赤い風船
ふわふわしている、
飛んでいく。
あ、
と思った時には遅かった。
目の前の通りを歩いていた小さな男の子の手から、するりと赤い風船が飛んでいった。
残念そうに空を見上げる少年の目に、みるみる涙がたまっていく。
思わず立ち止まり、ごそごそとポケットを探ると、飴玉がひとつ出てきた。
声をかけようとしたところに、不恰好な兎の着ぐるみが少年に近づいた。
手に持った沢山の風船の中から、真っ赤なやつをひとつ、彼の手に握らせる。
笑顔になる少年。
その頭をぽんぽん、となでると、兎はもとの位置に戻っていった。
行き場を失った飴を口に放り込む。
何の味だったか、とてつもなく美味しくない。
ポケットに両手をつっこんで、しばらくつっ立っていた。
ゆっくりと、歩くのを再開する。
朝から思っていたけれど、履きなれない靴は、何だか変な歩き心地がした。
寂れた商店街に入ると、細い路地を右に曲がる。
ふと、いつもは通り過ぎるだけのカフェに入ろうかと思った。
ガラス越しに店内を覗いてみる。
空席がひとつもなかった。
毎日閑古鳥が鳴いているくせに。今日に限ってどうして満員なの
しょっぱい思いを飲み込んで回れ右をする。
行くあてを失くして、する事もなく、ふと空を仰いだ。
新品の絵の具を流したような綺麗な水色にうっすらと雲が溶け込んでいた。
風が吹く。
目を凝らすと、青空の中にちらちらと赤い色が浮かんでいるのが見えた。
風の波に揺られて、ふわふわこちらに流れてくる。
手を伸ばしたその時横から黒い塊が飛び出してきて、もうすこしで届きそうだった、真っ赤な風船から垂れた糸を口にくわえた。
にゃお
小さく鳴くと、こちらを一瞥して路地を一直線に駆けていく。
速さに追いつけない風船が、名残おりそうにすこしだけ後から引っ張られていった。
何だか悔しくて、赤色を目印に後を追う。
右へ左へ、細い路地を迷路のように抜ける。
猫は堂々と道のど真ん中を走っていく。
風船はふらふらと風に煽られながら、懸命に猫を追いかけていく。
ぴょん、と、猫はふいに、道の傍の塀に跳び上がった。
満足そうにこちらを振り返ると、目を細めてしげしげと此方を見つめている。
にゃぁお
鳴いた拍子に、くわえていた糸がすっと離れた。
ゆっくりと上昇していく赤い物体。
それを呆然と眺めながら、さっきの少年を思い出した。
少年、あれは誰のものにもなりたくないらしい。
心の中で呟く。
飴玉が溶けきって消えていたことに気がついた。
赤い風船
そんな、日常。