殺し文句
ある所にひどく人間嫌いの男がいた。彼の性癖は徹低しており、常に家に閉じこもっていた。そしてその家も何重にも渡って警備が施されていたのである。当然近所づきあいもせず、彼には友人はおろか知り合いさえ禄にいなかった。
「人間など何をするか分からんからな」というのが彼の持論だった。
しかしその天国の様な生活(彼にとって)を続ける為にはかなり金がかかった。金を稼ぐには働かなけらばならないわけだが、そんな人嫌いにできる仕事など限られてくる。本来なら野垂れ死にしてもおかしくないほどの社会不適合者なのだ。しかし幸いにして彼には文才があった。というわけで、彼の職業は作家だった。そして彼の本は、これまたよく売れたのである。
金というのは一度溜まりだすと中々減るものではないらしい。特にこの人嫌いにして見れば、そもそも金を使う機会が食費と屋敷維持くらいしかないわけで、そんな金額をものともしないくらい売れまくった彼の小説は、どんどん貯蓄を増やしていくのだった。
もちろん人を信用しないこのご仁は、銀行に金を預けたりはしない。屋敷には、金がうずたかく積まれていった。
ここに目をつけた集団がいた。彼と同じく人を嫌ってはいるが、彼の様な才能は持たない連中である。社会の最下層に属する彼らは、その独特の折れ曲がった根性を存分に発揮して、自分こそがその金を所有すべきであり、男は死ぬべきだという論理を組み上げた。
ある日、男の屋敷に彼らの内の一人がやってきた。そしてあろうことか、屋敷に火を放ったのである!!
が、屋敷に施されていた厳重なセキュリティによってものの数秒で消化された。もちろん放火犯は即逮捕である。
これが、彼らと男との、長きに渡る戦いの始まりであった。
ある者は刺殺を目論んだ。屋敷の警備員に逆に刺殺された。
ある者は絞殺を試みた。男の考察によって実行に移す前に逮捕された。
ある者は圧殺に挑んだ。殺人のプレッシャーに押しつぶされ、結局自殺してしまった。
この様に、おおむね男の勝利で戦いは進んでいった。
もちろん彼らとて全く男に勝てなかった分けではない。あまりにも彼らがしつこいので、男は小説の執筆に支障をきたしたし、人嫌いがいくらか緩和されて所帯を持ったりした。何より年を取り、男は白髪の老人になっていた。孫をかわいがる姿もちらほら目撃されていた。
しかし、やはり老人有利で時は進んでいったのである。相変わらず身内以外には嫌悪感を抱いていたのも事実だった。彼らの中には老人の殺害を諦め、まともに就職をするものまで出てきた。
そんなある日のことだ。
彼らの内の一人が言った。
「今度こそ、俺があの老いぼれを仕留めて見せる。なあに、こんどこそ大丈夫だ。」
その言葉を聞いて誰もが大笑いした。最早彼らにとって老人を殺すことなど夢のまた夢の話になっていたのである。
そんな仲間達を見て、男は薄く笑った。
「まあ、今に見ていろ。俺が必ずやあいつを殺してやる」
そしてその男は老人の屋敷に向かっていった。
残された仲間達はさかんにこのことを議論した。
「なあ、あいつ上手くやると思うか?」
「無理だろ。今まで何人の奴があの老人に挑んだと思ってるんだ。絶対に不可能だ。」
「しかしやけに自信たっぷりだったが……」
「いや、ただのはったりさ」
そうして殺害は無理という結論に至るのであった。
しかし、翌朝。
彼らは新聞を見て驚愕した。新聞に「老人死亡」の大見出しが載っていたのである。驚きのあまり、彼らは日課のネットサーフィンをすることさえ忘れてしまっていた。
やがて男が帰ってきた。
彼らの内の一人が男に問い詰める。
「おい、お前。どうやったんだ。あの老人を殺すのはもはや不可能とまで言われていたのに……」
「毒殺だよ。アメ玉に毒を仕込んで渡してやったら、そのままポックリだよ。」
「しかし、あの老人がそんな不用意にアメを口にするとは思えんが……」
「いやいや」男は首を振った。「ただのアメじゃない。セールスマンの格好をして、『健康にいいアメなんです。お孫さんにもいつまでも元気なおじいちゃんの姿を見せてあげたいでしょう?』ってなもんだ。すぐにサンプルにパクついたよ。老人はかわいい孫に弱いからな」
「……。いや、やっぱりおかしいぞ!!」と彼らも中々納得しない。ぶんぶんと手を振り上げて抗議する。「そんな言葉一つで、あの老人が簡単に警戒を解くとは思えん。しかもそれで、死んでしまうなど……」
男はそれを聞いてきょとんとした顔になった。
それから、得意そうに、にやりと笑った。
「『殺し文句』を言ったからな」
殺し文句