女子高生がRPGの世界で生き残る方法

女子高生がRPGの世界で生き残る方法

柚緒

01 怪しい雑貨屋

 私が一体何をしたというのだろうか。

 目の前にはなんだかヤバそうな色の薬瓶、カエルやトカゲの標本が並んでおり、気味悪い品物のオンパレードだった。
 私は先ほどまで学校で数学の授業を受けていたはず。つまらないから居眠りをして、そして起きたらこんなわけのわからないところにいたのだ。
 確かに学生の本分である勉強を放棄していた私が悪いのだが、この仕打ちはあんまりじゃないだろうか。


「うぇえ…気持ち悪い…夢なら覚めてぇ…!!」
「やっと起きたか、この居眠り娘め。」
「ぎゃ―――――!!!!」


 突然しゃがれた声がしたもんだから、私はびっくりして周りに置いてあった本の山やら薬瓶やらを盛大に散らかしながら後ずさり、最終的に何かに足を引っかけて転んでしまった。
 強打したお尻をさすりながら視線を前にやると、そこにはマントのフードを深々とかぶった鉤鼻のおばあちゃんがいた。フードのせいで表情はよくわからないが、笑っているように見えた。
 私が怪訝そうに様子を窺っていると、彼女はまたしゃがれた声で告げた。


「世界を救え。お前は“救世主”だ。」
「………」
「…………」
「…………あ……あ~~~そっかなるほどね!おばあちゃんきっとお孫さんのゲームの見過ぎね!も~~ゲームは程々にさせなきゃだめだよ~~」


 あやしげなおばあちゃんだけど、私以外に人がいて良かった。物事はポジティブに、前向きに考えるのよ森山春(もりやまはる)
 早いところこのおばあちゃんに道聞いて帰らないと、学校を抜け出したことを親に知られたらと思うとぞっとするよ。うちの親結構厳しいんだから。ほんとなんで私こんな意味わかんないお店にいるんだろう。


「おばあちゃんなどと気安く呼ぶでないわ。わしのことはエイゼルさまとお呼び」
「ねえ、これぜーんぶおばあちゃんの趣味?やめたほうがいいよー、お孫さん遊びに来なくなっちゃう」
「だからわしはエイゼルじゃ。」
「エイゼルおばあちゃんね。私は森山春。」
「だからおばあちゃんと呼ぶな。そしてわしには孫なんぞおらん」


 なんかさっきからこのおばあちゃんと会話かみあってないような……まあお年寄りと話すときにはよくあることだよね。
 私はきょろきょろと辺りを見渡して出口を探し、扉を見つけたので開いた。すると扉の前に誰かいたようで、私はその誰かにぶつかりドンと後ろに突き飛ばされて尻もちをついてしまう。
 ちょっと、さっきからお尻集中砲火なんだけど!なんなのほんとにもう!


「す、すみません……」
「……」
「…わぁ……」


 ぶつかった人を見上げた時、なんかのコスプレですか?と思わず聞いてしまいたくなった。
 私を冷たい目で見下ろしていたのは、まるでゲームの世界の、僧侶さんとか司祭さんが着ていそうな、綺麗な白と黄の長い衣服と頭巾を身にまとった同い年か少し年上ぐらいの男の子だった。


「(お兄ちゃんがやってたゲームの登場人物みたい……)」
「……おい。」
「っうわっあ、はい!!」
「お前が今度の“救世主”か」
「……もしかして、あなたあのおばあちゃんのお孫さんですか?」
「あ゛ぁ?」
「ひぃいごめんなさい!!」


 めっちゃ怖いんだけどこの人ォ!!
 私は涙目になりながら傍にあった柱の影に隠れる。その間にも彼はズカズカと部屋の奥へ進み、おばあちゃんの前まで行って抑揚のない口調で尋ねた。


「おいババア、あのひ弱そうな女がそうなんだな」
「まったく、二人揃って失礼な口じゃ……」
「なら、早く剣を渡せ。今すぐにでも出発する」
「そう急かすでないわ。大体じゃ、あの小娘はまだ状況をちっとも把握しとらん」


 おばあちゃんが溜息混じりにそういえば、男の子はその碧眼でこちらを睨んできた。
 怖い怖い怖い…!!私は涙目になりながら更に柱の影に体を寄せたが、男の子に制服のシャツの襟ぐりをひっつかまれてずるずると引きずり出されてしまった。


「もううう一体なんなの!?私が何をしたっていうの!そりゃ居眠りをしてたのは悪かったけど、こんな悪夢を見せられるほどの罪じゃないよ!」
「小娘よ、よく聞け。此処は、お前がいた世界じゃない。まったく異なる世界じゃ。お前は伝説の剣(でんせつのつるぎ)によって選ばれ、こちらに喚ばれたのじゃ」
「わ、わけわかんないいいったい痛い痛い痛い!」


 いきなり男の子が私の頬をつねってきて、じんじんと痛む頬をさすりながら涼しい顔をしている犯人を睨み上げた。


「何すんの!」
「さっきからぎゃあぎゃあうぜぇ。逃げてねぇでとっとと受け止めろ。」
「う、受け止めろって…言われたって……」
「信じようが信じまいが、どちらにせよお前は魔の根源である魔王を倒さねば――――元の世界には帰れぬ。」


 ひくり、喉の奥が鳴る音がした。
 魔王、救世主、魔の根源。まるでゲームの世界にいるみたい。ああ、誰か嘘だと言って欲しい。夢なら早く覚めて欲しい。
 しかしそんな願いも叶うことはなく、私はこの目つきも口も悪い僧侶と旅に出ることになるのであった。

02 暴力僧侶と初陣

 おばあちゃんの厚意でお店の裏にあるおばあちゃんの家に一晩泊めさせて貰えることになった。
 あの目つきの悪い僧侶みたいなかっこうをした男の子(以下僧侶くんとする)は明日になったらまた来ると言い残してどこかに消えていった。おばあちゃんの話では、山奥の神殿に住んでいるらしい。神殿、だって。ほんとゲームみたい。
 きっと明日になれば夢から覚めてると自分に言い聞かせて眠りについたのだが、翌日の朝、つまり今。


「……まったくそんなことはなかった…」


 相変わらずおばあちゃんの家だし、ドアを開けるとおばあちゃんがにやりと笑んでもうあの小僧が来ておるわとかなりいらない情報を教えてくれた。
 そして赤いマントと『伝説の剣』と呼ばれている、赤い宝石が鍔に埋め込まれ何故か花が生えている少し大振りの剣を渡された。


