世も末

鈴木大佐

まったくもって世も末だ。

俺は忙しい。とにかく忙しい。昼時のコンビニで一人でレジ打ちしてるくらい忙しい。レジには長蛇の列。客はみんな思う。隣のレジが空いている。誰かやれよ、と。
ところがレジ打ちは俺しかいない。いや、いなくなったのだ。
この間、琳嘩と言う中国人の女がファミレスのトイレで殺された。同じ日、銀吾郎と言う銀行屋の家でイワンと言う外国人が殺された。二人とも、俺と同じ手配師だった。もちろんヤバい方の。
それで残った俺のところに仕事が回されていると言うわけだ。
二人が殺されて俺はめちゃくちゃ驚いた。
二人はプロ中のプロだったから。
俺は二人と違う。忙しくなったのは別に俺の腕がいいわけじゃない。それは俺自身が認めてる。単純に、他にいないからだ。さしあたって。
二人を殺した犯人はアンドウと言う殺し屋だ。アンドウはイワンの横で死体で発見された。ついでに言うと銀吾郎も毒殺されていた。アンドウの犯行だと言う決め手はファミレスの防犯カメラに琳嘩と席を同じにしていた事、そしてイワンの場合は状況からして相討ちの可能性が高いから、と言う事だった。
なんで俺がこんなに詳しいかと言えば、俺の雇い主、いや元請けが警察官だからだ。
殺しを取り締まる側の人間が殺しを請け負っている。
まったくもって世も末だ。
「なに偉そうな事言ってんだ。探すのがお前の仕事だろ?できませんじゃ済まねえんだよ。誰が食わせてやってると思ってんだ」
元請けのキザキが電話口でがなりたてる。まるでヤクザだ。コイツが警察官なんてまったくもって世も末だ。
「無茶言わんで下さいよ。髪の長いスラッとした女なんてどこにでもいますよ。他に特徴ないんすか?」
「なんでもいいんだよ。髪が長くてスラッとしてりゃ。あとはこっちでやるからよ。どっかでさらって来いよ」
バカな事言ってんじゃねえよ、このイノシシ。俺はヤクザ顔負けのキザキを曖昧に濁してタバコに火をつけた。
俺はヤバい仕事の手配師だけど、元請けが警察官であるという特徴から、こうしてちょくちょく容疑者探しをさせられる。
もちろんサービスで。そのくせキザキは俺が探した犯人を、ちゃっかり自分の手柄にしている。
今回は空き巣だ。被害にあった家は警察署長の娘夫婦。娘婿はあろう事かそのスジでは有名なガンマニアでそのコレクションを根こそぎかっさわれた。当然本物。キザキはもちろん、署内全体が蜂の巣を突っついたような騒ぎになった。犯人をあげれば自分の点数があがる目論見のキザキは俄然やる気なのだ。
巻き込まれたこっちはいい迷惑だ。
「とにかく何かねえのか?お前じゃなくてもいいんだよ。ツテはねえのかツテは」
ほらきた。キザキは焦っている。相当上からハッパをかけられているのだ。俺はゆっくりタバコを吸って悩んでいるふりをした。
「俺が上に行きゃお前にだってうまみがあるだろうが。報酬ははずむ。何かねえのか」
この辺りが落としどころと踏んだ俺は名の知れた情報屋を教えてやった。もちろん情報屋には事前に話を通してある。
イノシシでも警察官のキザキがへそを曲げると後々面倒だ。俺に罪をかぶせるくらい平気でやる男なのだ。
キザキは礼もそこそこに電話をきった。
その情報屋はかなりしたたかでキザキは振り回されるだろうが、知った事ではない。


