キノコ狩り(4)
四 小人の来訪
ある日のことだった。外は、暴風雨が吹き荒れ、ときたま、窓ガラスから稲妻が光るのが見えた。台風が来ているようであった。「今日は、客も来ないだろう。早めに、店を閉めよう。夕方には、取材を受けなきゃならんからな」
「そうですね。店を早く閉めましょう」
店主と従業員、いや、今は、社長と副社長の声が聞え、店の電気は消され、鍵が閉められた。俺たち、キノコ人間たちは、ただ黙って、嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。
そんな時、トントントン、トントントン、と誰かがドアを叩く音がする。小さな音なので、他のキノコ人間たちには聞こえなかったのか、もう眠りに着いてしまったのか、誰も反応しない。でも、ドアに一番近い俺には幽かだが聞えた。
「誰もいないのか。助けてくれ」確かに聞こえた。それも、人間の声だ。最近、この公園でも、猿や猪、アライグマが出現するそうだ。俺は、一瞬そう思ったが、違っていた。
「仕方がない。黙って入ろう」泥棒か。この商売が繁盛しているのを聞いて、盗みに入ろうとしているのかもしれない。だが、抜け目容赦ないオーナーは、この店を警察や郵便配達人の立寄り所にしたり、警備会社と契約して、二十四時間の警備を行っている。一日の売り上げ金は、必ず、金融機関が収集に来ているのでこの店に一文の金もない。唯一の財産と言えば、金が成る木ではなく、キノコが生える俺たちだ。まさか、俺たちを盗む泥棒なのか。
だが、俺の目の前に現れたのは、目の下に現れた人間だった。そう、俺よりもはるかに小さな人間。小人だった。小人と言っても、赤ちゃんや幼児じゃない。白い髭を生やし、頭には赤い頭巾をかぶり、木こりの服装だった。以前、どこかで見たことがある。そうだ。白雪姫に登場する七人の小人の小人だ。童話が現実になったのか。いや、俺がキノコ人間になるぐらいだ。現実が童話になったのだ。
「おい、わしをそんなに見下げるな」小人が下から俺を見上げながら叫んだ。俺は、相手を見下したり、見下げているわけではなかった。ただ単に、俺の方が数倍、いや、数十倍、物理的に身長が高いだけだ。そして、俺は、それを望んでいるわけではなかった。
俺は、相手の目の高さに少しでも合わせようと、しゃがみこんだ。
「よし、これなら対等だ」小人は胸を張って答える。それでも、俺の目の高さの方が数倍高い。
「それで、頼みがあるんじゃ」小人は急に下から物を言いはじめた。
「俺に何か」
「あんたの体のキノコを一つ分けて欲しいんじゃ」
それなら、そうと早く言え。最初は強気に出て、こちらが下手に出ると、自分の願いを押しとおそうとする。よくあるパターンだ。
「腹が減っているんですか」
「いくら腹が減っても、人間の体から生えているキノコなんか喰えるわけがないだろう。気持ち悪い」
俺は腹が立った。いくら、何でもそれは言い過ぎだろう。だが、小人相手に喧嘩をしても仕方がない。
「そりゃ、そうですね。でも、この店には人間のキノコを目当てに、多くの人が訪れていますよ」
「そりゃあ、真実を知らないからだ。真実が見えないからだ」
「ああ、そうですか」
俺は、反発しながらも、この小人のじいさんともう少し話そうとした
「それじゃあ、何に使うんですか」
「傘じゃ、傘」
「傘ですか?」
「あんたはこの建物の中にいるからわからんだろうが、今、外は大雨じゃ。花の蜜や木の実など、喰い物を探しに森に出掛けていたら、急に雨に降られてな。それで、困って、雨宿りを兼ねて、この建物に入ったら、全身キノコだらけ、わしから言えば、全身天然の傘を身につけているあんたたちがいたわけだ。そんなに、キノコ、いや傘を持っているんだから、一個くらい、貸してくれてもいいだろう。もちろん、くれとは言わない。ちゃんと、お礼をつけて、返しに来るよ」
俺は、心の底から、困っている小人を助けたいと思った。ついでに、俺もこの状況から助けて欲しかった。だが、それを口に出すと壊れてしまいそうで、唾を飲み込み、別の言葉を発した。
「じゃあ、これをあげるよ」
俺は、頭の上に生えている一本を取ると、小人のじいさんに渡した。
「サ、サ、サンキュー」
小人は、どもりながらサを三回繰り返し、お礼を言うと、俺のキノコの柄を肩に掛け、くるっと一回転した。
「どう?」
どうもこうも、クソもない。いや、いかん、クソは下品だ。小人は、まるで、ファッションモデルのようだ。だが、俺のキノコで、相手が気分をよくしているわけだ。俺も気分が悪いわけがない。
「いいよ。似会っているよ」
「そう。そりゃあ、ありがとう」
小人のじいさんは、キノコ傘をくるくる回しながら、扉の方に消えていった。あいつ、一体、どこからこの建物に入って来たのだろう。まあ、いいか。俺は眠りについた。
キノコ狩り(4)