青い関係

高橋れもん

執筆中。。。。。未完成というか考え中です…。小説書くのって難しい…。行き詰まってます。。。。更新遅いです。来てくれた人スミマセン…。いつもありがとうございます。 小説を甘く見てました…。考えがまとまらないです…(^-^; ない知恵と気力を振り絞り、書いています。この作品は、平たく言えば肖像画のようなもんですな。。。


病気から回復しました。しかし、しばらく更新しておらず、スミマセン…。

スマイル

人を成長させるのは、他人との関係性なんだよ。と、相馬が言った。どういうことですか、と僕は尋ねた。人と人が、互いに影響を与え合うことが、その人を成長させていくんだよ、人は、一人きりでは生きて行けない、人を向上させるのは、他者の存在なんだよ。相馬は、無精髭のあいだからわずかに笑みを見せながら、そう言った。得意気な、満ち足りたような微笑だった。僕は、その笑顔にはっとして、惹かれた。なぜなら、普段の彼が見せる諦念に満ちた、物悲しげな笑顔や、あるいは投げやりだったり、物憂げな笑顔とは違っていて、なんというか、「格好いい」笑顔だったからだ。僕は思わず、驚いた顔になって、相馬を見つめた。
「どうしちゃったんですか?相馬さん」
「なに、俺ごときが哲学的なことを語るのが、おかしいか?」
相馬は、短くなった煙草を得意気にふかし、もう片方の手で、親指を立てて見せた。相馬は、煙草を、手近にあったスチールの灰皿に潰した。
「うーん…名言ですね」
そして、正しいことを言っている、と僕は思った。相馬は、僕に向かい、満面の笑みを見せた。
ここは、アルコール依存症専門外来クリニックの待ち合い室、ホールだ。ホールのなかはいつものように、医師の診察を待つ患者たちでごった返していた。地元で有名なだけではなく、専門治療を行うクリニックのなかでも有数とされる、S神経科クリニック。クリニックには、およそ日本各地から、その噂を聞いた数多くの外来患者が訪れる。社会に出て、生来の内向的性格からアルコホーリクスになってしまった僕は、ある精神科を受診して、このS クリニックを紹介されたのだった。そこで、相馬と知り合った。
断酒教育のための講義式プログラム、デイサービス、ミーティング形式の集団プログラム…そのどれもが、初めは恐怖感すらあったものの、半年も参加すると、いささか退屈に感じられてきた。やがて、僕はすっかり古株の患者たちと打ち解けて、以前の、酒浸りな(そして陰鬱な)サラリーマン生活を送っていた頃の僕よりも、快活になっていった。こと毎日の通院を原則とするこのクリニックでは、患者同士の相互理解にこそ、重点を置いているとも、考えられた。開放型治療というのかもしれない。ともかく、相馬という患者と毎日顔を合わすうち、僕は彼と、少しずつ親しくなっていったのだ。
「金城は、まだ若いけれどもさ。俺くらいのトシにもなると、それくらいのことはわかるようになるんだよ」
相馬は、いくらか興奮気味に、腰掛けているパイプ椅子を体ごと揺すりながら、言った。
「相馬さんは、パチンコと酒にしか興味がないのだと思ってましたが…悟ってますね」
僕は、相馬に、他意のない笑顔を向けた。
「おいおい。勝手なこと、言ってんじゃねえよ…」
不服そうな視線を、相馬は僕に向けた。
診察を待つ患者たちの数名分の名前が、院内アナウンスで、矢継ぎ早に呼ばれた。通院してきた時間が僕よりも早い相馬の名前が、アナウンスされると、彼は席を立ち、階下にある診察室へおりていった。相馬のよれたアーミーパンツを、僕はいつまでも見送っていた。
「相馬さん、最近、なんだか元気いいね」
相談員の白石が、いつの間にか僕の側に立っていた。白石は、講師、生活相談、事務までこなしているケースワーカー、女性相談員だ。僕は、斜め上に白石の長身と童顔を見つめながら、そうですかね?と、言った。白石は僕に向かって、白い歯をくっきりと見せ、愛くるしい笑顔を見せて、言った。
「なんか、いいことあったのかな?」
「さあ…相変わらず、生活保護で窮屈で貧乏で、子供たちには愛想をつかされたままだそうですけど。取り立てて、いいことはないような…」
率直に僕は、言った。
「そうかな。雰囲気が、前とは違うわ。生気がある」
断定的に言った白石に、僕はまたも、そうですか?と、問いかけた。
「あたしは、この道一筋二十年よ。あたしの診断は、確かなのよ」
白石は、自分の言葉に、うんうんとうなずいた。白石は、長い黒髪を揺らしながら、僕の側を去っていった。僕は、ジーンズのポケットから煙草を取り出して、火をつけた。最近の相馬が、取り立てて元気だとは思わない。もちろん、高々半年程の付き合いだ。それ以前の彼が、どれほど陰鬱で、活気がなかったかなどは、知る由もないが。

