メイ

刀野 鞘

ここは人が出入りすることがほとんどない、廃墟の様になってしまった場所。
そんなところにひとつ、小さな事務所がある。
そこは昔どこかの家具を作る会社の事務所だったらしい。
今、その企業は有名になって大きくなったため、東京のどこかに移動したらしい。
そして使われなくなった事務所の名前は看板に落書きをされ見えづらくなっているが、一応こう言う名前らしい。


「メイ」



事務所の場所が場所なだけに、この辺り自体に出入りする人も少ない。
それに…


「物の相談事、なんでも受けます・・・か、何度見ても訳わかんねー内容だよな」
俺の名前は『神崎 享(かんざき きょう)』

俺は近くの私立高校に通っている。
少し特殊な能力と言うか、傍から見ればただの中二病ってやつに見えてしまうような力を持っている。

と言うか数年前、ここの事務所で「物の相談」を受ける仕事をしているあの人に出会うまで、一種の精神病だと言われ続けていて、その事を信じていた。

ビルとビルの間にある細い路地を通って、頼まれたものを手に下げて事務所へと向かう。

夏の日差しに照らされたここはすごく暑い。
額は汗に濡れ、服の中はムシムシとしている。

「さて、今日もどうせ掃除だけだろうな」
そう言いながら享はドアの前に立った。

今はこの事務所でバイトをしていて、ほぼ毎日通っている。
と言っても給料なんて無いに等しい。と言うかこの3ヶ月間もらっていない。

毎日毎日、事務所の中に置いてある物の掃除やら…その他いくつかやっていることはあるが、あまり考えたく無い。
ただそれをやっていると、力仕事、特に引越しの仕事とかが、余裕そうだなと思えてしまう。

「横山さーん、戻りましたよ」
そう言いながら事務所のドアを開けると、中から物凄い匂いが漂って来た。

「うっっわ、なんですかこの匂い?」
そう言うとキッチンで鍋を目の前に置いた男の人がこっちを向いて答えた

「何って、カレーだよ。享も食べるか?」

何事もないように午後3時にカレーを作っているこの人こそ、数年前に俺の能力と言うものを教えてくれた『横山さん』だ。

横山さんは訳あって名前を教えてくれないため、横山さんなのだ。
まぁ名前を知ったところで横山さんという呼び方は変わらないだろう。

「なんでこんな時間にカレーなんて作ってるんですか、ってかこの暑い中カレーなんて食べたくないですよ」
そう言いながら手に持っていた袋をテーブルの上に置いた。
横山さんも自分にもわからないといった感じの表情を浮かべた。

「そんなことを言われてもな、この鍋に言ってくれ。こいつがカレー作りたいって言うからカレーを作ってるんだ。あとそれはそこじゃない、そこにある冷凍庫に入れといてくれ。」

そう言って横に倒れている冷蔵庫の上の段を指差しながら横山さんはカレーを煮込んでいる。


「はぁ、物と会話できるってのも楽じゃないですね」
そう言って享は事務所の中に入り、コーヒーを入れ始めた。

実は横山さんは物と会話ができる。
あまり彼について詳しい過去などは知らないが、小さい頃からこの能力があったらしい。
横山は物と会話ができ、そのため人であふれ返っている上、物もたくさんある場所を避けた結果ここに居る。

俺も横山と同じような理由でこの場所に居る。
横山さんは物と会話ができる、それに対して俺は物の気持ちが分かる

……………………回想……………………

小さい頃、まだ物心着いて間もない頃だった。
俺は親にオモチャを買ってもらった。
床に置いて後ろに引っ張ると走り出す小さな車で、俺はそれを夢中で走らせていた。
親も不思議がるほどに、俺は楽しそうに遊んでいたと後になって聞いたりもした。

そうやって毎日、遊んでいた。そんなある時、小さなその車は、勢いよく走りだし、壁にぶつかってしまったのだ。
その時俺は、痛みと言う感情を感じた。
俺は気がつくとすぐにその車の元へ駆け寄り、無我夢中になって車を撫でていた。

