すきなもの


「好きなものですか?私が人に言える好きなものなんてつまらないものばっかりですよ。柔らかくてきもちいもの、顔がシンプルなぬいぐるみ、新品の冷蔵庫の匂い、表紙がダサい小説、喋り方が可愛い人、物を壊す動画、メロンソーダ、プリクラ、歌詞カード、つやつやのリボン、お惣菜コーナー、綿菓子、うどん、ホットケーキミックス、ふゆ、おもちゃの指輪、歩きにくい靴。変だと思います?よく言われます。
多分もっとあるしこれを嫌いになる日もあるんだよね。
まず一番はじめに私のこの素晴らしく面倒な人格についてお話しておくべきですね。
私は人と接する時や自分ことを形にたとえて見てるんです、この人は正三角形だな、(因みに三角の人は一番満たされていそうな人。角を欲求として考えると平等でバランスが取れているから。)とか。私の場合は十角柱です。中身は何もない、ガラスの角柱の容器みたいなものです。
私には1から10までの(本当はもっとある)顔があります。対する相手に合わせて見せる側面を変えます。この子には2、この子には7、っていう風に。
そうすると大体みんな私を好きになる。当たり前ですよね、その人が今一番言ってほしいことを言えるんだから好かれるのは当たり前なんです。そうやって私はいままでいっぱい側面を増やしてうまくやってきたつもりだったんですが致命的なミスがありました。Aさんには1を、Bさんには9を、Cさんには4を見せなければならないのに同時に4人で会うことになったとき私はどうすればいいのか。案の定キャパオーバーで「なんか変わってるよね」って言われました。それから私は誰かと一対一でしか接することができなくなったし次第に自分で自分を苦しめるようになっていきました。
時々、「本当のあなたを見せて欲しい」とか「裏の顔が見たい」とか言われるけれどそんなのないんです私には。むしろどれが本物の私なのか、何が本音で何が嘘なのかわからないんです。中身が空っぽの人間に本質を要求してもそんなの出てくるわけがないんですよ。空っぽなんだから。
すごく簡潔に掻い摘んでお話しました。わからないですよね、意味わかんないですよね。いいんですよ多分何言ってもなんだこいつメンヘラかよって思われるだけなんで、はい。気に入らないことですか?そんなにないですよ。みんなには私より大事なものとか大事な人とかいて当たり前なんでそれに対しては結構早いうちから諦めてますね。音楽は好きだけどほんとに音楽だけに救ってもらえるかって言ったらそうじゃないんですよね。確かにバンって音が鳴ってそしたら音楽なのかもしれないけど評価されなかったら独りよがりなんですよ。だからやっぱりみんな万人受けな感じに走るのかな、アリもしない奇跡とか運命とか歌って救われた気になってたいのはあの人たち本人かも知れないですよね。私にはわからないけど、優しい気持ちの時とかは私が見せられない優しさとか愛情とか代わりに見せてあげて欲しいし信じれたらいいなって思うんですけどなんにしろここって地獄じゃないですか。だから一歩外に出てキチガイみたいなの見てカップルの喧嘩見て、あの仲良さげに歩いてるの不倫かもなーとか思うと何が愛だよ希望だよてめーらいつまでそんな馬鹿なこと言ってんだよって思っちゃう。一生ってどういうことかわかってんのかオイって。だってみんな、これも大事にしてあーこれも可愛いなこれもいいじゃんこれも特別これも好きこれも愛してるってやってるんだから世話ねーなって感じじゃないですか。みんな一個くらい永遠に手に入らないほしいものを胸の奥の方にひた隠しにして生きて欲しい。絶対誰にも言わずに大事にしてみてほしい。それが一生だよ。私にもあるよ。一生よ。つまんないですよねなんか今日も。どうせ明日もおんなじ感じで終わるかな。」