ラヴ

講義を終えた患者たちの一団が、狭苦しい一本のエレベーターから下りてくる。ホールはすぐに、患者たちで溢れ返った。誰もが、思い思いの会話を交わしながら煙草に火をつける。ホールはすぐに、煙でいっぱいになった。僕と相馬も、やはり先刻まで座っていた、エレベーターのすぐそばに置かれたパイプ椅子に陣取り、揃って煙草を吸っていた。時刻は午前11時45分になっていた。
「はあ、やっとメシの時間が来たな。午後は、今日は、堤医師の講義だぜ。居眠りの時間だなあ…」
相馬が、言った。
「もう、何度聞いたかわかんないっすね、堤センセイの話…」
「アルコールと脳の関係性…人体への影響…共依存…回復のプロセス…成長や自立とはなにか…」
と、相馬は僕に、訝しげな視線を向けた。なんだよ。…我慢できず、ついに僕は、声をあげて、クスクスと笑った。
「ふふ、まるで、今日の相馬さんの話ですね。相馬さんって…ある意味、面白いですよね。よっ、相馬ドクター」
「けっ。なんだそれ…。弁当屋へ行かねえか?」
「あ。僕は持参ですから」
そういって、僕は、足下に置いてあるリュックサックから、クリームパンを二つ、取り出した。そうか、じゃ、ちょっと行ってくらあ。相馬は灰皿に煙草を押し潰し、階下へ下りていった。またしても傍らに気配を感じ、僕は振り返る。案の定、白石が立っていた。白石は、去っていった相馬の後ろ姿を、腕組みをしながら見続けていたのだ。
「やっぱり…快活な感じがするわ。なにかあったのね、相馬のオヤジ…」
白石が言った。
「えっと…そんなに気になるなら、自分で聞いてみたらいいでしょ…白石さん」
僕は、言った。
「なんだか、ここ半年くらいのあいだなのよね。明るくなったの、って」
「えっ?」
「つまり…あなたと出会ってからよ。金城くん」
「僕と、会ってから?」
私の目に狂いはないわ…。白石は、難しい顔をしてそう言った。けれど…なにか特別なことでもあったかしら?白石は、僕の目をまっすぐに見つめながら、…正確には、見下ろしながら、そう言った。
「うーん、話を聞いたところでは、さっきも言いましたけど、別になにもないと…」
「そうよねえ…」
白石は、腕組みを解いた。そのとき、天恵のごとくに、僕の脳裏に、「相馬に関するある可能性」が閃いた。僕は、自分の発想に唖然とし、幾ばくかの間をとった。あんぐりと開いた口から、まるで田舎の銭湯の煙突のように、のんびりとした煙が天に向かい、立ち上った。
「何…どうしたの?」
白石は、僕に尋ねた。僕は途端に、羞恥とも嫌悪ともつかぬ感情にとらわれて、しばらく黙ったままだった。浮遊感にとらわれていた。白石は、怪訝そうな顔をして、僕をまじまじと見つめていた。相馬の言うところの、そのあどけない、愛くるしい瞳で。相馬は、白石に恋をしている。僕は、相馬との会話の端々を、反芻した。可能性は、やがて、確信に近いものに変わっていった。そして、そのことを、白石に言えるはずもなかった。僕は、クリームパンにかぶりついた。

