裁判

人生、諦めたらおしまいなんだから。

「ちょっと。いつまで寝てんのよ。起きなさいよ」
「イタッ。あ、なんだハニーか」
「なんだ、じゃないわよ。呑気ね」
「ん?あれ?ここは?」
「ここは舟の上よ」
「舟?て言うかイカダじゃん、これ」
「何て事言うの。船頭さんに失礼でしょ」
「え?あ、ホントだ。すいません」
「いえいえ。こちらの方も同じ事をおっしゃいましたし」
「言ったんだ」
「私は正直がウリなの」
「でもいかにもって感じの船頭さんだね。笠被って。ん?そのハッピの文字は?」
「閻という字でございます」
「ふ〜ん。難しい字だね。で、ハニー。ここどこなの?霧で陸地がまったく見えないんだけど。海?」
「こんなボロ舟で海なんて出るもんですか。川よ、川」
「オッホン」
「す、すいません。でもこんなだだっ広い川、日本にあったっけ?」
「あったのよ」
「何川?」
「サンズの川よ」
「誰の川?」
「違う。三途の川よ。この世とあの世の境の」
「ハニー、新興宗教にでもハマったの?よしなよ。悩みなら聞いてあげるから」
「違うって。本気で心配すんな。じゃなくて本当にここは三途の川なんだって。船頭さんがそう言ったんだよ。その証拠に船頭さんの足元見てみろよ」
「足?」
「どうぞ」
「うわっ。うわわわわ。ハハハハニー。船頭さんの足がない」
「そうなのよ。私もビックリしたわよ。こんなお約束の幽霊がいたなんて」
「そっち?」
「いやいや、愉快な方達だ」
「でもでもなんで?」
「ほら、今日の宝石店でドジって警備員がきちゃったじゃない?それで逃げようとしてビルの五階から飛び降りたでしょ?きっとそれよ」
「あっ。思い出した。ハニーが傘を開けばパラシュート代わりになるから大丈夫って言うから」
「おかしいわね。私の傘、強風でも折れないって言う傘だったのに」
「こっちはビニール傘じゃん。ヒドいよ」
「いいでしょ。一緒に死ねたんだから」
「まあそうだけど」
「いやいや、愉快愉快」
「でもさ、これから会う閻魔様にお願いすれば生き返れるかもしれないから、大丈夫だよ」
「それ本当?」
「だって船頭さんが言ってたもん。ね?」
「まあそんな事もあるかもしれないってだけで」
「そんな事あった?」
「あたしは今まで向こう岸から人を乗せた事はございませんね」
「ほらぁ。やっぱり」
「泣き言言うな。もうしょうがないじゃん。とにかく閻魔様にお願いしようよ」
「このまま引き返してもらったら?」
「それはできません。ここを渡る者は等しく閻魔様の裁きを受けていただく決まりですので」
「裁き?」
「ええ。極楽行きか地獄行きかの」
「ええっ。そんなの地獄行きに決まってるじゃん」
「それはわかりません。閻魔様が現世での行いで判断されますので」
「それじゃますます地獄行きだ」
「うるさいわね。どっちも行かないわよ。戻れる可能性があるなら私は絶対諦めない。チャンスは掴み取るものよ。人生、諦めたらおしまいなんだから」
「もう死んじゃってるけどね」
「心意気を言ってんのよ、私は」
「さあお二方、着きましたぞ」
「うわっここがあの世?」
「まさにこの世の果てね」
「ではあたしはこれで」
「あ、ありがとうございました」
「ハニーさん」
「はい、なんでしょう」
「あたしは長いこと川渡しをやっておりますが、こんな賑やかだった事はございません。実に愉快でございました。あたしは本心からもう一度お二方を乗せたいと願っております。お気をつけて」
「ありがとう。でもそんなお願い、すぐ叶っちゃうわよ?」
「はは、これは勇ましい。ではお待ちしておりますぞ」
「任せてよ」
「大丈夫かなー」


