探偵日記 2 『 身上調査の女 』

探偵日記 2 『 身上調査の女 』

実は、私は探偵小説が嫌いだ。
ホームズ、金田一、コナン …etc そんなに都合良く、謎解きの鍵が見つかるもんか。
警察署の警部辺りから事件捜査の協力や依頼など、そんな警察のメンツを潰すような設定、誰が最初に考えたのだろう?
・・そう、私は本物の探偵だった。 今でも時々、プライベートな時間に、『 非日常生活 』をしている。
密室殺人とかアリバイ崩し・・・ 実際には、そんな謎解きなどは無い。 もっと、人間の深層心理や対象者の人生の機微に迫り、
自身の岐路に、事情を重ね考える事が多い。
先回に続き、私が担当した案件の中から、特に記憶に残っているものを選出し、シリーズ2としてまとめてみた。

登場人物・団体名は架空ですが、ストーリーと結末はノンフィクション。 事実のみを優先しています。
登場する探偵『 葉山 』は、私です。

1、愛人

 女が、シャワールームから出て来た。 一糸まとわぬ姿で、男の待つベッドへ向かう。 長いキスと抱擁の後、お互いの愛を確認するかの様に、2人は愛撫を始めた。
 ・・・愛は、あるのか・・・?
 そんな無粋な疑問に、葉山は、自分を笑った。
 回り続けているビデオカメラのビュー・パネルを閉じ、仰向けに寝転びながら、葉山は、タバコに火をつける。 ここは、ビルの屋上だ。 向かい側にあるマンションの一室で、今現在、不貞行為( 浮気 )が、進行中である。
 探偵とは言え、日常の依頼は、ほとんどがこうした内容の仕事だ。 いい加減、ヤになる。いきなり殺人事件に遭遇したり、怪盗が現われたりなどはしない。 ましてや、黒シャツに白のネクタイを締めてキメたり、サングラスをかけたりなどもしない。 社会の裏側・・ 人生の裏道を垣間見ながら、泥水の中を這いずり回るようにして情報を集める。 まあ、ほとんどの案件が・・ 今、携わっているような、男女の問題に絡んでいるものばかりだ。 推理小説に出て来る『 探偵 』がこなしている業務は、あくまで創作であり、『 妄想 』と表現しても間違いは無いだろう。 実際は複雑な人間関係が交錯し、個人的なエゴに満ちた案件が多い。 想像とは、程遠い業務であるのが実情だ。
( 最近、特に、行動調査の依頼が増えたなあ・・・ )
 タバコの煙を、空に向けて、ふう~っと吐き出しながら、葉山は思った。
「 葉山さん、交代の時間っス・・! ちょっと遅れて、すいません 」
 20代の調査員が、低く腰をかがめながら、やって来た。 この案件は、他の事務所と合同である。 葉山は、増員を依頼され、ここに居る。
「 どうスか・・? その後 」
 調査員が尋ねた。 葉山は仰向けのまま何も言わず、くわえタバコをふかしながら、親指でカメラを差した。 調査員が、ビュー・パネルを開ける。
「 うおっ・・! ヤってんじゃないっスか! お~お~、ハゲしく動いてら・・・! どう見ても、仕事の打ち合わせにゃ、見えませんねえ~・・・! まさに、ヒトとして・・ 欲望の赴くまま、悦楽の境地を行く・・てか? 」
 むっくり起き上がると、葉山は言った。
「 文学的表現したって、浮気は浮気だぜ・・・ 野郎、これで先週から、3回目の不貞行為だ。 家裁の調停でも、裁判官は間違いなく不貞行為と認めるだろうな。 調査は終了だ。 もう一度、ダンナのまぬけ顔、ズームしといてくれ。 先、アガるよ。 後は、よろしく 」