アイム・ノーバディ

ある夜。冬の渇いた空気を、ポケットからわずかにはみ出した手首のあたりで感じながら、冷たい夜風から逃れるように、僕はコンビニに入っていった。若い女のバイト店員の、いらっしゃいませ、という甲高い声が耳に飛び込んできた。僕は、両手をポケットから出して、腹の前ですり合わせながら、店内を物色し始めた。…取り立てて不自由はないけど、若すぎる激しさの行き場所がない。少しハスキーな若い女性のシンガーの声が、店内放送から聞こえてきた。僕は、自分を若いとは思っていなかったので、天丼のパックを手にしたまま、これ見よがしに、ゆっくりと溜め息をついた。僕は、天丼のパックを持ったまま、レジに向かった。レジには、三人の客が並んでいて、僕は、その列に並んだ。一点で合計、398円になります。あ、それとマイルドセブン10ミリ、一つ…。かしこまりました。レジの手前にあるカウンターの上のモニターに、年齢認証のタッチパネルが現れて、レジ係は、それを素早く、指で押した。…誰のようでもなく、誰のためでもなく。僕は、その歌を知っていた。支払いを終えて、商品を受け取った僕は、店から出るために、自動ドアの前に立った。入れ違いに、男が入ってきた。酩酊状態にあるのが、一目でわかった。すえた、酒のにおい。おぼつかない足どり。よれたジーンズに、悪趣味で赤い、ノーブランドの安物のトレーナーを着ていた。いつも、そのような身なりであることは、想像にかたくはない。何より、肩まで無造作に伸びた、脂ぎった髪が、男の不健全さを物語っていた。それでいて、この種の男は、世の中に掃いて捨てるほど、存在する…だろうと、僕は思った。そう、日常、アルコール依存症患者には、見飽きているじゃないか。僕は、男から目をそらした。だが、僕と男は、すれちがいざま、肩がぶつかった。
「おっと…いてえじゃねえか」    
「…すみません」
「なに、聞こえねえなあ…」
男が、足を止めた。男は、酒くさい息を吐きながら、僕に顔を近づけてきた。僕は、僕のうちに猛烈な敵愾心がわき上がるのを、感じた。酔っ払いめ!I'm Nobody と、女性のシンガーが、繰り返していた。敵意は、実は、僕自身の羞恥心だったかもしれない。つまり、同族嫌悪かも知れなかった。気がつくと、僕は、男と取っ組み合いになっていた。僕は非力だったが、男の腹部に、ありったけの力を込めて、パンチを打った。男はうめきながら、膝からくずおれた。男もまた痩身で、非力だった。僕は、一瞬、頭のなかでガッツポーズをとっていた。同時に、もっと痛め付けてやろうという、サディスティックな情動が、わき上がった。本当の「痛み」を教えてやる。高揚と興奮…僕の頭では、ウィリアム・テル序曲さえ、聞こえるようだった。若い女性のレジ係員が、誰か来て、と叫んだ。
「誰か…店長!来てください!」
バックヤードの従業員用の出入り口から、胡麻塩頭の年配の男が、勢いよく現れて、事態を察知したらしく、即座に、僕たちの間に割って入った。君、やめたまえ、落ち着きなさい。
「くそっ、お前みたいなアル中がいるから、俺たちはいっつも人に見下されてばっかりなんだよ。お前みたいなヤツがいるから、世の中はいっこうに良くならねぇんだよ、バカ野郎が。お前みたいなヤツ、俺がぶっ殺してやるよ…」
僕は、うずくまる男に向かい、罵倒の声をあげていた。勢いに任せた、罵声であり、怒鳴り声だった。君、もういいだろう、やめなさい。店長に背後から取り押さえられ、ようやく僕は、我に返った。僕は、激しく、荒い息をついていた。おい、大人しくするんだ…ふう、やっと落ち着いたか?…ったく…店のなかで、こんなに暴れてくれちゃって、どうしてくれるんだ、えっ、おい…。店長は、僕を背後から羽交い締めにしながら、早口に言った。全身の力が抜けて行くのを、感じた。酔っ払いの男は、こちらを一瞥しつつも、あわてて自動ドアから、飛び出して行った。早く、警察を呼べ。店長が、レジ係の女の子に向かって、言った。レジ係は、急いで、事務所のある出入り口の奥へと、駆け込んで行った。

