青春日記

源 氏太郎

(1)目覚めた頃

 関東平野が西に果てるあたり、山裾に引かれた線路を蒸気機関車が時々汽笛を鳴らしながらゆっくりと走って行く。ほとんどが長い貨物列車だったけど、2時間に1回ぐらいは客車も引いて走ってきた。
 線路を横切って山に遊びに入ったり、線路の中で遊んでもいた。めったに来ない汽車が来るのは汽笛でわかるし、線路に耳をつけて確かめたりした。
「おい、来るぞ!、みんな、降りろ!」
 みんなで線路の脇に並んで、長い貨車の数を数えながら見送った。イサムの子どもの頃の懐かしい思い出だ。
その線路に並行した昔からの狭い裏街道沿いの小さな町は駅の前あたりに何軒かの店があるだけで、少し離れれば農家ばかりのところだ。
 駅の構内に入って遊ぶこともあった。1つ年上のマモルの親父が働いていて、家が線路脇にある官舎だったからだ。貨物のホームでは、貨車に男の人たちが町からの荷物を積み込んだり、届いた袋の肥料なんかの荷物を肩に担いで降ろしたりしていた。その荷物は町でも運送屋にしかないトラックに積みかえられて運ばれていく。
 そのトラックやバスは、煙を上げて薪を燃やしてから前にあるハンドルを力一杯回してエンジンをかける。今では考えられないような光景だけど、どれもわくわくする眺めだった。

 貨車の付け替え作業をするときに、貨車の脇につかまって片手で赤い旗を振りながら誘導してるマモルの親父の姿が、子ども心に(おれも駅員になりたいな)って思ったものだった。
 イサムの家は昔からの農家だったけど、自分の畑は少なくて小作とかいうらしかった。弟が3人いたけど姉妹はいなかった。一緒に遊ぶのは、近所の男の子も女の子も一緒だった。男とか女とか、そんな区別なんてなかったからだ。まだ着物を着てる子も多かったから、しゃがんだ時に男の子も女の子も大事なところが覗けててもだれも気にもしなかった。

 小学校に上がったのは、それまでの旧制国民学校初等科から新制の小学校になった初めての年だ。それまで2年までだった高等科が3年になった新制中学校が、校舎の1棟を占めて同居していた。女子には赤い着物を着て学校に来る子もいたし、ランドセルでなくて風呂敷に教科書を包んで持ってくる子もいた。
 男子だって戦争中の国民服みたいなのを着て、戦闘帽に似た帽子を被ってるのが多かったし、冬はみんな綿入れの半天を着て足袋に藁草履か下駄を履いてた。夏は学校へ行くにも野山を走り回るのも裸足が当たり前だった。
 体育の時間や運動会の時も男子は白いデカパン、女子は紺の提灯ブルマで、運動靴なんて誰も穿いてなくて裸足が当たり前だった。6年生くらいになった頃に、棉の白い薄地の長トレパンが流行って、男女とも体育の時だけじゃなくて通学にもそればかり穿くようになった。身体検査の時だって男女ともパンツ1丁という時代だった。

 戦争中にこの町にも、東京から疎開してきた家の子が同級生にも何人かいた。
 その中に田舎の子と違って、飾りのついた薄い水色の見慣れない服を着たほっそりとした色の白い女の子が目立っていた。ワンピスとかいう服の名前は後で知ったけど、ほっそりしてたのは栄養失調だったのかもしれない。
 それでも勉強はよくできるし、話し方などもやさしい雰囲気の、そのエミコという子が気になるようになった。その時はなぜなのかイサムにはわからなかった。でも、幼馴染の近所の子と違って、話しかける勇気なんかなかったし、その子の動きを目で追うのがせいぜいだった。
 休み時間なんかも男子と女子は別々に遊んでいたけど、冬の昼休みに校舎の前の日だまりで日向ぼっこをしていた時に、押しくらまんじゅうが始まった。
「そーれェ。押しくらまんじゅう、押されて泣くなっ」
「押されて泣くなっ」
「おう、ぬくとくなってきたぞゥ」
 その声につられて女子が仲間に入ってきた、お転婆たちだけじゃなくて、あのエミコもその中にいた。揉まれもまれてるうちに、いつの間にかその子がイサムの傍に押し付けられていた。揉み合ってるうちに瘦せぎすのその子でさえも、(なんだか女って体がやっこいんだな)って思った。

 中学になってから身体検査は男子と女子は別々の時間だったし、保健体育の時間も別々の教室だった。
「女子はおっぱいがでかくなってるから、先生が測ってるんだ」
「赤ん坊を作るのはどうするか教わってるんだ」
 そんなことを言う男子がいたけど、イサムは何とも思わなかった。と、言うより、何も知らなかったのだ。それほどイサムは晩生で何も知らなかったのだ。