「え、ダサ……なんで伝説の剣に花とか生えてんの………!?」
「伝説の剣は持ち主を選び、持ち主の心をその姿に映すと言われておる」
「…………」
「お前どんだけ頭の中お花畑なんだよ」
「言わないようにしてたのに!!……って…」
「小僧、いつからそこにおったのじゃ」


 いつの間にか僧侶くんが部屋の中に入ってきていて、眉間に皺を寄せながら私の前まで歩いてくる。


「遅ぇんだよ。こののろま女が……とっとと行くぞ」
「ぎゃあああひっぱんないでえええ」


 僧侶くんに襟ぐりを引っ張られてずるずると引き摺られる。
 おばあちゃんは妖しげにヒヒヒと笑うだけで助けてくれず、やがてその姿も見えなくなった所で手を離され、後頭部を地面に強打する。痛みで半泣きになりつつも、私は僧侶くんを追い掛けた。


「ね…ねぇ!そう言えば名前聞いてなかったよね!そうだ、自己紹介から始めよう!」
「必要ねぇ。そんなことしてる暇があるならとっとと行くぞ」


 くっ……!私の歩み寄る努力を簡単に蹴散らした……!!名前くらい教えてくれたっていいのに!
 しかしながら今の私には頼れる人はこの人しかいない。不満が爆発しそうなのをなんとかこらえて、こちらのペースなどまるで考えずに早歩きで進む僧侶くんの背を見失わぬよう追いかけた。


「どこ行くの?」
「……クエストだ。まずはレベルを上げる」
「くえすと?うわーまたまたゲームっぽい」


 頭上でぴろろん、と可愛らしい音がして、よくゲームであるテロップのようなものが出てきた。そこには『初級クエスト:ベビーベアを倒せ』と書いてある。


「クエスト内容はベビーベア5体の討伐……雑魚中の雑魚だ。剣振り回してるだけで終わる。」
「そ……そうなの?」
「できなかったら相当鈍臭ぇからな」


 またその碧眼にぎろりと睨まれる。ヘマすんなよと言われているようで、身が強張った。やっぱり怖いなぁこの人……。
 クエスト発生位置まで行くと、可愛らしいぬいぐるみのような小さなクマがその辺をうろうろしていた。


「(あ……あれなら私にもできるかも……!)」


 剣をゆっくりと抜く。大振りだけど意外に軽くて、簡単に構えることができた。見た目はダサいけどね!

 しかしその時だった。突然また頭上にテロップが出てきた。さっきの緑色の文字ではなく、赤色の文字で書かれてある。


「エリアボス・キングベア出現……?」
「―――おい、後ろだ!」


 僧侶くんの声がして、後ろを振り返ろうとしたが、ドンと突き飛ばされて尻餅をつく。痛みに顔を歪めながら、視線を上にずらして目を丸くした。
 そこには見上げる程大きなクマの怪物がいて、僧侶くんをその手に握りしめていた。

 きっと私を庇って捕まっちゃったんだ……!


「わああああどうしよううう僧侶くんんん……!!」
「ピーピーうるせぇ!」
「だってぇえ……!最初からこんなでかいのとか聞いてないよおお…!」
「でかくても雑魚は雑魚だ、お前でも倒せる!」


 彼は握りしめられて苦しいのか、いつもより二割増しで眉間に皺を寄せながらそう叫ぶ。
 僧侶くんは、きっと攻撃できないんだろう。お兄ちゃんがやってたゲームでも、『僧侶』という職は回復専門で、攻撃はできない設定になっていた気がする。


「俺はまだお前みてぇなのが『救世主』だなんて、信じられねぇが―――必要なら、どんな傷も病も全部治してやる。だからとっととやれ!」


 ――――彼のその言葉に、何故だかとても安心して体が軽くなった。

 私は意を決して剣を構え、キングベアの腹辺りに突き立てる。するとキングベアは煙のようになって一瞬で消え、自由になった僧侶くんがすたっと隣に軽く着地した。


「えぇえ!?めちゃくちゃ弱い!!すごい覚悟したのに…!」
「だから言ったろうが……雑魚相手にピーピー泣き喚きやがって、情けねぇ」


 呆れたようにそういう僧侶くん。どうやら怪我は無さそうだ。


「ありがとう、庇ってくれて。僧侶くんって本当は優しいんだね!ただの無愛想で乱暴な人だと思ってた!」
「誰が無愛想で乱暴だ」
「痛っ」


 ゴツンと一発頭に拳骨が落ちてきて、立派なたんこぶができた。なんで傷治す人に傷作られてるんだろう私……。
 何はともあれ、僧侶くんは根は悪い人では無さそうだ。

03 この世界のこと

「嫌だあああああ絶っっ対嫌だ!!」
「うるっせぇ……」
「野宿とか、不潔だし、怖いし、痛くて寝れないし、絶対に嫌!」


 熱弁するも目の前の僧侶くんは私を冷めた目で見下ろすだけで全く応じてくれなかった。彼は木に凭れ掛かるようにして座り、その辺にあった木の枝を拾い地面に不思議な図と文字をさらさらと描きだした。それが少し気になって、私も彼の隣に座って覗き込む。


「何してるの?」
「結界を張る。魔物共が寄って来ねぇように」
「まっ……魔物……!?魔物って……昼間のでっかいクマとか……!?」
「この辺はもっとレベルの高いのがいるだろうな」
「ちょっ……そんなのがうろうろしてるところでおちおち寝れないよ!」
「だから結界張ってるんだろうが……」


 バカと話してると疲れると一言ぼやかれた私は頬を膨らまして不満の意を表すが、見事にスルーされた。悪い人ではないとは思うのだけれど、やっぱり態度が粗暴だし言葉遣いが荒いしおまけに目つきも頗る悪い。
 それでも今私が頼れるのは僧侶くんだけなわけで。だからここで喧嘩ばかりしていても仕方がないのだ。ちゃんと、仲良くしなくちゃ。いつ帰れるか、分からないんだし……


「そう言えば、僧侶くんはどうして私と一緒に来てくれるの?」
「……教える気はない」
「これから一緒に旅するんだから、ちょっとぐらい身の上を教えてくれても」
「何度も言わせるな。教える気はない」


