思いの中に

森エイト

1

『ごめん、こんなやつで』
短い間の話だった。少し雨の日が増え、暑くなり出す6月。LINEを稲山春に送った。一応数分前まで彼女だった女の子に。結局自分に余裕がなかった。好きという気持ちがあったのかすらもわからない。庭で素振りをしながらあの子のことを考えていた。後悔はなかった、ただそのときは。

『とりあえず彼女ほしいよなー』自転車に乗りながらそんなことを話していた。
『そら、高校生やで。1人くらいできなあかん。野球見に来てくれたら最高やなぁー。』そんな妄想を広げるのは沢木雅人。中学からの仲良し、というか親友という表現が相応しいのかもしれない。
『俺らもてるかなー?』
『いや、鏡で顔見てみろよ』お気に入りのフレーズで笑う。何も面白くはないが、俺らのルーティンだ。どこにでもいる普通の男子。ピカピカの高校一年生鳥谷和人は、リア充を夢みるどこにでもいる男の子。サワに至ってもそうだ。
希望を胸に抱えて、始まる高校生活。どうせ野球しかしないんだよ。
和人はそう思いながら、大好きな野球部に入る決意を固めていた。もちろんサワと共に。

親の都合で中学校を転向。友達が誰もいない中、野球したい気持ちだけは持っていた。
『沢木、鳥谷を野球部に入れてやってくれ。入部希望者や』
担任のその人ことから俺らは始まった。
『んじゃいこ』
あまり社交的じゃないタイプだなと思った。自分もそうなんだけど。
『ポジションどこなん?』話してみなければわからないし、友達の当てもないのでとりあえず話してみよう。
『外野やで。今外野かよって思ったやろ。考え甘いわ』ため息をつくように話すサワ。
外野のポジションは下手な奴が行くイメージなのかな、俺はそんなこと思ったことはない。
『いや、俺もやから!センター、俺センターめっちゃ好きやねん。大和、岡田に松本。それから最強は赤星!いやー、赤星はすごいよなー。あの足の…』
『お前わかるやつやな』また呆れるように声を出す。素っ気ないんではない。こういうやつなのか。
『なんて呼ばれてるん?サワって呼んでいい?てか呼ぶな!サワ、キャッチボールしてな!』
『俺のことは無視かよ』呆れてる呆れてる。
こうして半ば無理やり仲良くなった二人。それからは何をするにしても2人だった。たぶん気が合うのに時間なんて関係ないんだと思った。
お互いの憧れの選手は赤星憲広、史上最強のスピードスター。なんていったってあのスピード、守備範囲、盗塁。全てにおいて魅了された。タオルもリストバンドもバッティンググローブも全て赤星。打順は1番か2番しか好きではなかった。それくらい好きで好きで仕方なかった。
俺が1番センターでサワが2番レフト。あいつの方がうまいのにここぞでミスをするサワ。だから常に1番センターは俺だった。まああいつがわざとしたのかもしれない、そのくらい人を優先するバカだった。

「鳥谷のこと好きらしいで」
《うぉーーーー。マジかーーー!俺にもリア充きたぞきたぞ!》
まさかの間接的告白。舞い上がった気持ちは抑えきれない。すぐにサワへLINE。なんでもサワへ報告するのが和人の毎日だ。和人の全てを知ってるのはサワだけなのかもしれない。
「俺のこと稲山は好きなん?なんで?」とりあえずクラスメイトの安田秋に返信した。こんなこと起こるはず無い。とりあえずこういうしかない。
『知らんよそんなん。でもそうみたいやからがんばれ。手伝ったるから!』安田はそう言ってくれた。
《まさか稲山が俺のことを…》
そんなことしか頭になかった。
携帯がなった。相手はサワ。
「どういうこと?それネタちゃうんか?笑」全く信じてない内容が返ってきた。自分にもよくわからないのにサワにも言えるはずはない。
「知らんよ!でもやばいよ!テンション!」すごいうざいテンションをサワになだめられ寝ることにしたがにやけが止まらない。
《明日どんな顔して挨拶したらええんかな。でもにやけたらあかんよな。でも笑顔でいかなあかんよな。てか俺のこと好きやもんな。》
寝るに寝れない1日であった。