最初それを見た俺の婆ちゃんは、
「優しい子だ。この子はきっと、物を大事にできる良い子に育つよ」
と言っていたそうだ。



それから数年して、婆ちゃんが死んで葬式があった時、
婆ちゃんに折った鶴を一緒に棺に入れて焼こう。そう親が言い、棺に鶴を入れたその時、
たった一羽だけが恐怖の感情を発していた。
俺はその鶴を掴み取り走り出した。何があったのか、と母が走って追いかけて来て、
葬儀場の外で捕まった。

その時俺は言った。
「この鶴を焼いちゃダメ、こんなに怯えてる…」
そう言っている俺を見て、母はこう思ったのだと言う。

「この子はおかしい」
そしてそれが、自分でもその物の気持ちが分かる。という事に、完全に気がついた時だった。

…………………………………………………



「そういや横山さん、またなんか物増えてません??」
事務所の床には古びた時計やら椅子やら自転車やら冷蔵庫やら洗濯機やら…たくさんの物がちらばっている。

「これ…また俺がやるんですよね?」
そう言うと横山は笑顔でグッドのサインをしてきた。
俺の仕事はいたって簡単、横山さんが集めて来たこの『物達』を、この事務所か、または外で、『満足させる』事。
人に捨てられ、瓦礫の山と化したこいつらの中で、まだやりたいことのある物、して欲しいことのある物を持って帰って来る。

いわば物の供養みたいなことをしている。

「あー…物の言葉が分かるのになんで扱いこんなにひどいかなー…冷蔵庫を横に倒して置いてるのとかウチの事務所だけじゃないですか?」
しかし享はこの散らばった物達が何故かうれしそうにしているのを感じた。

「仕方ないだろ、そいつらが『普段ずっと立ってるから人間みたいに横になりたい』って言うから横にしてあるんだよ」
そう言いながら横山さんは出来上がったカレーを食器に入れてテーブルの前に座った。

「代わりの対価は?」
そう、流石に何もしてもらわずに何かをしてやるだけ。と言う訳にはいかない。
やはりこちらも何かをしてもらわなくちゃいけないのだ。
たとえば、こんな簡単な依頼であれば…

「ん?まだ冷凍庫の方は生きてるって言うから、さっき買ってきてもらった『アイスを冷やしてもらう』だ」
そう言ってカレーをかきこむ横山さんの周りの物は皆嬉しそうにしている。
普通に見てると物の扱いの悪い変人だが、享が見ると不思議というか、凄いというか、そんな感じの人、それが横山さんだ。

「そういやカレーって作ってから2日3日してからの方が美味しいですよね」
ふとそんなことを思って口にしてみた。

「そうなのか!?ウチのカレーは次の日見たらいつも腐ってるぞ…え?火を通せって…いや、火を通したらカレーに黒い粒粒が浮かび上がってくるだろ……混ぜ方が悪いぃ?おい木ベラ!お前何言ってるんだ、混ぜ方が悪いなんて事はな…おいお前ら何笑ってんだ!」


こんな横山さんの1人トーク…いや、物との会話はいつもの光景だ。
あと横山さんはこんな風に、料理が下手だ。

「あー、俺がやりますよその辺、明日休みなんで泊まって行きますし」
泊まって行く、そんなのは良くやることだ。横山さんはあまり賛成はしていない。
けど、家に帰ってもしょうがない。親には変なところで入り浸る反抗期の息子、としか目に映っていない。
「またか、泊まるのはいいが家に電話くらいしておくんだぞ」

その言葉に生返事を返して、泊まる用意をしようと2階に上がろうとした時だった。
横山さんが大きなクマのぬいぐるみを背負ってスキップをしだした。
「ちょっ、それも頼まれたことですか?」
横山さんは超ノリノリでスキップしている。まるで10歳くらいの少女のように。