 中学2年の夏休み前だった。イサムが朝起きたらパンツがべたっと濡れてて気持ち悪かった。それから時々、ちんちんがおっきくなってきて、ズボンで擦れただけでなんか変な気分になった。なんでそうなるのか不思議で仕方なくて、手で触ってるうちに、おしっこと違う白いのが飛び出して、ふわっと疲れたようになった。
 それからも、夜になって寝てからとかに、自分のを弄るようになっていた。そして、その時になぜか同級生の可愛いエミコの顔を思い出すようになった。ほかの子と確かに違うエミコの可愛い顔や白い肌、ちょっと膨らみかけた胸なんかを思い浮かべながら、夢中で擦っていた。
 まだ、何でそうなるか知らなかったけど、ビュッと出たときのために手拭いを布団に持ち込むようになった。その代り起きたときに手拭いを、井戸端でこっそり洗うのが大変だった。
 エミコは中2になったら姿が見えなくなって、しばらくして「東京に引っ越した」と、仲間の噂で知った。

 中学3年になって、「卒業したらどうするのか」ということを先生に聞かれ、就職組でなく進学組の方に入れられて、別の科目で勉強する時間もあった。それでも、まだ高校に行くのは10人に1人くらいしかいなかった。そのほかは自分の家の農家や店を手伝うか、どっかの工場かなんかに就職するのが当たり前だった。親父の後を継ぐたっめに鉄道学校に行くと言ってた、1つ上のマモルも試験に落ちて就職したのも知っていた。
 イサムの家には余計な金がないのはわかってたから、進学できないのはすぐにわかってきた。
「お前、就職だな。ここ行ってみるか?」
 先生に言われて同じ学年の2、3人と電車で3、40分先の町にある自動車会社の試験を受けた。
 しばらくしてその会社から、「距離が半分くらいのところの学校までしか採用しない」という知らせがあったと聞かされた。
最後に残っていた会社へ面接に行ったのが、小さな工場だった。 イサムの他に同じ学校から2人行って、会社近くの学校からも2人来ていた。社長の面接を受けて帰ってきたあくる日、イサムだけに採用の連絡がきたと、先生に聞かされた。

 地元の小さな駅はガスリンカーの始発駅でもあって、10Kくらいで終点の町が、東京に通じている電車の本線の乗換え駅だった。電車に乗り継いで10Kくらい先の大きな町まで、のろのろだったから30分ぐらいかかった。そこから工場まで歩いて、家から約1時間もかかったから、早起きと満員電車がつらかった。
 就職しても住み込みの者も多かったし、高校生は時間が違うし、同級の仲間に会うこともなかった。

 工場は鉄板で引き出しのある箱みたいのをを作っていた。「事務用の書類ケース」だそうで、まだ役所とか会社の事務所では木の机や本立てを使ってた時代だった。
 12、3人の職工がいて、鉄板を切ったり、打ち抜いたり、曲げたりして、組み立てるのが仕事だった。見習いはまず切りくずを片付けたり、油で汚れた機械を掃除したりといった雑用のようなものだった。そして少しずつ、ちいちゃなプレス機械での打ち抜きを教えてもらうようになった。
 なかなかうまくいかなくて、はじめは毎日、叱られてばかりだった。工場近くの学校から1人入った見習は組み立て係で、先輩が部品を電気溶接するのを手伝ってるのを見て、イサムは、(あいつの方がいいな)なんて思っていた。
   
(2)観音様

 職工たちは、昼休みには機械の間で将棋を指したり、軒下で日向ぼっこをしていたりする。日向組の中心にはいつも、白髪頭が半分禿げあがって茶色い眼鏡を掛けたロクさんという小父さんがいた。ペンキの吹付をしてるから、いつも服が汚れていた。
「18か19の時だったな。まあだ14だったかの娘と八幡様の境内で出会いをしたんだ」
「デアイって何ですか?」
 見習同期のリョウスケが聞いたら、ロクさんが眼鏡をずり上げながらじろっと見て言った。
「アイビキだよ……お前たちが可愛い姉ちゃんと逢うことだよ。この頃はランデブーとか言うんだって?」
「うん。そんなこと聞いた」
「そんでな。娘の浴衣の裾を捲っておれのふんどし外して押しつけた時だ」
 いつも通りの面白い話し方に、まわりの若い者たちが聞き入っていた。
「『おいおい、お前たちそこで何してる?』『あっ、神主さん。今、氏子増やしてますんで』『氏子増やすのはいいけれど、カミを粗末にしなさんな』ってな。わかるか?。神様とチリ紙を掛けてる。粋な神主さまよ」
 ちょっと色っぽい話で若い者を引き付ける爺さんだったが、晩生のイサムにはよくわからなかった。先輩たちの話や捨ててある駅売りだけの新聞で、大人の男と女が何かやるらしいと思ったけど、どうするかなんて知らなかった。
 そこへ先輩の1人が外へ出てきた。
「ああ、テッちゃん。お前さん、ゆんべあれから行ったんかい?」
「うん。まあな……」
「そうだ、お前たち。今度、テッちゃんに連れてってもらいな」
「あの、どこへですか?」
「お勉強だよ。きれいなお姐ちゃんが教えてくれるんだぞ。えへへ……」
 意味ありげな笑いに続いて、「おい。時間だ」という誰かの声に皆が立ち上がって工場に入った。