 またしてもギロリと睨まれてしまった。何この歩み寄る度に頬ぶっ叩かれてる感…痛い…心が痛い…


「……お前にいくつか言っておくことがある」
「え?」
「その腰に差している剣―――『伝説の剣』は、この世界にいる間、お前の命綱となる。肌身離さず持ってろ」
「えぇ……このダサい剣が……?」
「お前がダサくしてんだろうが。『伝説の剣』に花なんか生やした救世主、前代未聞だぞ」


 ぐっと言葉に詰まる。そうでした。私の心の状態が、この剣に反映されるんでした。つまりこの剣の悪口を言うとブーメランになるんでした。心に深い傷を負った私などお構いなしに、僧侶くんは次々とこの世界の説明をし始める。

 まず、国。この世界には大きな国が三つあり、北のノーゼライ、西のエリーニャ、東のタタランカ―――いずれの国も王政を執っており、王と王女が政権を握っている。かつては南にも国があったが、魔王に滅ぼされて今は魔王の住む魔王城があるらしい。
 ちなみに今いるのは西のエリーニャ王国で、緑豊かで魔物も他の国と比べて少なく、比較的平和な国だそうだ。

 次に、職種。この世界には数多の『冒険家』が存在し、皆それぞれに合った職業を選び、仲間を集めてパーティを組み旅をする。弓使い、僧侶、格闘家、魔導士などなど。そして――――『伝説の剣』に選ばれ、異世界からやって来た『冒険家』を特別に『救世主』と呼ぶ。魔王を倒し、世界を救う神聖な存在。


「そ、そそそそんな御大層なものに私はなれるのでしょうか……!?」
「……千年前、お前と同じように伝説の剣に選ばれ、初代魔王を倒して自分の世界に帰った奴がいる。民衆はそいつのことを『救世主』と呼んで崇めた……本人はただ、自分の世界に帰りたかっただけなのにな……お前も自分が元の世界に帰ることだけを考えていればいい―――誰だって、自分が一番可愛いんだからな」


 そう言う僧侶くんは、少し憂い顔だった。一体どうしたのか聞こうとしたが、すぐにいつものしかめっ面に戻り、私に布団替わりの大きな布を投げつけた。


「へぶっ」
「わかったら寝るぞ」
「えぇ!?……と……年頃の男女が同じところで寝ちゃいけないってお兄ちゃんが言ってた……!」
「誰がお前みたいな貧乳襲うんだよ」
「ひっ……ひん……っ!?」


 くだらねぇこと言ってないで寝ろと一言吐き捨られ、私はむっすりしながら布にくるまり僧侶くんに背を向けて寝転がった。くそおおおおお……!!やっぱり仲良くなんてできないかもしれない……!

04 エルフの少女

 この世界に来てから、一週間と少しが経とうとしていた。
 その間、わかったことがある。実は僧侶くんは見かけによらず、少し…否、とても優しい。
 朝起きたらパンと飲み物を用意してくれているし、レベルをあげるためにクエストを受けるときも私がヘマしてモンスターにやられそうになったら必ず助けてくれるし、怪我をすれば文句をだらだら言いつつも治癒魔法で治してくれる。相変わらず物言いは刺々しいままだけれど、私はもう彼のことが怖いとは思わなくなった。


「―――で?お前はいつになったらベビーベアから卒業できるんだよ。もうそのレベルになったらベビーベアじゃ全然経験値溜まらねぇだろうが。いい加減次の所行くぞ」
「や、やだ!!怖い死んじゃう!!」
「だから死なねぇっつってんだろ!この腰抜け!」


 前言撤回させてくださいこの人やっぱり怖いです。
 銀色の髪の隙間からちらちらと見える眉間の皺がどんどん増え、碧眼が怒りに染まる。そんなこと言われたって、怖いものは怖いんだから仕方ないでしょ!ベビーベアみたいな小さなモンスターでも最初はアッパーくらわされて死ぬとこだったんだよ!?やっと慣れてきたところなのに、また違うモンスターの相手をしろだなんて…そんな殺生な…!!


「お前は『剣の加護』があるから、僧侶の俺がいなくても簡単には死なねぇようになってんだよ。」
「『剣の加護』?」
「平たく言えば、ある程度の攻撃なら伝説の剣がダメージを軽減して護ってくれる。『救世主』の特権みてぇなもんだ。わかったら昼からキッドベア狩りに行くぞ。もうアッパーくらうなよへなちょこ」
「さ、さっきから腰抜けとかへなちょことか……!私にはハルっていう名前があるんだけど!」
「昼飯作るから手伝えのろま」


 そういいながら僧侶くんは森の開けた所でお昼ご飯の用意をし始めた。今日は魚の塩焼きらしい。ちなみに食料は僧侶くんが持ってきたもので、お金も彼が出してくれているし、こういう面でもかなりお世話になっているためにムカつくことを言われてもあまり言い返せないのだ。

 仕方なくご飯の用意を手伝って、焼けた魚を食べていると、僧侶くんが突然すくっと立ち上がった。私は不思議に思って彼を見上げる。


「僧侶くん、どうしたの?」
「……」
「僧侶くん……??」
「……別になんでもない。お前はそこにいろ」


 彼はそう言って森の奥へ消えてしまった。その後ろ姿を、私はむっすりしながら見送る。ほんと、なんにも教えてくれないんだから。

 僧侶くんって何者なんだろう。銀色の髪と碧い瞳は珍しくて目を惹くし、額につけている瞳の色と同じ碧い宝石も少し気になる。そう言えば、伝説の剣にも同じような紅い宝石が鍔のところに埋め込まれてるよね…。

 そんなことを悶々と考えていると、茂みをかき分けて進む音がして、僧侶くんが戻って来た―――のだが、その脇には小さな女の子が抱えられていて、私はびっくりしてその子と僧侶くんを交互に見た。
 女の子は長くて綺麗な金髪をツインテールにしており、その翠色の瞳はとても不満げだ。そして何より耳が尖っている。兎にも角にも、見たことのない人物の登場に私は戸惑いを隠せなかった。


「僧侶くん……その子誰?」
「木の上から俺達を弓で狙っていた」


 僧侶くんがそう言えば女の子はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。私は僧侶くんに抱えられたままの女の子に近づいて、同じ目線になるようにしゃがんで、そしてつい吹きだしてしまった。


「あはは、僧侶くんたら嘘ばっかり!こーんな小さな子が、そんなことする訳なぁっ!?」


 頭を撫でてあげようと手を伸ばしたら、唾を顔面に吐き掛けられた。誰にって、そりゃ、目の前の女の子に。笑顔のまま固まる私。また鼻を鳴らして私を蔑んだ目で見る女の子。そんな私達二人を黙って見おろす僧侶くん。


「人間風情が、気安く触れようとしないでくれる」
「え゛っ」
「私は、あんたみたいなバカっぽくてふわふわした人間、嫌いなのよ。」


 突然美少女に唾を吐きかけられたと思ったらそう言い捨てられて、私は頭が上手くついていかなくなっていた。しかし僧侶くんが女の子を乱暴に地面に投げ捨てたので、ハッと我に返る。


「その人間風情に簡単に捕まったのはどこのどいつだろうな」
「なんですって……!!」
「お前、エルフ族だな。人間嫌いのエルフ様が、こんな人里に近い所で何してる。なんで俺達を弓矢で狙った」


 相も変わらず冷たい口調で女の子に話しかける僧侶くん。エルフ族……じゃあこの子は、人間ではないってこと?


