指輪
愛があればね、ボルトだって指輪になるのよ
「今夜も上出来だったわね。見てよ、この美しい宝石達。オホホホホ。ヒィーッヒィッヒィッヒィッ」
「ハニー、最後の方は毒リンゴを持ってる魔女みたいな笑い方だったよ」
「美魔女ってヤツかしら」
「ハニーってホントにポジティブだよね」
「黙らっしゃい。ほら、今回の手当てだよ」
「うわあ。ありがとう、ハニー。でも不思議なんだけど」
「何よ?」
「このお金、どっから出てくるの?」
「何それ」
「だって盗んだ宝石を売ったりしていないでしょ?」
「当たり前じゃない。そんなもったいない事するもんですか」
「働いてもいないし」
「今仕事してきたじゃない、失礼ね」
「それに独身でしょ?恋人もいないし」
「私以上の男がいないからね」
「なのにお金に全然困ってないじゃない?」
「だって勝手にお金が寄ってくるんだもん」
「勝手にお金は寄ってこないから不思議なんだよ」
「もう。そんな事どうでもいいじゃない。とりあえずお茶くらい出しなさいよ。気が利かないわね」
「て言うかなんでいつもうちに来るの?」
「今時こんな狭くて汚くてボロいポンコツのアパートなんてないからね。逆に文化価値が出てるわよ。それに私みたいな美人がいるだけで部屋が明るくなるでしょ」
「蛍光灯みたいだね」
「LEDって言いなさいよ。だけど不思議って事で言ったらあんただって不思議よ。この部屋何にもないじゃん。お茶はおろか家電も食器も。ありがちな女の裸のポスターも。あんたどうやって生活してんのよ」
「フッ。やっぱり気になる?」
「はあ?」
「女性はミステリアスな男性に魅力を感じるって言うからさ」
「アホらしい。ダメなところさらけ出しておいて何言ってんの。呆れた。もう帰ろ」
「え~、帰っちゃうの?」
「それがよろしゅうございます」
「うわあああっ」
「何だ、服部か。何か用?」
「だだだ誰?」
「御無礼しました。私はお嬢様にお仕えしている服部と申します」
「お、お嬢様?どこにいるの、そんなの」
「うるさいわね、私よ」
「ハ、ハニーが?」
「左様でございます」
「これ、何かのドッキリ?」
「私は人を騙すような無礼は致しません」
「人のうちに勝手に入ったくせに」
「玄関の鍵があいておりましたのでつい」
「それじゃまるで泥棒じゃん」
「あんたが言うとなんだかおかしいわね」
「さあ、お嬢様。帰りましょう。殿方のお宅に一人で上がり込むものではございません。手違いがあったらどうなさるおつもりですか」
「手違いって?」
「手違いって?」
「そ、それは私の口からは申せません」
「ジジイが頬を赤らめないでよ。キモイ」
「お嬢様がそんな暴言を。なんと野蛮な」
「ハニー、お年寄りを泣かせたらダメじゃん」
「涙腺がゆるくなってるだけよ」
「だいたいいつまでこんな盗人などされているおつもりです。いい加減目を覚まされたらいかがです。もう若くはないのですぞ」
「余計なお世話よ」
「私が、でございます」
「服部さんの事か」
「服部こそいい加減諦めてよ。これが私の天職、そして生きる道なの。これが宿命よ」
「盗人稼業が宿命なものですか。お嬢様はただスリルに酔いしれているだけでございます。麻薬と同じ、身の破滅を呼びます。お嬢様、金輪際このような無法はお止め下さい」
「服部、大袈裟だよ」
「大袈裟ではございません。逮捕でもされたらどうなさるおつもりですか?ますます婚期が遠のきますぞ」
「ますますは余計」
「あ、その時は責任もって俺が」
「お嬢様は世の中をわかってらっしゃらないからそのように太平楽にいられるのです」
「失礼ね。わかってるわよ」
「無視しないでよ、俺の男気」
