にも人影が多く残っていたことに気付く。他の学生も彼らと似たような状態で夜を明かすつもりらしい。
健司はかたわらに立つ灰皿に気付き、一服しようとそのままシャツの胸ポケットから煙草の箱を取り出し、一本口にくわえて百円ライターで火をつけた。
フィルターを吸いながら何とはなしに周囲を見渡せば、天からぽつぽつと雨が降り出した。下宿先に洗濯物を干しっぱなしにしていたことに気付いたが、もう遅い。
家族がいれば取り込んでもらえるのになと思いながら、故郷を思うことしかできない。
死後の裁判
その研究者の机の上には、天球儀、鉱石のかけら、フラスコ、試験管、薬品の数々といった実験道具が所狭しと並んでいる。
床の上も似たようなもので、各国から集めたあらゆる英知に関する書物がばらばらに散らばっている。すべて彼の研究に必要なものだった。
錬金術の最終目的は金の生成と、不老長寿である。
この部屋の主は真紅のシルクカーテンを閉め切り、机の上にある金色の燭台のろうそくにゆらりと照らされている。白ひげを悠々と蓄えた老人だ。
彼は発明家として財をなしたものの妻には先立たれ、すでに子も一人立ちしている。
自分の財産一山を使い切るつもりで、この研究に没頭したとして、困ることなど何もなかった。あるいはもう、金ところか命すら溶かすつもりで臨んでいる。
炎に照らされたすみれ色の液体が、フラスコの中でこぽこぽと泡を浮かせている。
金を無から生むということは、物質の生成式の計算の上で不可能だという考えを、彼はすでに解明していた。いま没頭していたのは、長寿に関する実験だった。
何度目かの実験を繰り返したが、実際に長寿になれるかどうかは生きてみなければわからない。また人間が長寿になったとして、どこまで人間としての理性を保っていられるのかという確証もない。
確証はないが、彼は自分が生成したその液体を完成したと信じ、それを一息に飲みほした。
ほどなく実験は失敗に終わったことを、彼は自身の死によって思い知った。
死後の世界では命の采配に関わる実験を試みたということで、天界議会によって十二使徒に裁判にかけられたが、生前の徳もあり、彼は無罪となって天国に旅立って逝った。
リアルとサイバーのはざま
SNSを初めて理代子がやり始めたのは、大学生になってからだった。
ニックネームで友人同士でつながり合い、日記を書いていくもの。それが廃れていくと次に流行ったのは、ペンネームで他人同士がつながり合う絵の投稿サイト。それと同時に、アカウント名でつながり合う短文ブログ投稿サイト。それから本名でつながり合う日記投稿サイト。すべて他人とのつながりを求めて始めたものばかりだった。
この数あるサイトの中でもある種の格差が存在する。継続して投稿を続けられる者、面白いことを書ける者は、ある程度の影響力があると彼女は思っている。
そしてそれらを続けていくと、フォロワーが多いというそのSNS特有の数字が見えてくる。理代子はどの分野でもフォロワーが多かった。日記も面白かったし、絵もうまいし、コミュニケーション能力も悪くない。現実でも友人は少なくなかった。
フォロワーが百人を超えたあたりから、書きたいことや描きたいことではなく、どういうことをすれば大衆受けするのかということを考えるようになった。毎日フォロワーを喜ばせる事ばかり考え続け、創作を続けた。フォロワーはどんどん増えていった。
五百人になったあたりからは作家気分になっていた。ただ受け狙いで書いても当たり、ネタだらけで絵を投稿してもブックマークされた。寝食を忘れて彼女は創作に没頭した。
短文ブログサイトの投稿は二十万字、文庫本に換算すると二冊ほどの文字数になった。彼女は文章をうつ機械のようになっていた。
ある時、にきびだらけで睡眠不足、あげくに空腹のあまりに理代子はめまいをおこして倒れた。
「お腹がすいた……でも気持ち悪くて食べられない」
這いずって台所まで行き、冷蔵庫を開けるとルームシェアの友人が買っていたところてんが入っていた。これならすぐ食べられそうだったので、彼女はなんとか起き上がってふたを開け、水を切ってガラスの器に盛り付けた。
しょうゆ酢をつけて食べると、関東出身の彼女にとっては体に染み渡る味がした。
「おいしいぃ……」
