アガペー 〜ある名もなきAV女優へ〜

私の知人にあるAV女優がいました。彼女の魂を昇華させるべく筆を執った次第です。ポルノ的表現はありません。

                                           
 

      一 聖書の解釈



 聖書にも書いてありましたが、天国に優先的に入れるのは子供達と娼婦なんですってね。
 物心がついてからは男も女も後回しにされるんですって。
 何が基準になっているのか、どういう定義でそうなるのか、詳しいことはわかりません。
 でも、その事実は私にとって何よりも心地の良いものでした。
 結局それが神様の本音なんだろうなって。
 けれども世の中は例え神が望もうとも正気の方向に向かうとは限りませんよね。
 一体どっちが狂ってて、何が正しいのか。
 その答えを知ってるのは子供達か、あるいは娼婦だけなのかも知れません。
 
 出会いというのは本当に不思議なものです。
 偶然と呼ばれていたものは、時間が経てば経つほど次第に必然と呼ばれるようになっていく。
 ぼやけて見えていたものが徐々に輪郭をはっきりさせてくるんですね。
 思い出が単なる記号に変わっていきます。
 そうすると大人になるにつれ恐ろしく明快に、簡単に、現在の自分をイコールで導くのです。
 一足す一が瞬時に二であるように。
 それは、過去があられもないスピードで思い起こされ、目まぐるしく過ぎ去っていき、生きてきたというよりかは生かされてきたという気分になるからです。
 たった一本の道、ほんの一筋しか用意されていなかった過去ですが、では未来に広がる無限の可能性とは一体何だったのかと。
 私達の未来はすでに決まっているんです。
 私達の過去はすでに決まっているんですから。
 今現在の私は、日々新しく示された一筋を歩みつつも、自由に生きていくことを未来に向けて約束するんです。
 そこに辿り着くまでの道のりは絶対に自由であるということを。
 そうじゃないと未来の私は、過去に納得しませんよね?

 世界中の誰もがかつてはそうであったように。
 何も知らずに何気なく、いつものようにいつもの場所で。
 裕福だったとか貧しかったとか、美しいも醜いも関係なく、ただ単に子供であった時代。
 無罪で、無国籍で、無条件で。
 何をやらかしても周りの大人達が勝手につじつまを合わせてくれました。
 でもある日突然子供でなくなった時からは、世界中の誰もが天国への保障を失っているのです。
 その日がいつなのかは誰も知らないし、決して知らされることもない。
 そして生きるということの代償はとてつもなく大きいものなのかも知れません。
 いつの間にか子供であることが終わりを迎えると、人は体を売らなければ、天国への優先的な特権は得られない、と。
 すみません、とても残酷な解釈ですね。

 聖書は一度だけざっと目を通したきりです。
 覚醒剤をやりながらでしたので、集中して、連続して読み耽ることが出来ました。
 でももし覚醒剤のせいで私の解釈が歪んでしまっていたとしても、それを正そうとは思いません。
 私が受け取ったメッセージは唯一無二のオリジナルで構わないと思っています。
 その印象が全てだと、神はおっしゃってくれると思うんです。

 覚醒剤との出会いは決して私から歩み寄ったものではありませんでした。
 二十才になる前、十九才の頃ですから今からもう十二年も前の事ですね。
 私にとってはその時が一番最初、この世の始まりでした。
 点睛を授かった龍がその活動を開始するように、すでに等身大で描かれてあった私の総身の絵画は、魂を置き去りにして離脱し、私の元に未来を運んでくるようになった。
 私は閉じ込められたように何もすることが出来ず、動きを止めたまま、心の中でしくしく泣いていました。
 しかし未来は一つしかありませんから、私はそれを受け取るのみです。
 逃れたくても逃れられない無情の部屋で、与えられた未来を細々と咀嚼する。
 それからは、それまで感じたことのない、言うなれば純度の高い上質な不安を常に感じていたのです。
 私はその時に初めて自らの心の豊富な領地に罪を区画しました。
 私はその時に初めて自らの心の永遠の太陽に夜を与えました。
 その時に初めて自らの心の従順な飼犬に鎖を繋いだのです。
 
 裏切りに怯え始めた弱者は自分の罪とは対峙しようともせず、償おうともしません。
 償われるべき罪はやがて体内で醜く肥大していき、顔相にその姿がはみ出してくる。
 そして卑しく人権を主張し始めるんです。 
 理想はいつだって、この世界に果てを区別せず、空は宇宙に向かって溶けてゆく、どこまでも自由な、全てで一つの世界です。
 でも残念ながら区切られてばかりの現実世界ですよね。
 
      *

 楽しい思い出はほとんどありませんでした。
 パッと思い出すものは象徴的な暗い部屋と、そこで見た幻がほとんどです。
 それは私が外に出るのを極端に嫌ったからかもしれません。
 月に一、二回ほど気晴らしに外出する程度で、ほとんどアパートの部屋からは出ずに、読書をしたり絵を描いたりして過ごしていました。
  
 とてもくだらない話ですが、いわゆる魔法……簡単な魔法のようなものは、当時はごく自然に使うことが出来ました。
 例えばアパートの隣の部屋に住む住人に対して「セックスを始めろ」と念ずるとします。そうすると隣の住人は本当にセックスをやり始めました。豪快に音を立てて大胆に声を張り上げながら、私がやめろと念ずるまで延々と三十六時間くらい。
 行為は中断されることなくノンストップで行なわれ続け、男は一心不乱に腰を振り続け、女は大声で喘ぎ続けました。人間らしく様々な体位を取りながら、時にはベッドから転げ落ちてドスンと大きな音を響かせたり。
 たまに交わされる二人の会話も、内容までは聞き取れませんでしたがとても流暢で楽しげなものでした。
 しかし彼らのセックスは丸一日、二十四時間が経過しても終わりがくることはありませんでした。
 それでも彼らが何か終了の合図のようなものを待ってるとも思えなかったので、私は私が念ずることで彼らが元々持ち合わせていたセックスに対する本能的な欲求に対して、少しだけその背中を押してあげることが出来たんだと本気で思っていました。
 要するに彼らのホルモンバランスにランダムに影響する神秘的な何かの一つを私がコントロール出来たんだと。
 月の満ち欠けが操作出来たんです。
 他次元的な場所でというか、霊的な領域でとでも言いましょうか、彼らと密接に関わり合って過ごせた三十六時間はとても有意義なものでした。
 そして今になってとても面白いのは、当時のその魔法のような特殊な能力を、その後面白おかしく興味本位でもう一度使おうとはただの一度も思わなかったことです。
 全ての魔法は一度きりで、再度試みることはありません。
 当時生まれて初めてパチンコに行った時も、他のお客さんがほとんどいない、いかにも場末のパチンコ屋さんで、適当に座って千円、当たれと念じて二十万円分くらい大当たりしました。店員さん達の慌てふためいた顔を今でも楽しく思い出せます。
 初めて競馬に行って有馬記念で万馬券を当てたときも、一点だけ買って、ただ来いとだけ念じました。
 例えばこの店で流れているような有線も自由に選曲出来たし、一時的にですが車や人通りを無くすことだって出来たんです。
 それでも全ての魔法は一度きりで、再度試みることはありません。
 無欲、衝動、また無欲。
 何が悪で、何が正義なのか。
 そして何としてでも……、少なくとも覚醒剤が血流に乗って全身を隈なく駆け巡っている間、その効力がある間は、闇雲に正義でなければなりませんでした。
 善悪の正確な判断こそが、覚醒剤によって心身共に疲れ果て衰弱しきった当時の私が、この世で生命を存続させるために必要とする最低限の幸運を懇願する根源になっていたからです。
 正義へのわずかな執着の炎こそが視界を照らし出し、怯えが焦点を調整しました。
 物質的なもの、つまり覚醒剤によって限界にまで開かれた瞳孔をもってしても、もうすでに何も見ることは出来なかったのです。



      二 ファミレスにて


 
「きっかけは一人の女性との出会いでした」
 偽名でうららと名乗る女は、少し話し疲れてるようにも見えた。
 小野は相づちを打つだけで出来るだけ言葉を挟まずに、相手に気持ちよく話をしてもらうことを心掛けていたが、うららの様子に変調の兆しが訪れたことを汲み取った。
「少し休んでも大丈夫ですよ?」小野は気づかうように口を開いた。
 するとうららは少し驚いた表情をして「小野さんは聞いてばかりで疲れちゃいますよね? 私は全然大丈夫なんです。ただその売人の女性が象徴的すぎて、思い出すのが辛いんです」とうららは言った。
「あなたが気持ちよくなれればそれで構わない。話したくないことまで話さなくても大丈夫です」と小野は言った。
「ありがとうございます。でもこんな機会は滅多にないので、出来るだけ話してしまいたいんです」
「僕のことは気にしなくてもいい。うららさんの気が済むまでお付き合いします。どうぞ続けてください」
 うららは目の前にあるコーヒーには全く手をつけず、一心に話し続けていた。

