magic

世界を亡ぼす一味を倒すため、自分たちのかけがえのないものを守るために立ち上がる者たちがいた。
大きな抗争の裏には思いもよらぬ事実が————

集い

カラカラと音を立てて暗い獣道を通る一台の上等な馬車があった。中にいる2人はこれから開かれる会議に出席するため隣国の氷雪の国の王家であるアルベルト家に向かっている。
今,この世界では”魔獣”と呼ばれている獣の襲撃によって少しずつ国が滅んでいっている、その理由は判明せず、政府は悪戯に兵士を差し向けては犠牲を出していた。
魔獣とは太古の昔から共存し、助け合うことで国を形成し、平和な毎日を送ることができていた。しかし5年のある日、魔獣が一斉に街から消え去ったかと思えばその直後に大王国の反乱軍とともに襲い掛かってきたのだ。人々もその時、同志として暮らしてきた”魔獣”(仲間)に刃を向け、戦った。
魔獣と対立し、戦っていくうちに人はいくつかの情報を得ることができた。一つは、魔獣の狙いが人を襲うことではなく国を亡ぼすことが目的であること、二つ目はすべての魔獣が国を襲うわけではないこと。事実上、今も人と共に暮らす魔獣は少なくない。共存せずとも、魔獣と苦楽を共にする人はいるのだ。
今回の会議でアルベルト家が様々な国の皇子や皇女に召集をかけている理由はその魔獣のことに関してのことだと届いた手紙に書かれていた。
しかしそこには馬車を狙う山賊が木々の陰に潜んでいた、その中の1人が全身を覆うような黒いマントを羽織りフードをかぶって馬車の前に飛び出した、馬は突然出て来た男に驚き暴れ出した。すると馬車に乗っていた二人が窓から顔を出した。
「何があったの?」
御者は必死に馬をなだめていた。
「いきなり人が飛びたしてきたんです、おーい兄ちゃん大丈夫か?」
2人のうち1人が馬車を飛び降り男に駆け寄った、マントで体型や顔はわからないが馬車からおりてきたのは女だった。女はフードをとると男の顔を覗き込んだ。
透き通るようなクリーム色を帯びた金髪の髪を一つに束ねていて、透き通った緑色の凛とした瞳は気の強さを表していた。スッと伸びた背筋や立ち振る舞いは騎士のように凛々しかった。
この女の名はカンナ・シフィナ(17歳)雷風の国の第一皇女。雷風の国は武器商人の集まるこの世界で随一の武器大国で有名な国だ、その為剣闘士や、術士といった力を持つものが多く集まる場所である。そして人が多く出入りすればその分多くの情報が出入りするということから情報が一番早く入る国としても有名だった。
カンナは女ではあるが実力のある剣士としても有名になっていた。父親が剣士なのをきっかけに剣をふるい始め、尋常ではない速さで腕を上げていき、他国からの挑戦者が対戦を望み、はるばるやってくることももう珍しいことではなくなっている。
カンナは男の傍まで来ると膝をつき心配そうに声をかけた。
「怪我は?何故こんなところに1人で?」
「…何でだろうな」
男はそう言って薄ら笑いを浮かべると素早く懐剣を取り出しカンナに向かって勢いよく突き出した、同時に高い金属音がなり男の持っていた懐剣が宙を飛んだ、不意を突かれて動きが止まった男の右側に左足を大きく踏み出し、腰の右側に下げていた剣を鞘ごと引き抜き、柄頭で男の後頭部を強くたたいた。馬車に戻ると、今度は一緒にいた男がカンナを睨みつけた。男は目つきが悪いが綺麗な金髪をしていて、女らしいわけでもまつ毛が長いわけでもないのにかっこいいと言うより美人という表現が合うような男だ。
この者の名はハヤテ。カンナの騎士(ナイト)を勤めていて、カンナの幼馴染でもある人物だ。幼い頃カンナと同じ剣の道場に通い、よく遊んでもいた。
「カンナ、お前のお人好しはいつになったら直るんだ?ああゆう奴らに手加減はいらない」
「そんな無闇に斬る必要ないんだからいいの!心配してくれるのはありがたいけど」
「お前が危なかっしいだけで心配なんてしていない」
ハヤテはフイと目線を窓の外に移し黙ってしまった。
御者からもうすぐ目的地に着くと声をかけられカンナは胸にあふれていた高揚感を隠さず勢いよく窓を開け身を乗り出した。目の前には氷で作られたのかと思うほどの透明感がある城がそびえたっていた。いくつもある鋭くとがった八注造の屋根の先端には氷雪の国の象徴とされている雪の結晶が飾られていた。
カンナ達の目的地は氷雪の国と呼ばれる穏やかで一年中雪が降っている国だ。観光地としても栄えていて多くの貴族たちが絶賛するほどの雪景色や氷雪の国でしか取れない野菜での料理は今までにないほどの感動を味わえると大人気でもある。
城の前まで行き、門番に招待状を見せ中に入る、会議室にはすでに到着している人が数人いた。カンナは見知った顔を見つけ会議室の奥で上着を折りたたんでいた青年に近づいて行った。この青年は暗黒の国第一皇子のブレット・ガーリス(20歳)。ブレットは昔カンナに剣術を教えていたためカンナとは師弟関係を持っている。ちなみに暗黒の国とは今ある国の中で一番武力のある国だ。ほぼ一年中黒雲で空が埋まっているが半年に三回ほど晴れる日がある。その日は国民が晴れている間ずっと宴を上げるのだという、この宴の期を狙って来国する人も少なくはない。
「ブレット皇子!」
ブレットと呼ばれた青年はカンナのほうを振り返ると無表情な顔を懐かし気にほころばせた。
「カンナ殿、お久しぶりですね」
カンナもかつての師として慕っていたブレットとは忙しくてあまり顔を合わせる機会がなかったため、今回顔を合わせられることを楽しみにしていたのだ。
「お久しぶりです、会えてうれしいです。顔を合わせられない間、先生は元気でしたか?」
「カンナ殿、今はその呼び方はしないほうがいいですよ。外交会議なんですから」
カンナはハッとして周りをちらっを見た。幸い、今の会話は誰も聞いていないようだった。
すると後ろから誰かが声をかけてきた。
「ブレット、ちょっといいかしら…あら?その子は?」
顔を除きこるように少し顔を傾けていたその人は今までに見たことないほど整った顔立ち、
容姿をしていた。薄紫色の透き通った髪はサラサラと流れる髪、小さくて発色の良い赤い唇、線の細い瞳の色は髪と同じ紫だが深い色をしていた。来ているドレスも体のラインを強調するもので艶めいた雰囲気を出していた。そしてカンナはそのあまりの美しさに当てられ問いに反応できなかった。
「この方は雷風の国第一皇女のカンナ・シフィナ皇女です。以前話したことがあるでしょう?」
カンナの様子を見かねたブレットが代わりに問いに答えた。
そして、カンナの名前を聞いたその美人は訝しげな表から一気に色を変えた。
「そうだったのね…!」
嬉しそうに顔を輝かせた美人はカンナに向き合いドレスの端を両手でつまみ上げ、頭を下げた。
「初めまして、カンナ皇女。私は暗黒の国の隣の国、妖艶の国第一皇女でございます。貴方のことはブレット皇子から聞いております。一度お会いしてみたいと、ずっと思っておりました。」
深く頭を下げるメルラと名乗った美人はその言葉通り、カンナと会えたことの喜びを指し示すように満面の笑みを浮かべた。
カンナは思いもよらないことを言われて戸惑っていた。そこにブレットが背をかがめてカンナに耳打ちした。
「この方は妖艶の国第一皇女のメルラ・ロメリア(23歳)。妖艶の国はほかの国と比べ少しばかり小さくあまり目立ったところもないといいますがメルラ皇女が国の外務官についてから国は急成長を遂げたのです。そしてその噂を耳にした大王がメルラ皇女の腕を買い、今では大王国の外務省のリーダーとしても活躍しています。」
「そんなに優秀な方がなんで私にこんなに興味を…?」
ブレットは背を伸ばしてカンナとメルラを交互見て、小さく“すぐにわかります”と言って教えてはくれなかった。
「先ほどの無礼な言葉、申し訳ありません。貴方のことはブレット皇子の城で稽古をなさっておいる時から聞いておりました。」
「そのような時期からですか…!」
「はい、その頃は少しばかり貿易のことで会議が開かれていましたから。その時に話を伺いました。」
「そうなんですか?」
カンナがそう尋ねるとブレットは無表情でうなずいて肯定した。
 ふと視線の来るのを感じて、背後に顔を向けるとこの会議の幹部であるキース皇子がカンナを見ていた。キースはカンナと目が合うと柔らかく微笑んだ。それは雪の花のように涼しげで、儚かった。
カンナとキースは何を話すわけでもなく微妙な距離で見つめあっていた。
次の瞬間、突然勢いよく扉が開いた。扉が開いた時の大きな音が部屋中に響き、全員が驚いたように目線を扉の方に移した、そこには2mを超える大男と背の小さい少女がいた。
「火聖のバーン只今到着した!!!」
「バーン皇子。よくいらしてくれました。どうぞこちらへ。」
キースはすぐに出迎えに姿勢に入ってしまった。
「大きなひと…。」
その光景を見ていたカンナは無意識にそう呟いていた。ブレッドは特に驚いた様子もなく落ち着いて教えてくれた・
「あの大男は火聖の国第一皇子のバーン・ロボウド(22歳)。岩のように固い男と恐れられていて、その名の通り国の貿易交渉法や外部の組織を傘下に入れる時の作戦は相手に隙を一切見せず強引なものばかりとか。火聖の国は一年中夏のような高気温にみまわわれる国で主に炭鉱資源が栄えていて貿易相手となる国は数知れないほどだそうですよ。作戦も強引でも相手を納得させるには十分な言い分をするようでして、言い争いはしないほうがいいと一部の民族や国は恐れているそうですよ。」
そしてよく見るとバーンの後ろに誰かいることに気が付いた。
「花賛のカルメラ…お、同じく……到着しました」
息切れで声をつまらせながらも到着を知らせるのは少女はおそらくこのメンバーの中で一番若いことがわかるほど幼い容姿をしていた。ふわふわのレースがドレスの裾からのぞいていて、袖のほうもゆったりとして、その少女そのものが花からできているように思えた。
「あの方は花賛の国第一皇女カルメラ・クラウトン皇女です。」
カンナもその名前は聞いたことがあった。
「その方なら知ってますよ!カルメラ・クラウトン(16歳)皇女は自国を大勢の国民と立ち上げることに成功し、建国後は皇女として務めを果たし、今では優秀な薬剤師としての才能も持っていらっしゃるとか。そしてその才能を生かし、国民に薬の知識を教えることで今は医療がもっとも発達している国に育て上げたと。花賛の国は一年中暖かくて薬に必要な草木が育ちやすいので薬の量産量も多いんですよね。」
「その通りです。ちゃんと勉強もしているようで関しました。」
カンナの頭をなでるブレットは相変わらず表情を変えないがどこか優しさがあるように感じた。

全員が揃い、それぞれがの皇子や皇女が指定の席に座り騎士(ナイト)も自分たちの主の後ろについた。
それを見てキースはドアの傍に行ったと思うと扉を開けてににこりと微笑んだ。
「皆様申し訳ありませんが、この会議での騎士(ナイト)の立会いはご遠慮願います。別室を用意していますので騎士の皆様はそちらでお待ちください」
騎士(ナイト)とはその名の通り主人を守る人の事を言うがそれだけではなく時にパートナーとして戦うこともある。役割はそれこそ数え切れず臨機応変に変わっていく。多種多忙である。王族の象徴でもあるため襲われることも珍しくないため覚悟のない者が成せる役職ではない。
キースは騎士が部屋から出たのを確認し、全員に向き直り、キースは話を始めた。
「5年前、急に人間を敵に回し国を滅ぼし続けている魔獣たちは今も進行を止めていません、むしろ勢力を増してきている、国や政府も手を尽くしてはいるがこのままではいずれ人類は終わりを迎える。国や政府が手を尽くしているといってもいたずらに兵を死なせているだけです。このままでは人類の中でも争いが起きてしまいます」
「そうならないように私たちを集めたんでしょう?」
言いたいことはわかっている、メルラの目はそう語っていた。
「はい、そして私たちは大王からある大きな任務を任されました」
大王とはこの世界を統一している王だ。広い大陸や島を国として立ち上げるための支援を行い、その土地の血を引くものを王に立て、世界を広い視野で見下ろし、見守り続けてきた英雄だ。
「大王様直々の任務ですよね?確かにフラムス様の印はありましたがあの通達では信憑性がありません。大体、大王は誰とも顔を合わせることもないお人です。国々を見守ることだけにってしてきていました。加護を授けていただいてはいますがあのお方とじかに言葉を交わしたことのある人でさえもう生きていらっしゃらない。式典にさえ遠隔透視術でお話をするのです。その大王様から直々に手紙というのも少し妙です。」」
キースはカンナの言葉にうなずいた。
「そうでしょうね、あの手紙は私が大王の命令で書いたのですから。今回、私はここにいる者たちとともに今魔獣を操るものを探し出し、倒せという命令を受け取ってきたのです。」
「操っている、今そうおっしゃいました?キース皇子。」
「そんな情報一言も聞いたことがありませんよ」
明らかに怒りをあらわにするメルラとブレット。そのわけは実に簡単で、今重点的に襲われているのがこの二人の国だからだ。魔獣たちは5年前から魔獣たち知識をつけてきていることを表すように一つ一つ重点的に段階を踏んで国を襲って来ているのだ。そしてキースは殺気立つ二人をなだめるようにして話し始めた。
「お気持ちはお察しいたします、ですが少し落ち着いてください。これから話すことが国を守ることに繋がるのですから。」
三人は怒りの表情をあえて崩さずに口をつぐんだ。
「大王からの命令で敵を倒すといってもそう簡単ではありません、情報も少ないですし何より戦力を整えるための時間が必要です」
そこから話されたキースの策の内容は、第一に国と国民を守るために魔獣が苦手とする樹木を国周りに植えこむ、そして大きな戦力を持たない魔獣群を順に叩いていき反乱軍の人間を捕えていくというシンプルかつ困難な策だった。何しろ、大王の命令は”集められた人物たちを中心にした集団”での任務なのだから。
「大きな戦力を持たないといってもこちらは国民を使うわけにかないんでしょうこちらも戦力がないのは同じではないですか。」
するとキースは得意満面といった顔でブレットを横目で見た。
「もちろん、兵は使えません。情報が漏れるリスクが大きくなればこの作戦は失敗してしまうのですから、ですがそれはあくまで国民にのみの条件です。」
「まさか…」
カルメラがそう言うとキースは言い切った。
「そのまさかです、つまりはどこの国にも属していない上、信頼できる人物を使えばいいんですよ」
「そんな奴そうそう簡単に見つかんないだろ」
バーンが否定の言葉を投げかけた。その言葉を聞いてキースは得意げに胸を張ってみせた。その姿は自慢話をする少年さながらでイメージとは異なった一面だったため随分幼く見えた。
「こう見えて私は人脈が広いんです、その手の人物はもう捕まえてあります」
「あんたの人脈は怖くて信用するにできないわ」
メルラが額を抑えて呆れたように言った。
「人聞きが悪いですね、私の人脈には十分な信頼を得るのにふさわしいものばかりですよ、私の情報網で損をしたことがありましたか?」
「ないけど…」
メルラのその言葉を聞くと今度はブレットに同意を求めるようにした視線と笑顔を投げかけた。
「…あなたはほんと嫌な性格をしていますよね」
「何のことですか?」
「はぁ…わかりました、降参です。キース皇子の人脈を使って失敗したことはありませんよ」
「お褒めいただいて光栄です。」
ニコニコとそうお礼を言っていても嫌味にしか聞こえない。それが氷雪の国第一皇子キース・レスタリアという男なのだと微かに悟ったカンナであった。そして一つに疑問が頭に浮かんだ。
「3人は随分と親しいのですね」
その言葉を聞いてキースたちは一瞬黙り込んだがすぐにあぁ、と勝手に納得の声を上げた。
「カンナ様は知りませんでしたか、氷雪の国と妖艶の国と暗黒の国は昔から同盟を組んでいて我々は小さいころからの知り合いなんですよ、わかりやすく言えば幼馴染です。」
「そうだったんですか」
「あまり知られていないことですから。」
そうしていると少し控えめな声が上がった。
「あの…国民に知らせることで情報が漏れる恐れがあって教えることができない、よってここにいるメンバーと信用のおける人物たちで敵を倒すということですよね?だとして、私たちはこれから国にいられる時間がほとんどなくなることにもなりますよね、国王にはどう話すのですか?それに、行動を起こすといってもまだ未熟とされているわたしたちは権限もあまりありません。万が一の際の対処も…。」
「いい質問です。それに関しては大王が責任をもって何とかするとのお達しがありましたのでご安心ください。敵への対策としては情報がないことにははじまりませんのでまだ何とも言えませんが、人材のほうはもう集めにかかっていますのでそちらのほうもご心配なく。ですが最初にこちらの縄張りの掃除をしておく必要があります。ですのでおそらく今集まっていただいているあなた方の国には必ず敵の視察が入っているはずです、そのスパイを捕えたいのでご協力願います。捕えたら即座にここへ連れてきていただき、尋問を行います。もちろん得た情報は一つも漏らさずにお伝えします。」
「その尋問はすべてこの城で行うのか」
バーンが納得のいかないという感情を隠さずに伝えてくる。
「はっきり言うが、その言葉は信用ができん。お前のことは信用しているが大王が絡んでいれば話は別だ。その言葉を信用できるという証拠がない。もしかすると俺たちには伝えず大王にしか話さない情報があるかもしれんしな」
「こう言っては何ですが、私は交渉事で嘘をついたことは一切ごいません。今までのバーン様のお国との付き合いの中でも例外ではありません。それは、証明にはなりませんか?」
「…わかった。信じよう」

この日の晩、暗くなってしまったこともありそのまま食事をご馳走になることにした。
食事の席では和やかな雰囲気となり騎士たちも主とテーブルが違うこともあってお互い日々の苦労や主のことを語り合っていた。
元からこの会議に呼ばれた王子や皇女は大王様であるフラムス王に助けられたことで交流持つようになった国同士だが顔を合わせることはしばしばあったがきちんとした交流をしたことがない国もあった。
食事を終え、もう寝ようかとベッドに入ったときドアがノックされた。急いでドアを開けるとそこにはキースが立っていた。
「カンナ様、夜分遅くに申し訳ありません。少しお尋ねしたいことがあるのですが少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、私にこたえられることであれば」
「カンナ様はシンという男をご存知ですよね?」
"シン"、その男は昔カンナと同じ道場に通っていた男でありカンナの幼馴染である、6年前いきなり姿を消しいまだ見つかっていない男でもあった。
「あの人のことをご存じなのですか?!」
「はい、…すみません少し部屋に入りますよ。」
キースは話を聞かれないようにするため周りに誰もいないことを確認してドアを閉めた。
カンナは焦る気持ちを抑えることができずにキースの腕にしがみついた。
「あの人は、今どこに?」
叫びだしたい心をに押さえつけるように蓋をして、必死に取り乱さないようにした。
「カンナ様はシンと会いたいと思ってくれてますか?」
真剣な顔で見つめてくるキースにカンナは迷うことなく答えることができた。
「もちろんです」
2人の間を氷の空間が張りつめていきいった。しばらくキースはカンナの意思を確かめるように見つめていたが不意に少しうれしそうに微笑み、カンナを連れてある部屋の前へ連れてきた。
「部屋の中にシンがいますから会ってみてはいかがでしょう?余計なお世話とは思いますがシンも意地っ張りでしてね、あなたのことばかり話して、心配しているのに決して会いたいと口にしないもんですから少し驚かせてみようと思いました。」
キースはそう言ってカンナのそばを離れた。
破裂する寸前まで脈打つ心臓の音を聞きながらカンナはドアノブに手をかけ扉を押した。

思い出

明かりのついてない部屋はまるで闇に包まれたように静かだった。
部屋にはベッドの横たわるカンナとその横にはキースとシンが立っていた。
カンナは応接室に入りシンを見たとたんに頭を抑え込み倒れてしまったのだ、シンも入ってきたのがカンナだったことに驚いたもののすぐに冷静になりカンナを抱きかかえ医療室に駆け込んだ。
「キース様、なぜカンナがここにいるんですか?」
「彼女も今回の作戦に必要な戦力だったから今回の会議に呼んでたんだよ…彼女は俺たちの進む光となり導く役割を持つから」
「………彼女の力のことはどうやって知ったんですか」
「情報屋に知り合いがいてね。その人から聞いたんだよ」
「カンナを今回の作戦に引き入れるのですね」
「そのつもりだよ、僕はこの世界の先を見るために闘う。あの人が見たかった世界を僕が造りだしたいんだ」



廊下を歩きながらキースは自分の幼かったときのことを思い出していた。
昔のキースは親から様々な英才教育を受けさせられていたため滅多に外に出ることはなかった。キース自身外の世界に興味もあり何度か脱走を試みたことはあったが幾度となく失敗してきた。同じ毎日同じ人同じ光景、小さい世界の外に大きな世界が広がっているのことに高揚感を覚え、憧れていたキースにとって自分の世界は窮屈な鳥かごで鎖につながれているとしか感じられなかった。
そんなある日突然両親から城の近くにある林で一人で暮らしてみろと言われたのだ。どういう風の吹き回しかは分からなかったけれどキースは大いに喜んだ。もちろんそうなれば世話をしてくれる召使もいなくなるがキースはそんなことはどうでもよかった。
一人になることに不安はあったが今までのように同じ毎日を繰り返さなくてもいい、自由に生きられると思ったのだ。森までは馬車で行くことになり、荷物も必要最低限の物しか持たなかった。
途中町の大通りに差し掛かった。そこにはたくさんの人や動物、出店や人の笑い声や掛け声が飛び交っていた。
キースは飛び出す高揚感抑えきれずにいた。
(外には自由な世界があるんだ…こんなにも広い世界がある、僕の知らないことが山ほどある世界!)
馬車が林に入ると何か違和感を感じた。しばらくするとその違和感の正体に気づいた、それは林にいるはず魔獣達がいないことだった。あたりをよく見ると奥の方に黒くうごめくものが見えた気がした。けれどそれはほんの一瞬のことで特に気に留めることはなかったが奥に進むにつれあたりはどんどん暗くなり何だかおちつかなくなったキースは御者に声をかけようと窓から顔を出したとき目の前に見たことのないおぞましい魔獣がこちらをじっと見ていた。御者はすぐさま来た道を引き返し城まで走り抜けた。
城につくと御者に王女を連れて逃げるよう言われキースは状況がつかめないまま王女のもとへ向かい、すぐに手を引いて出口へ走った。状況がわからなくてもあの魔獣が自分たちの見方ではないことは目を見てすぐに分かった。王女はいきなり手を引かれたことで驚き理由を聞いても答えるそぶりを見せないキースに戸惑い立ち止まった、キースの手から王女の手がするりと抜けキースも足を止めた。
「母様?どうしたのですか?!早く…早く逃げないと危ないんです!母様は僕が守りますから!!」
「何があったというのですか?何も言わないでこんなことされては困りますよ」
「そんな悠長なことを言ってる場合ではないんです!あの魔獣が来る前に逃げないとダメなんです」
「魔獣…?」
王女とキースがそんな言い合いをしている間にいつの間にか街から悲鳴が聞こえてきた。王女は急いで街に向かおうとしたのをキースは力の限り引き留めた。
そうこうしていると一人の兵士が顔を真っ青にして駆け寄ってきた。
「只今街は正体不明の黒い魔獣によって焼かれています!!兵長からの命により女王陛下及び皇子を安全な場所へ連れて行来ます!!!」
「今…なんていったの……?」
兵の言っていることができていない女王を兵は失礼いしますといって抱き上げ、半ば無理矢理押し込むようにして馬車に乗せた。女王は今頃になって大粒の涙を流しドアをたたいた、けれど外からかけられえたカギは頑丈でびくともしなかった。
馬車はすぐに走り出しキースは唖然としていた。
(今…何が起こったのっだろう、魔獣…?さっき森で見たあの魔獣…?何故街を襲ってるんだろう、国民はどうなっているんだ…)
キースは自分でも驚くほど冷静に黒い魔獣についての推測を始めていた。隣では両手で顔を覆い声を殺しながら泣いている女王がいる。兵も手綱を持っているもののその姿は頼りがいのあるものではなかった。
城の裏にある森を抜けたところで馬車は止まった。カーテンをそっとめくり外を見るとそこには見たことのないような場所だった。大きな湖があってその湖を囲むようにして木々がそびえたっている。
「この湖は一体…?」
見たことのない湖を前にキースは心を奪われたかのように見とれていた。するとそこに今まで泣いていた王女がやってきた。その目は真っ赤にはれ上がり少し充血していた。
「この湖は太古の昔から存在していてこの国の守り神がいるともいわれているのよ、信仰者もたくさんいてね、ご先祖様の魂が宿っているといわれていてこの湖に邪悪な魔獣や魔物は近づけないの」
「守り神…?」
「マリアと呼ばれているわ」
「マリア……」
美しいであろう泉の女神を思い浮かべキースは湖に見とれていた。

