キノコ狩り(2)

二 見知らぬ来訪者たち

 その時、いきなり玄関のドアが開き、数人の男たちがどどっと入って来た。男たちは、俺を見るなり、「おっ、収穫時期だな」とニヤリと笑い、俺をはがい締めにすると、口に布のガムテープを張り、両手首と両足を紐で縛り、担ぎあげると、そのまま部屋から連れだし、停車中の車の後部座席に押し込んだ。俺は縛られた両手両足を使って逃げようとしたが、「全身にキノコが生えた体で、どこへ行くつもりだ。もう、お前には居場所はないぞ」と低く、ドスの効いた声で諭されると、抵抗する力を失った。
 車は、俺がジョギングをしている森林公園にやってきた。座席の横の男が「さあ、降りろ」と俺の体を蹴る。「こら、商品だぞ。手荒な真似はよせ」と運転手の横の男が叱ると、「すいません。兄貴」と答えた。俺は、今、自分の置かれている状況がよくわからなかった。ただ、ただ、全身にキノコが生えているのと同じ一連の悪夢だと、思い込もうとした。
 俺が連れて来られたのは、公園の中の食堂兼土産物屋だった。俺は、両脇を男たちに抱えられて、店の中に入った。そこには、店主がいた。顔なじみだ。ジョギングの後に、ジュースを購入するために、何回か店に入ったことがある。「いらっしゃい」店主は親しげに話し掛けてきた。「さあ、あなたは、今日から、ここで働いてもらいますよ。いえいえ、何もする必要はありません。ただ、じっと、この檻の中でいてくれたらいいんですよ。さあ、お前たち、檻の中に放り込め」店主は男たちに命令した。店の真ん中には、人が一人くらい入れる檻があった。今までに、店の中に何回か入ったことがあるが、こんな檻なんか今まで見たことがなかった。急きょ、置かれた檻なのか。
 俺は、無理やり、檻の中に押し込められた。「さあ、お仕事ですよ」店主は、俺の目の前に立ち、「さあ、腕を出してください」と言う。俺は、仕方なく、腕を出した。店主が俺のシャツの腕をまくると、なんと、そこには、キノコが生えていた。やはり、夢じゃない。
「じゃあ、いただくよ」店主はいきなり、俺のキノコ(もちろん、俺は俺のキノコを所有したいとは思っていなかった)を根元からもぎ取った。キノコは、意外なほどあっさりと、何の抵抗もなく取れた。俺の体には何の痛みもなかった。キノコをとった後には、白い跡が残っていた。
「さあ、これから料理だ」店主は、嬉々として、店の奥の厨房に入り、しばらくして、小皿に乗せて出てきた。
「キノコは、取り立てが一番、新鮮で、美味しんだよなあ」小皿にのせられたキノコ。醤油のプンとした匂いが香ばしかった。店主と男たち、つまり、従業員が、ビールで乾杯している。
「お前も喰うか」車の中で俺の横に座っていた男が、箸でキノコを掴むと、俺の目の前に突き出した。共食いだ。そんなもん食えるわけがない。俺は、昔から、何か考え事をしている時、爪を噛む癖はある。「爪を噛むのはよしなさい」と、亡き母親からいつも注意されていたが、その爪を食べる習慣はない。なおさら、自分の体ら生えたキノコなんて、食えるわけがない。
 雨?髪の毛に手をやる。少し湿っている。天井を見る。そこには、シャワー栓が取りつけられていた。勢いよく水が噴き出てくる。俺は全身水浸しになった。
「よし、OK。明日になったら、キノコが取れ放題だぞ」シャワーの音の隙間から、店主の喜んだ声が響く。俺は、そのまま地べたに座り込んで、瞼を閉じた。
 翌日、俺は、まぶしさと暑さから目が覚めた。顔に朝陽が当たっていた。昨日のことは、夢であって欲しい。その願望を確認するために、ゆっくりと瞼を開けた。だめだ。夢じゃない。俺の瞳からは、しまうまの風景が見えた。俺は、やっぱり、檻の中にいた。
 店の中は、誰もいなかった。ひんやりとした空気が肺の中に流れ込む。昨日のシャワーの味だ。夜シャンもなかなか乙なものだ。待てよ。シャワーの味が乙だと?以前は、そんなことは感じなかったはずだ。天井を見ると、でがらしのお茶のように、シャワーの口から、水滴がひとしずく落ちてきた。俺の顔に当たる。美味しい。水分がこんなに愛おしいとは、これまで感じたことがなかった。心境の変化か、体調の変化か。
