140文字制限小説(40作品)
140文字以内小説40作品(1~40まで)。
肌に私を食い込ませるの。(1~40)
1.
思わず目を瞑ってしまい、一秒にも満たない僅かな時間で彼女を見失った。
目の前を歩いていたはずの彼女はどこだろう。
細い背中で揺れる黒髪を探して僕は辺りを見回す。
悲鳴が飛び交う雑踏の中から彼女が僕を見ていた。
酷く悲しそうな顔で、車と車の間に挟まれた僕を見ている。
2.
雨が掻き消す一発の銃声。後ろ向きに倒れた体の音さえ辺りには響かない。
嗚呼、僕を殺すのはあの鉛玉なんかじゃない。それよりも重くて痛い、この雨なんだ。
急速に深度を上げていく血と雨の水溜りに沈みながら、僕は最後の力で泣き叫んだ。
死に逝く己へのせめてもの慰めに、篠突雨に抗おうと。
3.
縦縞が隔てる私と外の世界。
どれだけ美しく飾っても私の中は歪になったまま、少女の馨はもうどこにもない。
番傘がくるりと回る。
雨と視線と欲情と、愛情を払う。
重たいのは雨を吸った着物か、それとも心なのか。
見世物小屋にて私は今日も愉快に股を開き、心の扉を閉めていく。
4.
電子の海に漂う文字列に満足出来ず、僕はインクが染みた薄い世界に触れて漸く安堵する。
コストパフォーマンスは僕を刺激しない。
僕は確かにこの旧式を求めている。
指先が液晶を滑る快適さよりも親指の腹を撫でる喪失感の方が愛おしい。
あの擦れの音が忘れられない。
5.
履き潰して草臥れたお気に入りの靴をゴミ箱に投げ入れた。
紐が弛んでいただとか、どこの布が剥げていたのか、そんな些細な事はもう覚えていない。
電話番号もアドレスも写真も、何もかもを一緒に棄ててクリアする。
君と僕との関係は靴に例えられるくらいどうでもいいものだった。
6.
音楽プレイヤーで選択するのは専ら一曲リピートだ。
彼女を同時に一人しか作れないように、僕はどうにも複数の物を一度に愛するのが苦手らしい。
だから、今日もイヤホンから君を殺した時の音が流れている。
大好きな君の音に鼓膜を叩かれていると、今にも脳が蕩けてしまいそうだ。
7.
後ろに誰かいる。
歩調を強めても振り切れない。
信号機が見え、緑のランプが点滅していたので急いで走り抜けた。
私が向こう側に辿り着く頃には既に赤色になっていて、急ブレーキの音に驚いて後ろを振り向くと男性が車と車の間に押し潰されていた。
赤の他人を殺してしまったらしい。
でも、私は悪くない。
8.
彼はキャリーケースと共に電車を待っていた。
これからの連泊期間を考えると小さすぎるが、一メートル四方のそれは小柄な細雪が持つには少々不釣り合いだった。
中身だって五円玉が六枚だけ。
目を閉じれば、かつて彼だった物の前で泣いている彼の両親の姿が瞼の後ろに浮かんだ。
9.
君は妄想の中でも特にIFを好んだ。
「空想のように、もし」と口癖の様に呟いて私の王子様になろうとする。
でも、本当に飛べないのは私じゃない。
君がどんな未来を望んでも私は君以外の全てを捨てるだろう。
痣だらけの君の傍に寄り添えるのなら、私は飛べないふりをする。
10.
絵文字や顔文字はどうにも好きになれなくて、しかし友達の間ではそれを使うのが当たり前になっているので仕方無く使い始めた。
文字が笑っている。
私は笑っていないのに。
それらの簡易ツールは嘘を吐くには最適だ。
本当に伝えたい言葉は全て未送信メールに溜まっている。
11.
「そうだったっけ、覚えてないや」
彼は酔った勢いで私を殴打しても「悪いのは酒だ」と繰り返すばかり。
私が「そうだね」と返すと漸く満足する。
普段は真面目に働き私を気遣ってくれる彼をさっき寝込みを包丁で刺殺したが、たとえ私が酒豪であっても酒が悪いのは変わらない。
12.
雨が降ると自信満々に話す彼が鬱陶しかったので傘を持ってこなかったが、空模様は快晴から瞬く間に豪雨へ変貌した。
私はばつが悪くなって、彼を置いて雨の中に飛び込んだ。
重たい雨に濡れたのは制服だけではなかったが、追いかけて来てくれた彼の傘の中は何故か暖かかった。
13.
事件の犯人は崖を好むらしいのでなんとなく街の高台にやって来た。
空は明るく近くの公園では幼児が母親と遊んでいる。
朝方殺人事件が起きてまだ犯人が逃走中だと言うのに世間は平和だ。
私が血濡れの包丁を持っていても同じ。
誰が誰を殺しても、彼らは他人事に興味がないのだ。
14.
