SS1「いつもの待ち合わせ」
いつもの待ち合わせ
薄暗くなった空の元、駅の出口で仁王立ちをしながら、俺は前方を睨みつけていた。待ち合わせ場所はすぐそこだ。俺からも見えるほどの距離。待ち合わせ時間は近い。しかし、俺がそこへ向かうには、越えなければならない障害があった。
「……何してんだ、雄一」
後ろから名を呼ばれて振り返ると、ただでさえ低い背丈を猫背により更に縮めた、柄の悪い男が近づいてきていた。スーツ姿を見るのは久しぶりだ。会うこと自体、久しぶりだ。天然パーマをヘアピンで留めた髪型の男は、立花晴香という。
晴香は俺の隣に立ち、視線を合わせるように踵を上げた。
「何見てんの?」
その質問に、顎で返す。俺が見ていた物を認識したのか、晴香は顔をゆがめた。
俺たちの視線の先には、金髪高身長の男が、壁にもたれ掛って俯いていた。それだけでは無い。その男は、道行く女性の視線を独り占めしていた。全員が、彼を振り返りながら歩いていく。時たま男が顔を上げると、彼女らは少し色めきだつ。
隣から軽い舌打ちが聞こえた。見ると、胸ポケットから煙草の箱を取り出しているではないか。ここは禁煙だ。そう言いながら箱を取り上げると、更に大きな舌打ちが上がった。
「あれに声かけるのムカつく」
「分かる」
晴香の言葉に、しみじみと頷いた。俺も、先ほどからあの男に声をかけることが嫌で嫌で仕方が無い。癇に障る。しかしいつまでもここで立っているわけにはいかない。あの男だけならまだしも、もう少しで来るだろう黒髪天然パーマのチビを待たせれば俺たちの脛が犠牲になることは避けられない。行くしかないらしい。俺と晴香は深い深いため息を吐き、一歩踏み出した。
その瞬間、周囲の女性たちが一斉に騒めいた。おい待て、と晴香が俺の腕を掴む。周りの人間の視線の先を見ると、先ほどの金髪の男に近づく人影がある。
ふわふわと空気を含んだ髪に、細いフレームの眼鏡。身長はかなり心もとないが、ピンと伸びた背筋がそれを感じさせない。大きな釣り目に、鼻筋の通った顔立ち。
しまった、あの二人が先にそろってしまった。小柄な男は片手を上げて、金髪に声をかける。彼が口角を上げて微笑み、二人が隣に並んだ。世界でそこだけが、スポットライトを浴びているような錯覚さえ起こさせる。
「……雄一、信じられるか? 俺たち今から、あいつらに声かけるんだぜ?」
「ああ。まったく、信じたくないことにな」
乾いた笑いしか出てこない。女性たちは、誰が声をかけるのかと無言の争いを繰り広げている。やめておけと、声高に言いたい。
今度こそ晴香が煙草を咥えた。俺に、それを咎める気力は無い。全てを諦めながら、俺たちは光の元へと足を踏み出した。
SS1「いつもの待ち合わせ」