ロンリネス

…once upon a time 流行のファーストフード店で…。有線の、店内のポップ・ミュージックが、空々しく鳴っていた。僕は、混濁した思考のなかで、ぼんやりとそれを聴いていた。店内には、僕の他に客の姿はなく、店長と3名のバイト店員たちが、僕を取り囲む格好になっていた。僕は、虚脱感を覚えた。未だ荒々しい呼吸の音が、音楽よりも大きな音で、聞こえる気がした。警察に通報したって?…やばい、逃げなきゃ。しかし、どこへ?逃げ切れるというのか?この状況を、どのように説明すればいいだろう?自分を見失ったことへの激しい後悔の念を、僕は、覚えた。自動ドアが開いた。が、入店しようとした若いカップルは、僕たちの状況を不審がって、神妙な顔つきで、即座に店を出ていった。それから、しばらくたって、パトカーのサイレンが聞こえてきた。ふたたび自動ドアが開いて、制服姿の警官が3名、勢いよく店に入ってきた。そのうちひとりは、黒いスーツを身に付けていて、刑事らしかった。
「どうした?いったいなにがあったんだ?」
警官たちが、僕と店員たちを代わる代わる見ながら、言った。店長が、口を開いた。
「暴行っすよ。この青年が、一方的に客の男を怒鳴り付けて、腹を殴って…」
「…ちょっと待ってくださいよ…」
「君、名前は?」
刑事が、僕に言った。
「は…?」
「名前だよ、名前」
ごま塩頭の店長が、険しい顔を見せて、繰り返した。
「か、金城…幸次…です」
「金城。ちょっと、警察に来てもらおう。詳しく話を聞かせてくれないか?…業務妨害、暴行、傷害の疑いだ」
僕は、俯いたまま、口をつぐんでいた。無力感に苛まれた。警官たちは僕の肩に手を回し、力を込めて僕を押し出した。午後8時34分、逮捕。僕の手には、手錠がかけられた。僕たちは、店を出て、あわただしくパトカーに乗り込んだ。店長とバイト店員たちは、表情を強ばらせ、その様子を見つめていた。





町外れにあるI 警察署の取調室で、簡単な経緯を説明した僕は、相変わらず虚脱感を覚え、憂鬱だった。派手な喧嘩をやらかすタイプには見えないぞ?と、刑事は言った。もちろんですよ、そういう奴じゃありません…。ただ、あのときはかっとなって、つい。僕は、弁明した。それに…主観的なことで、人を判断しないでください、誰だって腹が立つことは、あるでしょ。それはそうだが…。取り調べで、僕がアルコール依存症であることも、結局は、明らかになった。僕は、相馬や白石のこと、クリニックの患者たちのことを、ぼんやり考えていた。彼らは、僕のこの醜態を、なんというだろう?
「なるほど、S クリニックへ通院中。独り暮らし。両親は健在で、H 区に住んでいる…間違いないな?」
「はい」
両親か。まがりなりにも、"自立"を目標として、独り暮らしを始めた僕だ。事件を起こしたことを、彼らはどう思うだろう?あるいは、結局、否があるのは僕の方なのか。きっと、そうだろう…。僕は、家族グループのためにクリニックに来ていた両親の姿を思いだし、やるせない気分になった。
「いま、酒は?飲んでいるんじゃないだろうな?」
その刑事の言葉に、僕は苛立った。プライドを傷つけられた気がした。酒を飲んでいるだって?僕は、耳を疑うと同時に、悲しくなった。当然だ。すでに半年以上、通院し、断酒しているというのに。日々、苦心して、酒に関わらないようにしているというのに。スリップ(再飲酒)などしないよう、必死に毎日を過ごしているというのに。だが、ここで喧嘩腰になっては、ますます立場が悪くなるだろうということは、察しがついた。僕は、俯いたままの瞳を、ゆっくりとあげた。軽蔑するような、面倒なものを見るような、慇懃な刑事の眼差しが、そこにはあった。
「…バカなこと、言わないでください。断酒してます。飲んだら、通院の意味もないでしょう。それに、一度スリップしたからと言って、追放させられるような、冷たい病院ではありませんよ。いい病院ですから…」
「ふうむ…」
刑事は、腕組みをして唸った。僕は、僕の行く末を案じた。
「金城幸次くん。今晩は、君をここに留置することになる。自宅へは、帰れない。明日の午前中に、保護者に引き受けてもらうことになったんだ。わかったな?」
「…保護者…?」
「さっき、連絡をとった。明日、君の母親と、通院しているクリニックの女性の相談員が、それぞれ、ここへ迎えに来るそうだ」
「そうですか…わかりました」
僕は、力なくうなずいた。
「もうこんな喧嘩で警察沙汰になるのは、やめてくれ。ご両親のためにもな」



