ゲームボーイ

あき

 昔、俺が小学校の頃、ファミコンブームってのがあった。家庭でテレビゲームが爆発的に流行り、友達はみんなゲーム機を持っていた。友達の家に行く度に聞かれたもんだ『とおる君の家はファミコンないの?』って。 悲しいかな我が家は貧乏だった。親父は弱小町工場で働き、母親はスーパーのパート、共働きでやっと生活できるほどの稼ぎしかなかった。
 そんなうちにもクリスマスには、ささやかだがケーキを食べることができた。そして、翌朝大きな包装をされたクリスマスプレゼントが置いてあった。急いで包装紙をビリビリと破いて、箱を開けたら思わず「あっ」と声が出てしまった。
 そこには手のひらサイズの四角いモノクロ携帯ゲーム機があった。ゲームボーイだ。欲しかったのはみんなが持っていた紅白のファミコンだったが・・・・・・。
 間髪入れず、母親が部屋に入ってきて、笑顔で尋ねてきた。
「よかったね、サンタさんからのクリスマスプレゼントだね」
 その言葉に俺はすべて察した。うちの家は貧乏だ、ファミコンとゲームソフトを一緒に買うお金はなかったんだろう。それでも両親が身を削って稼いで買ってきてくれたこのゲーム機は最高のプレゼントだった。
 俺は満面の笑みで。
「うん、サンタさんありがとう!」
 と答えた。母親は照れて笑っていた。俺はゲームボーイを持って、すぐさま親父に会いに行くと、ちょうど出勤するところで玄関で革靴を履いていた。
「お父さん、ゲームボーイだよ! サンタさんからもらったんだ!」
 俺ははしゃいで父親にゲーム機を嬉しそうに見せつけた。いつも厳しい親父がその時だけは少し戸惑いながらも、ぎこちない笑みを浮かべていたことは今でも鮮明に覚えている。
 そして、俺の頭をごつごつの手のひらで撫でながら言った。
「行ってくる」
 短くそう言うと、親父はいつもと同じように早めに出勤していった。
 それから俺はゲームボーイでひたすら遊んだ。残念ながらクリスマスプレゼントにはゲームソフトがついてなかったので、一生懸命家の手伝いをして、少しずつお金を貯めた。スーパーマリオ、星のカービィーなど色々とゲームをやり尽くした。時々、クラスの奴がファミコンがない俺の事をバカにすることもあったが、悔しくなんかなかった。俺には両親からもらった大切なゲーム機があったから。

 そして、時が経ち、中学に上がる頃にはバレー部に入り、ゲーム機も世代が変わっていたが、あまり興味を持たなくなった。ゲームよりも部活に熱中し始め、両親とも距離が開いていた。
 第一希望の高校には父親の安月給では足りず、俺は泣く泣く学費の安い公立の高校に行った。その時、親父の事を蔑み激しくぶつかった。
「こんな貧乏な家に生まれなきゃよかったよ!」
 その時、はじめて親父から殴られた。
 痛かった、頬がパンパンに腫れた。でも、それよりも親父の顔を見たときに胸が切り刻まれた。殴った親父の方がもっと痛そうに顔を歪め、固く拳を握り、小刻みに震えていた。
 自室に逃げるように行き、俺はワンワンと泣いた。泣き疲れて寝てしまった。
 深夜、喉が乾いて目を覚ますと、台所の食卓で親父が突っ伏して寝ていた。珍しく酒を飲んだんだろう、顔を赤らめて酒臭かった。そして、その親父の身体には優しくタオルケットがかかっていた。俺は何か大切なものを踏みにじったようで急いで自室に逃げ帰った。
 高校生になった。
 両親との会話はほとんどなかった。でも母親は毎朝、弁当を作ってくれた。それは3年間ずっと続いた。
 バイトをして、改めて金を稼ぐことの難しさを知った。
 卒業後、俺は就職して家を出た。
 家を出る当日、親父はいつも通り早めに出勤して姿はなかった。俺は少しだけ安心していたのが情けなかったのを覚えている。母親から健康第一だからと言って御守りと、厚みのある真っ白い封筒をもらった。封筒には1万円札が10枚入っていた。俺はすぐ封筒をつき返したが、母親から「お父さんが渡せってきかないのよ」と微笑まれ、決して受け取ろうとはしなかった。
 そこからがむしゃらに俺は働いた。
 はじめ一人暮らしはガランとして、家に帰っても真っ暗で寂しさを感じた。でも毎月、親への仕送りは欠かさなかった。
 1年経ち、3年、5年が経つ頃には仕事にも慣れ、俺は仕事の楽しさを味わい、実家に帰ることも減った。両親からの連絡はなかった。
 二十七歳の時、母が死んだ。
 仕事中に携帯が鳴り、実家の近くにいた叔母からだった。
「透君、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが・・・・・・!」
 事故だった。
 パートの仕事帰りの交差点でトラックと衝突事故だった。運転手は居眠り運転で信号無視、即死だった。
 病院に駆けつけた俺に父親は無言であった。近くには金髪の青年が泣きながら謝っていた。加害者だった。俺はその青年を見て、頭に血が上るのを感じて、青年の両肩を掴み、壁に押しつけた。
「お前のせいで、母さんは!」
「すみません、すみません・・・・・・」
 振り上げた拳は、父によって制された。
「やめろ、殴っても母さんは帰ってこない」
 久しぶりに聞いた親父の声だったが、俺の怒りは収まらない。
「悔しくないのかよ!」
 ありったけに叫んだ言葉に親父が珍しく言葉を荒げた。
「悔しいさ! 悔しいに決まっているだろ!」
 その瞳が赤く腫れていた。
「だが、彼にだって家族がいる。・・・・・・彼には償いの道が待っている。私達にできることはない」
 俺は拳を振り落とすことはできなかった。
 そして、俺は母さんに会うことはできなかった。
 親父が会うことを許してくれなかった。