メールで友人には、お礼といずれ代わりの物を入れておくことを書いて送信すると、彼女は一度、休むために布団で横になった。ここ数日は書いたり描いたりするのに夢中で、ほどんど体をいたわることを忘れていた。
友人からのメールはすぐに返ってきた。純粋に具合を心配してくれる内容のメールを見て、彼女も自分のフォロワーであることを彼女は思い出した。
だが、画面越しのやり取りではなく、無性に友人の顔を見て話がしたかった。言葉や絵ではなく、行動や態度でなにかを返したいと、理代子はなぜか無性に感じたようだった。
本当に大切なのは仕事か
部長の倉田は日々、会社の激務に追われる日々を送っていた。齢五十五の体に鞭打ち、早朝から夜までひっきりなしに飛び回る。
日中はプライベートの携帯電話は持ち歩かず、会社名義のものを使っている。ほぼ社内と取引相手とのやり取りで使用するので、それが一番コンプライアンス上の問題がなくて済むからだ。
昨今は個人情報のやり取りのこともあって本社からもきつく指導が入っている。管理職である以上、部下たちに伝える前に自身が手本を見せなければならない。
家族とのやり取りも、途切れがちになっていることにすら、かまう暇はありはしなかった。
管理職である以上、残業代は手に入らない。その分の部長手当が月給として加算されているのだから文句はいえるはずもない。
今日も取引先との接待が長引き、帰りは遅くなることは目に見えている。倉田は現在の日中の間ですら、そのことを考えるだけで頭が痛くなる一方だ。
プライベートの携帯電話はビジネスバッグの奥底に入り込み、マナーモードにしてある。自分からかけることはまずないが、万一ということもあり持ち歩いている。しかし取引先でやかましく着信音を鳴らして恥をかきたくもない。
会社名義の携帯電話は今も聞き手に持って使用中だが、これも本人にしてみればいつもの事だった。家族のために働いているはずが、どちらを優先しているのかはた目には判別しにくい状況になっている。
部下からの質問にうっとうしげに対応し、聞き手に持っていた携帯電話の通話を切ったところで、ふいにビジネスバッグの持ち手に震えを感じた。
歩いていた間の振動だと思ったが、念のため彼は歩道橋の中央当たりに差し掛かったところで一旦は立ち止まり、端に寄ると、珍しく自分自身の携帯電話を開いた。
妻からの着信だった。会社と結婚したらいいじゃない、と彼女に嫌味を言われたのも一度や二度じゃない。
自分を頼って掛けてきたのかと思うと、忙しくても無視する気分は湧いてこない。自分にとって大切なのは、やはり彼女たちだ。
その暖かい心が
誰に出会えば私は幸せになるのだろう。そのことばかり考えながら恋人選びを続けていた。
初めのうちは、顔の好みで相手と関係を持っていた。私はまだ女子高校生で、人にはよく目が印象的な色気のある顔立ちだと言われていたので、あまりブスではなかったと思う。そのせいか、私から告白されて拒否する男子は、高校にはいなかった。五人にしか告白したことがないので、すべての人に通じるかは不明だったけれど。
まずしたいことがあったから付き合うようになった。まず私は、肉体的に男の人と関係を持ったら、体がどういう感覚になるのかということに一番興味があった。だから付き合いを初めて一週間でキス、そして一か月でもう男女の関係になった。
体に痛みはあったのは最初の数回だけで、体を合わせて十回を超えたあたりから、私は彼との関係に集中するようになった。付き合っていた彼ではなく、その体で与えてくれる感触を覚えたかった。
あまりぱっとしないと思っていたのが態度に出ていたのかもしれない。三か月後には振られてしまった。捨て台詞は耳を疑うような内容だった。
「君の心がわからない」
あまり冷たくした自覚はないし、そう言われる筋合いもない。ただ、どことなく腑に落ちている自分もいた気がする。
高校生でいる間に付き合ったほかの三人にも同じような理由で振られた。
最後の一人とは卒業前の受験間近、十月という非常に忙しい時期に付き合いを始めた。今までに付き合ってきた人とは違って、あまり会えなかったせいかなかなか体の関係にはいきつけなかった。
それが良かったのか、互いに互いを励まし合って受験勉強に没頭するうちに私たちはキスの間もなくおしゃべりばかりして付き合いを続け、今に至る。