その日は結局街へ近づくことができず湖で野宿となった。
次の朝、兵が慌ててキースたちに駆け寄ってきた、話を聞くとあの黒い魔獣が近づいて来たというのだ。
「今すぐにここを出ましょう!早く馬車に!!」
(何故!?この湖に魔獣は近づけないはずなのに…魔獣でないとしたらいったい…?)
キースが考えことをしている隣で王女は何かを決意したような眼をして立ち上がった、そしてキースを馬車まで連れて行きドアの鍵を閉め、詰め寄るようにして兵に近づいた。
「キースを連れて早くここを離れなさい、あの魔獣は私が食い止めます」
「何をおっしゃって…」
「いいから!このまま逃げていても無駄なのはもうわかっているでしょう?せめて…守れるのならキースだけでも守るのよ、絶対に」
「……………っ、ご武運を」
兵はそういって馬車に乗り込み馬を走らせた。
キースはびっくりして窓を開け身を乗り出した、兵に止まるよう訴えたものの兵はかまわず馬を走らせた。
「まだ母様が残ってる!なんでおいていくんだ!!今すぐ戻らないと!」
「…皇子!中に入っていてください」
「母様がまだだといってるじゃないか!今ならまだ間に合う!戻ってよ!」
「私は王女の意思を無駄には出来ません、お許しください」
よく見ると兵の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた、その涙を見てキースは悟った。
(母様にもう会えない…?笑顔を見ることもない…抱きしめてもらうことも…ない……?)
「あの方はあなたを守るためにとおひとりであの魔獣と戦っています、あのお方の気持ちを無下にしないために皇子は国外へ連れて行きます」
キースは天井の窓を開け顔を出した、微かに母様とあの黒い魔獣が闘ってる姿が見えたが母様はすぐに呑み込まれてしまった。
「母様!!!」
手を伸ばし大声でそう叫んだがその声はむなしく、決して女王に届くことはなかった。涙で視界が遮られていく中母を失うものかと叫び続けた。
(嫌だ…離れたくない…一緒にいてほしい、嫌だ!!!!!!)

魔獣に倒され地面に倒れこんだ女王は朦朧とする意識の中で自分のほうに手を伸ばし涙を流しながら何かを叫んでいるキースを見た。
「キース…belgiast(あなたに幸福が訪れることを願います)」
女王は微かに微笑みこの世を去って行った。



昔のことを思い出しているうちにキースはいつ間にか自分の部屋の前まで来ていることに気が付いた。
ドアを開け部屋に入るなりキースは焦るようにしてすぐにベッドへ入った。
(そういえば、小さいころから気持ちが不安定になるたびこうしてベットに入り込んでは安心していたっけ…暗くて何も見えなくて、ただ自分のぬくもりしかわからないから安心していたんだっけ……あの頃の僕は何も考えたくなかったんだな。)
そう思いながらキースはいつもより早く眠りについた。
次の日の朝キースが着替えを済ませ朝食をとっているとシンが慌てたように駆け寄ってきた。
「キース様、昨晩皆様を城に泊めたのですか?」
「そのために少し遅めの会議にしたんだよ、カンナ様が倒れたのが予想外だったから帰そうかとも思ったんだけど時間も遅くなっていたから予定通り泊まってもらったよ」
やっぱり、というようにシンはため息をついた。
「そのせいで朝っぱらからハヤテが私の部屋に来ましたよ、カンナはどこか聞きに来たんです。」
その時の空気が決していいものではなかったのだとシンの顔を見ればすぐに分かった。
「それは災難だったね」
面白そうに微笑むキースを見てシンは魂を抜いてしまうのではないかと思うほど長い二度目のため息をついた。
カンナも今だ目が覚めない状態でいる以上一刻も早く国に返さないといけないがハヤテが動かすなというので手出しができない状態だった、その上理由を聞いても詳しく話そうとせずごまかされてしまう。

キースが朝食を終え、カンナの容態を見に病室へ向かうと廊下でメルラに引き留められた。
「キース皇子!カンナ様にハヤテがいきなり治療と言って魔法(SF)をかけ始めました。」
「どういうこと、理由は?」
「応急処置と言っていましたが手こずってるみたいでして、医者を呼んでください。」
「シン、行ってくれ」
シンはすぐに今来た道を引き返した。
キースとメルラは急いで病室に向かった、ドアを開けるとそこには2体の黄金のオオカミのような魔獣とベッドに横たわるカンナに魔法をかけているハヤテがいた。カルメラが何とか近づこうとするが魔獣がいて近づけないでいた。
「ハヤテ殿!何を…」
ハヤテを止めようとブレッドがそう叫んでも一向に応じようとしない。
「カンナを連れて帰る。お前たちが何をしようと俺には関係ないがカンナを危険に巻き込むつもりなら俺は黙ってない」
キースはまさかと思い絶句した。
ハヤテはカンナの治療を終えたのかキースたちを持ち前の鋭い眼光で睨みつけた。
「何のことか詳しいことは知らないが、昨日お前とシンの会話を聞いた、カンナは連れて帰る」
ハヤテはそういうとカンナをゆっくりと抱き上げ窓から飛び降りた。
ハヤテが部屋から離れたことで魔獣も消えキースは急いで窓から下を見るとそこには用意してあったであろう馬車を使って二人が城から出ていってしまっていた。
(あの魔獣は魔法で作っていたのか…!!)
シンが追いかけようとしたのを止め、大きなため息をついた。
「注意が足りなかったな…」
しばらくして、ハヤテは城に戻りカンナの治療を医師に頼んでいた。
「いつもの発作だから特別なことはしなくていい、応急処置はしておいた」
カンナの治療はすぐに始まり、ハヤテは国王への報告に向かった。
「今回の氷雪の国からの呼び出しは同盟を組むことを目的としたものでした。今後も呼ばれることが多数あると思われます。」
「…わかった、わしから何とか断ってみよう。カンナを呼び出したということは同盟はカンナが国王になってから組むつもりということだろう…今後の国の未来はカンナにかかっている。今わしが王座に座っていても近い未来にはカンナがこの椅子に座っていることになる、わしの役目も終わるな。」
「いえ…カンナはまだ幼すぎます、まだこの国には貴方様が必要です」
国王は面白そうに軽快に笑った。
「相変わらずだな、ハヤテ…だがそうも言ってられない。わしも年をとった、もうこの国を支える力が残ってないんだよ…一刻を争うことにもなりかねん。」
ハヤテは深刻な面持ちで国王の話を聞いていた。ハヤテが言っていたようにカンナは国王としては未熟だったのだ。
(今のカンナが国王になれたとしても、国は安定しない……まだ子供なんだ、幼すぎる)
何かを考え込んでいるハヤテを見て国王は今までにないほどやさしく微笑んだ。
(ハヤテよ…カンナのことを頼んだぞ)
「ハヤテ、もう良い。カンナのことを見てくれないかね?私は仕事を片づけたら行く。」
「はい。」
国王に言われたとおりにハヤテはすぐにカンナの元へ向かった。
治療が終わってなお目を覚まさないカンナを見てハヤテは深いため息をついた。
「ほんと…いつまでも子供のまんまだな。」
ハヤテはカンナの頭をなでて小さく”早く起きろよ”といって部屋を出た。

カンナは昔から生まれつき自分の体に収まり切れないほどの魔力を持っていた。魔力はカンナが成長していくと同時に増え続け、その膨大な魔力に体が耐え切れず気を失うことは多々あったがひどいときには一時的な記憶障害が起こる時もあるのだ。
今回はハヤテのおかげで気を失う程度で済んだもののなかなか目を覚まさないでいた。

8年前
カンナの親はカンナが7歳のころに離婚してしまいカンナは母親が引き取ることになったがその1年後母親が再婚したが相手が子供嫌いというだけでカンナは両親から遠巻きにされていた、学校でもいじめられカンナの居場所はなくなっていた――――
「お金持ちの家に生まれたからって偉そうにしてほーんとバカみたい、泣かないし怒らないし反応もないからつまんないのよ!ほんとに生きてるの~?死んでんじゃなーい?」
「…」
「そんな目で見ないでよ!気持ち悪い」
そういってカンナを突き飛ばすと周りの子供も蹴ったり踏んだりとやりたい放題だった。
涙を流すこともなく、声を出すこともなかった。このころのカンナに感情は存在しなかったのだ。
それでもただ一つだけカンナは感じていることがあった。
(ここに私の居場所は存在しない…必要とされてない)
そんなある日邪魔だといわれて家を追い出された時、無意識に家を出てカンナが向かった先は離婚してから会っていなかった父の元だった。父は小さな町の町長として役目をはたしていると聞いた。

父親はカンナを見るなり驚きで固まった。カンナが訪ねてきたこともそうだが何よりカンナが傷だらけなことに驚いた。
カンナの家から父親の家に行くには丘を一つ越え二つの村をも越えなくてはいけない上、二つ目の村は治安が悪くカンナのような小さな子供が売り物にされることも珍しくない場所だ。殴られた後のような痣も多数見て取れる。カンナは父親に言われて新しい服を着て体を洗った。
「それにしてもどうしたんだ、何の連絡もしないでこんなところまで来て…嫌なことでもあったのか?」
カンナは黙ってコクンとうなずいた。
「学校のことか?それとも母さんのことか?」
「……両方」
ちゃんと父親に届いているのだろうか、と自分でも不安になるほどか細い声だった。
「そうか…」
父は少し考え込んだむとよしっ!と言って膝をたたいた。
「よしっ!カンナ、お前が帰りたくないのならここにいればいい!部屋は余っているし私もカンナが来てくれたら嬉しい!」
父親の笑顔を見るとカンナは今まで封じていた感情をあらわにするように徐々に目の奥が熱くなり涙があふれ出した。自分でも驚いた、まだ自分には涙を流せるほどの感情が残っているのだと。自分の目から流れている涙をぬぐわずカンナは笑顔でうなずいた。父親も同じように笑いカンナの頭をなで、強く強く抱きしめた。

それからというものカンナと父親は毎日のように一緒に暮らした。
一緒に遊び、勉強をし、喧嘩もした。それでも楽しく暮らせていた…そんな中父親がカンナにいつも言い聞かせていたことがあった。
”カンナ、どんなに自分を否定されても自分を曲げてはいけないよ、信念を持ち、前を向いていれば奇跡を生むことができるから”
ある日父親が自分が開いている剣術の稽古を見てみないかと持ち掛けた。カンナはすぐに承諾し、さっそく次の日から見学に向かった。
「今日は新しい子が来るんだよ、カンナと同じくらいの子だ」
「本当?」
「ああ、きっとな、稽古場にはカンナと同じくらいの年の子どもがたくさんいる、友達もできるさ」
「…うん」
カンナは学校や家にいることが嫌だとは伝えたがそれ以上のことは伝えていなかった。口にしたり思い出したりするだけで恐怖に包まれ激しい吐き気がカンナを襲っていたからだ。
(また…いじめられないかな………)
稽古場につくとたくさんの子供たちがすでに練習を始めていた。
そして気づくと父親を挟んで反対側にカンナと同じくらいの男の子がいた。黒髪、黒目でとても端正な顔立ちをしていた。
カンナの視線に気づいたのか男の子はカンナの微笑みかけた、その笑顔は恥ずかしげで初々しくて今まで見たこともないくらい穏やかだった。
すると父親が手をたたいた。
「今日、紹介したいやつがいる、私の娘のカンナだ。カンナは剣は振るわないがよろしく頼むぞ。それに、シンも帰ってきた!」
二人は瞬く間に囲まれ多数の質問攻めにあった。戸惑うカンナと落ち着いて周りと話をするシンを見て父親は面白嬉しくなった。
しばらくして、練習が始まり、シンは明日からの参加になるからとカンナと一緒に座って稽古を見ていた。
すると、ふとシンがカンナに話しかけた。
「さっき先生の娘って紹介されてたカンナさんだよね?先生って結婚してるの?」
「前はしてた…」
「そっか…ねぇ、カンナさんは人が怖いの?」
カンナは俯かせていた顔を上げシンを見た。
「なんで…?」
”私が人をこわがってることが分かったの?”
その言葉を思わず飲み込んだ。
(そんなこと言ったら、またいじめの標的にされちゃう…)
カンナにとって心の内をさらけ出すということはいじめの標的とされる条件のようなものになっていた。思っていることが他人にどう見えるかわからないから、口に出しちゃいけない。
「俺は怖いよ、人」
「え…?」
「人ってどんな動物よりも貪欲なんだよ。自分勝手で、傲慢で、自分が良ければ何でもいいんだ、人を傷つけることで自分が助かるのならそうするんだろうし相手を殺さなくちゃ自分が死ぬんなら人を殺す…自分がいい気分になるから人を傷付ける……ね?人間って自分のことしか考えてないんだ、俺は人間をそうそうゆうものだと思ってるし、そう思っているからこそ人が怖いと思うよ。」
最初に見た穏やかな表情は消え、闇を見つめているような目を見てカンナはあることを悟った。
(この人は何かあったんだ…人には言えない、言いたくても言えなくて辛いことがあったんだ)
カンナは理屈ではなく直感でそう感じ取った。
次の日、カンナは再び稽古場に足を運んだ。そこにはすでにみんなと楽しそうに話すシンがいた。
「どうしたんだカンナ?中に入らないのか?」
入り口で隠れて道場の中をのぞき込んでいたカンナが後ろを振り返るとやさしい笑みを浮かべている父が立っていた。
「入るよ、ちょっと怖いだけ」
「ははっカンナはこんなに大勢のこどもたちを見たことなかったのか?大丈夫だすぐ慣れる」
父親に押されカンナが中に入る。するとカンナが来たのに気付いた女の子たちが一斉にカンナに飛びつくようにして駆け寄ってきた。
「カンナちゃんだよね!あたしリヨ、よろしくね!昨日は声かけたかったのにシンがカンナちゃんのこと独り占めしちゃってたんだもん。」
「あ、ありがとう」
ほかの子も私も私もといわんばかりに自己紹介をし、カンナに話しかけた。カンナも次第にみんなに馴染んでいきだんだん楽しくなった。

それからの3年間、カンナは道場でシンと仲のいいハヤテという異国から来た男の子とも仲良くなった。それに伴いカンナは剣術を身につけていた。8歳になるまでは稽古を見学するだけで終わっていたが知識が身についたことで自分も剣の腕を磨きたいと思うようになったのだ。もちろんそれは誰にも言えないことでもあった。女が剣を振るうなどこの国でもありえないことになっていたからだ。
練習はいつもみんなが寝た後に一人で周りにばれないようにやっていた。誰も見ていないと思いながら練習に打ち込んでいた。
その日もいつも通り稽古を見学し、学べるだけのことを学んだ。最後の組手に差し掛かりシンとハヤテの名前が呼ばれた、この二人は道場で一番うまい剣の使い手となって町で有名になっていた。けれど呼ばれたハヤテが位置につくがシンが立ち上がらなかった。
「おい、シン早く出ろよ」
ハヤテが不満そうに言った。
「そうせかすな、今日はお預けだ」
「はぁ?いいから早く出ろって、わけわかんねぇ」
「明日な。先生、今日は相手を俺が指名してもいいですか?」
「ああ、かまわんとも。」
シンがこういうことを言うのは初めてだった。今この道場でシンの相手をできるのはハヤテだけだ。
(新しい子も来てないし、どうしたんだろう)
ふと、シンがこっちをずっと見ていることに気が付いた。その目は優しいものでは決してなく、好戦的なものだった。
背筋に悪寒が走った。それは獲物を狙う目で、いつも組手の時ハヤテに向けていた目だ。
「カンナ、相手をしてくれ。」
その瞬間道場にいる全員が石のように固まった、無論カンナもだ。
「シン、カンナは剣を知らないぞ?」
父は恐る恐る確かめるように言った。
「それは思い込みでしょう?カンナはできますよ、レベルも高いしセンスもある。もちろん実力も、俺とハヤテに並ぶほどの実力があるんです。」
するとハヤテがイラついたようにつぶやいた。
「いい加減にしろ、俺は気が短いんだ、知ってんだろ?カンナが剣を持ったところなんて一度も見たことがない、ふざけんな!カンナも黙ってないでなんか言え!」
「…」
(何で…何で知ってるの?誰にもばれてないはずなのに、誰も知らないはずなのに……何でシンは知ってるの…?)
シンはカンナが明らかに動揺しているのを見てシンは鋭い目つきで挑むようにしてカンナを見つめた。
「カンナ、君は強い」
その言葉に更に動揺する自分がいた。もう何を考えていいのかさえ分からないでいた。
(シンから目をそらせない、いやそらしちゃいけない、向き合わなきゃ…!)
カンナは隣にいた人の剣を借り位置についた、シンも位置につき構えた。
「先生、合図を」
「いや、でも…」
「カンナも俺も位置についた時点で勝負は成立しています」
父親はむぅっと唸ったが仕方ないというように息をつき手を挙げた。
「両者、構えよ………はじめ!」
合図が出た瞬間カンナは真正面から一瞬で間を詰めた。シンはカンナの動きをとらえられず焦ったがカンナはすぐに攻撃してこなかった。シンの周りを壁や天井を使い動き回っていた。そんなカンナを見てハヤテは唖然として息を漏らした。
(あいつ…素人がなんでこんな動きを…!いや、違う。あいつは誰にもばれないように今まで努力してきたのか)
どんどんスピードを上げるカンナを目で追うことは難しくなってきた。一方カンナはシンが焦り隙ができたのを狙い背後から攻撃をしかけた。こんなにのびのびと戦ったことのないカンナはこの時点ですでに戦闘に集中しすぎていた。こんな俊敏な獣のような動きができる自分に驚いていた。
「っ!」
シンは間一髪でカンナを躱した。床にすとんと飛び降りたカンナを見てシンは焦りを隠せない顔で笑った。
(手足を魔法で強化して飛び跳ねていたのか、昔から魔法は得意だったらしいけどこんなことまでできるのか。)
「意外だな、そんなに身軽だったけ?」
「わかんない。でも、動ける」
「じゃあ次はこっちから行こうかな」
そう言ってシンは剣をカンナめがけてまっすぐ投げた。カンナは飛んできた剣を弾き飛ばしたが、思いのほか勢いのあった剣に気圧されシンの姿を見失った。だがすぐ上に気配を感じた。カンナが弾いた剣を空中でつかみ取りそのまま剣を振り下ろした。縦一線に振られた剣をカンナは後ろに飛ぶことでのがれ、右斜め下から剣を振り上げた。それをシンは受け流しそのままカンナの剣を弾き飛ばした。天井が高いため落ちてくるのに少し時間ができる。
カンナが剣を持っていないところをシンは容赦なく攻撃した。
カンナはその攻撃を舞うようにして避け続けた。カンナは生まれつき身軽で俊敏、動体視力が鋭かったのでたいていの動きは自然にできた。
シンが大勢を低くして足元を狙えばバック転で躱し、シンが一歩踏み出し下から斜めうえに剣をふりあげればその動きに合わせて紙一重で躱した。
落ちてきた剣をシンの攻撃をかわした際に受け取ると、反撃へ転じた。そこからのカンナは最初のぎこちない動きとは違いまるで舞を舞っているかのような動きで誰もが見惚れた。
そのカンナ独自で編み出した戦い方に悪戦苦闘していたシンも次第に見極めることができるようになり一気に勝負に畳みかけた。シンの攻撃でカンナは態勢を崩しシンもそのすきを見逃さなかった。カンナの足を払い、のど元に剣先を当てた。
「俺の勝ち」
シンは得意そうに笑って見せた。
「やめっ!」
合図が出た瞬間周りで見ていた生徒たちが一斉に雄叫びに似た声を上げた。
すぐさま二人は周りを囲まれ賞賛の言葉を浴び、それにつられるようにしてカンナとシンも笑いあった。


