廻り混ざり遭う闇と金色

羽化

雲の切れ間からは、太陽の暖かな光が細い糸と成って降り注いでいる。その光の糸が包むように、テーブル状の小さな大地が、天空に浮かんでいた。
叡智ある人間には”禁足地”と呼ばれ、立ち入る事は許されないその場所。呪いや災いが封じ込まれているとされているその場所に、ただひとつの生物が横たわっている。白金と金を散らせたような美しい鱗に覆われた、巨大な肉体。やがて息絶えてしまいそうなほど細く呼吸する”それ”は、腹の下にある小さな卵を見た。白と紫が混ざり合うようにうねった模様だ。殻が薄くなっているのか、その内側には中身が影となって投影されている。
肉体が唸りを上げた。逞しい四肢を弱々しく立ち上げ、翼を広げる。その体には幾多も切り刻まれたのかのような、醜い傷が走っていた。血は乾き、その白金を思わせる鱗は薄黒く汚れていた。
その立ち上がったシルエットは、巨大な翼を広げることでより一層大きな威圧感を伴ってこの世界に現れる。強靭な四肢と分厚い胸、一対の特徴的な翼腕からなるその生物は、”災いと呪いをもたらす者”として、人間から危険視されている古龍だった。
シャガル・マガラ――彼の種族としての名前はそうなるのだが、それを彼が知ることはおそらく、永遠にないだろう。

口から溢れるほどの血液が、地面に音を立てて落ちた。同時に、シャガルの足が崩れかける。とっさに地につけた両腕によって、腹の卵を潰すことはなかったものの、その生命が消えかかっているということは、たやすく見て取れた。
洗い呼吸が次第に薄くなり、心臓の鼓動も弱々しくなっていく。何が写っているかもよくわからないであろう、濁った眼で、我が卵を見据える。細く鋭かった目つきが一瞬、やわらいだ。


卵の表面を撫でようとしていたのか。卵に伸びていた前足が地面に落ちる。それから彼の体は、一瞬でさえ動かなかった。

シャガルがその生命を終え、ほどなくして卵に異変が起こった。
左右に激しく動いたかと思うと、せわしなく転がりまわる。ついには岩に激突し、大きな亀裂を入れるのだが、そこから漏れ出す内容物はごく僅かな物だった。
内側からの力により、徐々に亀裂は大きさを増す。亀裂がつながり、小さな穴を開ける。そこから前足のような形をしたものが、ひょっこりと飛び出した。
そうなってしまえばもう早いもので、その前足は、震えながらも器用に卵の殻を破いていく。
全貌が明らかになった。まだ未発達ながらも、体の表面は柔らかい鱗で覆われており、浅い墨色と紫色が纏わりつくような模様を描いている。どうやらシャガル・マガラの幼体のようで、その体つきは小さいながらも、よく似た形をしていた。
おぼつかない足取りで、かつては呼吸をしていた母体へと歩く。しばらく様子を見て、親の愛を感じるように頬をすり寄せた後、卵から孵った幼き命は、その生みの親に牙を突き立てた。

生存本能か。あるいは、その種族はそういう流れを組んで成長していくものなのか。真偽の程は定かではない。なにせ、彼らがどう思っているのか、どう考えて行動するのかは、彼らにしかわからないのだから――いや、下手をすると、彼らにさえわからないのかもしれない。
だが、親の死肉を貪り、その腹を満たした幼竜は、どこか寂しそうに、か細い鳴き声をあげている。


見ることも感じることも無いであろう、何かに飢えているように。

廻り混ざり遭う闇と金色

廻り混ざり遭う闇と金色

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-12-20

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work