晴れ上がった空のまばゆさに、僕は、目を細めた。身を切るような冷たい風が、吹いていた。昨晩は、興奮と緊張で、眠ることなど出来なかった。そして、ある「恐怖」が、僕を支配した。つまり、僕は、以前のようなアル中に戻ってしまうんじゃないだろうか。再び、他人との関係(このとき、僕の脳裏には、相馬の言葉がよぎった…)から身を引き、心を閉ざすようになってしまうのではないか。刑事に話したことなどは、すべて建前だ、酒に身を委ねてしまえば、忘れられるのではないか。そんな思案をしながら、檻の中で朝が来るのを待った。出会ってすぐ、母は、僕に、平手打ちをした。寒空のした、派手な音が鳴り響いた。母の側に立っていた白石は、ゆるやかに、目をそらした。彼女は、なにか言葉を発しようとしたようだったが、うつむいてしまった…。…もう二度と、酒で問題を起こさないと、約束したじゃない。母は、険しい目付きで、僕を睨んだ。ちょっと待ってくれよ、俺は飲んでないよ、相手の男が、酒に酔ってたんだよ…それだけだよ…。事件だなんて…。俺は、悪くないって、誤解しないでくれ。しかし、僕は、自制心を失った事実を、うまく受け止められなかった。白石は、顔をあげて、僕に向き直り言った。
「スリップの前兆かもしれないわね。自分をコントロール出来ないってのは…」
「えっ、そんな…ものの弾みだよ。流れだよ…。言い訳に聞こえるだろうけど」
白石は、母に向き直った。
「お母さん。回復までは、本当に長い時間がかかるんですよ。いえ、アルコール依存症の治癒なんて、本当はないのかもしれません。けれど、我々の使命は、患者さんの回復のアシストをすることです。そして、患者さんが一刻も早く、適切な社会生活を送れるようになるまで、力を尽くします。私共は、今後も、金城くんのお世話を精一杯させていただきます。ご安心ください。これからカウンセリングを兼ねて、金城くんとお話がしたいと思います。自宅へは私が、責任をもって帰しますので、ご安心を…」
母は、白石に深々と頭を下げた。

セラピー

人々の、せわしなく行き交うアーケード街を、僕と白石は並んで歩いていた。長身の白石は、並んで歩くと、僕とほぼ同じ背丈だった。どこか、ゆっくり話の出来る店に入ろう。白石は、まっすぐ前を見つめたまま、言った。激しく行き交う人の間をぬって、僕たちは、二階建てのレトロを模した喫茶店へと入っていった。僕たちは、二階の窓際のテーブルについた。店内には、中年女性の二人組と、年老いた男が、それぞれテーブルについていた。男は、読んでいたスポーツ新聞から、一瞬目を離し、僕たちに視線をくれた。ホット、二つね。白石は、やって来たウェイトレスに注文したあとで、眼下にある往来に、目を移した。煙草を吸うのは、はばかられた。気分と、立場の問題だ。僕は、僕の感情をもてあましていた。店内の薄暗い照明に照らされ、白石の顔は、陰りを帯びていた。白石は、僕の方を向き直った。
「警察に、いきさつは大体聞いたわ。あたしは、金城くんを信じていないわけじゃない。批難するつもりもない。…だけど、事件を起こしたことは、問題よ」
白石は、僕の目をじっと見据えて、言った。僕は、白石の表情をうかがった。厳しい目付き(それは、彼女が仕事に集中しているときの眼差しだ)の奥に、なにかに怯えるような色を浮かべているのが、見てとれた。悲しく、儚げに見えた。僕は、あのとき、抵抗し、暴力を振るったことを、悔やんだ。白石は、言葉を継いだ。…事件を起こしたからといって、クリニックを追い出すわけじゃないわ。あなたばかり、悪いのでもない。うん、スリップしたわけでもない。だけど、自分を見失って、衝動的になるなんて、間違ってるわ…。ウェイトレスがやって来て、コーヒーを二つ、テーブルに置いた。
「依存症の、真の治癒はありえない。けれど快方へ導くことは出来る。何度も言うようだけど、あなたを見捨てることはしないわ。だから、金城くん。あなたも、投げ出したり、諦めちゃいけない…自分の負と向き合うことは、怖いことじゃない。むしろ、断酒のためには必要なことよ。そして、体験を語ることなくしては、回復はありえない」
正論だが、そんな話は、いつもミーティングや講義で聞かされている。僕は、そっぽを向いた。あなただけの問題じゃない、事件を起こしたからって、自閉的になっちゃダメよ、と白石は言った。
「感情的になることは、誰だってあるわ。自分を責めることはないの。ただ、真実から目をそらしちゃダメよ」
白石は、言った。常に、サポートする人がいること、忘れないでね。けれども、僕は、白石の言葉を全面的に受け入れたわけでは、なかった。つまり、理解は出来るが、それを行えるかどうかは、別物だ。ましてや、僕は弱い人間なのだ…。
「あーあ…随分深刻な話になっちゃったなぁ…」
急に、おどけたように、白石が言った。
「あなたがそういう衝動を持ってるって、とっくに調べがついてるんだから」
白石が、口の端をゆがめて、いかにも意地悪な笑みを浮かべた。おどけてみせているのだろう。いつもの白石に戻っていた。
「警察に呼ばれたときは、ビックリしたわ。…だけど、こんなことは慣れっこよ。変に気を使わないでよ。いままでの金城くんで、いてね…」
僕を安堵させるための、言葉だった。が、白石の柔和な表情とは裏腹に、僕の心には黒々とした感情で、いっぱいだった。人知れず押し寄せる感情の波に逆らえず、僕は口を開いた。
「…真実から目をそらしちゃいけない…」
「そうよ」
白石は、こちらを見て、大きくうなずいた。
「僕は、ひとつ、真実を知っていますよ…」
なんのこと…?白石は、コーヒーカップを口につけながら、尋ねた。僕は、いくらか間を置いた。白石が、不思議そうな顔をした。この世の疑いや苦しみをいっさい知らないような、純粋な、無邪気な眼差し。僕は、そのときの白石の表情を、一生忘れないだろう。そう思った。相馬さんは、白石さんが、好きなんですよ。