 現在は夕方の四時を回ったところ。りんかい線の天王洲アイル駅近くのファミレス。
 待ち合わせの時刻は昼の二時で、それはうららからの希望だった。
 二人は携帯電話で連絡を取り合いながら、駅の地上出口を出たところで落ち合い、お互いの自己紹介もそこそこにすぐに歩き始めた。
 ファミレスに向かう途中、うららは初対面の小野に対してうまく表情が作れずおどおどしていたが、訝しがりながらも不器用な笑顔をその表情に湛えてみせた。
 歩道の両脇に散らかる大量の朽ちた落ち葉が二人を近づけるように幅を狭める。
 小野は晴れ渡った昼下がりの空を見上げながら、対称的に少しうつむき加減で歩くうららに向かって「天王洲アイルには、JALとフジテレビが隣接してあるんですね」と話しかけた。
 うららは「あれはフジアールといって美術を担当するフジテレビの子会社らしいですよ」と微笑みながら答えた。
 小野は安心したように大きく二回頷いて、また空を見上げた。
 ファミレスに入り店員に四人掛けのテーブルに案内されると、うららは小野に向かって奥のソファ側に座るように強く勧めた。
 うららが望んでいた通り平日の昼食時を過ぎたファミレスは客の数もまばらで、ほとんどが喫煙席に集中していた。
 うららはタバコは吸うが屋内では吸わないことにしているので禁煙席で構わないとのことだった。
 二人ともドリンクバーだけを注文し、店員が専用のグラスを運んでくるまでの間、小野は「どうぞリラックスしてください。これはいわゆる警察の取調べのようなものでもなければ尋問でもありません。うららさんは話したいことだけを話せばいい。僕はメモをとることもしないし、会話を録音することもありません。あなたのペースであなたがやりたいようにやってください」と笑みを織り交ぜながら諭した。

 小野の役割はただ話を聞いてあげること。
 長年親交のある友人が、小野の住んでいるアパート近くの教会で牧師をやっていて、その教会が覚醒剤中毒者からの相談や、うららのように昔やっていたが今は止めていて、その後精神的に安定しないので話を聞いてもらいたいというような相談をボランティアで受けていた。
 小野はキリスト教徒というわけではなかったが、教会の行事には地域住民として率先して参加するように心掛けていて、クリスマスはもちろんのこと、毎年決まった時期に予定されているバザーやキャンプやバーベキュー大会など、礼拝堂の飾りつけからテントの設営まで、準備も後片付けも全て参加するようにしていた。
 温厚で誠実な人柄は他の牧師達からの信頼も厚かった。
 小野自身も牧師達の覚醒剤経験者に対する熱心な仕事振りを何度か目の当たりにするうちに、生来の正義感も手伝ってか、自分に出来る範囲で構わなければとボランティアの有志を買って出たのだった。
 牧師らが他の要件でどうしても対応出来ない場合にだけ、そこのボランティアスタッフとして代理で相談を任されるようになった。
 もちろん相談者にはボランティアスタッフでも構わないかどうか事前に確認される。
 うららは構わないと返答していた。

 ウェイトレスがグラスを持ってきて、二人は一緒にドリンクバーに向かった。
 小野はうららに何にするか尋ねてから、二人分のアイスコーヒーを作って片方をうららに差し出した。
 テーブルに戻り、小野はアイスコーヒーを少しだけ口にして「私で力になれれば幸いですが、もし聖書の教義のことで質問があるようでしたら一度教会にいらしてください。牧師さん達はすごく熱心ですので」と言った。うららはわかりましたと答えた後、バッグの中から携帯電話を取り出してテーブルの上に置いた。

 そして、まず数分の沈黙を用意した。
 小野は何も言葉を発さずに、ただ同調しようと努めた。
 そしてうららから唐突に放たれた第一声は、やはり目の前にいるこの男を信用しても大丈夫なのかという猜疑心に満ちた覚束ない口調だった。
 まずうららは、今はソープランドで働いているんだということから話し始めた。
 それを最初に告げなければ今から話す話の内容の整合性が図れないという風だった。
 小野は丁寧に頷いた。



      三 浜辺にて



 永遠に……ってことはないか。でもまぁ、ほぼ永遠に繰り返される海の波。
 いつかと同じ形の波が放たれることもない。
 悠久の時の間、気が遠くなるほどの回数、全てのターンで異なる波を送り出してきた。
 一番最初の一滴から始まり、この海の水が全て干上がるまで、最後の揺らぎが最後の一滴に影響を及ぼすまで、全てが神の完全オリジナルだ。
 人間や動物、草木もそうなんだ。自分だって永遠分の一、完全にオリジナルだ。
 くわしいことはわからないが、無限なんて単位じゃないんだろう。そういう概念じゃない、全てが全てと同じじゃない道理がその御心の中にはっきりと確立されているに違いない。だから神を数字で追っかけても無理なんだろう。
 認識の向こう側。宇宙に果てを用意したのも実に神らしい。確認出来ない果てを確認させた。そこからはもう人間どもがやりたい放題だ。
 神とは一体どういう存在なのか。
 この大海原……、ボケーッとしながら……、穏やかに暮れなずむ晩秋の空とセットで眺めていると、少しずつだが心地よくはなる。

 車の時計は十六時五分と表示されている。
 運転席のシートを倒してくつろぐわけにもいかない。
 後部座席の盲目の男は、サングラスをして黙り込んだまま一向に動く気配がない。
 都心から高速道路を使って約二時間、会話の全くないロングドライブを終えて海岸沿いの国道に車を停めた途端、例によって”待て”のサインだ。
 この男は節目節目で必ずその動作を止める。
 今回もどうするか尋ねようと振り向いたら、機先を制するように彼の手の平はすでにこちらに向けられていた。そのまま何をするわけでもなくじっと何かを考え続けている。
 
 会話は必ず俺で終わり、始まりは彼からと決まっている。
 こっちから話かけても返事が返ってくることはない。
 普段は要件を伝えるだけの一方通行だ。そして彼はおそろしく口数が少ない。ロングドライブともなれば事のほか退屈だ。
 でもまぁ、行動を共にするにあたって多少の暗黙のルールはあるが、雇う側と雇われる側というお互いの立場がはっきりしているのでその程度のことは我慢出来る。 

 初めてこの男と会った日から二ヶ月ほど経ったか。 
 盲目の人間とこうして並びあう機会を設けて下さったことを神に感謝する。
 非常に興味深いし、この男の個性はなかなかにしびれる。
 最初の頃は介助に関して戸惑いもあったが、今は大体の勝手はわかってきた。それは想像していたものとは全く違って、干渉しない、手伝わないというのがこの男の要求する基本的なルールだった。
 盲目の人間を前にして何もしないというのは少し手持ち無沙汰な感はあるが、それこそが仕事だということになると、なるほどそれなりに注意を払わなければならない。
 能力という点においては、予備知識として事前に聞かされていたよりも遥かに鼻と耳の能力が高く、常人のそれとは明らかな差異を感じた。気配の察知能力も凄まじいものがある。
 匂いで相手を特定するということもあるようだ。一緒に外出する際には支給された香水を必ず振らなければならない。おそらく調合もオリジナルなのだろう。シトラス系で悪い香りではない。
 見えない鎖に繋がれているようなものだ。女の浮気チェックと同じ類いだな。
 それにしても何のために海なんかにまで来たのかはわからないが、神経が昂ぶると大自然に触れたがるんだと、雇い主でもある彼の父親が言っていた。自然と共に考えたがるらしい。
 いずれにしても、女をナンパしに来たわけではなさそうだ。

 待機中は退屈だがしょうがない。俺は波に漂う木っ端のように、ゆらゆらと揺られていればいい。
 相手の意思に任せて、際限の見えない待機を命じられると、それくらいの気持ちのほうが楽に過ごせる。
 ただいくら退屈でも目を閉じるわけにはいかない。
 無論、空気的に雑誌を読むわけにもいかない。
 ドリンクホルダーに差し込んだ缶コーヒーにも手をつけない。
 静かで浅い呼吸に努め、後部座席から醸し出される空気感に馴染むようにする。
 独特の細かいルールがある中で、こちら側から信用を訴える時、彼が受け取る手段として、その聴覚に悟ってもらうしかない。
 小賢しいアピールは性に合わないが、自分なりに一つの流儀を示して、審判を仰ぐというやり方でいく。
 俺だってもともと一人が好きなんだ。
 干渉される、手伝われるのが嫌なのはよく理解出来る。似たもの同士、距離感は掴みやすい。

      *

「浜辺に誰かいますか?」
「え……? 浜辺にですか? えーと、はい」
 やっと口を開いた。
 危ない、うっかり眠るところだった……。浜辺には……、女が一人見える。
「髪の長い女性がいますね。黒髪でストレート。赤のワンピースで、上着も赤のカーディガンのようなものを羽織ってます。ざっと見渡した感じその女性だけです。見た感じ何をしているというわけでもなく、一人で歩いてるだけのようですね。酒でも入ってるんじゃないでしょうか。俯いたままヨロヨロよろけながらゆっくり歩いてます。痩せ型で割といい女な感じですよ、歳は三十くらいでしょうか。もう十一月になりますからね、オフシーズンの海で夕方といったら砂浜にはほとんど人はいません」 
「その女性だけですか?」
「はい。ビーチの中にいるのはその女性一人だけです」
 ちょうど地平線に向かって太陽が差しかかるところだ。
 晩秋の空は晴れ渡っていて、美しい夕焼けを拝むには絶好のタイミングと言えるだろう。
 でも残念ながらこの男には見えない。
「今ちょうど太陽が地平線にさしかかるところで夕焼けがすごく綺麗ですよ。そういったものはお感じになられるんですか?」
「残念ながらそういったものは、僕に感じられることはないです」
「そうですか。とても美しい景色です。残念です」
 絶景を見ることが出来なくても、海には波の音や潮風がある。それらを感じにきたということだろう。
 連れて行けと言われれば連れて行く。それが俺の仕事だ。
 それにしても会話の途中とはいえ、質問に答えが返ってくるのはめずらしい。
(残念ながらそういったものは、僕に感じられることはないです)
 ただ単に機嫌が良いだけなのか、はたまた二時間近くも無言の空間の中で運転させたことへの労いなのか、何なのか。
 ただ、時折見せる透明感のある微笑みにはとても癒されるし、会話を安売りしない感じも彼のは嫌味を与える種類のものじゃない。
「しばらくここにいましょう。僕をベンチか、もしくは段差のあるところにでも連れてってください。見張ってくれてなくても結構ですので休憩でもしていてください。仮眠をとってもらっても構いません。ただ車の中にいてくれたほうが安心ですね」
「わかりました。ちょうどすぐそこにベンチがありますんで。えーと、距離はここから約二十メートルといったところです。そこまでお連れします。だいぶ冷えると思いますんで、十分に防寒して暖を確保されてください」

