溶ける前に

溶ける前に

溶ける前に

僕は夏が嫌いだ。

暑くて汗のしたたるあの不快感、何枚衣服を脱いでも体の内から熱が出る様な感覚。
外出すると勿論暑い。
家に居たって、家の中に熱がこもる。
冷房をつけると無駄な電気代がかかる――というのも貧乏な僕は節約しなければならないのだ。
貧乏な独り暮らしの学生に、夏は重くのしかかる訓練ともいえる。

独り暮らしは元々は僕が、親に無理を言って、かなえたものだったが。
 
 僕の家は、まぁお金持ちと呼ばれる部類に入るだろう。
家は神奈川の高級住宅街にあり、父は街の大学病院に勤めている。
その父の影響あってか、僕は幼少期から医者になるよう両親に勧められ、教育されてきた。
小さい頃は「医者かっこいい」「絶対になる」などと宣言し、小学校の卒業文集にも将来の夢は医者だと書いた。
しかし高校に入学して、それは一変した。
 一言でいえば、新しい世界に出会ったのだ。
高校では「英語部」に入った。
それも元は父の勧めだった。僕も暇つぶし程度で丁度良いと思っていた。
しかし、予想以上に僕の英語の上達は早く、中学校で並の成績だった英語からは予想できないものだった。
そして高校時代僕の面倒をよく見てくれた教師の坂田先生には「東京の英語で有名な某大学にいきなさい」と
勧められた。
医学部――心にひとつだけ引っ掛かるもの。
でも自分の好きなことをして生きていきたいと決心。
勿論親には猛反対された。
しかし自分のしたいことをして何が悪いと反発し、ようやく親を認めさせるまでに半年。
そして独り暮らしを認めさせるまでに二ヶ月ちょっと。
ただ条件はあった。
・学費は払うが、そのほかの費用は自分で稼ぐ。
・正月・盆・祖母祖父の命日には必ず帰る。
などだ。

どうしようもなくなったらすぐに帰りなさいと散々言われ、僕は半ば逃げるようにして家を出た。
そして、今は、独り暮らし生活から3ヶ月程経った7月。

夏真っ只中。
こんな夏に彼女などでもいれば何かが違うのだろうけど、勿論というべきか、そんなものはいない。
ただこんな僕にも愛するやつはいる。
その名は、「アイス」。
アイスなら何でも好きだ。
アイスクリーム、ソフトクリーム、アイスキャンディ、あるいはかき氷。
夏の間限定の相棒。

こんな寂しい日常送るやつなのだ。僕という学生は。

                                         **

その日も僕は大学から帰ってきて、家で課題をやっていた。
課題を貯めていくと終わらなくなって苛々してしまうから、課題はきちんと行うようにしている。

「ふー。休憩」
切りの良い所まで一端終わらせ、僕は席を立った。
休憩だ。暑い中頑張った自分へのご褒美。アイスを食べるため。
 今日のアイスは、ソーダ味だ。
ソーダの中にバニラアイスが包まれている、ナイスコンビ。
当たりつきでもあるからワクワクさせてくれる。

ガラガラと、中古で買った安価な冷蔵庫の、冷凍室を開けると、おかしい。
「あ・・れ」
おかしいぞ。
昨日買ってきたばかりのアイスが、冷凍室からきれいに消えているのである。
どう考えてもおかしい。
だってまだ一本も食べていなかったはずだ。
なのに、一本たりとも、さらには箱ごとなくなっているなんて。
もしかして強盗?
そんな考えが僕の頭をよぎった。
しかし、こんな貧乏学生の部屋に入り、アイスを盗むメリットなんて果たしてあるのだろうか。
犯人はそんなにアイスが好きなのか?

うんうんと考えを巡らせていると、何かに背中をつつかれた。
おかしい。この部屋には誰もいないはずなのだ。
もしかして犯人なのでは。それか、幽霊?この部屋に住み着く・・。
恐る恐る振り向いてみると、僕の考えは半分正解で、半分不正解だった。

「うわあああぁぁっ」
思わず腰を抜かしてしまう。
仕方が無い。なぜなら、そこに立っていたのは――

 「こんにちはっ」

僕のアイスを、10本入りのアイスを、嬉しそうに咥えている女の子。
箱もその子が抱えていた。
何で?どうして?いつの間に?