その次の日父がお祝いだと言って仕事帰りに大量のケーキを買って帰ってきた。城の皆に配ったもののかなりの数のケーキが余ってしまった。ケーキはカンナと父とで分けたがそれでも量はかなり多かった。
「もう…こんなに食べれないよ」
ケーキをどうするか悩んでいるとドアがノックされた。かけられた声が父親のものだと分かりすぐにドアを開けた。
「いらっしゃい父様、どうしたの?」
「言いたいことがあってな、大事な話だ。昨日のシンとの試合、かなりのうわさになっていてな、昨日偶然来ていたブレット皇子の耳にも入っていたらしく是非その腕前を見てみたいとのことなんだがいいか?ちなみにそこで実力を認められれば一年後6年間暗黒の国で修業をさせてもらえる、勿論指導者はブレット皇子だ」
「……その誘いシンではなく私にですか?それに父様と6年間もの間離れて暮らすのですか?」
「なぁに、会いに行くさ。でもこの件についてはお前の将来に関わることだ、よく考えなさい。シンにも昔誘いが来たことには来たのだが断ってしまっているからな。」
それだけ言うと父はすぐに出ていった。
(暗黒の国…今一番武力のある国、その国の第一皇子からの6年間の稽古…か。)
翌日ハヤテが休日であるにもかかわらず剣の手合わせをお願いされ午前中はハヤテと決着のつかない戦いを続けていた。お昼になると使いの者が二人を呼びに来たことで戦いは中断となった。部屋で疲れを癒そうとハーブティーを入れているとドアがノックされた、ドアを開けると着替えを済ませたハヤテがいた。
「どうしたの?」
「いや、特に用はないんだけどな、暇だから来た。なんかないかなと思ってさ」
「…じゃあ、よかったらケーキでも食べて行かない?こないだのが余ってるの」
「食う」
無邪気に笑って嬉しそうに喜ぶハヤテを見てカンナも嬉しくなって笑った。
「せっかくだしシンも呼ぼう」
「だな、俺が呼んでくるから準備任せた」
「任されました」
カンナは棚から三枚の皿とティーカップを出し、お湯を沸騰させた、カンナの部屋は一応生活器具はすべて整っており私生活に困ることがないようになっている。
しばらくするとハヤテがシンを連れて部屋に戻ってきた、ドアをノックしたもののハヤテは返事が来る前にドアを開いた。
「おいハヤテ、無断であけるなよ」
「あっ!わりぃ」
「いいよ、けど次からはやらないでね、着替えとかしてたら困るし」
「お…おう」
それからはハヤテとシンに手伝ってもらいテーブルと椅子を外に出した。クッションを敷き、テーブルクロスをかけ、ケーキの乗ったお皿とティーカップを運んだ。
ハヤテとシンとカンナは仲は良いものの三人で過ごしことはなかなかなかったので新鮮だった。
最初は話が続かなくなったり、かみ合わなくなってしまったものの、剣の話になるにつれ話はどんどん盛り上がっていった。次第に剣を始めたきっかけについて語り合っていた。シンは父親が剣士だったため自然と剣をふるうようになっていたという、ハヤテは昔に見た剣闘場のゲストの剣士を見てからだそうだ、カンナは前にいた学校で自分が弱いと嘆いたときにある先生から教わったのが剣術だったのがきっかけだ。
「ハヤテが見た剣闘士って誰?名前はなんていうの?」
「誰も何もチョーかっこいいんだよ!けどまぁ、表舞台に立たない人らしくてさ、それ以来見てないんだよな、名前は“ザイナ・ガルナーク”ってんだ、最初見たときの印象は体も細いし、腕も細かったから弱そうだと思ったんだよ、けど自分よりでっかい剣を振り回されずに扱うとこ見たら感動しちゃってさ、本当びっくりだぜ!?しかもそのうえその剣を片手で扱ってたからまたびっくりしたんだよ!俺は強くなっていつかあの人と戦うのが目標なんだ」
ここまで饒舌なハヤテを見たのはシンもカンナも初めてだった。夢を語るハヤテは今までで一番輝いていた。見ていてこちらもほほえましくなったほどだ。
ハヤテもカンナの話を聞きたいといい、カンナに剣を教えたのは誰だと聞いてきた。
「それが、あんまりよくわからないんだよね…いつも黒いマントとフードかぶってたから顔もよく見えなかったし、けどきれいな金髪だったのは覚えてるよ、本名じゃないけどみんなからは“ギル”って呼ばれてて、教え方も上手だったよ。でも先生って言っても学校の先生じゃなかったからいつも学校が終わってから稽古してたな、私はお礼に街を案内したんだけど人通りの多いとこは極端に嫌がってた。」
ハヤテとシンは心配そうな、しかし哀れんだような眼でカンナを見ていた。
「な、なに?」
「悪いこと言うわけじゃないけど、めっちゃ怪しい人だなと思って、お前何もされなかったのか?もしかして罪人とかじゃないよな」
「なわけないじゃん!変なこと言わないでよ!」
「いや正直それは俺もちょっと思った」
「シンまで!?」
「いや、やっぱ怪しいと思うよ、特に人ごみを極端に嫌うところとかが」
「もういいじゃん、終わったことなんだし!それよりシンは?お父さんの名前はなんていうの?」
「“ガレン”だよ」
「ガレン?!」
カンナとハヤテは声を荒げて立ち上がった。
“ガレン”とは世界的に有名な剣士だ、今やいろんな国々を飛んで回り多くの大会で優勝を飾っている。ガレンの名前が出てからはほぼその話しで染まっていった、二人が次から次へと質問を重ねたのに対し、シンは一つ一つ丁寧に答えていった。ハヤテが質問をしながらケーキを食べる手を止めなかったので、ケーキはいい具合の量まで減っていった。おかげでハヤテはしばらく減量することになったのだ。

それからしばらくして休みが明け、その日のカンナは道場の見学ではなく一人の生徒として道場に来ていた。そしてその道場には暗黒の国の皇子であるブレット皇子も来ていた。
最後の組手になり今度はハヤテから指名が入った。
「シンをあそこまで苦戦させたんだ、俺の期待を裏切るなよ」
「そんなこと言ったの後悔するよ」
ハヤテはもともとこの国の住民ではない上、様々な王宮伝統剣術を使いこなしているためこの道場の曲者でもあった。
「両者、構え…」
カンナは剣を抜き背筋を伸ばし構えた。
ハヤテも同じように剣を抜いた、ハヤテは長刀の二刀流使いだ。
「はじめ!」
シンとの対戦とは違いこの戦いで一番最初に動いたのはハヤテだった。ハヤテはすべてにおいてこの道場のものと同じところは一つもなかった。
踏み込んできたはやての剣を抑え込もうとまっすぐに刀を振った。
ハヤテはカンナの剣をはじこうと下から剣を勢いよく振り上げた。いち早くハヤテの考えを見抜いたカンナはハヤテの剣をよけハヤテの剣が目の前を通り過ぎた直後にその下からもう一本の剣をはじき飛ばした。
「やべっ」
態勢を低くし右手に握られた剣もはじき飛ばそうとしたとした攻撃をハヤテはいとも簡単に、今まで見せてこなかった方法で躱してしまった。
(今…何が起きたの…?)
カンナの背後の飛び降りたハヤテは自慢そうに微笑んだ。
「俺をなめんなよ?それにこういう試合は剣だけが武器になるんじゃないんだぜ?お前とおんなじ」
(さっき、ハヤテは私が剣を握る手に力を込めた瞬間私の肩に手を置いてそのまま飛び越えた。私の上を飛んだ…すごい……)
「…」
はじき飛ばした剣もハヤテはもうすでに手にしていて、これではじめと同じ状態になった。
すると今度は二人そろって怪しげな笑みを浮かべた。
「なぁ、魔法使ってもいい?絶対面白くなる」
「…も同じこと言おうと思ってた」
カンナはすぐさま剣に魔力を送り込んだ。すると剣の周りに雹交じりの冷たい風が吹き始めた。
「風雪の舞(ウィノウ)」
風雪の舞(ウィノウ)とはカンナの最も得意とする剣術魔法だ。主に二つの属性がある。文字通り風と雪、風は剣を振った衝撃を突風として飛ばすことができる、雪は触れたものを凍らせる力と空気中にある水蒸気を凍らせ剣の姿と威力を大いに強めることができる。
「雷撃の斬撃(トラペディオ)」
雷撃の斬撃(トラペディオ)とはハヤテが魔法が苦手な中で唯一得意な魔法の一つだ、この魔法を使うことで剣は更に長くなり電気を帯び軽くなる。そしてその剣に触れれば一瞬で意識を失うだろう。同時にこの魔法を使っている間は電気をも操れる。
二人は殺気に近いほどのオーラを発していた。
「こっからは真剣勝負だ、気抜いたら死ぬぜ」
「うん」
その瞬間二人が二人お互いに向かって走った、剣を交えた瞬間に衝撃波が発生し、視界が悪くなる。後ろに跳び再びぶつかる。カンナはシンと戦ったように壁と天井を使って移動を始めた。背後から攻撃をするとハヤテは体勢を低くして躱し、振り返り際に攻撃をするが受け止められる、そのまま押し切るとハヤテは後ろに飛ぶ、ハヤテがつさすように攻撃してくればカンナは剣を立てて受け流した。ハヤテが前のめりになった勢いを利用して剣に込めていた力を一気にずらして体勢を崩させると回し蹴りをした。ハヤテは勢いで飛ばされ壁に叩きつけられるがすぐに壁をけり体当たりの要領でカンナを吹っ飛ばした。カンナもさっきやられたハヤテのように壁に叩きつけられた。距離ができたところでカンナが魔法を使って攻撃すると相応の力でハヤテが魔法を使った。
二人が再びぶつかり合った瞬間、その衝撃で大きな白煙が二人を包んだ、その煙が晴れるまで二人はそこから動かずにいた。煙が晴れたときその場にいた全員がが驚きの表情をあらわにした。
今までハヤテとカンナしかいなかった試合場にブレットがいたからだ。それもぶつかり合おうとしている二人の間に立っていて両腕の防具で二人の剣を止めていたのだ。二人も間にブレットがいることで落ち着きを取り戻し剣を下した。
「皇子さま、ここであんまり出しゃばんないでくれませんか?せっかくいいところだったのに」
気分を害されたハヤテは殺気をブレットに向けた。
「申し訳ありません、けれどこの試合ここまでです。お二人とも素晴らしい、お互いの攻撃でこんなにも傷つきながら息を乱していないのですから。けれどこのまま続けていては決着がつかず魔力だけを消費するだけの戦いになります、それは危険すぎる。魔力が切れれば死んでしまうかもしれませんしね」
ハヤテはしょうがないといった様子でため息をついた。
「そうだな、まぁしょうがないか、確かにこの皇子様の言う通りだしな、死にたくねぇし」
そう言ってハヤテは剣をしまったのを見てカンナも剣をしまった。周りで見ていた者も一斉に安堵のため息を漏らした。試合が終わると道場では父親がすぐに解散の声をかけた。父親とブレットは二人で父の部屋に行き、しばらくの間出てこなかった。
それから一週間後再びブレット皇子が訪ねてきた。同時にカンナと二人での面会を求めてきた。
「カンナ皇女、ぜひ私の国へきて剣術の稽古をしませんか?勿論指導者は私が受け持ちます」
カンナの頭の中に一瞬父親の顔が浮かんだ。
「…」
「お父上のことですか?」
ブレットはやさしく問いかけるように訪ねてきた。
「っ!……はい、父は喜んでくれているけど、ブレット様の期待にもこたえたいけれど…ここから離れたくないんです。」
「では少しの間考えてみてください、その間私はここで待っています」
「ここって…お国の方は大丈夫なのですか?」
「心配には及びません、どうぞゆっくりご検討ください」
カンナはこの言葉に甘え少しの間考える時間をもらった。カンナはその間自分の部屋から一歩も出ることはなく、鍵を開けようともせず誰の声にもこたえることはなかった。そんな状態が3日も続き父親の判決で鍵の取り壊しが行われた。
「カンナ!!」
部屋に入るとそこには窓にもたれかかるようにして外を眺めるカンナがいた。カンナは部屋に入ってきた父親やシン、ブレットに気づかない様子でピクリとも動かなかった。
動く気配どころか生気さえ感じ取ることができなかった。
ハヤテが慌てて駆け寄り肩を乱暴に揺らした。
「カンナ!おい、しっかりしろ!!」
「ハヤ…テ………?何でここに?」
「なんではこっちのセリフだ!3日間も閉じこもりやがって、何やってたんだ!」
「……」
カンナの体は冷え切っていて目もうつろで今にも意識を失ってしまいそうだ。
一人にしてほしいといったカンナを叱咤しすぐに点滴を打たせた。付き合いが長く妹のようにカンナを慕っていたハヤテは生きた心地がしなかった。
(ったく、何やってんだよ…)
それから一週間後点滴を打ち続けたおかげで弱っていた体は完全に回復した。

目を覚ましたカンナは唐突に話し始めた。
「フラムス王が来たの」
唐突にカンナがそう口にした。
「あの大王国の王様か?」
ハヤテが確かめるように聞いた
「そう、あたしに力があるって言った」
「力…?魔力のことか?」
「わからない、ただ私には大切な人を守る力があるって言った…大切なものと引き換えにすれば…ただ、ことによっては自分を犠牲にして得るものがあるって、使い方を誤れば壊すことになる、強くなれって」
「言ってることがいまいちよくわかんねぇんだけど」
「強く…なりたい」
カンナはそうつぶやくと深い眠りに落ちた。
この時のカンナはま今まで見たことがなかった、うつろな目をして遠くを見るように、精神が抜けきっているようで、まるで抜け殻だ。
「カンナ…」
シンも同じことを思ったのか、苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
結局カンナはフラムスと会ったということしか話さず何があったかは話さなかった。

カンナは一人になるとベランダに出た。
”カンナ、決して変わらない運命はある、胡散臭いがね…これをごらん”
フラムスの言葉だ。その言葉の後見せられた映像はカンナにとって衝撃を超えるものだった。
”運命は良いことばかりではない、むしろ悪いことのほうが多い。変えることもたやすいことではない、だが恐れるな、向き合うのだ、その運命と。『運命』は生き物とそう変わりのないものだ、きちんと向き合えばその努力に必ず答える、報いてくれる”

それからしばらくしてカンナは回復し普通に生活していた、同時に暗黒の国への留学も承諾し今日はカンナが暗黒の国へ出発する日だ。
「じゃあ行ってくるね!」
すっかり回復したカンナは明るい表情で見送りに来た仲間たちに手を振った。
「ああ、気を付けてな」
父親は名残惜しそうにカンナを抱きしめた。
「途中で折れんなよ、俺との勝負はお預けでまだ決まってないんだからな」
不貞腐れたように言うハヤテの表情にも心なしか寂しさがにじみ出ているように思える。
「まだ根に持ってるのか?」
「シンは最後まで試合できたからそんなこと言えるんだよ!お前だってああなったら根に持つだろ?」
「ハヤテほどじゃないけどね、カンナも根に持ってるんじゃないか?」
からかうように話すシンはどこか楽しそうだ。
「私はむしろさっぱりしてる、勝負はともかく二人と手合わせできたしね。それに、シンがああしてくれなかったら私は今も一人でずっと剣の稽古をしてるだけで終わっていたもん」
「ならよかった、気を付けて行って来いよ」
「うん」
カンナは馬車に乗り込み雷風の国を出て行った。

暗黒の国での修業は思っていた以上に厳しいものだった、朝から夕方まで毎日しっかりみっちりと教え込まれた。だがブレットの指導はわかりやすく無駄がなかった。そのおかげでカンナは日に日に腕を上げ暗黒の国の兵士や軍人が練習相手では準備運動にしかならなくなり、ブレット本人が相手をするようになっていった。けれどカンナは兵士や練習相手には勝ててもブレットにだけは勝てなかったのだ。
この日もカンナはブレットと対戦をし引き分けで終わっていた。
「また……勝てなかった…はぁ」
息を切らして座り込んでいるカンナを見てブレットがクスリと笑った。

「でも腕はあがっているようなので関心ですね、今でも十分強いですよ」
「でもここまで来たから先生にも勝ちたいじゃないですか」
「カンナ殿は欲張りですね」
「そうですか?」
カンナは悪戯っぽく笑った。そのカンナの笑みを見てブレットもやさしく微笑んだ。
「今日はここまでです。食事にしますからシャワーを浴びてきてください」
「はい」
そんな日が6年間続き、いつの間にかもうカンナが雷風の国に帰る前日になっていた。
その日はブレットの気遣いで練習は休みとなりカンナは仲間たちへのお土産を買いに街まで下りて行った。
ハヤテには暗黒の国の剣、シンには時計、父親には写真立てとコートを買った。道場の皆には名物のお菓子を買っていった。

 国に帰るとカンナは目の前に広がる光景に目を見張り呆然となった。
そこにあったかつての雷風の国は存在しておらず目の前には焼野原と黒く焼け焦げた家や店、そして黒い塊がゴロゴロと転がっていた。
(何…こんなことに……?)
「…!そうだ、父様は!?」
カンナはこの国が焼け野原になったの今日の朝か昨日の夜だという確信があったのだ、なぜなら昨日父親と電話をしたばかりであるということと、燃えている炎がまだ小さくもなっていないからだった。
城に向かいカンナはあるものを探した。それは城の裏にある地下通路だ、その地下通路は非常事態に使う避難所であり、ドアには結界が張れるように魔法がかけられているためそれを作動させていれば中に逃げ込んだ人は何があっても安全でいられるのだ。
城まで来たものの城は見事なほどに崩れていて元の形が分からなくなっていた。
地下通路を探そうと足を前に踏み出したとき足先に何か岩ではないやわらかいものに触れた
(これはさっきからいろんなところに転がっている…岩のような、でもやわらかい…?)
顔を近づけてよく見てみる。
「ひっ!」
カンナは恐怖で後ろに飛ぶように下がった。
カンナが見た黒い塊は人の遺体だった。しかもただの遺体ではなくよく見ると遺体はみな口を大きく開け顔を大きくゆがませ、眼球のない眼を見開いていたのだ。
その光景は暗黒の国に来る前にフラムス王に見せられた光景そのものだった。
(何…何よこれ…!何でこんなことになってるの!!……嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ、認めたくない!見たくない!どうか夢であってほしい、夢になって…!)
「父様…」
カンナがうずくまっていると小さなうめき声が聞こえてきた、カンナはその聞き覚えある声を聴いて勢いよく立ち上がりキョロキョロと周りを見渡した、すると少し先の方に焼けていない肌色の腕が見えた。
「父様!」
それは紛れもない父の腕だった。
裏に回り込むとそこには岩の下敷きになっている父の姿があった。
息をのむより先にカンナは岩をどかした。
岩がなくなったことで父の姿があらわになりカンナはその父親の姿に目が釘づけになった。
全身の血の流れが止まっていくようだった…息をするのを忘れて、体も動かなかった。目の前の光景を受け入れることができなかった。
父は左足がつぶれ、右肩に鉄棒が突き刺さり左腕は本来曲がることのない方向に曲がり頭から大量の血を流していた。できることなら目を背けたかったがカンナは目をそらせずにいた。カンナは父親のそばによろめきながら膝と手をつき必死に声をかけたが父親は目を開ける気配がない。カンナは父親の手をとり強く握りしめ再び父を呼んだ、必死に、逝かないでいてくれと祈った。
カンナにとって居場所をなくた自分を引き取り、愛情をもって育ててくれた父親は自分の命より大切ものだ。何が何でも父を失いたくなかった。失ってはいけない人だった。
やがてカンナの声が届いたのか父はうっすらと目を開けカンナを見た。
「父様っ!私が分かりますか!?気を確かに持ってください」
カンナは安堵で肩の力が一気に抜けた、涙がより一層溢れ視界が遮られた。
「カンナか…もどって…た…のか」
「何があったんですか、城も街も森も何も残ってなくて、真っ黒で、みんなっ……」
父は振るえる手でカンナの頭をなでた。その顔は見たこともないくらい幸せそうなのに…悲しかった。
「ちょっと見ない間に随分きれいになったな、背も高くなった、お前ともっといろんなことをやりたかった…」
「そんなこと言わないで……っ…できるから!やれるから!」
父は小さく微笑み目を閉じた、そしてカンナの頭をなでていた手が力なく地面に落ちた。カンナは声を出して泣いた、けれどいくら泣いて父を呼んでも父が目を開けることは二度となかった。
散々泣いたカンナは父のそばでうなだれ、動かず、何も感じなかった。ただ父を見つめていた。
無表情で眠っている父はあまりにも悲しかった。
カンナは父のベルトから剣を取り外し自分のベルトに取り付けた、鞘には父の名前と、その隣に手彫りでカンナの名前は彫られていた。胸ポケットから見えた写真を引きぬくとその写真はカンナが暗黒の国に行く直前父が突然みんなで撮ろう言って撮った写真だった。あれだけ泣いた瞳からまた涙が溢れて流れた、同時にカンナはある後悔をした。
もっと一緒にいればよかった、もっといろんなことを一緒にやればよかった、もっともっといろんなことを教えてもらえばよかった…。そんな思いがまるで降りやまない雨になってカンナの身を打った。終わらない後悔が永遠と続いた。
するとカンナの後ろから何かをたたくような音がした、その音は地下通路に通じるドアをたたく音だった
(誰が…今になって何でドアをたたいるの…?いや私が気付かなかっただけかもしれない……)
よく見るとドアには結界が発動されたいる痕跡があった、結界を解くとドアが勢いよく開き中からハヤテとシンが飛び出してきた、焦っているせいか二人にはカンナが見えていないようだった、二人は父親のもとに駆け寄ったがすぐに立ち止まり動かなくなった。
すぐにハヤテが力なく膝をついた。
「…んだよ、なんだよこれ!!…っ畜生!畜生畜生畜生!!畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!!」
ハヤテは大粒の涙を流し力の限りで地面を殴った。行き場のない感情がハヤテの中を支配していくのが見えた。
シンは上着を脱ぎそれを静かに父にかけた。シンの頬にも何粒ものしずくが流れていた。
「ねぇ、シ…」
カンナがシンに声をかけた途端シンは今までにないほどの殺気を放ち剣を抜いた。その剣は容赦なくカンナの喉元を狙ってきた。ショックでうまく体が動かないカンナは後ろに転ぶことでシンの攻撃を避けた。
相手がカンナだったことに気が付いたシンは慌てて剣をしまいカンナに手を差し出した。その手に気が付かないカンナを見るとシンは息をのんだ。カンナは恐怖一色に包まれた顔をして体を震わせていたのだ。
「カンナ」
カンナはハッとして顔を上げシンが手を差し出してくれていたことに気づいた。
「ありが、とう」
シンの手につかまりカンナは立ち上がった。
「ごめん、カンナ」
シンはカンナから顔をそらして謝った。
それからカンナたち三人は城があった場所のすぐ近くに父を埋め手を合わせたのだ。せめて、この国で弔いたいというカンナの思いからだった。

 カンナは身をよじりながら目を覚ました、自分が今まで昔の夢を見ていたのに気付いた。息は荒く、全身汗でびっしょりになっていた。起き上がり額に手を当て、さっき見ていた夢を再び思い出した。
「なんで………」
倒れたのだということはなんとなくわかっていたがシンと会ったことをカンナは覚えていなかった。窓の外の景色を見るとそこはいつもと変わらぬ景色があることに少し驚いた。
(帰ってきたの?いつ帰ったのかわからない…)
いつ帰ってきたのか思い出そうとしていると部屋のドアが開いた。
「ハヤテ…」
目が覚めたカンナを見てハヤテは安心したような表情をした。
「よぅ、起きてたのか、具合はどうだ?」
「頭が痛い」
「薬持ってくるから待ってろ、他は?」
「お腹すいた」
ハヤテはいつもと変わらないカンナの発言に安堵し明るく笑った。
「ははっ、わかった、持ってきてやる……それと今、キース様とシンが来てる、お前に会いたいそうだがどうする」
カンナは驚いたように俯かせていた顔をあげた。
「シンが!?……ここでいいなら会う、ちょうど話したいこともあるし」
「わかった」
食事を済ませるとカンナはキースとシンを部屋に呼んだ。
「いらっしゃってくださりありがとうございます。待たせてしまって大変申し訳ありません。先日はごめんなさい、いきなり倒れてしまって」
深々とカンナは頭を下げた。
「いえ、無事で何よりです。ところでカンナ様は昨日のことをどこまで覚えていらっしゃいますか?」
寝たままなのに気が付き、起き上がろうとするとキースが寝ているよう促した。
「晩餐をしたところまでしか覚えていないんです」
「そうですか…」
すると急にシンが身を乗り出してきた。
「カンナは俺と会った瞬間倒れたんだ、覚えてないか?」
「シン…?ほんとに?」
「そう」
必死に思い出そうとするが、その時の記憶はかけらも残っていない。
「ごめん、何にも覚えてないの」
「まぁそのことについては後ほど詳しく話すとしましょう、今日訪れた理由は主に国王に会うためです、ですがカンナさん、国王に会議の内容を知られた以上あなたの判断が今必要になります。国王は同盟を組むことを拒否してきました。今あなた自身の意思を国王に伝えないとこれからのことに差し支えます、私たちはそのことで伺ったのです」
つまりキースはこの先の戦いについて言っているのだろう。戦争になった時キースたちの敵となるか仲間になるか…それだけではない、同盟があるのといないのとではまるで違う。
ちらりとシンを見るとその目はまるで断ってくれといっているようだった。けれどその意思はカンナにはなかった。
「…分かりました、国王には私から話しておきます。結果が出次第連絡させてもらいます」
「いい返事を期待しています、それではお邪魔しました。」
すると、椅子から立ち上がり帰ろうとしていたキースをシンが引き留めた。
「皇子!」
「…どうしたんだ」
キースはひんやりと冷たいオーラを放っていた。
「少しカンナと、話がしたいんです」
返事をしないでいるキースを見るシンの目はにらみつけているようにも見える。冷たい眼だ。どこかで聞いたことがある。氷雪の国の皇子は時に見たことのない氷のダイヤのような硬く冷たい一面を見せると、そのことから氷剣の皇子とも一部では呼ばれているのだとか。
「かまわないよ、ゆっくり話すといい」
冷たいオーラを放っていたキースはすぐにいつものキースに戻り部屋を出て行った。
「カンナ、ごめん」
キースが出ていったのを確認しシンはゆっくり、深くカンナに頭を下げた。
「どうしたの?謝ることなんてないよ?」
「…俺のせいで記憶がなくなったこと」
「ああ、そんな、シンが謝らなくていいのに…シン、今回のこの話本当は私に断わって欲しかったんでしょ?なんで?」
さっきのほんの一瞬漂った空気の冷たさをカンナは見逃してなどいなかった。何かわけがあるのはすぐに分かった。
「戦争なんかにカンナを巻き込みたくない」
俯き苦しそうな顔をするシンをカンナは黙って見つめていた。
(相変わらず何でも一人で抱え込んじゃうんだ…)
そう思っているとシンが昔のことをぽつぽつと話し始めた。昔、何も言わずに国を出たのをやはり今でも気にしていたのだとすぐに察することができた。あえて触れなかったがいつかが聞こうと思っていた。