 葬式後、莫大な慰謝料が残った。皮肉だった。あんなに欲しかった金がこんなにあるのに、ちっとも幸せじゃなかった。
 その後、俺は会社に戻り、実家にはいよいよ近づかなくなった。
 
 29歳の時、友人の紹介で知り合った結衣と結婚した。父に招待状を出したが、欠席で届いた。結婚後、俺は更に働き、係長に昇進した。異例の出世と言われたが、家族に貧乏な目を遭わせたくない一心だった。
 31歳の時、子どもができた。嬉しかった。男の子だった。俺に似ているところは少ないが、それでも泣きたくなるほど嬉しかった。
 34歳の時、叔母から電話があった。実家の親父が万引きで捕まったとのことだった。会社を早退し、警察に行くと、変わり果てた親父の姿があった。髭は伸び放題、風呂に入ってないのか匂いもきつかった。何より瞳がドロリと濁り、俺を見ても反応がなく、あらぬ方へ視線をさまよわせている。
 警察には叔母の姿があり、事情を確認すると、母が死んでから親父は無気力となり、生活能力が落ち、認知能力に支障をきたした。現在はホームヘルパーが日に何度か入っているとのことだった。変わり果てた姿に言葉をなくしていた。どうしてもっと早く教えてくれなかったのかと、尋ねると叔母は言いにくそうに、親父が「透には会いたくない」と言って拒んでいたそうだ。
 その後、親父のケアマネジャーと話し合い、施設入所をさせることが決まった。その日からショートステイを利用していくとの話であったが、俺にはよく分からない名前で、ただ頭を下げていた。
 結衣からは親父を引き取らないのか、とも話をあったが、親父の能力と親父自身が俺とは会いたくないと言った以上、引き取らない方がいいと話をした。結衣は少し何か言いたそうだったが、俺が強引に話を終わらせた。本当は親父のことを結衣も考えたいの知っていた。でも、俺は恥部を隠すように親父の話をすることは避けた。