「そうだ、もちろん対価は大きいぞ…あ、すまん」
どうやら依頼に関係ない話をしたことでぬいぐるみに怒られたようだ。
そして横山さんは以来の内容を続けた。

「ふんふふーん、今日の遊びはなにしましょ?くまさん、何にするぅー?」
流石にその声と行動に階段の途中で吹き出してしまった。

今時20後半くらいの見た目した細身の男がくまと会話して遊んでいるなんて、これはもう笑うしかない。
ダメだ、笑い出したら止まらなくなってきた。

「おい!笑うな、これも仕事だ!」
そう横山さんが叫んだ時だった。

チリリーン


事務所のドアが開く音がした。ドアの前には若い男が一人居た。
「えぇっと…あのー…すいませんでした!!」
男はそういうと事務所を飛び出していった。
どうやら横山さんの1人トークを見ていたのだろう。

「あぁっ、久しぶりの人間の客だ、享、捕まえてこい!」
そう言って横山さんは店の入り口を指差す。
「捕まえたらせめて1月分の給料だしてくださいよ!」
そう言って享は男を追いかけて事務所を出て行った。


………………………………………………



「連れて・・・きましたよ・・・・・・あーあっつい」
汗だくになりながら2人は事務所に戻ってきた。
事務所周辺のほど追いかけっこしていたのだ。

「いやーすいませんね、変なところを見せてしまって」
横山さんはそう言ってテーブルにお茶を出し、3人はソファーに、お互い向き合いながら座った。
しかし完全にこの人は引いている。と言うか、また思い出して笑いそうになってしまうレベルだ。
そう思ってニヤけていると、横山さんはそれを思いっきり睨んだ。

「う、すいません…」
そう言っていると男が口を開いた。

「あの、ここに来れば物が壊れたとか、そんなんじゃない難しいことでも解決してくれるって聞いて来たんですが…さっきのは…何かの儀式、ですか?」
また客に変なイメージがついてしまった。
享はそう思っていた。

「あれも依頼です。それもちゃんとした。そしてあなたもご依頼……ですね?」
そう言って横山さんが男を見ると、男は慌てたように答えた。

「そ、そうです。僕は「新谷 浩二(にいたに こうじ)」と言います」

自己紹介をする浩二の言葉は走った後だからなのか、それとも『変なもの』を見たせいなのか少し緊張しているように感じられた。

「私は横山、こっちは助手にあたる神崎享君です」
そう簡単に自己紹介をした所で、ソファーに座り本題に入った。

「えっと、ここに来れば僕の頼みたい事を聞いてくれると聞いたんですが…」
浩二は少し焦った様子でそう言った。

「そうですね、基本的にはなんでもこちらで受け付けています。それじゃあ依頼の内容をお聞きしましょうか。依頼料についてはその話を聞いてからです」

内容をきちんと話す横山さんに少し驚いた後、少し安心したように浩二は持っていた鞄から何かを取り出した。

「クマ…?のぬいぐるみですよね、これ」
そこには何のおかしなところのない小さいクマのぬいぐるみがあった。
しかしそれは見た目だけで、恐ろしいほどに膨れ上がった怒りの気持ちが流れ出た。
そして横山さんの表情が一気に険しくなった。


「あの…このぬいぐるみに最近殺されそうになったんです」
浩二は非常に怖がる様子を見せながらそう言った。

「それは…どんな風に、ですか?」
横山さんはさっきより若干威圧感を出しながらそう聞いた。

「このぬいぐるみを死んだ叔父に貰った日から…もう何度も殺されかけました」
どうやら浩二は自分が小学生の頃、叔父が死ぬ間際に自分にこのクマのぬいぐるみを託したらしい。
更に話の中でも1番驚いたのが、この人形は自分で動くらしい。


そしてこのぬいぐるみはある日突然、浩二を引っ張ったのだという。
それも浩二という人間1人を軽々と引っ張っていけるほどの、ありえないほどの力の強さで。

ぬいぐるみを引き離そうと必死になっていると、そこにその時ニュースで話題になっていた殺人鬼が現れて、自分に刃物を向けてきたのだと言う。
その場を全力で逃げてなんとか助かった時、ぬいぐるみは何もなかったかの様に動かなくなっていたそうだ。
ぬいぐるみは自分を殺すためにわざわざ殺人鬼の居る方へ自分を引っ張ったのだと、そう浩二は言った。