 その次の給料日の翌日、同期のリョウスケがイサムに言った。
「おれ、テッちゃんに今日連れてってもらうんだけど。一緒に行かないか?」
「カネ要るんだろ?」
「300円だって」
「おれ、今日は行けないな」
 詳しいことは分からないけど、(金を払えば面白いこと教えてくれるんなら、おれも行ってみたいな)なんて思ったけれど、イサムは小遣いも全然持ってなかった。
「うちは大変なんだし、弁当作ったりしてやんだから、みんな出しな」
お袋に言われて、(確かに弟が何人もいるからなあ)って思うから、給料袋のまま全部渡してたのだ。
 その頃の中卒の初任給は日給130円で、月に手取り3千円ちょっとだったから、200円は大金だった。
(同級生の初任給の最高が日給150円、高校卒でも180円だった)
 そこで、半年過ぎて本採用になって日給が150円になった時に、お袋に交渉した。
「たまには仲間との付き合いが必要だっていうし、通勤に着る物も買いたいし……」
 上がった分の一部をもらうことにしたけど、服を買ったり、休みの日に映画を見たりして、なかなか残らなかった。

 ある日の帰り道、映画館の看板を見ておこうと思って、いつもと違う道を歩いて行った。大きなお寺の横を抜けて行ったら、名前だけを書いた看板がついた家が並んでいた。浴衣の女の人が店の入口を掃いていたり、2階の窓からシュミーズとかいう下着だけの女の人が下を見ていた。
 その頃はまだ珍しい丸い窓や入口のガラス戸があって、狭い路地は酒と小便の臭いがする。なんか不思議な雰囲気を感じて、急いでその通りから離れた。さすがのイサムも、(あそこがロクさんが言ってたところかな)って思った。

 そしてこの前、偶然会った中学の同級生が、得意げに話してたのも思い出した。
「卒業式の日にヨウジとタイチと3人でお寺の裏の方で筆おろししてきたんだ」
「筆を買って使ってみたのか?」
「馬鹿だなお前、お姉ちゃんだよ。お姉ちゃん。ハハハハハ……」
って、大笑いされたのだった。

 年が明けて3月になって、あのロク爺さんが言った。
「お前たちはかわいそうだな。赤線がなくっちゃ、これからは自由に遊べなくなるんだなあ。お上も罪だよなあ」
「どうしてなくなっちゃうの?」
「お上が許可してたんだけど、新しい法律が出来て、先月末で日本中の店がやめさせられたんだよ」
 イサムはその日の帰り、その通りに行ってみた。すでに薄暗くなっていたのに、どの店も灯りが消えて通りは真っ暗で、歩いている人など全く見当たらなかった。

 工場に入って2年過ぎた夏、会社が合併した。2人の先輩とイサムは東京の北東端の町にある親工場に移され、工場の中にある寮に入った。先輩たちは、よく飲み屋などに連れて行ってくれた。イサムはまだ未成年だったけど、当然に酒も飲まされた。中卒で働くのが当たり前だった時代、まじめにやってれば大人の仲間扱いしてくれたのだ。
 土曜日の仕事の終わった後で、隣町のウナギ屋に連れてってもらい、2階の座敷で酒を飲みはじめた。
「アカヌマ、お前、彼女いないんだって?。じゃ、観音様も拝んだことないのか?」
「観音様ですか? お参りに行ったことないです」
「お参りか。そりゃいいや」
 そのうちに、うな重を運んできた仲居さんは、小柄のちょっとかわいい若い人だった。
「お姐さん。お酌してくれないか」
「わたしはそういうことは……」
「いいじゃないか」
「あっ、やめてください!」
 仲居さんは逃げようとしたけど、その先輩は柔道をやっているという体のおっきな人だった。片手で抱きしめて片手で口を押さえていた。彼女は暴れたけど、前掛けと着物の裾がめくれて足とパンツが見えてしまった。
「ウウッ。ウ……」
「心配するな。坊やに拝ませるだけでいいんだから我慢しな」
 そう言って別の先輩がパンツを剥ぎ取って足を広げさせて押さえた。
「アカヌマ、よく拝ませてもらいな。そっとなら触っていいぞ」
 言われて覗き込んだイサムは、その不思議な形に胸はドキドキ、ズボンの中も緊張してきたのを感じた。
「どうだ、アカヌマ。してみたくなったんじゃねえか?」
「ウウッ。ウ……」
 彼女が恐怖を感じたように手足をバタバタさせ始めたとき、1番年上の先輩が言った。
「そのくらいにしてやれや。姐さん悪かったな。これで頼むわ」
「いえ。そのような御心配は困ります」
「気持ちだけだよ。取っといてくれや」
「すみません。失礼します」
 先輩が出した小さな紙包みを見て遠慮していたお姐さんも、押し戴くようにしてお辞儀をすると戻って行った。彼女が我慢して店の主人に話さなかったらしく騒ぎにはならなかった。