好きな女の子のラジオを聴いて寝るのが私の最近のくせになっている。彼女の言ってること全部はわからなかったけど、私にはちゃんと私だけの一生があるから誇らしくなった。私には前世の記憶がある。いわゆる転廻転生というようなもので、調べてゆくと、作曲家や戦争に参加した人など前世で特別なことをしていた人は前世の記憶を持っているらしいのだけど私は大して特別な人間ではなかった。
幼い頃は前世の記憶を持っているのが当たり前のことで周りもみんなそうだと思い込んでいたので、家族や友達にも前世の話をした。案の定みんな気味悪がって相手にしてくれなかった。17歳になった今でも鮮明に思い出すことが出来るし、年を重ねるごとに自分がいつの時代にとんな人間として存在していたのかがわかるようになってきた。初めて思い出したのは保育園の時だった。七夕祭りで浴衣を着たとき、すごく懐かしい気持ちになって「これ着たことある!」と先生に言ったのを覚えている。そこからは歴史の教科書やら修学旅行やらでどんどん昔の自分を確かめていくことができた。
今はもう周りに何も言わないし、普通の女の子になってしまったけれど。


私の元には定期的に椿の花が送られてくる。
送ってくるのは京都守護職に就いている夫から。
家を出て行くとき夫は私にこう言った。
「椿、これからの季節、椿の花がきれいに咲くよ。私から椿がお前のもとに届く限り、私は元気でやっているということだからね。」
私の名前も椿、何がなんだかわからないうちに夫は家を出た。
それから10日後、和紙にくるんだ椿が送られてきた。真っ白の椿に真紅の飛沫。ああ、あの人は勝ったんだ、生きているんだ、と私は思った。
私はその、夫の殺した男の血のついた椿を横に置いて眠った。それからも5日置き8日置きに椿は届いた。椿の花がだめになる頃には、帰ってきてくれるかしらと毎日毎日それだけを願った。
夫が留守になってから3月経った頃、夫は死んだ。
同志のものがうちに来て、刀を私の前に置いて話を始めた。
「あのひとはね、本当に椿殿のことを愛していらっしゃったんだよ。女遊びもしないでね、私らが息抜きに行こうって言っても、私はいいってずっとね、椿の垣根のそばで休んでるんだ。椿はいい、紅と桃色は派手で傲慢だけれども白椿はいいって。椿殿は、あの人の白椿だったんだね。」
そう言って染み一つない白椿を私の手に載せた。
私はその白椿の花びらを一枚ずつ剥がして飲み込んだ。時間をかけて、自分のものにした。全て終わって、夫の刀を綺麗に磨いて一番目立つ場所に置いた。その二日後に私のお腹に子供がいることが発覚し、子供を産み、そこからは女手で子供を育てていって54歳で結核になって死んだ。


どうして私は私に生まれ変わったんだろう。
どうして私は前世の記憶を持っているのだろう。
いくら私がここで待ったって、あの人はもう帰ってこないのに。
私はずっと待っている。
もう一度椿を呼ばれるのを待っている。
どこにでもいる女の子、どこにも行けない女の子。

「終わらないでって、たまに無意識に言っちゃうんですよわたし。なんでもいいから終わらないでって。ハッピーエンドでもバッドエンドでもいいから終わらないで欲しかった物っていっぱいあるんですよね。でも終わらなかったらどうすればいいんだろうね?一生解けない問題があるとして、そしたら何人の人間がそれに一生を捧げるんだろう。思い出とか、一生かけてしても忘れられないものとか、後悔とか罰とかもそうなんだけど、絵みたいに残ってくれたらどんなにいいかって思うの。匂いとか声とか自分の感情あの子の感情いろんなものが絡みついて引き上げるのにすごく時間がかかっちゃうし疲れちゃう。引き上げて、そしたら今度どこに持ってけばいいのって思う。記憶とかって一種の病気じゃないかな、持ってるだけで苦しいもんね。でもね、ほんとにそれ手放したいの?二度と苦しめなくなっちゃっても大丈夫?って言われたら私は捨てられない。また最初に戻るけど何も終わらなかったらそもそもそんなのないのにね。」

すきなもの

すきなもの

  • 小説
  • 掌編
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い反社会的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2014-12-16

Copyrighted
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