2

『いそげ、カズ!練習遅れたらまた怒られるぞ!』サワが必死に叫んでいる。一年生のトレーニングは早く行った奴らからスタートする。と言うことは遅れれば遅れるほど自主練する時間が減る。てことはキャッチボールができない!
『だっておれら悪ないやん。掃除は掃除やん』練習したいが気は乗らない。
『うるさい、教室行って教室で着替えて行くぞ!』サワは真面目ちゃんなんやから。
1年生は体育の時に使う更衣室で普段は着替えている。というか部活前は部室か更衣室で着替えることを義務付けられている。しかし今日は時間がない。なんせ掃除していたのだから!
サワが勢い良くドアを開け、2人して入った。その中に女子が2人、話していたようだった。
『ごめん、ここで着替えていい!?』すごい高いテンションで話す俺に笑顔で稲山春は
『ふふっ、そんなに慌てなくてもいいんちゃう?』やばい、この子こんな笑顔するのか。
『だって練習遅れるもん!俺野球大好きやから』その笑顔につられたようにこっちも笑顔で返す。
『めっちゃいい笑顔やなー。なんかすっごい楽しそう』天使のような笑顔が俺に向けられる。
『だってすごい楽しいから!試合出るようになったら稲山見にきてな!』
《うわ、ミスったー。ばれた絶対ばれた。俺が好きなんばれた。初対面やのに名前読んだって。うわー。》
『カズくんめっちゃ楽しそう。絶対見に行くね』サワが同じクラスということを心から喜んだ。まさか名前を呼んでくれるとは!みんな俺のことカズとか呼んでくれていたから覚えててくれたんやな、
『カズ、お楽しみ中悪いけど練習行くぞ』着替えてを見ているサワ。
『うわ!やってもた!サワ待ってな、待つんやで!』
『お前うるさい。わかったから』また呆れた声。
『稲山は部活は入ってるん?』サワは稲山に聞いた。
『オーケストラ部やで。バイオリン弾いてるねん』
《いや、可愛すぎるやろ、稲山さん》
『ええなー、見てみたいわ。稲山弾いてるところ』もやもやした。サワはこいつのこと好きなんかな。
『カズ早くせえ!遅いぞ!』いやおまえのせいや。
『よし、行くぞ!稲山、また明日な!』
『うん、またねカズくん』もう天使か。

ドタドタドタ。階段を降りる。
『カズ、お前稲山のこと好きやろ』唐突に言い出すサワ。
『まてまてまて!なんでそうなる!確かに稲山はかわいいよ、てかどストライクや!でも好きってのはまた別やろ!』必死で身振り手振りで否定した。
『了解』てかこいつには敵わへんな。ばれてしまった。てか自分でも今気づいた。
『はい、好きです好きです。ずっとみてました!』
『よろしい。お前わかりやすすぎるから。てか小柄で可愛くて、笑顔がいい。お前のどストライクやもんな』やはり見透かされたように言われてしまった。
『俺も気づいてなかったんやて!やっぱそうかー。俺はなー。』にやけながら話す俺をサワは諭すようにして
『練習するぞ、バカタレ』
『よし、やるぞ!走れ走れ!』こうして一目惚れから春のことを好きになっていた。


