黄色い箱

ある日、家に帰ると家にそいつはあった。

宙に浮いてる黄色の四角い箱。
紐かなにかでぶら下がっているとおもったがなにもついていない。

試しに手に持とうとしたが、定位置からびくともしない。

別に邪魔になる場所に置いてあるわけでもなく、しばらく放っておいたのだが

ある日、その場所にあるのを忘れていて、背中のリュックがぶつかってしまった。

すると箱の中から一円玉が出てきた。
試しにもう一度叩いてみたがなにも出てこない。

次の日また叩いてみると一円玉が二枚出てきた。さらに叩いてみるがやはりそれ以上はなにも出てこない。

さらに次の日も叩いてみたら、予想通り一円玉が三枚出てきた。

これはもしかすると日を増すごとに一円ずつ増えていくのかもしれない。

しかし次の日、叩くのを忘れてしまった。叩いてみたが一円玉は一枚しか出てこない。

どうやら継続して毎日叩かないと、
振り出しの一円に戻ってしまうらしい。

計算してみると一年毎日叩き続けても365円。お昼の弁当代ぐらいにはなりそうだが、一日忘れると一円に戻ってしまうと割に合わない。

それならなにかべつのもので節約した方がましだと思い、その日で叩くのは辞めてしまった。

ある日、友人とランチを共にしてるときに聞かれた。「お前なにか続けてることあるの?」

そういえば、思い返しても高校のときに買ったギターは途中で飽きて辞めてしまったし、一人暮らしを始めたときに節約しようと自炊も試みてみたが、三日で辞めてしまった。

そのぶん仕事で稼げばいいと言い訳をし、
外食ばかりしていた。

今思えば今までの人生で何一つ継続してきたものはなかった。

黄色の箱だってそうだ、毎日叩くとなると旅行だってできないし、今の場所にずっと住むかもわからない。
言い訳をして、自分を正当化し、勝手に納得して、継続を辞めていた。

子供の頃は絵を描くのが好きだった気がする、暇さえあれば何処かに落書きして遊んでいた。

ただうまくは無かったし、自分より
上手い人がたくさんいて、絵を描くのが恥ずかしくなり、中学生に上がる頃には絵を描くことはなくなっていた。

それからはそこそこいい高校と大学を卒業をし、安定している会社に入社して、絵の事は忘れて堅実な人生を歩んでいた。

それなのに年を重ねる事になんともいえない焦りが大きくなっていく。

親も自分も納得している人生、それなのになににこんなに焦っているかわからなかった。

だけど友達のその「なにか続けてることがある?」の言葉で気付いてしまった。

私には何もない、今の会社を辞めて
転職してしまったら、仕事も人間関係もはじめから。

結局、あの黄色い箱と同じだった。
辞めてしまうとまた振り出しに戻ってしまう。

続けなければ、自分の力にはなってはくれない。

それから俺は黄色い箱を毎日叩き続けることにした。
一週間、一ヶ月、一年。その間、他の事は辞めてしまっても、その箱だけは旅行もせず、引っ越しもせず叩き続けた。


…それから十年がたち、仕事をしなくても黄色い箱のおかげで生活が出来るようになってきた。

叩いてから十数年、今の仕事を辞めて時間のとれる仕事に転職することにした。
昔好きだった絵を描くことにしたからだ。

初めはとても下手だった。やはり自分には向いてないと思い、何度も辞めようと思った。

それでも黄色い箱を叩くのと同じように毎日絵を描き続けた。

途中で嫌になってしまうこともあったが基本的に好きで楽しかったので毎日続けることが出来た。

美術館に応募し、当選したこともあった。街中で似顔絵を描き、喜ばれたこともあった。自分というものが世間に認められ、嬉しかった。

絵がかなり上手くなり始めた頃、事故に遭った。
命に別状はなかったが三日ほど入院し、家に帰れなかった。黄色い箱を叩いてみたが案の定というべきか、一円玉しか出てこなかった。

後日、とても長く住んでいた家を引っ越しすることにした。
もっといろいろな場所に行き、さまざまなものに触れ、絵の表現の幅を広げたいと思ったからだ。

黄色い箱がなくても、私には長年築き上げた絵の技術がある。
それはかわりはいないし私しかできないことで、ずっと求めていたものだった

黄色い箱

黄色い箱

叩くとお金がでる箱のお話。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-02

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