Girl`s knife
セミの鳴き声がうるさい。
彼らは何を思ってそんなに鳴くのだろう。七日しかない命への慟哭か、今を全力で生きることへの歓喜か。まるで周りの音をかき消さんとするかのように、ずーっとずーっと、鳴いている。
耳をふさいでも消えない、ノイズみたいな音の洪水。
そのノイズを切り裂くように、カーン、と金属音が響いた。きっと野球部のバットが球をとらえた音だ。近くの芝生にはテニス部の練習姿。日蔭の渡り廊下から見るその光景は眩しくて、全然違う世界みたいだ。
ちらりと、隣にいる希を盗み見る。希は舌先でアイスをつつきながら、気だるげな様子で遠くを見つめていた。
今は委員会活動の休憩時間。普段はそんなに活動しないこの委員会だけど、文化祭前ともなると、休日も活動しないと作業が間に合わないらしかった。
「ねえ」
希が口を開いた。
「何」
「飽きた」
「は?」
「委員会の仕事、地味すぎ。もうやりたくない」
「仕方ないでしょ。これ終わんないと生徒会に怒られるんだもん」
「怜ちゃんまっじめー」
「まっじめーって、あんたねえ」
はあ、とため息をついて見せる。希はどこ吹く風といった様子で再びアイスをかじりだす。私もそれ以上は何も言わなかった。
こんなこと言うような子だけど、任された仕事は最後までこなす性格なのだ。
怜ちゃんさあ、と再び希が口を開く。
「いつも私と一緒にいて楽しいわけ?」
「なによ突然。楽しくなかったら一緒になんていないわよ」
「私思うんだけどさあ、怜ちゃん付き合い良いし、性格も良いし、もっといろんな人と仲良くできると思うんだよねえ」
「冗談。あたしがめんどくさがりなの知ってんでしょ」
「でも結局付き合ってくれたりするんでしょ。怜ちゃん結構人気者なんだから」
「はあ?」
「知らないの? 男子にモッテモテなんだよ怜ちゃん。高嶺の花らしいよー」
「そんなのデマよ。あんた男子に聞いて回ったわけ?」
「ヒューヒュー」
「こら、冷やかすなそしてごまかすな」
なんだろう、この違和感は。希の様子が変だ。いや、変なのはいつものことなんだけど、何というか、今日は特に絡んでくるというか。
セミの鳴き声がうるさい。
不意に、強い風が吹き抜けた。希の黒髪がぶわりと舞い上がる。
「怜ちゃん」
ざあっと一際、セミの鳴き声が大きくなった気がした。
「好きな人とかいないの?」
ああ、と納得がいった。なるほどね。これが聞きたかったのね。
「どうして?」
笑いをこらえながら、問う。希はどうってことない様子で、
「別にー。聞いてみただけ」
そう言った。
自分が危うくなるとすぐに会話を切り上げる。常套手段だ。
……卑怯者め。
そう心の中でつぶやく。聞こえてるはずないのに、希はちらりと私の方に視線を向けた。
まあ、私も言えた立場ではないけれど。
だって、私たちはお互いに気付いている。
私たちには、好きな人がいることを。そしてそれは恐らく、同じ人だ。
私と希は似ている。プライドが高いのだ。誰かに本気になっている自分を知られたくない。私たちは自分をさらけ出すのがどうしようもなく怖くて、自分を守ることに手段を択ばない。
ほしいものだって、できる限り傷つかずに手に入れたいのだ。でも、これは誰だってそうじゃないかしら。地位や名誉や財産や誇り……それらを失わずして手に入れる方法を、人間はいつだって血眼になって探しているじゃない。私や希の場合は、自分の本音を守りながら手に入れたい。それだけのこと。
女子高生は特に、そういう方法を幾万通りも知っている。
彼女たちはいつだって殺気立っている。小さいけれど、殺傷能力に長けたナイフを、プリーツスカートの裾に、胸ポケットの中に、襟元の内側に隠し持っているの。誰もいない教室で、すれ違う廊下で、放課後の下駄箱で、言葉とともに刺し殺そうとする。そうして自分が汚れないようにしながらほしいものを手に入れるのだ。
それは恋人だったり、友情だったり、信頼だったりさまざま。女の子はいつだって貪欲なのだ。
私たちは仲が良い。いわゆる親友というものなのかもしれない。学校に来れば昨晩見たテレビの話で盛り上がるし、授業後には先生への不満も言い合う。休日には二人で遊びや買い物に出かけるし、お泊りだってする。
けれど、ほしいものの前ではそんなのは関係ない。
好きな人とかいないの?
これは、希からの先制攻撃だ。自分も好きなくせに、その本音を守りながら私の本音を探ろうとしている。
そして、それは私も同じ。
「好きな人がいるって、どんな気持ちなんだろうねえ」
挑発。私は絶対に本当のことを言ったりはしないという、遠回しな釘さし。多分希には伝わったはずだ。
私はみんなに思われているほど良い性格じゃない。むしろ最悪だ。誰にでも好かれるような性格を作って、女の子たちの戦争を高みの見物できるようにしているの。泥で汚れるのは好きじゃないから。で、ほしいものはちゃっかり手に入れてしまう。そういう位置にいたいだけ。
そう、私は誰よりも貪欲で、誰よりもプライドが高い。
いつの間にか、セミの鳴き声が弱くなっている。これから雨が降るのかもしれない。
「気になるねえ」
あえて「希こそ、好きな人いるの」なんて聞かない。仕掛けてきたのはあっちで、私は今回は受け流すだけ。
ああ、わかっているよ希。あなたはせっかちだから、早く私の本音を引きずり出したいんでしょう? そうして私を恋する女の子に仕立て上げて、協力するふりしてチャンスを窺いたいんでしょう? でもそれはだめ。そんなおいしいポジション、渡すわけにはいかない。
ポツ、とコンクリートの柱に黒いシミができた。それは徐々に数を増してきて、見上げれば暗雲が立ち込めていた。
スポーツ部が慌てて道具を片付け始める。その間にも雨は激しさを増し、空気が湿っぽい匂いを帯びだした。
「そろそろ戻ろうか」
希にそう声をかけ、歩き出す。これ以上会話を続けたら危険だ。遊んでばかりじゃ、本当に刺されかねないもの。
その時、
「私もさあ」
言葉を、投げかけられる。それは刃物のように鋭い響きで、私の頬を掠めていった。
「気になるわ。その、好きな人がいるっていう気持ち。怜ちゃん、もし分かったら教えてよ」
私たち、親友じゃん?
思わず振り向く。希は、笑っていた。いつもと変わらない、いたずらっ子のような笑みだった。
それはきっと宣戦布告。
私はあきらめない、覚悟なさい。
そのとき、私は確かに、希の中にぎらぎらと光るナイフを見つけたのだった。
ふふふ、と思わず笑む。
そうね、こんなの、あなたのプライドが許すはずないものね。いいわ、受けてあげる。
言っておくけれど、私はあなたが思うより、ずっと酷い性格なんだからね。
そんな思いを込めて、わたしも言葉をふりかぶるのだった。
「そうね、その時は教えてあげるわ」
Girl`s knife
お久しぶりです。
すっかり寒くなりましたね。私の住んでるとこは風も強くて、電車待ちのときは寒くて涙が出そうです……。
今回の作品は10月の文化祭に出した短編です。
もともと女子高生を題材にするのが好きなので、とても楽しく書かせていただきました。
ここに載せよう載せようと思ってたらいつの間にか12月になってた……。
季節全然違いますけど、楽しんでいただけたら嬉しいです。