(3)裏店の女

「3日、3月、3年」といって、その時に仕事とかいろんなことが嫌になりやすいって聞いたことがあったけど、イサムにもそれはやって来た。
 イサムはずっと、女の子と知り合う機会もなかったから彼女が出来るはずもなかった。その気になると、映画を見て好きになったルリコというかわい女優の顔を思い出しながら、(あんな子が彼女だったらいいな)なんて、自分のを擦って始末するだけだった。だから余計に気持ちにムラがあったのかもしれない。

 初めの工場に勤め始めてから3年過ぎた夏だった。かなりの数の部品を加工してから、見に来た先輩に、みんな不良品だと言って怒られた。班長に事情を聞かれても、先輩に言われた通りにやったとしか言えなかった。
「おれは、きちんと教えたんですよ……お前が間違えたんだぞ」
 先輩が言い張ったから、イサムは班長にまで怒られてしまった。

 寮に帰っても口惜しくて、着替えをして抜け出した。バスで山手線の駅に行き上野まで行った。先輩たちから、「上野の近くの吉原にはトルコという店が一杯ある」と、聞いたのを思い出したけど、どんなとこかわからないから行ってみる勇気はなかった。そこで、また電車に乗って東京駅で、別のホームの電車に乗った。
 いつの間にか一眠りして目が覚めると、夕焼けで染まった駅に停車した。半年前に会社の慰安旅行で来たことがある海岸にある有名な温泉だった。その時は偉い人から、「成人式前の者は酒は駄目だぞ」ということで、つまらなかったのを思い出した。酒のつまみみたいのばかりで、食べるものが少なかったからだ。その後、先輩たちは、夜の街に出て行ってストリップを見てきたと言うので、早く一人前になって遊びに行きたいと思った。

 温泉街を歩いたけど、一人で大きな旅館に泊まれないと思った。土産物屋の並ぶ通りから、裏通りの旅館の小さな看板が見えた。普通の家かと思うようなちっちゃな旅館に入ったら、小母さんが出てきた。
「いらっしゃい」
「あの、泊まれますか?」
「お一人ですか?」
「はい」
「どうぞ。そのかわり、前金ですよ。夕飯は?」
 小さなボストンバッグを持ってるだけだったけど、イサムはかなり背が高かったから年上に見てくれたらしいと思った。案内された部屋で浴衣に着替え、狭い風呂に入った。部屋に運ばれたお膳でお銚子2本の酒を飲みながら食べ終わると、片付けに来た別の小母さんが聞いた。
「あの、他に御用は?」
「別にないけど……ちょっと散歩してきます」

 旅館の下駄を突っかけて浴衣姿で歩き出した。土産物屋か、行きたかったストリップがあるかなと思った。すると4、5軒先の普通の家みたいな格子戸から出てきた、短めの花柄のワンピースを着た小柄で痩せた女が声を掛けてきた。
「お兄さん、遊んでいって」
「何して遊ぶんだい?」
「決まってるじゃない。これよ」
 女は片手を握って人差し指と中指の間から、親指を覗かせて言った。
「なにそれ?」
「ほんとに知らないの? いいわ。教えたげる」

 腕を組んできた女と階段を2階に上がった。片側にカーテンが下がった3畳くらいの部屋だった。敷かれた布団の他は何もなくて生臭い匂いがした。女はイサムと同じくらいだと思ったけど、かなり年上だったのかもしれない。
「お金、先に頂戴」
「いくら?」
「500円よ」
 すると、カーテンの向こうから、薄汚れたシュミーズ姿の女が出てきた。
「あれ、なくなっちゃった。貸して」
と、イサムの相手の女に言って、何かを受け取ると振り返って言った。
「ゴメンね、お兄さん。頑張ってね」
と、白い歯を見せて笑って、カーテンの向こうに消えると、すぐに(うふん。いやよ、しつこいわね。早く入れてよ)と、女の甘えるような声が聞こえた。
「何を頑張るんだい」
「あんた初めてなんだ。いいよ。じっとしてればすぐに済むよ」
 布団に寝かされて、浴衣を捲った女にパンツを脱がされて、ギュッと握られたのでどきどきした。
「すごいわ。お兄さんの大きいわよ」
 女がワンピースを捲って腰を下ろしてきたら、何か柔らかくて温かい物に包まれた気がした。酔いが回ったのか頭も体もボヤーッとしてきたと思ってたら、腰を激しく動かしてた女が起き上がった。
「イッたわよ、お兄さん。いっぱい出たよ」
 女がチリ紙で乱暴に拭いてくれた時はくすぐったかった。イサムはようやく、女にしてもらったのが男としての初体験だったらしいと気が付いたが、どうなってたのかのかよくわからなかった。
「また来てね、お兄さん。今度はもっとサービスするわよ」

 何か体がふらつくような感じで旅館に戻った。
「お早いお帰りですね。やっぱり若い子の方が良かったんですね」
「若い子って?」
「そりゃ、こんなお婆ちゃんよりもねえ」
 後で知ったのは、こうした旅館は男と女がこっそり部屋を借りるところだそうだ。1人で来た客には、この小母さんが相手をしてくれるらしい。
(やっぱり若い子がいいし、飲んでない時にしてもらおう)と、イサムは思った。それでも、こんな温泉街でなくとも、あちこちにそういうところがあるらしいけれど、どこか確かめるのも恥ずかしい気がしてできなかった。