そんな事が何年かに一度起こっていたらしく、時にはトラックが突っ込んできたり、マンションの5階からレンガが落ちてきたり、不良に絡まれ金属バットで殴られそうになったりしたと言う。
それも全てこのぬいぐるみが事件の起こる方向へと自分を引っ張り、自分はそれを必死に引き離そうとして暴れている内に、なんとか助かったのだと。

「何度も供養に出したり、燃やしたり、海におもりをつけて投げたりしたんですが…いつの間にか元通りになって手元に帰ってきてるんです。こんなありえない話信じてもらえないかもしれませんが、駄目元で言わせていただきます。どうにかこのぬいぐるみの存在を消してもらえないでしょうか。」

「ほう、焼いたり、海に投げ捨てた…と。そしてそのぬいぐるみを消して欲しい。ですか…」

横山さんはイライラしている様子で、そう言った。


「あの、何か問題がおありでしょうか…というかそもそも信じてもらえないですよね。やはり出直し…」
そう言おうとするのを享が引き止めた。

「待ってください、その話はちゃんと信じます。まだ何も言ってないんですから、終わるまで座っててください」
そう言う享に本当ですか、と大きな声で浩二は問いかけた。
しかしその問いに答えたのは横山さんだった。


「話は信じましょう。しかし『これ』を消す、となると少々難しいですね。この場合依頼料はかなり高くなりますが大丈夫でしょうか?」

横山さんがそう浩二に言った瞬間だった。
ぬいぐるみからいきなり殺気が一気に爆発したようにあふれ出てきた
目の前が真っ暗になり、ぬいぐるみの邪気で包まれる。
周りの物もその殺気に怯えている。

「うっ、な…横山さん前が真っ暗なんですけど!?」
その暗闇の中から浩二の叫び声が聞こえてくる。
「落ち着け享、メイを連れて来い。暗くてもあいつを置いてる場所は分かるだろう!?」

そう言われて急いで言われる方へ急いだ。
「分かりました、すぐ連れてきます!」

……………………………………………

メイはこの店にある物だ、ただし人々に知られる物ではなく、物としての名前は持っていない。そのため、人に見られる事を避けるために普段は女の子の人形の中に入っている。
詳しいことは横山さんが何も語らないため、俺も詳しいことは知らない。

……………………………………………



隣の部屋のドアを開け、メイを探した。

「メイッ、ちょっと来てくれ、早く!!」
うるさいという感情と面倒だという感情が邪気の中、はっきりと伝わってきた。
「そこまではっきり面倒がるな、仕事しろ!!」
そう言うと足元を何かが通り過ぎていった。

「よし、行ったな…」
そう言ってホッと安心した瞬間だった。

「うわぁあああああああああああああ!!」
浩二の叫び声だった、しかし暗くて何があったのか分からない。
「こいつ、包丁を持ってるッ、誰か、たっ…助けてくれ!!」
間に合わなかったか!
そう思った瞬間、周りが急に明るくなった。

目の前には床で腰を抜かしている浩二の姿、そして包丁を持ったクマのぬいぐるみ、それを押さえ込んだ女の子の人形が居た。

「間に合った…か、言っちゃ駄目なんだが、残念だ」
そう言って浩二を睨み見下ろしているのは横山さんだった。

「ひ…ひぃっ、なんだこいつら、動く人形が増えたのか!?」

浩二はまだ腰を抜かせ、ひどく混乱した様子で震えている。
「さて、新谷さんと言ったか、10分間だけ時間をやる、その間にこの人形と話をつけろ。でないとあんたは…ここで死ぬぞ」
そう横山さんが言うと、浩二は更に驚いた様子で後ずさりした。
「いやだ、ここで死ぬわけには…俺には恋人がいるんだ、こんなやつさっさと消して仲直りす…」
そう言い切ろうとしたところに、顔面への強烈なパンチが入った。
1mくらい浩二は吹っ飛ぶと、そこで気を失ってしまった。


