幻視変異

〜プロローグ〜

すでに日は沈み、暗い闇が街全体を包み込んだ。街の人々はもう寝静まろうとしている。
その暗闇に少女が一人。黒く長い髪を揺らし、夜道を歩いている。
少女はあることに恐れていた。友人の家からでた、あの時から黒いマントを羽織った謎の男に後をつけられているからである。
何故こんな時間に、何故私についてくるのか。少女には理解できなかった。
街では最近、悪い噂が流れている。女性ばかりが狙われる連続殺人事件、街の工業地帯にある廃工場に人をさらって食う化け物が現れるなど。
とにかくこの街は治安が悪いのだ。はやく家に帰らないと大変なことになる。そう思い少女は顔を上げた。
…少女は絶句した。数メートル先の電灯が照らす光の下に、黒いマントを羽織った男がいたからだ。

「ひっ…」

少女は驚きのあまりその場で尻もちをついた。それを見た黒いマントの男はゆっくりと近づき、落ち着いた声で少女に言った。

「お嬢さん、そう驚きなさるな…私は何もしないよ。少しこの街を調査しているだけだ」

予想外の言葉に少女はきょとんとした。

「そ、そうなんですか、安心しました」

思わず安堵のため息が漏れる。どうやら悪い人ではない、と思った少女は、倒れていた地面から立ちあがり男に問いかけた。

「しかし…こんな時間に何を調査しているんですか?」

「最近、この街で起きている連続殺人事件についてね…。知っているかい? みんな君くらいの若い女の子が襲われているんだ」男は重苦しい表情をしながら答える。

「物騒ですよね…はやく犯人が捕まってくれればよいのですが」

「そうだねぇ…もう捕まると思うよ。…それよりキミこそこんな時間に何をしているんだ。女の子が夜道で一人なんて危険だぞ」男はマントを翻しながら少し怒鳴った口調で言う。

「あっ…えへへ、ちょっと友達の家に遊びにいってきまして…すみません」少女は口から舌をペロッと出し、申し訳なさそうに答える。

「…ところで君、血の匂いがするね」

「え?」

突然、男の目つきが変わる。

「君はどんなお肉が好きなの?牛肉かな?それとも豚肉…」男は不敵な笑みを浮かべながら戸惑う少女に問いかける。

「あ、あのっ、いきなり何を言ってるん…」

「それとも友達の肉か?」

「…貴様ッ!」

少女は男から二、三歩後ずさり、両腕を上から下に振り下ろす。どういうことであろうか。彼女の両腕は一瞬にして鋭く伸び、まるで昆虫のカマキリのような「鎌」になったのだ。

「私は【斬殺鎌(キルシックル)】メイルマンティス!正体を知られたからには死んでもらう!」

両腕が鎌になった少女、メイルマンティスは鎌を振り上げて男に襲いかかる!

「やはりお前が連続殺人事件の犯人だったのか…」男が身構えながら言う。

そしてメイルマンティスの両腕の鎌が男の胴体を真っ二つにするべく振り下ろされる!

ガァン‼︎

しかし鎌は男ではなく地面に突き刺さった。

「何ですって⁉︎」メイルマンティスは驚きの声を挙げる。

なんと男はメイルマンティスの鎌を紙一重で回避したのだ!

「荒っぽいお嬢ちゃんだ!まぁそういうほうが殺しがいのあるってもんだぜェッ!」

男の顔が黒く歪む!少女の両腕が巨大な鎌に変異したように、男の顔も一瞬にして大顎を持つ、巨大なワニのような顔に変異したのだ!

「グカカカ!俺様は【頭喰い(ヘッドイーター)】バイター! 貴様は本部から抹殺命令が下されている!大人しく殺されるんだな!」

バイターのワニのような大顎がメイルマンティスの両腕を挟み込む!
そしてバイターはその状態で回転を始めた!
ワニは大きな獲物を捕らえたとき、その獲物に噛み付いたまま体を回転させ肉を引きちぎる。バイターはまさにワニの化身なのだ。

「グギャアァァァァッ‼︎」メイルマンティスが悲鳴を挙げる。

バイターの死の回転に耐えきれず、メイルマンティスの両腕の鎌は血を吹き出し無惨に千切れ飛んだ!

「グカカカ…さぁ〜て、このまま頭蓋骨を噛み砕いてトドメを刺し任務完了だ。すぐにラクにしてやるぜェ〜!」

バイターが顎がガチガチ鳴らしながら、両腕の鎌を失い攻撃手段を完全になくしたメイルマンティスにゆっくりと近づいていく。

「ま、待って!た、助けて!命だけは!」メイルマンティスが涙目で必死に訴える。

「グカカカ…何を言ってやがる!失敗作のクズめが!おとなしく人間として暮らしていれば幸せになれたものの…夜な夜な人間を襲って騒ぎをでかくするからだ!死ねェ‼︎」

「そんな…死にたくなッ」

グシャッ!ゴリッゴリッ…

無情にもバイターの顎が少女の頭を噛み砕く。

「グカカカ!我々はこの帝国のために戦う優秀な人材を求めている…それがあの方の意思であり、全ての変異能力者(ヴァリアント)の願いなのだ‼︎ グカカカカカ‼︎」

寝静まった街に血にまみれた殺戮者の笑い声がこだまする。
街には夜の闇ではなく、もっと恐ろしい闇が訪れようとしていた。平和が当たり前となったこの世で誰がこの戦いの闇に気づくのだろうか。

人間の戦いの歴史は今、繰り返される。

幻視変異

幻視変異

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-12-20

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