 黙って休んだ工場は、急に田舎に帰りたかったからということにしたら、あまり怒られなかった。そして別の先輩がイサムの担当になったけど、やる気もなくなって辞めてしまいたくなった。
 休みの日に東京の端っこの町に行って映画を見た帰り、駅に戻る途中で「印刷工見習い募集」という張り紙に気が付いた。機械の音がしていたので覗いて見た。
「あ、なんだ。用かい?」
「あの、見習い募集ってあるけど……」
「ああ、人手足りねえんだ。やる気があれば使うよ」
「ほんとですか?。お願いします」
 その言葉につられて、前の会社を数日後に辞めて、バッグ1つを持って新しい会社に行った。
 住まいも工場部分の2階にある部屋に置いてもらうことになり、会社と言って小さな個人会社だったけど、親切に教えてくれるから居心地が良かった。
   
(4)若い仲間

 土曜日に仕事が終わってから、駅の近くにある映画館に行こうと思った。土曜だけはオールナイトだった。
買い物客が行き交う商店街から路地に入ると、賑やかな歌声が聞こえてた。
「今晩わ。初めてですか?。どうぞ。楽しいですよ」
 振り返ると若い女の子2人だった。後について入ってみると、10数人が輪になって歌を歌っていた。
「みんな、初めての人よ。入れてあげて」
 順に自己紹介をすると、商店街の肉屋、八百屋、牛乳屋、パン屋などの店員、町工場の職工など、ほとんど住み込みで働く若者たちだった。看護婦やお手伝いの女の子たちも住み込みが多かった。東北の中学を終わって、集団就職でやって来たものが多いみたいだった。一緒に声を合わせて歌を歌ったり、レクリエーションゲームやフォークダンスをしたり楽しい時間が続いた。

 その中に、身長も小柄でぽっちゃりとしたヨシコというかわいい娘が居た。すぐにイサムはヨシコが気になるようになったが、個人的に話しかけることもできなかった。
そして、月に2回くらいの会に参加して、3、4か月過ぎた頃、みんなの推薦で2人が新しいリーダーになった。いつしかみんなのようにヨッコと呼ぶようになった。彼女はイサムより1歳下で、商店街の裏通りにある内科産科の医院に住み込みで働く看護婦見習いだった。

 間もなく商店街が毎週日曜休みになったのを機に、土曜日の夕方に新宿駅で集合して1泊ハイキングに行った。行先は山村で民宿をやっているヨッコの実家で、男女合わせ20人近くの参加となった。
 ヨッコの家に着くと2人が近所を歩き回って、何箇所かにクイズの問題と曲がり角の矢印を貼って準備をしてきた。
「今日はこれからクイズラリーをします」
「なんですか、それ?」
「この近くの何カ所かに問題があります。2人1組で問題を全部探して、早く戻って正解のチームを優勝とします」
 クジ引きで男女2人の組になって、1組づつ時間をずらして地図を持って出発した。街灯などなかったから懐中電灯は何本か用意した。出発と戻った時間を記録し最短時間の組には、その日の会費から賞品を用意した。
 順番に帰ってくるかと思っていたけれど、迷ってしまったとかでかなり遅れてくる組もあった。
「やあ、わからなくてうろうろしちゃったよ。後の組に追い越されたりしてね」
 聞きもしないのに言い訳してる隣で、相方だった女子が黙って俯いてるのがイサムは気になった。
 ヨッコとイサムが張り紙の回収を兼ねて最後に出発した。最後のちっちゃな神社に張った問題をヨッコが剥がした瞬間、イサムは後ろからいきなり抱きしめた。ヨッコが逃げようとしたけど両手はヨッコの胸の膨らみを握っていた。
「何するのっ、やめてっ」
「おれ、ヨッコのこと好きなんだから、いいだろ?」
 ヨッコが叫んだけれど、神社の隣の家はどっちも少し離れていたからイサムは次の行動に出た。いったん離したヨッコの向きを代えさせてぐっと抱きしめて口を重ねた。ヨッコはもがいたが、イサムは片手で抱きしめたまま、片手を短パンの上から挿し込んだ指は尻の間から前に伸びていった。
「やめてっ。あたしも、アカヌマ君のこと好きよ。だから、いけないの」

 その時、ダッダッダッという音と一筋の光が近づいてきた。イサムがヨッコを抱えるようにして杉の大木の陰に隠れたと同時に、オート三輪が土埃を巻き上げながら通り過ぎた。
「ごめん、ヨッコ。帰ろう。みんなに怪しまれるね」
 急ぎ足で戻ってくると、みんなの前ではいつものヨッコに戻っていた。
 並べたテーブルを囲んで乾杯して、山菜や川魚料理で賑やかに盛り上がった。夜も更けて、6畳2間の襖を外した部屋一杯に布団を敷いて雑魚寝ってことになった。男女6:4ぐらいの割で、幹事役のイサムは境い目に寝ることになった。みんな、「あいつなら安心だ」って、思っていたのかも知れない。