浩二を殴り飛ばした横山さんは、クマのぬいぐるみの方へと向きを変え歩み寄った。
「さて、お前も悲しかっただろう、悔しかっただろう、傷つけてはならない、この男を傷つけてしまって…自分を信じてくれなくなったこの男に絶望しただろう。だから時間をやる。しっかり話をしてこい」

横山さんはそう言うと、指を噛んだ。
指の先から血が少しだけ出たのを浩二の額に付ける。

「あぁ、享も話が分からないといけないな」
そう言って俺の額にも指を押し付けてきた。
すると、何度か聞いたことのある懐かしい声と、悲しみに満ちた少女の声が聞こえてきた。



「どうして、どうして信じてくれないの?」
目の前には今にも涙を流しそうな声を出すクマのぬいぐるみが居た。


「早くしないとあと9分と40秒だぞ」
しかし浩二は気を失っている、急いで目を覚まさせないと…!
享は浩二の元へ駆け寄り、必死に身体を揺すった。

「新谷さん、起きてくださいっ、早くしないと時間がないですよ…!」
すると浩二の目が動いた!
浩二はすぐに何か気がついたようにクマのぬいぐるみの方へ向かった。
そして何を喋れば良いのか分からないようだったが、浩二は口を開いた。

「何故僕を引っ張ったんだ?僕を殺したかったのか??」
その言葉に対してまた邪気が放たれる
「違うッ!!それはお前の自分勝手な解釈だ!!!」
クマのぬいぐるみは怒っている、しかしメイが抑えているため動けない。

「じゃあなんでお前は突然俺を引っ張ったりしたんだ…いや、分かってるさ。お前は俺を殺そうとしたんだ!」

その問いに対して怒ったのはクマのぬいぐるみではなく、メイだった。
「それは貴方の勝手な解釈でしょう?と言うか、本当の理由から目をそらして未だ嘘をつき続けて、貴方にそれだけの事をこの子に言う権利があるのかしら?」

突然熊のぬいぐるみを押さえ込んでいるメイが喋りだした。
それに対して浩二は何も言い返せない様子だった。
「この子は貴方が命の危険にさらされると感づいた時貴方を引っ張った。その命を守るためにね。本当は気づいてるんでしょ?この事に」

命を助けるため…?
一体どう言うことなんだ、浩二は自分を殺すためにクマのぬいぐるみが自分を死の危険のある場所へ引っ張って行こうとした。と言っていた。
それがどう命を救うことにつながるんだ…?

「いやっ…知らない!!そんな事は……」


「本当は怖かっただけでしょ??いきなり動き出して自分を大人並みの力で引っ張る熊のぬいぐるみなんて、世界のどこを探してもないもの」

浩二は何も言わなかった、と言うより、言えなかった。
そして浩二はゆっくりと口を開いて喋り始めた。

「そうだよ、本当は知ってたんだ。こいつは俺の祖父が死ぬ間際に託してくれたんだ、祖父は死ぬときにこう言った、『この子はこの先お前に降りかかる危険から、お前を守ってくれる……大事に持っていなさい』と」

浩二は更に続けた。

「最初こいつに助けてもらった時は本当に「ありがとう」って思った。あれは、俺がこいつを渡された数ヶ月後の事だった」

……………………………………………

「もーいいかーい」
森の中から友達の声がする。
今俺は小学校のクラスの友達とかくれんぼをしている。

「もーいいよー!」
誰かが言った、他の友達も同じように声をあげて隠れたことを伝える。
俺も早く隠れないとな、どこへ隠れよう…
実はここに遊びに来たのは初めてで、普段は森の中は危険だから入るなと親や先生に言われているから来なかったのだ。
しかし、4年生になったみんなは高学年の仲間、もう多少の危険くらいどうにかなるだろうと話が出て、まずここで遊ぼうと言う話になったのだった。

しばらく隠れ場所を探していると、立ち入り禁止と書かれた看板が壊されている洞窟のようなものを見つけた。
木材で天井を支えているあたり、漫画やなんかでよくみる鉱山の入り口みたいだった。
入り口の近くに石や木が積もって物陰になっている場所もあって、隠れるにはもってこいの場所のようだ。

