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題名決まっていないので@です。流血表現あります(たぶん)

有彩色、鮮やかさの支配から逃げ出そうといつかの何処かの自分はあがいていた。
広がる青、咲いた黄色、ピンク、白、踏み崩れる薄橙、朽ちる灰色と黒、

燃え流れる赤。

色に圧迫されていると感じた時、その時の自分は何を思って逃げたのだろうか。
一体どこに逃げようと思ったのだろう。
有彩色に支配されたこの世界に逃げ場なんてないのに。
「今更だな」と独り言をつぶやいて上を見上げる。
朽ちる灰色と黒に絞める麻色、死んだベージュと麻色の間に咲く薔薇色。
完成されたようで未完成の"コレ"にかすかな感動と愉悦にひたる。
持ってきた道具で彩ることも装飾のための白ゆりや牡丹を散らすことも無粋のように思えて、この神聖な領域に触れたくはなかった。
しかし仕事は仕事、割り切っている。

持っていた白ゆりと紅色の牡丹をそれの周りに散らし、服についた花びらを一つ一つ埃っぽい床に落とす。
黒と銀の普通より横長く大きいトランクケースを開けた。その中にも花が大量に入っていたため割れた水槽から出てくる水のように花びらが足元を埋めた。
気に止めることなくトランクケースを漁る。金属がぶつかり合う音がただ響く。
誰もその場に入らない。何の音も邪魔をしない。

強いて言うならこれから出す音がこの聖域を荒らし、壊し、完成させるのだろう。
トランクケースから引きずり出したチェーンソーが咆哮を上げた。




大通りの片隅、明るい雰囲気で客を集める喫茶。
目立つサーモンピンクの頭。肩まで届かない髪を小さなサイドテールにした"都会を履き違えたような"女が長時間居座っていた。
妙な青い液体の入った小瓶のピアスが日光を反射して度々目がくらむ。
彼女はコーヒーのみを注文して1,2時間以上一人で4人席を占領している。
昼になろうとしていて客も増えていき、このような客は店員からしたら迷惑と言える。
これ以上注文しないんだったら帰ってくれないかと言いたくなるほど。

誰も言葉にしないのだが。

この女の周りの席は空いていた。不自然なほどにきれいに開いていた。
誰も座ろうとしない。
不気味で仕方がないのだ。この女が。
どこの会社員か知らないが妙な黒服で、口元だけ絶えない笑みがさらに不気味だった。
早くどこか行ってくれないかと店員も周りの客も願うばかりだ。

「やぁ、志織ちゃん」

黒縁メガネの頼りなさそうな青年が手を振っていた。
彼女も手を振っていたが、その目は死んだ魚のようだ。

「ごめんごめん、後片付けに手間取っちゃった」
「あは、いつものことですねー、どうせ拾い食いでもしていたんでしょうねー、いいご身分ですねー、滅びろください」
「ひどくないかい志織ちゃん!?」

彼女と彼の間で会話がなされている。
頼りなさそうな彼は彼女の前にズケズケと近寄り縦長く大きいトランクケースを置いた。
なかに何が入ってるかわからないが重量感のある音で倒れた。

「あー、もー、ちょっと重さが変わると倒れやすくなっちゃって辛いねっとぉ」

トランクケースと立て直した。勢いに乗ったまま椅子に座る。
がたんと大きい音が鳴ったが彼は気にする様子もない。

「さらに中身が増えると思ってくださいね明石くん」
「えぇー、僕疲れたんだけどぉー。絶対人選ミスってるってー」
「知ったことじゃねぇですね。ワタシに害さえなければなんだっていいです」
「あんまりだよォ」

テーブルに突っ伏した彼の前に広げられる新聞。
一面に猟奇殺人の記事が載っている。
彼は体制を変えないままじっとその記事を見た。
彼女はコーヒーを飲み干しカップを置いた。