 すぐにあちこちで高いびきの合唱になった。ところがヨッコは母屋に行ってきたらしく、そっと戻ってきた。その時イサムは、まだ目が覚めていたから、(どうするのかな)と思っていた。ヨッコは豆電球を消して、イサムと女子との狭い間に潜り込んで向こう向きに寝た気配がした。(ヨッコはさっきのこと怒っていないんだ)と、イサムはほっとした。
 イサムの手のすぐ横にヨッコの尻があるのが分かったけど、なまじ触って騒がれたらと思うからできなかった。その代り背中を向けたら、彼女の背中から尻にぴったり触れた。夏のことでお互い薄着だからТシャツと短パン越しに感触が伝わッてくる。逃げる場所の余裕もなかったけど、ヨッコはじっとしている。それだけで、ヨッコに触れてるだけで幸せな気分に浸りながら、イサムは眠くなっていった。

 翌朝目を覚ましたときには、2、3人の男子が寝ているだけだった。
「おはようございまーす」
 顔を洗いに外の水場に行って見ると、みんなと同じようにヨッコも笑顔で挨拶をしてくれた。

 その後も月に2回のサークルの集まりには一緒にリードを続けていたが、それ以外にヨッコと2人だけで逢う機会などなかった。そして半年ほどすると、サークルの集まりにヨッコの顔が見えなくなった。
 気になったイサムは、ヨッコの勤めていた医院に行って見た。
「ヨシコちゃんは、急に結婚が決まって辞めたんですよ」
「そうですか……」
「アカヌマさんにお世話になったと言ってましたけど、あの子、あなたには何も話さなかったんですか?」
 先生の奥さんの話によると、患者さんが「うちの親戚にぜひ」と、お見合いになって気に入られたのだそうだ。それ以来、イサムの心にはぽっかり穴があいたような気がした。

 その次の月からは、ヨッコの後に医院に入ったチカコという看護婦見習が参加してきた。
「先輩にアカヌマさんに何でも教えてもらいなさいっていわれました」
と言って、初めての時からチカコは妙に馴れ馴れしかった。
 そして、「どこも知らないから案内してください」と言っては、映画や買い物に付き合わされた。イサムもそんなチカコが妹のように思えて付き合っていた。

 ヨッコがいなくなってから3、4年の間に、商店街は買い物客がかなり減って来たらしい。近くに開通したバイパス沿いに大型スーパーが出来てから空店もふえていた。
 商店街や町工場で仕事を覚えた仲間が、店を開いたりちっちゃな工場を始めるとかで次々やめていった。あのサークルも集まる顔ぶれがかなり変わってきた。イサムも工場の上の部屋から商店街の近くの古アパートに移っていた。

 相変わらずチカコは、土曜夜の例会の帰り道についてくる。
「ねえ、明日、日比谷の映画館に連れてってね」
「日比谷か?」
「外国の恋愛映画よ。素敵なんだって……」
「チカコ、おれの彼女になりたいのか?」
 振り返ったイサムはチカコの腕を掴んで抱きしめようとした。
「駄目っ。やめてッ」
「いいじゃねえかよ。チカコを好きになればいいだろ?」
「あたし……お兄ちゃんのように思ってるの」
 涙声になったチカコに困ってしまったイサムだった。
   
(5)焼きそばの味

 踏切を渡って駅の反対側の郵便局に行った時に、そのあたりを歩いてみた。そっちは商店などなかったけど、100m位先に紡績工場があった。
 その5、6軒先に、目立たない小さな駄菓子屋みたいのがあって、ガラス戸に「やきそば」と書いた紙が貼ってあった。中の様子がわからないし、ラーメンは知ってたけど焼きそばなんて食ったことがなかった。迷ったけど、昼過ぎてて腹が減ってたから思い切ってガラス戸を開けた。
「いらっしゃい」
 土間の台に煎餅や菓子パン、飴などが入ったガラスの蓋のついた箱や瓶が並んでいた。子ども相手の駄菓子屋ならお婆さんかと思ったら、奥の障子が開いてイサムの母親よりも若そうな、まだ30か40位の小母さんだった。
「あのう……焼きそばできますか?」
「出来ますよ。こっち上がって待ってて……みんな詰めてやってね」
 店の奥の部屋にいた5~6人の女の子たちが詰めてくれたので上がった。おっきな炬燵の向こう側から、みんなに見られて恥ずかしかった。どの子も綿入れ半天を着てて、こそこそ話してたけど方言らしくてわからなかった。
「みんなそこの紡績の子よ。ほとんど東北から来た子。あんたも近くの会社?」
「ああ、ちっちゃい会社だけど……」
「はい、お待ちどうさま」
 食べ始めると、中で一番年上そうな子がそばに座って話しかけてきた。
「ねえ、あだす、サエコ。あんだは? 」
「おれ、イサムだ」
「カレってサエコちゃんのお好み?。お似合いかもしれないわよ」
 小母ちゃんがそう言うと、サエコの仲間たちが手を叩いて囃したてた。

