愚か者

 あるところに男が居た。分別も考えもなく物事に手を出して、失敗ばかりしている男だった。周囲は彼を指さしながら愚か者と嘲笑った。
 時には戦士のまねをして、勇者を目指すと叫ぶなり、薪を振り回し始めた。ただ力任せに振り回していたせいか、すぐに力尽きて腕を痛めた。ひ弱であることを周囲の人々は改めて感じ、ひそみ笑いをした。
また、別の時には、流浪の美女に恋をした。勇気を振り絞っての告白の後、僅かの時間を共に過ごしはしたものの、
少ない財産はすぐ底を尽き、女からは「ゴミ」と、ののしりの別れを告げられた。
彼は「燃え尽きたゴミカス」と笑われた。
 そして、世界の果てを探したい、と突然荒野へ駆けだした。するとすぐにずぶ濡れになって帰ってきた。河にそのまま落ちたためで、
その後三日三晩高熱にうなされる羽目になった。
とうとう彼には「アホウドリ」というあだ名も付けられた、しかし男はただ黙って聞くだけだった。そして木の枝を振り、走り続けるだけだった。
周囲はただ、「バカは死ななきゃ治らない」と冷たい目で見るだけとなっていた。
 ある日、男は今度は山へ登ろう、と決意した。獣の多い高山で、人々は誰一人近寄ろうとはしない山だ。
その山頂からこそ、全てが見られるのだろう、新しく美しい朝日が見られるだろうと信じて、薪を山ほどかついで、彼は山へ登っていった。
人々は(これがバカの最期か)と思いながら「やっとバカが治るんだな、良かったな」と彼を送り出した。
 次の日にも、その次の日にも男は帰ってこない。次第次第に人々は死を確信した。
 ところが三日目の夕方、男は薄汚れた泥まみれの姿になって帰ってきた。見れば至る所に傷があり、灰や燃えかすが付いていた。
男が言うには、二日目に朝に太陽を見てきた。川のせせらぎは心地よく十分に楽しめたが、夜には川べりを避け、獣に襲われないよう火を炊き続けた。
山頂に幾らかの薪を置いてきた。あまりに重すぎて行き際にすっ転び、苦労したためだという。
 あまりにも話が出来すぎている、と数人の人々が山へ登り、真実なのか確かめてくることとなった。意外なことに、男の言う野営地には薪の燃えかすや「燃え尽きたゴミ」が残っていた。
山頂には薪がどっしりと、数減ることなく手も付けられないままに残されていた。
 人々の態度は変わった。アホウドリが山を登り切った、これまでは演技をしていたのか。 いや違う、全ては今日までの訓練だ。 
ああ、そうだ、女に振られたのもこの俗世との縁を切るきっかけが欲しくてやったのに違いない、という主張まで繰り広げられた。男は礼賛され、中には教えを乞おうとする者まで現れ始めた。

 しかし男にとってはどうでも良かった。自分のやれること、やりたいことを全てこなしただけの事なのだから。
 男が気になることと言えば、この傷がいつ治るのか、いつ自由になれるのか、ということだった。

愚か者

昨年他界したスティーブ・ジョブズ氏の言葉を体現させたかったのですが、これがなかなか切り込めませんでした。
正直な感想を言えば、もう少し肉付けをしたほうが話の広がり、スケールを感じられるかな、という風に思っています。

愚か者

超短文ですが、自分の思うところをまとめてみた小話です。よろしければ一見下さい。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-06

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