今日も景色は変わらない
おはようございます。天色です。
今日はちょっと気分を変えて、少し前に校内のコンクールに応募した小説を、ちょっと改造して投稿してみました。
原物よりどれくらい良くなったか……あるいは悪くなったかもしれませんが。
読者の皆さんにとってはこれが唯一ということで、よければ読んで、さらに出来ればTwitterの方で感想などくださると嬉しいです。
それでは、どうぞ。
桜色の雪に染まる通学路。入学式というイベントを控える今日にとって、これはなかなかぴったりな景色なんだろう。
四月八日。受験生としての長い一年間を無事に乗り越え、短い休息ともいえる春休みを終えた俺たちは、ついに高校生としての第一歩を踏み出すこととなった。
校門を潜り、最初に左に見えてくる管理棟の建物。その入り口にクラス表が貼ってあると聞いていたのでそちらに向かう。既にそれを確認し終えたらしい生徒があちこちにいて、正直この中を潜り抜けていくのは大変そうだと項垂れつつ、結局は割り込んでいかなければならなかった。
「同じクラスになれたね」
「別のクラスになっても、絶対遊びに行くからな」
そんな明るい声が聞こえてくる一方で、
「あーあ……知り合い一人も居なかったなぁ」
「今年は孤独な一年になりそうだ……」
対照的な呟きまでどこからか風に運ばれてきたりで。騒ぎというものが嫌いな俺は咄嗟に耳を塞ぎたくなったが、程なくして目的地が人混みの境に見え始める。
入り口前に辿りつき、一息をついてから、俺はガラスの扉に張られた七枚の用紙の確認に入った。自分の名前を見落とさないように、一組から順々に紙面を指でなぞっていく。
……あった。
西宮 大吾(にしみや だいご)。クラスは一年二組。出席番号は二十一番で、全体が四十人だからちょうど真ん中くらいだろう。どうやら中学時代の知り合いが何人かいるようだが、誰も特別仲がいいというわけではなかったのであまり気にしない。
……おっと。
我に返ると、いつの間にか俺の指は三組の用紙を通過して四組の所にあった。心底無意識なことだったので少し戸惑い、やがて自覚する。
……気にしているのか。
入試の時にはいたと思う。しかし合格発表の日、風邪を引いてそれに行けなかったために俺はあいつの試験結果を知らない。軽く見渡してみてもそれらしい姿は見当たらなかった。
……だから、どうした。
五組以降は確認せず、俺は一旦その場を離れた。
……どうでもいいだろ。
ここにあいつがいるかどうかなんて、俺が気にすることではないはずなのに。
新入生は体育館へ。
その指示に従い、新入生たちはぞろぞろと体育館へ入っていく。そうして皆が入場し終えて席に付くと、少しして舞台の上に現れた校長が挨拶を始める。
その途中、俺は思わず欠伸をしてしまった。
こういう日の前日だったせいか、少し落ち着かないまま夜を迎えたために俺はよく寝つけていなかった。
凄まじい眠気だった。瞼が段々と重くなっていく。正直抵抗するのは無駄に思え、結局それを諦めた俺の意識は徐々に暗転していく。
そして、少し懐かしい夢を見た。
「なぁ西宮。帰り、どっか寄っていかないか?」
「……すまん。今日はちょっと急ぐから」
別に帰って何があるわけでもなかったというのに、よく平然と言えていたものだと思う。ただ面倒を嫌っただけで、それ以上の理由は何もなかった。
つれない返答に、彼は少しだけ残念な顔をしていた。
「そっか。じゃあ、また今度で」
それだけ言って彼は教室を出ていき、その場には俺一人だけが残された。
ちなみに、その男子生徒はただ偶然中学の間ずっと俺とクラスが同じだったというだけで、普段から交流のある友人などではなかった。彼はそれを何かの縁とでも思って声をかけてくれていたのだろうが、少々薄情なことながら俺はその苗字すら覚えていなかったのである。
俺は昔からそういうやつだった。周囲に馴染むことがあまり得意ではなく、せっかく誰かが遊びなどに誘ってくれても、自分勝手にそれを断り続けてきた。
そしてそんな自分に、親しい友人と認められるやつは一人もいない。もっとも本人がそれをどうとも思っていなかったのだから、改善の傾向など全く無かったに決まっているが。それを気楽とさえ思ったこともあるくらいなのだ。
彼女――野上 雛乃(のがみ ひなの)と出会ったのはその日だった。
「何してるの?」
気怠そうに支度を終え、いよいよ下校しようとしていた俺の背中に声がかかる。振り返ると、反対側の入り口に一人の女子生徒が立っていた。同じクラスには違いなかったが、こちらも名前が浮かんでこないでいた。
「……誰だっけ?」
まあ当然だったのだろうが、その問いに彼女は少しムッとして答えた。
「名前覚えてくれてなかったの? 野上雛乃だよ」
「野上さん、ね」
「言っとくけど、西宮くんのすぐ後ろの席だからね」
「すまない」