 まだ外は思ったより寒くはなく、風もそんなに強くない。コートを着てると暑いくらいだ。
 お天道様はちょうど半分くらい浸かってしまわれた。
 見事な夕焼けのコントラスト。希少な雲を巧く利用して見事なグラデーションが達成されている。
 メインビーチとは少し離れた場所柄のせいか人の姿はほとんど見えず、ぐるっと見渡しても国道沿いを走るランナーが一人と犬の散歩中の婦人が一人、浜辺の女は途中で座り込んでしまい鮮やかで壮大な夕焼けを前にオブジェと化している。

 この男と一緒に歩くときはペースを合わせるだけで、手を繋いだり体を支えてあげたりといったことはしない。
 白杖(はくじょう)と呼ばれる杖が左右に振られ、その音が静かに響く。
「今二メートル手前です。……はい、着きました。そのまま腰を下ろしてください。背もたれもあります。寒さは大丈夫ですか?」
 返答はない。
 すでに少し前から瞑想のようなものに入り込んでいる様子で、車から降りて歩いている時からそのような兆候は見受けられた。
 背筋がスラッと伸びて、少しだけあごを引き、表情が強張る。
 何かに緊張しているようにも見えた。
 盲目の人間は怒りの表情を上手く造れないと聞いたことがあるが、正直なところ彼にはそんな技を習得して欲しくないように思える。
 痩せこけた頬に青白い肌。どこか超越的で繊細な鋭さを持つ彼は寡黙も手伝ってか、相対する人間に対して一段と緊張感を感じさせる。
 濃いブルーのサングラスは生まれてから一度も焦点が合わされたことのない瞳を隠すためのものだ。
 顔面が向けられている方向はもちろん視覚的な対象物に向けられたものではない。
 ある種、異様でもあり神秘的ともとれる出で立ちに少し見とれていたい気もするが、これ以上彼の邪魔をするわけにもいかない。
 要件だけ伝えてその場を離れる。
「では車に戻ります。何かありましたら携帯に電話ください。もし二時間経っても連絡がないようでしたら一度車から降りて参ります。では」
 返答は待たずに背を向ける。

 車まで戻り、ドアを開閉する音を聞かせて安心を与える。車のエンジンも切ることにした。とりあえずの休憩が始まる。
 基本的に休憩中は車内で過ごすものだと決まっている。彼は目が見えないのだから勝手に周りをウロウロされるのは落ち着かないんだろう。尿意を催したときに一度だけそうっと車外に出たことがあったが、すぐに携帯に電話がかかってきて「何かありましたか?」とくる。
 自由な時間といっても車内だと出来ることは限られていて、読書するか寝るくらいのもんだ。
 あいにく今日は本も雑誌も持ってきていない。
 帰りの運転のことを考えると、ここは少しでも眠っておきたいところだ。
 シートを少し倒して体をリラックスさせる。そしてボーッと外の景色を眺める。
 
 日没と……静けさと……さざ波と……晩秋。
 時折通り過ぎる車に合わせて車体が小気味良く揺れる。
 都合よく睡魔が訪れそうだ。
 海が広いからだろうか。妙な開放感は彼が盲目なのも関係しているのかもしれない。
 前方に目を向ける……。
 
 勇十赤(ゆたか)……。
 彼の名前は勇十赤。
 彼の父親は建設会社の社長で、敬虔なキリスト教徒らしい。息子の名前にもクロスを入れた。
 ただ、どうも父親とは関係がうまくいってないらしい。
 母親もどういう理由からか今はいないようだ。詳しいことはわからない。
 
 勇十赤は足を組んだままずっと物思いに耽っている。
 盲目の人間がする独特の動き。その顔を上下左右に揺り動かしながら。
 まるで天から降り注ぐ数多の羽毛を余すことなく頬擦りしているかのように、奇跡的とも言える。
 きっとそれが今の営みに対して一番素直な動きなんだろう。視覚があるとなかなかそうもいかない。
 海に来たのも何か目的があるのかもしれないが、深くは窺い知ることが出来ない。
 彼が物思いに耽るとき、瞑想のようなものに没入するときの姿というのはとても神秘的で、いつも簡単に魅了させられてしまう。
 こうやって眺めているとこちらの想像力も駆り立てられて、彼の今までとこれからを案じてしまいそうになる。
 だが、盲目の人間に対して一方的に見つめ続けるのはいささかフェアだとは思えないからやめておく。
 見ざる、言わざる、聞かざる、ともう一つ足して、思わざる。
 予め決められたルールを守り、必要最低限の介助をして、聞かれたことだけに答えてやる。
 今のところは無難にこなせてるようで、特にこれといった注文をつけられることもない。
 過剰なボディーガードもする必要もないという。

 シートを限界まで倒す。体を思いっきりリラックスさせ、瞳の生気を抜き、フロントガラス越しに見える夕暮れをぼやけさせ、ゆっくりと目を閉じていく。
 眠気……。
 携帯のアラームを一時間後にセットし、助手席に放り投げる。
 小一時間ばかり寝させてもらいますよ、勇十赤さん。
 あなたは誰にも監視されてない当たり前の人権の中で、一人瞑想に勤しめばいい。
 ただ、人通りが少ないとはいえこれから夜になる。
 秋も深まる夜の海辺で一人、盲目で。
 それはいささか特異なシチュエーションなんだが。



      四 ニルヴァーナ



「売人が盲目の女性だったんですか?」小野は思わず問いただした。
「はい」うららは俯いたままとても苦しそうに返事をして、氷が溶けて薄くなったコーヒーをストローでゆっくりかき混ぜ始めた。
 小野はそっと視線を落としてうららのグラスに目を留め、それがやがて彼女の口元までゆっくり運ばれて静止し、再度テーブルの元の位置に戻されるまでを追った。
 全てを信じるわけではない。
 過去に話を聞いた元覚醒剤経験者達も、自分の話にのめり込んでしまうとつじつまが合わなくなり、理解し難いと思えることが何回かあった。
 虚言だと決めつけるわけではないが、小野はうららの心境を推し量って、いくつかの可能性を模索した。
 それが覚醒剤を経験したことがあるからなのかどうかは分からないが、話の内容からしてもうららはかなり独創的な女性なようだ。
 しかし今まで二時間あまり、わき目も振らずに話し続けてきた彼女はやはり話を聞いて欲しい一心であったに違いない。暇つぶしに遊びに来たわけでも、ちゃかしに来たわけでもなさそうだ。彼女の熱心さは十分に見て取れた。
 それにしてもドラッグの売人が女性であるというのはまだしも、加えて盲目というのはとてもじゃないが現実的だとは思えない。購入方法や受け渡し方法が通常はどういう風に行なわれるのか小野には分からなかったが、盲目の女性がどうやって周りを警戒し、相手を判別し、売買を成立させることが出来るのか全く想像がつかなかった。
 魔法について話し始めた時も小野はただ頷くことしか出来なかったが、やはり話が少しずつエスカレートしていってるように思えていた。だが友人の牧師から、妄想や幻覚、幻聴の話は素直に聞き入れてあげたほうが良いという助言を聞いていたので、途中でこちらの原則を挟むべきではないと考え、沈黙に徹していたのだった。
 うららがその盲目の女性のことを話し辛くしているのも容易に見て取れた。
 それでも、彼女の前向きな姿勢からは、話をはぐらかして席を立つという感じは今のところ見受けられない。
 告解はこれから始まるという風だった。

 小野はいつの間にかガラガラになっていた店内に気付き、そっと見渡した。
 禁煙エリアには小野とうらら以外に誰もいなくなっていた。
 小野は少し不思議な気分になった。
 この店の周りには大きなマンションが群を成して立ち並んでおり、大企業のビルもいくつか散見出来た。
 客が一人もいないというのは妙なエアポケットだなとも思ったが、これからボチボチ混み始めるんだろうと思い直した。
 ちょうど夕食前の時間帯だ。そろそろ太陽が沈み始める。
 
 うららは不安そうな表情を浮かべていた。話について来れているかどうか、またこれから話を続けること自体に意味があるのかどうかといった様子で。
 そして小野はうららが出方を窺っていることに気付き、咄嗟に「ちょっと、今までにないケースですね」とだけ言った。
 うららは予定調和的な沈黙を少し挟んで静止した。
 目も閉じられている。
 小野も沈黙に同調する。
「彩赤さん……。彩るに赤という漢字を書いて、さやかさんという名前の女性で、歳は私の二つ上ということでした」と、うららは言った。
 