 その年が明けた3月の月曜日だった。
急ぎの仕事があって日曜日に仕事したので、代わりに休みをもらったので昼ちょっと前に行ってみた。入り口のガラス戸が開かなかったから帰ろうとしたら、中で足音がして顔を出したのがサエコだった。
「小母ちゃん出掛けたから、あたす留守番。あんだは休み?」
「代休なんだ。小母ちゃんいないんじゃ、帰るよ」
「焼きそばだべ。あだす作るの教えてもらったんだ。入って……」
 作ってくれのを食べ終わると、隣にぴったり座って見ていたサエコが言った。
「あんだ、彼女いるん?」
「いねえよ」
「んでも、女の子としたことあるべ」
「そんなのないよ」
「ほんどか?。じゃ、あだすとすっぺ?」
 サエコは特別きれいな子じゃないけど、おっぱいと尻はおっきかった。イサムは前から、「女は乳と尻のでかいのがいいんだぞ」なんて聞いていたし、自分からしようというならやってみたかった。
 けれどイサムは、どうやったらいいのかよく知らなかった。それでもサエコはイサムに抱き着いて口を吸いながら、ズボンの上からギュッと握った。
「あんだのでっかいね。うふん……ねえ、あだすじゃ嫌なん?」
「彼女じゃないから……それに小母ちゃん、帰ってくるよ」
「彼女になればいいべ?。小母ちゃんは夕方まで帰らねからだいじょぶだよ」

 イサムはサエコに押し倒され、あっという間にズボンとパンツを脱がされた。そしてサエコはモンペとパンツを脱いで、座蒲団に仰向けに寝てあそこを触りはじめた。
「ねえ、早くして!」
「おれ、よくわかんないんだ」
「ここよ。ゆっくり押して」
「あんだ、はじめてなん?」
 起き上がったサエコが上に跨ってきたら、ぬるっと入っていって、たちまち変な気分になってきた。
「ああっ。おれ、出ちゃぅ」
「ああん、早いよぅ」
 サエコが胸を合わせてしっかりしがみついて、しばらくそのままじっとしていた。
「こんなことしちゃって、いいのか?」
「あんだ、優しそうだから、前からしたいと思ってたんだ」
「おれ、小母ちゃん帰ってくる前に帰るよ」
 それでイサムは、初めて普通の女の子としたサエコのことが毎日気になるようになった。

 そして、1週間くらい後に行ってみたら、他の子はいたけどサエコはいなかった。
「サエコちゃんがよろしくって言ってたわよ」
「どうしたんですか?」
「あら、知らなかったの?. 田舎に帰ってお嫁に行くんだって……」
「そうですか……」
「あんた、あの子と仲良くしてたんじゃないの?」
「そんなことないですよ」
 サエコが話したのか、小母ちゃんの思い込みか、女の子たちもこそこそ話していたから恥ずかしかった。
それ以来、そっち側に行かなかった。

 ある日の夕方にチカコから電話があって、相談があるといわれたので駅前で逢った。
「どうしたんだい、急に?」
「ここじゃ、言えない。2人きりになれるとこがいい」
「まさかモーテルって訳にいかないしな」
「あたし、かまわないけど……」
 反対側にネオン看板が見えてたけど、相談を聞くだけの娘を連れてく訳に行かないから近くの公園に行った。
「それで、話って何?」
「あたし……お友達の彼と間違いを起こしちゃったんです」

 チカコが看護学校の同期の子の部屋に遊びに行った時、彼氏が来ていた。友達が、「すぐ近くの店に買い物に行って来るから待ってて」と言って出た留守に、彼に強引に襲われてしまった。
 戻ってきた彼女に感ずかれて問い詰められ、彼に無理やりされたと言っても、「あんたが誘惑したんでしょ?」と逆に言われたそうだ。
「やっぱり、年上の方が責められるよ」
「『あたしにも彼がいます。自分から誘ったりしません』て、言ったんだけど……」
「そんでも、わかってくれなかったのか?」
「お願い。助けて。何でもあんたの言う通りにするから……今でもいい……」
「無理言うなよ。年下だからって責任取るのはその男だろ?」
 可哀そうだと思ったけど、(だからってなんで、おれが後始末するんだ?)って思って、泣いているチカコをなだめながら、病院の裏口まで送って帰ってきたけど、ずっと気にはなってはいた。
  