俺は手配師だけどプロの殺し屋に頼むなんて事、滅多にない。
行き詰まったヤツを見つけて行き詰まったヤツを殺させる。で、キザキがソイツを捕まえる。
俺もキザキも殺すヤツも殺されるヤツも大根役者の三文芝居を演じているわけだ。
世も末だ。
だけどプロの二人が死んで、そのお鉢が俺に回ってきた。俺の能力以上を求められる。先の見えない筋書きのないドラマ。主人公は俺。全然嬉しくない。
自分で探せと言いたくなるがそれはできない。不文律というヤツだ。
そういう慣習は決してなくならない。賄賂と同じように。
だからハードでヘビーだ。キザキが言ったように、できませんでは済まない世界なのだ。でないと俺が消されてしまう。俺はノルマを課せられた営業マンのように、あちこち電話をしまくっている。
駆け引き、取り引き、せめぎ合い。
これじゃサラリーマンの方がまだマシだ。
その内耳とケータイがくっつくんじゃないかと本気で思う。
次々かかってくる仕事の電話。半分がキザキでもう半分が殺しの手配。まったくどうなってんだよ。
また電話だ。何?CIAの職員なんて向こうのヤツにやらせろよ。ここはコールセンターじゃねえんだぞ。


ようやく一人殺し屋を捕まえた。名はクラタ。殺し屋一本でやってるヤツなんてメダカよりも希少だから俺としては上出来だ。それで何とか仕事を受けさせた。相手はどこぞの愛人。依頼人は金持ちのボンボン。面倒くさくなったので何とかしてくれ、と言う事らしい。『何とか』に『殺す』が当てはまるかは知らない。それを気にしてたらこの商売はやってられない。
俺に頼んだ向こうが悪いのだ。
画像の愛人は長い黒髪のスレンダーな女性だった。美人の部類だ。
それを見たから殺し屋は仕事を引き受けたのだ。楽な仕事で実入りがいい。俺がやってもいいくらいだ。
愛人の顛末は想像に容易いが、仕事を渡した俺にはやはり、知ったこっちゃないのだ。
翌朝電話で起こされた。最近の俺は遅寝早起きだ。眠らないのは東京だけにして欲しい。
渋々電話に出るとキザキに教えた情報屋のミヤハラだった。イヤな予感がした。
「よう。最近じゃ街中にもイノシシが出るって言ってたけどありゃホントだったんだな」
キザキの事だ。チッ。あのバカ。アポなしで行きやがったのか。面倒な事しやがって。
「おはようっす。どうしたんすか?こんな朝早く」
俺はとりあえずとぼけた。
「ああ?お前が言ってたお巡りだよ。何だよありゃ。何の連絡もなしにいきなり来やがって。イノシシだからスジの通し方も知らねえってのか?あ?」
やっぱり。功を焦ったキザキはイノシシの如く突進したのだ。ちゃんと前を見ろと言いたい。
「すいません。まさか直接会いに行くとは思わなくて。申し訳なかったです」
俺はとりあえず平謝りした。ミヤハラにヘソを曲げられたらキザキ以上に厄介だ。情報は俺達にとって重要なアイテムのひとつだから。
それに誰だって突然警察官が訪ねてくればいい気分はしない。俺達の商売ならなおさらだ。
「まったくよお。いい気分で女と飲んでたのにあんなのが来られちゃ色気もへったくれもねえよ」
「ホントすいませんでした。キザキさんにちゃんと『言って』おきますんで」
一度はミヤハラを『見逃す』と言う事だ。キザキに通してはいないが大丈夫だろう。たぶん。
これで少しは気をよくしたのかミヤハラは
「頼むぜ、おい。あんまり目障りだとシシ鍋にして喰っちまうぞ」と、冗談めかして言ったが俺にはとてもそうは聞こえない。ミヤハラはやりかねない男だ。
見逃すって言っただろ?とでも言いながら。
「あの、いい育ちのイノシシじゃないんでオススメはできないっすけど」
「ハッ。それもそうか。おめえが言うと頷けるな」ミヤハラはこの手の冗談を好む。トゲがとれた声に俺は安堵した。
「それでミヤハラさん、キザキさんに教えたんすか?」これが重要だ。
「ああ。一応な。懲役一年十万で売るヤツ教えといた。ちっと年はいってるが、まあいいんじゃねえの?」
「え?それってミヤハラさん」
「おう。キザキに売ってやった。あいつ、手ぶらで来やがったから請求はお前に回すってよ。頼むな」
チッ。イヤな予感はこれだったか。キザキの野郎はまるでガキの使いだ。こっちが段取り組んでやったのにミヤハラにいいようにあしらわれやがって。
俺は内心悪態をついたが、渋々うなずいた。
「でもミヤハラさん、全然見当つかないんすか?」俺はホンボシの情報をキザキに売ろうと探りを入れた。
「ムリだって。スレンダーな髪の長い女ってだけじゃ。だいたい男かもしれねえじゃん」
それもそうか。当てが外れた俺は金持ちのボンボンからふんだくる方法に切り替えた。クラタなら万に一つも仕損じはないだろう。
俺はミヤハラに礼を言って切ろうとすると「ああ、そういえば」とミヤハラが独り言のように話を繋いできた。
「お前、クラタに仕事頼んだだろ」
「ええ、昨日」何の事だ?
「別のヤツをあたれよ」
「え?どう言う事っすか?」あの野郎、ゴネていやがるのか。
「死んだからよ」
「は?誰がっすか?」
「クラタだよ」
「え?」
「ラブホで脳天に鉛入れられてよ。まあそんなわけだから。ガンバレよ。困ったら俺に言えよ、安くしとくから」
じゃあな、とミヤハラは電話を切った。
俺は呆然と立ち尽くす。
イヤな予感はこの事だったのか。