 喫煙エリアから笑い声がドッと聞こえた。
 向こう側はかなりの客で賑わっているようだった。
 小野はさっきにも増して、まだ何か不思議な感じが抜けなかった。
 今、店の有線では小野が大好きなアメリカのロックバンド、ニルヴァーナの代表曲Smells like teen spiritがかかっていた。
 学生時代はニルヴァーナしか聞かなかったほど大好きなバンドだった。
 アルバムを何度も何度も繰り返し聴いては、歌詞の意味を貪るように調べ尽くした。
 聴き慣れた曲のイントロが流れた瞬間、小野は思わず俯いたままのうららを見つめた。
 小野はうららの携帯電話に付けられたキーホルダーをずっと気にしていて、それはまさにニルヴァーナを象徴する黒色のスマイルマークだった。
 場の雰囲気が和めば、共通の話題としてニルヴァーナの話を持ち出すことが出来るかもしれないと目論んでもいた。
 超有名バンドの代表曲が有線でかかることは別に珍しいことでも何でもない。
 しかしそれはまるで話の内容に信憑性を抱かせるために、うららから放られた一枚のカードのように思えた。
 まさか有線の選曲を操るなんてことが出来るわけがない。
 それでも小野はうららと相対する自分がその意図に気付かなければ、彼女はここで話を終わらせ、この場から去ってしまうのではないかとも考えた。
 小野は平静をまとい、静かにゆっくりと頷いた。
 うららは少し微笑んだようにも見えた。



      五 奇妙な暗闇
 


(ピピピピ……ピピピピ……)
 携帯のアラーム……。頭がボーッとする。数回瞬きをして状況を把握する。
 あたりはもうすっかり闇だ。
 携帯の切ボタンを押してアラームを消す。
 ゆっくりと上体を起こし、勇十赤を確認する。
 すると、彼の周りだけが暗闇のカーテンを引かれたように、すっぽりと隔離されていることに気が付いた。
 国道沿いに等間隔で立ち並ぶ電灯は一箇所だけ球切れを起こしていて、彼の周り一帯に闇を覆い被せていた。
 さっきは全く気付かなかったな……。
 すぐに車を降りようとも思ったが、しばらく様子を見て勇十赤の出方を窺う。
 彼の聴力ならば今のアラーム音は耳に届いているはずだ。
 こちらに向かって何かしらの合図を送ってくるだろう。
 前方の闇を剥いで目を凝らしてみた。

 勇十赤は相変わらず瞑想に耽っている。
 小刻みに体を揺らしてはいるが、寒さに震えている様子ではない。
 とりあえずは良好なようだ。奇妙な闇の中にすっぽり収まっていること以外、特別な変化もなさそうだ。
 望み通りに瞑想が出来ているようだし、辺りの静けさもありがたいに違いない。
 だが、それにしても奇妙な闇だ。
 彼の頭上の電灯は、あたかも自分の意思で消したのではないかとさえ思えてしまう。
 偶然というよりかは、恣意的な闇。
 まるでその場所だけが、勇十赤のためにお膳立てされたような、何かと結託してこしらえたようなある種の不気味さを感じずにはいられないからだ。
 闇に隠れることによって周りからの注意をはぐらかし、より深い瞑想を得る格好の場所を確保するために、念力のようなものを使ったのか、はたまた魔法のような何かか……。
 などと。

 すると、暗闇の中で勇十赤の青白い手が動き始める。それは尾を引くようにスーッと持ち上げられ、こちらの動きを制するようにゆっくりと左右に振られた。

 小さな溜め息が出る。
 飲みかけの缶コーヒーを口にする。
 そして大きな伸びを一つする。
 あの奇妙な暗闇の中、あまりにも無抵抗な人間が一人で瞑想に耽るという状況は少々不安な気持ちにさせられる。
 帰りのサインが出るまでは様子を見守っていたほうがよさそうだ。
 通行人の数は相変わらず少なく、たまに通りかかっても海側の歩道ではなく道路を挟んだ反対側の歩道を歩いていた。
 外はだいぶ寒くなっているに違いない。車の中まで冷気が染み込んできた。
 エンジンをかけて暖めようかとも思ったが、やはり彼の心境に余計な波風を立てるべきではない。
 こういう判断は彼の目的を多少なりとも汲み取ることが出来れば、やはりそうしたほうが良いという結論に至る。
 いずれにせよ、まだまだ待機は続きそうだ。
 
 海に目を向けてみる。
 穏やかな波の音と漆黒の海面。
 この車から波打ち際までは砂浜を挟んで五十メートルくらいといったところか。
 不気味に揺らいでいるであろう海面もここからは細かく観察することは出来ない。
 幸いにも今夜の天気は穏やかで強風が吹き荒れそうな気配も今のところは感じられない。
 幸いにも全てが穏やかで、良好で、退屈だ。
 奇妙なあれ以外は。



      六 大きな純白の翼



 何も知らずに何気なく、いつものようにいつもの場所で。
 当時大学生だった私は勉強をするのによく図書館を利用していました。
 品川図書館ご存知ですか?
 京急新馬場駅の近くにある四階建ての建物です。
 季節は冬。確か年が明ける前でしたね。
 ある平日の午前中、私はいつものように図書館の二階奥にある大テーブルに向かいました。
 まだ早い時間帯だったので比較的空いていて、十人座れる大きなテーブルに確か三人程しか座ってなかったと思います。
 私はすでに座っていた女性を見つけたので、その隣の席に座りました。
 その女性が彩赤さんだったんですね。
 彩赤さんは大きな黒のサングラスをしていて、点字の本を指で辿って読んでいました。
 私は点字の本も、盲目の方を見るのも初めてでしたので、思わず見とれてしまいました。
 スラッと伸びた美しい指を使って、ものすごいスピードで読んでいくんです。
 指先から文字を吸い上げてるみたいに、その流れが透けて見えるようで、彼女の頭の中に情報がどんどん蓄積されていくイメージが湧いてきて、いつの間にか目が離せなくなったんです。
 少しの間、呆気に取られてしまったんですね。
 私は彼女にすごく興味を持ちました。

 色白の綺麗な肌で大きなサングラスをして。
 スタイルは少し細めで、その時は真っ赤なセーターを着ていました。
 彩赤さんはいつもコーディネートに赤を取り入れるんですよね。
 小さい頃赤い服を着ていると、かわいいねって周りの人によく褒められたんだそうです。
 それで必ず赤い何かを常に身につけるようになったんですって。
 そしていつも会うたびに聞いてくるんです。
「この服は赤い?」って。
 で、私も「はい、ちゃんと赤いですよ」って答えるんです。
 そしたら彼女は安心したような微笑みを返してくる。
 私もすごく幸せな気分になるんです。

 初めてその図書館で会ったときは、彼女のほうから話しかけてきました。
 申し訳ないが、椅子の下にボールペンが落ちてると思うので拾ってくれないか、と。
 私は大丈夫ですよと答えて、かがんで椅子の下を覗きました。
 その時、彩赤さんは私の背中に両方の手の平をそっと乗せてきたんですね。
 私はどうしたんだろうと不思議に思いましたが、それが彼女なりの感謝の表現なのかなぁと思っただけでした。
 で、椅子の下には何も落ちていませんでした。
 私は身を起こして、何も見つかりませんでしたと言いました。
 彼女は申し訳なさそうに頷きました。
 そのあと、もしよかったら一階にある喫茶店でお茶でもしませんかと誘われたんです。
 私は背中に彼女の両手の平の感触を引きずったまま、オーケーの返事をしていました。
 それからは何回か図書館で待ち合わせをして、一階の喫茶店で一緒にお茶をするようになったんです。

 彼女はレズビアンでした。
 もちろん、それはあとになってわかったことでしたが。
 
 彼女が初めて私の部屋に遊びに来ることになった時はとっても嬉しくて、朝からクッキーを焼いて、お気に入りの紅茶なんかも用意して待っていました。
 彼女はいつもの黒い大きなサングラスをかけていて、いつものようにコートの色を確認してきました。私はお茶の用意をしながら、赤いですよーって答えました。
 食卓にお菓子を運んでいると、彩赤さんはバッグの中から耐熱ガラスの小瓶のようなものと、小さな袋に入った覚醒剤を取り出していました。
 最初、私にはそれが何なのか全くわかりませんでした。
 彼女は私に、小さな袋の中に入っている細かな結晶を少しだけ小瓶の中に入れるように言いました。
 そしてその小瓶を下からライターで炙るように言いました。
 私は紅茶に入れる砂糖か何かなのかなと半信半疑のまま、恐る恐る言われたとおりにしました。
 小瓶の中に白い煙が発生しました。
 彼女はその小瓶を自分のほうに差し出すように言いました。
 いつの間にか彼女は紙で作ったストロー状の細い筒を手にしていて、小瓶の中で優雅に揺らめく白い煙を吸引し始めたのです。
 私には何をしているのかさっぱりわかりませんでした。
 その時は本当に何もわからなかったんです。
 正直に言うと、その光景は映像として記憶に残っているわけではありません。
 一番最初の日のことはほんの少ししか思い出すことが出来ないんです。
 覚えているのはぼんやりとした赤い何かと、彩赤さんの暗い声色。
 初めて見た、彩赤さんがサングラスを取った時の顔、瞳。
 彼女は斜視で瞳が正面には据えられておらず、私は初めて見たときハッと息を飲んでしまい、彼女はとても不安そうな表情をその額に浮かべました。
 
 彼女は私にも真似するように言いました。
 大きく息を限界にまで吸い込んで、微弱な痙攣と共にしばらく息を止め、そしてゆっくりと吐き出す。
 ガラス瓶の中に巻き起こる艶かしくて濃い白は、この体内に入るや否や全霊を沸々と蘇らせる。
 残骸となって吐き出される貧弱な白い煙は弱気な魂にも似ていて、猛々しくそそり立った全霊には相応しくないものとして排泄され、自我は次第に濃度を濃くしていく。
 そしてその時点から、今までに味わった事のない全く新しい苦楽を背負わされることになるんです。
 