「もーいいよー!」
そう言って、その場所に身を潜めた。
「絶対見つからないぞー」

そう言ってしばらくした時だった。
「みーつけたー!」
誰かが見つかったのだ。
それもすぐ近くのようだ、どうしよう、動いた方がいいかな
そう思ったものの、今動くのは危険だと思って、もうすこし留まっておこう。
そう決心した時だった。

「うわぁああああ揺れてるぞ!」
地面が大きく揺れ出したのだ。

「地震だっ、逃げろぉおおお!」
誰かが叫んだ。
俺も逃げなきゃ…しかし揺れが強くてうまく立ち上がることができない。
やっとの思いで立ち上がった途端、天井を支えている木材が突然、自分の真上に落ちてきた。
叫び声を上げ、咄嗟にしゃがみこんだ。
猛烈な音で自分の声はかき消されてしまい、目の前は落ちてきた木材で塞がれ、すぐ横の石が転がり乗って、完全に塞がれてしまった。

死、祖父が死んだことで知った人の死というもの。
そのたった1文字の言葉が頭の中でいくつも、ぐるぐると回っていた。

そしてそれから1分くらいして揺れは収まった。
周りが静かになり、真上の木がミシミシと音をたてていた。
思いっきり押し上げてみたが、ビクともしない。

「父さん、母さん、ごめんなさい…ごめんなさい…」
泣きながら呟いた。
頭の中に父と母、そして他の家族や友人の顔が浮かんだ。
「俺、死んじゃうんだな…」

そう呟いた時だった。
木材の向こう側から、ガラガラと音がした。
「なんの音だろう…?」
そう呟いている間にもどんどん音が大きくなって行く。
そして、目の前を塞ぐ石が向こうへ飛んで行き、出来た隙間から茶色い何かが見えた。
茶色い何かは木材を両端から掴み、そして木材を投げ飛ばした。
そして目の前に、クマのぬいぐるみが現れた。

……………………………………………

「初めて助けられた時、動いてるこいつを見て、怖いとは思わなかった。祖父の言葉が頭に浮かんだわけじゃない。あの言葉を思い出したのはそのあと家に帰ってからだった」
浩二は目に涙を浮かべながらそう言った。

「むしろ助けられたことに感謝した。木材をどかして、安全なところまで俺を案内すると動かなくなったこいつを、家に持って帰って、家族に無事を伝えた後にさっき行った通り、あの言葉を思い出して、全てを知った。そしてぬいぐるみなのに動くこいつを、恐れることなく受け入れた。もちろん誰にも言わずに、大事にしていたさ」

しかし浩二のその言葉には矛盾がある。
助けられ感謝し、このぬいぐるみが本当に自分を助けるために動いている。更にその事に恐怖を抱かず、受け入れたと言うのなら、どうして嘘を付く必要があったのか。

「なら、どうしてさっきのような嘘をついたんですか?」
享のその問いに、浩二は表情をがらりと変えた。


「またクラスメイトと外で遊んでいた時だ、今度は川で遊んでいた」
そこまで言うと、クマのぬいぐるみが下を向いて言った。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
クマのぬいぐるみはひたすら謝っていた。



「誰かに見られた…か」

誰かに見られた。浩二の持っているクマのぬいぐるみが突然動き出して浩二を助ける瞬間を…そんな異様な光景を見た。
「川に少し深くなっているところがあって、そこで足を取られてそのまま流されたんだ。そこへこいつがやって来て、俺を助けた」

川へ飛び込んだクマのぬいぐるみが、泳いで男を1人引っ張って陸地へ運んだ。
そんな光景を見たクラスメイトはこう言ったのだと言う。



「なんだよあれ、ぬいぐるみが動いてる、気持ち悪い」



「あの日から、ガラリと生活が変わったさ。学校ではノートが破かれて、教科書には死ねとか、呪われた人間は消えろ。とか書かれた。靴の中に画鋲が入れられた。家には石が投げ込まれた。そして何より一番酷かったのが…」



「誰も助けてくれなかった」



自分がその立場なら死にたくなるような重い話だった。
「いくらなんでも…酷すぎる……」

酷い、こんな事あってはならない。そう考えてもこれは実際起こってしまった話だ。

「その時、死のうと思った。家族すらその話を聞いて怯えていて、俺に近づこうともしなかった。もうこんな世界、生きていてもしょうがない。そう思って自分の首に縄を通した」

浩二は涙を堪え、話を続けた。

「でもこいつはその時も俺を救おうとした。いや、むしろまだ地獄を味わえと言わんばかりに、俺の自殺を止めた。何回やってもだ」

その言葉を聞いたクマのぬいぐるみが暴れ出し、メイがまた強く押さえ込んだ。
「違う…違う…!仕方なかった!あの人との約束だから、あなたの命を守るしか無かった!!」
強く、何度も浩二の言葉を否定した。

「契約か、お前がどうして動くようになったのかもそこにあるようだな」
横山さんがそう言いながらクマのぬいぐるみに近ずく。
「メイ、もう離してもいいぞ。どうせそいつはこの男に危害を加えることはできない」

その言葉に享は疑問を抱いた。
「あの、危害を加えられないってどう言う事なんですか?」
享が喋っている間にメイが押さえ込むのをやめた。
するとクマのぬいぐるみは包丁を持ち、また浩二に襲いかかった。

「ひいっ…!?」
浩二は驚いて手を突き出した。しかしクマのぬいぐるみは寸前で止まった。

「これが危害を加えられない、と言うことだ。この男の祖父の言葉、ぬいぐるみのとった今までの行動、そして現状、それと契約。これだけの話が出れば享、君でも分かるだろう」
横山さんはそう言ってぬいぐるみから包丁を取り上げた。

浩二は、祖父がぬいぐるみがお前を守ってくれると言い残した、と言った。そして実際にこのぬいぐるみは浩二の命を助けた。しかし、全てに絶望し死を望んだ末の自殺すらも止め、自らが手にかけることすら出来ない。

「新谷さんのおじいさんは、「何があっても新谷浩二の命を守れ」と、ぬいぐるみと契約した…?」
そう言うと、横山さんは正解だ。と言って頷いた。

しかしそんな漫画や小説みたいな話が実際にあるのか?
そう思ったが、現にクマのぬいぐるみは動いているし、何度も命を助けたと言うのなら、それが事実なのだろう。

つまり浩二とこのクマのぬいぐるみは、お互い恨みあってはいけないと思いながらも恨みあっていたのだ。


「そうだったのか…」
浩二の目から、涙が流れ出した。
「お前の今までの行動は全部、そう言うことだったんだな。気づいてやれなくて、ごめんな。今までたくさん、そんなお前にやってはいけないことを俺はしてしまった。許してくれ…」

浩二のその言葉を聞いた熊のぬいぐるみから邪気が消え、涙を流した。
本当なら流れるはずのない涙を流した。
しかしその涙は、つらいものではなかった。
嬉しさ、そして何かから開放された様な感じがする涙だった
「私も、あなたには迷惑をかけた、本当にごめんなさい…」

クマのぬいぐるみが謝ると、浩二はそれを抱きしめた。
強く、そして優しく。

「でも今回の事で改めてちゃんと知ることができた、お前は僕をずっと守ってくれていた。いや、お前って言うのはもうやめよう」
そう言うと、浩二はクマのぬいぐるみを見つめながらこう言った。

「みか…」
みか、それはクマのぬいぐるみの名前。
浩二が始めて救われた後、当時好きだったクラスの女の子の名前を勝手に拝借したものだ。
あの一件以来、その女の子にも近づかないで。と言われ、呼べなくなってしまった名前。


でも今なら呼んでやることができる。そしてあの時何度も言ったあの言葉を、


「ありがとう」

何に対して出た言葉なのだろうか、自分はさっきまで殺されそうになっていたのに。
昔みかが自分を助けたから、地獄を見たのに。
今はその言葉が口から出てきて、何度でも言いたい。そんな気持ちなんだ。