その最後の彼氏が今の夫だ。それまで付き合ってきた誰の事よりも、私は彼のことを大事に思っている。彼にならすべてをゆだねられる。安心して隣りに居られる。彼との体の関係は全然、感じ方も違った。
自分が幸せになるだけでなく、相手も幸せにしたいと思うようになった。私は求めていたのはこれだったのだと、その時になってからようやく気付いた。
愛猫の叱咤と文学少年
認(みとむ)は自室に籠り、ちゃぶ台に乗せているパソコンの液晶画面に向かっている。小説を書くつもりで半日あまりその場に座り込んでいたが、作業は一向にはかどらなかった。
せっかくの授業のない日曜日、ネットサーフィンをしては手が止まり、2ちゃんねるを見ては思考が飛び、のどが渇いては一階の台所に向かい、聞いている音楽に飽きてはコンポに入れているCDを交換し、高校三年生の夏という貴重な時期を、無駄に消化していた。
「どうしたらいいんだこれは……」
何をしていても指が進まないので、床に置いていた愛読書を手に取った。
その文庫本は認が敬愛する文豪による長編小説で、執筆にどれだけの時間がかかったのか、恐るべき分厚さでその存在感をあらわにしている。これだけの紙にびっしりと納まった活字の量を思うだけで、彼の気は遠くなるばかりだ。
「新聞連載だったよな、これ。ってことは締切はまさか、毎日?」
締切がない状態の自分自身がこの状態だというのに、恐ろしいことだと彼は思った。
再び愛読書を床に置いて、ランニングシャツを着た肩を掻きながら再びうなり声を上げたところで、背後から鈴を鳴らしたような鳴き声を感じて彼は振り返った。雪のように真っ白な毛に包まれた一家の愛猫を眺めて、彼はこわばらせていた表情を緩めた。
「白玉。俺の応援に来てくれたのか?」
名を呼んでそっと彼女の体をつかみ、短パンで胡坐をかいていた両脚の上に乗せた。すると、彼の眼をまっすぐに見てきた彼女は不機嫌そうなうなり声をあげ、彼のランニングシャツに飛びかかってきた。
「うわっ」
まったく油断していた認は派手に床に押し倒された。
「いってー。なにすんだよ白玉」
すると白玉は彼の上から降り、床を歩いて彼の愛読書の上に乗った。分厚い文庫本に乗った彼女は一段高く見えた。
また鳴いて見せた白玉を上下逆さまに見つめて、認は頭を掻いた。
「さぼるな? はいはい、がんばるよ……よいしょっと」
ペットからのいたずらを好意的に解釈して、彼はやおら起き上がった。そして深呼吸をすると、再び液晶画面を見つめた。
役に立たない貴重品
それはあまりにも突然すぎて、誰もが何が起こったかわからないような状況だった。
空が急に暗くなったと感じた時、社会人一年目だった若い女は日曜日の昼間からパジャマ姿で、自室でネットサーフィンをしていた。いつものリラックスタイムを楽しんでいたから、まったく油断していた。14時過ぎだというのに昼食もとっておらず、ポテトチップスとコーラだけで食事を進めていたのだから、まったく後先のことを考えていない。
妙な地響きがあったと感じた時にはすでに、衝撃波で窓ガラスが割れて破片がはじけ飛び、壁に大穴があいて熱風が外から吹き込んで、パニックになった彼女はそのまま意識を失っていた。
次に目を覚ました時、彼女は自室の机の下にうずくまっていた。
机の前にある、自分がいつも座っていた黒いチェアは天井のはりが突き刺さって、発泡スチロールのようにひしゃげている。原形もとどめないままに床に落ちているその物体が邪魔で、そこから彼女は一歩も外に出られなくなった。
おぼつかない両手で顔をなでると、ずるりと皮膚がゆがんで彼女は仰天した。やけどを負った頬は完全に崩れて、原形をとどめていないらしい。顔をかきむしることもできなくなっていた。
震えながら彼女は金切り声を上げた。
「誰か助けてぇ! 何なのよこれぇ……」
近くにあるものと言えば、床に落ちていた財布だけだった。中を開くと、現金三万円と限度額百万円のクレジットカードが残っている。
自宅のマンションから一歩外に出れば、24時間営業しているコンビニエンスストアも、乗ればどこでも行かれるモノレールもある。ここは大都会東京だが、巨大隕石落下という災害の時だ。現在こんなものに価値があるとは彼女には思えなかった。
この日、大都会東京の発展は終わりを告げた。
敗れた部族の現在
森の奥地にその部族は古くから暮らしていた。