 私は沈黙が我慢できずに言葉を探しました。
 そして聞きました。これはなんですかって。
 
 成り行きとかはおぼろげであまり詳しく覚えてない。
 ただ悲しいことが起きてしまったと思いました。
 何か申し訳ないことをしてしまったと思いました。
 私の人生はその日をもって分岐し、新しく生まれたレールに乗せられて新しい世界を生きるんだと思いました。
 前の私に会いたくなる日が来るんじゃないかって心配にもなりました。
 窓を開けると木漏れ日は不健康に眩しく、不快な手招きを伴なう不都合なものでした。
 私は一度気を失ってしまったんですが、気がつくと目の前に裸の彩赤さんがいて、その背中には大きな純白の翼が備わっていました。
 私はその翼からこぼれ落ちる羽根をみすぼらしく拾い集め、全ての羽根に愛おしく頬擦りをしていました。
 それが覚醒剤によって最初にもたらされた恵みです。 
 
 彩赤さんはいつから覚醒剤をやるようになったのか、誰に教えてもらったのか、どこから仕入れてくるのか、詳しいことは何一つ教えてくれませんでした。
 それでも彼女はマメに通ってくれましたし、私とのセックスをとても楽しみにしてたようでした。
 セックスと言っても何かおもちゃを使うわけでもなく、お互いに愛撫しあうだけのシンプルなものでしたが、覚醒剤を使うと危険なんです。一度絡み合うと何時間も離れられなくなる。愛液はダラダラと垂れ流し状態で止め処なく溢れだし、それは鬼かケモノの情交のように、ある種の修羅場のようでした。
 それでも私は彼女の願望を受け止めてあげなければいけないという不思議な正義感のようなものに囚われていたので、彼女が部屋に来るたびに毎回必ず抱き合いました。
 女性とエッチをするのは以前までの自分だったら考えられないことでしたが、覚醒剤を使った初日に気分が高揚して少し気を失ってしまったとき、すでに色々と奪われていました。
 私も彩赤さんのことが好きでしたから、いつの間にか気にならなくなったんですね。
 彼女は個性的で可愛らしい女性でしたから、一緒に過ごす時間は本当に楽しかったです。

 そして、彩赤さんは定期的に私の部屋に来るようになりました。
 私の他にも同じようなことをしてる人がいるのかどうか尋ねたら、セックスは私としかしないとだけ答えてくれました。
 これが彼女との出会いです。この関係はそれから四年ほど続きました。

 ところで小野さん。
 時間は大丈夫ですか?



      七 フェア



 この仕事の給料はそこそこいい。
 ただ休みがない。いや、休みはあるが、決まってない。
 勇十赤が明日は休みだと言えば休みになる。勇十赤から連絡が来ない場合も結果的にだが休みになる。
 休みというか自宅待機だ。待機だからもちろん酒は飲めないし、連絡が来るかも知れないから友人と会うのも憚られる。
 久々にゆっくりと酒を飲んでみたい気もするし、のんびりとマリファナでも吸いながら映画を流し見する休日も悪くない。
 だが休みはまだ一日もない。結果的な休みが一日あっただけだ。
 連絡が来なかっただけで、あぁ休みだったんだなと一日を振り返る瞬間は不幸だ。
 込みあげてくる喪失感に襲われていながら、忠実に待ち続けた自分を褒めてあげるほどの器は持ち合わせていない。
 早朝も日中も夜中も関係なく、勇十赤の腹が減ったら俺の電話が鳴る、くらいの覚悟か。
 金を使う暇がないのもありがたいと言えばありがたい。
 
 一段落着いたらまた小旅行にでも行きたい。
 次はアジアがいいな。
 中国の悠久の歴史に触れてみたい気もするし、アンコールワットのような世界遺産も見てみたい。インドでのんびりするのもよさそうだ。イスタンブールの活気に揉まれてみたい気もする。
 バックパッカーにも憧れるが、神経質な性格が仇になりそうでなかなか踏ん切りがつかない。
 去年の今頃はサンディエゴに行ってたんだ。
 思いつきで飛行機のチケットを取って、間髪置かずに目的地だ。
 アメリカに行ったのは約十年ぶりだった。
 ダウンタウンからはかなり離れた場所にある安宿をとり、近くのビーチへも歩いて一時間近くかかるという悪条件ではあったが、サンディエゴで一番美味いと評判の寿司屋が近くにあって重宝した。
 なんてことはない、昼頃に目覚めたらビーチに向かい、適当に散策した後はビーチ沿いのステーキハウスでバカでかい肉とビールを頼み、夜は寿司屋で日本酒を飲んで、酔っ払ったら宿に戻って寝るだけだ。
 シーズンオフということもあり、朝と晩は妙に冷えこんだが日中は過ごしやすかった。
 そういえば一週間という滞在期間の中で一日だけ、サンフランシスコでよくわからない仕事をしてる昔の友人が駆けつけてくれて、ナイトクラブやレストランが百軒以上連なるという街を案内してくれた。街をあげて騒ぐ気満々のバカでかい盛り場だ。
 俺たちは一つのクラブに狙いを定めて、生バンドの演奏を聞きながら豪快にジョッキを叩き合わせた。
 最高の夜だ。酔った女がカウンターの上で踊るのはどこの国でも定番だ。それを下から覗く連中もれっきとした尊い世界基準だ。
 それでも酒の飲み方が穏やかになったなと言われた。少年はクソを漏らすまで何かに追われるように飲んでいたとも。
「時代の変化に気付いたのが随分遅かったんだよ」とだけ答えておいた。
 終始和やかなムードで再会の宴に興じた。
 だが、トイレへ行く途中に出会ったコロンビア人の女にコカインを安く分けてもらったことは内緒にしてたんだ。
 ごめんな、俺は性格が悪いんだ。
 友人と別れて一人で宿に戻るとデリヘルを呼んで、翌日の昼頃までバーボンとコカインでしけこんだ。
 少しばかりバーボンを飲み過ぎたがなんてことはない。最高のコカインだ。酒と寝不足のせいもあってチンコは勃たなかったが、なかなか濃密な時間を過ごさせてもらった。
 最後の夜はいつもの寿司屋でうまい日本酒と新鮮な刺身に舌鼓を打ち、翌日には成田行きの便に乗り日本に戻った。
 休暇ってやつだ。ありがたい邂逅に僥倖。これ以上の旅はない。

 波の音は穏やかで、風もまた然り。
 波の音も世界中どの海に行っても変わらない。てことは海や山や川、自然にまつわる思い出があれば、世界中どこに行っても想い起こせる。
 良い思い出然り、悪い思い出然り。
 しかし夜の海はとてもじゃないが手招きしているようには見えないな。
 何かのチャンスを虎視眈々と窺っているようにも見えてくる。まったくもっておぞましい。
 
 勇十赤にとって海はどう広がってるんだろう。
 目の前に広がる大海原と圧倒的な大空の大空間。
 まさか今、この漆黒の海面の不気味さに身の毛がよだつなんてことはあるまいが、この壮大な空間はそこに何も無いからこそ生まれた。
 勇十赤にとって空間は在るものなのか無いものなのか。
 もし在るものだとすれば晴眼者には……少なくとも俺なんかには理解出来る代物ではなさそうだ。
 開放であるとか安心であるとか柔和であるとか、そんなニュアンスの言葉をたくさん集め、総合的にまとめて察知させる何か。とてつもないスケールの慈しみを想像してしまう。
 勇十赤にとって海はどれくらいの広さなのだろうか。
 まさか彼にそんな事を聞かれたら、俺はなんて答えてあげようか。
 実際に今目の前に広がっている海は、彼が思い描いてるよりも大きいのか、それとも小さいのか。
 空とか宇宙はどうだろう。果てが在るのか無いのか。
 彼の頭の中に描かれたその海や空を覗いてみたい気もするが、やはりそれは俺に許容出来るようなものではないかもしれない。
 想像力で敵う気がまるでしないからだ。
 産道に対して胎児の大きさくらいの非現実的な比率をもって畏怖してしまう。
 視覚というのは非常に制限的だ。この凝り固まった不器用な脳味噌も手伝って、視野をこれ以上広げるのは難しいだろう。

 勇十赤は相変わらず瞑想を続けている。
 両手はさすがにコートのポケットに収まっていた。
 色白の痩せこけた頬に鋭敏さを保ちながら、額の皺には不安そうで物憂げな相を溢れんばかりに湛えている。

 彼にとって、あくまで彼個人にとってだが、他人から受ける気楽で短絡的な温情ほどやっかいに感じているものはないように思える。
 精工に彫られた氷細工のように繊細な魂に、ある温度以上の温かみを与えてはいけないのかも知れない。   
 彼は己の自我を溶解させてしまうような温情を察知すると、その人間に対して二度とその扉を開こうとはしなくなる。
 一度溶けてしまった自我をもう一度復元させることの労苦を重々に承知しているからだろう。
 だから彼の魂は時として無愛想で、妥協して他人と交じり合うことをしない。
 しかし目が見えないという過酷な条件の中において、その立ち居振る舞いはとても毅然としていて優美ささえ感じさせる。
 それはやはり幾度となく繰り返された失敗と、止め処なく押し寄せる不可思議の波がただただ彼を研磨し、現在の姿を形作り、その心への安易な出入りを許さない独特の間合いを創り出したからではないだろうか。その脳内において、晴眼者を遥かに凌駕する莫大な量のデータを処理しつくした賜物として。
 もちろんこれらは凡人の邪推である可能性は高い。