 階段を降り、路地に出た葉山は、マンションを見上げた。
「 だいたい・・ 自分勝手で、アホな男が多過ぎるんだよ・・・! 」
 くわえていたタバコを、近くにあったバスの停留所の灰皿に捨てると、葉山は駐車場へ向かった。
 携帯が鳴る。 着信を確認すると、事務所からの転送電話だ。 葉山は、応対に出た。
「 はい、葉山探偵社です 」
『 女性の身上調査を、お願いしたいんだがね 』
「 はあ 」
 いきなりの依頼。 年配の、男性の声だ。 車に乗り込み、メモを取りながら、依頼内容を聞く。
『 実は、私には愛人がおるのだが・・・ その彼女の素性が、イマイチ判らん。 お願い出来るかね? 』
 また男女絡みの案件のようである。 しかし、何とも理解し難い依頼だ。 そもそも、お互いの素性を知らないところに、不倫の魅力とやらが、あるのではないのか?
 ・・・気の乗らない仕事である。 しかし、相手の女性の名前・住所は判っているし、1日だけの調査で良いとの事なので、葉山は、その依頼を受ける事にした。

 市内の喫茶店で依頼人と落ち合い、詳しい状況を聞き取る。
 相手の女性の名前は『 可知 優子 』。 37歳。 知り合ったのは、携帯電話による出会い系サイト。 交際を始めて、約2ヶ月。 人妻との事だ・・・ 依頼人は、50代の会社役員。 数年前に離婚し、現在は、1人暮らしである。
 コーヒーカップを片手に、依頼人は言った。
「 物静かな人でね。 いつも、寂しげな表情をするんだ。 私としては、彼女にその気があるのならば、一緒になりたいと思っている。 その為には、彼女の素性が知りたいのだ 」
 1人暮らしをする依頼人の寂しい気持ちも、分からないではない。 しかし、彼女にも、それなりの訳があって、現在に至っていると思われる。 余計な詮索はしない方が良いと思うが、それが依頼人の希望とあれば、致し方ない・・・
 葉山は、情報にあった、彼女の住むマンションに向かった。

 30世帯くらいが入居していると思われる、8階建てのマンション。 その5階に、彼女の部屋はあった。 このマンションの家賃は、依頼人が出している。 世帯主も、依頼人名義だ。 表札には、依頼人の名前が掛けてある。 郵便受けを覗いてみたが、何も郵便物は来ていない。
( まだ、新しいマンションだな・・・ 両隣は、空室だ )
 隣の様子を聞き込もうと思ったが、誰も住んでないようでは、どうしようもない。 1階の管理人室へも行ったが、ここにも誰もいなかった。
( ふむ・・・ 依頼人は、携帯の出会い系サイトで知り合った、と言っていたな・・・ という事は、彼女の携帯は、自分名義ってワケか )
 それなら、葉山お得意のデータ検索の方が有効だ。 おそらく、本籍が判明する。
 調査の『 点 』に気付いた葉山は、急ぎ、事務所に戻った。

 案の定、本籍の住所が判明した。 本名を依頼人に名乗っていたのが幸いしていた。
「 西区4―151か・・・ こりゃ、一軒屋だな。 よし、聞き込みで、一気にカタをつけるぞ 」
 早速、葉山は、現地に向かった。