シンは6年前いきなり雷風の国を出ていき、そのうえ連絡が一切取れないままで、カンナはいくつかそのことで疑問を抱いていた。
そばにいたはずのハヤテがなぜシンを行かせたのか、何故連絡を取ろうとしなかったのか、この二つが特にひっかかった。
今の雷風の国の国王はカンナの義理の父である。国をなくし、父親を亡くし、大切なものが奪われて絶望していたカンナたちを助けてくれたある村がある、カンナはその村の人々にすくわれ、世話になった。そんなある日決意したのだ”もう一度雷風の国を立ち上げよう”と。幸い事件があった日、国外に逃れた者たちは無事だったためそう難しい話ではなかった、国王となる人間は最初から決めていた。世話なっていた村の村長である。知識もあり、判断力もあり、村人のことをちゃんと考えてくれている。カンナにとって国王にするにはぴったりの条件だ、ところが村長は話を聞いてもあまり乗り気ではなかった。国を立ち上げることには大いに賛成し応援してくれてはいたが自分が国王になるというのは少し抵抗があるようだった。
「このままこの土地を野放しにはしたくないの!ここでまたみんなと暮らしていきたい!父様との思い出の場所を守っていきたい、私たちも尊重と一緒に頑張って、前に進んでいきたいの。」
シンも一緒になって頭を下げた。
「俺からもお願いします、雷風の国を滅んだ国になんかしたくないんです」
「……分かった、引き受けよう」
カンナとシンは顔を上げた。
「しかし条件付きでもいいかな?」
「?」
予想していなかった申し出に少し戸惑った。
「カンナに養子に来てほしい、カンナと住んでいるうちに私も妻もお前を気に入ってしまってな、昔から子供に恵まれず、今では諦めさえあったがカンナと出会って考えが変わった、どうだ?」
カンナはこの条件を承諾し、国を立ち上げたのだった。

その数か月後ある事件が起こった。国王とカンナが国を作る手続きをするため大王国にいるときだった、しばらくの間村を留守にしていたのだ。
シンはその一週間の間自室からほとんど出てこなかったのだ。ちょうどこの時だった、シンが異様に“力”を欲しがったのは…
ある日シンが心配になり勝手にハヤテは部屋に入った、するとそこには魔法陣の真ん中に立ち腕を断ち切ろうとしているシンの姿があったのだ。それは紛れもなく雷風の国にとどまらず世界共通で重犯罪とされている悪魔と契約する魔法契約の儀式だった。
ハヤテは急いでシンから剣を奪い、シンを蹴り飛ばして魔法陣の外へ追いやった、そして魔法陣に剣で傷を入れた。
「お前何考えてんだよ!」
シンもそれに反抗するようにハヤテの胸倉をつかんだ。その顔は今までのシンとは違い悪意に満ちた暗い目をしていた。
「そっちこそ余計なことをするな!俺が何をしようと俺の勝手だろ!!」
二人の怒鳴り声を聞きつけた村人がシンを抑えハヤテの判断により一時地下牢に行くことになった。抑えている男たちを振り払おうと暴れているシンの口から耳を疑いたくなるような言葉が出てきた。
“俺は悪魔に体を喰われてでも“力”を手に入れる!”
ハヤテは手足を鎖でつながれ布で視界をふさがれて地下牢に入れられた。
悪魔を呼び出すだけでも重罪だが丁度国王が亡くなった直後だったこともあり公にされることもなく、罪もそう重いものにはならなかった。
けれどそれ以来、シンを災厄と思い込む人物が増え、中には地下牢に侵入しシンを殺そうとするものも出てきた、最もシンの見張りは必ずハヤテが担当していたこともありシンを襲っても返り討ちにされてた。
その日もハヤテがシンの見張りをしていた、月のきれいな夜だった。
「なぁ、シンお前確か氷雪の国の皇子から騎士の誘いがあったよな?」
ふとした質問にシンは動揺することもなく答えた。
「それがどうした」
シンの問いかけには答えずハヤテは立ち上がり分身を置いてどこかへ行ってしまった。
(騎士の誘いなんか…今は何の役にも立たない)
しばらくしてハヤテが戻ってきた、鍵を持ているのかさっきから金属のぶつかる音がする
ハヤテは鍵を開けて檻の中へ入るとシンの視界を遮っていた布を取り外した。
「見えるか?」
シンは布をとられたにもかかわらず目を開けないでいた。
「目くらい開けろよ」
「何の真似だ、ふざけているのなら怒るぞ」
「大真面目だ、上に馬車がある、お前はそれに乗って氷雪の国まで行け」
「行く必要がない」
「ある、とりあえず今は生き延びろ、明日は村長とカンナが帰ってくる、カンナがこんなこと知ったらどうなるかわかったもんじゃないし、俺だって幼馴染が裁かれるなんて嫌だしな。こんなんだったら稽古場の端っこで腕立てしてた時のほうが楽しかったっつーの。立てるか?」
ハヤテが手を差し出す。
足元を照らそうとしたランタンの光でさえシンには目が開けられないほどまぶしく感じた。何しろ目を開けるのは一週間ぶりだ。
「眩しくて目が明けられない」
「ならそのまんまでいい、掴まれ」
シンはハヤテの手を取りそのまま地上に上がっていった。
「着いたぞ」
ハヤテはシンが転ばないよう馬車に乗せようと手を引いた。
「ハヤテ」
「ん?」
ハヤテが振り返ると同時にシンがハヤテを抱きしめた、ハヤテも抵抗しようとはしなかった。
「なんだよ」
「ありがとう」
そうハヤテの耳元でそうつぶやき馬車にゆっくりと乗り込んだ。
「バーカ…向こうでちゃんとやれよ」
ハヤテは遠ざかる馬車を見てそうつぶやいていた。
次の日シンがいなくなったことで騒ぎになったのは言うまでもなかった。

「いつかは話さなくちゃとは思ってたんだ、今話せてよかった。カンナも不安だっただろ?ごめんな」
そういうシンは悲しそうで、今にも泣いてしまうのではないかと思った。

小さい頃カンナは、シンのことがあまり好きではなかった。いきなり現れ、城に住みつき、ときには父親さえ取られたと思う時があったのだ。そのせいもあってカンナは最初のうちはシンにあまり近づこうとしなかった。シンもそのことが分かっているかのようにわざわざカンナに近づくことはなかった。しかしそうして距離をとりつつシンを見ているとあることに気が付いた、それは人並み外れた努力をしていることだ。剣術も人付き合いも家事でさえも自分から進んで行い、人に認められる努力をしていた。自分との距離が離れていくにつれカンナはこれまで以上にシンが気に入らなくなっていった。今思うとまがった性格だったと自分でも思う。だがある日シンがカンナに自分がどう見えているかを直接聞いてきたのだ、カンナもまがった性格をしているとはいえここで嘘を言うほど意地悪ではない。正直に、好きではないがシンの努力を認めていると、思っていることを語った。話が終わるとシンは今まで見たこともないほどの明るく穏やかな笑顔を見せたのだ。
その笑顔を見たときカンナは初めてシンとちゃんと話せてよかったと思ったのだ。

騎士と姫

それからしばらくして、キースは女性陣にある頼みごとをした。それは氷雪の国の端にある緑葉の村へある薬をとりに行ってほしいとのことだった。何しろその村はよそ者は女性しか入ることができないのだという
「なんですか?その村は、女性だけとはいかがわしくないですか?」
いかにも怪しいその村にカンナはあまり行く気にはなれなかった。
「そう言わずに、確かに聞いただけではそうかもしれませんが村人は皆心優しい者たちです。ご安心ください」
「そうですよ。カンナ様」
突如メルラが横から笑顔で話に入ってきた。
「あの村は昔に山賊に幾度となく攻め入られていた時期があるのです。大きな集団だったみたいで手口も巧妙、村はほとんどのものを奪われてしまい大変な苦労をしたそうです。それ以降客人として村に入れてもらえるのは女性だけ、女の人相手であれば負けないと思っているのでしょう。」
「尚更いい気がしません」
むっとしてカンナが答えると今度はブレットが話に加わった。どこか楽しそうだ。
「いいじゃないですか、あの村には世間に出回ってない武器もたくさんあると聞きます。ゆっくり見るには絶好の機会ですよ」
カンナは一瞬動きを止めゆっくりとブレットを見た。
「…行きます」
カンナがそう言った瞬間三人は声を出して笑った。何でみんなが笑っているのかわからないカンナは笑い声がやむまでずっと不機嫌なままだった。
キースの話によると緑葉の村には魔獣に乗っても1日と半日かかるらしい。用意されたマントで顔を隠し、必要最低限のものをもってカンナ、メルラ、カルメラの3人が城を出発した。カンナ達貴族にとって騎士なしで外を出歩くのは初めてで不安を抱いていたが次第にその不安もワクワクとした高揚感にさえ変わっていた。

途中、ある草原に差し掛かりそこでカンナたちは騒然となった。そこには見たこともない白い円柱の建物が複数立っていたからだ、周りに人は見つからず人がいる気配さえもない。不思議に思いカンナは魔獣から降り、白い建物にそろそろと近づいていった。
「カンナ様、お気を付けて」
「怪我しないでね」
メルラとカルメラが心配そうに見守る中カンナはゆっくりと白い建物に近づいていく、裏に回り込んだときカンナは足を止めた、顔はフードでよく見えなかったが白い建物のそばに座り込み、寄りかかって眠っている人がいた。その横には見たことがないほどの大きさの大剣が立てかけてあった。攻撃されてもすぐに対処ができるような態勢をとりカンナはその人に近づいた。まずは顔を確かめようと膝をつき顔を覗き込もうとした、するとその人のマントの中から白い魔獣が出てきてカンナに跳びかかった。
「うわっ」
思わず声を上げてしまいカンナはすぐその人から距離をとった、落ち着いてよく見るとその魔獣はまだ生まれて間もない子供だった。
「こ、子供…?」
(ということは親がすぐ近くにいるはず!)
カンナはあたりを警戒しながら見渡した、見る限り親がいるような気配はない。
(おかしいな、親が近くにいないなんて…まだどこかで見ているのかも)
カンナはメルラたちに距離をとるよう指示した。ここで下手に動けば見ているはずの親が襲ってくるかもしれない。
子供の魔獣は次第に唸り声を上げ始めた。
するとその唸り声で目覚めたのか白い建物に寄りかかっていた人が体を起こした、そばに立てかけてあった大剣を片手でつかみ、いとも簡単に持ち上げた。その剣をカンナに向けその人は落ち着いた低い声でカンナに問いかけた。
「何の用だ」
「いえ、見たこともない建物があったので気になって…」
「また盗みか…悪く思うなよ」
声からして女だということが分かった。女の人は勝手に間違った解釈をしているようだったがそれを訂正する前に攻撃を仕掛けてきた。カンナはその攻撃を持ち前の運動神経と反射神経で躱し続けていたがそうしていても埒が明かなかった。そして女も自分より大きな大剣を使ってるにもかかわらず、その大剣に振り回されているような様子は全くなかった。体力もスピードも衰えていく様子はない。
この際一気に決めてしまおうとカンナは剣を引き抜いた、ただこのまま突っ込んでいっても逆に吹っ飛ばされるのは目に見えている。カンナは女に向かって全速力で走っていき振り下ろされた剣を踏み台にして思いっきり高く飛んだ。そして剣に魔力を送り一気に振り下ろした。
「風雪の舞(ウィノウ)!」
女は大剣を横にしてカンナの技を受け止めて持ちこたえた。カンナはさらに多くの魔力を送り押し切った。女は地面に叩きつけられたもののすぐに起き上った。すると今まで開けていた景色が背の高い草で遮られていた。
「なんだこれは……」
何かに足首が締め付けられているのを感じ足元を見ると草が何重にもなって足首に巻き付けられていて身動きが取れなくなっていた、しかもこの草はヘリのところにとげがあり下手に触ってしまうと切ってしまう。ブーツが革でできているため足は切れないがこれではどうしようもない
女が身動きが取れずにもがいているところを見てカンナはそばにあった木に手を当て一気に魔力を送り込んだ。すると木はまるで生き物のように動き、女に向かっていった。
生まれつきカンナの魔力には特別な特性がある。その特性は“従順”。魔獣や人でない限り魔力を送り込めば一定の時間は操ることができるのだ。
木は一気に女の手足を捕えた、動きを完全にふさいだところでカンナは汗をぬぐった。
「ふぅ…」
すると次は戦闘音を聞きつけたのか白い建物から次々と人が出てきた。
出てきた人たちは捕えられた女の人を見て目を見張った。そして長らしき人物が現れカンナに事情を説明するように言った。事情を聞き終えた長らしき老人はカンナに頭を下げた。
「すまなかった、どうか許してもらえないだろうか」
女が旅人で最近強盗が多かったこともあり女の人が強盗だと勘違いしたというのでカンナは女の人を解放した。
女は解放されたが、誤解が解けても戦いの熱が残りまだ冷静な判断ができないでいた。
強盗でなくたって、この移民族の集団が狙われる理由はいくらでもあると思ったのだろう。
敵対心を解こうとしないでいる女を見かねて一人の車いすの少女が女に近づいた。
少女は、真っ白いストレートの腰まである髪の毛を風になびかせ、淡い青色をにじませた瞳を女に向けた。少女は女にふわりと微笑んだ。
「ザイナ、この人たちは悪い人じゃないわ。通りかかっただけよ」
”ザイナ”この言葉にカンナは違和感を覚えた。
(どこかで聞いたような………)
もう一度カンナはばれないようにザイナと呼ばれた女の人と少女に視線を向けた。
(!!そうだ!あの大剣!あの名前!昔からハヤテがあこがれていた人だ!)
そんなカンナの思いを知らずに二人は話をすすめる。
「わからないだろう、この集団に溶け込んだふりをして、隙を見て何かしら行動を起こすかもしれない」
「……ザイナ、私はあの人たちから暖かいものしか感じ取れないわ、みんなだってそう、もし本当に悪い人たちならもっと違う対処をしていたもの」
「…。」
ようやく熱も冷め、冷静な判断をとれるようになったザイナはカンナたちの前で深く頭を下げ謝罪をした。
カンナもろくに説明もせず戦闘態勢に入ってしまったことを詫びた。
そんなこんなをしているうちにあたりは暗くなり、日が沈もうとしていた。
「カンナ様、よろしいですか?」
メルラが少し離れたところで手招きをしているのが見えすぐに駆け寄る。
「思ったより時間を取られました、今日たどり着くはずのコテージはこの先の森を抜けてしばらく走ったところにあります。」
「え?」
予想外の展開にカンナは気の抜けた間抜けなを出してしまった。本来ならばそのコテージで休憩してから再び魔獣を走らせて夕方頃には村についている予定だったのだ。しかしこの騒ぎのせいで大幅なタイムロスが出てしまったのだ。
「ここら辺は魔獣がよく出るポイントですし、この時間から森を抜けるのは危険すぎて論外です。森を避けていくにしてもおそらく前が見えないでしょう、魔獣に襲われてもまともに追い払ったり戦うことも私たちだけではリスクが大きいです。」
「でも、私なら魔力は余るほどあるんだし明かりをともしながら走れば…」
「バカ言わないでください。夜明けは今から10時間もあります。いくら魔力があってもそのような事させられません、今から急いで魔獣を走らせていけばさっき通った街に戻れます。そこで宿をとりましょう。」
一通り打ち合わせをし終えると二人同時に長いため息が出た。肩の力も抜け、顔には疲れの表情があらわになった。

事情を説明し、集団を離れようと魔獣にまたがったところで後ろからカンナたちを呼び止める声がした。
「これからどこへ向かう。」
ザイナだった。
「近くの集落で宿を取ろうと思っています。」
「今、長に話を付けてきた。今夜はここに泊まるといい。ここからならお前たちの目的地も近いのだろう。」

長はカンナたちがキースとかかわりがあることや信頼を寄せられている人物だと知ると様々なことを話してくれた。この民族は皆ある能力を持っているということ、移民をしているのはその力を悪用しようと企む者たちから逃げるためであるということ。集落の成り立ちも。
 戦争で親を亡くした親子や特異な体質を持っていることで故郷ら追い出されてしまった人。そのようなものを迎え入れながら旅をしているのだという。
「ねぇ、村長さん、さっき言ってたこの一族の人たちだけが持つ能力って何ですか?」
カンナはずっと気になっていたことを率直に聞いた。
「…我らは人の心を感じることができるのだ、勿論その力の強弱は各々によって違う」
「相手の思っていることが分かるんですか?」
珍しい能力に興味を示しカンナは身を乗り出した。
「正確には、読み取るというより感じ取るといったほうが正しいかもしれない、その力で魔獣と心を通わせることもできる。わしら一族はもともと大王にこの国が乱れぬようにと仕えていたが、先代の大王が亡くなり欲があらわになった者たちの奴隷となってしまってな、国が乱れぬようにとしていたわしらが国を乱す立場となってしまった。大王に合わせる顔がない」
「…どうゆうことですか」
「…」
何かを察したのかメルラがなるほどとつぶやいた。
「もしかして、魔獣を操ることもできたりしますの?」
「あぁ、できる。だがそれは魔獣にとって大きな負担になるためほとんど使わない。我を失ってしまった魔獣や人を襲う魔獣を落ち着けるときにしか使わぬ。」
「国を襲うような魔獣達がどのような状態なのか見ることもできますの?」
「…あぁ、操らは強い術のようなものをかけられている。その術をかけたのは、おそらく、わしらの一族のものだろう。」
“魔獣は操られている”そういったキースの言っていたことは本当だった。本当に魔獣は操られていた。
「術、ですか。しかし本能や感情をすべて支配下に入れるなど…」
メルラは今回の敵がどれほど前から始まっていたのかと恐ろしくなった。
「そんな術はすぐに成立できるはずがありません。それにそれは実験を重ねていかねばならない…理論を理解しただけで出来上がるものではありませんもの。」
「そうじゃ。」
長老は額にじっとりと汗を滲ませていた。
魔獣を操っている者たちはずっと前から魔獣をとらえて実験を繰り返していたのだ。それこそ最初は失敗続きだった。大きすぎる力に耐えきれず死んでいった魔獣はさぞ多かろう。」
「なぜそこまでのことを知ってらっしゃるのですか」
メルラはまっすぐ長老をにらみつけるように見つめた。
「それと、犠牲になった魔獣達のことも。」
「捨てられたのだ…力を使いすぎ倒れていく魔獣たちをあいつらは森の中に捨てたのだ。奴らが操られてることを知っのもつい一か月前、そこから調べをつけて魔獣の遺体も探し当てた。わしらはキース皇子につき力を尽くそうと思っている」
「!!」
カンナとメルラは村長を見つめ信じられないといった顔をした。カルメラは全身を震わせ、目を見開いた。
「こ、子供た、ちは」
震える声でそう尋ねると長は悲しそうな目でカルメラを見て静かに首を振った。
「巻き込むの…?こんな、こんなくだらない戦いに巻き込むの?あの子たちを……今、楽しそうに笑っている子供たちまでも、力を使わせて戦えというんですか?貴方は…」
「こうなる運命だったのだ、我ら一族は。この世界の元凶となってしまった。これから先も災いをもたらすだろう、ここで終わらせるのだ、断ち切る。この戦争に参加したものは必ずといっていいほど生き残るのは無理だ。子供だけを残してもその子供たちが利用され、辛い思いしかしない」
カルメラは自分でも気づていないであろう涙をぬぐうこともせず長を見た。長もまたカルメラを見ていた。
カルメラはかつて仲間を失った時の自分と今この集落にいる子供たちを重ねていた。仲間を救えなかった悔しさ、国王の姿が遠ざかった時の果てしない孤独感、悲しみで押しつぶせれそうだった日々。あんな思いを子供たちがするのだと考えると恐ろしくてたまらなかった。
その日の夜メルラはより情報を集めるため集落の女性陣のテントで寝ることになった。
カンナとカルメラはお互いに背中を向けて横たわっていた、するとカルメラが小さい声でカンナを呼んだ
「カンナさん、起きてる?」
「起きてるよ」
カンナがゆっくりと体を起こすとカルメラも体を起こした。その目は赤くはれていた。
「寝られないの?」
そういってカンナはカルメラの頭を優しくなでた。
「……話、聞いてもらっていいですか?」
「うん」
「私、国が滅びて新しい村に行ったとき一人の男の人と会ったの…黒いマント羽織っててフードかぶってたから顔とかはよくわかんなかったけど、みんなを失って生きる意味を失った私にいろんなことを教えてくれました。」
カルメラは記憶の中の景色を眺めるかのようにどこか遠くを見た。
「その人は私を助けてくれて、気を失っているときもそばにいてくれて面倒を見ていてくれて、私が目を覚ますとすぐに街を出て行っちゃったけどそのあとしばらくの間手紙をだして励ましてくれた…昔のことを忘れず大切な思い出として向き合うことを教えてくれた。あの人は多分辛いことをたくさん経験してきたんだと思う、いろんなものと向き合って戦ってきたんだって思わせるとこがたくさん書いてあったから…その人が言うことに素直にうなずけたの、だから立ち上がれた、もうそんな思いはしたくなくて、みんなを守りたくてっていう一心で今まで来たのに…」
カンナは思い当たる人物を頭の中に浮かべたがカルメラの話を黙って聞いた。
「あの話を聞いて、私…みんなを失った時のこと思い出しておかしくなりそうでした……希望なんか一ミリもなくて真っ暗な世界で、まるでツボの中に入れられて蓋をされたみたいな孤独な世界にあの子たちを入れる手伝いをしてくれって言われたみたいだった…怖かった…あそこで私たちがうなずいて、賛同しちゃったら……」
再びカルメラは声を押し殺して泣いた。その涙には迷いや、やらなくてはいけないことへの対抗心、怒りが込められているような気がした。
「嫌なの…あの子たちを閉じ込めるなんてことしたくないっ……未来を奪うようなこともしたくない、私が…守りたい」
カンナはどう言っていいのかわからず肩を震わせているカルメラをただただ抱きしめた。
落ち着いてくると鳴き声も聞こえなくなり静寂が二人を包んだ。するとカルメラは自分ことをぽつぽつと話し始めた。
「あのね、私―――――――――――……

