名前も知らぬ君へ。
何も知らぬ世界へ
物心ついた頃からであった。
この体は痛く、なりよりも害に弱かったのだ
その為私は外に出ることなど出来ずにいた。
ずっと寝具で寝たきりの生活。外の世界なんて部屋にある窓に映る物しかなく、私の世界は小さな部屋が全てだった。外に出たいと言えど、誰が母や父から涙ながらの謝罪とお願いを背ける物がいるのだろうか、私は勿論背くことなど出来ずに相変わらずこの狭い部屋の中で生きているのだ。
昔、今よりもずっと元気だった頃始めて作った友人に言われたことは人形のようだ、ということだった。その子は純粋で優しい子だったので悪気は無かったのだろうが、当時の私には別の意味にしか考えられなかったのである。
「はだがしろいね」外に出られないから「髪も凄く長くてきれい」髪を切ろうにも体調があわなくて切れないから「学校行かなくていいからいいよね」私は行きたかった。
その子が言っていることは私がどんなに願ってもどんなに喉から手が出るほど欲しくたって手には入らないもの。それを当然のように持っている彼女、それを当然のように持っていない私。分かり合えるはずが無かった。彼女はすぐに仲のいい友人を見つけると私を捨て、その新しい友人の方へと自然と向かって行った。
そんな事があったせいか、私は酷く冷めていた。友人にしても恋人にしても私には手に入らない物と思っていたのだ。
それをしたのは偶然であった。
最近読んだ本にそんな描写があったから?
体の調子が良くて機嫌が良かったから?
本当は寂しかったから?
今となってはそんな事はわからない。
けれど、あの日窓の外へ投げた紙飛行機が私の日常を変えたことは確かだったのだ。
そして、その紙飛行機が彼と出会う切っ掛けとなる。
僕の知らない世界へ
その日は特に何があったのかと言われると首を傾げ、しかしつまらない事ならば言えるような、ありふれた日だった。
いつものように人に怒られ、いつものように人と笑った。
僕の日常は何時ものサイクルでまわっていた。
その時、ただの気まぐれでいつもとは違う家路へ行って見た。
何故その道を選んだのか、何故今日そこへ言ったのか僕にも分からない。
でも、僕はそこで不思議な物を見つけた
白くて、でも何だか物悲しいそんな紙飛行機
ただの子供が遊び、持って帰るのをやめた物だとばかり思っていた。けれど、その紙飛行機には不思議なことに文字が書いてあったのだ
なにやら細くて、やけに薄いけれど形はとても綺麗なそんな文字だった。
「私は外に出ることは出来ないけれど、今読んでいる貴方は外へ出られますか?
貴方は、なにをしていますか?
私は外の世界を知りません。もしも、この紙飛行機を拾った人がいるならば、紫陽花の
植えてある家の窓に返事の紙飛行機をください。」
いつもの僕ならきっとこんな紙飛行機に左右なんてされなかっただろう。
なのに、その時この紙飛行機に胸をうたれて返事を書こうと思ったのはやはり、家路を選んだ時と同じ気まぐれだったのだ。
今思うとなにやってるんだろうと思うだろうが、僕はあの時に返事の紙飛行機を書いて窓に置いたことを間違いだと思わない。
何故と聞かれるとなんとも言えないけれど、それでも正解だったって胸を張って言える気がするんだ。
まあ、ただの感でしかないけれど。
私の知らぬ世界へ
あの時の衝撃は忘れないと思う。
手紙がわりの紙飛行機が窓際に置いていた時は嬉しさや信じられなさ、本当に返す人がいたのかなんてことで頭がいっぱいだったのだ。
あの時珍しく騒いだせいで両親が体調が悪いのかと勘違いして部屋に大急ぎで入ってきたことは今でも忘れられなく、ついつい口元が緩んでしまう
紙飛行機を開く時、凄く緊張した
誰かがいて見張ってるわけでも何かやましいことがあるわけでもないのに、心臓が飛び跳ねるほど、緊張したのだ。新しいものを開けたいのに、なかなか開けられない、例えるならばそんなもどかしさだっただろう。
「僕は、自由に外にいます。
でも、何故この手紙を返したのか僕には分からない。
一つ言えることは外は明るく、限りなく暗い…そんな摩訶不思議な場所だと思っています。
僕にはこんな風に僕の考えを伝えることしか出来ないけれど、それでもいいなら紙飛行機を飛ばしましょう。」
目を見開いたのが分かった。
凄く、とんでもなく驚いたのだ
子供のようなお世辞にも綺麗とは言えない字や紙飛行機に隠されたそれは、そんな外観に惑わされない真の強さや繊細さがあったからだ。
正直、期待していたけれどきっと期待を裏切るんだろうなんて考えていた私にとってこの紙飛行機は最高の形でそれを壊してくれた。
昔の事がよぎり、少し怖くなったがこの世界を摩訶不思議だと言った彼を少しだけ、ほんの少しだけ信用することに決めた。
生憎今日も調子はいい。
早く、手紙を書かないと…彼が、この家を通り過ぎる前に。
僕の知らない君へ
やはり、分からなかった。
あの手紙を書いた紙飛行機を窓の辺りに置いた次の日、珍しく仕事の間も考えていた。
何故僕はあの手紙を返そうなんて思ったんだろう。
そんなことを思っているうちに僕の生活の一部である仕事は小さなバグの考え事と共にその時間をただ流していった。
ふと、あの紙飛行機の差出人の事を考えた。
どうしてあの手紙には外へ出られないなんて書いてあったんだろう
どうしてあの手紙には人を警戒するような、でも助けてを読んでいるような雰囲気があったんだろう
それを手紙の差出人に聞こうか、と言う馬鹿げ思考はすぐに消えていった。
