逃走者たち 第二章
ポケットに手を入れる。冷たいスマホの感触を感じる。余分な荷物はほとんど持ってこなかった。これからの計画など、ユウスケの頭の中には1ミリたりとも描かれていなかった。ただ、捕まらない限り逃げるだけだった。
ユウスケが住むアパートの近くには、アーケード街があり、特に魚市場が密集している地帯では、漁師やその関係者の往来がはげしく、朝早くから人通りが絶えない。しかし、都会の人ごみに身を隠そうとしたユウスケは、このアーケード街を通らざるを得ないのであった。ユウスケは、ただならぬ危機感を体全体にまとわせながら、魚市場に面する入り口に足を踏み入れた。
あまりにも拍子抜けであった。というより、もはや不気味であった。
テレビには、ときおりユウスケの顔と情報が流れている。民放のCMの頻度よりも高いかもしれない。魚市場の人だれもが、その指名手配犯のニュースを見ながら仕事をしている。しかし、だれもユウスケのことに気づかないのだ。それにユウスケは安堵したが、また不安であった。都会とは一足先に、賑やかさを取り戻し始めた商店街の喧噪は、だれもユウスケに気づかなかった。
アーケードを抜けると、河原沿いの道路に出る。住宅街ということもあって、決して広々としているわけではないが、学校が近くにあり、昼間は子供達がウヨウヨしているスポットである。まるでマンガの世界をそのまま切り取ったような、お決まりな風景だ。
ユウスケは身構えてしまった。
「ふんふふん〜ふんふん〜♪」
鼻歌まじりに、自転車をこぎながら向かってくるのは、近所の交番の巡査である。いまどき自転車でパトロールをする巡査は見かけなくなってきたが、ほんとうにご苦労さまである。そしてこういうときに、人間はどうしても青色の制服を着ている人間を見ると身構えてしまうのである。
「ふんふふん〜・・・あっ、あれぇ?」
しまった、見つかった・・・。
「あらら、変なところ見られてしまった〜、恥ずかし〜」
なんとか乗り切った。
「あらっ、あなたどっかで・・・」
やばい、手のひらに変な汗が吹き出してきた。
「あっ、か、加勢信行に似てるって、よく言われます、はは」
「?・・・あ、ああ、そうなの〜、へ〜」
間抜けな巡査は、鼻歌まじりに職務へもどっていった。きっと交番に帰って指名手配犯の顔写真をみて「あ、あれぇ〜?」とか言うのだろう。
逃走者たち 第二章