「……あんた達…あいつらの仲間じゃないの」
「あいつら?」
「……私達の…エルフの村を襲った連中よ…!」


 じわりと、女の子の翠色の瞳に涙が滲んだ。

05 クエスト『エルフの村を救え』

 エルフの女の子は泣きじゃくりながら、今までにあったことをぽつりぽつりと話し出した。

 女の子の生まれ故郷『エルフの村』には、『エルフの瞳』というそれはそれは美しい宝玉があるのだそうだ。この『エルフの瞳』は村の宝であり、村を外敵から護る守護結界を張る役割を担っていた。

 守護結界は一度張れば何年か持つのだが、古くなれば崩れてしまう。そのため、崩れる前に結界を張り替えなければならない。丁度今年が結界を張り替える時期だったのだが、彼女はその『エルフの瞳』を、恋人だった男に騙されて村から持ち出し、その男に渡してしまったらしい。

 案の定脆くなった結界は破られて、村はその女の子が騙された男の仲間たちに襲われた。


「……私達エルフ族は昔、人間に奴隷として扱われてひどい目に遭ってきたの……小さい頃から、人間を信じるなと教わって来たわ……でもあの人は、あの人だけは違うんだと思ってた……」


 ぼろぼろと綺麗な翠の瞳から大粒の涙がこぼれる。私は黙ってしゃがみ、その場に座り込んだままの彼女と同じ目線になった。


「宝玉は奪われて、村はぐちゃぐちゃ……全部私のせいだ……!!」
「なんであなたのせいになるの?」
「え……」
「どう考えてもその男が悪いよ!こんな小さな子を騙すなんて、信じらんない」


 私の言葉に放心する女の子に笑いかけて、スカートのポケットに入っていたハンカチで彼女の涙を優しく拭った。こんなに泣いちゃって……かわいいのに瞼が腫れたらどうすんの。どこの誰だか知らないけど、最低すぎる。


「そんな奴、私がぎゃふんと言わせてあげる!ね、僧侶くんもそう思うでしょ?」
「俺に話を振るな。騙される方も悪ぃだろ」
「……僧侶くんって本当に僧侶なの?」
「うるせぇ貧乳」
「だっ…だから、貧乳言わないでよ!」


 ほんとにデリカシーの欠片もないんだから…!私と僧侶くんが言い合っていると、隣からくすくすと小さく笑う声がした。喧嘩をやめて視線を横にずらせば、女の子が口元に手を当てて可愛らしい笑みを漏らしていた。

 ヤバイわ……女の私でも今きゅんと来たわ……


「あんた達、変わった人間ね。でもそんなこと言ってると、これからエルフの村を救う羽目になるけど、いいの?」
「えっ」
「私の名前はエルシア。……準備ができたら此処に来て。村に案内するわ」


 エルシアと名乗った女の子はまた森の中へ戻っていった。今度は私が放心状態になり、僧侶くんが長く重たい溜息をついた。その溜息の意味が分かりかねていると、彼はめんどくさそうに私を見下ろして告げた。


「お前はなんでこう、キングベアの時といい、面倒なもんを寄せて来るんだ」
「え……どういうこと?」
「どうやらさっきのエルフのガキはクエスト『エルフの村を救え』のNPCらしい」
「えぬぴーしー……?」
「『特別クエスト』を発生させる面倒な連中の事だ。あのクエストの推奨レベルは確か35レベル以上……12レベルのお前じゃ死にに行くようなもんだ。無視するぞ」


 僧侶くんはそう言ってキッドベアの生息地へと踵を返した。慌てて立ち上がり、その手を掴んで止める。彼はイラついたようすで振り返り、私をその碧眼で睨みつけた。


「……いい加減にしろ」
「放っておけないよ!」
「キッドベアも怖がってるお前が、特別クエストなんざこなせるわけねぇだろうが」
「それは…そうだけど……!でも、私は一人じゃないよ!」


 僧侶くんの鋭い眼差しに負けずに、私は彼の碧い目をまっすぐに見つめた。


「どんな傷も病も、全部治してくれるんでしょ?僧侶くんがいてくれるなら、きっと大丈夫だよ」


 此処であの子を無視すれば、後できっと後悔する。僧侶くんはまた眉間に皺を寄せて何かを言いたげに口を動かすが、結局何も言わずに前を向いて再び歩き出した。


「そ、僧侶くん!待って……」
「……分かったから喚くな。流石に二人だけじゃ特別クエストは無理だ。パーティメンバーを探しに行く」
「僧侶くん……っ!!」


 なんだかんだいって、最後には私の意見を汲んでくれるのだ。本当に、優しい人。私は目を輝かせながら、彼の背中を追い掛けた。

06 行き倒れの格闘家

「誰も仲間になってくれない……」


 町へ出ていろんな人に話しかけて話しかけて話しかけまくった。が、誰一人として私のパーティに入ってくれる人はいなかった。さっきも綺麗な魔法使いのお姉さんをパーティに誘ったが、やっぱりフラれてしまった。


「お前、そこらの村人Aよりステータス低いからな。仕方ねぇだろ」


 落胆する私に僧侶くんの冷たい一言がさらに追い打ちを掛ける。なんでも私はMPもHPも限りなく低くて、伝説の剣がなければ即死なのだそうだ。それを聞いた途端全身から血の気が引いたのを覚えている。

 だから、誰か私よりレベルが高くて強い人にパーティに入ってもらわないと、あのエルフの女の子を助けられない。


「あああどうしよ」
「また話しかけまくるしかないだろうな」
「私の精神的ダメージが計り知れないんだけど!」
「だったら諦めろ」
「ぜ……絶対やだ!!」


 酷なことを言ってくる僧侶くんを振り切り、私はまた歩き出した。歩き出して―――――道に人が倒れているのを発見した。真っ赤な中華服に似た服を身にまとい、黒い髪の襟足を後ろで三つ編みにしている。地面に突っ伏しているため顔はわからないが、たぶん男の子だ。