 閑静な住宅街に、彼女の家はあった。
 2階建ての寄せ棟屋根で、比較的に新しい。 駐車場ポーチには、1台のミニバンが駐車してあり、表札には『 可知 』とあった。
( ここに、間違いないな )
 ・・・しかし、人の気配が無い。 彼女の旦那と子供たちが住んでいるはずなのだが、家は、あまりにひっそりとしている。 葉山は、何かおかしいと感じた。
 郵便受けには、新聞や折込チラシが押し込められ、閉ざされた門扉の周りには、枯葉が溜まっている。 駐車してある、ミニバンのタイヤと地面の接地部分にも、うっすらとホコリが溜まっていた。
 明らかに、空家だ。 おそらく、2~3ヶ月近くは、住まわれていないと推察される。
( 何か、変だぞ・・・ )
 引っ越したなら、表札は、外すはずである。 だが、車は、置きっ放しだ。 新聞が配達されているのも変である・・・
 葉山は、何部かある新聞の日付を確認した。 最新日のもので、2ヶ月前だ。 屋内に回収されないので、その後は、配達を止めたのだろう。
 葉山は、隣人に様子を聞く事にした。
 家屋に荷かって、右側の家の呼び鈴を押す。 しばらくして、中年の女性が玄関に現われた。
「 あ、すいませ~ん。 ちょっと、おうかがいしたいのですが 」
「 はい? 何でしょう 」
「 あの・・ 私、武田と申します。 お隣の可知さんの、古い知人なんですが・・ 可知さん、引っ越しちゃったんですか? 誰も、いないようで・・・ 私、久しくこちらに寄ってませんでしたから、何も聞かされてないんですよ 」
 女性は、可知宅にチラッと目をやると、答えた。
「 ああ、可知さんトコ? ダンナさん、亡くなられたのよ・・! 事故でねえ。 奥さんも、病気で入院してるらしいの。 お葬式にも、出られなかったみたいよ? 」
 病気? そんな話は聞いていない。 本人は健在で、現在、会社役員と不倫絶好調だ。
 葉山は答えた。
「 えっ! 可知さん、亡くなられたんですか? いつ? 」
「 もう、3ヶ月くらい前だったかしら。 そこの国道の、出会い頭でね。 即死だったらしいわよ? 奥さんが入院して、すぐね。 お子さんは、奥さんの実家で、預かってもらってるらしいわ 」
「 ・・はあ・・ そうなんですか 」
「 ご存知なかったの? 」
「 ええ・・ 可知さんとは、友人の紹介で知り合った、仕事仲間だったんですけどねえ・・・ 」
「 ああ、そうなの 」
「 あの車は? 」
 葉山は、駐車してある、ミニバンを指して尋ねた。
「 奥さんのよ。 もう、バッテリーも、上がっちゃったんじゃないかしら 」
「 そうですか・・ いや、お手間とらせました。 失礼します 」
 近所には、病気で入院している事になっている対象者。 どういう事なのだろうか? また、誰がそんな設定にしたのか・・・?
 不可思議な情報を入手し、困惑する、葉山。
( ダンナが亡くなっているのか・・・ 情報としては有益かもしれんが、これじゃ、解決にならないな・・ 他を、もう少し当たるか・・ )
 新聞を包んでいたビニール袋に、販売店の住所が印刷してある。 毎日、配達をしていたのであれば居住者の姿・行動も、わずかではあるが垣間見ているはずだ。 闇雲に聞き込みをして周るのも、近所の『 ネットワーク 』に載る可能性がある・・・
 葉山は、その新聞販売店へと向かった。