ロスト

白石は、僕の言葉の意味を咀嚼するのに、時間がかかっていた。その間、僕は、相馬のことを考えた。相馬が嬉しそうに白石の話題をすることを、思い出していた。僕は、相馬の気持ちを目の前の白石に、衝動的に喋ってしまったことを、いくらか後悔した。白石が返答する前に、立ち去ってしまおうか、と考えた。嘘をついたわけではなかった。けれど、僕の勝手な憶測に過ぎないことなのだ。僕は、衝動を抑えきれない自分を恥じた。白石は、驚きもせず、かといって、冗談として笑い飛ばしてしまうでもなく、ふっと笑みをもらし、言った。…あなたには関係のないことよ。それに、患者とそういう関係にはなれないのよ。それが、白石の答えだった。なにも語るべきものを持たないような、瞳だった。
僕は、なぜだか、その場にいるのが苦痛になって、席を立った。立ち上がった僕を、白石は訝しげに見つめ、けれども自分の役割を思い出したかのように、僕をなだめ、ふたたび席に着かせようとした。僕は、それを、拒否した。白石は、ゆっくりと俯いた。
「真実って…なあんだ、そんなこと」
「相馬さんに、はっきりと聞いたわけではないけど…」
「それが、金城くんに、なにか関係あるの?ただの興味本意じゃない。そんな話したって、意味がないわ。なにか、別の答えでも期待してた?」
僕は、黙りこくった。相馬の幸せな顔が見たかったような気もしたが、不十分な理由だろうと思った。自己欺瞞…。それでは、僕はいったい、なにを求めていたのだろう。冷めた飲みかけのコーヒーを残して、僕たちは店を出た。ふたたび、冷気に包まれた通りを歩く。僕は、白石の斜め前を歩いた。言葉はなかった。ついてこなくても、一人で帰れますよ。僕は、重い口を開き、言った。そういうわけにはいかないわ、同伴する役目だもん。僕たちは、在来線に乗り、やがて駅を下りた。白石は、僕のアパートの前で、僕の姿を見送ると、去っていった。いつしか太陽は、中天よりも少し傾きかけていて、その姿を雲間に隠そうとしていた。狭いアパートの一室に、僕はひとりで立ち尽くした。暖房をつけないまま、炊事場のシンクのふちにもたれ掛かって、煙草を吸った。クリニックに行って、相馬と会うのがためらわれた。相馬の気持ちを、わざわざ伝える必要など、なかったのかも知れない。僕は、静かに目を閉じた。冷気に包まれた小部屋を、緩慢な時間だけが行き過ぎていった。