 カルメラの両親はカルメラが生まれてすぐに亡くなってしまった。変わりに村の住民に育てられた。カルメラはいつも優しく見守ってくれる村人達が大好きだった。
7年前のある日、カルメラが用事で一日村を開けているうちに村は黒く焼け焦げていた、なんとか生き残った人達は森へ身を潜めているのを見つけた。
カルメラは生き残った村人達を連れて国の中枢部にある王宮へ向かい、国王に事情を説明した。国王は街に全員が住めるような家と支給を与えてくれた。
そのおかげもあり心の傷は残るものの、立ち上がることができ、それぞれが仕事を見つけ、生活も安定するようになってきた。けれどそんな生活も長くは続かなかった………
村から街へ移って半年も経たないうちに魔獣たちは街を襲った。
一緒に住んでいた村人は次々と炎に焼かれていった、カルメラは急いで水をかけたが炎は弱まりもしなかった。みんな苦しい苦しいと叫びながら焼かれていった。その姿はあまりにもひどく、焼かれた人の遺体は皮と骨しか残らず口を大きく開け、死んでも尚苦しいと叫んでいるようだった。そんな遺体が地面一面に広がっていた。
足が震えた、血がこびりついた手で顔を覆った、涙が出るのを必死に堪え王宮に向かった。
王宮も街と同じように黒く焼け焦げていて荒んでいた。中に入るとそこにも街と同じ光景が広がっていた。目を見張り胃から込み上げるものを堪え両手で口を塞いだ。気を抜いたら意識を手放してしまいそうだった。のんびりしている暇もなく必死におぼつかない足を動かし王室へ向かう。会談の盛ろうかにも助けを求めていた人の亡骸がかなっていた。
「おう、さま…」
声はかすれて消えてしまい誰に届くこともない。王室までの道のりがやけに長く感じた。体中の感覚がわからなくなってきていて意識があることが不思議だった。
やっとの思いで王室前までたどり着きドアを開けた。
中には窓から街を正面から見下ろすように立っている王の後ろ姿があった、そして不思議な事に王室は少しも焼けたあとがなかった。けれどカルメラはそんなことなど気にする暇などなかった、王にしがみつき必死に助けを求めた。喉に穴が空くのではないかというのではないかという位叫んだ。次第に堪えていた涙がボロボロと流れ出した。
王はそんなカルメラを悲しそうな目で見ていたがやがて王は黙ってカルメラの手を引っ張り城を出た。
川には一隻の船が浮いていた。
そのまま船に乗り込もうとした瞬間背後から風を切る音が聞こえた。
振り返ろうとしたとき王がカルメラの背中を力一杯押した、その勢いに押されてカルメラは船に倒れこみ、同時に船をつないでいた紐が切れ、そのままカルメラは船と一緒に流されていった。カルメラは何も出来ないまま離れていく王を見ていた、カルメラの意識は王の姿が遠くなるにつれ薄れていった。

目が覚めたときカルメラはベッドに横たわっていた。状況から見て誰かがここまで連れてきてくれたのがわかった。横を見るとそこには黒いフードをかぶり全身を黒いマントで覆っている人がいた。フードをかぶっているので顔が全く見えない。
その人はカルメラが目覚めたことに気付きカルメラの額に手を当てた。
「熱はもう引いたな、気分はどうだ?起き上がれるんだったら薬を飲んでくれ、食えるんだったら飯も食ってくれると助かる」
声からして男の人だとわかった。フードからたまに綺麗な金髪と白い肌が見えた。
カルメラはゆっくりと起き上がると周りを見渡した。大きくはないが小屋には生活に必要なものが全て揃っていた。窓の外からは畑や魔獣の子、たまに子供の楽しそうな笑い声と追いかけっこをしている姿が見えた。
男の人はカルメラに水と薬を渡し、台所に向かった。
カルメラは薬を飲むとふと顔にガーゼが貼ってあるのに気がついた、よく見ると傷は全て丁寧に手当てしてあった。
「どうかしたか?」
ご飯を持ってきた男の人はカルメラが腕の包帯や擦り傷に貼られたガーゼをじっと見ているのに気付き“ああ”と呟いた。
「勝手で悪いとは思ったがそのままにしとくのもなんだとおもってな、手当させてもらった」
「いえ、ありがとうございます。ところで…私はどれくらいの間眠っていたんですか?」
「一ヶ月くらいだな。ここの奴らにはもうお前のことは伝えてある、そんでこれも勝手で悪いが俺は急ぎの用があるから今日ここを立つ」
男はそう言うと小屋を出て行った。
傷はまだ疼くが動けないほどではない、薬の副作用のせいか頭がボーッとする。

目が覚めてからの一週間カルメラは国が襲われたことを思い出しては一人で泣いていた。食事は喉を通らずやることもないのでずっと布団にくるまっていた。
そんな毎日に中、今まで誰もこなかった小屋に一人の少女がやって来た。その子は泣いているカルメラを見ておずおずと近づいてきてベッドに登り、カルメラの頭を撫でた、ハッとして顔を上げるとその子は無邪気に笑って見せた。
「あのね、メルのパパがね、いつもメルが泣いてるとね、いつも頭撫ででくれるの。パパがこうすれば元気になるって教えてくれたの。メルね昨日もここに来たの、でもお姉ちゃんの泣いてる声が聞こえたの、だからパパがそっとしておきなさいって言ってたんだけど、お姉ちゃん一人じゃかわいそう、だからまた来てもいい?」
カルメラは一人になってから始めて温かいものに触れた気がした。今まで仲間の笑顔や笑い声、楽しかった思い出を思い出しても今は一人になってしまったと悲しく思うだけだった。また会いたい、一緒にいたい、声が聞きたい、そんな永遠に叶いもしない願いを心の中で唱え続けていた 。そんなカルメラのとってメルは太陽よりも眩しい物だった。
「いつでも来ていいよ。待っているから、ありがとう」
カルメラはメルがしたのと同じようにメルの頭を撫でた、するとメルは嬉しそうに笑い小屋を後にした。
しばらくしてカルメラが夕飯の下ごしらえを始めようと材料を探しているとドアがノックされた、びっくりしてドアを見ていると外からメルの声が聞こえカルメラはドアを開けた。するとそこにはメル以外にも数人の子供とその母親らしき女性が3人ほど立っていた。
メルは喜んでカルメラに抱きついた。
「メルの友達とお母さんだよ、お姉ちゃんのこと話したらみんながお話ししたいって言ったからみんなで来たの」
メルがカルメラに抱きついたのに続き他の子供達もカルメラに抱きついてきた。身動きが取れないカルメラを見兼ねて母親たちは子供をカルメラから引き剥がした。
「ごめんなさいね、騒がしくって。メルがあなたと話したって言うもんだから心配になっちゃって」
「心配…?」
「この子ったらデリカシーっていうのかしらプライベートな事にも頭突っ込むから大丈夫か心配で」
メルの母親らしき人は困ったように笑った。カルメラはその女性を安心させるような笑みを見せ素直に気持ちを言葉にかえた。
「でも昨日はメルが来てくれてよかったです。元気でました。」
「ほーら、お姉ちゃん大丈夫って言ってるじゃん!メル変なことしてないもん」
メルがいじけたように話に入ってきた
「わかったわよ、ごめんね疑って」
母親そう言うとメルは得意そうにカルメラを見た。カルメラはメルの頭を撫でてもう一度ありがとうと言った。
メルを慕うカルメラを見てメルの母親はひらめいたように掌を合わせた。
「そうだ!カルメラちゃんうちでご飯食べて行かない?なんならそのまま泊まってもいいし」
カルメラは一瞬迷ったがメルの押しもあり行くことにした。
メルの家に着くとそこにはたくさんの人が居た、どうやらメルの家族らしい。
メルの家族はカルメラのことを温かく迎え入れた、カルメラもその時だけは心から食事を楽しんだ。
やがてはしゃぎ疲れたメルやその他の小さい子供達は眠ってしまい大人たちだけが残った。
「あのねカルメラちゃん、メルのことなんだけど少しいいかしら?」

「メルのことですか?」
メルの母親は静かにうなずくとカルメラをまっすぐ見た。少し戸惑ったような表情の後
メルの母親は静かに話し始めた
「あの子、本当はうちの子じゃないのよ…孤児なの」
カルメラは息をのんだ。
「でもね、あの子は私の子よ?勘違いしないでね、血はつながってないけどちゃんと家族なのよ」
「そのこともうメルは知ってるんですか…?」
メルの母は"ええ"とうなずいた
「うちに来たのは5歳の時でね、今が7歳だから2年前になるわね。最初は私たちに打ち解けようとしなくて困ってたのよ、その上何度も何度も家出を繰り返しては帰ってこないしね、しょうもない子だったわ…聞けばメルの家族は家庭内崩壊していたのよ、けど母親だけはメルを守り続けてたの。父親がどんなに暴力を振るっても、どんなに罵声を浴びせてもメルのことだけは守ってたの。けどその母親は病気だったらしくてすぐ亡くなって、でも亡くなる直前母親はメルに逃げるように言ったんですって。ただただ生きてほしい、ちゃんとした大人になってほしいって…メルもそのお願いの通りすきを見て逃げ出してそのままこの村に迷い込んだの、私が見つけたときあの子は痩せこけて意識を失って倒れてた。それもね1週間水しか飲んでなかったなんて言うもんだからびっくりしたわよ…でも今はもうあの子も私たちの家族でこの村の一員、前の家族を忘れてるわけじゃないけど前の痛みも今もここから始まる未来も大事にしようって決めたって泣きながら私に言ったの、それでこれからは人前で泣かないって無理矢理私と約束したのよ」
カルメラは自分の目から涙が流れているのに気づいた、状況や理由は全く違うのに自分とどこか重なっているような気がしたのだ。裾で涙を拭いているとスッとハンカチが差し出された、自分の顔を見られないように少しうつむきながらありがとうと言ってそのハンカチを受け取った。そのハンカチを差し出した手があまりにも小さいことに驚きカルメラはそろそろと顔を上げた、ハンカチを差し出したのはメルだった。
「メル…」
「お姉ちゃん、メル今幸せだよ?ママはいつもメルを守ってくれたし大切にしてくれたもん。お母さんもメルのこと大切にしてくれるしメルもみんなが大切なの、パパがママをぶってたのも知ってるよ?ママがメルがぶたれないようにしてたのも知ってるよ、見てたもん…でも大切にしなくちゃいけないってママが言ってたから…だからっ……お母さんもお父さんもっ…ママも…パパも大切にするのっ!ママが言ってたことちゃんと守っていい子のするって決めたから」
今でも両親を思い出すと悲しくなるのかメルはあふれる涙を抑えてるように見えた、メルの家族はそんなメルを見て次々と部屋を出て行った。長年自分の泣き顔を見られたくないと言っていたのだそうだ。その中でカルメラだけが部屋に残った。
カルメラはメルが小さいながらもいろいろなことを考えているのだと察した、そして自身の感情を隠していることにも気が付いた。
(家族に心配をかけないように、迷惑をかけないようにしてきた…その小さな体で、抱えきれないほどの感情や思いを背負っていた………一人で)
カルメラはまるで自分が母親にでもなったような気持ちになり、メルを包むようにして抱きしめた。支えたいと思った、大切にしたいと思った、今背負っているその思いや感情を私にも分けてほしい、一緒に背負いたい、自分のもメルのも、二人のものを二人で背負いたい…メルが私を照らしてくれたように私もあなたを照らしたい。
なんて自分勝手な思いなんだろうと思ったがそう思わずにはいられなかった。

次の日メルはカルメラの小屋にやってきた、母親に頼まれて焼き菓子を持ってきたのだ。
家族のみんなは昨日メルが泣きそうになったことには少しも触れずむしろ何もなかったようなそぶりを見せていた。メルはそんなみんなに安心しながらも実はただ気まずいだけなのではとも思っていた。
メルが小屋のドアをたたくと昨日とは違いカルメラはすぐに出てきた、カルメラはメルを小屋に招き入れ焼き菓子を受け取りメルも一緒に食べようといった。
「メル、昨日はごめんね」
「お姉ちゃん何も悪いことしてないよ?」
「メルの話勝手に聞いちゃって…悪いなとは思ったんだけど」
「……」
メルはそのことに触れられたくなくて黙ってしまった。
「メルは正しいと思う、私もねこの前までは一人じゃなくて大切な人がたくさんいたのよ…もういないけどね、私もメルみたいにこの村でのこれからと、今はもうなくなった過去もただ寂しいと思うだけじゃなくて大切にしていこうって決めた、今は大切でも寂しいと思うけどそのうち懐かしい思い出として大切にしたいから今はちゃんと現実と向き合うことにした…まぁ、まずはこの村の一員になることが先なんだけどね」
カルメラはメルに語り掛けながらもついこの間まで一緒の笑いあっていた村のみんなを思い出していた。
(みんなの笑い声、笑顔、仕草、表情、全部覚えてる、この記憶を私は忘れない。)
「あと強くなろうと思ったの、今度は大切なものを失わないように、自分で守れるようにって」
メルはそんなカルメラの話を聞いていて何かわからないが新しいものを見つけた気がした。
「…お姉ちゃんは強いね」
「メルがいたからわかったの、メルもね家族が大切なのはわかるけど自分の感情まで押し殺しちゃだめよ?家族に言えないのなら私がきくよ」
それからメルとカルメラはお互いのことを語り合った、不思議と何でも話すことができた。
それがきっかけとなり二人は村で一番仲のいい友達となったのだという。

次の日カンナたちは昨日の遅れを取り戻すため朝早くから出発の準備をしていた、カルメラは昨日泣いたことで腫れてしまった瞼を隠すためなのか俯きっぱなしだった。
準備も整い出発しようと魔獣に乗り込むとザイナが慌てふためいて駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「俺も一緒に連れて行ってくれないか」
一瞬ザイナの言っていることの意味が分からず不覚にも固まってしまった。
「え?…え、どうゆうこと?」
「俺には探しているやつがいる、ここの集団に交じっていたのも道中一人では越えられない場所があったからだ。だが俺の目的地は元々お前たちの目指す葉緑の村だ、頼む、連れて行ってくれ」
カンナからすればその気持ちは痛いほどよくわかるものだった、カンナもシンがいなくなってからは毎日息がつまる思いでシンを探していたのだから。ザイナの様子を見るにその探し人はザイナにとってかけがえのない人なのだろう。かといってただ連れて行くのではこちらの荷が重くなるだけだ。
「じゃあ、連れて行く代わりに私たちの護衛をしてくれない?自分で言うのは気が引けるけど私たちは決して弱いわけじゃない、けど実戦経験があまりにもないの、ある程度の対処ができてももしもの時の対処までできるかなんて保証がないし、キース様がつけてくれるはずの騎士もいないし」
「護衛なら任せてくれ、自慢じゃないが実戦経験は山ほどある」
ザイナと連れて行くことにはほかの二人も賛成しすぐ出発となった。道中メルラが嫌がるザイナにドレスを着せ村の入り口に差し掛かった。村の入り口には”葉緑の村はこちら”という胡散臭い看板しかたっておらず、入り口は入り口なのだろうがその入り口はどう見ても森だった。
「これでは動きにくくてかなわない」
なれないドレスを着ているせいかザイナは着替えてから機嫌が悪い。
「ここは女性しか受け付けない村なのよ?あんな男のような服装でもし間違えられたりしたらどうするの?この時代髪の長い男だっているんだから念には念を入れるのよ」
膨れているザイナをかわいらしいと思っていると微かだが入口となっている森の奥に人の気配がした。カルメラとメルラは気づいていないのか話を続けているが、人の気配を感じ森の奥を凝視するカンナとザイナを見て二人も同じように森の奥を見つめた。
「二人ともマントとフードを付けて」
カンナは二人に声をかけながらフードをかぶった。ザイナも同じようにしているのは言うまでもない。
「森の中に誰かいる、私が先頭を歩くからザイナは最後尾を行ってもらっていい?」
「任せろ」
森の中をしばらく進むといきなり周りの茂みが大きく揺れだした。一行はすぐに足を止め戦闘準備に入る。茂みが揺れているのは獣の仕業だとすぐ悟ることができた。茂みの揺れは伝染するように広がっていきカンナたちはすぐに囲まれた、数はざっと見て50はいると考えていいだろう。じっと身構えていると一匹の魔獣がとびかかった、それにつられるようにほかの魔獣もカンナたちに襲い掛かってきた。魔獣はオオカミより一回り大きく牙も森で育ったからなのか尋常でないくらい大きい。
「伏せろ!!」
ザイナはそう叫ぶと背中にかけていた鞘から大剣を抜き取り横一線に大きく引いた、数匹は急所を避けたがずいぶんの痛手を負い、その中の一匹は避けることができずもろにあたってしまったため横腹から血を流し息を荒くしていた。だがその一撃が効いたのかもうとびかかってこようとはしなかった。代わりに魔獣たちは瞳の奥に怯えを浮かべ唸り続けてきた。カルメラがとっさに治療をしようとしたのをザイナが止め、先へ進んだ。森の奥に進むにつれ道が開けていき、次第に大木に囲まれた広い場所に出た。大木が道をふさいでいて先に進めそうもない。
「ここどこかしら?」
メルラが探るように周りを見る。
「道を間違えたのかな、でもここまで一本道だったよね?」
カルメラは今通ってきた道を思い出しながら言った。
カンナはザイナに来る途中何か不審なことがあったか聞きに行った。
「不審なものは一切見ていないし感じてもいない、おかしい」
ザイナと話していると大木の上から微かな殺気を感じ、その方向に鋭い視線を投げた。そして間髪を入れず叫んだ。
「誰?!」
そうして返ってきたのは返事ではなく数本の矢だった。矢はまっすぐカンナへと向けられていた。カンナもすばやく剣を抜きすべての矢をはじき落とした。
「私たちはキース皇子に遣いを頼まれた者だ!敵じゃない!私たちはキース皇子と同盟を組んでいるんです!!」
けれど木の上にいる人影は聞く耳を持たないのか次々と矢を放ってきた。その矢は次第にカルメラ達の方にも向いていき、ザイナ一人で二人を守るのも限界がすぐに来てしまった。何しろ矢は四方八方から飛んでくる上相手は確実に殺す気できているのだから無理はない。二人のことを守りながらも自分の身を守って守備にあたっていたザイナも完全には避けきれなくなり矢が刺さったり擦り傷を作るようになっていた。カルメラも魔法で防御をしているが元々魔力が少ないせいで長くは続かなかった。カンナもなすすべがなく矢をかわし続けていた。
しまいにはカンナは無理だと自覚しながらもザイナを含めた全員を守っていた。
時間が長引くにつれ体力も底をつきカンナは片膝をついてしまった。そのすきを狙い矢は一直線に飛んでくる。
(まずい…!)
何とか立ち上がろうと体に力を入れた瞬間カンナに大きな影が被さった。見上げるとそこにはよく見知った背中があった。
その人物が現れた瞬間今まで嵐のように降り注いでいた攻撃が止まった。
「ここにいるのはキース皇子と同盟を組んだ各国の王族の方々だ、そうとわかっての攻撃ならば黙っていないぞ、これはキース皇子の命令だ」
とたんに木の上がざわめきはじめ、目の前に黒い服を身にまとった男性5人が膝をついて現れた。5人で今までの攻撃をしていたのかと思うと呆れに近い関心をした。
「お前たち、もう一度だけ聞く、この者たちがどのようなものたちか知っての無礼だったのか?」
「キース様と同盟を組んだといっておりましたが信用できず攻撃を仕掛けてしまいました、申し訳ございません。ここ最近この村を標的とした事件が多発しておりまして、少々気を張っていたもので冷静な判断ができずにいました。」
「よい、案内を頼む」
言葉では許しているがその顔を一目見れば怒っているのがバレバレだ。そのくらい怒るのだったら最初からそばにいてほしいとひそかに思ったカンナであった。
カンナたちはシンのいいつけですぐ村に案内され手当てを受けた。カルメラとメルラは無事大事に至るようなけがはなく元気そうだったがその二人を身を楯して守ったザイナは重傷を負った。腿に刺さった矢が思ったより深く突き刺さっていたのである。このような傷の治療ははカンナの得意分野だ
「ザイナ、傷を見せて」
「…っあぁ」
カンナは傷から少し離れたところで痛みのない場所を確認するとズボンの布を一周分裂いた。これで片足だけ短パン状態だ。カンナは慎重にズボンをまくり傷の手当てを始めた。傷口に自分の魔力を送り込み傷口部分の治癒力を向上させるのだ。治療は10分ほどで終わり、ザイナも普通に動けるようになった。
「悪いな」
「いいの、怪我を負わせたのは私のせいだし」
そうしてカンナ達は村に案内され、村の薬を使った治療を受けた。村長の許可を取り、村を出歩く許可も貰うことができた。

そしてその夜、カンナはひどい重傷を負い、意識不明の重体で村を騒がせた。シンたちは急いでカンナのいる治療室に向かった。そこにはすでに村長がカンナの傍に立っていた。村長のカンナを見る目は見つめるというにはほど遠く、睨み付けているように見えた。カルメラとメルラは目を見張って動けなくなりその場で固まってしまった。シンはというと驚きではなく恐怖の表情を浮かべていた、一歩一歩ゆっくりカンナの存在を確かめるようにしてベッドに近づき。
「カンナ…」
とつぶやいた。
当然意識を失っているカンナが返事をするわけもなくシンの不安は一層深くなった。シンは膝をつき無表情でいるカンナの顔を見つめた。
「カンナ」
”返事をしてくれ”その言葉を飲み込みもう一度カンナの名を呼ぶがやはり返事はない。
「その娘じゃが…」
ここにきて村長が閉ざしていた口を開いた、さっきまでカンナに向けていた怒りのまなざしは消え、今では憐みの色に変わっている。
「森に行き大傷を負ったルベットをこの傷ついた体で運んできたのだ」
「ルベット…?」
「この森の入り口付近に生息する魔獣で我が一族とは先祖からの付き合いがあり、共存している魔獣の一種だ。我らが彼らを支える代わりに彼らは我らを守ってくれている。その頭となる魔獣を運んできたのだ」
それを聞いた三人は来た時に襲われたことを村長に説明した。村長はカンナたちが攻撃を行ったことを激怒したがルベットの治療を手伝い完治させることを引き換えに許しをくれた。それからその夜はカンナとルベットの治療で村の全員が働き双方無事に峠を越えることができた。ルベットの治療にはカルメラも貢献し、化膿していた傷にもすぐ対応することができたそうだ。カンナは相変わらず目を覚ますことはなかった。だがキースのお使いの期間が迫っていたため長居するわけにもいかず一行は翌日すぐに村を出た。
城につくとシンはすぐにキースの元に報告のため急いで向かった。カンナはもともと用意されていた部屋に運び込まれ、メルラたちも休養のため各々の部屋へ向かった。
カンナたちが帰還し、騒がしさも収まったところでカンナの部屋に向かったハヤテは深いため息をついた。
カンナの眠っているベットに浅く腰掛け、今にも触れるだけで崩れてしまう花に触れるようなやさしい手つきでカンナの頭をなでた。そういえば氷雪の国から連れ帰ってきた時もこんな感じだったなと思い再び二度目のため息をつく。
「俺は、お前に傷ついてほしくない。苦しそうな顔をしてるお前を見るのが一番つらい、だから…頼むからせめて一人で何でも抱え込むな、お前がやろうとしてることを止めたりしないから、俺を頼れ」
そういってカンナと額を合わせて静かに涙を流した。