「そ…僧侶くん…!人が倒れてるよ!!大丈夫ですか!?」


 私はそう叫びながら慌てて駆け寄り、倒れている彼の肩を揺らした。すると彼はううーんと小さく呻いて、少しだけ上半身を起こし蚊の鳴くような声で言った。


「く……食いもんを……食いもんをくれ……」
「え……?」
「は…腹が減って…死にそう……」


 どうやらお腹がすいて倒れていたようだ。私は取り敢えず僧侶くんの力を借りて男の子を木の側まで運んで凭れさせ、今日町で買った林檎と水を渡して様子を見た。すると彼はものすごい勢いで私からどんどん林檎を引ったくって食べ始めた。


「うめぇ…!三日ぶりの食いもんだ…!!」
「そ、そんなに急いで食べなくても…なんかいっぱい飛んできてるし……」


 食べかすやら唾やらがひゅんひゅんこっちに飛んできて私は苦笑いしながら少し距離を取る。そんなこともお構いなしに、男の子は次から次へと林檎を口に運んだ。やがて腹が少し満ちてきたのか、食べるペースが遅くなったので話しかけてみた。


「私、ハルって言うんだ。あなたは?」
「リュウ。ハルちゃん、林檎ありがとな。ハルちゃんは俺の命の恩人だな!」


 そう言ってリュウくんはニカッと笑んだ。その曇りのない笑顔はとても好感が持てた。年もきっと私と変わらないと思う。つられて笑っていると、隣にいた僧侶くんが静かに告げた。


「……お前、格闘家だな。」
「おう。37レベルの格闘家だ」
「37レベル……っ!?」


 それを聞いて思わず立ち上がってしまった私は、驚いて目を丸くしながらこちらを見上げるリュウくんの手を勢い良く両手で握りしめ、ずいと迫った。


「私のパーティに!!入ってください!!」
「え……お、おう……?」
「本当に!?本当に入ってくれるの!?やったぁー!僧侶くん、ついにパーティメンバー見つかったよ!」


 きらきらと目を輝かせながら僧侶くんを見ると、彼はまた深い溜息をついた。本当に見つけるとは思っていなかったらしい。私はどうだと言わんばかりにドヤ顔を浮かばせてみせるが、完全にスルーされてしまった。


「…リュウとか言ったか。パーティに入ってくれるのはありがたいが、今のパーティの奴らのことはいいのか。そのレベルじゃ、どこかのパーティには入ってんだろ」
「ああ、いいんだよあんな奴ら。」


 リュウくんはさっきの笑顔が嘘のような憂い顔を浮かべ、今まであったことを少し憤り気味に話し出した。


「だってあいつら酷いんだ。俺が腹を空かせて倒れてるってのに、見向きもせずに行っちまったんだぜ!?」
「いや…それただ単に気づいてねぇだけじゃ……」
「えぇ!?最悪だねその人達!!」
「だろ!?だからもういいんだあんな奴ら!!」
「………」


 僧侶くんが何か言いたげな視線を送ってきたが、私はリュウくんの話に夢中でそれどころではなかった。一通り自分を置き去りにした彼らのことを愚痴ったあと、リュウくんはまた笑いながらその赤くて珍しい瞳を細めて告げた。


「ま、暫く世話になるぜ、救世主さま」
「あれ…?なんで私が救世主って……」
「その剣。伝説の剣だろ?他の冒険家も噂してる」


 リュウくんは私の腰に差した剣を指さして明るく言った。確かにこの剣、でかいから目立つ。僧侶くんは腰に手を当てながら、呆れたようすで言った。


「…だから誰もパーティに入ろうとしなかったんだろ。」
「え?なんで?」
「救世主のパーティなんざ、危ないことに巻き込まれるに決まってるからな」
「えええ!?そうなの!?」
「俺はそっちの方が面白くていいけどなー」


 危ないことって具体的に何なの!?と聞きたいのはやまやまだったが、聞いてどうにかなることでもないので私は顔面蒼白になりながら僧侶くんを見つめた。彼はそんな私を一瞥したあと踵を返した。


「無駄話してる暇あんなら特別クエストとっとと行くぞ」
「あ!そうだった!あの子待ってるもんね」
「えーなになに?特別クエスト受けんの!?やった!!俺受けてみたかったんだよなー」


 不愛想だけど優しい僧侶くんに、格闘家の大食らいリュウくん。なかなかに個性的な仲間が集まり始めた。特別クエストをクリアしたらあのエルフの女の子を助けられるし、レベルも跳ね上がるかもしれないし、一石二鳥とはまさにこのことだ。

 もっと強くなって、早く魔王を倒して元の世界に戻らないとね。

07 単細胞の考え

「準備は整ったかしら。……なんか一人増えたわね」

 森へ戻ればエルシアちゃんが既にそこにいて、つい先ほど仲間になったリュウくんを見てぼそりと呟いた。素っ気ない態度だったが、リュウくんは特に気にせずに私に会った時と同じ笑顔を浮かべた。


「おう!格闘家のリュウってんだ。よろしくな」
「……ついてきて。村へ案内するわ」


 エルシアちゃん……は長いから、エルちゃんでいっか。エルちゃんは、リュウくんを一瞥したあとこちらに背を向けて歩き出した。冷たい感じだったのにも関わらず、リュウくんはまた陽気に笑って一つ返事をした後、彼女の背をついていった。私と僧侶くんもその後に続く。

 暫く木々の間を縫うようにして進み、やがて森が開けたところに小さな集落が見えた。しかし、火が放たれており、小屋は燃え崩れて瓦礫の山と化していた。想像以上の悲惨さに、私は呆気にとられて開いた口が塞がらない。