 そして、12月、今年もクリスマスがやって来る。街はお構いなしに煌びやかで俺は目を細めた。仕事を早々に切り上げ、息子のプレゼントを買いに来たのだが、どこにも息子の目当てのプレゼントが見つからず困り果てていた。閉店直前に滑り込んだおもちゃ屋でようやく見つけた時に安堵のため息をついた。これで息子の喜ぶ顔が見れる。
 その時、ポケットに入っていた携帯が震えた。液晶には、親父が入っている施設の名前が映っていた。急いで出ると、親父が施設からいなくなったとのことだった。
 俺は車に乗り込み実家に向かった。
 実家は真っ暗であった。電気は通っていないので、携帯のライトで親父がいないか探した。だが、親父にはどこもいなかった。別の場所を探そうと、家を出ようとした時に聞き覚えのある電子音がした。
 その音は確かゲームボーイの起動音だ。親父の机の引き出しから聞こえた。引き出しを開けると、使い古されたゲームボーイと近くに分厚い手帳が見つかる。
「なつかしいな」
 ゲームボーイの赤いパワーのランプは見つかって安心したのかすぐ消える。不思議な事に背面のカバーを開けると電池は入ってなかった。俺は不思議に思いながら手帳を手に取ると、手帳からA4の紙が落ちた。それは見覚えのあるものだった。近くのコンビニでコピーした紙には以前、俺が送った結婚式の招待状のコピーだった。
 手帳を開くと、達筆な字である記録が記されていた。
『4月25日、透より金壱萬円の振り込みあり』
『5月25日、透より金壱萬円の振り込みあり』
『6月25日、透より金壱萬円の振り込みあり』
 これは、俺の仕送りの記録か・・・・・・。それは、母親が亡くなるまで毎月続いていた。
『10月21日、妻加代がトラック事故に巻き込まれ死亡。久々に透に会うが話すこと出来ず。ただ加代の姿だけは透には見せられない。加代もそれは望まないだろう。これから私は一人で生きていく。それが怖くて堪らない。家がここまで広かった事に恐怖を覚える』
 その後、手帳は書き殴ってはグルグルと黒くかき消され、読める字はほとんどなかった。ただ『怖い』や『寂しい』という文字は確認できた。しかし、あるページは今まで見たことない綺麗な字で書いてあった。
 その文章を読み終わって、俺は手帳とゲーム機を持って駆け出す。暗がりなので足がもつれて壁に頭をぶつけた。痛い、でもそんなの知るもんか。玄関で革靴に足を突っ込む。俺は重苦しい玄関を開け放つ。
『5月1日、透より結婚式の招待状が届く。来月の6月10日に結婚式が執り行われるとあり。もう充分だ。加代が他界し、孤独に狂いそうになりながら生きてきた意味が今日あった。息子が新しく家族を作る。これほど嬉しいことはない。加代が生きていれば出席も考えたが、きっと私の顔を見れば優しいあいつのことだから加代のことを思い出す。更に私を引き取ると言い出すかもしれない。それは避けなければならない。透の高校進学の時にあいつの荷物になることだけは避けなければならないと誓ったのだから」
 それでも捨てられなかった大事な招待状。
 俺は走った。足が千切れるまで知っているところを探した。一緒にキャッチボールした公園、セミを取ってくれた山林、水切りを教えてくれた河原。大切な思い出がいくつもあった。俺はそれを蓋をして見ないようにしてきた。大切な家族の思い出だったのに。
『6月10日、本日は晴天なり。透、結婚おめでとう』
 情けない。自分がどれほど幸福なのか、今知ったなんて・・・・・・。でも、これで終わりになんてさせない。俺は泥だらけになったスーツにも気にも留めないで走る。
 古びたおもちゃ屋に電気が灯り、店員が困り果てた様子で老人に説明をしていた。
「ですから、うちにはもうそんなゲーム機置いていないんですよ」
 老人がすがるように頭を下げる。
「頼みます、息子がそのゲーム機がどうしても欲しいって言っているんです。友達は持っているのを引け目を感じているんです。親として、そんな思いをして欲しくないんです」
「ですから、うちにはそんな昔のゲーム機は・・・・・・」
 そのやり取りの間に入る。
「すみません、父が面倒をかけまして」
「あんたのお父さんか? 頼むよ。こんな夜遅くにファミコンが欲しいって泣き疲れて困っていたんだ」
「すみません、父には言って聞かせます」
「頼んだよ」
 店員が去り、俺は親父に向き直る。親父は俺を見ても、俺だと認識がないのか懇願してくる。
「あなたでもいい、悪いが、息子にファミコンを買ってやりたいんだが見つからなくてーー」
 俺は微笑んで、親父に古びたゲームボーイを見せた。
「これを探しているんだろ」
 親父はそれを見て、目を見開く。
「おお、それだ! 悪いが、譲ってくれないか」
「もちろん」
 ゲーム機を手渡すと大切そうに懐に抱く。目当ての物が見つかった安心なのか、先ほどの必死さはなくなっていた。
「ありがとう、あなたのお名前はなんと言うんですか?」
「透」
「息子と一緒の名前ですね」
 嬉しそうに微笑む親父に俺はこそばゆい気持ちになる。
「息子さんが大切なんだな、じいさん」
「ああ、大切さ」
「俺と同じだな」
 その言葉に親父は驚く。
「あなたにも息子さんがいるんですか?」
「ああ、大切な家族だよ」
「一緒ですね」
 親父と俺は何十年ぶりに笑いあっている。不思議なものだ。
「夜も深い、送っていくよ。じいさん」
 親父の手を取る。よっこらしょと立ち上がると、親父は笑った。
「なんだかはじめてお会いした気がしませんね」
「俺もだよ。帰り道、よかったら色々と話をしようぜ」
 俺と親父は帰り道の間、家族のことをたくさん話した。もっと早くするべきだった。親父が改めて家族を大事に思っていたことを知った。
 俺はその話を聞きながら、一つの決心をする。

 古びたリビングに大きな液晶のテレビがある。周りには結衣、息子の隆史、そして親父がソファに座っている。
 親父を見つけた俺はその後、施設に親父を送り届け、家に戻り、結衣に相談した。親父と実家で過ごす作る時間を作りたいとの申し出に、結衣は反対しなかった。むしろ「ずっと会いたかった」と話してくれた。
 介護は予想以上に大変で、やっと最近土日だけ実家で過ごすように始めたのだが、介護の負担は大きい。それでも家族で支えていくと決めたことだ。今はこの気持ちを大切にしていこう。
「さて、では今から恒例のゲーム大会をはじめよう」
 各々コントローラーを持っている。ちなみに今までの戦績は親父がぶっちぎりで最下位だ。親父は負けて悔しがることはなく、嬉しそうに微笑んでいる。ゲームを楽しむというよりも同じ時間を共有していることが嬉しそうだ。親父の顔を見て、結衣の顔を見る。結衣も嬉しそうに微笑んだ。
「ねえパパ、はやくはじめようよ」
 隆史がせかしてくるのを俺は頷く。
「よーし、じゃあゲームスタート!」
 俺はゲーム機のパワースイッチを押すと、あの時と変わらないテロップが画面に現れた。

ゲームボーイ

ゲームボーイ

ある男の子が大人になるまでの、父と息子の短編。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-06

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