電車の中でキスをした。
満員電車の人混みに圧迫されて幼馴染みが私に向かって倒れてきたのだ。
「ご、ごめ……」
咄嗟に口許を手で被った彼はそっぽを向く。
だから私は次に電車が揺れた時に彼の手をどけてキスをした。
「嫌じゃない」
そう付け加えると、彼は益々顔を赤くした。
15.
ケーキを作る時に姉が「1+1=1」と言った。
どれだけ材料を混ぜても結局は一つのケーキになるからだ。
しかし包丁で完成品を八等分にしながら「1÷8=1」とも言った。
数学が得意な僕は「違うよ」と言いたかったが、そうすると僕の分のケーキが無くなるので止めておいた。
16.
一人殺すごとに十万円あげる、と彼に言った。
彼は限界まで痩せ細った身体をしていて、金に困っているのは明白だった。
しかし、彼は渡されたナイフで自分の喉を突いて死んでしまった。
一秒足りとも躊躇せずに人を殺したのだ。
だから、約束通り僕は十万円で彼に墓を建ててあげた。
17.
君と僕の世界が今日終わる。
二人の共有世界は二年前から始まり、つい昨日までまさに楽園であった。
何もかもが輝き、何もかもが希望を伴っていた。
しかし、僕との世界に飽きて別の世界に逃げようとした君は今腹に穴を開けて死にかけている。
終末を招いたのは君だから、僕は悪くない。
18.
頭を撫でられるのが嫌いだった。
嘲りか称賛かわからない中途半端な行為で示される優しさが嫌い。
でも世間は無形のそれを良しとしている。
心でしか感じ取れない不確かな物の押し付け合いを至高と言う。
実感出来る感情でないと満足出来ない私には痛いくらいがちょうど良い。
19.
硝子細工を触る様な繊細さで私の肌を撫でる。
花を抱く様な慎重さで私を貫く。
それは彼なりの愛情表現に違いない。
でも、私は皮膚を噛み千切る熱や膜を破る鋭さが欲しい。
だから彼の背中に爪痕を残し、私にもお揃いの傷を付けて欲しいとねだる。
それでも傷は彼にばかり残っていく。
20.
彼女は善意を悟られないよう毎回嘘を考える。
偶々通り掛かったとか、偶然巻き込まれただとか。
偽善者と言われたくない様必死になる彼女だが、その優しさを僕だけが知っている。
「か、和樹が誉めてくれたらそれでいいし」
ギャップに愛らしさを感じられるのは僕だけの特権だ。
21.
どれどけ当人が努力しても最後は運で決まってしまう。
その日の体調だとか問題の種類だとか。
結局は自分にとって都合の良い偶然を手に入れたもの勝ち。
「僕の神様は一体何処をほっつき歩いているんだか」
そんな悪態を吐きながら、僕は平均点に届かなかったテスト用紙を投げ捨てた。
22.
「あ、水橋さんも電車待ちですか?」
事故の影響で人がごった返すホーム内で話し掛けてきたのは紗綾さんだった。
部署が違うので二人の帰宅が揃う事は珍しい。
「よ、良かったらどうぞ」
好きな人を前に慌てた僕は咄嗟に手元のコーヒーを差し出した。
その飲み掛けの缶を、彼女は真っ赤な顔で受け取った。
23.
親の期待に応えたいのは本当だが平均点以下のテスト用紙も本物だ。
どれだけ頑張っても目標に届かないもどかしさに私だって苛立っている。
でも親は怒ってくれなかった。
「高望みなんてしていないわ。ただ普通でいて欲しいの」
そう慰めてくれた親は、きっともう私に期待していない。
24.
卒業まであと半年だった。
朝から夜まで怠惰に生きられる生活が終わりかけている。
けれども僕は今日もネットを適当に漁って、昨日と代わり映えの無い一日を過ごしている。
やりたい事はあっても「まだ」と思って実行しない。
半年後、僕はいくつ後悔を抱いて社会に出るのだろうか。
25.
もし好きな人が危険に晒されていたらどうするか、闇里は考える。
敵を殺すか味方を守るかはたまたその両方か。
しかし闇里にとっては好きな人が生きてさえいればそれで良い。
五体不満足でも植物状態でも構わないのだ。
好きな人を失って心を痛めないための最低ラインはよくわかっている。
26.
私が詰まったその立方体は酷く小さく、手足を折り曲げないと入れない。
箱のサイズに合わせて内部の空気の量も少なく、窮屈さと息苦しさに苛々する。
でも、時々誰かが蓋を開けて私を外へ連れ出してくれる。
大きな手に抱き上げられて、君の傍に立って漸く私は私になれるのだ。
27.
頭の悪い友達がいる。
言動ではなくテストの成績が努力に比例しない人間だ。
「あー、今回も駄目だったわ」
そう笑って誤魔化しても、彼女は親の期待に応えられない事を嘆いてまた泣くのだろう。
しかし、誰にも期待されなくなってもなお努力し続ける彼女には私など一生敵わない。
28.