この国の大多数を占める民族との戦に敗れ、命かながら生き延びて逃げおおせ、そのまま永住して五百年ほど経っている。人口も増えていき、その部族が暮らす集落は複数の村に分かれていた。
はるか昔は迫害される対象でしかなかったはずだった。それが今は、外界から隔絶した生活を確立していった結果、ガラパゴス諸島の動物たちのように人々は独自の文化を進化させていった。
陸の孤島と化したその村の部族は、大昔は迫害される対象だったものの、現在ではその国の歴史の教科書では「神秘の民」として扱われている。都会化した生活にどっぷり浸かっている現代人にとっては、自然とともに生きながらも機能的な生活をする彼らを、好意的な視線でもって受け入れている。
そしてある日、とある民族学者は研究のため、助手を引き連れてその神秘の民の集落へと足を踏み入れた。何人目かになる外部からの客だが、研究対象にされることにも、もはや慣れてしまった神秘の民たちは、意外にも快く彼らを歓迎した。
神秘の民のリーダーは宝石類や派手な衣装を身にまとっている。族長でありながら、彼らの独自の信仰の神官でもある。怪しげな独自の宗教を進めているようだが、それすらも民俗学者にとっては研究対象として注目されている。かつての迫害の歴史から生まれたその宗教の信仰対象は、大昔に敗れた民族を滅ぼすと言われている彼らの絶対神だ。
そして民俗学者は、神秘の民が信仰している絶対神が滅ぼすと言われている民族の一員だった。
「歓迎、痛み入ります。こちらは我が国の特産品です、どうぞご賞味ください」
民俗学者が必死に勉強した神秘の民の言葉を駆使して、大袋いっぱいに入った甘栗を差し出した。彼らは栗が好物なので、気を利かせて持ってきたのだ。
「うむ」
受け取った族長は、先進国の若者をかしずかせるほどの価値を手に入れた現在の一族の現状に、ひどく満足したらしかった。
忘れられた町と家出少年
コンクールで金賞を取れなかったばっかりに、両親から激しい叱責を受けた僕は家出のため、山奥へと逃げて行った。
携帯電話も置いてきたのでGPSで場所を探ることもできないだろう。必要最低限の荷物を持っているだけで、サバイバル感覚だ。
進んでいった先に、戦時中に作られたと思しき防空壕を見つけた。ここで集団自決があったと日本史の時間に教わったので、慌てて逃げていく。
ここで作られていたのは、対米国のための機動戦艦だったらしい。ふもとが海だから完成次第、ここから出撃していくはずだったらしいが、そうはならなかった。完成間近というところで終戦になったためだ。
建造のための町がかつてはあったものの、現在は廃墟と化している。僕はこの廃墟で今夜一晩、夜を明かすことに決めた。小学生のころに、クラスメイト達と何度も探検に来たことがあるし、高校生になった今となっては、怖くもなんともない。遊び場所としてみんなで通っていたぐらいで、当時持ち込んだ生活道具もあるはずだ。
昔、一度整えた秘密基地を目指して僕は進んでいった。
「変わってないや……そうでもないか、どんどん荒廃してる」
人がいなくなるだけで、こうも町は荒廃していくのかと思うと不思議だ。灰色の壁の商店が崩れ落ち、木造の住宅は腐ってひび割れ、窓ガラスも朽ちて枠の穴だけになっている。
桶の残骸を蹴飛ばしたら、砕けちって、枠だけが輪になって転がって行った。特に感慨もわかないままに、整えられた一つの小屋を見つけた。小学生の頃の僕が、みんなで材料を持ち寄って協力して直したものだ。もっとも、素人の小学生がやったことなので立派にリフォームされているわけでもない。ただ、雨風がしのげるだけだ。
そこに入ってからいろいろ考えるにつれ、家に帰りたくなってきた。
「また、ピアノが弾きたい……」
明日には家に帰ろうと僕は心に誓った。
窮鼠猫を噛む
「ついにここまで追い詰めたか」
麻薬密売組織の担当になった刑事は、横浜のとある倉庫街へとやってきた。
先日、近所の主婦が麻薬に手を染めたのが事の始まりだった。立ち売りをしていた売人を突き止めた後、のちのちやっかいになりそうなので、それを元手に芋づる式に、上層部のところまでメンバーを洗ったのだ。
追跡するうちに少しずつ組織の人間たちを一人、また一人と確保していった。少しずつメンバーを失いながらも組織は逃げていき、やっとのことで海まできたらしい。