2、意外な事実

「 可知さん? ああ・・ そこんトコの国道で、事故でねぇ・・ お子さん達にとっては不憫な事だったよ 」
 ステテコ姿で、応対に出て来た新聞販売店の店主は言った。 年齢は、60代後半だろうか。 黒フチの老眼鏡を掛けている。
 葉山は、探りを入れる為、誘導会話を仕掛けた。
「 そうだったんですか・・・ いや、実は私・・ 可知さんにお金を貸してまして・・・ まあ、金額は微々たるものなんで、諦めますがね 」
 店主は、敏感に反応した。
「 ・・やっぱり? そんなこったろうと思った。 可知さん、競馬に凝ってたからねえ~・・! 奥さんとも、随分その事でモメてたらしいからさ 」
「 いい人なんですがね、可知さん 」
 当り触りのない人格表現。 これは誰にも使える言葉だ。 しかも、聞き手側は勝手に当事者と深い関わりのある人物・・ と、カン違いしてくれる。
「 まあね。 酒さえ飲まなきゃ、子煩悩な人さね・・・ 随分、奥さんに手を上げてたらしいから 」
「 そうなんですか? そんな乱暴な人には、見えなかったんですけどねえ 」
 店主は、小声で言った。
「 故人を、けなすつもりじゃあないが・・ いつだったか、集金に行ったらさ、奥さん・・ 顔を腫らせててさ。 ダンナに殴られた、って言ってたよ・・! 」
「 そうなんですか? 」
 店主は、更に小さな声で、葉山に言った。
「 ここだけの話し・・ ダンナから奥さんが入院した、って聞いてるけど・・ ありゃ、違うって・・! 逃げたんだよ。 最近、よくあるだろ? 夫婦のケンカで 」
「 DV、ですか? 」
「 よく知らねえが、そんなんだよ・・! 奥さんも、もう逃げ出したい、ってボヤいてたからよ 」
 その時、奥の部屋から中年の女性の声が聞こえた。
「 アンタッ! 爪切り、ドコやったんだいっ? 勝手に持ってくな、つってんだろっ! 」
 店主は、その声に縮み上がり、首をすくめると、葉山に言った。
「 ・・ウチは、反対だぜ・・! なあ、今の話し、内緒にしといてくれよ? 逃げた、って証拠があるワケじゃないんだからな・・! 」
 店主は、そそくさと奥の部屋へ戻って行った。
 ため息をつく、葉山。
 意外な事実だった。 しかし、たった1人からの聞き込み情報を鵜呑みにするのは、少々、問題がある。
 葉山は、近くにあった酒屋へ入った。
「 すみませ~ん。 この辺りに、可知さんって家、ありませんか? 」
「 ああ、この道行って、最初の角を左に曲がって・・ 3軒目ですよ 」
 店内にいた、エプロン姿の中年女性が答えた。
「 あれ? さっき通ったハズなんだけどなあ・・・ 見落としたかな? 」
 葉山が、そう言うと、女性は尋ねた。
「 可知さんトコに用事ですか? 」
「 ええ。 ダンナさんにね 」
 女性は、困ったような顔をした。 葉山は、すでに誘導会話に入っている。
 いぶかしげな表情をして、女性は尋ねた。
「 ・・お客さん、ダンナさんのお知り合い? 」
「 ええ 」
「 ダンナさん・・・ 亡くなられたのよ? 事故で 」
「 えっ! ・・ホントですか? それは・・・ 知らなかったな。 いつ頃なんですか? 」
「 3ヶ月前だったかしら 」
 葉山は、傍らにあったボトルクーラーから緑茶のペットボトルを出し、レジに置きながら、独り言を呟くように言った。
「 参ったなあ~・・! そうなんですか・・・ まあ、奥さんにでも相談するか・・ 」
「 奥さんも・・ 居ないわよ? 」
 レジを打ちながら、彼女が言った。
「 ・・はい? 今、何と・・? 奥さん、どっか行っちゃったんですか? 」
 彼女は、しばらく葉山の顔を見ながら思案していたが、やがて聞いて来た。
「 ・・お宅は、可知さんの身内の方ですか? 」
 葉山は、小銭を出しながら答えた。
「 いいえ。 以前、車を購入して頂きましてね。 半年くらい前にお電話を頂き、次回のボーナス時期に、奥さんのミニバンを買い替えたいとご相談頂きまして・・・ 」
「 ああ、車屋さんなのね。 ・・実は、奥さん・・ 入院されてるの 」
「 あれま 」
 小銭をレジに回収しながら、そう言った彼女に対し、葉山はペットボトルの蓋を開けると、気付いたように言った。
「 ・・ん? 変だな。 私、先週・・ 奥さんを見かけましたよ? 中区のファミレスで。声を掛けようとしたんですが、清算してるトコだったもんですから、すぐに出ていかれて・・・ 」
 葉山の誘導会話であるが、彼女は、それを聞くと興味を示した。
「 やっぱり・・? あたしも一度、見かけたの。 遠目だったけど・・ 確かに可知さんだったわ 」
「 退院されたのかな? 」
 緑茶を飲みながら、葉山が言うと、彼女は、レジを閉め、声の大きさを一段落として言った。
「 ・・奥さんね、多分、実家に帰っちゃったのよ・・! ダンナとケンカして 」
「 ケンカですか? そんな事ないでしょ。 仲、良かったみたいだし 」
「 違うのよォ・・! ダンナ、暴力を振るってたみたいなの。 酔っ払うと、手が付けられなくなったみたいよ? 頭に包帯、巻いてた時もあるもん 」
「 え~? 何か、信じられないなあ・・! 」
「 絶対、そうよ。 でも・・ お葬式の時に出席してなかったのは、変だけど? その時は、ホントに入院してたのかもね 」