隣の席の早川さんは嫌われ者だ。
「おはよう橘君。その髪型気持ち悪いわ」
彼女は思った事を素直に口にし、大体の人はそれを面と向かった悪口と捉えるのだ。
しかし、その評価は何時だって正しい。
「寝癖ね」
慌ててトイレに駆け込み鏡を見ると、不自然に跳ねたままセットされていた。
29.
ハンカチを落とした。白黒の格子柄。糸が解れて古くなっても大好きだった。
でも、無くして始めて気付いた。
どうでもいいものだった。
大切にしていたはずなのに無くしても悲しくない。
「別れよう、実月」
彼の言葉に私は笑って頷いた。熱い目頭を拭ってくれる人はもういない。
30.
「貴方は大丈夫です。もっと自信を持って」
同じ言葉を繰り返し、僕は患者を送り出す。
誰も彼もが意気消沈の末に僕を訪ねて、追い縋るのだ。
僕に何が出来るのか。同じ人間なのに。僕だって悩んでいるのに。
「今週のお薬です。容量を守って、よい夢を」
カウンセリングは終わらない。
31.
世間は嘘吐き以外を許容しないから、正直者だった私も順応の末に捻れた答えの量産機と化した。
「別に、嬉しくなんかないし」
好きな人から告白されたのに、溢れたのはゴミ同然の言葉。
違う。違うの。本当は幸せだって言いたいのに。
「でも、嫌じゃないし」
これが私の精一杯だった。
32.
彼女に告白したのは罰ゲームの一環で、嘘だった。「好きです」と空っぽの言葉を投げ付けて、適当に詰られたら終わりのはずだった。
「嬉しくなんかないし」
そっぽを向いた彼女の顔は真っ赤で、消え入るような小さな声で言う。
「でも、嫌じゃないし」
それが嘘だったら良かったのに。
33.
湖の底が見えた。月の綺麗な夜で、水が限りなく透明に近い色をしている。
下へ下へと落ちていく身体は体温を失い、やがて呼吸が止まる。肺の中に溜まった水が重石になった。
「」
死体となって沈んでいく彼女が何を言い残したのかわからない。
彼女を殺した理由もまた、誰も知らない。
34.
摘めない花がある。掴めない花がある。届かない花がある。
それは、崖の上で常に笑っている。
「待ってよ、ねぇ、待って」
僕は必死に後を追おうとするけど、花が見えた瞬間身体が全力で後退する。
君は高嶺の花。触れることの出来ない永遠の花。
僕は今日も君に会いに、首を吊る。
35.
茜色の秋の暮れは徐々に短縮化され、帰路の頭上では橙色に黒が滲み出す。
左手の先で俯く彼女も紅い。
「寒いね」
吐息は既に色付いて、顕現と霧散を繰り返す。
僕は堪らず彼女を抱き締めた。
「何?」
「人間湯たんぽ」
馬鹿にされると思いきや、彼女の両腕は僕の背中を掴んで離さなかった。
36.
嘘吐きの舌を切った。僕を騙した罰だ。鋏でちょきんと一裁ち。溢れる血が涙と混ざって気持ち悪い。
しかし、僕は良い気分だ。この世から悪を消し去って高揚している。息苦しさの中で優越感に浸る。這いつくばった地面でガッツポーズを取る。
鏡の向こうのあいつはもうすぐ死ぬんだ。
37.
ドアが開かない。何度叩いても開かない。押しても引いても横にスライドさせても開かない。
「なんで、なんでなんで!」
後ろには冒涜的な化け物。友達はもういない。皆死んで狂ったから、まともなのは私だけ。
「待って亜樹ちゃ――」
「死ね死ね化け物!」
殺される前に、殺さなきゃ。
38.
化け物を見て無事だった二人が化け物の足止め役になり、彼女を追い掛けた。
化け物を理解してしまった彼女は何を言っても止まってくれないが、逃げ込んだ部屋の更に奥へ続く扉の前で漸く足を止めた。
早く逃げないと皆死んでしまう。
私はなるべく優しい口調で、彼女に歩み寄った。
39.
マフラーの編み目を数えていたら眠くなった。
「よぉ不思議ちゃん」
立ち入り禁止の屋上なのに誰かの声がする。閉じた瞼では何も見えない。
「今日も元気にサボりですか」
瞼の向こう側が陰る。
「襲っちゃうぞー」
右手の鉤針を突き刺せば明るくなるだろう。と、今日も考えるだけだ。
40.
小さい頃、お母さんが物に大きく名前を書くのが嫌いだった。タグいっぱいの文字が嫌い。だから私は名前を書かないようにした。
でも、わかった。名前がないと盗まれても仕方無いって。お母さんは正しかった。
二度と盗まれないようにしっかり刻んでおこう。肌に私を食い込ませるの。
140文字制限小説(40作品)
140文字以内小説40作品。
ジャンルは雑多。起承転結を意識していたりしなかったり。
空いている時間に軽く読めるような短い文章を目指しています。