「盗人、盗人って服部は言うけどね、私はね、名前のない可哀想な宝石達を助けてあげてるの。宝石が私を呼ぶのよ。そして言うの、ここから出してって。その声を私は無視できない。仕方ないの」
「それを盗人と言うんでございます」
「まさに盗人の屁理屈」
「あんたが言うな」
「とにかくお嬢様。もう泥棒はお止め下さい。今日と言う今日は『うん』と言うまでこの服部、ここから一歩も動きませんぞ」
「それ言うの、俺んち以外にしてよ」
「勝手にしろ。じゃあねぇ〜」
「あっ、お嬢様」
「行っちゃった。しかもドア開けっ放しで」
「やれやれでございます」
「あ、ありがとう服部さん。閉めてくれて」
「参りました」
「服部さん、そんな肩を落とさないで。まあ座って。何にもないけど」
「申し訳ない」
「正座しなくてもいいよ、服部さん。楽にして」
「ハァ。お嬢様は心根のお優しい方。本当に宝石の声が聞こえたんでしょうか」
「服部さん、それ本気で言ってる?」
「冗談でございます」
「服部さん、結構余裕じゃん」
「そうでもございません。本当にお嬢様にはやめていただきたいと真剣に考えております」
「それはわかるけど」
「何か良い考えはございませんか?」
「え?俺?」
「はい。私同様、いやそれ以上にお嬢様と近しい立場にあるあなた様なら良い知恵をお持ちなのではないかと。実はそれを伺いたくてお邪魔したのでございます」
「近い事は近いけど俺、ハニーの仲間だよ?」
「存じております」
「その俺に訊く?普通」
「あなた様は仲間というよりストーカーに近く見えましたので」
「ぶっ。服部さん、サラッと失礼な事言うね」
「他意はございません。お許しを」
「タイ?魚の?」
「いえ、バカにしたわけではないと言う事で」
「あ~、そういう事ね」
「もはやお嬢様には正攻法は通用しません。私とは違う観点が必要なのです。それにはあなた様しかおりません。お願いします。どうかお力をお貸し下さい」
「そんなにじり寄られても。服部さん、顔が近いよ」
「お願いします」
「近いって」
「お願いします」
「手、握んないでよ」
「お願いします」
「ツバ飛んだ」
「お願いします」
「で、結局断りきれなかったのね」
「そうなんだよ」
「いいアイディア浮かんだ?」
「それがちっとも。どうしよう、ハニー」
「あんたバカじゃないの?なんで当人の私に訊いてくるのよ」
「だって困っちゃって。ハニーならいいアイディアあるかと思って」
「だからなんで私に訊くのよ、このアンポンタン」
「ケチだなあ」
「自分で考えなさいよ」
「わかったよ。オホン、ハニー」
「何よ」
「泥棒はもうやめてくれ」
「ヤダね」
「やっぱりな」
「ん?それで終わり?」
「うん」
「アホ。そんなの服部から何百回も聞いてるの。もうちょっとマシな事言ってよ」
「え〜、じゃあ犯罪はダメだ、は?」
「だから私に訊くなって」
「逮捕されてもいいの?」
「されないわよ、私美人だから」
「まあそうだよね」
「納得すんな。続けて」
「え?う~んと。そうだ、俺に払う金がもったいないじゃん。宝石で儲けてないんだし。ね?だからやめよう」
「なんであんたにお金やるのがもったいないのよ」
「え?」
「だから。なんであんたにお金やっちゃいけないのよ」
「なんでって」
「あんた働いてないじゃん。私がお金やらなかったらあんた、どうやって生活すんのよ」
「働くよ。バイトとかして」
「じゃあ私の事はどうすんのよ」
「え?俺が働くとなんでハニーが都合悪いの?」
「う~もう。バカ。鈍感」
「?なんで怒ってんの?」
「うるさい。ほら、続けて。私を説得しなさいよ」
「あ、うん。え〜っと。そもそもなんでハニーは宝石泥棒してんの?」
「楽しいからよ。困難を乗り越えて手にする宝石達。最高じゃない。途方もない達成感。生きてるって感じよ。やめたら私、きっと死んじゃうわね」
「え〜っ。それじゃダメ。ハニー、泥棒続けて」
「ものの喩えだよ。本気にすんな。私が死んだら国家の損失モノよ」
「あー良かった」
「て言うかあんた、逆に説得されてどうすんのよ」
「あ、そうだった」
「まったくもう」
「じゃあハニーは他に宝石泥棒みたいなものがあればやめてくれる?」
「あれば、ね」
「やった。ホント?」
「あれば、よ。何かある?」
「う~ん。そんなにスリルが好きならレーサーになったら?」
「私、免許もってないの」
「じゃあスカイダイビング」
「高所恐怖症なの」
「毎日お化け屋敷に行くとか」
「すぐ飽きるわね」
「あっ、これだ。ヤクザの事務所に殴り込み。スリル満点で飽きがこないよ。それに正義の味方みたいでカッコいいし」
「アホ。誰がやるか、そんなの。あ~もうじれったい。ヒントやるから」
「あー助かる」
「女はね、愛するヒトから宝石をもらえば他はいらなくなるの。それ以上の宝物はなくなるからね」
「あ~なるほど。そういう事か」
「ホントにわかってんの?宝石って言っても身につけるヤツよ。たとえば指とかに」
「ハニー。俺はそこまで鈍くないよ。ごめんよ。女のハニーにそこまで言わせて」
「ああ。わかってくれたのね」
「ハニー」
「はい」
「最後に指輪を盗みたいんだね」
「はあ?」
「俺がそれを君にプレゼントするよ」
「はあ?」
「それで足を洗ってくれるね?」
「はあ?」
「あれ?違った?」
「もおおっ。このバカ。タコ。にぶチン。盗んだ指輪もらって私が喜ぶと思ったのか。たとえ落ちてるボルトだってね、愛するヒトからの心からのプレゼントなら宝石以上の価値があるんだから」
「何かのドラマでそういうのあったな」
「うるさい」
「ハニー、髪が逆立ってる」
「ええい黙れ。何よ、だいたい服部の言いなりなのが気に入らない。私以外の言うこときくなんて。そもそもあんたはどう思ってんのよ。私に泥棒やってほしいの?ほしくないの?どっちよ」
「顔が近いよ、ハニー。キスしちゃいそう」
「やれるもんならやってみろ。さあ、どっちなんだ。答えなさいよ」
「う~ん」
「どっち?」
「どっちでもない」
「は?」
「ハニーと一緒なら何でもいいし、どこでも行くよ」
「バカね」
「泥棒でも何でもハニーがハニーでいてくれたらそれでいい。笑顔になればなんでもいいんだ」
「バカ」
「それでずっとハニーと一緒にいたい、それだけ」
「バカ」「なんでそれを最初から言わないの」
「ん?何か言った?バカのあとに」
「何でもない」
「でも困ったな。やっぱりハニーをやめさせられそうにないや。服部さんに謝らなくちゃ」
「ふん。ほっときゃいいのよ」
「お嬢様」
「うわわっ服部さん」
「あんたはどこでも現れるわね。ん?何で泣いてんの?」
「うう。なんという純愛。なんというおおらかな愛。やはりこの服部の目に狂いはなかった」
「あんた老眼だってぼやいてたじゃん」
「女の本分は家を守る事。そうなれば泥棒などすぐにやめてしまうはず。そうでございましょう?」
「何言ってんの?」
「食えないじいさんね」
「さあお二方。式の日取りはいつにいたしましょうか?」
「今すぐでもいいよ」
「バカ。指輪が先よ」
おわり
指輪
読んで下さりありがとうございました。
今回もハニーのお話でした。
今回は新しいキャラが欲しいと考え、服部さんという人物を彼女達に与えてみました。するとこんなお話になりました。
何が言いたかったかと言うと、転機は他人がキッカケになるんじゃないかって事で。
人の繋がりは大事ですね。
ではまた会いましょう。
チャオ!