 むむむ。俺の体が膨れ上がっている。Yシャツやズボンが膨らんでいる。一日で、体が急に太るはずがない。まして、昨日は、あまりのショックのため、何も喰っていない。想定内の事実を確認しなければならない。
俺は、Yシャツのボタンをはずした。奇妙にも、偶然にも、それとも面白がってか、俺の両乳首からキノコが突き出て、傘を開いている。新たな水着のデザインに活用できる。おへそからもキノコが突き出ていた。これで、雷様からおへそを守れる。その他にも、両肩からも一つずつ生えている。なで肩から怒り肩になった。これで、どんな人ゴミの中でも風を切って歩ける。よくよく考えてみると、体中からキノコが生えるのも、そう悪いことではない。人間、万事塞翁が馬だ。なんとかなる、と自分を慰める。
 ズボンのウェスト部分を引っ張り、上から下を覗く。案の丈だ。あそこからは、別の突起物が生えて、隠してくれている。これで、パンツを脱いでも恥ずかしくない。両膝からもキノコが、アキレス腱にも、両足の指の先にも生えている。なんだか、キノコファッションを身に付けたモデルのようなだ。かぼちゃを好んで作品にするアーティストもいる。キノコ姿のモデルがいてもいじゃないか。
 俺は、シャツもズボンも脱いで、狭い檻の中で、モンローウォークのかっこうをした。音楽が鳴り、ピンスポットが当たれば、俺はファッションモデルだ。一流雑誌の表紙を飾る日も間近だ。
「機嫌がいいじゃないか」その声で、俺は我に返った。カウンターに、店主とその仲間たちが立っていた。「さすが、スポーツマン。現実への対応能力が高いな」これは、誉められたのか、貶されたのか。「歌って踊れて、キノコも提供できる、スーパースターだな」
「えへへ」俺は頭を掻いた。頭にもキノコが生えていた。これで、手を使わないでも雨降りの中を歩ける。特に、最近、都市化が進んで来たせいなのか、地球温暖化のせいなのか、突然、晴間を切り裂くようにゲリラ雨が襲って来る。そんな時、街ゆく人は傘を持っていない。雨から逃れるため逃げ惑う人々。傘を求めて、近くのコンビニやスーパーなどに飛び込む。
 店舗では、倉庫の奥の片隅にあったほこりを被ったビニール傘を取り出し、一本百円の値札を急いで五百円に書き直し、店頭に並べる。良心的な店舗では、四百九十円という破格値で売り出すときもある。
 人々は、値段は後回しにして、我先にと、傘の柄を掴み、混雑する人を押し退けてレジへと向かう。中には、傘を持ったまま、金も払わずに、どしゃぶりの雨の中に駆けだす者もいる。店員は、「こら、待て」と叫び、不届きな者を追いかけようとするが、レジの前の行列を一瞥すると、立ち止る。
 今は、この客たちに、傘を売ることが、自分の最大限の任務であることを自覚する。店舗のオーナーは、傘をささずに雨の中を逃げ去っていく万引き人の背中を見て、チクショーと思いながらも、だからこそ、非常時に、通常よりも割高な値段(傘を万引きされる保険代を含んでいる。)で傘を販売することを正当化するのであった。
 もし、自分の頭の上に、キノコだろうが、爆発した髪の毛だろうが、体を覆う物があれば、高い傘を買わなくても、万引きという犯罪行為をしなくてもいい。すばらしいことだ。俺は、一人、にんまりとした。
 店主たちは、俺の顔を見て、とうとう発狂したのかと思ったようであったが、俺が正常であろうが、異常であろうが、俺の体から、キノコが生えれば、それでいいと納得しているようであった。

キノコ狩り(2)

キノコ狩り(2)

二 見知らぬ来訪者たち

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ホラー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-29

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