単調な振動の音だけが、聞こえる。エアコンの、ヒーターの稼働する音。なにもすることのない午後の時間をもてあまし、煙草の本数だけが増えて行く。こたつに半身を埋ずめ、寝転んで手を頭の後ろにやる。日の光の入らない薄暗い部屋の薄汚れた天井を、ただぼんやりと見つめる。時おり、外の通りを勢い良く行きすぎるバイクの音が、耳に入る。退屈だが、何かをする意欲がない。単調な日々に、亀裂がほしいように思えた。クリニックに通って安穏とした日々を送っていても、意味がないように感じた。自分が何をなすべきかを、考えた。しかし、答えは出てこない。そもそも安定を至上目的とした通院生活に、何か事を起こす必要などあるのだろうか?しかし、単調さはやがて、退屈をもたらして、悪い方向に破綻するような予感がするのだった。…いや、すでに事件を起こして、破綻している。あるいは、相馬の気持ちを不用意に白石に話したりしている。日常へのアンチテーゼのつもりか。…変化が欲しいのだ。煙草の煙が、天井の下あたりで渦を作り、やがて空調の緩やかな風に流され、かき消えて行った。相馬と白石の姿を、思い出した。僕のイメージのなかで、二人は幸福そうだった。付き合ってもいないのに…。恋愛は、人に生気を与えるのだろうか?もちろん、その対局にあるいまの僕には、およそ理解しがたい情感だった。ある種の焦躁を感じる。苛立ち。不安定。幸福に対する嫉妬…。そんなものをもて余した僕は、ついに立ち上がった。エアコンのスイッチを切るのももどかしく、アパートの部屋を出る。ジーンズのポケットに入っていた財布の中身を確認する。震える手で。僕は、近所のコンビニに飛び込んだ。すぐに酒類の棚を目指す。スリップだ…。自分が憐れに感じた。しかし、そんな僕を止めるものは、この時、どこにもなかった。それから僕は、いくら飲んでも飲み足らず、その日のうちに何度もコンビニに出入りした。部屋はすぐに、空き缶とアルコールの臭気でいっぱいになった。エアコンの温風と煙草の煙と酒そのものに、僕は、何度もむせかえった。そのたびにトイレへ駆け込んだ。トイレは、吐き出した酒と胃液の臭いに包まれ、一秒たりともそこにいとどまることは出来なかった。何度も嘔吐を繰り返したが、酒を飲むことはやめられなかった。相馬と白石のイメージは、悪意のあるものへ変貌していった。見知らぬ他人のようにも感じた。それに怒り、また怯えるように、僕は酒を飲んだ。それでも酩酊には、ある種の懐かしさを感じた。以前の酒浸りの日々を、走馬灯のように思い返していた。朦朧とする意識の片隅で、相馬の言葉がよみがえる。人との関係。けれど、いまの僕には、それこそがわずらわしいものであったし、現実、飲酒を止めてくれる人など、いまの僕の周りにはいない。人との関係など、曖昧で儚いものだと思った。形の無いものが不安で、不満だった。それに気づく自分が嫌で、また酒を飲んだ。一瞬、白石の顔が脳裡によぎった。ごめん、白石さん。俺は不甲斐ないし…裏切り者だよ。





取り立てて不自由はないけど、若すぎる激しさの行き場所がない…。自暴自棄になって、際限もなく飲んだ。目眩、倦怠、吐き気や頭痛が襲ってきたが、現実感から逃れるために、酒を飲み続けた。酒が、酩酊が、僕を別の場所へ連れていってくれることを望んだ。それは一種の「理想」であって、僕は相変わらず現実に縛り付けられていたし、酒を飲むという行為は、その現実こそを、僕に深く認識させるものだった。逃れたくて酒をまた飲む、悪循環こそがこの病だ。暗く深い沼から伸びてくる手が、僕をその沼の中へ、引きずり込もうとしているように思えた。…眠りについたのかどうかも、わからない。警察から解放されて…つまり、飲みはじめて四日目の朝に、クリニックから電話がかかってきた。白石だった。どうして通院しないの。いま、アパートの部屋にいるの?どうしてるの?白石は、尋ねた。話すことは、ありませんよ。僕はスイッチを押して、通話を切った。クリニック側が、強制的に通院をさせないことは知っている。それを利用した。もう一度電話がかかって来ることはなかった。が、白石の電話の声は、僕にふたたび理性的ななにかを呼び起こさせた。酩酊のなか、自分を客観視することは、地獄だった。自己嫌悪、後悔…白石や通院患者たちの姿。そう、彼らに会わす顔がない。僕は酒を飲む手を止めて、自分の人生を、アルバムをめくるように思い返した。最後に通院の日々があった。白石に、会いたくなった。こんな僕の状況を、彼女は何と言うのだろう?それでもまだ、僕をかばい、いたわり続けるだろうか?仕事だから、当然、そうするだろう。けれど、僕は、白石の本心を聞きたくなったのだ。昼過ぎになって、僕はクリニックへ向かった。気力を振り絞って。千鳥足で。