麻薬を輸送している埠頭まで突き止められたのは幸運だった。刑事は、背後に引き連れてきた機動隊の一団とアイコンタクトを取ると、号令をかけた。
彼の声に端を発して、機動隊が一斉に一つの倉庫へと詰めかけた。驚いた内部からは、しばらく銃声が鳴り響いていたが、彼が外から様子をうかがっていたところで、一つの大きな爆発音が聞こえた。
「……やられたか!」
中に罠を張られていたらしい。最後のトカゲのしっぽ切りか、大元を隠すために倉庫ごと爆破して下っ端の組織が犠牲となることで、これは迷宮入りとなった。
一息入れた冬休みに
冬休みが始まったばかりだからって、ドリルなんてやる気も起きない。算数の文章題が難しすぎて考える気が失せる。たかしがA地点からB地点まで時速五キロで進んだからって、何分でも別におれは構わないと思う。
ただ、こんなことを学校で行ったって先生に怒られてクラスのやつらにバカにされるだけなので、しょうがなくやっている。
姉ちゃんは高校の部活で出かけていない。父さんは会社で母さんは買い物だ。家に一人でいて、スマホでネットをやりたくなるのを必死にがまんして机に向かっている。
学校では使えないシャープペンを用意して新品の消しゴムを出して、エアコンをつけて、ココアをいれて、ここまで準備万端なのに、ドリルを開いたっきり十分間ぜんぜん先に進まない。
ため息をついて二階の窓から、外の空をながめた。薄く光る日の光をぼんやりと見つめていたところで、目の中に何かが映って、まばたきをした。窓ガラスになにか貼り付いている。
よく見たら何なのかわかって、おれは嬉しくなった。
「雪の結晶が見えるぞ!」
本当に六角の花の形をしていた。こういうのを六花っていうんだと、前に姉ちゃんが教えてくれたのを思い出した。スマホを持ってくるとカメラモードにして、最強に拡大しておれはその六花を激写した。
キレイにとれた写真を待ち受けに設定してから、おれはココアを一口飲んで、マグカップを机に置いた。ドリルの文章題に出てくるたかしの小さなイラストを見ていたら、こいつがかわいそうに思えてきた。
「お前はココアも飲めないし、雪の結晶も見えないんだもんな……問題ぐらい、といてやろうかな」
少し優しい気持ちになれたおれは、もう一回がんばろうと思って、再びシャープペンを右手にぎった。
ちっちゃい政治家の主張
「最近の政治家はなっとらんのう」
「ほんとに。私たちの税金を何だと思ってるのかしらねぇ」
ぼくはコタツでおせんべいを食べながら、いつものようにおじいちゃんとおばあちゃんといっしょにテレビを見ていた。そうり大臣というエライ人が、マイクのまえでエンゼツをしたあと、聞いていたほかのセージ家って人たちに、おこられていた。そうり大臣はカタイかおのまま引っこんでいった。
土よう日だから学校はおやすみだ。でもパパとママはおしごとでいない。おじいちゃんとおばあちゃんはいつも、国会のチューケイを見るたびにプンプンしている。いやなら見なきゃいいのに、見るのも国民のギムらしいから見なきゃいけないらしい。国民ってたいへんだ。ぼくは国民にはなりたくないって言ったら、もうぼくも国民らしい。なったおぼえないのに、へんなの。
セイジって国民シュタイなのに、ぜんぜんおじいちゃんとおばあちゃんの思いどおりになったことがないらしい。だからいつも、トウヒョウには行きたくないって言っている。ジモトのリッコウホ者がラクセンしても、ガッカリしてもいない。
家の近くの人ならオウエンしてあげればいいのに、それもいやらしい。おじいちゃんもおばあちゃんもガンコだ。かわりにぼくが行こうかって言ったら、十年イジョウ早いって笑われた。
この時、ぼくは早く大人になりたいって、すごくつよく思った。
家主を無くした古屋
私は一人暮らしの母が死んだあと、やってきた田舎で遺品整理をしていた。
木造建築の恐ろしく年季の入った屋敷だ。囲炉裏で天井の梁が煤汚れているように、家全体の木が真っ黒になっている。すべて杉だろうが、築三百年は経っているだろうと親戚の叔父が言っていたのを思い出す。
机も畳も、初日に拭いたのにすでに煤汚れている。ここであおむけに寝て一夜を明かした私も、気づいていないだけでこうなっているんだろうと思うと、顔を何回でも洗いたくなる。