「おい。次の二人。閻魔様がお呼びだ」
「ハ、ハニー。この人マジで赤鬼だよ。頭からツノ生えてるし」
「ちょっと。そんなにくっつかないでよ。歩きにくい」
「だって」
「ビビってんじゃないわよ。男でしょ」
「ハニーは恐くないの?」
「ふん。こんなもん人相の物凄く悪い図体の大きい毛深い男でしょ。頭のツノはとんがったおできと思っていりゃいいのよ」
「聞こえているぞ」
「うわっ。ごめんなさい」
「いいのよ。聞こえるように言ったんだから」
「これは威勢の良い事だ。だが閻魔様の前でそれができるかな?」
「望むところよ」
「ハニー、その自信はどっからくるの?」
「さあ、入れ」
「イタッ。押さないでよ」
「そこへ座れ。閻魔様、連れて来ました」
「ご苦労様」
「この人が閻魔様?」
「赤鬼の次は色白のぽっちゃりした坊やというわけね。坊っちゃん刈りが似合うわ」
「更に怖い人が出てくると思った」
「みんなぼくを見るとそう言うんだよね。でも君たちよりはるかに年上だから。これ、ぼくがみんなにそう言うんだよね」
「なんか緊張感ない」
「ぼくがそうさせてるの。じゃあ次がつっかえていて時間ないからチャチャっといくね」
「ずいぶんな言い方ね」
「んーと。華子さんと研二君ね。ビルから落ちて死んじゃったんだ。ご愁傷様」
「ツイてなかったのよ」
「不注意でしょ」
「う~ん。華子さんは由緒正しい家柄でその頃は問題ないんだけど今は泥棒だもんなぁ。どうしようかな」
「えっ。ハニーってお嬢様だったの?」
「うん。知らなかった?」
「全然」
「そうだろうね。そんなお嬢様が何で泥棒になったか、知りたい?」
「知りたい知りたい」
「コラッ。何でそんな事まで知ってるんだ」
「だってこの閻魔帳には何でも書いてあるだ」
「凄い」
「鼻の穴広げて自慢すんな」
「華子さんは微妙だなぁ。泥棒って事で言ったらとりあえず地獄行きだけどそれで誰かに迷惑かけたかって言えばそうでもないんだな、これが。盗んだ宝石はだいたい保険でカバーしてるし。誰かに怪我を負わせたり、物を壊しているわけでもない。でも極楽行きって言うほどでもないし。弱ったな〜」
「じゃあ私達を戻したら?」
「そういうわけにもいかないの」
「いいじゃん、別に。私達がここに来たの、何かの手違いにすれば」
「うん?まあ確かに君達の寿命はまだまだ先だけど」
「ほら。私達、生きるべきって事でしょ?」
「それは違うよ。寿命と運命は別だもん」
「そうなの?」
「そうだよ。寿命を全う出来る人間はほんの一握りなの。ほとんどの人はその前に病気やケガや事故でこっちに来るの。じゃないとバランスが崩れちゃう」
「何のバランスよ」
「色んな事の、だよ。難しい話しだから詳しく言わないけどね。時間ないし。それにさ、もし君達が生きるべきならここに来れないんだよ」
「それもそうか」
「ハニー、納得しないで説得してよ」
「それもそうね。ねえ、閻魔様。困ったならとりあえず私達を戻そうよ。閻魔様みたいな立場の人達は先送りと先延ばしが得意でしょ?」
「おっ。ハニーうまい」
「うまくない。それはできないって言ってるじゃん」
「もう、ケチね」
「そういう問題じゃないの。たとえば研二君」
「はい?」
「君、子供産めないでしょ?」
「それはもちろん。男だし」
「でも今の人類の医術ではそれが不可能だとは言えないよね?それと一緒。多くの費用と時間がかかるし、何より本人に大きなリスクがかかる。例外はあくまで原則を守る為に存在するんだよ」
「何よ。それじゃできないんじゃなくてやりたくないって事じゃない」
「仕方ないよ。ぼくはこの通り忙しいんだ。だいたいみんな戻りたいに決まってるじゃん。それをまともに相手してたら身がもたないもん。それにここは一方通行なの。入口はひとつ。出口は二つ。極楽か地獄か。もういい加減諦めてよ」
「ブウウウウッ」
「閻魔様」
「何?研二君」