「…ね…ねぇエルちゃん……これ……」
「……心配ないわ。村の者はみな、地下に避難してるから。地下への入口はこっちよ」


 村の側の茂みに入り、エルちゃんが手を地面に置くと地面に人ひとり通れるくらいの大きさの穴が開いた。中は底が見えない程深く、真っ暗だ。


「此処を通れば地下へ行けるわ」
「まずは村人に話を聞いて回った方が良さそうだな」
「え……もしかして此処に入るの……?」


 私は僧侶くんと同じようにして穴を覗き込む。さっきも言ったけど本当に真っ暗だ。風がひゅうひゅうと吹き抜ける音がして、それがまた恐怖を誘った。


「それ以外に地下へ行く方法ねぇんだから仕方ねぇだろ」
「う、嘘でしょ…梯子もないし、底見えないし暗いし怖いし、絶対む」
「はよ行け」


 言い終わる前に僧侶くんに思いっきり背中を蹴られ、そのせいでバランスを崩して穴へ落下してしまった。耳元で風のゴオオオと言う凄まじい音が聞こえて、空がどんどん遠くなる。私は涙目になりながら、外で落ちていく私を涼しい顔で見ているであろう彼に向かって思いっきり叫んだ。


「僧侶くんのバカ―――――ッッッ!!!!」








 たった今、パーティメンバーを穴に蹴り落とすという暴挙に出た僧侶を、他のパーティメンバーであるエルフの娘と格闘家は冷めた目で見ていた。


「女の子を足蹴に……」
「サイッテー……」
「うるせぇ」


 二人の非難に眉間に皺を寄せながら一言言い返し、僧侶は穴の淵に手をかけて後ろを振り返った。


「お前らもあのバカみてぇにもたもたしてねぇで早く来いよ」
「みんなー!植物のお陰で痛くないよー!」
「お前は黙って待ってろ」


 下の方から元気に叫ぶハルの声に冷たく返してから、彼は穴へ飛び降りた。リュウもそれに続こうと穴の淵に手をかける。


「よっしゃ、じゃあ俺達も行くか」
「私は行かないわよ」
「え」


 びっくりして固まるリュウを尻目に、エルシアは静かに続ける。


「……この穴は自動的に塞がるし、周囲に敵の気配はないけど……万が一のために此処で見張ってるわ。それに――――村のみんなに合わせる顔がないの」


 彼女は翠の瞳を伏せて、憂い顔を浮かべた。リュウはそんな横顔を暫く無言で見つめたあと、ゆっくり口を開いた。


「あー……森に来る前にハルちゃんから全部聞いた。あれだろ?惚れた男に唆されて、まんまと村の宝石渡して奪われちまったんだろ?それはダメだわ~それは皆怒るわ~」
「あんたデリカシーって言葉知ってる?」


 眉間に皺を寄せて怒りを含んだ口調でそう言ったエルシアだったが、次の瞬間ひょいと軽く横抱きにされて言葉を失った。


「なっ……!」
「過ぎたことなんか忘れちまえ!それよりもこれからのことだ。今からエルフの村救いに行くんだろ?全部終われば宝玉も村に戻る。そんなちっせーこと、いちいち気にすんなって!」
「……」
「俺なんか故郷の村にいた時、もっとヤバイこと色々して、毎回長老に拳骨食らわされてたからな~!」


 またけらけらと笑うリュウに、エルシアは何も言えなくなってしまった。ただ、笑顔を浮かべる彼が、とても眩しく見えた。

08 エルフの民

 僧侶くんに穴に蹴り落とされた時はどうなることかと思ったけど、無事に後から下に降りてきた他の三人と合流できた。
 穴の奥は仄暗い鍾乳洞のようになっていて、ところどころに咲いた光る花が道を照らしてとても幻想的だった。私は穴へ蹴り落とされたことへの怒りも忘れて、つい見とれてしまう。


「すっごく綺麗だねぇ……これもエルフの人達が作ったの?」
「違うわ。『ドワーフ』が掘った穴を利用してるのよ」
「『ドワーフ?』」


 先頭を歩くエルちゃんの口から出た聞き覚えのない単語に首を傾げながら聞けば、彼女は少しこちらを向いて呆れたように言った。


「そんなことも知らないの?あんた、本当に冒険家なの?」
「あー…うん、一応そうみたいなんだけど……」
「なんだよエル、気づいてなかったのか?ハルちゃんは『救世主』さまだぜ。異世界から来たんだ、しらねーのも無理ないだろ」
「『救世主』……?あんたが、あの……?」


 エルちゃんは少し驚いていたが、私の腰に差している剣を見てからなるほどね、と呟いた。やっぱり私みたいなのが『救世主』だなんて、みんな信じらんないんだろうなぁ……ほんとなんで私が選ばれちゃったんだろう……


「……『ドワーフ』はそこかしこに穴を掘るのが趣味な、根暗な奴らのことよ。私達の森の下にまで穴を掘り進めて、そのせいで地面が薄くなって、時々地面が抜けて穴に落ちる子もいるのよ。本当に傍迷惑な連中だわ」
「へぇ~……そういう種族もいるんだね」
「まぁ、そいつらの掘った穴のお陰で地下に避難所を作ることができたんだけど」


 どんどん先へ先へと進んで行く。いくら光る花のお陰で明るいとはいえ、やっぱり奥の奥の方は暗くて良く見えない。こんなところでモンスターに出くわしたりしたらどうしようと思ったが、僧侶くんもエルちゃんもリュウくんもいるし、きっと大丈夫だろう。


「………」


 今まで会話に入ってこなかった僧侶くんが、いきなり立ち止まる。どうかしたのか聞こうとしたが、すぐ耳元でぱぁんという衝撃音が弾ける。私はびっくりして思わず悲鳴をあげながら耳を塞いでしゃがみ込んでしまった。

 恐る恐る目を開けてみれば、周りには無数の矢が落ちており、僧侶くんの結界が私達の周りを囲んでいた。恐らく僧侶くんがこの矢から私達を結界で守ってくれたんだろう。これが全部当たっていたらと思うと、背筋が凍った。


「一体、どこから……こんなにたくさんの矢……」
「……随分手荒な歓迎だな――――エルフの民」


 僧侶くんが抑揚のない口調で奥の方に向かって言えば、ぞろぞろと大勢の耳の尖った人達が出てきた。その翠の瞳は怒りに満ちており、それぞれの手には弓矢や槍が握られていた。


「人間どもめ、何しにきた!!」
「みな!此処から先一歩たりとも侵入を許すな!!」


 彼らはものすごい剣幕でまくしたて、矢先や槍の先をこちらへ向ける。先頭にいたエルちゃんは彼らの前に進み出て、必死に叫んだ。


「ま、待って、リズ、ルーカス!みんな……!この人間達は…」
「黙れ裏切り者!」
「どの面下げて帰って来たのよ!」


 仲間たちからの心無いその言葉が相当きいたようで、エルちゃんは拳を握りしめて俯き、押し黙ってしまう。
 
 エルちゃんが一番村を救いたいと強く願って、頑張ってるのに。いくらなんでもその言い方は酷過ぎるんじゃないの?私がむっとしていると、リュウくんがエルちゃんの隣まで歩いて、彼女の頭にぽんと手を置いた。