騎士の本性

次の日、ハヤテは朝早くにシンの部屋を訪れた、シンはすでに身なりを整えていて、ハヤテを待っていたのではとも思えた。
部屋の入り向かい合った。ピンと張りつめた静寂が空間を支配する。
「…どうゆうことか知らないが、どんな理由があっても今回カンナを守れなかったことの言い訳にはならないぞ」
先にその空気の糸を断ち切ったのはハヤテだった。
「わかってる、そんなことするつもりもない」
ハヤテはドアに寄りかかり腕を組んだ。
「カンナの目が覚めたら会いに行け、そうしたら許してやる。そのついでにお前がいなくなった時のことも話してやれ、あいつだけ知らないんだからな」
「そのことはもう話したよ」
”ハヤテは大人になった”反射的にシンはそう感じた。昔は表情をコロコロとかえ、感情的で、頭に血が上ると手が出るのも早くて、でも後ですごい後悔をして大泣きしながら謝りに来ることがしょっちゅうだった。何でもズバズバいうようなそぶりをしてるくせに言葉を選んで話すことには妙に長けてもいた。
(そのせいでたまに物事をうまく伝えきれないときもあったっけ…。)
今ではもう大人になったのか、表情の動きは小さくなり、昔に比べてうまく表現できないところは包み隠さず、ごまかしもせず、ストレートに言うようになった。そっけなく話すようになったからなのか不愛想になったような気がする。
シンは自分勝手だと思いつつも自分だけがおいていかれたような気持ちになった。
ソファに座りハヤテにも向かい側に座るように促す。
「カンナにも話すけどお前には先に話しとくよ」
「何をだよ」
「俺の昔ばなし、昔は聞かれるたびにはぐらかしてきたからな」
「その理由も話せよ」
「わかってる、もう隠さないよ」
シンは意を決するように重い口を開いた。
「俺は_____
シンは幼い頃に捨てられた。それをガレンに”買われた”のだ。拾ったのはメイドールという、現代で言う奴隷を売る商売を生業としている男に拾われたのだ。当時5歳だったシンは市場へ出されるもその細い体やフラフラとしか歩くことができないほどの体力のせいで買い手がつかなかった。とうとう最終市場にまで持ち込まれ、ここで買い手がつかなければ殺されてしまう。番号を呼ばれて弱々しい足取りで台に上がるも誰も声を上げなかった、目の前にいる人間は皆魔法で作られたアクセサリーや派手な衣装をこれでもかというほど身に着けていた。
(お前たちはクリスマスツリーか。)
女は元の顔がわからないほどの化粧をしている、こういうやつはたいてい元の顔が悪いから化粧を濃くしているんだろう。男は似合いもしない高貴な服を着て趣味の悪い帽子をかぶっていて、周りに数人の女を連れている。金に目がくらんで近づいてくる女なのに自分に惚れていると本気で思い込んでいる男がバカみたいだ。見る限り成金なのだろう。
不気味な薄ら笑いを浮かべる貴族、冷めた目でこっちを見る貴婦人、シンを品定めするために舐めるような視線を向ける太った男、最初はいろんな”目”がこっちを見ているけどすぐにそらされる。
(別にここで買われたから幸せになれるわけではない、命拾いをするだけだ。それを思えばすぐに死ねる俺はまだいいほうだと思う。死ぬときは苦しくてもそのあとはもう何も感じないのだから。)
そんなことを思って群衆のほうへ目を移すと一人の男が手を上げていた。一見優しそうな眼をしているがその顔は真剣とでもいうべきなのか、険しい顔をしていた。
「その子は私が貰おう」
男は黙って片手一杯の金貨を商人に渡した。
「お客さん、こんな大金でそんなもやしみたいなやつを買うのかい?物好きだねぇ」
「変わり者でね」
周りからは囁くような話し声が聞こえる“金の無駄だな”、“すぐに死んじゃうわよ、あれ”その話し声から意外な言葉が聞き取れた。
『あの人、大剣闘士のガレンでしょ?どっかのコロシアムのドール・バトルにでも出して見世物にするんじゃない?』
(ガレン…聞いたことある、けどどうでもいいや)
商人との交渉を終え、”ガレン”はシンの”手”を引いた。そのまま待たせていたのだろう馬車に乗り込み隣に座ったシンの頭をなでた。シンにとってそんなことは初めてのことで、これからもされることはないとされていた行為で、思わず両手でガレンが触れた頭に触れ、目を見開いた。ガレンはとても穏やかな顔をしていた。
「あんな奴らのいうことは気にするもんじゃないよ、お前をコロシアムに連れて行く気もない」
ガレンはシンの手足についた枷を外した。そしてそのまま家につくとシンは風呂に入れられ身なりを整えられた。そのあともシンはドールとしての扱いを一切受けなかった。逆に怖くなるくらいだ。
その日の夜、きちんとした寝間着を身にまとったシンはふかふかのべっっどの中に入れられていた。その横では机で眼鏡をかけて本を読むガレンがいた。じっと見つめているとその視線に気が付いたガレンが顔を上げた。そして優しい声で“眠れないのか”とたずねてきた。
「俺はドールだぞ、お前もドールとして買ったんじゃなかったのか」
「違うと言っただろ?私は変わり者なんだよ」
「答えになってない、俺をどうしたいんだ」
少しむっと押して言い返した。それが面白かったのかガレンは大きな声で笑った。笑いすぎて目尻に涙さえ浮かんでいる、シンは少しイラついた。
「お前が気に入った、それが答えじゃダメか?」
「…もういい」
プイッと顔を背けた、するとガレンの大きな手が俺の頭を乱暴に撫でた。
「そう拗ねるな。ほら、もう寝なさい夜更かしは体に悪いぞ」
陽気な声でそう言うとガレンはすぐ机に向かった。
「…お前は寝ないのか?」
「仕事をしばらくさぼっていてな」
そういってまた笑った。何だか、自分だけ眠るのが妙に悲しく感じた。
少しでも気を紛らわせようとシンは布団に埋まりこみ、身を縮めた。そうしてシンは眠りについたがふと頭をなでられる感覚がした。その手は間違いなくガレンの物だった。
シンが寝ていると思っているガレンはその手を止めなかった。
「さっきはごまかしてしまってすまなかったね。お前のことだが、特にお前をどうこうしたくて引き取ったのではないんだ。ただ、なぜか助けたいと思った…いや、それもあるが何より、お前が笑うところを見てみたいと思ったのだ。俺はお前が台の上に上がらせられたところで通りかかってな、小さな体でフラフラとして、瞳に光は消えていた。希望を見ることをあきらめているのが一目でわかった。なのに私は、その目に吸い寄せられた。お前の笑った顔が見てみたいと、本能的に思ったのだ。大丈夫、これからお前は私の子だ。私がちゃんと親になれるかわからんが、お前にはもう今までのような思いはさせまい。だから、明るく笑って生きておくれ。」
シンは唇を強く噛み、流れそうになる涙をグッとこらえた。目の前は曇っていて何が何だかわからない。けれど、胸には今までにないほどの温かい新しい何かが溢れて、止まらなかった。それが、ひどく心地良いような、むずむずとかゆくて落ち着かないようなものがジワリと広がっていった。

それからしばらくの間シンはほとんどの時間をガレンと過ごした。他人への礼儀や挨拶、食事のマナー、勉学、いろんなことを学んだ。いろんな場所へ一緒に出掛けた。その姿は正真正銘”親子”そのものだった。シンも一緒に過ごしているうちにガレンを本当の父親だと錯覚してしまうほどだ。
ある日、そのことを直接ガレンに話すと、ガレンは嬉しさの中に恥ずかしさを含めた満面の笑顔で力いっぱいシンを抱きしめた。
そんな日々が5年続き、この5年間はただガレンと一緒に過ごすだけでなく剣術もはじめ、腕を上げた。もうすでにガレンとも戦えるようになるまでに成長したシンはガレンの友人で、腕も確かだという剣闘士の元へ剣術の稽古をするため、道場に通うようになり、そこで一人の少年と少女と出会った。ハヤテとカンナだ。
その頃のカンナは内気で時分から行動を起こすことは全くなく初めて剣をふるっているところを見たときは驚きで息が止まるかと思ったほどだ。
ハヤテは綺麗な顔立ちをした見事な金髪少年は”かっこいい”というより”美人”という表現が一番似合っていた。
ハヤテは両親が剣闘士だったためか、生まれ持った才能は素晴らしく剣をふるうその姿は流れるようにしなやかで、一つ一つの動作がつながって見えた。だがその素晴らしくも美しい剣術とは裏腹に性格は子供っぽく、好奇心が人一倍強い少年だった。そのギャップをからかうとすぐに喧嘩になっていた。そしてもう一つ、ハヤテは決して人を信用しないわけでも、友達が少ないわけでもなかったが、誰一人として自分のことに関しては踏み込ませようとしなかったのだ。
シンはそんな昔のハヤテと今目の前にいるハヤテを重ねた。その表情は昔と何にも変わらなくて、懐かしかった。
(すっかり変わったと思ったけど、案外そうでもないかもしれないな……)
シンが話し終えるとハヤテはシンの額をデコピンで思いっきり弾いた。
「痛った!」
「バーカ、これで全部許してやらんこともないんだから文句言うんじゃねぇ」
ハヤテはそういうと部屋を出て行こうとして立ち上がった。
「ハヤテ」
「あ?」
「お前が俺の親友でよかったよ、お前と会えてよかった」
シンは清々しい顔でそう言った。今までまとわりついていたものがなくなってすっきりしたのだろう。枷が取れた時ような解放感がシンから伝わってくる。
ハヤテはシンから顔が見られない程度に振り向いた。
「俺も…お前と会えてよかった。親父とお袋と比べるとって言うと変だけど、お前のほうが家族かもしんねーし」
シンから顔を見られないように振り向いたのは顔が赤くなっているのを見られたくなかったのかと納得すると微かな笑みがこぼれた。
「ああ」
ハヤテが部屋から出て、しばらくすると再び誰かがドアをノックした。扉を開けるとそこにはニコニコとしているキースがいた。
「シン、明日はメンバーが全員集まるから、“あれ”を明日やりたいんだけどいいかな?」
“あれ”というのはわざわざ内容を尋ねるまでもなく理解をすることができた。
「ですがカンナが…」
「さっき目を覚ましたよ、今日は一日休んでもらって明日は頑張ってもらおうと思ってね」
「相変わらずですね」
キースは悪戯っぽい笑みで笑った。楽しそうだ。
キースの話が終わるとシンはすぐにカンナの部屋へ向かった。そこには体調は安定しているようだったが、意識がはっきりしないのか目がうつろになっているカンナがいた。
「カンナ」
名前を呼ぶと顔をゆっくりこちらに向けた。
「シン?」
シンは返事をせずに微笑んだ。
「夢?」
不思議そうにそう言った。
「俺別に偽物とかじゃないんだけど」
「………シン!?」
状況をやっと把握したのかカンナは勢い良く起き上がろうとするも傷の疼きに小さなうめき声をあげうずくまった。シンはカンナの体を支え傷が開かないように寝かせた。
「シン、シン」
布団を整えているシンの手をつかみ、すがるようにシンの名前を呼んだ。泣いていないのに泣いているような苦しそうな顔だ。
シンは自分の手をとったカンナの手を握り、幼子をあやすようにして言った。
「今日はずっといるから大丈夫、ごめんな危険な目に合わせて」
「いいの!私はいいの、シンこそ大丈夫なの。何か怒られたりしなかった?」
「気にしないでいいよ、大丈夫だから」
カンナはほっと溜息をついて肩の力をぬいた。
「今回の仕事で俺はカンナを守れなかった、ごめん。騎士として、まともに守ることもできなかった。カンナと再会できて浮かれてたんだ、嬉しくて嬉しくて、何も考えていなかった。ごめん」
最後のほうは声が小さくなり伝わったか不安だったがカンナはきちんと聞き取ってくれていた。
顔を上げると、目に涙をためたカンナがいた。一瞬幼かった頃のカンナがそこにいるような錯覚が起きた。
「シン、私ね、強くなったんだよ。シンと張り合える自信もある。確かに私は女で、力が弱くて、男の人と対峙したらやっぱり差は出ると思う。けど私には自分の武器がある、負けるつもりなんて毛頭ない。もう、小さかった頃の闘えない私じゃない」
カンナは昔から”守ってやる”が嫌いだ。”お前は弱いから守ってやる”と取れるような”守ってやる”が心底嫌いなのだ。ブレットのもとで剣術を教わっていた頃も、自分を甘く見ている連中には自分の実力で黙らせていたとキース皇子から聞いた。
恐らくカンナの中にはもうすでに完成された”強さ”かあるのだろう。その元となるのは恐らくカンナ以外誰も持ちえることのない、異質な性質を持つ大量の魔力。この魔力があることでカンナの身体能力、剣術は普通より強力な力を得る。この力があることで自分を守るためにほかの人が闘うのではなく自分で戦い、自分が自分を守り楯になれると思っているんだと思う。
村の兵士に襲われていたとき自分一人で全員の矢を防げなくとも前に出て行ったのはそのせいだろう。
「そうゆうことが言いたいんじゃないんだよ、俺の言っている守るはハヤテのと一緒だよ。お互いを弱いものとして守るんじゃなくて、お互いを信用するものとして守りたいんだ。まぁ、今回のことがあるからでかい口たたけないんだけどね」
そのあとすぐにハヤテにした話をそのままカンナに話した。

すべてを話し終え、シンは余った仕事を片付けるためカンナの部屋を出ようとドアノブに手を置くと何かを思い出したようにカンナを振り返った。
「そういえば、明日の夕方キース様から招集がかかると思うから楽しみにね」
そう言い残して去って行った。満面の笑みを残して。
カンナは一人になると動いてもいないのに眩暈がした。何しろシンの”あの笑顔”を久々に見たのだから。
シンは昔から物事を教えるのが人一倍うまかったのだが限度がないのだ。教えると決めたことは何が何でも叩き込む。たとえ相手が誰でも、どんな状況でもそれは変わらない。できない事への罰や暴力は一切振るわないが教えられたことが習得できるまで絶対逃がしてはくれない。ある意味こっちのほうが拷問だと思う。カンナも何度かその経験があり軽いトラウマにさえなっている。そんなカンナがシンの教育から逃げるために見つけたものがさっきシンが見せた”笑顔”なのだ。あの笑顔を見るたび、カンナは父親に無理やり予定を入れてくれるよう強引に頼んだりして逃れたものだ。シンは自分が厳しいことは自負している…と思う。そしてそれを大いに楽しんでいるのだ。それ故シンがなにかを教えるときは必ず楽しみでしょうがないという感情が表立った表情をするのだ。


「いやぁ、皆様素晴らしい。こんなに莫大な量のデータをたった“10時間”で“全て”頭に入れられたのですから」
そんな満面の笑顔を浮かべるシンとは違い、部屋の惨状は殺伐とした状態だった。ある者は死んだように壁にもたれかかり、テーブルに突っ伏し、床に倒れてまったく動かなかった。
そんな様子を気にも留めないシンは容赦なく全員を無理矢理起こした。
「皆さん、寝るのでしたら自室に行ってください、風邪をひいてしまいますよ」
「だ、れのせいだと…」
カンナが睨み付けるも威力は全くなく、シンは返事の代わりにカンナの額にデコピンをした。カンナは短いうめき声を上げると額を抑えてプルプルと震えた。
「俺はこのデータを5時間で全部頭に入れたぞ?」
それからはシンの指示で少しでも気力のある者が目を覚まさない者を部屋に送ることになった。カンナは移動する気にならず皆が運ばれているのを眺めていた。
その中で目に付いたのはブレットがカルメラを連れて会議室を出ていくところを見てボソッとつぶやいた
「そういえばあの二人って結構仲いいような…」
その独り言が聞こえたのかそばにいたメルラが書類を整理しながら返事を返した。
「カンナ様はシン様と仲いいじゃないですか。それにあの二人は花賛の国の薬の発達がきっかけで少し前から交流があったのですよ。」
「メルラは先生と幼馴染なんだっけ?」
「ええ、それはそうと前から気になっていたのですけれど。その先生というのはブレッド皇子のことですわよね、なぜですの?」
「昔剣術教わってた時のブレット様の呼び名、癖になっちゃったからそのままにしてるの」
「あぁ、そんな風に呼んでたのですね。ブレットが先生ってなんか馴染みなくて面白いですね。」
クスクスと口元に手をあてて笑うメルラも疲れきっているのがわかる。どんな時でもメルラは笑顔になるとその場が華やぐようだった。
「メルラはブレットと幼馴染なんだっけ?」
にやっと笑って見せるとメルラは小さく手を振った。
「そんな関係ではありませんよ、国同士の結びつきが強かったから会う機会が多かったのです。あの方は少しお堅いところがありますでしょう?そこだけが昔からちょっと気になってしまていて。」
「恋愛に発展したりしないのー?」
「交友関係ですもの。」
コンコン、とドアをたたく音がして顔だけ振り返ると入り口にはブレッドがたっていた。
「堅物で悪かったですね。」
いつの間にか会議室を出て行ったはずのブレットが戻ってきていた。そのブレットに対しメルラは驚いたように訪ねた。
「まあ、いらしたのですね。カルメラ様はもうお送りになられたのですか?」
「いえ、途中で彼女の騎士が迎えに来たので」
それを聞いたカンナは勢いよく立ち上がった。
「えー!先生ちゃんと送ってあげなきゃ!」
カルメラは誰が見てもわかるほどブレットに好意を寄せていた。気づいてないのはブレット本人だけだろう。
「それよりカンナ殿もハヤテ殿を待たせているんですから急いだほうがいいですよ」
少しふて腐れて机に突っ伏したカンナを見てブレットはカンナの資料の角を整え、順番をそろえてハヤテに渡した。資料は見た目より量があるから少し重いだろう。突っ伏しているカンナを揺さぶってみても反応がないので顔を覗き込むとグッスリ眠っていて、起こしてしまうのもかわいそうになり、結局ブレットがカンナを負ぶって部屋に運ぶことになった。
そうして会議室には、メルラとバーン、そしてキースだけが残った。
「にしても、キース殿の騎士は優秀であるな。俺にあの量の情報は仕入れるのも難しいぞ。」
「呆れも致しましたわ。データを調べて頭にインプットして、策を立てるんでしょう?あなたの騎士なだけあって同じ人種だと思い知らされましたわ。」
メルラはふぅ、吐息をつきキースのほうをちらりと見た。
「人聞きの悪い事を言わないでくれよ、優秀ならば文句はないだろう?シンは器用だからね、気に入っているよ。それより二人も部屋に戻ったほうがいい、岸を待たせているんだし。」
ふたりはまた明日とそれぞれ挨拶をすますと部屋に帰っていった。

大きな窓ガラスにかこまれ、淡く透き通るような青と水色のタイルが敷き詰められた会議室は誰の声を響かせることなく、静まり返っていた。シンも疲れているせいか、その空気が鉛のように重く感じた。
床のタイルが月の光を反射して部屋を照らしているが、不思議と明るいとは感じられなかった。なんとなく、キースの顔を見ると、いつもの白くて優しさのある表情はそこにはなく、辛く切なさのある、憂いを帯びた顔をしていた。
「何かありましたか?」
見たこともないその表情を前に、そう聞かずにはいられなかった。
キースはにこりと笑った見せたがうまく笑えていなかった。
「そう思わせるような顔をしていた?」
「はい」
少しの間、何かを考えるように下を向いた。こうして人前で真剣に悩むことはキースにしては少し珍しかった。
(そんなに言いにくいことなんだろうか。)
考え込んでいるその横顔もどことない悲しさがあるように感じた。
「いつか、話てくださいますか。」
「悪いね…今日はもう疲れただろ?部屋に戻った方がいい。僕ももう休むよ。また明日ね」
その日は、それ以上キースと話すことなく眠りについた。

悪童

夜の闇にまぎれ、遥かに人の背より高い草原の中を颯爽と走り抜ける集団がいた。彼らの走る先には体長20m程の背中ににいくつもの大きな刺を持つ大蛇のような姿をした魔獣が背中に折りたたんでいた刺をピンと立てて興奮して暴れていた。
体には無数の傷があり、動く度に血が吹き出していた。魔獣は集団の気配を感じ取るとそちらを見つめて雄叫びをあげた。
それを合図にしたように先頭の人間が笛をくわえ、思い切り息を吹き込んだ。頭を刺すような高い音は魔獣の動きをを一瞬止めた。その隙を見逃さず、集団は四方八方に広がり魔獣を囲み、円になるよう位置についた。すぐに地面にてをつくと呪文を唱える。
「電撃(ラ・カーサ)!」
電撃は円の中心にいる魔獣に直撃し、魔獣は声を出すこともなく崩れるようにして倒れた。倒れた魔獣を確認し笛を吹いた人間が右手を高く上げた。すると何人かの人間が魔法で魔獣を縛り、運び始めた。
そのまま、再び夜の草原をもと来た道とは逆の方向に走り始めた。

集団は森の奥の集落の入口に来ると門番に顔を見せるため、頭を覆っていたターバンを外した。魔獣を倒した集団は全員女性だった。
門番は先頭の女性を見るもすぐに膝を折って頭を下げた。
「おかえりなさいませ、ウラル様」
「あぁ」
開いた門をくぐり、ウラルと呼ばれた女性は奥にある大きな館に向かった。館は石造りのもので、デザインは中性のヨーロッパのものによく似ていた。木々の間から降り注ぐ光に照らされ、誇り高く輝いていた。
ドアを開けて中に入ると使用人が駆け寄ってきて分厚い大きな封筒を渡した。ウラルはそれを受け取るとすぐにある部屋へ向かった。
そこは木製の椅子に大きなテーブルがあった、テーブルの四隅に白百合のような花が彫られていて、椅子の背もたれには藤の花が彫られていた。
椅子には8人の人が腰かけ、ウラルを見つめていた。
「…今回の討伐任務、完了した。」
ホッと息をつくような声が全員の口から漏れた。
「我らの組織にも女性戦闘員を組み入れるつもりだ、最初のうちは初期訓練を受けてもらおうと思っている」
「そうですな、組織の勢力はお世辞にも大きいとは言えますまい。これで少しは力がつくといいのだが」
「トランの所はこれで女性の術師のみの班を戦力として取り入れられるからな、期待しているぞ」
「ありがたきお言葉でございます、ウラル様」
老人のトランと呼ばれた男は大きなマントとフードをかぶっていて外見が良くわからなかった。フードの裾から覗く目は蛇のような赤く鋭い目つきをしているせいか妖めいたところがあった。
そこから始まった会議では氷雪の国が中心となって大きな同盟が組まれ、対反乱組織の準備が進められていることについてだった。けれどこの出来事はある程度予想していた。今や世界の王に牙を向き、一つの大きな集団を保ってはいてもこの反乱組織はあまりにも戦力不足だった。初めは組織を表沙汰にする前に勢力を集め、王を討って世界のリセットを目論んでいた。しかし、世界を創り、その均衡を保っている神聖な王に刃を向けようという者がそうそういるはずもなく、思うように勢力を集めることができなかったのだ。
だが魔獣の脳神経を支配する魔法を完成させることに成功し、人が集まらなくとも戦力を得ることができた。
だがいつまでもそこでとどまっていることはできない。大王が最も力を持っていると認めた国の跡継ぎたちを引き抜き自分たちと対決させようとしているのだ。当然そんなことをされれば勝機は少ない。
「ウラル様、各国に出している者たちの様子はどうなっているのですか」
「うまくやってくれている、おかげで大王国や氷雪の国の情報は常にキャッチできている。奴らはまだ何も行動を起こしていないし一つの戦力として固まっていない。」
お互い、今は手を出さないのではなく、出せないのだ。キースたちが仕掛けるにせよウラルたちが仕掛けるにせよまだ不十分なことだらけで下手に動くことができないのだ。
「しばらくの間は水面下での戦いになりそうだな」