「模倣、美しくないなぁ」

一言そういった。
彼はそう言って記事を取りひらひらと振りながら起き上がった。

「これでいいかい?」
「えぇ、それに指定はないのでお好きにどうぞ」

記事をポケットにしまい、トランクケースを置いたまま手を振った。

「明日から動くー、僕の部屋に投げ込んどいてー」

喫茶から彼が出ると彼女は立ち上がり、彼の置いていったトランクケースを持ってカップをカウンターに持ってきた。
目の笑っていない彼女と関わりたくないがカップは洗わなくてはいけない。

「あなた」

その声が自分に向けられたものと店員にはわからなかった。
彼女は笑っていなかった目を細めて言った。

「やめた方がいいですよ」
「は?」
「ここは飾られますからねぇ。早めに逃げたほうがいいです」

彼女はそう言って千円札を数枚出した。
お釣りを取りながら彼女の意味不明な言葉にいついて考えたが店員はそんなことよりもその場から逃げ出したかった。
彼女は察したかのようにお釣りを受け取り財布を直した。

「気まぐれでの独り言デスヨ。では、マズイ珈琲ゴチソウサマデシタ」

そう言って彼女は出て行った。
客は安堵したかのようにいつもの喧騒を取り戻したが、店員だけは不安がぬぐいきれなかった。
彼女の不気味さや言った言葉の意味も不安の一部だったが、店員の不安の中心は、途中で入ってきて注文ひとつなく立ち去った頼りなさそうな青年だった。

あの青年の背格好、赤い着物を羽織っていて目立つはずなのになぜか自然と馴染んでいた。
下駄を履いていたはずなのに足音一つもしなかった。
一瞬みた顔は彼女のように目が笑っていない笑顔だったが、目の澱みが忘れられない。

その奇妙な不安は店員を支配し、蹂躙し、数分でその場から走って逃げ出していた。
そしてカフェを辞めた。
耐えられないとその店員は言った。
ほかの店員は考え過ぎだといった。

数日後、ここで猟奇殺人が起きるのは別の話。




「僕の感性の話でもしようか」

カフェからそんなに離れていない路地に頼りなさそうな彼はいた。

「僕の世界は形ではない、色の呼吸、生命、状態ってのを中心にしている。
霞んだ青、息する白、冷たい茶色、こんな感じに。
かつての僕はこの色に恐怖していた。一体何に恐怖していたか、きっと支配されることに恐れを抱いたんだろう。
ならば、ならばどうすればいいか。
支配し返せばいい。
色が世界を支配するなら、僕らが色を支配する。それで平和だとねぇ。
支配し返すといってもどうやってってなった結果が作品なんだ。
他者に共感、されなくても目に刻み込めればそれで大成功さ。
まぁこんな感じ。
いろんな人が協力してくれてね、作品がよく増えたもんだよ。指定とかされたりするけど。
僕としては満足がいくもの作りたいけどねぇ、機会がないなぁ。
あぁ聞こえてる?もう聞こえていないかい?
残念だなぁ。どうせなら君もちゃんと作りたかったけどね。
トランク持ってればよかったなぁ」

手元に鋭い銀が光る。
日も差さない、人気もない、そんな中でも銀はまだ光を持っている。

「人は、僕を、快楽殺人犯とか、愉快犯とか、いうけどさ
こういう生き方って、快楽も愉快もないと思うんだけどねぇ
強いて言うなら、これは誰しもが持っているドロドロしたものなんだと思うんだよねぇ
欲望、渇望、探求、追憶、いろいろ混ざってるもの」

銀についた赤を振り落として見下ろす赤に微笑んだ。

「人はそれを恐れるけど、僕はそれをアイしたいって思うんだよねぇ
どんな色をしているんだろうねぇ、赤?青?黄色?

黒だったらとっても素敵だなぁ」

手元のツールナイフは鈍く光を弾き、足元に人がる赤の水たまりは広がる青に対抗するかのように、紅く世界を移していた。

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  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-11-30

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