「お前らなー、まだそんなこと言ってんのかぁ?やっちまったもんはしゃーねぇだろ」
「黙れ人間!貴様に何が分かる!!」
「事の重大さを知らぬ人間め!!」
「ほんとうるせーのなー」


 耳をほじくりながらくだらなさそうにそういうリュウくんを、エルちゃんは呆然としながら見上げた。一方エルフの村の人達は、結界のせいで弓矢はもう使えないと踏んだのか、リュウくんと頬のつねり合いの喧嘩をし始める。


「んだコラ!やんのか!!」
「大体、人間のくせに生意気だお前!!」
「やれー!やっちまえリズー!!」


 リュウくんとリズと呼ばれたエルフ族の女の子が頬をつねり合い、その周りで他のエルフ族の人達が野次を飛ばす。なんだか収集つかなくなってきたんだけど……


「――――これ、若い衆。やめぬか、みっともない」


 その時、突然洞窟の奥の方から落ち着いた女性の声がした。その声を聞いて、エルフの人達は騒ぐのをぴたりとやめた。

 花の光に照らされて、その人物の顔が明らかになる。
 エルフの特徴である尖った耳、白い肌、エルちゃんと同じ腰まである長くて綺麗な金髪、翠の瞳。頬には不思議な紋章がある。特徴からしてエルフ族だけれど、他のエルフ族とは纏う雰囲気が違っていた。


「村長……!」
「え…村長?この人が、エルフの村の…!?」

09 世界は狭い

 村人達に村長と呼ばれた綺麗な女性は、私達の前にゆっくり歩み寄ってきて恭しく頭を下げた。私が慌てて顔を上げるように促せば、彼女はその綺麗な翠の瞳に私達を映し、口を開いた。


「うちの若い衆がとんだ粗相を働いたな。だが見ての通り、元々忌み嫌っていた人間達に、更に己や己の友や家族を傷つけられ、頭に血が昇るのも仕方のないことなのだ。お許し願いたい」
「い、いえ…!私達こそ、いきなりこんな大人数で押しかけてごめんなさい」
「………エルシアよ、そこにいるのだろう。隠れる必要はあるまい」


 村長の視線が私から後ろへと移り、私も振り返ってみればいつの間にかリュウくんの背に隠れているエルちゃんがいた。名前を呼ばれて驚いたのか、目を丸くして額には汗が滲んでいる。


「お前のことももう咎めぬ」
「……おばあさま……」
「お、おばあさまぁ!?」


 エルちゃんの口からこぼれたその単語に、私とリュウくんは思わず叫んでしまった。
 
 え、おばあさまって……ぜんぜんこの人おばあさまって年に見えませんけど!?どれだけ頑張っても20代後半くらいにしか見えませんけど!!やっぱりエルフは人間とは年の取り方が違ってたりするのかな……


「(それにしても、エルちゃんは村長さんのお孫さんだったのか…じゃあ必死になるのも無理ないな…)」
「おばあさま……しかし、宝玉は……私のせいで……」
「何も孫だから許すのではない。我々は先程、人間に助けられた。」


 村長さんはエルフの村人たちをぐるりと見渡し、威厳のある凛とした声で続けた。


「エルフの戦士たるもの、受けた恩は決して忘れるな。良いな」
「……はい……」
「申し訳ございませんでした…」
「あの…人間に助けられたって……?」


 私がそう聞けば、村長さんは静かに話し始めてくれた。

 村長さんの話では、村が襲われた際にたまたま冒険家のパーティが村の付近に滞在しており、村の人達が逃げる隙を作るために襲ってきた連中と一戦交えたらしい。お陰で村の人達は、怪我はしたものの全員生きて地下へ逃げ延びることができたのだそうだ。


「彼らがいなければ、今頃どうなっていたことか……」
「……今、そのパーティはどこにいるんだ」
「交戦時に深手を負って、現在うちの者が手当を施している。」
「……そいつらに会ってみるか。敵の情報を何か掴んでるかもしれねぇ」


 僧侶くんがそう言えば、村長はじっと見定めるように僧侶くんを見つめたあと、前を向いて歩き出した。


「……良かろう。ついてきなさい」
「し、しかし村長……!」
「この人間達からは彼らと同じにおいがする。連れて行っても問題ないだろう」
「そ…村長がそうおっしゃるのであれば……」


 村長について更に洞窟の奥へと進めば、大きく開けたところに出た。そこには布がたくさん敷かれており、その上に傷ついた人々が横たわり、うめき声をあげたり苦しそうに泣いているエルフの人達がいた。


「酷い……」
「まるで地獄絵図だなおい……」


 目の前の惨状に私とリュウくんがそれぞれ呟いていると、村長は布の合間を縫うようにして進んだ。それに私達もついていく。


「彼らはこちらで休んでいる。……残念ながら、まだ意識は取り戻していないようだ」
「な…っ…マグナ!?ユギトにペペル……!!」


 リュウくんが名前を叫びながら、横たわる彼らの元へ駆け寄った。私達も慌ててついていき、その横にしゃがむ。僧侶くんが目を丸くしたままのリュウくんに尋ねた。


「知り合いなのか」
「あぁ……前いたパーティの奴らだ。そういや酒場で次はエルフの村に行くとか言ってたような言ってなかったような……?」
「なんでそんなに曖昧なんだよ」
「俺あん時食うのに必死で話聞いてなかったからな!」
「お前協調性無さすぎだろ」


 それをあんたが言うか……!!