きっと、差出人は踏み入って欲しくないのだ。自分の領域に…
僕には分かるようで、やはり分からない。
僕はずっと利用できるものならばなんでも利用し、なんでも切り捨ててきた。
冷たいやつだと思う人も沢山いるだろう、でも生きる為ならば仕方ないと僕は生きる代わりに鬼になったつもりだった。どんなに嫌な奴でも立場が上ならばへこへこと頭を下げ、どんなに好印象な奴でも使えなければ切り捨てる。そんな事が当たり前の僕には、この世界は変な世界でしかないのだ。
助け合いましょう、信じましょう…大層ご立派な考えだが、それで生きていけるのか?答えは否だ。それで生きていけるほど甘くはない。
僕は必要のない事一切してこなかった。
なのに何故手紙を書くなんて不思議な事をしたのか
運命なんていう馬鹿げた言葉が頭に浮かんだが、すぐにその考えを消し気まぐれだと名をつけた。
きっと、僕はその気まぐれで今日も家路を変えるのだろう。
私の知らない日常へ
幾度となく他愛もないような手紙がわりの紙飛行機を幾つも幾つも飛ばし続けた。
無駄だということも分かっているし、それで何かが変わるなんて思っていなかった
結局、私は何かにすがりたかったのだ
この狭い部屋の中には、何もない
私の心のように、何もない
相手の人は最初、何故返事を書いたのかわからないなんて言っていたけれど、私は返事を返してくれた彼に救って貰ったのだろう
普通、こんな風な怪しげな手紙に返事なんて書かないのだ
それでも、彼は書いてくれた
私はそれがただただ大切で、とても嬉しかったのだ
そして、それはおこがましい事にその有り難さや信用は時間と共に恋心へと変わっていった。
それが、辛い選択だったとしてもその恋心はからっぽだった私を埋めるには十分だった
自分が死にやすいことも、会えることがないであろう事も分かってる
それでも、それでも好きでいたい
ぶっきらぼうで無神経で、でも本人は気がついてないけれど周りから信頼されてる素敵な人…
例え、彼の存在を私の部屋に入れたとしてどうにかなるなんて思っていない
私はただ、誰かを愛していたかっただけなのかもしれない…
そんな事を考えながら今日の手紙を静かに書いていた
僕の知らない君へ
あれから、彼女とは沢山手紙のやりとりをして来た
勿論その場限りのような他愛もない、くだらない会話。
なのに、自分がどうしようもなく手紙に、彼女に執着していることに気がついた
彼女が体調を崩し、手紙である紙飛行機が落ちていない時があった
僕は紙飛行機がなかったその日、とても怖かった
彼女が体が弱いことは手紙にもあり、すぐに倒れたということが分かった
彼女の母に直接聞いたからだ。
家の前をウロウロしている不審者と言われ焦っていたのも今となっては笑い話だ
彼女が倒れたと聞いた時、心配になった。
それと同時に自分に疑問も抱いていた
ただ、手紙の差出人が倒れた位でなんで僕がこんなに焦っているのか。
なんとなく、その気持ちの答えや存在は分かっていた
それど、それを認めた時僕が僕ではなくなるような気がして僕はその気持ちに蓋をした
だけど、彼女が大切なら僕は気がつくべきだった
最近体調を崩す日が多くなっている事を
最近字が崩れて短文になっている事を
僕は、気がつくはずだった気持ちに蓋をしたことを後に公開することになる…
私が知りたかった君へ
いつか、こうなることは分かっていた。
最近頻繁に体調を崩したり、力が入らなかったりとおかしいことは沢山あった
けれどそれを現実として受け止めるなんて出来なかったし、受け止めたくもなかった
でも、もう見て見ぬ振りだなんて出来ない…
私はきっともう時期ここから消えてしまうのだろう…
吐血した血の量が、私の残り時間が短いことを物語っていた
手紙を始める前なら、きっとこれを仕方ない事や分かっていた事だと思って悲しくも苦しくもなかったのだろう…
けれど、今は違う。
今の私にはやりたいことも、好きな人もいる。
まだ…
まだ私は死ねない…
ちゃんと、彼にこの恋を伝えていないのに…
息も止まりかけの時、見たこともない彼の顔を私はこの目で見た気がした
叶うならもっと話したかった、告白したかった
愛してる。
私の手紙に返事をくれた貴方へ
僕が知りたかった君へ
その日は何故か、胸騒ぎがしたんだ。
何故か、彼女の家の前を早く通らねばいけない気がしていつもより大分早くその道を通った
涙ぐむ一人の女性が、紫陽花の咲いている花壇を泣きはらした赤い目で見つめていた
僕はとても嫌な予感がした
何故ならその女性は、彼女の母だったから…
その人に話しかけると教えてくれた
彼女が、今日の朝早くに天へ帰ったと
頭が真っ白になり、それからは覚えていない
気がつくと、頬に生暖かい液体が流れていて僕は近くの公園にいた
生暖かい液体は拭っても拭っても僕の目から止まることはなかった
僕は、間違いなく彼女に恋をしていた。
もっと早く、僕がそれを告げられたなら少しは違ったかもしれない…
今はただ後悔することしか出来ない
失って始めてその大切さに気がつくなんて、そんな事はしないなんて勝手に思っていたのに、これじゃただの強がりでしかない…
僕は間違いなく君を愛していた
愛していたんだ…
きっと、君との思い出の紙飛行機や紫陽花を見るたび僕は泣いてしまうだろう
当分梅雨なんて心待ちになんてできない…
けれど
僕は確かに君を愛していたよ
名前も知らない、顔も知らない…
僕の最愛の人…
名前も知らぬ君へ。