それが家門なら
1 引っ叩かれて
(1)
どしゃ降りの済州(チェジュ)
夜更けの空港
仁川(インチョン)行きの
搭乗間際
チケットを
譲ってくれと
急用なんだと
礼はすると
切羽つまった
女が僕を
呼びとめた
君だった
-価値に見合えば
支払う対価は
惜しまない-
商売人の
鏡たりうる
モットーに
「何でも金で
片付けたがる」と
面と向かって
眉をひそめて
楯突いてきた
女の顔だ
忘れるもんか
善人ぶっても
お里は知れてる
うっぷん晴らしが
優先だ
じらして
拒んで
諭してやった
「悪いがこっちも
急用なんだ
礼と言うなら
1億でどう?
世間じゃこれを
君が嫌いな
金の力と
呼ぶらしいけど」
(2)
そしてか
だからか
知らないが
以後3度
顔を合わせる
たびごとに
容赦の
かけらもない
平手打ちを
見舞われた
「名門宗家の
曾孫なら
たかが1億
ケチったりする
べきじゃなかった
そしたら
死に目に
会えたのに」
曾祖父さんの
葬式とやらで
再会の
挨拶代わりに
からかってみた
瞬間だった
悲嘆にくれて
声もない
曾孫娘の
遠慮会釈のない
平手打ちが
飛んできた
1度目だった
またある日
ある家系図を
「売れ」「売らない」と
僕が2か月
押し問答を
繰り返してる
君の上司の
老いぼれ教授の
石頭にも
さることながら
その石頭を
かばい立てして
飽き足らず
僕に向かって
目上の人への
非礼をなじる
堅物の君に
辟易して
「親子ほどにも
年の離れた老教授
そこまでかばう
わけでもあるのか
世間にはばかる
間柄か」と
当たり散らして
下種の勘ぐり
口ついた日に
2度目を食らい
「学生相手の
色恋沙汰に
うつつ抜かして
務まるなんて
学者先生も
いい御身分だ」と
微笑ましい
師弟の会話を
通りすがりに
おちょくった日に
3度目食らった
1度目だけは
正真正銘
不意だった
だけど
2度目と3度目は
引っ叩かれるに
充分なほど
浴びせた侮辱が
えげつないのは
判ってた
そして何とも
不思議なことに
この女なら
引っ叩かれても
構わない
そう思いながら
口走ってた
奇縁
悪縁
はたまた因縁
君の心に
どう映ろうと
君のその
容赦なく
人を射る目が
小気味よかった
ちょっかい出して
おちょくるたびに
君の目に
ありありと宿る
敵意と侮蔑に
ぞくぞくした
それがたとえ
頬の痛さと
引き換えにでも
損はないほど
ぞくぞくした
2 家系図の対価
(1)
-家系図なんて
金で売り買い
するものじゃない-
ご高説は
承るが
だからって
僕が売り買い
しないのは
君が力説
するような
“家族の系譜”
“祖先の記憶”
そんな高尚な
理屈に媚びて
崇めて敬うからじゃない
手間ひまかけて
追いかけたって
たかが紙切れ
綴じた紙束
売りと買いとが
気まぐれ過ぎて
儲けが
安定しないから
大した金にも
なりゃしないから
それだけだ
金にならない
がらくたに
僕は興味も
欲もない
1ウォンだって
払う気もない
その僕が
よりにもよって
その家系図に
執着せざるを
得なかった
我が家と同じ
「李」という苗字で
そこそこの
名家と踏んだ
家系図だから
親父が
死ぬほど
欲しがってるから
どれだけ大枚
はたいても
その家系図を
手に入れる
孫子のために
新たな家門を
興すんだと
赤貧の出から
這い上がり
寝言にまで言う
親父の夢を
子として無下に
笑えない
何の因果か
人手を巡って
今やとうとう
君の手にある
その家系図に
譲ってくれと
日参し
望みの額を
即支払うと
まとわりつくのは
そのためだ
君はもちろん
ここぞとばかり
即刻 見事に
拒んでくれた
金に対する
嫌悪感か
学者としての
良心か
はたまた
僕への
当てつけか
言い値で売れる
儲け話も
君には全く
猫に小判
と言って
語弊があるなら
学者に小判と
言い直そうか?
(2)
「娘として
孫として
傾きかけた
家業の行く末
気にならない?
何なら金を
融通しよう
預かり物の
あの家系図を
譲ってくれる
見返りに」
しびれを切らして
僕が体よく
ふっかけてみた取引も
君はあっさり
つっぱねた
「誰かが代々
命を賭けて
守ろうとしてる
家系図を
うちの家業が
助かるくらいの
融資の額と
引き換えになんて
安すぎて
釣り合わなくて
とてもじゃないけど
売る気になれない」
そうつっぱねた
商売柄
根くらべなら
滅多なことじゃ
人に負けない
そっちが首を
縦に振るまで
青天井で
吊り上げてやる
ほくそ笑んだのも
束の間だった
「どうせなら
その命くらい
賭けてみない?
そしたら私も
売る気が
湧くかも
家系図を
買うってつまり
ある一族の
歴史を買うに
等しいわけでしょ?
赤の他人の
歴史を買うほど
大それたこと
企むなら
自分の命の
1つくらい
お安いものだと
思うけど」
そもそも
次元が
食い違ってた
額の応酬
想像したのに
命うんぬん?
-お宅が持ってる
お金なんか
価値もなければ
興味もない-
-この取引に
見合う対価は
お金になんか
換算できない-
大意はこんな
ところだろうが
-常識の
かけらもなければ
人間味もない
お宅なんかじゃ
命まで
賭けたところで
見合うかどうか-
君の目つきや
言葉尻から
察するに
本音は
こんなところだろう
見かけは
無口で上品で
虫も殺さぬ
顔してるのに
人の頭に
血を上らせる
コツなり
ツボなり
よく心得てる
涼しい顔で
突きつける
君の一言一言が
僕の神経
逆なでた
商売人でも
ない相手に
ましてや女の
君相手に
挑発されて
カチンと来て
埒もない
商人の血が
沸いてたぎって
もて余した
「家系図は
近々必ず
手に入れる
お望みどおり
命を賭ける
でもその前に
ひとつ訊きたい
僕が命を
賭けたとして
君のその手に
負えるかな?」
数日後
売られたケンカを
買うついでに
君を一言
おちょくった
また癖が出た
3 戯れ事
つけ入る隙と
乗っ取る価値の
ある財力
世間から
一目おかれる
ゆかしい家風
君の家に
目をつけたのは
そのためだ
いつの日か
名門宗家の一員に
なりたいという
父の宿願
そして
その日を
早めるために
君の家に
家業を乗っ取る
ゲームを仕掛けた
経営危機を
手玉に取って
融資をエサに
もぐりこみ
頃合いを見て
買い占める
巷では
よくある買収
ごくありふれた
狩りゲーム
ゲームは
単純明快で
名門宗家の財力を
そっくりそのまま
手に入れるのも
単なる
時間の問題と
たかをくくって
戯れ事をした
何はともあれ
恩着せがましく
手を組もうかと
言う矢先
たかが
獣の分際で
似合いもしない
戯れ事をした
降伏する
融資を受けると
苦渋の決断
携えて来た
会長に
つまりは
君のお祖父さんに
自分の口から
素性を明かした
何に背中を
押されたか
ゲームの前に
名乗らなくていい
素性を名乗った
「自分は野蛮で
血も涙もない
商人だ」と
「利無しと見れば
即切り捨てる
骨の髄までの
商人だ」と