教室から出て行った2人を眺めて、春は笑顔が残ったままだった。ずっととなりで居た松野玲奈は
『あの2人元気やなー。特に鳥谷。あいつアホやで、たぶん。』大人っぽい言い方で話す玲奈は長い黒髪を整えながら話す。
『でもよくない?楽しそうやし』クスッと笑いながら話していると
『春ってああいうのがいいの?鳥谷みたいなバカっぽいやつ』ズバッと玲奈は切り込んできた。こういうこと言えるから玲奈はすごい。
『ちょ、ちょ、ちよっとまって!そんなこと言うてないよ!玲奈ちゃん早とちりしすぎやから!』てかバレてる。玲奈ちゃん本当すぐ見抜くからなー。
『春見てたらわかるよ。まあ悪いやつじゃなさそうやけど。てか悪いやつならこの私が許さないけどね』笑いながら指を鳴らす玲奈。さすが柔道部の一年生エース。そのくせすらっとして可愛い。でも怖すぎる。
昔から玲奈は寄り付く男子から守ってくれた。
『春はかわいいの自覚しなよ。寄り付く虫が多いんだから。まあどんだけきても私が認めない限り付き合わせないけど』
肩くらいの髪にうっすら茶色味がかかった春の髪が風に揺れる。
『玲奈ちゃんは心配しすぎだよ。みんないい人なんやから』
『その考えがあかんねん!だから春はほっとけないんだよ』お母さんのように守ってくれる玲奈のことを私は好きだ。ぶっきらぼうのくせに人一倍優しい。
『玲奈ちゃん優しいね』春は笑ってそう言った。
『春は私が守らないとね、あのバカどもから』
『バカ扱いしちゃあかんよ、玲奈ちゃん!』
そんな風に放課後は過ぎて行った。普通の日が当たり前のように過ぎる。この日があの人との初めての接点だった。


『てかお前も稲山のこと見てたやろ!あかんぞ俺が好きになったんやから!』カズはまたうるさく叫んでいる。まあ人がいないことを見過ごしてからだからいいものの。
『わかったから。協力はするから。だからとりあえずトレーニングするぞ』俺は常にカズの後ろだ。前に出るつもりもない。何故だかわからないけどカズのことは応援したくなるし、バカにされたら自分よりもむかつく。初めて会った時からこいつとは仲良くやれる気がしていた。実際そうなっているんだけど。
『稲山って好きな子とかいるのかなー。あんなかわいいからいるよな。俺なんてダメなんだよなー、サワやっぱ俺無理やー。』すぐこうなる。誰よりも優しく誰よりも人のことを考えられるのに何故こんなにこいつは自信がないのかと思う。いくらでもこいつのこと好きになるやつはいるはずなのに、こいつは損してる。まあそこがかわいいとこなんだが。
『うるさいって。お前がそうなったらいけるもんも無理になるわ。気持ち持っとけ』
『だってさー。稲山かわいいやん!俺なんて無理や!』またこいつはうじうじ。
『じゃあ諦めちまえ。お前なんていけるはずねえよ!』これくらい言わんとわからんやつやからな。
『サワー。ひどいー。慰めてよー。』こいつのメンタルはほんと豆腐。
『はいはい、まだ始まったばっかや。ゆっくりがんばって行こうな』
『がんばるがんばる!サワと同じ高校でよかった!サワ大好きやぞ』
たまに気持ち悪いことも言うけどそれがこいつってことで気にはならない。こいつといすぎてるってことやな。

3

『アイシングしとけよ』俺がいつものように練習後に言う言葉。
『はいはい、やりますよ。やらさせていただきます。』これが練習後恒例の会話。
カズは怪我持ちだ。小学校の時から投げ過ぎが影響しているらしい。中学の時もずっとかばいながら過ごしていることを知っている。
『バッテリーか俺らは』こういつも思う。バッテリーなら心配するけど、外野手同士なのに何故か俺が心配してるこの関係。こいつはセーブしてやらないと壊れるから。
『ある意味そんなもんやん。俺のことよーーーく知ってるんやから』めっちゃ笑ってるやん。自然とこっちまで笑ってまうやん。

『おかえり!ご飯できてるから。』家に入ると元気な声が飛んできた。
『お腹減り過ぎやってー。今日のご飯なに?』お母さんにまず聞くこと。それは晩御飯。部活帰りの子どもなんてそれが先でしょ。
『先ただいまって言いなさい。今日は唐揚げやからさっさとお風呂入ってしまい』元気な声でそう返される。唐揚げ唐揚げ頭の中は唐揚げ。あいさつなんて忘れてる。
『もう汗かき過ぎや。お茶だけちょうだい』喉もからから。
『はいはい、これ飲んでくっさい匂い落としてきな』コップを渡しながらキツイこと言うお母さん。
とりあえずお風呂に入るしか。