庭も広いが、どこまでが自分の敷地なのかもよく分からない。聞いた話では、見える範囲はだいたいそうだと叔父に以前、言われた。山いくつ分なのかと思うと気が遠くなる。
とりあえず、家の前の部分だけを庭と呼ぶことにする。この庭の隅には池があった。山の湧水を、生前の父が細い竹筒を繋いで引き込んだものだ。筧からチョロチョロと水が下りてくるところに、石で囲って作ってある。
ここには鯉が五匹居たはずだったが、半年ぶりに見たものの、ついに発見することができなかった。手入れする者がいなくなり、藻が一面に湧いていたのだ。
手網ですくってみたが、やはり不思議なことに一匹もいなかった。岩と岩との間に隙間があるので、どこか新天地へ向かったのかもしれない。
両親がいなくなった後も、自分が寄らぬ間にも、時間はどんどん流れていく。まざまざと自分の無知を見せつけられたようで、初めて私はこの時、親不孝を悔いた。
知りたくなかった事実
真美が、彼らの式に呼ばれるのは当然の成り行きだった。
大学時代からの親友である新婦もさることながら、その新郎も彼女の友人であったからだ。二人共通の友人で現在も交流が深いとなれば、呼ばない方が不自然だ。
しかし真美は、式直前から彼ら二人が、人生最大といっても過言ではない晴れ舞台にいるにもかかわらず、意気消沈しているように見えた。
何かあったならここで放っておいては女が廃ると思い、お色直しで退場した新婦を追って彼女は、どさくさに紛れて会場を後にした。
更衣室に入っていくのを確認し、入ってからごたごたしているだろうと思い、十分ほどしてから真美はドアをノックし、中に入った。
そこで彼女は驚きの光景を目にした。
びりびりにウエディングドレスのスカートを引きちぎり、ミニ丈にした新婦がケープも投げ捨てて、窓から外へ逃げ出そうとしている。
その時、小道具を取りに行ったらしくスタッフは誰もいなかった。その隙をついての逃亡を謀ったらしい。白いハイヒールで窓枠を飛び越える様子を見て、真美は悲鳴を上げた。
「なにやってるの! これから幸せになるっていうのに」
大地に降り立ち、振り返った彼女は涙を浮かべていた。
「あんな人、あなたにあげるわ! あの人ずっと、あなたのことが好きだったんですって。さっき言われたの。もうこんなことやめようって!」
「なん……ですって」
呆然となった真美に、新婦でなくなった彼女は最期の言葉を告げた。
「さようなら。もう二度と会わないわ、お幸せに!」
「いや、待って!」
窓枠に足をかけたものの、真美はピンヒールを履いていたので手間取り、どうしても追いつけなかった。
走り去っていく彼女を、呆然と真美は見送った。
陽児と月子
長く直視すれば最期、失明してしまう。それでも人は太陽を求める。
君は僕の太陽だ、などとむず痒くなるキザなことは言えない。ありきたりすぎて笑えないし、ずっと見つめることができないなんて辛すぎる。
どういう関係がいいかというなら、月のようにいつもそばにいる関係がいい、目がつぶれることもないし、毎日見るたびに、雲に隠れたり欠けていったり、違う表情を俺に見せてくれる。
カフェでお茶をしながらそのようなことを伝えたら、月子はあきれた様な顔でこう言ってきた。
「陽児。十分キザだけど、その言葉」
「そう? 俺の正直な感想なんだけど、月の方が好きなんだよな。見られない日もあるけど、綺麗に見られたときは『やった!』ってなる」
「恥ずかしい……」
月子は左手でコーヒーカップを握ったまま、右手で顔を覆ってしまった。ややひねくれたところもある彼女は、俺が好意を示す言葉を言うと、いつもこうなってしまう。正直な気持ちを伝えたいだけなのに、どうしてもうまくいかない。等身大で伝わる前に、照れてしまう。
せっかく付き合い始めたというのに、なかなかうまくいかないものだと最近よく思う。
「月ちゃん、そんなにイヤ? 俺、これでも真剣なのに」
「そうじゃないの、そうじゃないけど……真正面すぎて……まぶしいのは、陽児の方でしょ」
「俺ってまぶしい?」
「まぶしくて直視できないの……」
でも、彼女がまんざら嫌がってるわけじゃないのを俺は知っている。そう言いながら、いつも最後は俺に向かって、優しい言葉をかけてくれるから。
「ほんとにまっすぐね」
「それが俺の良さだって言ってくれたの、月ちゃんだしね」
月子は、ほんのわずかだが、笑ってくれた。
即興小説②