 とものすごく突っ込みたかったが、それよりもこのようすじゃ目を覚ますには暫くかかりそうだし、敵の情報を集めるのは他のエルフの人達に聞くしか……でもみんな怪我してて、それどころでは無さそうだ。


「エルフの戦士も……大勢……やられてる…奴らは…只者じゃない…エルシア……気を、つけて……」
「リズ!」


 先程リュウくんと頬のつねり合いをしていたエルフの女の子がふらりとよろけ、エルちゃんの方へ倒れる。彼女も腕や背中、至る所に火傷の痕や切り傷が残っている。エルちゃんは彼女を受け止めて抱きしめながら、ついに大粒の涙をこぼして泣き出してしまった。


「ごめんなさい……ごめんみんな……ごめんなさい……っ」


 震える声で狂ったようにずっと謝っているエルちゃんになんて声をかけたらいいのか分からなくておろおろしていると、僧侶くんが立ち上がってゴキ、と腕を鳴らした。


「ピーピー泣くなガキ」


 エルちゃんは泣くのをやめて、僧侶くんを見上げた。僧侶くんも彼女を見つめて、腕を回しながらいつもの冷たい口調で告げた。


「全員纏めて―――――俺が治してやる。」

10 翡翠の覚悟

 ――――私は今、絶望している。
 何故かというと、僧侶くんが一緒に宝玉を奪い返しに行ってくれないからである。


「僧侶くんがいるから特別クエストも大丈夫だと思ってたのに…ここまで来てそれはないよ…!」
「甘えんじゃねぇ」
「いだっ」


 頭を容赦なく叩かれて涙目になっていると、僧侶くんは呆れたようすで腰に手を当てて、ため息交じりに言った。


「仕方ねぇだろ。此処にいる全員を治すには少しばかり時間がかかる。全員を治してより多くの戦力で迎え討つのも一つの手だが……それまでに敵がまた来るかもしれねぇ」
「でも……敵の人達は、宝玉手に入れたのになんでまたエルフの村を襲う必要があるの?」


 既に宝玉『エルフの瞳』は奪われて、敵にはもうエルフの村を襲う理由なんてないはずなのに。首をひねっていると、私と僧侶くんの会話を黙って聞いていた村長さんが徐に口を開いた。


「宝玉『エルフの瞳』には、土台がある。翠色の宝玉本体と―――――此処にある金色の土台。二つ合わせて『エルフの瞳』なのだ。宝玉は奪われたが、我々はこの土台だけは死守した……恐らくこれを狙ってまた敵は襲って来るだろう」
「なるほど……」
「来るって分かってんなら、待ち伏せして奇襲した方が勝率は上がる。だからとっとと行って来い」
「やっぱり僧侶くん来てくれないのぉ…!?」


 僧侶くんの服の裾を強く掴んで必死に訴えるが、べりっと引き剥がされた上に「しつけぇ」とまで吐き捨てられてしまった。鬼だ!この人間違っても聖職者じゃないよ!鬼だよ!鬼!


「前にも言っただろうが。俺がいなくてもお前には『伝説の剣』があり、『剣の加護』がある。何かありゃ剣がなんとかしてくれんだろ。たぶん」
「たぶん!?たぶんって何!?ちょっと僧侶くんなんで今目反らしたの」
「心配すんなよ、ハルちゃん」


 右肩を軽く叩かれて後ろを振り向けば、会った時と変わらない笑顔のリュウくんがいた。彼は自分を親指で差しながら、今度はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「俺も行くんだからな!」
「リュウくん……!」
「あいつらの仇、取ってやんねーと!」


 此処に救世主がいるよ…!!
 どっかの誰かさんとは違うその屈託のない笑みに感動していると、ふと後ろから声がした。


「……ハル。私も連れて行きなさい」


 エルちゃんは神妙な面持ちでこちらへ歩み寄ってきて、背に負った弓矢を握りしめながら、凛とした声で告げた。


「自分でしたことは自分で落とし前をつけるわ」
「……でも……」


 それって、好きだった人と戦うことになっちゃうよ……?

 例え今は敵で憎くても、一時でも本気で好きだったなら、その想いは簡単には消えてくれないよ。対峙すれば辛いに決まってる。エルちゃんが来てくれるのは心強いけど、私は彼女にこれ以上傷ついて欲しくなかった。

 言い淀む私を見かねてか、エルちゃんはその翠の瞳に私を映し、真っ直ぐに見据えて告げる。


「……言いたいことは分かるわ。でも残念ながら、此処で黙って涙を飲んでいられる程私は大人しくないの」
「…エルちゃん……。……分かった。ついてきてくれる?」
「ええ」


 エルちゃんは小さく微笑んでみせた。私も笑みを返してから、僧侶くんを振り返る。


「僧侶くん、村の人達とリュウくんのパーティの人達をお願い」
「……こっちの心配はすんな。お前らは自分のことだけ心配してろ。もし怪我しても、いくらでも治してやる」


 ああ、まただ。

 ぶっきらぼうで素っ気ない言い方だったけど、その一言だけで何故か安心できてしまう。僧侶くんがいれば、こちらまで攻め込まれてしまってもきっと大丈夫だ。でもそうならないように、私達がしっかり奴らを倒して宝玉を奪い返して来なきゃ。


「地上に出て待ち伏せしましょう」
「おう!」
「じゃあ僧侶くん、エルフの村のみなさん、行ってくるね!」


 私が笑い掛ければ、エルフの村の人達は少し目を丸くして驚いたあと、深々とお辞儀をしてくれた。出会い方はあんまり良くなかったけれど、彼らもきっと悪い人達ではない。自分の家族や友達を守るのに必死だっただけだ。種族は違えど、私達と何も変わらない。


「……エルフの人達、人間のこと嫌いみたいだけど、このクエストに成功すれば少しは仲直りできるかな?」
「……あんた達人間にこんな大事なこと任せた時点で、信頼は得てるんじゃないの」
「ってことは…!エルちゃんも私達のこと、信じてくれてるの…!?」
「うっ……わ、悪い!?大体そんなことはクエストを無事に終わらせてから話しなさいよ!ほら、さっさと行くわよ!」


 エルちゃんは顔を真っ赤にしながら洞窟を歩き出す。私とリュウくんはそんな彼女の背を見て素直じゃないねと顔を見合わせて笑った。

女子高生がRPGの世界で生き残る方法

女子高生がRPGの世界で生き残る方法

平平凡凡な、どこにでもいる女子高生 森山 春(もりやま はる)は、授業中に居眠りをしていたところ、目を覚ますと見知らぬ雑貨店にいた。異様な雰囲気が漂うその店の店主である老婆に、「お前はこの世界の“救世主”だ。魔王を倒し世界を救わねば、元の世界には戻れない」と告げられ、わけのわからないままお供の粗暴な僧侶と旅に出ることになる。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-13

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 01 怪しい雑貨屋
  2. 02 暴力僧侶と初陣
  3. 03 この世界のこと
  4. 04 エルフの少女
  5. 05 クエスト『エルフの村を救え』
  6. 06 行き倒れの格闘家
  7. 07 単細胞の考え
  8. 08 エルフの民
  9. 09 世界は狭い
  10. 10 翡翠の覚悟