 知る術はない。全ては想像だ。尋ねることはおろか、話しかけることさえ禁じられている。 
 勇十赤の前では無言になり、勇十赤がいないところではひたすら待つ。
 これが出来るかと最初に聞かれた。
 しかし例え仕事とはいえ、彼のことが人間的に好きでなければとてもじゃないが続けられるようなものではない。
 この仕事をやるにあたり大切にしてることの一つとして、自分の所作や仕草、表情といったものを自分自身で監視もしくは把握出来ているかということがある。
 盲目の人間を前にしてフェアでいられているかどうか。
 俺は、ボチボチだ。



      八 身の丈の深さ



 小野は黙ってうららの話に耳を傾けていた。
 そして、さっきうららが話していた子供と娼婦と天国のくだりを想い起こしていた。
 まさか聖書でそういう解釈が特徴的に語られることを聞いたことがない。
 聖書を読み漁ったことがあるわけではないが、大よその概要程度なら知ってるつもりだ。
 でもなぜうららは子供と娼婦を同等に評価し、恩寵でも得たかのような救いを感じているのだろう。
 聖書から得られる慈悲というものは、受け手の解釈にこんなにも自由度を与えているのだろうか。
 うららにとって子供とは、まさにあの日レールを逸れることがなかったもう一つの世界に生きる汚れのない自分のことで、娼婦であるというこの現実世界の自分こそを相対的に存在する別世界のもう一人の自分にしようとしているのではないだろうか。
 現実から逃避するというよりかは、すり替えようとしている。もしくは娼婦をやることでいつでも簡単にすり替えることが出来る境遇にあるんだと信じ込もうとしている。
 もう一つの世界に生きる汚れのない自分を本当と呼び、現実の世界を生きる自分は、神々の悪戯を矢継ぎ早に受けて浮き足立ってしまっていて、日々の喧騒の中では何一つ確信に到達することが出来ず、地に足が着かないんだと。
 確かに、鏡に映る自分は現世を生きるただの肉の塊にしかすぎず、魂までが剥き出しになって映るわけではない。
「ところで小野さん。時間は大丈夫ですか?」
 他人からも、自分自身からでさえも窺い知ることが出来ない魂の部分を、秘め事のようにして美しく奉り立てようとしているだけなのかもしれない。
「ええ、全然大丈夫です。僕のことは気になさらないで下さい」
 そして物心がつく前の子供達と同列としなければ浄化出来ない母性愛のようなものを、うららなりに必死に繋ぎとめているのかもしれない。

「もしよければ、新しいコーヒーを淹れにいきませんか?」と小野は言った。
 うららは微笑みながら頷き、携帯電話を手に取って立ち上がった。 
「今日は随分空いてますね。禁煙エリアはもうかなりの時間、僕達だけですもんね」
「そうだったんですね。話してるのに夢中で気付きませんでした」うららは店内を見渡しながら答えた。
「周りにあまり人がいない方が話しやすいですもんね。タイミングが良かったです」と小野は言った。
「そうですね。でも小野さんには感謝しています」うららは困ったような顔をして、申し訳なさそうにつぶやいた。 
「いえいえ、僕は何もしてませんから。またアイスコーヒーで大丈夫ですか?」
「あ、はい、ありがとうございます」
 小野は先に席に戻り、うららは途中で立ち止まったまま携帯のメールを打っていた。

 窓の外はすっかり暗くなっていた。
 数時間程度ではあれ、自分達以外に誰もいない限定的で奇妙な空間を小野はぼんやりと眺めていた。
 数名のウェイトレスは喫煙エリアと厨房の往復で忙しく動き回っている。
 広い空間にうららが一人佇んでいると、曲がりなりにも連れ合いとして来てる小野は少しだけ優雅な気分にさせられた。
 うららは背の高い女性で、身長百七十三センチの小野とさほど変わりはなく、マメにエステに通って肌やプロポーションにはかなり気を使っているというだけあって、実年齢よりは遥かに若く見えたし、スタイルもかなり良かった。まるでモデルのような出で立ちの女性だ。
 高級店という部類のソープランドで働いてるらしく、店の女の子達の中では年齢が断トツで一番上なんだと笑いながら教えてくれた。
 おしゃれで気を使うのはサングラスだけで、洋服やバッグ等には全くお金を掛けないらしい。現に今日も紺色のトレーナーとジーンズというシンプル極まりない格好で、コーディネイトもへったくれもないといった感じだった。
 覚醒剤を止めた時はすぐに社会復帰することが出来ず、兵庫県の実家に帰って一年くらい療養してから、また東京に戻ってきた。だが、価値観が歪曲したからか以前からの友人達とは付き合いが疎遠になり、親とも意思の疎通が困難になってしまって、随分長い間孤独を感じていたという。
 大学も籍だけ残して休学扱いにしていたが、帰郷がどれくらい長引くか見当がつかなかったので、名残惜しみながらも辞めることを決意した。
 ソープランドで働き始めたのは東京に戻ってきてかららしく、入店当初は薬物と性病検査の頻度が多くて驚いたという。今の店は川崎のソープ街にあるらしい。
 三年前から付き合ってる年下の彼氏は都内の一般企業に勤めているサラリーマンで、性格は温厚でうららの職業にも理解があるらしく、身長は自分よりも少し低いんだと楽しそうに話していた。
 ソープランドの仕事は大変だが今はお金をしっかり貯めて、ゆくゆくは彼氏と一緒に飲食店を始めるのを当面の目標にしているらしい。
 うららは性格が良い印象だ。心を開いて色んな事を話してくれているのは、相性の良さのようなものを感じてくれたのかもしれない。
 このままうららの気が済むまで話を聞いてあげよう。決して現状が変わることがなくても、話を聞いてあげるだけでも少しは楽になるはずだ。
 それは小野にとっても望むところだった。
「すみません。お待たせしました」
 小野には生き別れた七歳になる娘がいた。
「大丈夫です、続けましょう」
 別れた元妻は中国人の女性で、娘は元妻と共に今中国にいる。
 二年前に相手方の再婚が決まってからは、小野側からの養育費の支払い義務が消失したため、相手方との事前の約束で娘にはもう会えないことになってしまい、娘に対しては父親は死んでしまったという教育をすることに決まっていた。
 残酷な約束をしてしまった後悔と自責の念は日増しに強まり、未だ収まることはない。
 相手の温情で定期的に送られてきた写メールも途絶え、娘の近況を知ることも出来なくなってしまった。
 例えようのない喪失感と狂おしいほどの悲憤から生活もままならなくなり、小野もまた休職を余儀なくされた身だった。
 家に閉じこもり、誰とも会わない生活がしばらく続いたが、そんな時に声をかけて励ましてくれたのが友人の牧師だった。
 誰にも話すことが出来ない辛さというのは小野にも痛いほど理解出来た。

 あの日々のことは思い出したくない。
 去来する波に揉まれて少しずつは成長していくのだろうが、晒された場所は時に自分の身の丈では足がつかない。
 焦るな、溺れるな、冷静に戻れ、身の丈の深さのところまで。
 うららの独白は、それはやはり自分の話なのだ。


 
      九 勇十赤



 支配、暴力、愛、友情、誇り……。全部なくなる。この世から消えてなくなる。
 片方を片方の代償として、消し合っていくことで育まれ登りつめる。
 労働が無くなり、貨幣が無くなり、競争が無くなり、世界が無くなる。
 今を生きることに集中し、時が来ればサヨナラも告げずに終わりを迎える。
 随分と心は整理され、荷物も少なく身軽になった。
 海や空や木々への興味も失せて、人はそこから姿を消す。森は隆々と生い茂り、山にも神々が舞い戻り始めた。
 未来と過去はついに結ばれ、円になった。
 しかし未来の代償として過去を得ることは出来たものの、永遠という絶望に臥すことになり、そこで文明は時間の概念を捨てることになる。
 発展を放棄し、過去を辿って自らのルーツだけを研究し、分析し、納得し、消える。
 だから彼らは常にこちらを見ている。
 何から何まで全部知っている。
 映像や音声で記録が残ってるとか、在るとか無いとかは関係ない。
 表に出るとか出ないとか、部屋の中にいるとかいないとか何も関係ない。
 子孫を残したとか残してないとかも関係ない。
 隠すとか隠さないとか、隠れたとか隠れてないとかも何も関係ない。
 親を知らない人間のことも、堕胎された人間のことすらも、彼らは全てを知る力を手に入れている。彼らはすぐに我々の日常全てを知ることが出来る。我々の情報は単なる餌として食まれている。
 それは我々と同じ人間の手によって掘り起こされ、同じ人間の脳で理解し認識されている。

 穏やかな波の音に匹敵するものが何なのかを知りたい。
 この心地よさを代償として消し去ってまで、何を得るべきなのかを知りたい。
 僕は視覚の代償として音を授かったわけではない。感覚を授かったわけではない。
 波はその音だけでも十分に安らぐ事が出来る。だから、今さらその景観が欲しいなどとは言わない。
 波が発する音のみに対する代償。感覚は取捨選択の自由がある。波に触れてなければ、僕の場合は聴覚のみを使って浮き彫りになる泡沫の揺らぎがざわめく音を聴くだけだ。
 自然に応えるのも人間に応えるのも、僕にとっては何も変わらない。
 波打ち際に立ったとき、波が足下を通り過ぎたとき、その時の波の勢いや高さや強度といったもので、僕は波の意思を感じるし、海からの意思を伝え聞く。
 