 「こんにちは。私はアイです!よろしくね少年っ」

そんな、自己紹介なんてされたって、状況について行けない。
「君、だれ?おうちの人は?勝手に人の家に入っちゃだめだろう」
優しく諭すことを心がけてみた。
すると、不法侵入少女は、
「私はねー、子供じゃないの。馬鹿にするなー」

 どこからどう見ても子供だった。
見かけ中学生くらいの、けれど背の低い、黒髪長髪、女の子。
顔立ちは随分と整っていた。目がくりりと大きくて、手足なんかは白くて細い。
リボンのついたキャミソールに、チュール生地で出来たスカートを着用している。

「どこからどうみても子供だろう!何歳!?迷子?」
「違うですって!私は、年齢とかは存在しないよ。子供じゃないよ」
頬をふくらませ、少し怒っているようだ。
しかし年齢が存在しないなんてどう考えてもおかしい。それに――
「君、どうやって僕のアイスを盗んだんだ!どうやって家にも入ったんだよ」
ぱっと目を開かせ、すらすらと話し出した。聞いていて快い声だった。
「あなた私のことなめてる!ひとつ言いますけど、君君ってなに!?
私の名前はアイです!君じゃなくてアイ!そこよろしくだよ! 
アイスは食べたかったから貰いました!アイスが大好物なんです、私。
あと玄関の鍵が開いてたから普通に家には入れました。不用心だし、危ない」
「食べたかったから食べたって・・・。
というか、なんで君・・いや、アイさんは僕の家にいるわけ?」
アイは、扇風機の前でだらしなく座っている。
全く図々しい奴だ。
「何でって・・。」
少し悩んでから、アイはどや顔をして、言い放った。
「君の夏をエンジョイさせるためです!よろしくね!」

訳が分からない。僕の夏が、始まった。


                                     ***
アイがきてから一週間が経った。
しかしこんなことを言っては悪いが、アイは全くと言って良いほど役に立たない。
まず僕たちの絆を深めよう(そもそも絆が芽生えた覚えはないが)と自己紹介から取りかかった。
「私は、さっきも言ったけど、アイです。アイスが大好きな女子!
趣味は絵を描くことかなぁ。本を読んだり、ものを研究するのも好きだよ。よろしく!君は????」
「僕は瀬田夏樹。英大に通ってる18歳。趣味は絵を描くこと。よろしく」
「うっそぉーー!絵描くの、セタも好きなんだね!いいねぇいいねぇ。私たち良い感じって感じ?」
結局一日目は、謎の自己紹介やらで終わってしまった。
それからは毎日、特に何もない。
僕は一生懸命課題をやる。その近くでアイが扇風機の前でうなってみたり、本を読んだり、絵を描いていたり。
自己紹介で述べたものを研究するというのは、ただ部屋にあるものをうんうん言いながら観察するだけだ。
何がおもしろいか理解不能だが、彼女は観察が終わると、
「良いね!良いものもってるね、セタは。はぁ、研究疲れたぁ。」
そう言って休憩しだす。僕の名前を呼び捨てにしていることは、もはや無視だ。

ただ彼女には不思議なところがあった。
それは、涼しくなった頃にきて、深夜には帰ってしまうことだった。
「明るい昼間に来れば良いんじゃ無いか?暑いけど、夜だと危ないし。」
そう言ってみたことがあった。
しかしアイは
「ううん。いーの!私昼間って苦手なんです。外に出ると暑くて仕方ないし。だからいいの」
そう言って譲らなかった。
別に、特に、気にすることでもなかった。
女の子なら日光などは避けたいだろうし、特に肌が白いアイなんかは
日焼けはしたくないだろう。

溶ける前に

溶ける前に

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-11

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