右腕の肘の関節の近くの内側。ここがいつも痛む。今だってそう。サワはもしかして見抜いてるんかな、俺が痛がってるのを。ばれないようにしてるのに無駄やん。
小学校のとき、エースで4番でキャプテン。そのチームの中心。俺がやらないと、俺がこのチームを守らないと。そう思い続けて小学校は生きてきた。そんないい球も、バッティングも良くはない。俺の武器はこの足だけだった。でもチーム状況がそれを許さなかった。弱小チームで矢面に立つのはもちろん俺。嫌な思いをさせたくなかった。勝てない、学校でバカにされるこれの繰り返しで、グラウンドでも家でもよく泣いた。昔から泣き虫は治らない。それを力に替えようとはその時に考えていたかは自分でもわからない。でも練習せずには居られない。
知らない間に肘が悲鳴をあげていた。これがここまで自分を苦しめるとは思わなかった。
お風呂でマッサージが日課。でたらとりあえず冷やすか、こんなこと考えながらお風呂をでた。


『もうめっちゃ眠いってー。こんなん授業聞けるわけないやん。タカー。』カズに抱きつかれて必死に抱えるのはすらっとした、というかひょろひょろの菊池貴也。
『はいはい、しっかり起きて行くでー。』
朝練を終えて教室に向かうとき毎回言うことだ。
『とかいいつつ、カズはいつもねてるやん。そういうことは起きてから言え』180cmはある巨体から低い声で話しかけるのはクラスメイトの松井直人。中学の時府大会ベストフォーの中心選手で言わずもがな野球が上手い。
『いや、そんなん朝の4時半に起きて6時集合から8時まで練習って俺らはなにしてんの?』
『そんなん野球に決まってるやろ』直人が返す。
『まだ野球してない!筋トレと球拾いやん!』カズの愚痴がまた始まる。
『はいはい、とりあえず教室いくぞ』サワはそういって2人を抑えた。

こんな話をしながら1年8組の教室に着く。4人野球部がかたまった。
8時半ぎりぎり。まだそんなに仲良くないクラスに坊主4人が入ると空気が変わる。各々席に着くと後ろから安田秋が声をかけてきた。
『朝練かー。よくやるなー』短い髪にメガネをかけた安田が話しかけてくる。どかっと座って、
『もう眠い眠い眠い。これから7限も受けられへんて』そんなん眠たいもん。でかい声が響いて、ちょっと申し訳ない。
『うるさいって朝から。そら練習してきたから元気やろけど』笑いながらそう返す安田。
席が前後ってことで野球部以外で最初に話すようになったクラスメイトだ。
『秋ちゃんー、次音楽やから音楽室いこー』有村真理が安田に話しかけている。有村はこのクラス1番かわいいって野球部ではもっぱらの評判。確かにかわいい。
『トリーおはよう!朝から眠そうやな』俺にも話しかけてきた有村が笑ってる。かわいい。
『おはよう、じゃなくてマジで俺のあだ名ってトリーなん?』とりあえずこのあだ名のことを聞き返す。
『そらもうトリーやろ、トリーって響きがいいやん。トリーやでトリー。』安田がうるさい。とりあえず無視、目も合わせない。
『トリーってかわいいやん。ぴったりやと思うねんけどなー』くそっ、そんなん認めるしかないやん。
『カズじゃあかんのかな?俺ずっとそうやったんやけど』一応食い下がってみよう。
『あかん!!』なぜ声が揃う。
『もう諦めてなトリー。じゃあがんばろうねー』有村がクスッと笑ってそう言った。もういいや笑。
2人が行ったあと、残るのは野球部のみ。やはり友達は中々できていないよう。
『カズはいいよなー、また女の子と話してるやん。なんで1人で話してんの?俺らって仲間じゃないん?』タカが必要に絡んでくる。
『待て、落ち着いて。それはたまたま安田が話しできるようなってたまたま有村が声かけてきただけやから』慌ててタカに弁明する。てか弁明って謝るときに使うんかな。俺悪いことしてない!
『だって有村かわいいやん!ずるいずるい!』
『今度な、今度はなそうな』もう、タカはアホや。

思いの中に

思いの中に

高校野球の普通の日常の中にある大切なもの

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-13

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