 爆発的に広い海はどうやら人々に開放感をもたらすらしい。
 僕は遥か彼方から吹き抜けてくる風を受け止め、雄大な時空に触れる。
 その広さはやはり果てを感じることが出来ない。
 太平洋というこの海の向こうには北米や南米大陸があるらしいし、少し方角をずらすとミクロネシアという地域があって小さな島々が点在しているらしい。だが、残念ながらここで受ける風からはその場所まで辿ることは出来ない。晴眼者達が遠いものは見えないと言うように、僕も遠いところまでは辿れない。
 人が僕に見えていると思っているものも、実際には何も見えていない。ましてや人の心など決して読めない。誰にも僕の心が理解出来ないように。
 僕ならここにいる。見えているのなら尚更わかるはずだ。僕は今ここにいる。誰かの為でもなければ、自分の為でもない。ただここにこの心と共に生きて、この盲目の海を泳いでいる。
 僕には心しかわからない。心だけでしか判断出来ない。優しい心や優しくない心。格好良い心や格好良くない心。ただそこにあるものをあるがままに感じる。
 僕が立ち止まる時、僕の目の前には無限に何もない。そして特別に与えられたこの無限の概念を存分に使い、あらゆるものを創造する。
 出会い、言葉を交わしてきた人達、草花や木々、一滴の水に至るまで全てを創造する。
 
 僕はこの世に一人で生まれ、一人残された。未だかつて誰の姿も見たことがない。
 
 僕が立ち止まった時、僕の目の前には無限に何もない。上下左右、前も後ろも、過去も未来も本当も嘘も。
 ただただ無限の世界が眼前に広がる。
  
      *

「車に戻ります。雨になりますね」
 え……、雨? さっきまであんなに晴れてたのに。
「わかりました。ではお迎えにあがります」
 携帯の受話器を切り、運転席のシートを戻す。車から降りると空一面がいつの間にか不穏な雲に覆われていた。
 勇十赤の方に小走りで近づくと、彼も闇の中心でスッと立ち上がり白杖を静かに揺らし始めた。
 いつもどおり声はかけずに無言で見守る。勇十赤からも言葉が発せられることはない。
 彼が降ると言ったら必ず降る。やはり匂いから察するようだ。雨の香り。
 彼はちょうど車の位置でピタリと止まり、手探りでドアのハンドルを探し、後部座席にすべり込むとそのまま横たわってしまった。
 こうなるとまた待ちだ。運転席に乗り込みドアを閉める。車のエンジンもまだかけずに指示を待つ。
 バックミラーを横目で確認するが、横たわる勇十赤の姿は覗けなかった。

 風も少し出てきたようだ。波の音がさっきよりも荒く大きくなっている。 
 時折通る対向車のヘッドライトには飽きた。
 海沿いの国道、冷えきった車の中の暗闇に弧絶され、次第に激しくなる波の音に耳を煽られ、後部座席には横たわる盲目の男を乗せている。
 普通の仕事ではまず味わえない絶妙な精神的ハーモニーが生みだされる。奇怪なハーモニー。
 特殊な空間に気持ちは徐々に順応し、自然な流れで誘導される。
 すると何故だろう。何故だか不意に殺したくなる。
 勇十赤を、勇十赤の首でも絞めて。サクッと手早く。息の根を、止めたくなる。
 何の戸惑いも躊躇もなく。
 自問が生じる間髪も与えず。
 ただ自然に手を伸ばせばいい。
 勇十赤は最初に少しだけ呻き声を出すが、やがて受け入れるような形で観念し、大した抵抗もせずに静かに死んでいく。
 勇十赤の体から芯が抜けて崩れ落ちる。生命の糸が断ち切られる瞬間の感触というものを両手でしっかりと味わわせて頂く。
 これが相当な快感なんだ。そして、同種を殺すという絶対的な裁判に浸る。
 悪か正義か。
 彼はどうも死にたかったらしい。あまりにもあっさりで、あまりにも受け入れすぎている。
 よって正義とされた。
 俺は人助けをしたような気持ちになり、勇十赤の安らかな死に顔を前にしてとても神聖なことをしたような感覚になる。
 未だかつて経験したことのない開放感。この時点でもまだ自問はしない。
 世界の見え方が急激に変わるんだろう。網膜に新しいフィルムを貼られて、今まで見えてなかったものがたくさん浮かび上がってくる。
 そして、全く新しい世界を獲得する。ゲームにクリアしたような達成感もある。
 いつの間にか天使や聖霊達からの拍手喝采に包まれて、あたりは穏やかな光で溢れかえり、昼も夜も痛みも苦しみもない世界についに招待されたり。
 などと。
 まさか殺しはしない。殺すわけなどないんだが。

 雨が来た。雨粒が天井にトンッと跳ねて音が鳴る。トン……、トントン……。
「エンジンをかけて、暖房を入れましょう」勇十赤がかすれた声で呻くようにつぶやいた。
 わかりましたと答えエンジンをかける。空調が徐々に暖かい空気に変わっていく。車内が温もってくると妙な心境も変わってくるってもんだ。
 しかし何か体調でも崩したのだろうか、勇十赤の様子が少しおかしいようにも思える。
 横たわったままの彼の姿はあまり見たことがない。
 雨が車の天井をバンバン叩き始めた。徐々に数が激しくなる。割と大粒の雨だ。まさかこんな雨になるとは思ってもみなかった。 
 先ほどの静寂とは打って変わって、あたりは一面雨の音で覆われる。
 勇十赤はしばらく起き上がりそうにない。
 鬱屈した気持ちのまま、路面と車体を殴打する雨の音と海の闇。
 完全に包囲された。
 また木っ端のように漂うしかない。
 もう一度殺してもつまらない。



      十 暴走が止まる



 私が殺したんです。

 私は四日間ほど睡眠を摂っていませんでした。
 そして意識が朦朧としたまま、新宿中央公園内を虫のように必死に這って前進していました。
 それは右翼の街宣車のスピーカーから突然彩赤さんの声で、逃げろ! と聞こえてきたからです。
 最後に彩赤さんと会ってから一週間は経っていたと思います。
 その日は彩赤さんと行動していたわけでもないのに急に彼女の声が大音量で何度も何度も聞こえてきたので、私はわけがわからなくなって咄嗟の判断で地を這うことを選びました。
 今思えば意味がわかりませんね。
 きっと逃げられないと判断して、隠れ蓑のつもりか何かで人間としての生態を放棄したんだと思います。
 いわゆる世間の冷たい視線というものは即座にそして大量に認識出来ましたが、私に向けられた全ての瞳はとても弱々しくて、脅威に感じられるものは一つも無かったので、恥ずかしいとか止めようとかは一切思いませんでした。
 すると、近くにいた明らかに精神に異常をきたした中学生くらいの女の子が私を見た瞬間、天猛々しく合図らしきものを悲鳴に近いかたちで叫んでいたのを覚えています。
 彼女が何者だったのかはわかりませんが、その合図とも取れる悲鳴の後、三分もかからないうちにパトカーのサイレンが公園の出入り口近辺に集まってきているのが聞こえました。
 しかし私はゴキブリのように地を這い続け、花壇の段差や小道を秒速でくぐり抜けて大通りに飛び出し、やがて二足歩行の感覚を取り戻して、警察網を平然と潜り抜けることに成功したのです。
 そして泥だらけの洋服のまま新宿のヒルトンに向かいました。
 呆然としていたせいか、特に躊躇いも恥ずかしさも感じませんでした。
 ホテルのドアマンは泥だらけの私の姿を確認して少し驚いた表情をしていましたが、特に咎めようともせず、私のために扉を開いてくれました。
 私はロビーのソファに座り、大きくため息をついて、目を閉じました。

 それはまるで第一回目の心拍を記録した胎児の心臓のように、ただただ巧妙に始まりました。
 神秘的に脈打たれた猛烈なエナジーで嘔吐するように、思いが逆流してきたんです。
 私は彩赤さんを殺したくなりました。
 そして祈りました。
 ヒルトンのロビーは中国人の観光客で溢れていて、騒がしく会話が飛び交っていました。
 数分後、祈りが通じた瞬間、点睛を帯びた龍はその暴走を止め、私はロビーの天井を仰ぎ見て、開放され、救われたのです。

 彩赤さんを殺した日、透明の彼女は私をずっと追いかけて来ました。
 そしてどうやら私の姿が見えているようでした。
 私は彩赤さんにやっと自分の姿を見て貰うことが出来たことをとても喜びました。
 手を取り合うことが出来なかったのは残念でしたが、彼女の満たされた心をそこに感じて、彼女がとても自信を持った活発な女性になったことを実感し、とても感慨深くなりました。
 彼女の遺体がどこにあるのかはわかりませんでしたが、私はごめんなさいとありがとうを交互に何度も念じました。
 せめて一度くらい彼女のお墓参りに行きたい。でも残念ながら当時の連絡先は繋がらなくなってしまったし、私の方から彼女の家を訪ねたことも一度もありませんでしたので、住んでる場所もわからなかったのです。

 私は薬をやめて、新しい一歩を踏み出さなくてはならなかったのです。
 衝動は殺意。そしてまた無欲。 
 当時は妄想や幻覚、幻聴といったものと現実とがごちゃ混ぜになっていて境界線もありませんでしたので、祈りというものが通じやすかったのかもしれません。魔法という表現だとやっぱりちょっと変ですよね。
 覚醒剤は本当に恐ろしい。衝動と無欲。新しく生まれた二つの銀河がお互い引かれ合ってぶつかり、弾け散って、また引かれ合う。人間の認識を超えた壮大すぎるドラマは、とても統制出来るようなものではありませんでした。



