First Of The Year (equinox)
自己解釈もありますが、どうか長い目で見ていただけると有り難いです。
ある日の昼前時、私はベンチに腰掛け、公園で遊ぶ子供達を眺めていた。
私は子供たちの保護者でもないし、コーヒーを片手に新聞紙を読むサラリーマンでもない。
沢山の少年少女が行き交う中、目の前を一人の少女が走り去った。
そろそろ正体を知りたくなってきた頃だろう、しかしまだお預けだ。
仕事の時間だからな。
テレビ番組で聞いたリズムをハミングしながら、寂れた背の低い摩天楼の間を進む少女が一人。
少女が向かう先は、わからない。
私はただ少女のほのかに感じるチェリーの香りを、彼女の歩調に合わせて追いかけた。
勘違いをしないでくれ、私は子供に発情をしているわけではない。ただ、少女を見張っているのだ。こんな人気のない道を幼気な子供一人に歩かせるのは危ないとは思わないか?少なくとも私はそう思う。
これはれっきとした善意の行動だ。
決して悪意などない。絶対に。神に誓って。
そうこうしている内に、少女は地下に通じる階段に足をかけていた。
子供が一体何の用があるのだろうか。
私は注意しようと、少女と同じ階段を、同じ歩調で降りていく。
振り返ると、昼前の太陽だけが私を影から見ていた。
彼女は遠くからでもわかる真っ赤なダイヤル式電話を手に持ち、どこかに電話を掛けようとしている。
奇妙なくらい静かで、不気味なくらい暗くて、不思議なくらい寒い空間に、革靴の足音が響く。
こんなところで、危ないじゃないか。
私が保護しなければ。
ある液体を染み込ませたガーゼを手に持ち、彼女に近づく。
私が保護しなければ。
彼女は、私が保護しなければ、
保護しなければー
いや
コレクションしなければー
彼女に手を伸ばした刹那、彼女が叫んだ。
「Call 911 Now !!」
途端、私の身体は宙に浮き、アメフトの選手からタックルを食らったかのような衝撃が、身体中を駆け巡った。
一瞬見えた彼女の姿は、何倍にも大きく見えた。
私の身体が地面に落ちると同時に、彼女は人差し指をくるくると回し、私が起き上がると同時にその人差し指をナイフのように突き立てた。
今度は、肩にプロボクサーのストレートを食らったかのような衝撃が、一部分に集中して放たれた。
私は恐怖を抱きつつ、愛おしさも芽生え始めていた。
そして誓った、必ず、コレクションする、と。
しかし、私の身体は彼女に弄ばれ、身動き一つ取れずに、為すがままとなっている。
次第に彼女から出ているケムリは大きくなり、彼女を包み始めていた。
手を伸ばしても届かない、触れられない、温度も感じられない。
あぁ、彼女を近くで見ていたい、感じたい、触りたい。
その一心で手を伸ばしても、跳ね返される。
彼女が「やめろ」と言わんばかりに両手を前に押し出す。
トラックに撥ねられたような衝撃とともに、意識も遠くへ吹っ飛ぶ。
目の前には今まで愛してきた彼女たちがいた。
人形のように美しい彼女たちを見ていると、これまでの嫌な出来事だって消え去ってしまう。
愛おしい彼女たちに手を伸ばす。
しかし、目の前は真っ暗になってしまった。
目が覚めたとき、奇妙なくらい静かで、不気味なくらい暗くて、不思議なくらい寒い空間にいることを思い出し、コートのポケットから真っ黒な携帯電話を手に取り、ダイヤルを震える指で押していく。
耳元に手を伸ばした瞬間、私は叫んだ。
「Call 911 Now !!」
もう遅い。
彼女の方から低い男の声が聞こえたような気がして振り返る。
彼女の背中には、蒸気機関車のように吹き出すケムリが立っていた。
幻覚のようで、現実。
悪夢のようで、現実。
彼女の後ろには鋭い爪を持った黒い身体の怪物が、サーチライトのように光る眼を向けていた。
恐怖の感情を撒き散らし、逃げようとしても、逃げられない。
怪物は私を逃がさない。絶対に。彼女に誓って。
怪物と彼女の手は、影絵のように同じ動きをしている。
例えきれないほどの波動が、魂まで響き、柱に縛りつけられる。
後悔してももう遅い。逃げきれない。
何かが脳みそを撃ち抜き、柱を貫通する。
それでも死なない、死ねない。
ただひたすら苦悩に耐えることしかできない。
それでも、触りたい気持ちを抑えきれず、手を伸ばす。
彼女は、一切表情を変えず、手を捻った。
七五個目の印を柱に刻む。
彼女はままごとをする子供でもないし、ドーナツを片手に漫画を読む子供でもない。
そろそろ正体を知りたくなってきた頃だろう、しかしまだお預けだ。
仕事の時間だからな。
彼女の後ろには、分点に立つ正午の太陽だけが見守っていた。
First Of The Year (equinox)