いくら他人の名前を覚えようとしないからといって、さすがに二度も確認すればもう忘れないだろう。自分にとっては十分なことだ……などと俺は勝手に納得した。
「悪かったよ。……じゃ、俺帰るから」
「ちょっと待って」
歩き出そうとしたところをまた呼び止められる。
「実は私、まだこのクラスに馴染めてなくて……ここで会ったのも何かの縁だと思って、ちょっとお話してくれませんか?」
「……」
この時俺はふと思い出していた。ある暇なときに偶然耳にした、他でもない彼女の話題について。
野上雛乃。基本的には明るい性格で元気も良く、その容姿も相まって複数の男子に結構人気があるらしい。それでいて他の女子も別に彼女を毛嫌いするような会話はしていなかったと思う。休み時間中は大抵寝ているか、それが出来ない時は聞こえてくるそんな会話に耳を済まして暇を潰していたとはいえ、その内容を自分が覚えているのは少々おかしいとも思えたが、それはとりあえず置いておく。
以上の事から、おそらく野上雛乃は人付き合いの上手い性格と判断できた。
……そんな彼女でも、変わって間もないクラスではそうなることがあるのか。
正直、意外だった。
……何で、あそこで断らなかったんだろう。
意外さを感じたことが若干の影響でも与えたのか、仕方がないという風だったとはいえ、あの日の俺は結局その誘いを断り切れなかった。
まあ、その後に雛乃と話した内容までは覚えていないのだが。
その日、妙なきっかけで生まれてしまったこの縁が、後々の日々に影響を与えていったのは紛れのない事実なのだろう、と。
そんな自覚とともに、俺は目を覚ました。
翌日の休み時間から、すでに俺の日常は変わり始めていた。
一人で過ごしていた休み時間などはある程度決まって野上が隣に立ち、眠りにつこうと机に突っ伏している俺がそれを聞いているかはおそらく全く気にしない様子で、一方的に彼女が会話を進めてくるようになったのである。
ある日は素気なく応対し、ある日は休み時間だけ自席を離れるようにしてはみたのだが、それでも暇を見つけては話しかけてきて、気づけば俺はそれに抵抗もしなくなっていた。
そうすることに意味がないと理解したから……少なくとも、あの時はそう思っていたが。
……あいつは、いないのだろうか。
あの日からもうすぐ二年が経つ。思ったより早く過ぎていった中学生活を振り返る俺は、今ここにたった一人だった。
昔から繰り返してきた日々が戻ってきた、と。
……これは、たったそれだけのことのはずなのに。
始業式の翌日。まだ本格的に授業が始まっていなかったこともあり、今日はすぐに放課となった。
俺は相変わらず、何かが物足りないような感覚の中にいた。
唯一自分が昨日と変わったことがあるとしたら、それはその原因に気付きつつあるというところだろうか。
……今、確かに俺は、あの日彼女と出会うまでには持ち合わせていなかった感情を抱いている。
少し頑張れば、今はそれを言葉にすることも出来そうだ。
あるいはそれは、俺の中に元々あった感情なのかもしれないのだから。
ガラッ
静まり返った教室の扉が開く。突然の音にそちらを振り向くと、
「見つけたよ。西宮くんっ」
元気にそう声を発する女子生徒……それは、紛れもなく野上雛乃だった。
「どうして……」
動揺が隠し切れなかった。雛乃はそんな俺を見て首を傾げている。
「どうしたの?」
「いや……」
無意識に目を逸らし、とりあえず呼吸だけ整えて向き直った。
「何でもない。びっくりしただけだ」
落ち着くと、俺はまた自分の内面の変化を実感する。物足りなさはスーッと消え失せていき、代わりに安心感に似た感情に満ちていった。
「ね。いつもみたいにお話ししようよ」
微笑んで、雛乃はそう言った。
「……ああ」
結局高校に入っても変わらないのだな、と。そう溜め息をついてから、俺はもう一度席に着き直した。少し間をおいて雛乃がその傍に立つ。
そして、また一方的な話が始まった。
「実は昨日風邪引いて休んじゃったんだ。中学は皆勤賞だったのに、寄りにもよって高校では入学式に出られないなんて、ほんとにタイミングが悪いよねぇ……」
言ってることは愚痴らしかったが、あくまで雛乃はそれを楽しげに話していた。
……寂しさ、か。
ようやく言葉となったその感情に苦笑いしつつ、今日も渋々その会話の相手をしながら。
この変わらない景色にただ安堵している自分の存在を、俺は確かに感じていたのである。
今日も景色は変わらない
いかがでしたか?
突然の変化に戸惑うことは、誰しも少しくらいはあると思います。
だからこそ、皆さん自身が今目にしているその景色を、どうか唯一のものだと思ってください。
それが良くても悪くても……それは少しずつ変わっていくものですから。
――などと、こんな駄文で僕が偉そうに言えることではないのですが。
それではまたお会いしましょう。