その日はひどい雨だった。雨の壁を作り出して外にいるものをどこかに押し出すように迫っていた。
キースはその日シンを連れて地下牢の一番奥の囚人室にいた。そこには両足両手を鎖でつながれた一人の男がいた。ぐったりとうなだれて死んだように動かなかった。
石造りの牢屋には男をつなぐ鎖と簡素なベッドと男のそばにある質素な食事しかなく殺風景極まりなかった。湿っぽい苔とカビのにおいが鼻孔を強く刺激した。
シンは男に近づくと髪をつかみ顔を上げさせた。男の顔は乾いた血がこびりつき、いくつもの青痣があった。体にも複数の切り傷がありあまりにも痛々しい姿だった。
男は牢屋に入ってきたシンとキースをギンと睨み付けた。
「やぁ、気分はどう?」
「最悪だね…っ位の高い貴族様の家のもてなしは、こんなひどいのかよ」
「随分しゃべれるね、その調子で僕の質問にも答えて貰えてくれるとうれしいな」
氷の塊が放つ冷気を身にまとうキースの微笑みは顔が笑っていても目は笑っていなかった。
湖のように澄み渡った瞳もこの時は殺気をまとったナイフに豹変する。
「今日は君に知らせたいこともあるんだよ。」
傷の痛みが体を刺し続けているのを悟られないよう男は表情を変えなかった。ニコニコとするキースの笑顔には残虐性しか現れていなかった。
「今日、君の仲間を見つけたんだよ。しかも二人、女の子の方は君の妹だそうだね」
「あいつらに何をした!!!」
「ひどいことを言うね。僕は何もしてないよ、むしろ何かされたのはこっちのほうだよ。情報を好き勝手流したんだろう?ほんと何してくれたんだろうね」
男は押し黙ってキースを睨み付けた。
「あいつらに手を出したら殺す」
「はい、じゃあそろそろ質問を始めようか。君たちは反王政組織の人間だよね?目的は何かな?」
「……」
「じゃあこうしよう、今まで君が受けてきた拷問のターゲットを変えようか。ターゲットは君の仲間たちだ」
「何…?」
「もう一度聞くよ、君たちの目的は何?」
「お前たちに話すことは何もない」
そう男が答えた瞬間地下牢に耳を刺すような女の叫び声と誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。叫び声の主は紛れもない男の妹のものだった。
男はハッとして顔を上げた。キースは余裕の笑みを浮かべていた。男が辺りを見回すとさっきいたはずの黒髪の騎士がいないことに気が付いた。すぐに状況を把握した男は懇願するようにキースを見た。
「あいつを、妹を傷つけないでくれ」
「それは君次第かな、まあ、ここまで頑張って何も言わなかった努力に報いて拷問を受けるのは妹さんとは別の人にしてあげるよ。あ、でもその人捕まった時からすごい怪我してたからあんまり持たないかもね。もしそうなったらもう妹さんに受けてもらうしかなくなっちゃうから、早く話してくれると助かるんだけど」
「貴様!」
「はい、ここで質問を変えるよ。君たちはここに潜り込んで何をしてたのかな?」
指を立てて再びにっこりと笑うキースは男にとって化け物に対する恐怖と匹敵す物があった。ここで再び黙ってしまえば仲間が傷ついてしまう、だからと言って話をすれば助かるという保証もない。おそらく目的を話せば口封じに消されてしまうのは火を見るより明らかだ。
(どうする…このままだと埒が明かない)
すると突然、妹がなにか叫んでいるのが聞こえた。
「兄さん!!雲でもう空が見えることはない!!!」
キースも聞き取ったらしく何のことだろうと首をひねった。
これは合言葉だ。妹は何かしら逃げ出す手段があるから隙を作ってくれと言っているのだ。
「ああ、今のもしかして何かの合言葉?なんて言ってるの?」
「…もう逃げ切れないから話をしろ、だ」
「ふーん、じゃあ話してくれるのかな?」
「ああ」
キースは今まで作っていた笑顔さえも浮かべることをやめ、男を見下ろした。
「随分あっさりしてるね」
「まあな、だが話す代わりに一つ条件がある」
「この状況で取引?度胸あるね、君。で、何が条件なの?」
「妹たちは殺すな、生かしてくれ」
「うん、ここでいいならいくらでも生かしてあげるよ」
男から話が聞けると知らせを受けたシンが男の牢屋に戻ってきた。
シンの服には複数の返り血がついていた。その血が仲間のものだと思うと仲間を躊躇いなく斬ったシンへの憎しみが膨らんでいった。そんな思いをよそにシンは裸の剣をしまうこともせず男の正面に立った。
「俺たちは組織の中でも下っ端だから深い事情までは知らねーが今回の任務はただお前たちの動きとお前たちのつかんだ情報をそのまま横流しに組織に流すのが仕事だった。お前たちの何が原因で勢力が得られていないのか、何をこれから必要としていくか、どう行動するのか、そしてそれがわかったうえで阻止できることはすべて阻止しろという命令だけだ。」
「君はどんな情報を組織に送ったの?」
「戦力不足であること、その原因が各国の一定の基準を満たした一部の兵士しか動かすことができないからだということ、そのためどこの国にも属さない信用できる奴らを動かすことが決定し、様々な部族や放浪の民に声を静かにかけていること。」
「結構漏れてるねぇ…それだけ?」
「それだけだ、反王政組織の内政は一切知らされていない。俺たちの組織の上はそういった情報を仲間の俺たちにも漏らすことはない。だが俺たちは何としても今の世界を壊し、やり直す。昔大王が不可能な世界の平等を掲げてから俺たちの人生は狂った。地位を落とされ、平民に石を投げつけられ、殺されかけた。平等という理念にしがみつこうとした難民の輩がさらに力を持たない人間を踏み台にして“平等”にたどり着いた。だがそんな奴らさえも蹴り落とされ結局平等な世界なんて実現できなかった。俺たちはこの世界をリセットするんだ。そして、今度こそボスの治める世界で幸せを取り戻す。」
静かに話を聞いていたキースは男の言っている世界と自分の故郷を重ね合わせていた。
天空に存在していたといわれるスカルファ帝国。その帝国の帝王の記憶を代々受け継ぐレスタリア家、その子孫がキースであることからキースは大昔の記憶を持ち合わせていたのだ。
(その帝国も僕から見ればくだらない世界だ。この思いとこの男の思いは多分少し似ているのかもな。この男は壊そうとしているが…そんなの壊したところで何も変わらないというのに)
そうしていると兵士が牢屋の前に慌ててやってきた。
「キース皇子!取り押さえていた反政府の輩2名が逃走いたしました!!」
「あぁ、わかった。シンお願い」
シンは軽く頭を下げるとすぐに牢屋を出た。
「さっきの合言葉はこうゆうことか」
「ざまあみろ!あいつらが逃げたらもう終わりだ!捕まることはない」
黒く染まった男は先ほどとは打って変わって壊れたように叫び話した。
「あの黒髪も殺される!!残念だったなぁ?」
「君は、もういらないや。約束ももう守れないから、ごめんね」
キースはそういうと知らせに来た兵士の腰に下げてあった剣を引き抜き男の左胸を突き刺し切り裂いた。男は声を出すこともできずそのまま血を大量に流して倒れた。
「痛みも殺される恐怖も感じないで死ねたんだから、贅沢だよね」
そう呟いて、牢屋を後にした。
そのあとすぐに、シンが逃げ出した二人の死体を持ち帰って来た。

精霊の森と紅の皇子

赤い紅葉の広がる美しい森の中に景色とは似つかない音が響き渡っていた。
それは鈍く、肉体と肉体がぶつかり合う音だった。紅葉の奥深くで1人と一匹の格闘戦が行われていた。肩甲骨のあたりまで伸びた赤い絹の髪を束ねた若い青年が自分よりはるかに大きく強い魔獣を相手にデュアルヘッドと呼ばれる、刃が片方ではなく槍杆(そうかん:槍の棒の部分)の頭のほうと後ろの両方に刃がついた槍で戦っていた。艶のある灰色の毛を持つ全長8mはあるオオカミのような魔獣は息を荒くして目の前の男を睨んでいた。それに対し男は息は乱さず、むしろ楽しそうで、不敵な笑みを浮かべていた。
魔獣は外傷こそ負っていなかったが全身が痛めているのがわかるほど動きが鈍かった。
それもそのはず、男は槍の刃の部分ではなく槍杆の部分を使って魔獣の急所を殴り続けていたのだから。
魔獣はとうとうその痛みに耐えきれずによろめいてしまった。
「勝負あったな」
そう言い終わるや否や男は魔獣の喉元を槍で深く突き刺した。
轟音とともに倒れこんだ魔獣の瞳は赤く染まっていく景色の中で血に染まった赤い男だけを映していた。

ゲレンは魔獣の体温が冷え切るまで傍で空を見ていたが、やがて護衛としてついてきていた兵士に獲物を城まで運んでおくよう言いつけた。
連れてきた魔獣にまたがりどこへ行こうかと模索していると若い兵士が声をかけてきた。
「グレン様、どちらへ」
「この近くに古い友人がいるからな、少し顔を出してくる」
「では、我々も」
「いや、やめておけ。あれはひどく繊細な奴だからな、あまり得体のしれないやつは好まない」
「では少し先の山小屋でお待ちしております」
「城に戻っていろ、そう時間はかからぬ」
そう言い残すとグレンはさらに紅葉の森の奥へと進んでいった。
山の奥は紅葉のある麓と違って空気が洗練されていた。しかし道は入りくねっているうえに足場が悪く慎重に進まねば魔獣が足を取られてしまう。木の根が地上を這っていて苔が生えて滑りやすくなっている。
ここは神苔の森、澄み切った水気で作り上げあられる苔は日差しを反射して宝石のように輝き、音を響かせなかった。
グレンはこの場所が一番のお気に入りだった。自分の国や周りの環境とは正反対な世界、水の中にいるような不思議な心地がグレンを落ち着かせた。
やがて小さな小屋が見えてきた。その小屋もまた苔で覆われていて森と一体化しいて一目ではわからないようになっている。
グレンは音をたてないようにドアを開けると足音を忍ばせて中に入った。
小屋の中には明らかに人間ではない者がいた。驚くほど白い肌に、腰のあたりから体の大きさと同じくらいの透明な羽を生やし、その羽は付け根のほうこそ真っ白いものの羽先になるにつれて苔と同じ深い緑色になっていた。髪は白く瞳は深い青緑に染められていた。瞳を閉じて静かな寝息を立てて眠るそいつは一見少女のように見える。あまりにも神秘的だ。一向に目覚める気配がない。グレンはいつものようにベッドの横にある椅子に腰かける。
「おい、起きろファシー」
そのかすかな声に反応したのか、妖精ははすぐに目を覚ました。
ゆっくりと目をこすりながら起き上がると、柔らかく微笑んで“おはよう”といった。
「おはようじゃない、もう夕方になるぞ」
「あれ?もうそんな時間?」
「お前、仮にも森守(もりまもり)の精だろ。森守の精はどんな生き物より敏感で警戒心が強く、他の物を寄せ付けぬ精霊だって聞いたぞ。その精霊様が一日寝ていて俺の侵入にも気づかないのか」
「グレンは僕らが気づけないくらい気配を消すのがうまいんだよ、僕だってそんなに気が緩いわけじゃないんだよ?」
「ほぉ、一度お前が敵を察知して起きるところが見てみたいな」
「グレン、信じてないでしょ」
「説得力があまりにもないからな、さっさと行くぞ。精霊様」
ファシーは小屋をさっさと出ていくグレンを追いかけて小屋から出た。
グレンはマントで全身を覆い隠すと魔獣にまたがり手網をとった、ファシーも大きな羽を伸ばし、羽ばたかせた。大きく羽ばたいているというのにほとんど音がしない。するのは羽が空気を切る一瞬の音だけ。
ファシーはそのままグレンを導くようにゆっくりと森の奥へ進んでいった。ファシーはなるべく歩きやすい道を選び、たまに後ろを振り返ってグレンがついてこれているか確認した。
森の奥は木々がより生い茂っていて太陽の光も薄くなっていた。
「毎度思うが、ここには何もいないのだな」
「うん、ここはそこらの生き物の立ち入りを許す場所じゃないからね。グレンは僕がいるから入れるようなもんだよ」
「精霊様様ってことか、先祖の奴らはこんな子孫でいたたまれねぇな」
皮肉を込めてからかってもファシーは特に気にした様子もなく
「いいんだよ、ここは僕の森なんだから。」
と言ってあしらった。
「ほんと、先が思いやられるだろうな」
森が開けてきたところで2人は足を止めた。そこには大きな滝があった。
飛び散る水しぶきは宝石のかけらになりまた水に沈めば溶けるようになくなっていった。その宝石がかすかに差し込む日光を反射して快晴の日では直視できないほど輝くのだ。
ファシーは滝の目の前までまで飛んでいくと目を閉じてじっと動かなくなった。そしてファシーからうすぼんやりとした光が放たれていった。体を丸め、翼で自信を包み込むとゆっくりと滝つぼに溶け込んでいく。

やがて日が傾きかけてきたころ、ファシーはやっと滝つぼから姿を現した。そして凝り固まった体をほぐすように伸びをした。
「どうだった」
「ん?いつも通りだったよ、なんともない平穏な森」
「それは何よりだ、今日はもうこれで森を出る、手下の者が捜しにここへきてはかなわんからな」
グレンは魔獣にまたがりファシーのほうへ振り返った。
「私がここに人を立ち入らせたくないのだ、お前と同じだ」
そこからグランは自分が返ってきた方向からファシーの森が推測されないように少し回り道をして帰った。
グランの国は活気あふれる商売の栄える国だ。下町から城下までたくさんの商人が出店を開き、大きな声で客を呼び込んでいる。希少価値の高い代物が数多く集まるこの国は数多くの重宝が集まっている。
人と関わることが好きであるグレンはよく町に降りては商人から仕入れた商品のことを聞くのが楽しみになっていた。城も王城というより「拠点」と言い換えたほうがしっくりくるほど城の者と仲がいい。
国ではなく集落、部下ではなく仲間という意識が高いからだ。
そんな穏やかな毎日を送っている紅刃の国だが、他の国同様、5年前に魔獣の襲撃で一度滅びかけている。
残った国民の王国復興の意思も死にかけていたとき立ち上がり、支え、引っ張ってきたのがグレンなのだ。
今は独立国として認められ、争いがない国になっている。

その日もグレンは運動がてらいつものように訓練場へ向かおうと席を立った時だった。
部屋の外が騒がしいことに気づきドアを開けた。
するとそこには見知った少女と真っ白い雪のような男がいた。見たところ雪の少年を連れているせいでいつものように這いいらせてもらえなかったが押し切った、という感じだろう。
「騒がしいじゃねぇか、なあ、カンナ。」
グレンの声に振り向いた少女は国を復興した際、惜しみない支援をしてくれた雷風の国第一皇女カンナ・シフィナだった。独立国として復興し、極力他国の支援はしても支援されることは拒んできた紅刃の国だが、雷風の国に対しては厚い信頼があり、それはグレンのカンナに対する信頼からきているものなのだ。
「グレン!よかった、会えた。」
ほっとして駆け寄ってくるカンナをグレンは引き寄せて力強く抱きしめた。
「俺も会えてうれしいよ。会いたかった。」
その場が約10秒ほど凍り付いたがハッとして2人を引きはがしたのはシンとハヤテだった。
「くっそ野郎…。」
ハヤテがそう呟いたのを聞いてグレンは2人に今更気づいたように初めてハヤテたち一向を見た。
「ハヤテじゃねぇか。久しいな」
「今更気づいたみたいに言うんじゃねぇ!!毎度毎度、抱き着くな!!」
「それは無理な相談だ。俺だって好きな女に4年ぶりにあったんだぜ?キスくらいまでは見守ってるか退場してほしかったところだぜ。」
「ふっざけんな!」
怒りオーラ前回のハヤテをものともしないグレンはわざとらしいしぐさでカンナの肩を抱いた。
「それにしても、お前の世話焼きっぷりも板についたもんだ、親みたいだ。まったく、保護者の前でカンナに触る俺の身にもなれ、やりにくいったらありゃしねぇ。」
「触んな」
言い合いをしているとカンナが間に割って入った。
「その話は今はいいから!ハヤテ、まずは話をしなきゃいけないじゃない。」
「あぁ、放ってすまないな。話はその雪少年のことだろ?俺もちょうどお前に話が合ったところだ。いつもの会議室に先に行ってくれ、俺もすぐに行く。」
会議室につくといった通り、すぐにグレンはやってきた。
けれど顔つきは凛々しく少し緊迫感が含まれているように見えた。
キースの向かい側に座ったグレンはキースだけを見ていた。
「先ほどは大変失礼しました。キース・レスタリア公、私はこの紅刃の国国王のグレンと申します。この度は遥々この国までご足労頂き、誠にありがとうございます。」
いつもとは違う顔、警戒体制のグレンは誰をも決して国への侵入を許さない男になる。今、グレンはキースを危険人物として警戒しているのがわかるがここまでの警戒は付き合いの長いカンナも初めて見た。
笑っている目の奥は冷えきっていた。とても冷たい炎のようだった。
「こちらもいきなり、連絡もなく国に足を踏み入れてしまったこと、深くお詫びいたします。そしてそんな私たちに話をする場所を設けていただき大変うれしく思います。ありがとうございます。知っての通り、私はキース・レスタリア、氷雪の国第一皇子です。」
「貴公の噂はこの国にも届いています。なんでも、大国王を討とうとしている一味に対する勢力を集めていらっしゃる、と。」
「そんな噂が出回っているのですか、私もまだまだですね。しかし今回はそのことについてお話に参ったのです。あなたの協力が必要なのです。大方、私が来る前に大王様がこちらに使いを出しているものと思いますが、ご説明が必要でしょうか。」
「いえ、その必要には及びません。」
2人は淡々と話を続けていくが、はいともいいえとも言わないグレンを動かせず、平行線だった。
キースも引く気はなく、説得を続けるが明日、3日後の返事を出すということになり、キースとカンナは3日間紅刃の国に滞在することになった。

紅の皇子

その日の夜、カンナは一人部屋の窓辺の縁に腰掛けそのままもたれかかって月を眺めていた。
会議の最中キースの目を盗んでグレンが目線をよこしていたのが気になった。でも何かを伝えようとしている様子はなく何かを探っているようだった。
(私も疑われている…?)
でも何で?
そう考えこんでいるうちに眠ってしまっていたらしい、目を覚ましたカンナは背中にぬくもりを感じて振り向いた。するとそこには同じように縁に腰掛けカンナの背中に寄り掛かったまま寝息を立てているグレンがいた。
「……。」
背中に感じる熱は熱いくらいだった。昔からグレンは人並み以上に体温が高かった。
(にしては、熱すぎるような。)
カンナはそっと額に手を当てるとやはり少し熱があるようだった。
「グレン、起きてグレン。」
ふっと開いた瞳も少しうるんでいる、思ったよりもつらいのかもしれない。
「あぁ、悪い。勝手に入って。」
いつもとは違う、ゆったりとしたしゃべり方、もそもそと動いて身を離すが後ろの壁にすぐ身を任せた。
「歩ける?」
「ん。」
グレンが片腕を挙げてこちらに伸ばしてきたのでカンナはグレンの腕を首に回して支え起こした。そのままベッドに寝かせようとして座らせる。
するとグレンはカンナの首に回した腕をほどかずそのまま引き寄せてベッドに倒れこんだ。
「うわっ」
何の抵抗もできないうちに抱きすくめられてしまい身動きが取れなくなってしまった。
どうしようかと悩んでいると腕に力が入ったのが分かった。何も言わずカンナはグレンを見上げた。言葉を待った。
グレンはそんなカンナのことを見つめていた、いつになく真剣な顔で。
やがて眼を少し細めて口を一層固く結んだ。
「お前は、なんのために戦う。」
「家族のため、みんながいる場所を壊されないようにするため。」
グレンは難しい顔で天井を見上げる。
「わからない。」
ぐっとカンナを、さらに強く抱きしめる。
「嫌な予感がするんだよ。この戦争はきっと多くのものを壊していく、俺は怖くて、動けない。何かもやもやして重たいものが胸に詰まっている感じがする。」
カンナはゆっくりと話すグレンの言葉を黙って聞いていた。胸元に抱き寄せられたせいか耳をすませばとくとくと音が聞こえる。小さい子供のように。
「ねぇ」
自分でも届くかわからないような声だった。
「グレンは、昔のこと覚えている?私の国が滅んですぐのこと。」
「…覚えてるよ。」

 国の再建国にあたってカンナたちは住み着いてしまった魔獣たちの討伐に日々追われていた。戦えるものは多くなかったがカンナ、シン、ハヤテの三人の活躍が功をなしその日は最後の討伐任務だった。カンナは魔獣の罠にはまり深追いをしてしまった際に縄張りまで誘い込まれてしまった。
一人引き離されたカンナは気づかぬうちに森奥深くまで入ってしまって完全に逃げ場を失った状態で魔獣多数を相手にしていた。
森の地形をうまく使い身を隠しながら攻撃をしてくる魔獣に神経を注ぎながら捌くも体が言うことを聞かなくなっていき長時間の先頭に体が追い付かなくなってきていた。
(まずい…攻撃も全然急所に入ってないせいか敵の数が減らない。)
そしてかすめられた足に力が入らず膝をついてしまった。
(しまった。)
容赦なく魔獣はカンナに襲い掛かってきた。
カンナは魔獣の喉元に剣を突き刺した。かすめられただけだと思っていた右足はえぐれてしまっていた。
意識も朦朧、体はもはや使い物にならない。カンナはぐらつく体に鞭打つこともできずそのまま倒れてしまった。そのさなか、ぼんやりとした視界に黒い人影が飛び込んできたように見えた。
 最後の魔獣を切り裂き、槍を振って血を落とした。
振り返るとそこには大量の血を流して倒れる娘が変わらずそこにいた。
傷口に布を当ててきつく縛って応急処置をする。そのまま娘の持ち物を探ると二本ある剣うちの1つに見覚えがあった。
掘られた名前を見てすぐ元に戻し抱え上げた。
そのまますぐ近くの小屋に向かった。
 暖炉の牧のはじける音でカンナは目を覚ました。
ぼーっと見上げる天井は見たことがなかった。
ぱちぱちと暖炉の音と、ぐつぐつと何か煮込むような音、かすかにいい匂いがする。
意識がはっきりしてくるにつれて体中に痛みが広がって来た。
「いった…。」
左肩と右足が死ぬほど痛む、痛みで身をよじりさらに痛みが増した。
とっさに自分を落ち着かせて息を整える。暗黒の国で教わったのは剣術だけではない。
ブレッド皇子は自然の中で生きていく術も稽古の間教えてくれた。
カンナはまず自分の体を確認する。キチンと手当てがしてある。持ち物もすぐ近くに立てかけてある。
台所には一人の女性、腰まである赤髪は燃える炎そのもののように見えた。
(女性にしては背が高いな。)
なんてのんきに見つめていた。するとその視線に気づいたのかそのひとが振り向いた。
「起きたか。気分は。」
「あ、なたは」
その人はスープを片手にベッドに腰仕掛けた。
そして何も言わずにカンナの手を取り、手の甲を自らの額にあてた。
まるで大切なものを扱うかのように、強く離さぬようにと、大切に。そう感じずにはいられなかった。
その人の手の甲に伏せられた表情があまりにも苦しそうだったから。
「無事でよかった…、よかった。」
泣いている。強く閉じられた瞳に手を伸ばした、こぼれ落としてしまいたくなかった。
だが手を伸ばした先には何も感じなかった。
「どうか、したか。」
そのひとは少し驚いたようにカンナを見た。
「硝子みたいね…。」
じっと、透き通るような紅。飲み込まれるような紅。安らいだ紅。その瞳はカンナが見たどの色よりも悲しく感じた。
そこから零れ落ちるものも紅に染まっているかもしれないと思えてしまった。
「涙も、紅いのかな。」

