鳴かない独り

赤林檎

反対側の歩道にいた青年が、酷く驚いた顔をした。
青年、そんな顔をしてくれないで。
まぁ私は、数秒後にふっ飛ぶことになるのだけれど。

泣かない泣かない泣かない

遠くまで延びる線路が恋しかった。
紅く光る信号機が、暗闇の中を迫ってくるヘッドライトが。
かえれるよ、とわたしを誘うから。
手を引くの。
かえることなんて出来ないと。わかって、いても。
大丈夫だよと背中を押された気がして。
ほんの、ほんの少しだけ前に進み出る。
騒がしくなる周囲をおし消して、鼓動を止めようと目を閉じた。
程なくして、待ち焦がれていたクラクションが鳴り響く。
鼓動が速まる。まるで、数分後に止まってしまうのを拒んでいるようだった。
騒音が耳を埋め尽くす。
もし。もしも成功したら、そのときは。
3、2、1ー…

衝撃が身体中を駆け抜ける。
浮遊感が妙に心地よかった。もしかしたら、本当に宙を舞ったのかもしれない。
遠のいていく意識が少しだけ高揚して、ゆっくり最期の息を吸った。
これで、


しばらく静かだった周囲がいきなり騒がしくなった気がした。
確かに息が止まったような感覚がしたのに、再び呼吸をしていることに違和感を覚える。
固く瞑った目をうすく開くと、光が眩しかった。
ざわざわとした人の話し声が聞こえる。
徐々に徐々に、真っ白だった視界に色が戻ってきた。
未だはっきりとしない目を凝らして、あたりを眺める。
行き交う人々、大空を横切る鳥、砂を巻き上げて攫っていく風、
砂?
ふと地面に視線を落とすと、コンクリートだった筈の路は何処にも無かった。
それどころかそうだ、車も
そこまで考えたところで、私はとんでも無い結論にたどり着いてしまった。
行き交う人々の服装に髪型、空が広いと思うわけ、舗装されていない道。
目の前を、何処か懐かしい着物を着た小さな子供が走っていった。
視界の端では売り物だろうか、風車が一斉に回りだす。
吹き抜けていく風が冷たくて。
砂埃が目に痛くて。
通り過ぎて行く人々が、不思議そうな目を私に向けている。

嗚呼、かえってきたのだ、と。
そう思った。
ここに。何故かずっと戻りたかったこのときに。
涙が溢れて止まらなかった。

鳴かない独り

鳴かない独り

異世界を夢見る自殺3秒後の少女のお話

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-13

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