ビリーヴ

冬の風が、頬に刺さって冷たい。家を出た僕は、狭い路地を抜け、最寄り駅から電車に飛び乗り、クリニックを目指した。車内で、乗車口の側に立ったままの僕は、いつのまにか泣いていた。人知れず涙を拭いた。惨めだった。涙は、いくらでも溢れ出た。それでもまだ、白石に会おうとする自分は、いったいなんなのだろうと思った。自分の感情が、理解できなかった。Sクリニックは、診察も講義もとっくに終わっていて、ようやくたどり着いた僕は、白石に呼び止められ、個別相談室に通されて、彼女に叱責された(無断で通院しなかったことを、だ…)。…が、
「ごめん、怒っちゃったね…でもね、金城くんが来てくれてうれしいわ。ううん、金城くんなら、きっと来ると思ってた。うそじゃないわ。あなたは、そういう人」
危うく、白石の前で泣いてしまうところだった。僕はまだ、彼女に信用されている。ささやかな希望だろうか。
「誰だって、自分で立ち上がる力を持ってる。何度でも、やり直せる。そのための病院でしょ?そのために、あたしたちがいるのよ」
相変わらずポジティブな白石の言葉に、多少あてられた気持ちになりつつも、僕は、感謝の念を抱いた。僕は、席で相対する白石の顔を、まじまじと見つめた。瞳にうっすらと、涙が浮かんでいるのが見えた。安心感と同時に吐き気が催してきて、思う存分、僕はトイレで吐いた。その様子を、白石は、さもおかしそうに、笑って眺めていた。童顔が、ますます子供の無邪気さに変わる。医師や他の相談員の怪訝な顔をよそに、白石は笑い転げていた。翌日は、いつもどおり、朝から通院した。




通院を再開して三日目あたり、僕のスリップの噂は、クリニックで広まり始めた。ある意味では懐の深い病院なので、患者たちは僕を心底蔑んでいるわけではなかったし、誰々がいつスリップした、というのはままある話だったから、深く考えないことにした。けれども、多少の居心地の悪さと気恥ずかしさを覚えた。

青い関係

漠然と青春もの…なんつっても、なんだかな。。。ありがちな展開ですね。。。。スミマセン…。もっとアイデアを練らないと、と思います。というか、不勉強です。小説って、むずかしい……(笑)



ネタバレ☀…相馬が白石に恋をしてることを描くのには、もっとうまい見せ方(読ませかた、展開)あるだろう、とか。最大の欠点は、この内容だと、別にアルコール依存症の話じゃなくてもいいだろ、とか。突っ込みどころ、欠点は、多々ありますね。。。なにより、きっちりプロットなど練らず、行き当たりばったりで小説なんぞ書くから、ダメだと思いました。反省すべきところはたくさんありますね。僕の場合、サークルなぞ入ってるわけではないので、客観的評価が見えなくなります。。。ダメだなぁ、と思います。



とりあえず、こんな中途半端な作品をお読みいただき、ありがとうございます。読み返してみると、いかにも素人っぽい文章で、まとまりがないなぁ…と反省です…。ううん…才能が欲しい…。困惑。

「蘇生」というタイトルにしようか迷っています。他には「SHIZUKU」とかね。うーん…結末によるなぁ…メモメモ…。だって「青い関係 高橋れもん」…なんか…エロ本みたいだね…(笑)アル中の青年が、断酒中、傷ついてまた飲みはじめてさらに傷つき、周囲の人の助けでまた立ち直るお話。ベタだけど…(笑)でも、王道の良さってあると思います。

青い関係

酒に逃げる青春。内向的青年は、光を見つけられるのか?

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-10

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