      十一 彩赤



 嘘は生きている。育つ。自分の口から産まれても、他人の口から産まれても、育ち続ける。
 その子にもよるんだけど、すぐに衰滅していく子もいれば、どんどん肥大化していく子も。
 私は大人になるまで、嘘が目に見えないものだなんてとてもじゃないけど。
 匂いはしないんだけど、ウヨウヨとまとわりついてきて、何か気持ちの悪いガスのような霧のようなものだと。
 小さい頃の私はいつも手で追い払っていた。あっちにいけって、消えて無くなってくださいって。
 それでもなかなか消えてくれない。だからパパにお願いしてみたりも。これ追い払ってって。
 そしたらパパはいつも笑ってた。大丈夫だよって頭を撫でてくれたりも。
 でも私には全く意味がわからなかった。大人になると慣れっこになって、こんな気持ちの悪いものにつきまとわれても気にならなくなるのかなって、いつも不思議な気分に。
 嘘が育ち始めると、タチの悪い子は本当に厄介で、お部屋いっぱいに広がるときも、窓やドアの隙間からはみ出してモクモクと広がっていくときも。
 自分が産んだものでない子の時は、本当に呪いたくなる。なんでこんなものを私に浴びせたのか、付着させたのかとか考えてたら不愉快で頭がはちきれそうに。
 でも呪ったところで大きくなるのは止められないから、うんざりしたまま憂鬱に過ごして消えるのを待つ。次第に小さくなってくると粘っこさはなくなってサラサラに。
 自分が産んだ子の場合は早く消えてくれるようにお祈りしてた。とても邪悪なものだから。人ともなるべく近づかないようにして、うつさないように気をつけたりも。
 私のイメージではあなた達の言う深緑だとか灰色だとかそんな色じゃないかなって思ってたけど、結局は目に見えないものだった。
 パパはそれをマボロシだって。
 マボロシって無いものが在るように見えることをいう?
 でも私の世界では、嘘はマボロシなんかじゃなくて本当に実在するもの。
 確かに触ったりは出来ないし、匂いがあるものでもないんだけど、実際に私達と同じように存在するもの。

 私には在るのにあなたには見えていないもの。あなたには見えていて私には見えないもの。
 どうして分けるの?
 このリンゴはあなたにとっても私にとってもリンゴ。あなたにとってはきっと赤くて丸くておいしそうなリンゴ。私にとってはどんなリンゴ? 色はわからない。でも香りからは強烈においしそうだってことが。
 きっと腐ってはない。
 目が見えていても見えてなくても、同じ認識の中で生活出来てるのって奇跡。
 とても不思議。

 私にはあなたが本当にいるだなんて保証はない。いなくてもしょうがないこと。
 例えば、明日朝起きて、その瞬間から永遠に真っ逆様にどこかへ落下し続けたとしても、そういうものなんだって受け入れるしか。
 私にとってこの世の中は未だに何一つ安定なんかしないし、確定もしない。あなただって、この壁だって、この地面だって。もし無くなったとしても、無くなった世界で目が覚めたっていうだけのこと。
 時間というものも基本的には無い。私は周りに合わせるために時間を使ってるだけ。
 時間はただ流れてるだけでいい。朝も昼も夜も、季節も何もいらない。
 老けた、幼い、経験した、してない、覚えた、知らない、出来る、出来ないとかも全部どうでもいい。
 瞬間だけが大事。彼らが欲しがるものは瞬間だけ。
 だから全てがフェア。人間、動物や草木、創造の中で産み出されたキャラクターにさえフェアは及ぶ。
 
 小さい頃はよく赤ってどんな色かみんなに尋ねてた。
 情熱的で元気になる色だって。あとは血液の色、夕方の色、お休みの日の色、りんごの色もそう。
 洋服は全部赤じゃダメ? 私は毎日だって全部赤がいい。全くおかしな決まり事。

 あのね。私の目はね。このまま永遠に見えないなんてことはない。必ず見えるようになる。
 それが生命というものだと、彼らが言っている。
 それが千年かかるのか二千年かかるのかはわからないけど。
 生命は全ての認識を喰らい尽くすまで、延々と忙しく巡り続けるもの。
 それが一つの生命の宿命で、ご褒美。
 私は嘘つかない。



      十二 眠たそうな目で



「本当にありがとうございました。すっきりしました」ゆっくり頭を下げながらそう告げると、うららの長い髪がダラリと垂れ下がり顔が見えなくなった。
 長い時間を費やして、話したいことは全て話せたのか、ぐったりしたまま動かなくなっている。
 途中からはうまく波長も合ってきて、彼女も話しに集中出来ているようだった。
 ちゃかされたような気も、嘘をつかれたような気もしない。
 もしかしたらうららは本当に人を殺したのかもしれない。
 きっと彩赤さんという人はかつては実在していて、そしてもうこの世にはいないんだろう。
 一瞬、殺人の時効云々が頭によぎったがそんな話をする気にはなれなかった。
 ただ魔法とか祈りとか、どこまで本気で言ってるのかの真意を聞かなければ、逆にこちらの姿勢を疑われるのではないかとも思った。
 うららが直接手を下したのかどうかはわからないが、殺したという事実が本当なら重大な告解であることは確かだ。
「殺人にまで話が及ぶのでしたら、やはり一度教会に行ってみてはいかがですか?」と小野は言った。
 うららは顔も上げず、頷きもしなかった。
 有線で再度ニルヴァーナの曲がかかることはなかったが、禁煙エリアは相変わらず誰もいなかった。
 ウェイトレス達は厨房につながる通路のところで談笑している。
 壁に掛けられた時計の針は二十時十分を指していた。
 
 小野はこの沈黙には同調すべきかどうか少し迷った。
 うららの様子を見ていると、もう彼女から言葉が搾り出されることはないかもしれない。
 適当な言葉が何なのかはわからないが、何か声をかけてあげるべきなのかもしれない。
「牧師さん達はきっとうららさんの力になってくれると思いますよ。僕自身も少し前にとても悲しいことが起きました。その時には随分励ましてもらったんです。僕は聖職者ではありませんし、神様のことも詳しくはわかりません。でも、彼らも教義に倣って一方的に説教をしてくるわけではなく、彼ら自身の言葉で応えてくれるんですよ。うららさんの考えをしっかり述べれば、きっと理解を示してくれるはずです」 
 うららは下を向いたままピクリとも動かなかった。
 髪の毛が邪魔で表情も窺えない。
 少しずつ気遣いも交えてくれながら、打ち解けてきたような印象を受けていたが、今は圧倒的に生命力がない。
 まぁ、無理もないか。彼女なりに話の筋立ても考えてきたのだろうし、それを長い時間かけて全て話し終えてやっとゴールを迎えたんだ。
「僕も最後まで集中して話を聞かせていただきました。今までに聞いたことがないような話が多かったので、少し戸惑いもありましたが、うららさんの切実な気持ちは十分に伝わってきました。誰かに聞いてもらうことで、肩の荷が下りたり、責任感が強くなったりと、良いこともたくさんあると思います。僕に出来ることであればこれからも力になりますので、遠慮なく連絡ください」
 うららはまだ動かない。
 その時、店の入り口のドアが開いた。男ばかり五名の団体客が店に入ってきて、禁煙エリアに通された。
 やがてうららはゆっくりと顔を上げ、眠たそうな目でぼんやりとその客たちを眺めた。


  
      十三 あるAV女優へ



 ただいまぁ。
 あれ? 誰もいないのかな?
 もう一回ただいまぁ、っているじゃん。キッチンに。
 あ、後輩だ。
 なんだ? 女といちゃついてやがるのか。
 体操服のコスプレまでして何してんだ。
 まぁいい、好きにやってろ。
 俺は二階で仕事してるから。
 階段を昇る。
 四畳半ほどの小さい部屋。
 ここが俺の仕事場だ。
 資料の山、って言っても印刷物が山のように積まれてるだけで、資料なのかどうかも解らない。
 おっと、後輩の女が挨拶に来た。
 可愛い子じゃないか。体操服着て。しかもノーブラか! 乳首が透けてるよ。
 後輩も上がってきた。こいつは男前なんだ。将来も有望で、マスクも甘い。
 女は顔真っ赤にして乳首隠してる。あはは。セクシーだね。

 ――。
 ん……? あれ?
 雨は止んでいた……。

 やばい、どうやら少し眠ってしまっていたみたいだ……。
 体がちょっと固まる。
 バックミラーをそうっと覗き込む。
「行きましょうか」勇十赤はすでに上体を起こしており、小さい声で口を開いた。
「すみません。うっかり眠ってしまってたみたいで……」
「大丈夫です。戻りましょう」
「わかりました」
 ワイパーを作動させてフロントガラスの水滴を取り除く。
 怒ってるかな……。怒ってるよな。
「では、東名高速で上って世田谷のご自宅まで向かいます。途中で何かあるようでしたら言ってください」
 返答が無いのはいつもの通りだ。怒ってるからではない。
 とりあえず車を出す。雨上がりの路面に反射する街灯の光を順々に乗り越える。



                                    完

アガペー 〜ある名もなきAV女優へ〜

彼女に幸せになって欲しい。

アガペー 〜ある名もなきAV女優へ〜

ある娼婦の独白から物語は始まります。AV女優は出てきませんし、ポルノ的表現もありません。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-06

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