 車に戻り、タバコをふかしながら思案する、葉山。
( う~む・・ 単純な身上調査じゃ、なくなって来たぞ・・・! 大体は・・ つかめたな。 対象者の『 可知 優子 』は、ダンナのドメスティック・バイオレンスに耐え切れず、家を飛び出したんだ。 これは証拠が無く、あくまで状況推測だが、その可能性は大きい・・・ その後、依頼者の愛人になり、現在は、あのマンションで暮らしているという訳だ )
 世間体を気にしたダンナは、『 女房は入院した 』という設定情報を近所に流したのだろう。
( その後、時期を同じくして事故に会い、不幸にも亡くなってしまったワケか・・・ )
 対象者には、子供がいる。 おそらく、まだ幼い。 対象者が、いつも寂しそうにしている背景には、子を想う親としての心情があると思われる。 また、そんな幼い子を残し、飛び出して来てしまった自分の浅はかな行動に、悔いを残しているに違いない。
( 対象者は、ダンナが事故死した事を知らないだろうな・・! )
 ここが、大きなポイントだ。
 通常、家裁では、別居など、結婚生活が破綻して3ヶ月以上が経過している場合、夫婦としては容認しかねる内容に沿った判決が下される事が多い。 本件の対象者である彼女も、未亡人として今後、子供たちとあの家で暮らしていく事が、民法上でも正当に認められる為の時間は、もうほとんど残されていないという事になる。
( 対象者に、この事を伝えた方が良さそうだな・・・! でも、俺には、守秘義務がある・・ )
 職務上、知りえた情報を、故意に第3者などに漏らす事は堅く禁じられている。 記者や弁護士などによくある、あれだ。 探偵の葉山にも、それは該当する。
( 依頼者に動いてもらうほか、無いな・・・ )
 大人としての配慮・・ 依頼者のそれに、期待するしかないようだ。

 データ調査により、生年月日・出身校・職務経歴などが判明した。 本来、身上調査は、こういった情報の収拾が優先される。 しかし、今回の案件は別だ。 対象者自身の、身の上情報が最優先項目である。 葉山は、通常の判明情報に加え、聞き込みで得た証言情報も詳しく報告書に記載し、まとめ上げた。

「 失踪者だったのか、彼女は・・・! 」
 喫茶店で待ち合わせをし、報告書を読んだ依頼者は、呟くように言った。
 タバコに火を付け、葉山が言った。
「 失礼ながら申し上げます。 彼女に、あたなと再婚する気が無く・・ 結果、彼女と別れる事になった場合・・・ご亭主が亡くなっている事を、彼女に告げて頂けませんか? 」
 依頼者は、何も答えない。
「 あなたが、彼女を失いたくないお気持ちは、良く分かります・・・ でも、あなたの行動ひとつで、1人の人生が左右されるのですよ? 子供を置いて、家を飛び出して来た彼女も悪い。 しかし、やり直しのチャンスは、誰にでも、平等に与えられるべきだと私は思います。 あなたのわがままで、その芽を摘んではいけない 」
 依頼者に説教など、本来は、ご法度ものだ。 しかし、その依頼者は、じっと葉山の言葉を聞いていた。 大人としての・・ しいては、人としての人道的配慮の存在に、葉山は期待していた。 こんな冷め切った世の中、小さな親切心のかけらくらい、あってもいい・・・
 葉山は、依頼人の言葉を待った。
「 葉山さんは、どう思うかね? 私たちの関係を 」
 ・・・難しい質問である。 人間関係・・ 特に、恋愛に関する定義は、人それぞれ考え方が違う。
「 私、個人としての考えを述べさせて頂くなら・・・ 」
 葉山は、前置きをしてから答えた。
「 恋愛は、自由でしょう・・・ お互いの合意の元なら、尚更です。 だけど、夫婦である以上、その義務は果たさなくてはならないと思います。 それを重荷と感じるならば、最初から結婚などしない方が良いでしょう。 ・・また、義務を感じてない連中は、無責任に、本能のみの行動に出ます。 それが浮気です。 刺激が欲しいだとか、男は『 種の保存 』の為に、本能的に浮気をするだとか・・ 勝手な事をもっともらしく力説する人がいますが、自分のエゴを正当化しているだけですね。 ・・恋のまま、結婚した末路は悲惨ですよ? 私は、それを幾つも見て来ました 」
 依頼者は、しばらく沈黙した後、コーヒーカップを口に運びながら言った。
「 探偵ならではの主観だね・・・ 仕事柄、男女問題の話も多い事だろう。 葉山さんは、いっそ恋愛のセラピストにでもなったらどうかね? 」
「 体が動かなくなったら、そうしますかね 」
 依頼者は、報告書を手に、喫茶店を出て行った。