「それでも私と
手を組みますか」と
ぶちまけた
笑止千万
襲うべき
獲物に向かって
前もって
正体明かして
念押した
魔がさしたか
獣に侠気が
よぎったか
そうでなければ
獣は獣の
浅知恵で
遠からず
刃(やいば)を向ける
日のために
免罪符ぐらい
欲しがったのか
どの道
いつもの
僕じゃなかった
「自決玉砕で
事が済むなら
むしろ僥倖
そうもしようが
降伏以外に
道がなければ
恥忍んででも
せねばなるまい」
そう言ったきり
遠くを見つめた
一家の主
家業の長
獲物とは言え
急襲するに
忍びない
その素心と泰然
獣が獲物に
心の底で
敬意を表して
瞑目した
戯れた理由が
腑に落ちた
4 去りがたくなる苑
偽善者は
狩りの「か」の字も
おくびに出さず
一蓮托生
誓った顔で
君とも
君の家族とも
慇懃無礼に
交わった
そして感じた
家風の気品
名門宗家たる所以
日々のしきたり
季節の設え
衣食住から
世間に対する
振る舞いまで
君が生まれて
育った家は
派手ではないが
素朴でゆかしい
僕など
見聞きしたこともない
諸事穏やかな
苑だった
いつ何どきも
如何なる客も
それが
敵でも味方でも
誠意で迎え
手厚くもてなす
来る者を
決して拒まず
拒む非礼を
戒める
あるがままを
隠さず見せて
繕う虚栄を
戒める
乞われれば
応じて与え
惜しむ吝嗇を
戒める
来た者が皆
去りがたくなる
苑だった
薄汚い
獣ごときが
足踏み入れる
ことじたい
そもそもが
場違いな苑
それでも
うっかり
足踏み入れて
ささくれた
心が和らぐ
苑だった
居住まいを
正したくなる
苑だった
5 押してダメなら
(1)
通りかかった
バス停で
足痛がって
バス乗り損ねて
うずくまるのに
出くわして
車に乗れと
促した
いくら僕でも
手負いの敵に
助けの手ぐらい
差し伸べる
その程度の
常識はある
よしんば車に
乗せたからって
後々
恩に着せるほど
了見狭くは
出来てない
単なる
休戦提案だった
だけど君には
僕のしがない
男気も
うさん臭くて
怪しい甘言
つかまれと
差し出した手を
ふりはらい
道端で
しかも車道で
頑として
拒絶するから
頭にも来て
お好きにどうぞと
へそ曲げて
手を引っ込めて
退散したけど
ぽつねんと
バス待ちながら
時おり顔を
ゆがめる君を
バックミラーに
残していくのは
さすがの僕も
気が引けた
(2)
僕の顔見りゃ
疑うか
怪しむか
2つに1つと
心に決めてる
人並外れて
お堅い女に
素直に言うこと
聞かせたかったら
頭と口は
使いよう
筋金入りの
利かん気で
人の道に
外れることを
死んでも嫌がる
その性分
逆手にとれば
効果てきめん
経験則は
裏切らない
押してダメなら
何とやら だろ?
お袋の
家庭教師の
行き帰り
送り迎えを
固辞する君が
助手席に
すんなり乗った
-親切は
ありがたく
受け取ってこそ
人の道
やみくもに
断わるなんて
礼儀知らず-と
説いただけ
埒もなかった
乗ったら乗ったで
案の定
「駅で降りる」
「家まで送る」の
押し問答には
閉口したけど
天気も
時間も
周りの視線も
気にしなくてすむ
車の中は
毎度毎度の
道中が
口げんかには
格好の場で
運転手には
週3度でも
飽き足りなかった
内気な君が
尻込みすること
請け合いの
にぎやかな場に
ある日
是非とも
引っ張り出したい
欲が出て
「いっしょに
来るなら
あの理不尽な
商売1件
あきらめる
嫌だと言えば
気の毒だけど
明日また
脅しに行くまで」
人助けを
ちらつかせたら
しぶしぶながら
同意した
やり口が
汚すぎると
君の目は
睨んでたけど
痛くもかゆくも
あるもんか
君なんか
死ぬまで一生
行きそうにない
悪友どもの
パーティーに
かくして
“汚いやり口”で
ご同行の
栄に浴した
(3)
場の雰囲気とは
よく言ったもの
司会の指名と
囃す拍手に
気おされて
慣れない舞台に
押し出されたのが
義理堅い君の
運のつき
両手でマイクを
握りしめ
恥ずかしそうに
歌う姿は
少々意外で
微笑ましくて
出だしの3語で
会場じゅうが
虜になった
絶品すぎる
君の音痴は
想像の
域を超えてて
微笑ましくて
目も耳も
吸い寄せられた
徹頭徹尾
君の姿に
釘づけで
場のさざめきも
うすら笑いも
聞こえなかった
舞台に1人で
放っておくのが
不憫でもあり
いじらしい
孤軍奮闘
いつまでも
見ていたくもあり
どっちつかずで
釘づけだった
微笑ましさの域なんか
とっくの昔に
通り越してた
6 寡婦
人づてに
偶然知った
寡婦だったと
聞かされた
新婚旅行に
向かう途中の
不慮の事故
新郎は逝き
新婦は瀕死で
ひと月眠って
やっと目覚めて
以来彼女は
逝った夫を
想いつづける
永遠(とわ)の新妻
もう10年も
前のことだと
聞かされた
長いこと
腑に落ちなかった
一瞬たりとも
気を抜けない
丁々発止の
威勢の良さとは
裏腹に
君がまったく
前ぶれもなく
ときどき見せる
虚ろな目
同じ人かと
首かしげるほど
表情も
生気もない顔
隙あらばと
手ぐすね引いてる
天敵が
ちょっかい出さない
わけがない
事あるごとに
からかった
世間知らずで
お気楽な
良家の娘が
暇にまかせて
悩み事かと
退屈そうな
顔つきで
年寄りみたいな
口を利くと
返ってくるのは
いつも決まって
人食ったような
生返事
時間が早く
過ぎればいいだの
おばあさんに
なるのが夢だの
どこまで本音で
どこから
はぐらかしてるのか
またかわされたと
苦笑するのが
常だったけど
人づてに
君の虚ろに
合点が行った
合点が行って
からかいつづけた
軽挙を悔いた
結婚初日の
生き別れ
生死をさまよう
生き地獄
19かそこらで
突き落とされた
奈落の底
誰がどう
考えたって
自分の口から
誇らしげに言う
事じゃない
忘れようにも
覚えてようにも
10年は
酷い歳月だったはず
目が虚ろにも
なるだろう
おばあさんにも
なりたいだろう
赤の他人の
僕が聞いても
息苦しくて
胸ふさがるのに
でも10年も?
寡婦の鎖に
自分で自分を
縛ったまんま
10年も?
早くあの世に
行きたくて?
老いるのだけが
楽しみだから?
だから死ぬまで
虚ろな顔?
ご立派なこと
同情が
呆れに変わり
だんだん腹が
立ってきた
ご立派すぎて
怒鳴りたいほど
無性に腹が
立ってきた
あんたはバカか?
あんたは
死人じゃ
ないんだろ?
あの世から
追い返されて
生きてるんだろ?
僕に対して
見せる度胸や
負けん気の
せめてその
半分でもいい
自分のために
使って生きちゃ
ダメなのか?
自分自身の
喜怒哀楽に
素直に生きちゃ
ダメなのか?
不慮の事故だろ?
心変わりで
別れたわけじゃ
ないんだろ?
逝った男を
一生想って
生きていかなきゃ
裏切りなのか?
許されないのか?
あの世で
そいつが
そう責めるのか?
生きてるなら
生きてるらしく
自分を
大事にして生きろ!
死人みたいな
顔するな!
そう
怒鳴りたかった
恋人でも
親兄弟でも
ない僕が
バカみたいに
心の中で
怒鳴ってた
7 芝居をしよう
恋人芝居に
つきあってくれと
申し出た
恋人として
利用したい
非常識にも
ほどがあるけど
それでも君を
利用したい
そう切り出した
妹を
救ってやりたい
一心で
後ろめたさも
迷いもなかった
人並外れて
内気でシャイな妹が
君に夢中な若造に
無謀にも
想いを寄せてる
妹に
その若造の
視界に入る
チャンスをやりたい
助けてほしい
そう打ち明けた
若造が君を
諦めるように
僕と芝居を
してほしい
手を貸してくれと
素直に言った
当の本人に
面と向かって
身も蓋もなく
片想い
やめない若造
遠ざけたいなら
いい手じゃないかと
言い足したけど
その若造に
少しでも
気があるんなら
聞かなかったことに
してくれと
忠告も
忘れなかった
突拍子もない
無理無体だと
判りすぎるほど
判ってるから
呆れ果ててか
物も言わない
君に向かって
せめて
まっすぐ
頼みたかった
ありのままを
言いたかった
事実そうした
不思議なくらい
嘘いつわりなく
包み隠さず
打ち明けた
とはいえ
下劣なこの僕と
恋人の
ふりして歩けと
持ちかける
厚顔無恥は
重々
承知してたから
だめでもともと
気楽な捨て鉢
今にも
ビンタを
食らって終わる
今日こそは
妥当な対価と
覚悟の上でも
あったけど
ふだんは
梃子でも
聞かないのに
「引き受けます」
揶揄もせず
理由も訊かず
あっけなかった
「幼い2人に
チャンスをあげたい」
それが理由と
付け足した
人が人に
言うことかと
常識 礼儀は
ないのかと
普通なら
説教するはず
少なくとも
君ならするはず
何でしない?
妹という
僕の弱みを
憐れんだ?
病む妹に
僕が憔悴する様を
横で一晩
見てたから?
駆け引きもせず
はったりも言わず
表も裏も
全て明かして
人に悪事を
そそのかしたのも
初めてなら
イエスかノーかと
尋ねておいて
イエスと言われて
うろたえたのは
あのときが
生まれて初めて
君には拒む
自由もあるのに
まちがいなく
人の道に
もとる誘いに
理由はどうあれ
応じるなんて
自分からした
提案に
望んだはずの
返事をもらって
面食らってた
「困った人だ」
思わずこぼした
あれこそ本音
共犯が
成った記念と
握手の右手を
差し出しながら
君が不思議の
塊だった
「この芝居が
終わるまで
何を言っても
僕の言葉は
信じちゃいけない」
これだけは
念を押そうと
決め込んでいた
ような気もする
思わず知らず
口走ってた
ような気もする
いずれにせよ
忠告にしては
高飛車で
警告にしては
お粗末すぎた
芝居のルールの
君への通告
君を狙った
つもりの罠に
遠からず
自分でかかって
のたうちまわる
日が来ようとは
知る由も
なかったあの日
「信じるな」なんて
ルール気取りで
大見得切った
僕の傲慢
その滑稽
あのときは
知る由も
なかったからと
笑い飛ばして
済ますには
早晩かかって
肉をえぐって
骨を砕いた
罠の痛さは
日増しに募って
耐えがたかった
「じゃあ
信じません」
「引き受けます」と
同じくらい
間髪入れない
即答だった
おまけに君は
芝居を頼んだ
最初から
僕を見返す
そのまなざしを
一瞬たりとも
逸らさなかった
8 射的
(1)
大学に
迎えに行っては
並んで歩き
誘い出しては
昼か夜かは
いっしょに
食べた
助手席の
君のベルトは
必ず僕が
世話焼いて
「奴が来る
先に行ってる
あとの芝居は
1人で頼む」
耳元で
ささやいてから
その場を離れた
若造が
近くにいれば
演技もことさら
熱が入った
言うまでもない
ところが
奴がいなくても
いつ何どき
電話しようが
押しかけようが
呼びつけようが
行き先も言わず
連れ回そうが
決して
馴れ馴れしくもなく
といって
よそよそしくもなく
君は
こっちが
気が抜けるほど
よく出来た
恋人だった
二言目には
いや一言目に
「はい」と言い
掛け値なしに
僕の言葉に
よく従った
芝居中だと
いうことを
忘れてしまいそうなほど
従順すぎて
心外だった
何度目かの
食事に誘って
先約があると
君に初めて
断わられた日
「芝居だからと
舞台の外で
気を抜いてたら
あっという間に
ボロが出る
本物の
恋人らしく
24時間
相手に惚れなきゃ」
いつもの癖で
からかって
無視か
抗議か
どっちで来るか
楽しみにして
待った返事が
「反省しなきゃ」
またやられたと
笑って萎えた
やりこめようと
手ぐすね引いても
柳に風
君はほんとに
受け手の名人
僕の
やることなすことに
異を唱えない
だけじゃない
したい
行きたい
食べたい
買いたい
その他諸々
自分の“たい”を
あるのかないのか
一切言わない
節度か
遠慮か
生まれついての
性分か
おかげで
こっちが
いつも気ままな
独壇場
せめて
性分で
あってほしい
節度や遠慮は
とどのつまりが
僕への気兼ね
僕との芝居に
そこまで律儀に
なることないのに
(2)
僕の
気ままな
独壇場
その極めつけが
真冬の湖畔の
遊園地
人っ子一人
いない的屋で
射的の玉が
命中しないと
ムキになり
大っきな人形
倒してみせる
命中するまで
帰るもんかと
哀れな恋人
道連れに
小一時間は
粘ったろうか
途中あんまり
カッカして
背広もコートも
脱ぎ棄てて
ワイシャツ1つで
腕まくり
たかが射的に
汗までかいた
「負けず嫌いは
ご先祖ゆずり?」
「鎮静剤でも
買って来る?」
「もう4千よ
ぬいぐるみ
何個も買えちゃう」
手持ち無沙汰の
誰かさんは
要所々々で
小憎たらしい
茶々入れながら
帰りたいと
愚痴るでもなく
預けた背広と
コートとマフラー
大きな団子で
膝に抱えて
寒さに震えて
それでも律儀に
右に左に
小首かしげて
僕の空しい投球を
1投残らず
見届けた
スリにスッて
むくれにむくれた
帰り際
「私にやらせて」
君のまさかの
1投は
僕の沽券を
無残に砕く
一発必中
呆気にとられた
おまけに
とどめの一言が
「どうってこと
ないじゃない」
高校時代の
ハンド部主将?
聞いてあきれる
今は音痴の
学者のくせに
それはそうと
他に何か
人を黙らす
特技があるなら
今のうちに
申告してくれ
僕のメンツが
いくつあっても
到底足りない
冗談じゃない
君はケチだと
呆れてたけど
金出した者が
手に入れるのは
世の習い
射的の戦果の
ワン公は
何と言おうと
僕のもの
君になんか
やるもんか
さっさと取り上げ
連れて帰って
部屋の机に
デンと座らせ
名前だけは
しょうがないから
君に因んで
“ビンタ”と命名
つぶれたメンツの
せめてもの
溜飲下げた
9 4度目は
負けず嫌いの
僕を笑って
君は病気と
言ったっけ
君の最後の
1投を
思い出すだに
悔しくて
ビンタ相手に
徹夜で練習
成果を見せると
翌日懲りずに
君連れて
懲りずに4千
またスッた僕に
君が言ったろ
手ぶらの
射的の帰り道
あの湖の
まん前で
病気だと
治療が要ると
それなら君の
その利かん気も
僕よりはるかに
病気だろ?
君の方こそ
何度言ったら
その強情な
薄着をやめる?
北風が
吹き荒れようが
吐く息が
白かろうが
真冬の戸外で
ジャケット1つで
身を縮こめて
強がってる
寒くないかと
声かけても
見るに見かねて
マフラー貸しても
冬にコートを
着るのは嫌い
暖かい格好
するのは嫌いの
一点張り
尋常じゃない
湖畔の冷気に
「お節介」と
貸したマフラー
突き返す
自分1人が
ぬくぬくするのは
嫌いだと
愛する人が
寒いところに
住んでるからと
君のそれこそ
病気と言わずに
何と言う?
恋の中毒
とどのつまりは
病気だろ?
寒いところに
住んでるという
その人が
百歩譲って
生きてるんなら
いざ知らず
逝ってしまった
人への想いを
それほどまでに
引きずって
それも10年
しがみついてて
中毒じゃなかったら
一体なんだ?
ただでさえ
か細い体で
寒さに強くも
ないくせに
-寒いところに
あの人がいる-の
一念で
唇かんで
薄着でいるのを
毎日いやでも
横目で見ながら
心配せずに
いられるか?
構うなと
睨むからって
はいそうですかと
放っておけるか?
お節介だと
振りきったって
女の力で
僕には勝てない
有無を言わさず
腕に包んで
引き寄せた
力ずくでも
抱きしめた
コートは着ない
マフラーも
お断りなら
こうでもしなきゃ
今に凍える
判らないんだろ?
寒さも何も
感じないんだろ?
麻痺してて
でも
麻痺してるのが
体じゃなくて
心なら
抱きしめて
温めたって
たかが知れてる
一時しのぎの
コートの代わりじゃ
屁にもならない
君にほんとに
必要なのは
解毒剤
中毒を
芯から治す
解毒剤
「僕がその
解毒剤に
なってやるから
利用してみろ」
腕に力を
込めたまま
顔も見ないで
そう言った
顔なんか
見なかったけど
君の体が
離れたがった
次の瞬間
右の手首を
わしづかんでた
じゃなければ僕は
4度目の
ビンタを食らう
4度目はもう
ご免こうむる
悪いけど
君がこの次
何するかぐらい
顔なんか
見なくたって
想像がつく
当たってたろ?
出逢った直後の
1度目だけは
別として
2度3度目は
食らう瞬間
判ってたって
でもわざと
引っ叩かれて
やったんだって
理由は今でも
判らないけど
この女なら
引っ叩かれても
構うもんかと
思ってたって
僕が言ったら
君は疑う?
それとも
しくじった
4度目に免じて
信じてくれる?
10 解毒剤
「ゲームをしよう
毒には毒こそ
解毒の王道
僕がこれから
ありとあらゆる
策を弄して
君のことを
挑発する
籠絡してみる
君は
何にも
しなくていい
挑発なんかに
惑わされずに
今までどおり
寒いところに
住んでる人への
尽きぬ想いを
守るだけ
簡単だろ?
1人の男を
想いつづけて
冬にコートも
着ないと強がる
涙ぐましい
その心意気が
死ぬまで
ほんとに
ビクともしない
気高く一途な
愛なんだか
はたまた
茶化して
ちょっかい出せば
容易にぐらつく
茶番なんだか
聞けば聞くほど
気になって
確かめたくて
うずうずする
だからゲームを
してみたい
君にとっても
いいチャンスだろ?
偉そうに
大口叩く
僕を負かして
みたくない?
ゲームに勝った
暁には
骨折り損で
悔しがる
惨めな僕を
笑えばいい
それより何より
君のその
一途な愛を
証明できる
一石二鳥で
お釣りが来る」
君をあおった
鼻を明かすと
焚きつけた
野卑な冒涜
卑劣な愚弄と
憎んでくれれば
儲け物
自尊心に
火でもつくなら
思うつぼ
解毒剤にも
意地がある
相手は
生ける屍なのに
頑なで
始末に負えない
見ざる
言わざる
聞かざるなのに
こうでも
言わなきゃ
どんな手がある?
これとて
まだまだ
ほんの序の口
解毒剤の効能は
これからとくと
ご覧じろ
帰りのハンドル
握りもせず
アクセルを踏む
気配もない
僕の気ままな
長広舌
何を思って
君は聞いてた?
「負かしたいとも
証明したいとも
思わない」
いつもの威勢で
そう言った
「若い2人の
為になればと
引き受けたけど
あなたが相手で
芝居がしにくい」
とも言った
心なしか
威勢がなかった
「何で芝居が
しにくいのかな?」
どうしても
訊いてみたくて
問いつめたけど
日が暮れるまで
待ったって
返事は
なさそうだったから
答えは僕が
引きとった
「3度も
引っ叩いたから」
賭けたっていい
生まれてこのかた
他人に手なんか
上げようと
思ったことも
ないくせに
気がついたら
僕には勝手に
手が出てた
それも
1度や2度じゃない
3度までも
元々が
他人の痛みを
正視できない
君のこと
3度も理性を
失って
そのたんび毎に
暴力沙汰じゃ
罪の意識が
頭もたげて
居心地ぐらい
悪くなる
芝居だって
しにくくなるに
決まってる
あの日
あのあと
車の中で
逆襲の
名手の君が
道中ずっと
無言だった
自分でも
判ってただろ?
判ってなくても
図星だったろ?
今まで以上に
緊張すること
隙なんか
見せないこと
油断してると
僕に足元
すくわれる
ゲームはもう
始まってるよ
11 山登り
(1)
最後まで
意地張られたら
どうしようかと
内心恐れた
1000m
そこそことはいえ
真冬の山の
ハイキング
頑固に上着を
嫌がるからって
あのカーディガンで
登らせてたら
今ごろ僕は
殺人罪だ
「天国の
その人だって
さすがに今日は
許してくれる
愛しい女が
凍死して
喜ぶ男が
いるもんか」
その一言で
あっさり羽織った
紺のパーカー
よく似合ってた
息抜きがてら
2・3時間
5合目程度で
引き返す
そんなのん気な
目論見を
ものの見事に
裏切って
息はずませて
登頂するとは
恐れ入る
下界じゃついぞ
見なかった
不思議な景色を
頂上で見た
真冬の山の
つむじ風に
抗って笑む
別人を見た
時が経つのを
鬱々と待つ
気だるそうな
目じゃなくて
薄日に霞む
下界の街を
黒い瞳で
自分の意志で
見つめてた
何があっても
人ごとみたいな
無気力な
抑揚のない
声じゃなく
風の唸りに
負けないくらい
張りのある
澄んだ明るい
声上げた
「連れて来てくれて
ありがとう
山なんて
昔 死ぬほど
辛かったころ
死んでもいいと
思いながら
登って以来」
となりの僕に
向かってか
下界の街に
向かってか
淡々と
話し始めた
山でも
死ねなかったから
生きると決めたと
でも
息するだけ
年を取るだけ
ただ生きるだけと
心に決めて
神さまに
復讐してやる
つもりだったと
10年経って
思いもかけず
今また登って
頂上まで
辿りつくほど
無我夢中に
なってた自分に
驚いたと
だから
ありがとうと
今までずっと
傲慢すぎたと
気づいたからと
生きてる限り
怠けないで
無我夢中で
生きてみる
そしたら
ひょっとしたら
生き残った意味も
判るかもと
そう言った
もう一度
生きたがってる君の
もう一度
生きたがってる声
そう聞こえた
僕はそう
聞きたかった
「そろそろ
下りなきゃ
また無我夢中で」
傍らの僕を
振り返ったのは
下界じゃついぞ
見たことのない
心ここにある君の
心ここにある笑顔
僕に対する
敵意も
侮蔑も
警戒も
下界に忘れて
来たのかと
錯覚しそうに
無邪気な笑顔
その笑顔を
目の前に見た
(2)
下りかけた
日暮れの山で
足を傷めた
君をおぶった
いつかと同じ
右足で
もちろん君は
自分で歩くと
意地張ったけど
頼りない
真冬の日ざしは
刻一刻と傾いて
しんしんと冷える
山ふところで
言い争ってる
暇はない
「殴られて
気を失って
担がれたいか?
今おとなしく
おぶわれたいか?」
君が黙って
おぶわれたんだ
相当な
剣幕だったに
ちがいない
冬山の
怖さもあった
傷めた足も
気がかりだった
逆ってみろ
殴って担いで
下りてやる
ほんとにそう
思ってた
背中の君は
温かく
落ち葉は足に
柔らかかった
口が勝手に
つぶやいた
「芝居がきっかけ
なんかじゃなくて
こんな出逢いじゃ
なかったら
平凡に
つきあえたかな
身構えたり
探り合ったり
することもなく
もっと気楽に
つきあえたかな」
2人並んで
歩いていたら
たぶん口には
出なかった
「この芝居
いつどうやって
終わると思う?」
顔を見ないで
歩いたせいで
口が勝手に
つぶやいた
「一言も信じまい
そのことだけを
考えてる」
背中に体を
預けて以来
一言も
口を利かない
人の返事が
これだった
耳に吐息を
感じるほど
君の体は
近くにあるのに
聞こえた声は
空耳かと
疑いたいほど
頼りなくて
弱々しくて
何よりセリフが
いつもの君で
哀しかった
芝居の相手が
従順すぎて
聞き分けが
あまりに良すぎて
哀しかった
哀しくて
少し笑えた
その顔を
君に見せずに
すんだのが
おぶった僕の
唯一の救い
信じないのが
ルールだから?
ルールは
守るものだから?
1度くらい
信じてみたって
罰なんか
当たるまいに
僕なんか
日を追うごとに
自分の口から
今出た言葉が
冗談だったか
本音だったか
自分で自分に
首かしげ
そうじゃなくても
からかうつもりの
冗談が
いつもどこかで
本音に化けて
口開くたびに
うろたえてるのに
本音は本音と
口にできたら
どんなにか
気楽だろうと
僕なんか
日を追うごとに
得手勝手なこと
考えてるのに
君って人は
あのままずっと
君をおぶって
いたかった
僕の言葉を
信じてみると
音を上げて
君が言うまで
何時間でも
おぶって歩いて
いたかった
僕の言葉を
信じてみたいと
思ったことは
1度もない?
ほんとにない?
12 師匠の手本
ある日突然
音痴の弟子が
そこそこ歌える
師匠に向かって
手本を見せろと
弟子のくせして
たてついた
見せてくれなきゃ
練習しない
尊敬できる
師匠かどうか
手本を見てから
考えると
スト決め込んで
ソファから
立つ気配もない
弟子に根負け
師匠は
持ち歌披露した
金も取らずに
聞かせるなんて
もったいないほど
歌手顔負けの
振りつきで
感情移入も
最大限に
弟子に向かって
歌って見せた
帰りの車で
何度
口元抑えたか
途中で
数え損なったほど
君は笑った
声を殺して
笑い続けた
家に着いても
車停めても
むこうを向いて
笑ってた
ご所望には
そえたのかな?
時間がたつのは
速かった?
君がそれほど
笑ったんなら
今日の芝居の
出来は上々
カラオケだろうと
登山だろうと
何でもよかった
時間が速く
過ぎる日もある
そのことを君に
教えたかった
僕に無理やり
連れ出されて
事の初めは
不承々々でも
腹をくくって
夢中になれば
時間なんて
あっけないほど
速く過ぎると
君に気づいて
ほしかった
表向きは
もちろん
ゲームの
一環として
君を籠絡するための
ごくごく手頃な
手段として
くれぐれもそう
かこつけて
「僕のことを
憎たらしく
思えなくなったら
どうする?
情が移ったら
どうする?
憎たらしさから
始まる情は
深みにはまって
怖いんだってさ」
“おやすみ”じゃ
芸もないから
何の気なしに
鎌をかけたら
「心配して
くれてるの?」
気になってるのは
そっちじゃない?と
君の顔には
書いてあった
刺さるどころか
かする気配も
ないのかな
君って女は
かすったふりすら
しようとしない
僕なんかが
鎌かけたって
13 来世の再会
(1)
川で転んだ
10歳の
ずぶ濡れの君の
手を引っぱって
笑いながら
立たせてくれて
「君がダナ?」
今も耳から
離れない
懐かしい声が
そう呼んだと
思い出と呼ぶにも
物足りないほど
何気ない
出逢いだったと
親同士が
とうに決めてた
許婚(いいなずけ)だと
知るより前に
出逢うなり
恋に落ちたと
明かしてくれた
時が経っても
薄れもしない
ご大層な
君の記憶に
苛立って
逝った男が
10年経って
今もなお
君の心に
鮮やかに
居座ってるのに
苛立って
気晴らしすると
車に乗せて
強引に
いつかの湖畔に
連れ出して
帰りの運転
自信がないから
仮眠を取ると
目を閉じた
(2)
目を閉じたきり
1時間
甘やかされた
挙げ句の果てに
「隣にいたら
熟睡できないだろうから
その辺を
散歩してた」と
「家庭教師の
日じゃなかったら
もっと寝かせて
あげたかった」と
その気で聞けば
その気になること
請け合いの
優しい言葉で
起こされて
「私の言葉を
あなたも
信じるべきじゃない
ゲームのルールは
公平のはず」と
二の矢三の矢
間髪いれず
優しい言葉で
ご忠告まで
いただいた
無粋なルールを
逆手にとって
何とも粋な
意趣返し
寝ぼけ眼じゃ
勘違いだって
しかねない
自衛本能が
そうささやいて
缶コーヒーの
気づかいなんか
要らないくらい
目はパッチリと
開いたけど
残しかけた
コーヒーを
無理やり君が
飲み干すように
勧めた理由
何の気なしに
君が発した
名文句
あの一言で
不眠症にも
なりそうなほど
目が冴えた
「居眠り運転
してほしくない
死ぬことは
怖くないけど
あなたと一緒に
死ぬのは怖い
一緒に死んだら
あの世でもまた
あなたに逢うかも
しれないから」
共に死ぬこと
再び逢うこと
それは嫌だと
死んでまで
逢いたくはない
こんな悪縁
この世限りに
してくれと
他人から
やんわりと
釘を刺される
怨めしさ
なかんずく
君の口から
ためらいもなく
釘を刺された
怨めしさ
言いようもなく
自分が惨めで
頭が芯から
冴えきった
残りのコーヒーが
苦かった
14 サソリとカエル
(1)
えげつない
金貸し業の
成金だと
仲間うちでも
鼻つまみなほど
やり口は
血も涙もなく
あくどいと
僕の生業(なりわい)
過去の所業を
期せずして
暴露する場に
君がたまたま
居合わせた
偶然とはいえ
よりにもよって
君に知られて
しまったことが
なぜか無性に
バツが悪くて
かといって
当たり散らして
ますます惨めに
なるくらいなら
1人で酒でも
煽りたかった
だから
降りろと
言ったのに
「飲み過ぎそうなら
止めなきゃ」と
助手席を
動く気配も
ない人に
拒む気力も
湧かなくて
その義侠心を
当てにして
やけ酒の
相手と頼んだ
ただそれだけの
はずだったのに
(2)
あの夜
聞かせた
サソリの話
なぜ唐突に
思い出したか
どうして
あのとき
する気になったか
今でもさっぱり
腑に落ちない
-川を
渡りたかったけど
あいにくサソリは
泳げない
だから
おぶって
渡してくれと
サソリはカエルに
頼んでみるが
カエルは即座に
断った
当然だ
刺されて死ぬのは
真っ平ごめん
そこでサソリは
カエルに言った
「僕だって
刺したとたんに
一緒に溺れてしまうのに
どうして僕が
君を刺す?」
その一言を
カエルは信じて
背負って
泳いで
渡り始める
でも悲しいかな
水の流れが
速すぎた
サソリはだんだん
怖くなり
我を忘れて
気がついたらもう
カエルを刺した
後だった
瀕死のカエルが
サソリに訊いた
「一緒に死ぬのが
判ってるのに
なぜ刺した?」
訊かれたサソリが
悲しそうに
答えて言うには
「どうしようもない
これが僕の
性(さが)なんだ」-
大昔に見た
映画の一幕
他は全部
忘れたのに
この場面だけ
忘れられない
愚かなサソリの
“性(さが)”の一言
どうしても
忘れられない
つづきを君が
引きとった
「サソリはきっと
心の中で
言ってたはず
立ち止まる術を
知らなくて
進むことしか
できない自分が
悲しいって
そんな性(さが)を
持って生まれた
運命が
自分でも
悲しいんだって
心の中で
言ってたはず」
ためらいのない
声だった
少々酒を
煽ってたって
見当はつく
君が暗に
僕を指してる
ことぐらい
すぐに察しは
ついたけど
「知ったような
口利くなって
君には何度も
警告したはず」
そう言いながら
否定にも
脅しにも
なってないのは
判ってた
でも間違っては
いないでしょ?と
おもねることも
怯えることも
まるで知らない
まっすぐな目が
僕に向かって
黙って訊くのに
煙幕なんか
張ったところで
もう効かない
(3)
道理に反する
人でなしには
一歩も引かない
凛々しい君が
手負いの敵には
惜しげもなしに
見せる寛大
いつのまにか
その寛大に
あの夜 僕は
すがってた
この世で一番
自分の弱みを
見せたくなかった
ゲームの敵に
たとえ話で
くるんだ弱音を
思わず知らず
吐いた夜
この世で一番
言い当てられたく
なかった敵に
サソリの性(さが)は
僕の性(さが)だと
言い当てられて
絶句しながら
屈辱は
湧いても来ないで
不思議な安堵に
包まれた夜
外に出て
舞い落ちる雪に
君が小さく
笑んだとき
今夜だけ
一度だけ
僕に許して
くれないかと
限度を超える
寛大を
君の唇に
乞うた夜
僕を見抜いて
僕を笑わず
僕より僕を
知ってる君に
自分を隠す
無益を悟って
畏れと
甘えと
ない交ぜに
君の唇を
乞うた夜
今度こそ
引っ叩かれても
泣きわめかれても
文句も言えない
わがままを
たたずんだまま
目を閉じて
君が叶えて
くれた夜
「悲しそうに
見えたから」
たった一言
そう言った
もしそうなら
ほんとにそうなら
悲しそうに
見えたついでに
もう1度だけ
君の同情を
買ってもいいかと
一晩いっしょに
いてほしいと
品も節度も
かなぐり捨てたが
どこまでも
君は
君だった
男女が一晩
一緒にいたって
何一つ
変わりはしない
お互いもっと
悲しくなると
にべもなかった
つかんだ腕を
そっと離した
唯々諾々と
応じる
上辺の従順より
声高に
破廉恥をなじる
痛罵より
毅然とした
その苦言こそ
君らしい
寛大ゆえの
答えだと
後ろ姿を
目で追いながら
つくづく
兜を脱いだ夜
歩き去る
君の背中を
舞う雪が
守ってた夜
君の
底なしの
寛大が
ありがたくて
怖くて
苦しかった夜
15 雁(キロギ)の置き物
(1)
作れと言えば
料理も作り
会えと言えば
人前にも出る
逆らわず
しゃしゃり出もせず
ケチつけようにも
アラもない
肩の手は
恥ずかしげによけ
怒れば電話は
先に切る
奥手のくせに
勇ましいこと
この上ない
しらを切るのも
黙りこくるのも
反論するのも
上手くて困る
心を読むのも
機微を突くのも
図星をさすのも
上手くて困る
相槌打つのも
まぜっ返すのも
さらりと情けを
かけるのも
上手すぎて
ほとほと困る
いつからだろう
君を求めて
君を欲した
とうの昔に
芝居なんかじゃ
なくなってた
無理強いするのも
ねだるのも
威嚇するのも
手を差し出すのも
本音だった
言った言葉を
信じるなと
勝手なルールを
突きつけといて
ぶつけた言葉は
どれもが本音
芝居もゲームも
言い出しっぺは
僕なのに
「すべてがすべて
芝居やゲームと
決めつけるな」と
吐く暴言は
支離滅裂
本心を
隠せなかった
隠したくも
なくなった
(2)
婚礼の日の
置き物の
雁(キロギ)の
ツガイじゃ
あるまいし
いったん
契りを交わしたら
伴侶が死んでも
一生独りを
貫くと言う
その伝説を
地で行くような
君に呆れた
じれったかった
逝った人の
記憶を抱いて
死ぬ日を待てると
言い切る君が
歯がゆかった
死者を
心に葬って
残った者が
生き直すのは
裏切りでも
罪でもないと
気づくなら
逝った人も
そう望むはずと
納得するなら
僕自身を
利用してでも
目を覚まさせて
やりたかった
いや本当は
僕を男と
見てほしかった
そしていっしょに
歩き出して
やりかった
事あるごとに
噛んで含めた
怒鳴ったことも
数知れず
「逝ったその人
以外の男は
誰も男に
見えないのか」と
肩揺すぶって
問いつめたのも
1度や2度じゃ
なかったはず
だけど雁(キロギ)は
強靭だった
つけ入る隙など
微塵もなくて
“芝居の相手”
“ゲームの敵”
それ以上には
決して僕を
近づけない
ましてや僕を
男としてなど
一顧だに
しようとしない
歯も立たない
そして
そろそろ
時間切れ
16 今日はまだ
(1)
買収の
とどめを刺す日は
醜い獣の正体が
君にも
君の家族にも
否が応でも
露見する日
そしてまた
君の前から
永遠に
醜い獣が
姿を消す日
その日も
そんなに
遠くないのに
退散の日は
すぐそこなのに
本能に
逆らう意地も
狩りを投げ出す
勇気もないのに
腑抜けの獣が
今さら獲物に
血迷ったとて
恥の上塗り
見苦しいだけ
それよりも
今日の舞台を
努めきろう
今日の恋人を
演じきろう
明日は牙むく
獣でも
今日はまだ
君の恋人
それなら
今日が終わるまで
恋人として
舞台に立とう
果たせるかぎり
果たし終わって
舞台を下りよう
そして明日
君の前から
悔いなく去ろう
(2)
「一言も信じるな」
賢明なはずの
君にして
この言葉だけは
疑いもせず
そっくりそのまま
信じたんだよ
気づいてた?
街に出て
君の手ひいて
今日を限りと
道歩くだけじゃ
もったいなくて
人が行き交う
歩道でいきなり
口づけた
恋って
そもそも
病気なんだろ?
恐いものなんか
あるもんか
不意打ちすぎて
物も言えない
どんぐり眼が
可愛かった
露店で買った
赤いマフラー
いつもしててと
言ったが最後
君はほんとに
離さなかった
片時も
2人乗りの
自転車を
さんざんこいで
乗り飽きて
土手に並んで
夕日に見とれ
いっしょに見たいと
駄々こねて
生まれて初めて
日の出を見た朝
漢江の
ほとりで君は
僕のとなりに
立っててくれた
今日を限りと
知ればこそ
幼稚なこと
突飛なことが
後ろめたくも
恥ずかしくもなく
今日を限りと
知って日増しに
平凡なこと
些細なことが
鮮やかに
心に沁みた
芝居の舞台で
君にもらった
思い出は
僕にとっては
ひとつひとつが
小さな祭り
祭りは
はじけて
まぶしくて
いつか必ず
終わるもの
そして哀しく
思い出すもの
初心(うぶ)で
奥手で
臆病なくせに
負けず嫌いで
果敢で
大胆
共演など
もう二度とない
稀有な恋人
束の間の
恋人役は
役者冥利の
一言だった
17 針は刺さない
「こんな僕でも
一ときは
恋人だったと
覚えてて」
因果な芝居の
千秋楽も
今日か明日かと
いうころに
口ついた
狎れと未練を
即 恥じた
「サソリの話を
した人が
サソリみたいで
哀しく見えて
辛かったから
忘れない」
あれが返事と
知ってたら
口が裂けても
言わなかった
我が身は
二の次三の次
二言目には
サソリを案じる
瀕死のカエルの
無欲さかげんに
絶句した
芝居にゲームに
家業の買収
つくづく
煮え湯を
飲まされてなお
刺したいなら
刺してもいいと
それが性(さが)なら
しかたがないと
突き立てられた
針先で
瀕死のカエルは
その一点張り
お人好しにも
バカがつく
サソリが如何に
鈍いとて
性(さが)振りかざす
愚か者とて
どの面下げて
針刺せる?