(6)思わぬ展開

 それから1週間ほど後で会社から帰って間もなく、ドアをノックする音で開けてみるとヨッコだった。すぐにわかったけど、あの頃のぷっくりとしたヨッコがげっそりと痩せていだ。
「あれっ、ヨッコか?」
「しばらくねえ。大事な話があって来たのよ。彼女がいるの?」
「そんなのいないよ。まあ、入って」
「チカコちゃんから聞いたわよ。あんたに振られたって泣いてたよ」
「だって仕方ないよ。おれとはなんでもないんだし」
 チカコがどう話したのか肝心のとこが抜けているから、自分が聞いたとおりに話した。
「そうだったの。あの子、そんなこと何も言わなかったわ」
「やっぱり、そうなんだ」
「ねえ、何も言わないでチカコを助けてやったら?」
「チカコもかわいそうだけど、おれはどうなんだ?」
「それはそうだけど、他に好きな人いないんでしょ?」
「ちょっとその話は置いといて、ヨッコは旦那とはうまくいってんだろ?」
「そう来たか……まあ、いいわ。あたしは子どもと親のとこにいるのよ」
「だって、是非にと言われて嫁に行ったって聞いたよ」
「それが、子どもが生まれてからすぐに、あいつに女がいることがわかったのよ」
「お前みたいな嫁がいて浮気するなんて、馬鹿だよなあ」
「あたしはすぐに子どもを連れて実家に帰って、仲人さん通して離婚になったの」
「そんな苦労したから、痩せちゃったんか?」
「顔も変わっちゃったもんね。あたしだってすぐわかった?」
「うん。まあな。そんで今の彼は?」
「いないわよ。もう、男なんてコリゴリよ」
「それで夜なんか寂しくないのか?」

 言いながらイサムは、ヨッコのそばに寄って肩を抱きしめた。
「駄目っ。駄目よ。やめてっ。あたし、チカコのことで来たのよ」
「今おれがヨッコを抱いても、文句言う男はいないんだろ?」
「駄目よゥ。あたしは昔のあたしじゃないのよ」
「ヨッコと子どもはおれが引き取って一緒に暮らす。嫌か?」
「そんなこと言ってェ」
 イサムはキスをしながらブラウスの上から胸の膨らみを揉み、スカートの下にも指を伸ばすと言葉と違ってしっとりと濡れていた。
「ああーっ、そんなにしたら、だめーェ」
「おれはヨッコがずっと好きだったんだ」
「あたしも、ほんとはあんたが好きだったけど……ああ、駄目って言うのにぃ」
 もうヨッコが抵抗する様子もないから、畳の上に押し倒して下着を剥ぎ取り腰を重ねていった。
「ああっ、あたし……ああん……」
 齧りついてきたヨッコにイサムはたちまち終わってしまったが、ひどく疲れたように思って離れて横になった。

 ヨッコも失神したように動かなかったが、しばらくしてふらふらと起き上がった。
「どうした、ヨッコ?」
「あたし、帰らないと……タクシー呼べる?」
「子どもはおふくろさんが見てるんだろ?」
「それより、あたし……こんなことしてて、チカコちゃんに何て言ったら……」
「おれとは前からだったって言えばいいじゃないか」
「そんなことあたしから言えないわ」
「おれから話すよ。ヨッコ。もう離さないぞ!」
 思わず抱きしめたヨッコの肩が小刻みに震えていた。

 次の日曜にヨッコの実家に行って両親に、ヨッコ母子を引き取りたいとお願いした。
「あなたならお任せできそうです。こんな娘たちですけど、よろしくお願いします」
と言ってもらえたので、イサムはほっとした。

 その翌日の会社帰りに、ヨッコのいた医院に寄って先生の奥さんにも報告した。
「あのう。今度、ヨシコと一緒に暮らすことになりましたので……」
「あら、あなたと?。ヨシコちゃんの事情も知った上で?」
「ヨッコとは前からだったんですけど、ぼくに勇気がなかったんです」
「まあ、そうだったの」
「離婚するときも相談されて……それでこういうことに……」
「そう、良かったわ。あの子のこと心配してたのよ。あなたなら大丈夫よね」
 物音のした方を見ると、チカコの後ろ姿が見えた。
「あっ、チカコちゃん。ごめんね。そういう事情だったから……」
「チカコちゃんも、お付き合いしてた方と結婚することになったんですよ」
「そうですか。よかった。それで安心しました」
 チカコの相談を突っぱねて気になってたけれど、彼女は問題の年下の彼と一緒になるらしい。

 そして1ヶ月ほど後の日曜日の午後、イサムのアパートのドアがノックされた。
「来たわよゥ、あなたァ」
「おう、来たか。荷物は?」
「後から運送屋さんが来るわ」
 気がつくとヨッコの後ろに幼い女の子が不安そうにしがみついていた。
「さあ、入って。ほら」
「はーい。じゃ、おとうさんにごあいさつね」
「ミカでしゅ。おとうしゃん、よろちく」
「うん。ミカ。よく来たね。お父さんだぞ。仲良くしようね」
「うん」
 ミカを抱き上げてヨッコを見ると涙を浮かべている。引き寄せて2人一緒にギュッと抱きしめた。
「くるちいよぅ」
「あっ、ミカ苦しいね。ごめん、ごめん」

 こうして実家に里帰りしていた妻と娘が戻ってきたように、自然な3人の生活が始まった。
 ミカが保育園に預けられるようになるとヨッコはすぐに、駅前に開店して間もないスーパーに、パートとして働き始めた。ミカもはじめから一緒だったかのように、「おとうしゃん。おとうしゃん」と後を追う。笑い声の耐えない毎日が過ぎていく。
   -おわりー

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更新日
登録日
2014-12-10

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