我に返った俺はキザキに電話を入れた。とにかく情報が欲しい。意外にもキザキはすぐに出た。電話の向こうが騒々しい。
「なんだ、お前か。いきなり電話かけてくんじゃねえよ。こっちの迷惑考えろよ」
自分の事は棚に上げてなんて言い草だ。それにいきなりかかってくる、それが電話だ。
「すんません。ちょっと聞きたい事があって。今、いいっすか?」
「後にしろよ。二件コロシがあって今バタバタしてんだよ。ったく婿さんの件がカタがついたトコだってのに」
やっぱり懲役屋で事をおさめたのか。事なかれ主義のこんな奴らが治安を守っているとは俺でも不安になる。
「コロシってひょっとしてラブホで、ですか?」
「おう。よく知ってんな。拳銃で頭をズドンだ。婿さんのブツじゃねえかってお偉いさんがビビってんだよ」
そんな事は知ったこっちゃない。知りたいのは誰か、だ。
「あの、身元は?」
「クラタだよ。せっかくオイシイ仕事ふってやったのによ。ツイてねえ野郎だ」
ツイてないのは俺の方だ。これで一から出直し、耳が電話と仲良し決定だ。
「だから俺は忙しいんだ。バイトにまで手が回らん。お前は休みになるからうれしいだろ?」
「は?なんでですか?」キザキが俺に休め?
「なんだ、もう一件の方は知らねえのか。あの金持ちのボンボンが殺されたんだよ。こっちも頭をズドン。まったく頭が痛えのは俺らだよ。依頼人がいなくなったんだからこの話はなしだ。ま、そんなわけだ。じゃあな」
電話は唐突に切れた。
殺し屋探しから一時解放された喜びよりも先に、ボンボンから金を巻き上げる算段を絶たれたショックに俺は沈んだ。
やっぱり俺はツイてない。

