SS42 僕の前と僕のあと

授業を終えて校門を出ると、必ず”彼”が前を歩いていた。

 ずいぶん前から気にはなっていた。
 ホームルームが終わって校門を出ると、必ず”彼”が前を歩いていた。
 そりゃ、下校時間なんだから生徒がいるのは当たり前。だけどいつもいつも”彼”というのは、ちょっとおかしいだろう。しかもその後ろ姿にはどことなく見覚えがあった。
 帰宅部の僕は基本自宅へ直帰する。放課後の校舎でたむろったり、ダベって遅くなることはまずない。
 ”さようなら”の礼が終わると、さっさと教室を後にして、隠し持ったスマホでゲームをしながら帰るのが僕の日課。
 ソーシャルゲームは無料だし、通信料には上限があるから、暇潰しにはもってこいだった。
 画面を見詰めていても、正面から人が来れば気配で分かる。いつの間にか習得したこの技を使いながら、一キロ半の通学路をゆっくりと歩いて帰る。
 家でやると親が口うるさいので、この”道すがら”こそがゲームには最適な環境だった。
 ただ先生に見付かったら携帯は即没収。学校から離れるまでは手持ち無沙汰だったからこそ、僕は同じ制服を着た”彼”の存在に気が付いた。
 そしてここ三日観察して分かったのは、彼は僕を真似ているということ。
 鞄も靴も学校指定だから一緒だけど、それ以外の荷物があると、必ず同じ物を抱えたり、下げていたりする。
 いや、それは正確な表現じゃないな。彼は一日前の僕をそっくりそのまま再現していた。
 後ろ姿を見る限り、髪型も似ているし、背の高さも同じくらい。まだ正面に回り込んで顔は拝んでないけれど、誰だってちょっと不気味だと思うだろう。
 そこで僕はちょっとしたイタズラを試みた。
 ズボンの後ろポケットからハンカチをちょろっとはみ出させ、鞄でお尻を隠しながら校門を出た。
 常に僕の前を歩いている彼が、どこまで”追随”出来るのか、試してやろうと思った。 
 でも、いつ、どうやって知ったのか、翌日の彼はちゃんとポケットからハンカチを垂らしていた。しかも柄まで揃える念の入れようだ。
 何のつもりで毎日毎日真似をして、挙句、目の前で見せびらかすのか?
 気味が悪いのを通り越し、僕の中でふつふつと怒りが込み上げた。
 足を速めて追い付いた僕は、勢いに任せて彼の肩に手を掛ける。
「ちょっと待てよ!」
 でも、それは僕の肩が掴まれるのと同時だった。
「ちょっと待てよ!」声変わり中の高低入り混じった同じ音が、輪唱のように微妙にずれながら耳に届く。
 一瞬どっちに応対するか迷ったものの、取り敢えず後ろを振り向くと、なぜかそいつも同じ格好で顔を背けていた。
 でも問題なのはその後ろ。まるで合わせ鏡のように、同じ制服の男がずらりと後方へ向かって連なっている。
 なんだ、こりゃ?
 いや、今は呆気に取られてる場合じゃない。
「何の用だよ?」こちらを向かせようと声を掛けると、再びの輪唱。
 反応がないので首を戻すと、今度は同じタイミングで前を向く彼の姿が目に入る。
 これは……、現実なのかな?
 いつの間にか前方にまでびっしりと並んだ制服は、僕が腕を上げれば腕を上げ、下げれば下げる、操り人形のように振る舞った。
 
「ゲームばっかで楽しいか? いつもひとりでゲームばっかして」ずらりと並んだ、どの口が発したのか? 
「面白いよ。分かってるだろう?」
 僕はすかさず言い返す。いや、”僕ら”が、か。
 同じ思考原理に基づく、同じ動作。だからこれは会話じゃない、自問だった。
 なのに沈黙の数分を超えて、今度はひとりの”僕”が呟いた。
「嘘ばっかり……。ホントは寂しいくせに」
 それは遥か後方にいる”僕”の声。
 ちぇっ。痛い所を突かれて、僕らは一斉に俯いた。

 なぜか僕だけが新しいクラスに馴染めなかった。
 別にイジメられてるわけじゃない。ただ必要な話し以外はしないし、休み時間もひとりポーッとするしかない僕の、何がいけないのかが分からなかった。
 以来、僕は殻に籠ったようにひとりボッチ。
 帰りにゲームを始めたのも、単に暇だったからに過ぎない。

「勇気を出そうよ」再び口を開いた誰かの言葉。
 このままじゃ何も変わらない。それはよく分かっていた。
「そうだね……」
 すると瞬間、ずらりと並んだ”僕ら”が消えた。
 一昨日の僕も、昨日の僕も確かにひとりでここにいた。そして多分、明日の僕も……。
 それはただひたすらに同じ毎日を繰り返す未来の僕が、過去に向かって放ったメッセージ。

 ***
   
「何?」
 気が付けば、肩を掴まれた”彼”が眉を寄せていた。
 ただひとり残った”彼”は、”僕”じゃなかった。
「いや、あの……。ハンカチがさ、ハンカチが落ちそうになってるよ」
 しどろもどろになりながら手を放し、僕はズボンの後ろポケットを指差した。
 一度荷物を下ろした彼は、言われるままにハンカチを押し込んでから、「ありがと」と小さく頭を下げた。
 よく見れば、僕よりひと回り身体が小さい彼は、何やら大きい荷物を両手で抱え、さらに手提げ袋を二つも握り締める、孤軍奮闘状態。
「ね、バッグだけでも持ってあげようか?」
 見知らぬ僕の申し出に戸惑う彼の手から、すとんとバッグがずり落ちた。
「家、どっち?」
 バッグを拾い上げた僕は、そのまま彼の横に並んで歩き始める。
 
 今日も昨日と同じ帰り道。
 でも僕の中では、少しだけ前に進んだような気がした。

SS42 僕の前と僕のあと

SS42 僕の前と僕のあと

授業を終えて校門を出ると、必ず”彼”が前を歩いていた。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-03

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