スナイパー
「何を狙っているのですか」
「・・・・・・・・」
「ビルの上から狙撃ですか。物騒なことはやめたらどうです」
「・・・・・・・・」
ある高層ビルの屋上で男が長いライフルを構えていた。その男の後ろ5メートルくらいの距離の場所に初老の男が立つ。
初老の男は、ライフルを構える男に哀れむような笑みを向けている。ライフルの男は、初老の男などいないかのように無視をする。
「こんな平和な時代に人殺しなんて。ねえ。今なら警察も来ませんよ」
「・・・・・・・・」
「何か、耐えられないような事があり恨みを晴らそうとしているのですかな。それとも暴力団に脅されて」
「・・・・・黙れ」
ライフルの男は、スコープに視線を注いだまま口だけ動かした。殺気立った低い声が、ビルの屋上の澄んだ空気にちっていく。
「分かります。分かりますとも。あなたはプロの殺し屋なんかじゃない。そうでしょう」
「・・・・・・・・」
「分かるのですよ。いまじゃこんな爺ですがね。昔軍にいたんです」
「・・・・・・・・」
「第一、構え方が違う。ほら・・・・」
初老の男は、ライフルを構える男に近づくと腕に触れて、構え方を直そうとする。ライフルの男は一瞬ひるんだが、初老の男の手を払う。そして鋭い視線を老人に向けた。その視線は、狼や猛禽に近いような暖かさの一切ないものだった。
「なにをそんなに怒るんです。まあ、なんです。どうせ殺すならちゃんと当てなきゃ。外して警察に捕まってもつまらんでしょう」
「・・・・・・・は?」
初老の男は、ライフルの男の刺し通す様な視線に全く動じず愛想よく喋る。まるで、近所の将棋仲間と世間話でもするように。
「いいんです。何だか、あなたを見ていて気が変わってしまってねえ。どうしても殺さにゃならんのでしょう。お手伝いしますよ」
「消えろ。お前には関係ない」
「このまま帰ってもいいですが、恐らくあなただけじゃ外してしまいますよ。風の強さなども思慮に入れてますか。構え方も駄目です。それじゃ反動をもろに食らう」
「何なんだお前は・・・・」
「さっきも言いましたが、軍にいたんです。やはり狙撃手でしてね。自慢していいことか分かりませんが、腕には自信があったんです」
「ふん。大戦はもう30年近くも前だ。お前の腕も鈍っているだろう」
「いえいえ。これが大戦が終わった後も狙撃の味を忘れることが出来なくてですね。たまに市営の射撃場に言ってるんです。年の割りにはいい腕だと自負しております」
「黙れ。爺さん。暇なんだろうが、こういうことに首をつっこむとどうなるか分かるだろう。命まではとらないつもりだったが、それ以上口を閉じないのなら保障しないぜ」
「ふふふふ。申し訳ありませんが、危険なのはあなたなんです。できれば逃がしてあげたかったんだがな。時間なのでな」
「は。何を・・・・」
スナイパーを抱えた男の頭が破裂した。丁度鼻から上あたりが吹き飛び、スイカを棒で叩き割ったかのように頭の中身や血液が四散する。
初老の男は、すばやく身を低くすると手にもっていた細長いバッグを抱きかかえて、備え付けの貯水タンクの裏にさっと隠れた。初老の男は一息つき、腕時計に視線を落とす。にやりと笑うと細長いバッグを開けて、二つに分解されている狙撃用の大型ライフルを取り出す。
「やつめ。相変わらずいい腕してやがる。しかし、たまたまいた若造には悪かったな。まあこんなこともあるわな。さて・・・」
スナイパー
「最近、屋上で次々に死体が見つかっている。知っているね」
「はっ。警部殿。存じております」
「こう物騒なのでは適わん。捜査していても一向に埒があかん。そこでひとつ強行に出ることになった」
「強行ですか?」
「ああ。死体はどれも狙撃されて死んでいる。屋上で死んでいるのだから、屋上にいるやつに撃たれた可能性が高い」
「なるほど。それで・・・・」
「君には屋上で狙撃犯を撃ち殺してほしいんだ。大丈夫、もちろんこれは許可された作戦だ。貸し出す銃も高性能だから心配いらんよ」
「は、はあ」
「緊張するのは分かる。葛藤もあるだろう。しかし成功の暁には、それなりの見返りも用意するつもりだよ」
「本当ですか。任せてください。お引き受けします」
「おお。そういってくれると信じていたよ。そういえば死体は全員もと軍属なんだよなあ・・・・」