気分転換にはハーブに限る。俺は薬屋のマモルに電話した。
マモルの扱う『薬』は安くて質がいい事で評判だ。
「あ、おはようございます」
ワンコールで出た。訓練されたアナウンサーのような声がそよ風のように耳を撫でる。
「今日頼めるかな?」
「ええ、もちろん。どんな感じにします?」
マモルは客に合わせてハーブを調合する。評判たる所以だ。
「ちっとむしゃくしゃしててさ。スカッとするヤツにしてよ」
「じゃあちょっと強めにしますか?」
「頼む」
「わかりました。今から来れます?」
「ああ」
マモルが移動する気配が伝わる。きっと調合室だ。
「忙しそうですね。ストレスが溜まるでしょう」
「すげえよ、毎日。そっちはどうだい?」
「おかげ様で何とか。最近はリピーターも増えましたし」
「へえ。クロの方かい?」俺はタバコに火をつけた。クロは俺と同業だ。
「いえ、シロですね。それも中高年の方達です」
「なんだよ。年寄り相手にハーブ売ってんのか」こんなトコでも高齢化というヤツか。
「お客様には違いありませんから。色々気苦労があるみたいで」
「ふーん。世も末だな」
「ですね」マモルは無垢な声で言った。
マモルは虫も殺さぬベビーフェイスだが実際は真逆だ。
素人は甘言巧みにジャンキーにして金を絞り取るだけ絞り取る。売れるものは何でも売らせる。自分の戸籍だろうが身内だろうが。売れるものがなくなったら真っ黒な消費者金融に堕とす。
雪山で身ぐるみ剥いで置き去りにするくらいは平気でやる男だ。
それが玄人になるとまったく逆の対応をする。考えようによってはキザキよりもタチが悪い。
「ああ、世も末と言えば」マモルは柔らかな声を発した。これにみんな騙される。
「この間ケンタ君の店に行ったんですけど」
ケンタはバーを経営しているがメインは売春斡旋だ。バストがGカップ専門店。ただしウエイトもG。つまりデブ専だ。
「そしたらそこでミヤハラさんが飲んでて」
「へえ。あの人そっち系なんだ」
「そこにお連れさんが二人いたんです」
「誰?」
「キザキさん」
「え?」なんだって?
「それとモデルみたいにキレイな女性。どうなっているんですかね。あんな痩せてて。世も末ですよ」
その時俺の頭の中で閃光が疾走り、何かが爆ぜた。タバコが指から滑り落ちる。
「おい、マモル。それっていつの話だ?」
「どうしたんですか?怖い声出して」
「いいから。いつだよ」
「えっと先週ですよ。確か水曜日だったかな」
先週。つまり婿さん事件の前。
「マモル。その女、見たことあるか?」
「知りませんよ。興味がわきませんから」
そうだった。コイツは生粋のデブ専だった。
「じゃあ髪は?長かったか?短かったか?」
「ああ、長かったですよ。墨みたいな黒髪で」
繋がった。
それがどうしたんですか?というマモルの声は途中で途切れた。俺がケータイを壁に叩きつけて壊したからだ。
それから即座に押入れからボストンバッグを引っ張り出し、中身を確認した。
着替え、現金、それぞれ名義の異なる二つの免許証、クレジットカード、ケータイ、タブレットPC、パスポート。数種類の鍵、そして拳銃。
すべて入っている事を確認した俺は締りの悪いチャックを罵りながら急いで閉めた。
それからざっと室内を確認する。
ベッド以外何もない部屋。タバコで焦げた絨毯の臭いがするだけだ。
俺は踵を返して玄関に向かった。
チクショウめ。なんてこった。
キザキ、ミヤハラ、黒髪の女。コイツらはグルだ。
窃盗事件と二件の殺人事件。コイツらが仕組みやがったんだ。
狙いなんてどうでもいい。三人の利害が一致して手を組んで事件を起こした。その幕引きを俺にさせようって魂胆だ。ふざけやがって。俺を生け贄にするつもりか。
考え過ぎかもしれない。だが少しでも普段と違う気配を感じたら即撤収。それがセオリーだ。
俺は玄関を開けた。俺はもう一度悪態をついた。
チクショウめ。
俺は拳銃をボストンバッグにしまった事を死ぬほど後悔した。
ドアの向こうで黒髪の女が微笑みを浮かべて立っていた。
ボンボンの愛人だ。
その隣に。
マモルを従えて。
俺は奥歯が砕けるくらい食いしばり、マモルを睨んだ。
マモルはそんな俺を見て心底愉快な顔で
「まあ、そういう事です。みんなの幸せのためには誰かの犠牲が必要な世の中なんです。まったく世も末ですよね」
同感だ。
次の瞬間、視界が暗転した。


おわり。

世も末

読んで下さりありがとうございました。
今回は『そして誰もいなくなる』の続編です。といってもまったく違うお話ですが。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
ではまた作品で会いましょう。
ご意見ご感想お待ちしております。

世も末

これはアウトロー達の物語。 彼等は決して、いなくならない。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-12

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted