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流血表現あります

人は、死んで、何処に行くのだろうかと、
いつか言った言葉を思い出した。

或る人は暁の空に還るのだと言った。

或る人は夜の海の底に落ちるのだと言った。

また或る人は夢の先へと、天国へと、

地獄へ と。

天国へ逝った魂は幸せに暮らす、地獄に落ちた魂はそれぞれの場所で罪を払うのだと、
九頭樹(くずき)志織(しおり)は幼少の時その話を聞いて次の問いを善良で正常な大人に投げた。

生きる罪は死して払えると言えるのか。

志織は幼くして異常だった。
守ってくれるはずの母は生まれてまもなく死に、父親に「生まれてこなければ」と言われ、己は生きていることが罪であると刻まれた“哀れな子供”であった。
大人たちは対応に困り、その問に答えることはなかった。




そしてその問を大人になっても引きずっていた頃、
目の前の男、明石(あかし)一平(いちひら)にその問を投げることなく、淡々に“仕事”をしながら。
志織の役割は【案内】だ。
この明石という男に上から案内するように言われた場所に案内する。彼の仕事の書類を渡す。そんな役だ。
ただ案内される人間に興味の関心も向かなかった。それでいいとすら思っていた。
案内さえ終われば、案内された人間から許可をもらい、その場を去って報告して、手元に金が渡る。
安定して楽な仕事だった。
目的地についた。後ろに確かに足音は聞こえていたからついてきているだろう。

「こちらが」

全て言い終わる前に明石は前に出た。
単なる路地、とも言い難い。
連続殺人の現場らしい。
警察が捜査に入って片付けが終わったあとであるから何も残っていないが、上からここに案内するように言われたのだ。無駄だと思っても仕方ない。
明石がキョロキョロと上へ右へ下へと頭を動かし、志織を指差した。

「メモの用意。僕が言うこと全部メモして上に報告」

言われた通りメモの準備をする。
そして奴の口は何もなくなった路地起きたことを話しだした。

「通り魔なんだけど殺した人間は人を殺した時にその場にいない。ピアノ線で罠張ってスパーンってやったぽいね。バイクでブーンてスピード出してそのままスパーン。力が前に行って引っ掛けてたやつ取れて線は上に。
間抜けなことにまだ証拠を回収できてないわけだ。警察も殺人犯も。上のあれだよ見える?みえないよねー
そんで上の窓から回収する予定っぽいよ。
犯行理由は私怨だろうね。まぁどうでもいいけど。」

見えるわけないものを指さしてやつは笑っている。
そして以上と言わんばかりにどこかへ歩き出した。
志織はメモに気を取られて明石を追わなかった。彼女は文字を書くのが遅いのだ。
その先の建物に数人一般人の姿が見える。
明石はポケットから鋭い銀色を少し覗かせ、建物の中へ一歩、そして、
扉を閉めた。



メモが終わった後、周りに誰もいないことに気づき周りを見回した。
瞬間、耳に衝撃が走る。
あの男はどこへ行ったんだ。というよりも、
何を始めたと問いたくなる轟音。チェーンソーだろうか。

音の方向は、明石が指さしていたピアノ線を回収する窓。

まさかとは思った。
そんなはずないと思いたかった。
まだその頃は汚れてなどなかったのだ。
異常ではあったのだが。


窓は高さからしてだいたい3階くらいにあった。
おそらくその辺だろうと建物に入って階段を駆け上がる。
かけ上がれば上がるほどに鉄の匂いが濃くなっていく。
3階に上りきりフロアに入ると、一般人の言う地獄絵図が出来ていた。

壁に釘で貼り付けにされた女。
四肢をちぎられマリオネットのように吊るされた男。
血だまりに沈んだように右半身のない子供。

充満した鉄と不純物の匂いに吐き気がする。
轟音はフロアに入って少しして止んだ。
音が止んでもなお明石は何かしている。
ガチャガチャと金属音が扉の奥でなっている。
またしばらくして音は止むが、動く気配がない。

志織はその部屋のドアノブを握っていた。
危険を冒してまで見る必要は無い。
自分の身の安全を確保しろ。
そう言い聞かせようとしても手はしっかりドアノブを握っていた。
好奇心には抗えず、志織は開けてしまった。

その地獄の門を開けてしまった。


その部屋は異質と呼ぶに値する。
床一面に人が死んでも流しきれない量の血が溜まっており、
天井に血しぶきがついているにも関わらず、壁はなぜか一滴も血は付いていない、綺麗なまま。
そして、目に止まる。
明石は不服そうな顔で吊るされた男の頭を見ていた。
四肢は切られて部屋の角にそれぞれ置かれ、胴体は中心に、その上に振り子のように頭を吊るされた男の死体を。
彩るかのように血だまりに浮かぶ白い花びらがユラユラ揺れた。
窓の向こうのテラスに白い花が咲いているのが見える。2、3本手折られているのが分かる。

吐き気はあった。おぞましさも、恐ろしさもあった。
だが、そんなもの以上に、異常な人間は“それ”を感じた。
【その空間の美しさ】を志織は感じてしまった。
地獄の中に咲く美しさを見てしまった。

その部屋には入れなかった。
一歩も踏み出すことすらできなかった。
身動きひとつ取れずその空間に見入ってしまった。
その咲いた地獄の想像者は志織に気づき驚いた顔してこちらに目を向けた。

「志織ちゃん、いたのかい?」

間抜けな声で彼は言った。
バツの悪そうな顔で明石は吊るされた男の頭を睨んだ。

「まいったなぁ、まだ未完成なんだけど…」

無関心でいた人間が一気に形を表して、無関心でいられなくなった。
恋心には程遠く、恋愛というには青臭さがなく、信仰心というには生臭い。
そしてこの時、初めて、九頭樹志織は明石一平という男と出会ったのだ。
その美しさを忘れられ、捨てられた地獄で。

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  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-11-30

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