「閻魔様の言う原則ってなんですか?」
「秩序、かな」
「じゃあ例外は?」
「それを守る為の応急処置ってとこ」
「その原則は人間の世界とここと、両方ですよね?」
「もちろん」
「じゃあ閻魔様。これは例外にあたります」
「えっ。あんた女になるの?」
「ちょっとハニーは黙ってて」
「何よ」
「ふーん。理由は?」
「それは私達がいなくなると人間界の秩序が乱れるからです」
「大きくでたね。でも根拠がない。その実績もない。閻魔帳にそんな事は一言も書いてないよ」
「もちろん。例外ですから」
「研二君。君、閻魔にハッタリが通用するとでも思ってんの?往生際の悪さでぼくの心証悪くするよ?」
「まさか。本当ですよ。私には」
「閻魔様。そろそろ時間ですが」
「うん。わかってる。ちょっと待って」
「閻魔様。これは例外です。私達を戻すべきです。私達がいなくなった事で必ずバランスが崩れます。そしてそれはこちらにも影響が出るでしょう。お願いします、閻魔様。例外的に私達を戻して下さい」
「だからできないって言ってるじゃん」
「ではこうしましょう、閻魔様。これは裁判ですよね?」
「うん。そう」
「でしたら差戻しにしましょう」
「差戻し?」
「はい。閻魔様はどちらにするか迷っています。それは判断材料が乏しいからではありませんか?それなら差戻してやり直し、もう一度私達がここに来た時に再度審議すればいいのです。その時にはきっとすぐに決められるはずです」
「う~ん。差戻しかぁ~」
「閻魔様。この前例はあるんでしょう?」
「ない事はないけど」
「閻魔様、お願いします」
「研二君、君度胸あるね」
「人生諦めたらおしまいですから」
「それ私のセリフ」
「う~。なんか人間の口車に乗ったみたいで癪に障るけど、ま、いっか。考えるの面倒くさくなっちゃったし。いいよ。差戻しって事で」
「ありがとうございます。閻魔様」
「マジで?」
「じゃあそうと決まったら二人とも、ぼくの口に入って」
「は?」
「何それ?」
「ここを逆戻りするにはぼくのくしゃみに乗っていくしかいないの。ぼくのお腹の中にくしゃみのヒモがあるから、引っ張ってね」
「どういう体の構造してんのよ」
「でも閻魔様、どう考えても私達が入れるように思えないんですけど」
「大丈夫。ぼくが大きくなるから。エイッ」
「ぎゃああ。か、怪物だ」
「まさに鬼の親分って感じね」
「これがぼくのホントの姿だよ。ビックリした?」
「その姿と声のギャップにね」
「ハニー、恐いよ」
「何よ、だらしない。さっきの威勢はどこ行ったのよ」
「ねえ、早くしてよ」
「じゃあハニーから」
「なんでそうなるのよ」
「レディファーストって言うじゃん」
「こう言う時は男が露払いすんの」
「ええい面倒くさい。もう二人まとめて、あ~ん」
「うわああっ」
「きゃあああっ」


「ちょっと。いつまで寝てんのよ。起きなさいよ」
「イタッ。あ、なんだハニーか」
「なんだ、じゃないわよ。呑気ね」
「う~。変な夢見た」
「ほら、シャキッとして。仕事行くよ」
「どこだっけ?」
「しっかりしてよ。ビル五階のテナントよ」
「ハニー、ひょっとして雨降ってる?」
「よくわかるわね。傘持っていかないと」
「ハニー」
「何よ。怖い顔して」
「傘はやめてカッパにしよう。それからロープも持っていこう」
「何それ」
「蜘蛛の糸、だよ」


おわり

裁判

読んで下さりありがとうございました。
今回はハニーのお話です。ハニーになると筆がよく進みます。
面白いかは別ですが。
ではまた作品で会いましょう。
チャオ

裁判

宝石泥棒ハニー。 今回は何故か三途の川を渡ってしまいます。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-28

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted