セレウデリア王国史 4


 セレウデリア王国史 4
 Ⅰ沿海諸国会議
 ⅳ公爵邸にて作戦会議


 「今日の夕方にはガルヴァ北西のリンド港に到着だ」
ドライグはレイファが入ってくるとまず、そう言った。
「順調ですね。……それを言うためではないでしょう?」
「まあな。ちょっとそこに座れ」
レイファが従って椅子に座ると、ドライグはどう切り出したものか迷いつつ王との昨日の対談を伝えた。
「どうだ? 結婚なんてのは」
「ううん、考えた事もありませんでした」
「俺だってそうだ。お前が結婚ねえ……」
「似合わないでしょう?」
「船に乗ってる時と、喋ってる時以外はそうでもないんだがな」
「大抵、ダメじゃないですか」
ドライグは豪快に笑ったが、すぐに真顔に戻った。
「どうも、王はなかなか本気で考えてるらしい」
「あの人は嫌いじゃありませんが、あっちの方こそ、こんなクソ生意気な小娘、願い下げでしょうに」
「……どうだかなあ」
そればかりは何ともいえなかった。レイファの容姿に関しては、飲みに行く先々で自慢しているくらい、ドライグにとって自信のあるものだ。性格にしても、そこらのつまらない娘とは違うと毎日自慢しているし。そして、それは恐らく正当な自慢なのである。唯一の欠点は……。
「親もいないですしね」
「そうだなあ」
ドライグが父親のようなもので、妻のエミイが母親のようなものだが、彼女の血縁者はどこにいるか解らず、もしかしたらもうどこにもいないかもしれない。
「だが、ハザン王がそれを考えてないとも思えない。もしかしたら、向こうに話を持っていくくらいしているのかもしれないぞ。それで、相手次第という返事をもらっているとか」
「いや……」
困ったように髪をくしゃっと掴んだレイファ。果断に富んで、知識も豊富なこの娘はこういう話が苦手だ。政治や経済、国際問題の話よりも色恋沙汰の話の方が苦手というのも珍しい。
「よく考えてみてくださいよ、船長。私に、政治と船を取り仕切る事に関する魅力はあっても、女としての魅力があると思いますか」
あると思うのだが、50代、父親目線からの意見だからしまっておいた。
「まあなあ。政治的補佐役として寄越せというほうが、よっぽど理にかなってるか?」
「でしょう?」
それから……と、レイファはドライグを見た。
「船長は、誰に船を継がせるんです?」
「そりゃ、お前に決まって……ああ、そうか」
ドライグは迂闊にも、今、その問題に気付いた。レイファが国外に出たら、誰に自分の引退後、テロスポリス号を任せられるというのだ。
「っし、王には断っておくぞ」
「そうしてください。何なら、カトール教って事にしても構いませんよ」
半ば笑いながら言うと、ドライグはまた大笑いした。
「今までお前が何人殺したと思ってんだ!」
「敵の数だけ」
レイファはしれっと、美しい顔で答えた。カトール教徒は、不殺生と純潔を固く守る。望まぬ相手と結婚する羽目になった娘がカトール教に入信するというのは割に良くある話である。後者はともかくとして、レイファは恐らくカトールの神殿に入ったと同時に天罰を受けるほど敵を屠っている。

 そして、夕方。コルヴィナ号到着の銅鑼が鳴らされている。集まってきた見物人で賑わう中、堂々たる巨大帆船がリンド港に入った。そこから、両脇をドライグとロルートゥスという全く印象の違う2人のカルカラきっての猛者に挟まれてハザン王がゆったりと下船する。後ろにはガルトファーンが続き、少し間を空けて3人の副船長が現れる。オレンジ色に染まったルミリアを背景に、カルカラ王国の代表者達の姿はまるで一枚の絵のように人々の目に映った。そして、星を読んだヨナも同じようにこの絵を見つめていた。
(カルカラ王国……)
無論、彼は人里で休息する事も忘れて街道をめくらめっぽうに走ってきたので沿海諸国会議が行われる事も、その原因も知らぬ。だが、何かあるとすればここしかないと緊張感を持って……もしかしたらここにミアエル王子が混ざっているのではないかとまで考えて人混みをかき分け、前に出た。
 「……あれは」
だが、ヨナに気付いた者は当然ミアエルではなく、ほんの偶然に目を動かしたレイファであった。彼女の鋭い目は、ヨナがこのガルヴァの人でないこと、身なりからしてガルヴァに住む外国の人でもないことをまず見抜いた。それから、彼の服装はどうやら海のものではない……馬を主に扱う、船を知らぬ陸の民のものだと気付いた。
(まさか、セレウデリアから逃亡を……いや、馬でもない限り、この時間でセレウデリアからここまで来るのは不可能だ。ただの逃亡者が馬を持っているか……?)
「レイファ、どうした」
すぐさま、副船長の異変に気付いたドライグが問いかけると彼女は目で不思議な男の方を示し、自らの分析を述べた。
「どっちにしろ、俺達にゃ関係無えだろう」
「……気になるので、後で接触しても構いませんか?」
ドライグはレイファの好奇心に呆れると同時に、こういうところが気に入っているという面もあるので頷いた。
「取り敢えず、公爵邸に行くのが先決だ。今夜は、何も無いだろうから、その時にどうとでもしな」
「どうも、船長」
 この会話をヨナは、魔法技術の1つ、聴覚を拡張する遠耳の術で掴んでいたから疲れの余り、自分の星読みが狂っていた事はないと確信した。夜更けまで待つ必要があるが、魔法使いというのは考えるだけで1日も2日も簡単に潰せる性質の者達である。ヨナもその例外ではないどころか、特にそれが顕著である為、数時間という待ち時間はヨナにとっては短いといえるものだった。

 「お待ちしておりました」
数人の侍女と執事が一同を出迎え、上着を受け取ったり挨拶を長々丁寧に述べたりと忙しくしながら会議に参加する3名を応接室へ、残りを各部屋へ案内した。
「公爵様。カルカラ王ハザン・ヴォールス様、テロスポリス号船長ドライグ様、副船長レイファ様をお連れしました」
老齢の執事が声を掛けると
「お通ししてくれ」
と、響きの良い声が返ってくる。
「ご無沙汰しております、ハザン王陛下」
立ち上がって待ち構えたライオハルトは、恭しく低頭する。それに対し、ハザンは朗らかな口調で
「なに、あまりかしこまらないでくれ。余所者はこちらなのだしな」
と応じた。
「お久し振りですな、公爵」
ドライグが次に微笑んで頭を下げ、レイファがそれに合わせた。昨日、結婚相手として名前を出され、大いに困った事などおくびにも出さない、まるで外交官のような落ち着きを持ったレイファである。
 そして、ライオハルトの隣にいたのが……
「こちらが、セレウデリア王子殿下、ミアエル様です」
ライオハルトの紹介に礼儀正しい一礼をしたミアエル王子。
「この度は、私の為に沿海諸国をお騒がせする事となって大変申し訳ありません」
「いいえ、これしきの事」
低姿勢の王子が気に入ったようで、微笑みを絶やさぬままハザンは握手を交わした。
 一同は席に着くと、執事が香りの良い香料入りのローレナ水を用意するのも待たず本題に入った。
「沿海諸国らしく、率直にいきましょう。カルカラはこの会議には、どういったお立場で?」
ライオハルトの質問を聞き、少し、ミアエルが緊張したのが解った。絹のように白く滑らかな肌が、僅かに紅潮している。
「我々は、そちらのミアエル王子がご本人そのものである事を信じるし、この度のアルファレーゼによるセレウデリア侵攻に関しては、アルファレーゼに対し厳格な態度で臨むべきと意見がまとまっている」
「それを聞き、安堵しました。我がガルヴァ自由都市も、まったく同様の姿勢で会議に臨むつもりであります。それに私は、この数日、ミアエル様と過ごしているうちに彼を疑うというのは全くの無意味と思うに至りました」
「うむ。それは私にもそんな気がする」
ハザンは大らかに笑った。ミアエルは、少年めいた美しい顔に柔らかい笑みを浮かべた。血筋のために、緊張感ある態度も充分板に付いていたが、この優しい温かい態度が彼の性質と最も調和しているのだろうと誰もが思うほど魅力的な笑みであった。
 「それで、他の参加国ですが」
ライオハルトが少々、表情を厳しくした。
「モルードとヨーフェリアはまず、アルファレーゼの肩を持とうとするはずだと考えるのだが」
ハザンの言葉に、ライオハルトは頷き、ミアエルは表情を僅かに歪めた。
「そしてアルグレッサだが、扱いについては我々に任せてくれないだろうか?」
「何か、手が?」
「寧ろ、正攻法かな」
ハザンは細やかに、昨日のレイファの考えを伝えた。
「セレウデリアにつけば得、と思わせればいいという事ですね。成る程」
「それでしたら、私も」
ミアエルが心持ち身を乗り出したのを、冷静に留まらせたのはレイファだ。
「それは、逆効果となる可能性も」
「……どういう事です?」
先程までじっとしていた上、自分よりも若いと思われる女であったから唯の付き人と思っていたミアエルはかなり驚いたようにレイファをじっと見た。
「モルードとヨーフェリアは、アルファレーゼ側に付く……という事は、頭からあなたの存在を信じない……信じていても、自らの不利益になるだけだから何かと、難癖をつけて否定するでしょう。そこへ、あなたが我らカルカラの者と共にアルグレッサ説得へ向かったと知れれば、連中はますますあなたの存在を認めず、アルファレーゼ侵攻を行いたい我々が用意した偽物であるとすら主張を始めるかもしれない」
「それは、解りました。ですが、私がライオハルト殿やカルカラの皆様とこうして対談の場を得た事は、どちらにせよ伝わるでしょう? 同じ事では」
「ですから、王子様にお願いがあります」
レイファは微笑んだ。
「あなたは、会議に出席したとしても一言も堂々たる発言をなさらないでいただきたい」
「……??」
「復国に燃える王家の跡継ぎではなく、意気消沈して言葉を発する事さえ厭わしい亡国の王子を演じて欲しいのです」
ミアエルは納得したようだ。
「僕は、アルファレーゼを打ち倒すと意気込む元気もないし、それについて考える頭も、そしてそれを助けようとしてくれる味方も知らない……そう見せろと?」
「はい」
ドライグが、そこで頭に手をやりながら止めに入った。
「おいおい、結局なんだ、どういう事だ」
「つまり、会議内容からミアエル王子様に関する事を取り払ってしまうのです。ライオハルト殿も、これまでミアエル王子とはまともに話も出来ず、これっぽっちも意思疎通が出来ていない風を装ってください」
「そうしよう。……君は本当に19歳かな」
「差し出がましい口上、申し訳ありません」
笑みをぶつけ合う2人を見てドライグは、
(何だ、お似合いじゃねえか)
と関係ない事を考えもした。

セレウデリア王国史 4

セレウデリア王国史 4

『セレウデリア王国史 3』の続きです。今のところ、主演は女副船長ですね。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-08

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