読経の声
夕食を済ませたあと、お茶を飲もうと、やかんを火にかける。
しばらくすると、お経が聞こえてくる。
なんだーむにゃむにゃかんだーむにゃむにゃと、お坊さんの、途切れの無い読経の声が、聞こえてくる。
水が沸騰してゆくときに弾けた泡が、ステンレスのやかんの中で共鳴し、そのような音を立てていることは想像がつくのだが、蛍光灯の明かりが一本ついただけの薄暗い台所の隅で、時計の針がただコチ、コチ、と刻む音のなか、やかんからお経が聞こえてくるのは、それなりに、怖い。
洗い終わったお皿やお椀。フックに掛けた白い手ぬぐい。ただじっとぶら下がっているだけのオタマやフライ返し。「生」の気配をまったく感じない台所で、お坊さんが経を読む声が聞こえてくるのは、やっぱり、怖い。
読経の声
全稿手書き