 “涙も、紅いのかな。“
ぼぅっとうつろな表情でそうつぶやいた少女の言葉に俺はなんだかたまらなくなってしまった。一瞬で体がつぶれてしまいそうな、心臓を握られたように、心が嫌な音を立てた。
“寂しい”
たまらなく、寂しくなってしまった。
俺は少女の手を強く握った。うつろな表情のこの少女が、会ったばかりのこの少女に消えてほしくないと。突飛で馬鹿らしいと思いながらもしばらくそのまま手を離すことはできなかった。
そうしているうちに頭がさえたのだろうか、話し出したその声ははっきりとしていた。
「何かかなしいの?」
少女はうつむいたままの俺の顔を覗き込んできた。
「いや、悪かったな。」
きつく握っていた手をやっとの思いで離すことができた。
「自己紹介をしよう、俺はグレン、グレン・バーナーだ。森には狩りに来ていて、倒れているお前を見つけた。ここはそこより少し離れた猟師小屋だ。」
「私はカンナ、カンナ・シフィナ。助けてくれてありがとう。私は、えぇと、魔獣退治をしていて、そこで…。」
そこまで言うとカンナはばっと顔を上げた。
「今!今何時?!」
「お前が倒れてから三日だ。もう日が暮れるころだ。ここには時計がなくてな、俺も懐中時計があったんだが魔獣に壊されて使い物にならなくなった。」
「三日…。」
この世の終わりのような表情だった。
「何かあったか」
「帰らないといけないんです。待ってる人たちがいる、心配してる、きっと。」
ベッドから出ようとする少女をすぐに止めた。追い詰めないよう、落ち着かせるように肩に手を置いてまっすぐ目を合わせた。
「お前が行きたいのはどこだ。」
「かつての雷風の国があったところにキャンプがあるの、そこに戻りたい。お願い、行かせて。今は少しでも仲間と離れていたらダメなの。」
グレンはカンナを止めきることができず送り届けることになった。
キャンプ見えるところまで行くと木の幹にカンナを座らせた。
「俺は訳あって人前に姿を見られるわけにはいかない。」
グレンはカンナに旧式の銃のようなものを手渡した。
「この銃は旧式の光弾中だ。これを空に打つんだ。そうすればだれかが気付くはずだ。俺ははすぐ近くに隠れる、お前が帰れたのを確認できたら俺も帰る。いいな。」
「わかった。」
弱弱しく答えるカンナは安心させるように微笑んで見せた。グレンはフードを深くかぶり
カンナの頭をくしゃりとなでると茂みの中へ入っていった。
光弾銃のおかげでカンナはすぐに見つかりキャンプまで戻っていった。
そうしてグレンが歩を進めた瞬間闇の中から走り去っていく黒い少年とすれ違った。
汗だくで息を乱し、必死の形相でカンナのあげた光のほうへと向かっていった。
その瞬間に聞こえた声はすがるようで苦しかった、
「カンナ…!」
グレンは走り去っていくその少年をただ見つめていた。

契約

カンナは最低でも3日城にとどまる必要があった。
紅刃の国は森や下町は活気がありにぎやかで華やいでいたが城だけは違った。。

 その後び雷風の国の債権国に成功したカンナたちは須佐、すさまじい速さで成長を遂げていった。グレン率いる紅刃の国との貿易条約も結んだ。
グレン達はこの先何があろうと雷風の国を守っていくと誓った。
だが引き換えにある条件を出された。
「俺の国の情報を可能な限り隠しておいてもらいたい。」
聞けば紅刃の国は国として機能しているもその機能はかなり独特だった。大国王に認められていない、認知されていない国は国として外交も加護を授かることもできない。
紅刃の国は言葉通り自給自足で成り立っている国だった。
「俺の国は訳あって表ざたになると面倒なんだ。俺たちだけじゃ隠し通すのにも限界があるが、お前たち、いや、カンナの国であれば情報を漏らさず隠し通すことはできるだろう。」 その条件をカンナたちは飲んだ。以前魔獣に襲われたカンナのことを助けたことまで持ち出されては断る理由もなかった。

 それからというもの雷風の国は目が回るほど活気づいた。
カンナも外交管理官としての役割を得て息つく暇もなく動き回った。グレンの国との交渉は思った以上に神経質にならなくてはいけなかった。その存在を知られることがないよう進み、まとめて話を進めるため最低でも3日城にとどまることになる。
紅刃の国との関係は信じられないほど良好に成り立った。
グレンが全面的に受け入れる姿勢をとっていてくれるおかげで国民の人々の警戒も早々に溶けた。グレンに、いつもありがとうというと穏やかな表情で“大事な場所を守ってもらっているからな”と言って気に留めないそぶりを見せる。
グレンから見たカンナの印象もだいぶ変わっていた。
最初は無表情でよくわからない奴だと思っていた。だがそれはグレンが“外部の人間”だからだと知ることになった。
同盟を結び信頼関係を得て仲間となった今ではそのころのカンナはここにはいなかった。
よく笑い、知らないものにははしゃいで飛びついて、子供のようでいてはっきりとした女だった。
以前、そう伝えたことがあった。一瞬表情に雲がかかったがまっすぐ前を向いて、“なくした国も亡くした父も今ともにいる人たちも心は一緒にいる。”
そして“あなたのことも、あなたの大事な仲間と思いを、一緒に背負ってあげる。”
かつて思い出すことも忘れてしまった母を不意に思い出した。
あの母のように強い瞳だ。
“背負いきれなかったらどうする”
カンナはニッと笑って。
“抱きしめていてあげる!”
そういって腕一杯広げて楽しそうに笑っていた。
その時グレンもカンナを守り抜いていこうと密かに誓った。

 いつも通り、交易会議のため来国していたカンナが、話し合いのあと少し話があるというので庭まで出た。
「どうした。」
カンナはちらりと森のほうを見た。
「あの森に、なにか住んでいたりする?」
「森だからな、生き物はたくさんいる、何故だ。」
カンナが示した森はファシーが住む森だ。
「この城に泊まるとき、毎晩何かがバルコニーに来るの。昨日も、それで、その。」
ここでカンナは口籠った。カンナが何かを言いあぐねるのは珍しかった。初めてかもしれない。グレンはせかさずただ聞いていた。
「その何か、なんだけど、人の形をしているんだけど、大きな羽のようなものが生えていて、いつも飛んであの森の中へ帰っていくの。」
「姿を見たのか。」
事によっては対処をしなくては。自然と表情が消える。
「カーテンに影が映ったのを見ただけだから直接は見てないけど。」

 夕方、日が傾いてきた頃。
グレンは狩りに出ると言って城を出てひっそりと森に入っていった。
慎重に足跡などを残さないように足を進める。いつもはからかうために気配を消してドアを開けるが今はそんなことは構っていられない。わざと音を立ててドアを開けるといつもいるベッドはもぬけの殻だった。ふと風が迷い込んできた。風が来るほうへ視線を上に向けた。
フェシーは天窓の窓際で膝を抱えてうずくまっていた。
「ファシー」
ちらりと視線をこちらに向けた。だが動く気配はない。
「お前、森を出てカンナに会いに行っていたな。」
返事はない。
「何かあるのか、あいつに。」
「…あるよ、わざわざ森をでて会いに行ってるのは僕だけじゃない。」
すると部屋のあちこちに淡い光がともりだした、いくつか窓から入ってくる光もある。
やがて光はだんだんと形を変えていき小さな小人に羽が生えた姿になった。それぞれ姿かたちは全く異なっているがどれも基本的に人に近い形をしている。
髪が燃える炎のような者、両手が翼になっている者、大きさも決して同じではない。人と同じくらいの者もいる。決定的にわかるのはすべてこの森の妖精であるということ。
グレンも妖精を見るのは初めてではない。
集まった妖精たちはファシーを守るように取り囲み何も言わずにグレンのほうを向いている。かくいうグレンも小屋のドアをふさがれて捉えられる形になっている。
ファシーはその様子を気にも留めない。
(まずい、完全に警戒されている。)
グレンは迷わず背負っていた武器を外して床に転がした。
羽織っていたマントも脱ぎ捨てた。
「ファシー、話をしてくれ。俺はお前を責めに来たわけじゃない。」
その地賭けに答えたのは集まってきた妖精たちだった。
「オウサマはいまかんがえている。」
「おうさまはイマまよってる。」
「おうは、いまは哀しんでる。」
「ととさまは今とてもよろこんでる。」
「でもかなしさもある。」
「ごじぶんのきもちがわからない。」
「いじめないで。」
「責めないで。」
「やさしくして。」
それぞれ言っていることがばらばらだ。だが嘘ではないのだろう。
この妖精たちはファシーが安定になっているのに気づいて守ろうとしている。
一人、手足に苔の生えた小さな妖精が近づいてきた。顔にも苔があって左目が埋まってしまっているが幼い顔つきだ。生えている髪も大きいその瞳も苔のように深い緑色をしている。もとからこういう妖精なのだろう。
苔の妖精はグレンの目線まで下りてきた。
「王は今あなたの城に来ている娘を気にかけているのです。」
「カンナを…?」
「私たちもその娘に惹かれております。この土地に踏み入るだけでその存在に気付いてしまう。あの娘の持つ魔力がそうさせるのです。」
「確かにあいつは生まれつき特殊な質の魔力を持っているらしいが、それがなぜおまえたちを引き寄せる。」
「それを王は思い出そうと会いに行っているのです。」
「思い出す…?」
「はい、王でなくとも妖精である者たちにはわかるのです。あの娘の血筋が我々と縁深いものだということが。」
苔の妖精はファシーを見上げた。
「王はあの娘を求めるでしょう。」
グレンはまさかと顔をしかめた。
「まさか、カンナが大昔お前たち妖精と縁を結んだ一族の者だと言いたいのか。あの一族は長い歴史の中でとっくに滅びた。今更現れるのもおかしな話だろう。」
「そうでもないさ。」
ファシーが口を開いた。表情は先ほどよりも憂いていた。
「普通とは違う人間を人間は恐れて迫害し続けた。身を隠しながら生きていった。人間ならばそういうこともある。今の僕のように。」
なぜ、その一族の生き方とファシーが重ねられるのかわからなかった。
「わが王は、妖精の王と強い魔力を持った人間との間に生まれた御子なのです。」
にこりと苔の妖精が微笑んだ
「最初は私たちも王を恐れました。人間の血を引く王など今までいなかった。妖精の王とは森のすべての生命を見守り司る者、われらを守るもの。人間のように私たちの力を借りて魔法や王としての力を使うことなどありませんでしたが人の血を引くわが王はわれらを使う力を持っていた。皆恐れたのです。王が我らを守護するのではなく支配するのではないかと。」
その疑いは200年ほど晴れることはなく、王でありながらファシーは森の奥で孤立してしまっていた。だが王の加護なくして森は枯れていってしまう。先代の王が力尽き森が弱り枯れそうになってしまった。
「その時ファシー様が我らの力を求めて語りかけてくださったのです。」
小さな手をそっと胸元にあてて苔の妖精は頬を紅色に染めて明るく笑った。
「グレン様、私たち一族からのお願いです。カンナという娘を王に合わせてくださいませんか。」
ぎょっとした、妖精たちが人間に思いを寄せるなどそうあることではない。

 グレンは考え抜いた末カンナを森につれていくことにした。
森の前までグレンは何も言わずにつれてきた。不安そうにしているカンナになんども大丈夫だからと言い聞かせて。
森に入ってファシーの待つ湖日づいてきた頃、突風が吹いた。
そして苔に埋まってしまっていた鉱石たちは明るく光りだした、淡い光でカンナを迎え入れるように。
やがて道案内をするように道沿いの意志だけに光が集中した。
「この森の妖精たちだ。」
空中に漂っている無数の光の粒も妖精たちだろう。
 湖につくとまるで昼だと錯覚するほど明るく照らされていたその中心にファシーはいた。身長ほどある髪をなびかせて、憂いた表情でいた。

カンナは言葉にできない膨らむ感情を抑えていた。
ファシーを見たときひどく懐かしいと感じた。泣きそうになった。
ずっとずっと大切に思っていたものな気がしてやまなかった。どこかで会っていたのかもしれない。
ファシーはカンナのほうに手を差し伸べて少しだけ微笑んで見せた。
カンナはゆっくりと足を踏み出していった。水に沈むことなく湖面を歩いてファシーのもとにたどり着いた。
「初めまして、カンナ。」
ファシーはカンナの両手をとって少しかがんで目線を合わせた。
「僕と縁を結ぼう。姫」

 その瞬間目の前が一気に暗くなった。
そして唇に温かく柔らかい感触、急に近くなった新緑の緑の匂い。
何が起こったか認識するのに時間はかからなかった。離れようとしてファシーを押し返す手に力を込めたとき、触れたところから光の粒が浮き出してきた。
温かく光る光の粒は草木の芽のように二人を取り囲み、包み込んだ。
かすかに巻き起こる風が二人を揺らした。
ファシーはゆっくりと目を開いて女神のように微笑んだ。
「カンナ。」
つぶやくように声に出された自分の名前は自分の名前に聞こえなかった。こんなに奇麗に聞こえたのは初めてだった。
頭の中がふわふわしていてファシーから目をそらさずにいた。
「僕は君の一生を見届けよう、縁を結んだものとして、寄り添い、守り抜くことを誓う。」

 グレンはカンナとファシーの間に何か強い契約が結ばれたことをすぐに感知することができた。目の前で起こった現実はあまりに夢のようで信じられなかった。
空中に浮く光の粒は目にとらえることができるほど濃い魔力そのものだ。ファシーのものかと思ったが触れてみると妙な感覚と気配がした。
「その魔力はカンナと僕の魔力が混ざったものだよ、結んだときに混ざったんだろうね。」
気づけばファシーがすぐ隣まで来ていた。
すぐ後ろには何とも言えない表情をしたカンナがいた。
「結ばれたって…そもそもあなたは何なの?」
ファシーはくるりとカンナのほうに振り向き先ほどとは打って変わった明るい笑顔を向けた。
「僕はこの森を守り、管理する存在。その一族の生き残り。はるか昔、僕たちみたいに生物に近い妖精の一族がいた。僕らは精霊として生きていくには生物に近すぎてしまっている。それこそ初代の一族は数もいなかったから行き場がなかった。」
カンナの手を取り懐かしく慈しみが浮かぶ表情をしたファシーは親を亡くした少年のように見えた。
無意識にカンナはファシーの手を少し強く握った。
ふいに、ファシーの表情が誰かの面影と重なって見えた。
絵の前がちかちかする。今ではないいつかの記憶だ。何度も目の前がフラッシュをたいているかのように光が差す。急激に頭痛が押し寄せてくる。
「これは…だ、れ。」

「僕の先祖、初代の長は少女だった。純粋無垢、仲間が生きていく唯一の方法を見つけた存在。伝承で彼女は自分の住む森に迷い込んだ一人の女の子を助けた。その人間はボロボロの体で意識も朦朧、まさに息を引き取る間際だった。生まれてから外の人間と触れ合ったことのなかった初代様は興味本位でその人間を拾った。しかし初代様はその人間が弱っていることにも気が付かなった。森の妖精が人間を心配するのを見るまでは-----------

意識がもうろうとして目の前もろくに見えなくなってしまった。もはや体の痛みさえ感じられない。薄暗い夜の森に何か中にきらめきものを見つけて吸い込まれるように森に入っていったことまでは覚えている。
もういいか、そう思い目を閉じようとした時、頬に何かの感触があるのを感じた。
うっすら目を開け、ぼやけた視界で回りを見た。
「あ!目を開けた。ねぇ起きて。あなたは今どうなっているの?何をしたら私とお話をしてくれるようになるの?」
やっとはっきりした視界の目の前にいたのは月色の長い長い髪を宙にふわふわと浮かばせ、若葉色のくりんとした瞳、長いまつげ、今まで日の光を浴びてこなかったかのような白い肌。
今まで目にしたどんな人よりも奇麗な人だった。
その人は私と目が合うと表情を明るくしてくるりと回った。空中で、どう見ても地面に足がついていない。浮いている。
潰れた喉のせいで声は少しも出ないのに口が大きく開いてしまった。息を多く吸い込んでしまったせいで喉に痛みが走る。咳を抑えるため必死で口を抑えた。
それを見た彼女は宙に浮かびながら首をかしげてこちらを見ている。
「あなた…首が痛いの?話せないの?」
私は口を開けて喉を指さして見せた。
「わかったわ!喉ね!喉が痛いのね!どうして話せなくなるほどいじめてしまったの?」
とっさに言い出すことができなかった。自分がなぜこうなってしまっているのかいうのが嫌だった。黙り込んだ私に、彼女は追及してくることはなかった。
「あ、そうよね!話せないんだものね、ごめんなさい。」
なんともわざとらしい棒読みの話し方だろうと目を丸くした。出れど彼女なりの気遣いがうれしくてつい笑みがこぼれた。
「痛いままは嫌でしょう。こっちを向いていてね。」
彼女は私の頬に手を当てて少し上を向かせて、私にゆっくり口づけた。
触れたところから何か温かいものが流れ込んできているのがわかる。
彼女と自分の体がかすかに光っている。
そして驚いていて気が付かなかったが体中に傷が消え、痛みも感じない。息を吸い込んでも喉が痛くない。私は自分の体の傷を探したが、かすり傷一つさえ見つからなかった。

「これであなたとお話ができるわね!」
無邪気に笑う彼女には、大きくて薄い新緑色の透き通った翼が生えていた。
 体の傷が治った私は彼女に連れられて森の奥の大きな木の根元まで連れてこられた。
「この木は長い間生き続けている古い木よ、私の友達がたくさん眠っているの。根元のほうに大きく穴が開いているでしょう?そこなら過ごすには十分だと思うわ。後で私がいろいろ持ってきてあげる!」
私は無邪気に笑う彼女の手を離した。彼女はそんなことは気にも留めずに話し続けている。少ししてやっとだまりこんだ私に気づいたようで、顔を覗き込んできた。
「気に入らなかった?」
その表情にも曇った感情はなく、本当にそう思っているようだった。
「私、帰らないといけないから…。」
「なぜ?」
彼女は間髪入れずに問いかけてきた。
「その傷は周りの人につけられたものでしょう?あなたを治したときに少しだけ“視えた”の。そんな暗くて楽しくないところよりここのほうが広くて楽しいわ!私もあなたがいないと楽しくないわ!」
くるくると踊るように落ち着きのない様子で話す彼女のその言葉は、不思議と怪しく感じることはなく、しみ込んでくるようで信用できた。
気づけば私は彼女の手を取って森の奥へと足を運んでいた。

 「っていうのが今僕に伝わっている伝説。その少女が初代様と縁を結んだ初めての人間だそうだよ。僕らは人とつながることであいまいな存在を確かなものに固めることができる。限りなく妖精に近い、ほとんどそのものと言っていいだろうその力を、自分を介してパートナーに使ってもらうことができる。逆に僕たちはパートナーの魔力を身体に流すことで存在の安定化ができる。」
楽しそうに話すファシーに対し、グレンとカンナは魂が引っ込抜けていた。
 その夜はとりあえず城に戻ることにした。城についたカンナとグレンは泥のように眠るについてしまいファシーのことについて考える時間など少しもなかった。

 朝6時、あえて開けておいたカーテンで朝日を浴びて目を覚ます。布団の未練を断ち切るため勢いよく起き上がり毛布を剥いだ。
そのまま洗面台で顔を洗い、運ばれてきた朝食を冴え切らない意識のまま食べる。いつもの習慣である温かい紅茶も食後にゆっくり飲む。歯を磨いて寝癖を直す。服を着替えて自身の部屋を出た。そのまますぐ隣の部屋の前に立って3回ほどノックする。いつも通り返事はない。もう一度ノックをする。しかし返事は帰ってこない。
深いため息をついた。
部屋に入り、ベッドで毛布にうずくまっているのを見て、容赦なく毛布を引きはがした。
「なっ!!」
そこには主人であるカンナの姿一つかと思いきや見知らぬ少女だか青年だか見分けのつかない人物がカンナと向き合った状態で一緒に眠っていた。
「起きろーーーーー!!!!」
 いきなりの怒声に一気に目が覚めた。顔を上げるとそこには怒り心頭のハヤテが毛布を握りしめてこちらを睨めつけていた。
「え、え?!どうしたの?なに!」
ファシーも目を覚まし、起き上がった。
「おはよー。カンナ」
ファシーはハヤテには目もくれずにカンナに抱き着いた。
「お、おはよう。」ファシーはベッドの上に立ち上がって多きな伸びをした。そこでやっとハヤテのほうに目をやった。
ハヤテはカンナを抱き寄せてファシーと距離を取っていた。反対の手には雷魔法を発動させてわざと殺意が伝わるようにした。
「お前、ただでいられると思うなよ。」
ファシーは何も言わずにハヤテを見下ろして少し目を細めた。その瞳は確かに光を放っていた。後ろに下げられていたカンナにもわかるほどに。
「目が…光ってる…?」
「僕のパピーに、何、触ってるの?」
その瞬間、ハヤテは一瞬で気圧され力の差を感じて絶望した。
“敵わない”
その次の瞬間、ファシーの頬をかすめ、壁に一本の剣が鈍い音を立てて突き刺さった。
「や、やめて!!」
ファシーはキョトンとして壁に突き刺さった剣を見て、軽い足取りでカンナに駆け寄っていった。ハヤテはすかさず魔法を放つが軽々とかわして見せた。
「僕のカンナは見込んだとおりだ!とてもいい。」
宙に浮いたままカンナに抱き着いて、くるくると回る。
無邪気な笑顔は子供の用だ。先ほど放った信じられないほどの殺気が夢に思えてくるほどに。
「あぁ、おなかがすいた。御飯がもうできているんだろう?はやく行こう。」
そのまま押しやられるがままにみんなの前に出てしまった。
案の定、みんなには怪しげな眼を向けられる。視界の端でグレンがため息をついているのが見えた。

magic

magic

更新ペースが恐ろしいほどおっそいデスが作者は生きてプロットを書き続けています…誤字脱字の王様

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-08

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著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 集い
  2. 思い出
  3. 騎士と姫
  4. 騎士の本性
  5. 悪童
  6. 精霊の森と紅の皇子
  7. 紅の皇子
  8. 契約