刺そうにも
針に力が
入らない
心配いらない
この針は
二度と再び
君には向けない
愚かなサソリの
最初で最後の
良心が
瀕死のカエルに
してやれるのは
刺さずに
「逃げろ」と
突き飛ばすこと
乱暴なこと
この上ないが
惚れたカエルを
刺す気になんか
なれやしないから
突き飛ばす
力の及ぶ限り遠くへ
突き飛ばす
どんな辺鄙な
地まで飛ぼうが
やがては慣れる
落ちた拍子の
打僕も傷も
いつかは癒える
この針に
まかり間違って
刺されて死ぬより
はるかに長く
平穏無事に
生きられる
だから
突き飛ばす
突き飛ばすから
早く逃げろ
そして愚かな
サソリのことは
1日も早く
忘れるが勝ち
18 芝居ははねた
芝居の幕を
下ろす夜
忘れてくれと
言い添えた
出逢ったことすら
早晩悔いる
汚れた男が
恋人だった
汚れた日々など
忘れろと
君が心に
抱いて行くのは
今までも
これからも
逝ったその人
1人で充分
汚らわしい
獣の影まで
引きずらせたら
気の毒すぎる
記憶に残す
価値もない
獣の呪いは
解いて去るのが
最後の礼儀
だから
忘れてくれと
言い添えた
言い添えたけど
言い添えながら
それでもなお
口づけた
苦しむなと
自分をそんなに
苦しめるなと
最後まで
獣を案じる
ことしか知らない
まっすぐな目に
どうにか耐えて
口づけたのは
衝動じゃない
君はどうあれ
僕にとっては
決して芝居じゃ
なかったと
叶うものなら
一途な雁(キロギ)の
新たなツガイの
片われに
心の底から
なりたかったと
身のほど知らずの
分際で
そう夢見てたと
伝えたかった
信じるなと
脅しつづけて
言葉に懲りた
罪人が
自分の言葉の
非力に懲りた
罪人が
それでも
伝えたかったから
伝える術が
ほかにないから
口づけた
最後まで
身勝手な
男だったと
映ったはず
それでいい
なおさらいい
芝居ははねた
君とはもう
会うこともない
明日からは
買収の
詰めの作業に
忙しくなる
19 赤いマフラー
(1)
株主工作
上首尾で
買収は
日々着々と
進んでるのに
嬉しくもなく
父子の夢だ
獣の道だと
どうこじつけても
気が晴れず
酩酊しても
消えない面影
消そうとするほど
なお蘇って
またもがく
夜が昼だか
昼が夜だか
最後にいつが
正気だったか
覚えてないほど
酩酊半ばで
奴から聞いた
「命も捨てて
ハンドル切って
逝ってしまった
人の記憶が
霞んでつらい
忘れちゃいけない
人なのに」と
泣きじゃくったと
そう聞いた
「コートを着るのも
嫌だったのに
あのマフラーが
離せない」と
泣きじゃくったと
聞くはしから
眉間が痛くて
視界は歪んで
上でも向かなきゃ
何かこぼれて
酩酊は
きれいさっぱり
覚め果てた
芝居がはねて
もう何度目か
足が自然に
向かった
いつかの湖で
“ビンタ”を
手に入れ
解毒剤の
押し問答をし
眠気覚ましの
缶コーヒーを
無駄に買わせた
あの湖で
いるはずのない
人を見た
ぽつねんと
ベンチにひとり
遠目に赤い
マフラーだった
(2)
生まれて初めて
他人のことを
羨んだ
生まれて初めて
自分ではない
ほかの男に
なりたかった
青鶴洞の川べりで
10歳の君の
目の前に
立った少年が
僕だったらと
泥酔しながら
夢見てた
自分ではない
ほかの男に
なりたくて
なれなくて
泥酔しながら
地団駄踏んだ
獣のくせに
嫉妬かと
夢見るはしから
自分を笑い
あざ笑っては
夢見たそれも
もうやめる
いるはずのない
人をこの目で
見てるから
あのマフラーが
赤いから
君の初恋で
なかったことは
もう怨まない
その代わり
君がこの世で
最期にまぶたに
映していたい
人間になる
獣をやめて
人間になる
そう決めた
牙むいて
虐げて
物と言わず
金と言わず
手にさえ入れば
有頂天に
なってた獣が
むかれた牙にも
甘んじる
君に出逢って
初めて畏れた
残虐非道な
獣と知っても
それでも
行く手を
遮るまいと
1歩身を引く
君に出逢って
その無私無欲を
心底畏れた
牙をむく
気力が萎えた
獣でいるのが
つくづく嫌で
ヘドが出た
-立ち止まり方を
知らないから
ただ前向いて
進むだけ-
そんな不遜な
屁理屈を
性(さが)だと甘えて
開き直るのは
もうやめる
それが性(さが)なら
変えてやる
君のために
人間になる
生まれ変わりたい
人になりたい
そう思った
僕を心に
入れてほしい
そこにあの人が
いるのは知ってる
当然だ
僕なんかに
義理立てて
死者の記憶を
消さなくていい
霞みそうなら
呼び覚ましてでも
記憶を抱いて
生きていいから
せめて僕も
君の心に
入れてほしい
今すぐここでと
言う気はない
資格もない
でもいつか
赦されるなら
そして
君の心が
この世の中に
あるかぎり
君の心の
中にいたい
君の中で
生きていたい
今日ここで
この湖で
いるはずのない
君を見たから
赤いマフラー
してたから
心の底から
素直に乞える
僕たち
芝居じゃ
なかったろ?
2人とも
ずっと前から
20 人の世の掟
いっしょに行くと
いっしょに生きると
君がうなづいて
くれたあの日が
僕が君を
娶った日
君の心を
娶った日
-君がこの世を
去るときは
あの世で待ってる
人のところへ
送り届ける
けれど
この世に
生きてる限り
僕のそばから
離さない-
君とあの人に
墓前で誓った
-君を置いて
先には死なない-
帰りの車で
君に誓った
人の世が
節目と謳って
めでたがる
婚礼の日より
はるか以前に
僕は心で
君を娶った
そして素直に
人の世の
掟に従う
覚悟を決めた
人の世に
正真正銘
祝福されて
君を伴侶に
迎えると
覚悟を決めた
獣が人に
なりたがるんだ
人の世にある
掟には
一切黙して
従うのが筋
今日まで犯した
罪の報いは
甘んじて
受けるのが筋
君の家を
買い漁りかけた
卑劣なゲームの
後始末
見くびり
あざけり
かいくぐって来た
法への改悛
そして何より
駆け落ちなんか
死んでも出来ない
義理堅い
小心者を
伴侶にしようと
決めた以上は
けんもほろろで
取りつくしまない
親たちが
いつか僕らに
折れるころには
老いさらばえて
爺や婆やに
なってるだろうと
観念までした
持久戦
罪の報いに
甘んじようにも
どれもこれもが
一大事で
いつどうやって
始末がつくやら
見当もつかない
試練の数々
僕ひとりでは
手に余ってた
きっと早晩
投げ出してた
だけど不思議と
その日その日の
分だけを
夢中で耐えた
何日何週何カ月
覚えてないほど
夢中で耐えた
心底畏れて
窮して
羞じて
生き直したいと
願うなら
人は必ず
生き直せると
獣も人に
変われると
君が教えて
くれたから
人の世の
掟が認めて
くれるまで
耐えてみせると
強がれた
「いっしょに耐える
この世の試練は
この世で耐える」と
一歩も退かない
君を伴侶と
決めたお蔭で
強がれた
「祝福されずに
苦しむ今を
懐かしむ日も
きっと来る」と
憎たらしいほど
頼もしく
励ましてくれる
君を伴侶と
決めたお蔭で
耐えてみせると
強がれた
21 甘えてのろける
(1)
一夜も共に
しないまま
式を迎える
男の恨みを
甘く見るなよ
後悔するぞ
半ば本気で
けしかけたって
柳に風で
けろっとしてる
人にイカれた
代償だから
軽口たたいて
メールで茶化して
修行僧
さながら耐えてる
涙ぐましい
男に向かって
到底正気と
思えないって?
心配いらない
式挙げて
一晩過ぎたら
正気に戻る
“僕より先に
電話を切らない”
またとない
しおらしい
君の言質を
手に入れて
こっちから
あっさり切るバカ
どこにいる?
暇なら寝ててと
僕を無視して
誰かさんは
2時間平気で
パソコン打てる
僕は5分と
無理なのに
隣の君の
シートベルトを
締めるも
外すも
世話を焼くのは
僕の特権
この先ずっと
飽きるまで
いつの日か
生まれてくる子に
ママを返せと
駄々こねる
夫の姿を
見たくなければ
ほったらかさずに
大事にするべし
たかがこれしき
男だったら
ごく平均の
域を出ないと
思うけど
甘えん坊だの
年を逆さに
取ってるだの
今に子どもに
笑われるだの
言いたい放題
口達者な
君にかかっちゃ
これっぽっちの
憎まれ口で
済むはずもなし
幼稚っぽいとか
みっともないとか
カリスマの
カの字もないとか
騙されたとか
もうすでに
頂戴ずみの
褒め言葉だか
悪口だかは
数知れず
でも
それでいい
大いにけっこう
僕が一言
言うたびに
呆れかえって
ため息ついて
だけどそのあと
まず間違いなく
笑い出すから
それでいい
一生甘える
死ぬまで
のろける
君が笑うと
判ってるから
(2)
「気がついたら
笑ってた
あなたのそばで
知らず知らず
笑ってた」
芝居がはねて
間もないころ
買収が
日々着々と
進んでたころ
自分を責めて
苛立つ僕を
負けない強さで
即 遮った
まっすぐな声
突然の
君の告白
僕は2つの
頭で聞いて
聞いた頭が
2つ勝手に
うろたえた
芝居がいつか
本気になるほど
君に焦がれた
男としては
2度と再び
戻れない
昔話と
判っていても
目を覚ませ
笑って生きろと
躍起になった
遠い昔が
無駄ではなかった
証に聞こえて
誇らしくて
うろたえた
その一方で
獣は獣の
道を行くと
意地になってた
鉄面皮には
侮辱の限りを
尽くした獲物に
慰撫されるのは
拷問だった
世の中で
いちばん苦痛な
罪の報いが
どんなものだか
君は知ってる?
罪を犯して
責められもせず
なじられもせず
ただ一心に
慰撫されること
痛みを負わせた
その本人に
慰撫されること
そして何より
その本人が
自分が惚れた
女であること
因果応報と
耐えようにも
慰撫される獣にとっては
拷問よりも
拷問すぎて
うろたえた
知らず知らず
笑ってたという
あの一言は
君と演じた
芝居への
思いもかけない
過分な褒美
そして一生
負うべき重荷
だからこそ
死ぬその日まで
噛みしめようと
心に刻んだ
あの日
あのとき
一言一句
君の声音を
心に刻んだ
僕のそばで
笑ってたって?
知らず知らず
笑ってたって?
それなら僕は
笑わせる
獣には
許されないと
諦めきってた
夢だから
獣をやめて
人になるから
その夢を
叶える資格を
授かった
今だから僕は
笑わせる
笑いたくても
笑えなかった
10年を
取り戻させる
これから先
今までの分も
存分に笑って
生きさせる
獣を人に
してくれた君を
僕は一生
笑わせる
だから甘える
甘えて
のろける
君が笑うと
判ってるから
22 家門なるもの
(1)
「起き抜けの
素顔のままで
祖母は決して
祖父の前には
出なかった
愛してるなんて
口にできない
時代に生きた
祖母にとっては
その身支度が
せめてもの
-愛しています-
だったはず
だから私も
見習いたい
早起きして
薄化粧して
毎日あなたの
前に立つ
昔の人を
見習って
真面目な気持ちで
毎朝あなたの
前に立つ」
訥々とした
こんな言葉を
面と向かって
聞くことが
僕の人生に
あろうだなんて
それほどの価値が
僕にあるかと
総毛立つほど
身がすくみ
その価値のある
男になろうと
聞きながら
心に決めた
身に余る
決意の吐露に
敬意と脱帽
そして
口の端に
こんな言葉が
さらりと上る
女性に君を
育てた家族に
心の底から
敬意と脱帽
時代錯誤と
世間が笑う
つつましやかで
素朴な家風を
日々淡々と
守って生きる
家族に脱帽
(2)
「この家に
生まれ育った
孫娘だが
死ぬときは
婚家の人間
これまで
我が家で
してきたように
今日からは
婚家の人を
喜ばせるのが
おまえの務め」
老家長が
口にしたのは
どこまでも
厳しくゆかしい
主(あるじ)のはなむけ
君を見つめる
眼差しに
宿した
祖父の淋しさを
決して口には
しなかった
「君の家族の
一員として
これから命を
全うする子だ
この家に
二度とふたたび
戻してくれるな」
その昔
血も涙もない
商人ですと
啖呵を切った
不届き者が
啖呵を切った
その相手から
婿として君を
託される
不思議と
感謝と
面映ゆさ
戒めを
胃の腑の底で
噛みしめながら
-婿は盗っ人-
古来の至言が
身に沁みた
この家と
この家族にして
君ありと
つくづく思う
そしてまた
君だからこその
この家族だと
つくづく思う
縁を結んで
集った人を
家族と呼ぶと
縁に引かれて
集った家族が
日々憩う場を
家と呼ぶと
縁(えにし)のあやに
笑って泣いて
その家で
その家族らが
歳月かけて
紡いでいくもの
それが
家門だと
崇めるものでも
けなすものでも
決してないと
君の家と
君の家族が
言わず語らず
そう教えてる
僕も家門を
興したい
そんな家門を
築きたい
ダナ
君といっしょに
23 伝説どおりじゃないけれど
遅かった
互いの出逢いを
怨むことなく
2羽の雁(キロギ)は
添い遂げました
互いが互いの
初恋で
なかったことを
怨むことなく
添い遂げました
時が来て
出逢うべくして
出逢えたことを
ただ喜んで
死ぬまで互いを
いたわり合って
添い遂げました
旅立つときは
どちらがどちらに
遅れることなく
仲睦まじく
連れだって
そして
何回 何十回
生まれ変わっても
添い遂げました
僕たち
こんな
雁(キロギ)になろう
伝説どおりじゃ
ないけれど
たまにはこんな
雁(キロギ)がいたって
いいじゃないか
<完>
それが家門なら
最後までお読みいただき
どうも有難うございました。 懐拳