 その後、依頼人からは何の連絡も無かった。 何も約束をした訳でもない。 対象者に話したのか、話さなかったのか・・ はたまた、再婚する事になったのか・・・ 気には掛かるが、案件としては終わった仕事だ。 こちらから依頼者に確認する訳にもいかない・・・

 数日後の夜、とりあえず葉山は、あのマンションに寄ってみた。
 掛けてあった、依頼人の名前の表札が無い。
「 ? 」
 電気メーターの針も、動いていないようだ。 隣の部屋には、新に誰か入居したらしく、真新しい表札が掛けてある。 葉山は、それとなく、その住人に聞いてみた。
「 隣の人? ああ、女の人ね。 引っ越して行ったよ? まだ新しいラック、貰っちゃってさあ~、助かっちゃった。 引っ越し先? 確か、西区・・だとか、言ってたかな? 」
 あの家がある所だ。 依頼人と別れ、帰ったのだろうか? そう願いたい・・・

 西区の家にも寄ってみると、何と、家には明かりが点いていた・・・!
( あの依頼人・・ 話してくれたんだ・・・! )
 この先、いくらかの近所の目はあるだろうが、それは、いずれ淘汰される事だろう。 時が、全てを解決させてくれる。 依頼人の『 人を思う行動 』が、1人の女性の人生を再スタートさせたのだ。
 庭先の芝に漏れる平和そうな明かりに、安堵感を感じる・・・
 車を発進させつつ、葉山は明かりの見える窓を見ながら、呟くように言った。
「 頑張れよ・・・! 」

 葉山の仕事は、終った。

                                          〔 身上調査の女 ・ 完 〕

探偵日記 2 『 身上調査の女 』

人それぞれに人生があり、その軌跡もまた、人それぞれ・・・
あまり、今回のように、対象者などの生活に『 深入り 』するのは、良い事ではありません。 しかし、調査をしている以上、判明する事実は知り得てしまうもの。 考えさせられる事が多かったです・・・
あの対象者の女性・・ 今は、どうしているのでしょうかね? 平和に過ごしている事を願うのみです。

しばらく、シリーズとして『 探偵日記 』を連載しようかと思います。
次週、新たな新作、『 探偵日記 3 』を宜しくお願い致します。

                                           夏川 俊

探偵日記 2 『 身上調査の女 』

とある女性の身上調査を依頼された葉山。 依頼人の、不倫相手の女性の素性を調べて欲しいとの事だった。 ・・・また男女絡みの案件である。 しかし、不倫は、相手の素性が分からないところに、その魅力とやらがあるのではないのか・・・? 釈然としない葉山ではあったが、その依頼を請ける事にした。 ところが、調査を始めると、意外な事実が・・・

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • アクション
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-29

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  1. 1、愛人
  2. 2、意外な事実