キノコ狩り(3)
三 キノコバーベキュー
「さあ、朝の出荷だ」店主と店員は、檻の四方から囲むと、俺の体から次々とキノコをもいでいった。俺は、元のやせっぽちの体になった。腹が減った。とてつもなく腹が減った。
「ほら、ごちそうだ」店員の一人が、シャワーの栓を緩めた。天井から水がしたたり落ちてくる。ちょうどその時、東の窓から朝陽が差し込み、檻に虹がかかった。俺は、目に絶景を堪能しながら、朝シャンと水の朝ご飯を得ることができた。これこそ、一滴で、三度美味しい体験だ。
俺の体は、キノコをもがれて、肌も露わな状態であったが、水がかかると、すぐに、頭からも、脇からも、乳首からも、あそこからも、キノコが生えてきた。キノコが服となった。俺は、そのまま、床に座り込んで、うとうととし始めた。
「ほら、起きろ。仕事だ」次に目が覚めたのは、時計の針が十一時半を指していた。今から、キノコ定食を食べに、お客さんが来るんだ。しっかりと働いてもらわないとな」
店主が上から目線で、俺に指示を出した。俺はのそのそと立ち上がる。
「きゃあー、すごい。けど、気持ち悪い」俺の前には、二十代の女たちが立っていた。店主は、「人間キノコです。どうぞ、新鮮なキノコをご自身で選んで、バーべキューで、召し上がってください」
女たちは、おそるおそる、俺の体からキノコをもぎ取ると、近くの網の上に乗せ、俺の一部を焼き始めた。
「キャー、気持ち悪いけど、新鮮で美味しい」一体、どっちだ。俺は、苦虫をかみつぶしながらも、誉められると嬉しかった。一体、どっちだ。どっちでもよい。その日は、何十人もの客が、俺の体からキノコを採取した。いくら俺の体からキノコが取り放題といっても、こんなにお客が来れば、生産が間に会わない。俺の体は元のストリップ状態に近づいた。
その日は、夜の営業は取り止め、夕方に店舗が閉められた。キノコの在庫が不足したからだ。店主と従業員たちが、店の隅っこで、俺に聞えないように、何か密談している。話が終わると、俺に、「仲間を見つけて来てやるからな」と言い残し、全員が店から消えた。
俺は、夜も仕事をしなくていいから、ほっとした。だが、俺の仕事といっても、ただ単に立っているだけで、キノコは、俺の生理現象のように、次々と生えてくるので、何の苦労もなかった。
しばらくすると、店主たちが戻って来た。公園を散歩していた、おばさんやおじいさん、中には、小さな子どもをいた。それぞれの人々を容赦なく、檻の中に入れると、シャワーで、水を掛けた。拉致された人々は、あきらめたのか、檻の中でうずくまっていた。互いに目線を交わそうとしない。もちろん、俺の顔中にも、キノコが生えていたので。俺の目玉は、外から見えない。
翌日になると、朝の早い時間から行列が出来た。目の前で、新鮮なキノコが狩れて、バーベキューで食べられるという口コミが伝わり、キノコが沸くように人がわんさか集まって来たのだ。
店主や従業員たちはにんまりとしていた。この日に備えて、昨日、人間狩りをしておいて、よかったという安堵感からだ。何事も先手必勝だ。誰だって、自分が思うとおりになれば、嬉しいことはない。
今日から、俺たち、そう複数形になった、キノコ人間たちは、朝からシャワーを浴び、客のために、キノコを生え続けた。俺は、こんな仕事も悪くはないなと思い始めた。客からは、美味しい、新鮮だ、と誉められ、仕事と言ってもただ立っているだけで、一日何回も、食事とシャワーが兼用の水も与えられるからだ。
客からは、キノコ人間によって、採れたキノコのやわらかさ、堅さ、甘味や苦みなど、少しずつ味が違うと言われた。その中で、一番人気が俺、俺のキノコだった。
店の中央には、人気ランキング表が張り出され、俺の名前の棒グラフが、他の奴に比べて、断然と高かった。人は、当然のごとく、人気ランキングの上位を選ぶ。だから、より一層、人気ランキングが上位となる。人気が人気を呼ぶことになる。
その頃には、この店も、昔の、小さな店から、ビアガーデン並みの巨大な店舗に増築していた。他の場所にも支店を作ろうか、それよりも、チェーン店化して、ノウハウだけを売った方が儲けになるかと、店主たちが激論を交わしていた。
今や、店主は、社長となり、当初の、俺を拉致した社員は、それぞれ、副社長や専務になっていた。社長は、画期的なビジネスの成功者として、テレビや新聞、雑誌などマスコミの取材を受け、一躍、注目を浴びることになった。 ただし、俺と同じようなキノコ人間たちは、俺を含め六人だけであった。
キノコ狩り(3)