「私は、あの人に貴方を守ってくれと言われただけだから…でも、嬉しいよ。浩二」
照れながらみかがそう言った。

感謝されるものじゃない、本当なら恨まれるのが当然だ。
だけどその言葉がどうしても心に響いてきて、どうしようもなく嬉しいのだ。


「そろそろ10分だぞ、早く終わらせてくれ…」

横山さんのが早く終わらせろと言う理由も分からなくもない、
確かに感動ではあるがこれは少し恥ずかしい…

「これからはもう、みか、お前を離さない。ずっと一緒に居ような」

その言葉を聞いてみかも
「ずっと一緒、そうだね…ねぇ浩二、最後に1つだけ…良い?」


しかしその時だった、
「時間だ、ちょうど10分」

「え、ホント……ですか?」

10分が経過してしまい、みかの声は聞こえなくなってしまった。
でもみかの濡れた頬を見て、浩二は満足そうな顔をして立ち上がった。



…………………………………………………



「本当に、かまわないんですか?」
そう享が言っている間に、浩二はみかを鞄にしまっていた。

「構いません、流石に2回目以降は1000万なんて、払えるわけないじゃないですか」
浩二は荷物を持って、事務所の出口まで行った所で言った。

「本当にありがとうございました、この子の役目を、そして気持ちをちゃんと知ることができて嬉しかったです…あ、あと彼女がどうこう言った
そう言うと、依頼料を置いて軽く会釈すると事務所を出て行ってしまった。

「行ってやらないのか?」
急に横山さんがそう言った。

「え、どういうことですか??」
「お前は能力の発動が少しだけ遅かったからな、最後の言葉…聞いてたんだろ?」
「確かにそうですけど、それって追加料金の対象にならないんですか??」

そう言うと、横山さんは呆れたように言い放った。
「ならん、はやく言って来い」

そう言われて、享は満面の笑みで事務所を飛び出した。



最後に彼女はこういった。

「ありがとう、浩二に出会えて…本当に良かった」


終わり。

メイ

本作品は第1話のみ、2年前に、私のブログ「鞘浪のぐだぐだブログ」で掲載したものを、リメイク版として書きました。

2話以降は完全に新しいものとなります。

二次創作は特に縛りなく自由です。
ただし「お金」が発生するものに関しては一切を禁止します。
あと一応原作者の名前は「刀野 鞘」で表示しておいてください。


登場人物設定

神崎 享(かんざき きょう)
私立高校に通う。現在高校2年生。
小さい頃から物の喜怒哀楽など、気持ちを読み取ることができる。

横山さん(よこやまさん)
現在29歳、もうすぐアラサー。
物の相談をなんでも受ける事務所、メイを経営している。
下の名前は今のところ出す予定はありません。

メイ
横山さんに拾われた「もの」。
人に見られることを拒み、基本的常に女の子にぬいぐるみの中に入っている。
自分の意思で動くことができる。ただし声を聞けるのは横山さんだけ。
メイに関するお話はまた後日。

新谷 浩二(にいたに こうじ)
建設会社で営業の仕事をしている。
小さい頃祖父にもらったクマのぬいぐるみ「みか」に何度も命を助けられる。
元々は田舎暮らしをしていたが、事件以後中学を出てすぐ家を飛び出し現在に至る。
彼女はいるものの、「みか」の件で喧嘩をしてしまっている。
後日談だがきちんと仲直りしている。

みか
浩二の祖父が契約したクマのぬいぐるみ。
その契約内容は「いかなる場合においても、新谷浩二の命を守れ。また、自身の行動において新谷浩二の命を奪う行為の一切を禁ずる。寿命で新谷浩二の命が失われた場合、この契約を破棄する」である。寿命以外の死に対して絶対的能力を発揮するため、現代医学で治せない病気に対しても完璧な治療を行うことができる。
また、契約に対する対価は謎である。

浩二の祖父
みかと契約した人間。契約した1週間後に他界している。

メイ

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